ステータス画面

紫藍堂挿話 〜永遠なる香り〜

<オープニング>

●香りが手繰り寄せる終焉
 沈丁花の香りが、俺を狂わせる――。

 その香りに、戦慄を覚えた。振り返れば、こちらに背を向け歩み去る女が1人。
 高く結い上げたブルネット。暗紫のドレスはまだ寒い時季にも拘らず肩も露で、なおざりに羽織った毛皮のショールは、果たして本当に暖を取る為のものなのか。
 深いスリットから覗く脚は網タイツに包まれて、華奢なピンヒールがカツカツと音を立てていた。
 この界隈では珍しくもない。商売女という奴だ。夜の蝶ならば、男を引き寄せる為に香りの1つも纏うだろう。

 ――許せなかった。こんな女が、あの香りを纏う事が。

「……おい」
「あら、クオン。どうかし――」
 女は声もなく絶命した。超高速の突きを、その目に捕える事も出来なかった。
「…………ダフニ」
 仄かな花の香りが、鉄錆にも似た血臭に塗り潰されていく。血糊を払い、太刀を鞘に納めた男はフラフラと歩き出す。その顔は、白黒の仮面に覆われていた。

●永遠なる香り
 旅人の酒場の一角に、花の香りが広がった。
「いい香りでしょ。『紫藍堂』の春の新作なのね♪」
 ニコニコと笑みを浮かべて香水瓶を翳して見せる未蕾の群竜士・ルピニ(cn0029)。硝子瓶に施された、星形の小花が鞠のように集まった花の意匠が愛らしい。
「ジンチョウゲっていう花の香りなんだって。丁度、今頃に咲くお花らしいね」
 このジンチョウゲ――沈丁花の香水を作り上げた『紫藍堂』は、ヘクセンという町の歓楽街にある老夫婦が営む工房兼食堂。お婆さんのハーブを使ったお惣菜が評判だが、調香師のお爺さんの腕もその界隈では有名だ。
「沈丁花の香水は作るのが難しいんだって。シャザムさん……調香師のお爺さんも、完成に何年も掛かったって言ってたのね」
 沈丁花の花自体、紅や紫色と純白のコントラストが艶やかで美しいが、その独特の香りに来る春を想い胸躍らせる者もいるだろう。
「ボクも初めてかいだけど、上品で素敵な香りだよね。気に入っちゃった♪」
 お子様がお気に入りを見付けた、これだけで済めば良かったのだろうけど。
「紫藍堂でお話を聞いていた時にね、早速この香水を買って行った女の人がいたんだけど……視えちゃったのね。『エンディング』が」
 一転、真剣な面持ちでエンドブレイカーを見回すルピニ。
「笑えないエンディングは、刈り取っちゃないと、ね?」
 沈丁花の香水を買ったその女性は所謂『夜の蝶』。数日後の明け方、仕事帰りに路地でマスカレイドに殺される。
「太刀で一突き。かなりの手練れなのね。マスカレイドの名前は、クオン。半年くらい前に歓楽街に流れてきて、酒場の用心棒をやってるみたい」
 どうやらこのクオンという男、沈丁花の香りに深い思い入れがあるようで、商売女がその香りを纏う事が許せなかったようだ。
「許せなくて殺しちゃう……それがマスカレイドなんだろうね。もしかしたら、あちこちで殺しを繰り返しながら、ラッドシティを流離って来たのかもしれないね」
 クオンの過去も、如何にして棘に絡め捕らわれたかも知れぬが、その強さが内に孕む棘の鋭さを物語る。
 尤も、現状、凶行に及んでいないクオンは「一介の用心棒」でしかない。起こってない事件で大っぴらに裁けないし、マスカレイドは死ぬまで抵抗するから生かして捕らえる事も出来ない。ラッドシティ警察犯罪課として動く訳にはいかないだろう。
「だから、人知れず倒して、騒ぎになる前に退散して欲しいの。あんまり大騒ぎして『犯罪課が賊を取り逃がした』って事になると、犯罪課の評価が落ちるかもしれないし……覆面とかまではしなくても良いけど、なるべく目立たないように動いてね」
 幸い、クオンが反応する「沈丁花の香り」は、歓楽街でもまだ珍しい。ルピニが手に入れてきた香水を上手く使えば、誘き寄せる事も可能な筈だ。
「戦いになったら、クオンは太刀で反撃してくるよ。閃空牙、飛燕返し、月光斬。使う技はこの3つかなぁ」
 加えて、大人数を相手する時には、小太刀のイマージュマスカレイドを召喚する。
「数は4つ。魔法剣士のリングスラッシャーに似た動きをするかなぁ。後は、踊るような動きで味方を鼓舞したり、やっぱり月光斬と似た動きでキュアするみたいね」
 歓楽街が舞台故に夜の方がいっそ人通りは多いが、人目につかない路地などにも事欠かない。かと言って、そこで暮らす人々がいるなら、昼の営みも皆無ではなく。仕掛ける時間帯や場所も考慮を要するかもしれない。
「ここで逃したら、その足取りを追うのはきっと難しいの。だから、確実に倒してね?」
 マスカレイドが引き起こす悲劇のエンディングを打ち破る事こそ、エンドブレイカーの使命であるならば――力強く頷くエンドブレイカー達を頼もしげに見回し、テーブルにクオンの勤める酒場の名を記したメモを置いたルピニは、ぺこりと頭を下げたのだった。


マスターからのコメントを見る
参加者
黒薔薇十字・シャルシィリオ(c01478)
夢の狭間に見た奇跡・エミリオ(c02422)
桜薫風姫・サリシェス(c04546)
災厄の卵・パール(c05089)
飄飄蒼空・キドー(c05202)
ごめんあそばせ・ウルル(c08619)
空虚なアガルタ・クロノ(c15837)
あなたのハートにロックオン・エミュー(c16229)
燐光・チェリア(c16925)
流離う茨・ミァン(c29014)

<リプレイ>

●昼の歓楽街
 菓子めいた町並の『スイーツタウン』ヘクセンの中でも取分けカラフルな界隈であり、人の通りもそれなりながら――『準備中』の札が軒を連ねる真昼の歓楽街は、何処か閑散としている。
 これが素顔か、と飄飄蒼空・キドー(c05202)は思った。ヘクセンの歓楽街には1度ならず訪れた事があるが、イベントの華やかな賑わいも今は遠い。
「よぉ、ちょっくら道を聞きてぇんだけど」
 新参の配達人を装い路地裏に屯する連中に声を掛ければ、不躾な値踏みの視線。
「この辺り、結構入り組んで迷い易いよなぁ?」
 ごろつき共に馴染み易い雰囲気を纏い、キドーは物怖じしない笑みを浮かべる。
(「シャザムはんの香水で事件が起こるんは嫌やしな。エンディングは、絶対阻止したるで」)
 路地の奥から覗く紫藍堂の屋根を見やり、決意も新たな桜薫風姫・サリシェス(c04546)。
 『惑乱の宵闇亭』は、歓楽街でも大店だろう。昼間から着飾った女達が店の中へ消えていく。裏に回れば、屈強な男の出入りも少なからず。その中に、マスカレイドのクオンもいるかもしれない。決行は夜なら、今は余り近付かぬ方が良いだろう。
 代わりに酒場周辺を調べるサリシェスを、星霊スピカを右肩に乗せた夢の狭間に見た奇跡・エミリオ(c02422)が軽やかに追い越す。遊んでいる風を装い、やはり戦闘に適した場所を探しているようだった。

 エンドブレイカー達の集合は、黄昏の頃。
 星霊バルカンに憑依して情報収集していたごめんあそばせ・ウルル(c08619)は、一足早く宿の一室で眠る身体に戻り仲間を迎えた。
「人気のない袋小路か、挟み撃ち出来る路地を探してみたのですけれど」
 簡単な地図を描き、目ぼしい箇所に印を打つウルル。必要なのは、戦うに足るスペースがあり、クオンを誘い出すのに適した場所。複数が身を隠して待機出来れば理想的であり、戦闘後の速やかな撤収ルートも確保出来れば申し分ない。
「でも、これは昼間の様子ですから。夜になってから、もう1度確認する方が良さそうですわね」
「夜の人の流れとかも、先に調べとくつもりやったけど」
 顔を顰めるサリシェス。「人に聞く」と一言で片付けるのは簡単だが、「相手」がいる以上、聞き込みは足で探すより難しい情報収集だ。「誰」に「どんな」手段で「何」を聞き込むか――「犯罪課」を名乗れぬ状況なら尚の事、「さりげなさ」はその実、明確な行動方針の上にこそ成立すると言えよう。
 故に、空虚なアガルタ・クロノ(c15837)も戦場の候補は幾つか見繕って来たが、敵のクオンについて大した収穫はなく。
「でも、昼過ぎに出勤して来た時にちらっと顔は見たよ。それから外に出た様子は無かったから……仕事の間はずっと酒場の中じゃないかな」
「となれば……最悪、仕事帰りを狙う事になるな」
 長い夜になりそうだ――溜息を吐く黒薔薇十字・シャルシィリオ(c01478)の肩を叩き、「頑張ろうね♪」と笑みを浮かべるあなたのハートにロックオン・エミュー(c16229)。
「わたしはゼロコミュで目星を付けたから、皆の候補と付き合わせれば、もう少し場所は絞れるんじゃない?」
 流離う茨・ミァン(c29014)の言葉に、やはりステルスとゼロコミュで人気の無い場所を探してきた災厄の卵・パール(c05089)も頷く。
「何処にするかは、下見して決めよう。もうすぐ日も暮れるし」
「やっぱ酒場から近い方が良いよね。いざという時は、樽とかで隠れる物陰は作っちゃお♪」
 燐光・チェリア(c16925)の明るい声は、作戦決行を前にともすれば緊張する空気を和らげた。

●宵の歓楽街
「……何か変なとこないか? ちゃんと夜の蝶っぽいか?」
 宿の一室で仕度を整えたシャルシィリオは、鏡の中の自分を見詰める。
 艶やかな化粧を施し、袖を通したのはスリットが入った赤いドレス。ショールを羽織り、ウィッグも着ける。武器はハイドウェポンで折り畳み、隠し持った。
 常日頃、寧ろ男性に間違われる事が多いシャルシィリオ。変装に違和感がないか心配で。
「大丈夫、綺麗よ」
 答えるミァンの声は静かだ。だが、目深に被ったフードの奥、仮面越しの瞳が刹那、見開かれる。
(「こんな景色、覚えがあるわ……化粧の匂いも」)
 脳裏に浮かぶ光景と、重なる。窓から見える虚飾の彩り、そして……ステージを控え、着飾るのは。
「どないしたん?」
「……何でも、ないわ」
 拾い上げた記憶の欠片は、母が踊り子であった事。ズクリと痛む頭を抑えたミァンは、サリシェスに強がりを口にした。

 見上げた夜空は紫煙に霞み、ドロースピカが映す星影さえも茫として。その代わりと言うべきか、歓楽街の灯が煌びやかに地上を彩る。日没後、メインストリートは忽ち喧騒に包まれた。
「……何だ、まだガキじゃねぇか」
「い、今は無いかもしれないけどっ。もうすぐ大きくなるもん! ボクだってお安くないんだからぁ〜!」
 派手なミニドレスに、濃いめのメイク。明け透けな男の視線に、小悪魔の笑みを浮かべるチェリア。一見、ちょっと背伸びした客引きの少女といった所。
「へぇ、何が無いってんだ?」
「やぁん、ボクは客引きだからダメダメなんだよ〜」
 酔いが回って大胆になった男に腕を掴まれれば、嬌声を上げて男の耳に囁き掛ける。
「あっちのおにーさんに声掛けて? イイコト、待ってるよ」
「ねぇ? ちょっと寄っていかなぁい? 可愛い子、たくさんいるのよぅ?」
 すかさず逆の腕に絡みついたのは、やはり夜の蝶を装ったエミュー。両手に花でやに下がった男を、適当に他の客引きへ押し付ける。
「ナイスタイミング!」
「あんな手合いは、さっさと切り上げないとね」
 エミューの助け舟にサムズアップするチェリアだが、2人の視線は既に『惑乱の宵闇亭』に。酒場の出入りは激しいが、その殆どが男女のカップル。クオンは勿論、用心棒らしき姿はない。
「俺も沈丁花の香り、結構好きなんだよな……大切な香りを、血で染めちゃいけねぇよな」
 表とは対照的に閑散とした裏口を見張るキドーの言葉に、ウルルは剣呑に目を細める。
「関係のない人を殺めていい理由なんて、ありませんもの」
 そして、もし職業を差別しての殺意ならば。
「用心棒として、彼女達の働きぶりを見てきたでしょうに……とんだ節穴の目だこと」
 仲間が監視を続けるその頃――惑乱の宵闇亭から少し離れた路地裏にも、身を潜める人影があった。
「んー……過去に何かあったのかなぁ、クオンっていう人」
「沈丁花の香りにどんな思いがあるのかは知らないけれど……だからと云って、人の命を手に掛けるのは如何なものだろうね」
 パールの呟きに穏やかに応じるクロノ。だが、通りを見やる瞳は真剣味を帯びる。
(「……過去、か。むぅ、何だか、敵ですら羨ましく思っちゃうよ、最近……」)
 振り返っても昔の己を見出せぬ、我が身を思えば……パールは複雑な面持ちだ。
(「大人のするコトにはわからない時があるけども、今回もわかんないや」)
 一方、エミリオはいっそあっけらかんとして。
「まぁ、何にしてもするコトは決まってるしね。僕も様子見てくるよ」
 身軽に立ち上がった少年の足許で、星霊バルカンの尻尾の炎が揺らめいた。

●路地暗闘
 夜明けはまだ数刻先。勤めを終えて酒場を出たクオンは――漂う香りに愕然と足を止める。括目した先に、女。沈丁花の香りと色香を振り撒く、商売女。
「お兄ちゃん、遅い! お腹空いたよ!」
「悪ぃ悪ぃ。まだ慣れねぇんだ」
 仕事明けの兄と迎えに来たらしい妹のやり取りが聞こえたが、構わず後を追う。更に兄妹の後ろに星霊を連れた少年がいたが、勿論顧みる事はなかった。
「……おい」
 人気ない路地に入ってすぐの呼び声。仲間が潜む路地裏までまだ距離がある。それでも、シャルシィリオは静かに立ち止まる。
 ザッ――。
 振り返り隠し持つ武器を構えるより、遥かに速く閃く白刃。
「……っ」
 腹部への衝撃に細身がよろめく。激痛と共に込み上げたモノを呑み下し、漆黒の細剣を振るうも易々と弾かれた。
「……」
 一撃で仕留めるつもりだったのだろう。敵の僅かな逡巡の隙に、身を翻すシャルシィリオ。
 魔法剣士の身で襲撃を報せるには声を上げるしかないが、眠らぬ歓楽街では一般人に聞こえる危険がある。
(「……ちっ」)
 深い傷と血臭に、マスカレイドの強さを実感する。迎撃に用意したウインターコールは遠距離攻撃で、移動しながらの使用は叶わぬ。自己回復の無い単身では奥へ走るしかなかった。
 そんな背中へ、飛燕の如き一撃が閃いた瞬間。
「やだ、女の子の扱いなってないぞっ!」
 力強い旋律が暗がりに響く。尾行組が追い付いたのだ。
「疾く星空の彼方より、彼の者に癒しの加護を……ウィズ、お願い!」
 チェリアの翼のメロディが癒しきれぬを見て取り、エミリオも星霊スピカを喚んだ。愛銃に口付けたエミューは、クオンを牽制するべく銃弾を浴びせる。
「悪ぃ、待たせた!」
 キドーとウルルのアラームを受け、程なく路地裏からも仲間が駆け付ける。
「……」
 無言のままのクオンの周囲に、浮遊する小太刀が4本現れる。
「沈丁花……もしかして、お前の女と同じ香りか?」
 ウィッグを投げ捨てたシャルシィリオの言葉にも、返答はなく。
 ギュィンッ!
 小太刀が一斉に唸りを上げて旋回する!
 ガキィッ!
 小刃舞う中、あくまでもクオンの標的はシャルシィリオ。だが、月輪描くその斬撃に、パールの氷細剣『過冷却ブレード・零』が割込む。
「過去を持たない自分が言うのも何だけど……断ち切るよ、その因縁。人を傷付けてしまうものなら」
 2人がクオンに対する間に、一刻も早く小太刀を撃破するべく『麒麟之角』を構えるクロノ。
「私とキミ達の刃、どちらが正確だろうね」
 研ぎ澄まされた刃に宿る神火。薙ぎ払う業焔が刹那尾を引き、暗がりを照らす。そう言えば、誰も照明について考慮していなかったが、通りから光が届くのは幸いだった。
 尤も、激しく入れ替わり、動き回る小太刀を捕らえきるには暗い。雷光をかわされ、サリシェスは悔しげに唇を噛む。ミァンが支配の烙印を刻むも、閃いた斬撃が弧を描いて逆襲した。
 ギィィンッ!
 交錯する刃から火花が散る。マスカレイド共を中心に敷かれる二重の包囲網――だが、マスカレイドの退路を断った側で、前に出たのはキドーのみ。
「大丈夫、任せてっ」
 すかさず、躍り出たチェリアのソードハープ『Iris』が、小太刀の柄を砕く。集中攻撃で刃毀れ激しい1本を鼓舞するように隣接の一振りが緩やかに舞うが、反撃の前にクロノのフォースティンガーが刀身を貫き砕いた。
「私はだぁめ。お安くないのよ?」
 旋回する刃を首を竦めてかわしたエミューは、悪戯ぽっくウィンクしてお返しの銃弾をばら撒く。今度こそ、サリシェスのサンダーボルトのショックで2本目が硬直すれば、ミァンから迸る棘が絡みつき穿つ。
「眠りに誘う子守唄を……キャナル!」
 エミリオの命を受けて、跳ね回る星霊ヒュプノス。
「これ以上、やらさなくてよ! ねぇ、お兄さま!」
「ああ! 期待には、応えねぇとなっ」
 ウルルのディスインテグレートが石畳を削りイマージュに激突する。飄々とした表情はいつもと変わらず、だが、繰り出す拳と蹴打は鋭く――キドーのサウザンドアーツは、相次いで小太刀を叩き折った。

●永遠なる香り
 刀身を砕かれたイマージュは、音もなく霧散する。クオンに寄り添う小太刀は後一振り。その刃毀れも激しい。
「身に纏うゎ禊殺ぐ炎、其の様ゎ水面に咲く紅の蓮!」
 エミリオの星霊バルカンが動く直前、緩やかな剣舞が夜闇に閃く。小太刀はそのまま炎に包まれ失せたが――同時に、クオンの白刃が凶暴に輝く。
 ザッ――!!
 シャルシィリオとパールを相手取るクオンとて、無傷ではない。だが、最期の鼓舞に後押しされた超高速の突きが、一瞬にしてシャルシィリオへ迫る!
「……きっつぅ」
 初撃の速度を大きく上回る太刀筋は、当たれば今度こそもたなかっただろう。だが、最後の最後で体当たりしたパールに軌道を逸らされ、脇を深く切り裂かれるに留まった。
「シィさん、しっかり!」
 エミューのアスペンウインドが、深手の傷を優しく癒す。
 単身となったクオンへ、エンドブレイカーの攻撃が一斉に浴びせられた。
「ねえ、沈丁花の思い出聞かせて?」
 応えのない問い掛けと共に、白銀鎖を放つチェリア。同時に、分身したサリシェスの片割れがマスカレイドを羽交い絞めにして、太刀と魔法の多重攻撃を叩き付ける。
「ここは通さなくてよ!」
「そろそろ仕舞いにさして貰わねぇとな!」
 咄嗟に身を翻したクオンをウルルのバインドウェブが絡め取り、キドーのドリルクローが深々と抉る。
(「アタシも好きな人がいるわ。誰だか思い出せないけど……失った人に執着する気持ちは、少しわかるかも」)
 身をくの字に曲げるクオンを見詰めるミァンの眼差しは、何処か憐憫を帯びて。
「……でも、棘に侵されているなら、殺すだけ」
 凝縮した衝撃波は、クオンを十字に斬り裂いた。
「さぁ、お休みの時間だ。沈丁花の香りに沈むと良い……」
 そう呟き、神火斬妖剣を振り下ろしたクロノだが、既に路地は死の予感に充ちて。
「が……は……」
 それでも、クオンが刃を向けんとするのは、血臭混じりの花の香りを纏う女。
「残念だが、実は俺は薔薇の香りが好きなんだ……好みが不一致、よってサヨナラだ」
 シャルシィリオのナイフ『黒氷茨』が閃く。二連の斬撃に噴き上がる血が、路地をどす黒く染める。
「……ダフニ」
 最期にそう呟いて――クオンは自らの血の海に倒れ動かなくなった。

 エミリオがドローブラウニーを描く。夜が明ける前に――素早く戦闘の跡を消すエンドブレイカー達。
「沈丁花にどんな思い入れがあったんだろう? ちょこっと気になるかも」
「ダフニは、沈丁花の別名だけど……女の人の名前でもあるよね」
 チェリアの呟きにエミューも首を傾げるが、クオンは何も語らなかったし、エンドブレイカーも敢えて深く尋ねなかった。
 沈丁花の香りに狂わされたマスカレイドが、エンドブレイカーに倒された――それだけが、眼前に横たわる事実。
「じゃ、バラバラにさっさと逃げ〜!」
 いっそ無邪気なエミリオの言葉に頷き、足早に立ち去るクロノとサリシェス。シャルシィリオもエミューに肩を借りて歩き出す。
「ふふっ、お兄さま、一緒に帰りましょ♪」
「んじゃ、帰るとすっか〜」
 最後まで兄妹ごっこに乗る事にして、ウルルの頭を撫でたキドーも路地を後にする。
 いつも共にいるデモンは、果たして自分の過去を知っているのか――パールは、深く溜息1つ。
「聞いてもいつもだんまりだよね……まぁ、いいか。何か今日は妙に感傷的だよ」
 最後に路地の片隅を見下ろして、ミァンは切なげな表情で踵を返す。
 そこには――沈丁花の色合いにも似た、薄紅と白の絞り模様の薔薇が咲いていた。



マスター:柊透胡 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2012/03/24
  • 得票数:
  • カッコいい5 
  • ロマンティック1 
  • せつない3 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。