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紫煙の樹:身喰いの芽醒め

<オープニング>

●目醒め
 酒場にやってきたのは、紫煙の樹と対峙した者達。
 彼らからもたらされたものは、驚くべきものであった。
 そう、あの紫煙の樹と対話をしたというのだ。
「樹と対話して、俺達は考えたんだ」
 そう語り始めたのは、花揺らす微風・ノア(c18196)。対話のきっかけを作った者だ。ノアの言葉を続けるのは、黒騎士・メリーヌ(c00153)。
「紫煙の樹は……いや、紫の果実は、ラッドシティを平和にする存在ではありません。その兆候も現われています。働かずに樹の実だけ食べている者達が現われているのです」
「実によって、『瞬間的』に平和になることは、決して良いこととは思いませんわ」
 勇猛可憐なお嬢様・アーティリア(c01494)も、賛同する。
「それにね、今、街に生えている枝葉を切り落とせば、その『源』に行き着くかもしれない。そうすれば、また対話ができるかもしれないの」
 そう、平和的な解決を模索する月光ユーフォリア・ベンテン(c01195)がひとつの可能性も提示した。
「そのためにも……街の枝葉を切るのを手伝ってくれないか。俺達だけじゃ手に余るからね」
 最後にノアがそう、呼びかけるのであった。

●実喰らい
 紫煙の晴れた都市国家の星空を、見上げる者は居ない。
 飢えと怒りを奪い去る果実だから、それを求めて諍いが起きるということもない。
 それでも、紫の樹からそれをもぎ取らんと、静かに欲望を瞳に宿して、ひとが集まる。
 集まるだけではなく、留まる。澱む。そして、腐敗する。
 そんな、滞った空気の中。
「皆さん、こんな果実に頼ってばかりではいけません……! 仕事を、誇るべき仕事を放り出して、果実を貪ることが、幸せなはずはありません……!」
 ひとりの幼い少女が、懸命に声を張り上げ、大人達を叱咤する。けれど、人々は動かない。
「大きい声を出すなよ。あんたも実を食べるといい」
「仕事、な。働いてもなにひとつ、生活は良くならなかった。なら、働いたって、無駄だろう」
 『怒り』を失い『飢え』から開放された人々は、満ち足りた表情で少女をおっとりと見遣る。
 その表情に、少女は恐怖する。戦慄する。嫌悪する。
 ──こんなものが、幸せでなど、あってたまるものか。
 細工ものの剣を握り締める。しゃん、と音と共に鞘を払って抜いた剣の切っ先は、けれど樹に届くよりも早く、地に突き刺さる。樹の枝がしなって、揺らめく。
 集落の人々の痩せ細った指先が、少女の首筋に食い込んだ。
「おっと。いかんよ、樹を傷付けちゃ。私達から幸せを奪うつもりか?」
「この樹がなくなったら、あたしらはこれから、なにを楽しみに生きていったら良いんだい」
「……!!」
 少女の金色の瞳が、悔しさと苦しさに涙を滲ませる。
 ──こんな、ものが。

●みがみくらいめぶくまえにめざめを
「幸せの形はそれぞれ、だけど。……きっと、釈然としてないひとも、いると、思うんだ」
 おれも、そのひとり、かな。ほんの少し苦笑を刻みつつ、霄の星霊術士・リオリオ(cn0067)は酒場の仲間達を見渡す。
 そこは、かつての貧困街。
 飢えに苦しみ理不尽に怒り、そして諦めていた人々の住まう場所。
 『瞬間的』に幸福になれる実を失うことは、耐え難いのだろう。
「でも。聞いたと思う、けど。『源』と対話するために、おれ達は『枝葉』を落とそうと、思ってる、から」
 紫煙の樹を、倒さねばならない。
 攻撃行動を取った途端に動き出す、紫煙の樹。攻撃は紫の果実を撃ち出し叩きつけてくるようだ。
 そして、『それ』らは、増える。
「最初は1本、だけど。戦いに手間取ってたら、どんどん増えてく、よ。4本まで増えちゃったら、たぶん、勝つのは難しい、から。注意して、な」
 けれど今回、気をつけなければならないのは、それだけではない。
 紫煙の樹を護らんとする集落の人々と、ひとり反対する幼い少女と。
「女の子を避難させるの、か。一緒に説得するの、か。集落のひとを、説得するの、か。武力でもって脅して追い払うの、か。……ぜんぶ、みんなに任せる、から」
 ただ、忘れてはならない。紫煙の樹は、『攻撃行動を取った途端』に、『動き出す』。
「みんなは、この国の貧困街で、なにを思った、だろう。どうなったらいいって、願った、だろう。色々考えてもらえたらいい、かな。
 だから……敢えておれは、言う、よ。どうか、……幸せな、エンディングを」


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参加者
遊悠月・ルゥ(c00315)
彷徨の導歌・ロキヤ(c00476)
大梟の樹に住む・レムネス(c00744)
魔女・カタリナ(c01060)
陽気者・ケイ(c01410)
翠狼・ネモ(c01893)
新緑に謳う小鳥・フェイラン(c03199)
橙黄音色・リチェリー(c10887)
ハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)
燐光・チェリア(c16925)

<リプレイ>

●小さな芽
 夜を、灯りが照らす。
 少し離れた紫煙の樹を、魔女・カタリナ(c01060)は忌々しげに見上げ、翠狼・ネモ(c01893)は静やかに息を吐いた。
「……鳥も虫も憩わん存在が、樹などである筈がない」
 大地とひとに澱みを齎す、偽りの存在が。
 集った仲間達は視線を絡めて、樹の許へと駆け出した。

「話を、」
「煩い!」
 腕に縋り付いた少女を振り払った男が、紫の実をもぎ、かぶりつく。
 たたらを踏んだ彼女を、遊悠月・ルゥ(c00315)が支えた。
「大丈夫?」
 穏やかな笑みをたたえた彼に、けれど少女は泣きそうになった。
「あなた達もですか? いけません、あなた達にもきっと、誇るべき仕事があるはずです……っ!」
 それは、説得すべき相手が増えたことによる、絶望。
 彼女の言葉にも、周囲の大人達は動じない。
 ネモはそっとひと差し指を自らの唇に当てて少女を制し、囁く。偽りの樹を討伐に来た。「……え?」驚いた少女が目を見開くと同時に、彷徨の導歌・ロキヤ(c00476)が膝をついて視線を合わせ、真摯に告げる。
「お嬢さん。君は、偉いな。誇りも本当の幸せも、ちゃんと知っているのだな」
 少女の瞳が瞬く。大梟の樹に住む・レムネス(c00744)が呆然とする少女の肩を軽く押して、樹から遠ざけた。民衆側に残る仲間達へ、目配せひとつ残して。
 それには、陽気者・ケイ(c01410)が、片腕を上げて応じた。

 レムネスは広場を振り返り、そこにたむろする人々を見遣る。
「紫の実が、働くことの変化より目に見える大きな変化だったから、それに目を奪われてるのかな」
 悲しいことだが、それこそがまさに、実の与える『瞬間的』な幸せなのだ。
 ネモが想うは、かつて己が目にした、記憶に沈めた、澱んだ街。
 思うことなどない。願うことなどない。
 ただそこに、戦う姿があったから。立ち上がった者が、いたから。
 しっかと少女を見据え、彼は告げる。
「おぬしの言う通り、偽りから得られるものなど、真の幸せではない」
 まっすぐに見つめていた彼の表情が、ふ、と和らぐ。
「偽者に惑わされんその瞳、その剣こそが、本物じゃ。──……よく、ひとりで耐えたな」
「あのひと達と樹は、俺達に任せて欲しい。大丈夫。これは良くないことだと、この樹が良いものではないと、俺達はちゃんと知っている」
 君と、同じように。
 ロキヤが継いだ途端、安心したのだろう、少女の瞳から透明な雫がこぼれ落ちた。
 気丈な表情から一変し、年相応にしゃくり上げる少女の背をさすりながら、レムネスは赤の双眸を悲痛に細める。
「キミの気持ちは、すごく大事な、力になる気持ちだと思う。でも、あの樹は危険だから」
 だから、と言葉を重ねて。
「今は僕達に任せて。これから先は、キミみたいなひとの力が、きっと必要だから。少しの間、ここを離れていて欲しいんだ」
「集落のひと達のことは、僕らが必ず、なんとかする。あの樹も、燃やしてしまうから。──彼らに伝えたいことは、ある?」
 励ますようなルゥの言葉に、少女は涙の下から応えた。
「わた、わたし、か、カールおじさんの焼く、ちょっと堅いパンも、ネリーおばさんが端切れで作ってくれた、お人形も、だい、大好き、だったの、って……ッ」
 それは、決して豊かではなかったのかもしれないけれど。
 少女にとっては、この上なく、幸せな。
 ルゥはぐ、と眉を寄せて、レムネスは力強く肯き、ネモは静かに彼女の髪を撫でてやって、そしてロキヤはローブをばさりと翻した。
「……判った」

●枝払い
「よし」
 仲間が少女を連れて離れたのを確認して、ケイはちらと紫煙の樹の根元に座り込む住民を見下ろす。
「俺達はこの樹の正体を確かめに来たんだ。退いてくんねーか?」
 目が合った壮年の男は、にこりと微笑んだ。
「あんたらも、実を食べるといい。とても、満ち足りた気分になれるよ」
 その笑顔に、新緑に謳う小鳥・フェイラン(c03199)はぞっとする。橙黄音色・リチェリー(c10887)も怯みそうになる自分を叱咤して、きゅ、と藍色の瞳に力を篭めた。
「皆がひとつひとつ感じて、歩んできた経験は、絶対に無駄にはならないよ」
「そんなことはない。ずっと仕事を続けても得られなかった安らぎが、この実にはある」
 彼女の言葉に、老女が応じる。その怠惰な様子に、ハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)は自らの平坦なはずの心がささくれ立つのを感じる。左耳の牙の飾りに触れていた指先が、止まる。
 でも、決めていた。できるだけ、前向きに。肯定的に。
「仕事したって無駄? んなわけない。何年も続けてきたことが無駄のひと言で終るはずねぇし」
 こんな木の実に頼る必要ねぇんだ。ほんの僅か語気を強めた彼女。その手にある気味悪い実を叩き落してやりたい衝動すらあった。それに『攻撃行動』だと認識されてはいけないと、理性が歯止めをかけた。
 貧しさと苦しさの中に育ったつらさは、ある程度は判る。理解もできる。
(「でも、なァ?」)
 彼女と重なる部分の思考の先に、く、とケイは口許を緩める。捻くれモンだと、自分でも思う。
(「幸福は自分自身で実にしたいし、与えられるばっかは虚しいんだよな、やっぱ」)
「あんた、仕事はなにしてたんだ?」
 飢えが苦しいのは承知の上だ。判らないほど鈍くはない。けど。
 生き甲斐や目標。きっと持っていたはずのそれを、思い出して欲しい。
「しがないパン屋さ。いい小麦なんて手に入らないから大麦を混ぜた奴をね。そうして作ったパンも、ほとんど盗まれていたが」
 あくまで穏やかに彼は言う。
 これが無駄でなくてなんだと。怒りなど微塵もない顔で。声で。
「で、でもでも! そんなとこでもパン屋さんしようって思った理由があったでしょ?」
 ぴょこんと飛びつき燐光・チェリア(c16925)が男の腕を両手で掴む。お願い、無駄なんて哀しいこと言わないで。
「頑張りが実らないのって、つらいよね。それでもボクは、祈りが届かないなんて、思いたくないよ」
 願う思いは力を持つって、信じていたいよ。
 いつも、明るく跳ねて笑って──平気だって、自分では思ってた。それでも、諦めたような人々の台詞にいざ向かい合うと、苦しかった。
 この街で、諦めたく、ない。
 チェリアの様子に、男は少し困ったような表情をした。「しかしね」けれど、にこりと彼は笑う。
「私は、今、幸せだ」
 言って見せる、紫の実。オニクスが耳飾を掴み、カタリナは鋭く舌打ちをした。
「街全体が変わってねーのに、こいつらは変われねーよ。街が変わるって希望を持てない限りな」
 大鎌を握る手に、力が篭る。もしこのまま、会話が平行線であるならば。
「ええ。いえ、カタリナ。ちょっと待って下さい」
 それを制したのは、フェイラン。
 静かに男の前に立つ。さきほど見せた、彼の動揺。見えた。
「今の貴方達にとってこの樹は尊い存在……けれど、樹を失うことで楽しみを失うと仰る……それは何故?」
「!」
「食べることが貴方達の全てで、それが満たされたら他は良いの?」
 もたげた『困惑』。消えたのは『怒り』と、そして『飢え』、それだけなのだ。
「そうだよ! なにもしないでただ実を食べて生きるのって、本当に幸せ?」
 男の腕を揺さぶって、チェリアも言い募る。
「あんたのパン、俺にも食わせてくれよ。そんな味気ねぇ実じゃなくてさ」
「掴み取る喜びや充実が、きっとあったはず。その日々を、思い出して」
 ケイの軽い笑い声。リチェリーが周囲にも呼びかける。
 人間、『飢え』という最低限の欲求が満たされたならば、次に求めるのは必ず──より幸せな、自分。
 他者へ認められたい、欲求。
 離れていたルゥが、仲間から話を聞いて男に視線を合わせ微笑む。
「さっきのあの子。貴方の作るパンが大好きだった、って」
「ほら! ね? ね? あなたの力だよ!」
 ぴょこぴょこ跳ねる仲間の肩越しに、気怠げなオニクスの目許が、かすかに緩む。
 やっぱりほら、こんな実に、頼る必要なんて。

●萌芽と崩芽
 ゆるり立ち上がり、去った男を呆然と見送った人々に、更に説得を重ねる。
 彼らはあくまで『実の否定』ではなく、『苦労の肯定』に重きを置いた。
 樹を害するなど、ひと言も告げなかった。
 それは実に群がる人々、そう、『飢え』を一時的になくし満ちている人々にとって、確かに有効ではあったのだ。
 ただ、一方的だった。
 人々の話を聞くことが、少し、足りなかった。
 だから判っていながらも後ろ髪を引かれ、いつまでもぐずぐずと残っている者も、居た。
「めんどくせーな。……虫酸が走る」
 カタリナが呟き、手にした大鎌を──迷いなく振るう。
 ひゅおん、と風を切る音、実が彼女の耳元を過ぎ去り、石畳に落ちて潰れた。
 派手な音を立ててその石畳を押し剥がし、根が動き枝が揺れ、声なき咆哮が夜空に響き渡るように、紫煙の樹が動き出す。
「ひ──」
「これがてめーらの望む『幸せ』か?」
 引き攣る表情に、彼女が吐き捨てる。リチェリーが急ぎ未だ留まる人々を追い立てた。
「危険だから、皆離れてこの場から逃げて! 死んだら元も子もないでしょ……!」
 死という直接的な言葉に、目の前に迫る実際的な恐怖に、刹那的な幸福を求める人々は、青褪め転がるように散っていく。
「……仕方ない、か」
 ふぃー、と細い息を吐いて、ケイはけれど、口角を上げる。
 それでも。
 その腕をぽんと叩いて、チェリアが笑う。
「良かったねっ」
 それでも、人々に直接、武器を振るうことを、選ばずに済んで。
 あとは、と視線を向けるは、禍々しい紫色の樹。
(「未来はボクらが、切り開くから」)

 ただ落ちてきただけの幸せは、信じられない。
 黒く猛々しく変化したオニクスの左腕の爪が、紫煙の樹を横一閃に引き裂く。長い髪が風に躍る。
 彼女を振り払おうとでもするかのようにしなる枝をかいくぐって、とん、と跳ぶ、ネモ。追うようにしなる枝を逆に足場にして、高く高く、空を駆け上がる。
「源へと、還れ」
 くるり、宙空で舞うようにしなやかに繰り出した蹴撃は、樹の狙いを定めさせなくして。
 攻防を重ねる。夜に、樹が葉擦れの音を立ててざわめく。
 それは悲鳴か、それとも怒号か。
 静かにけれど荒々しく、森に訪れた嵐の音に似ていると、レムネスは思う。
「もう、眠ろう」
 喚び出したヒュプノスが、跳躍する。
 静かに瞼を閉じて、ロキヤは被っていたフードを払う。通れ、透れ、歌声。
 『怒り』ひとつ取ろうとも、人間の持つ、大切な心の動き──幸福へと繋がる過程のひとつ。それを奪う紫煙の樹とは、相容れない。
「奪っておきながら幸福とは笑えん冗談だ」
 囁くように、けれど夜に流れ出すは、柔らかく包み眠りへと誘う、静かな子守唄。
「――恥を知れ、退廃の木」
「    」
 声なく悶え狂ったように暴れた樹は、崩れ落ち萎れるようにして枝の先から気力を失い、まるでつる草のようにだらりと垂れ下がった。
 しん、と静寂が落ちる。
 気が張り詰めて、ぴくり、とカタリナの指先が動くのと、フェイランが言うのが同時だった。
「皆さん、後ろです……!」
 ごば、と石畳を弾き上げ吹き飛ばして、既に幹太く枝張った樹が地中から、生え上がる。
 それは丁度、前衛を後衛をふたつに分けるように。
 2本の紫の樹が、新たに広場へとその姿を現して。

 思考は負け犬、向上を失った屑。
 その人々に対する評価は変わらないし、改めるつもりもない。
 それでもカタリナは──彼らが、嫌いではなかった。
 当然なのだ。喘ぎ苦しむ人々の前に、こんなものが生み出されたならば、その帰結は、実に当然。
(「諦めるってのは楽なもんだしな」)
 悲しみも残っていそうだしと考える彼女はけれど、だからこそまだ、変われると思う。
 ラッドシティの問題は街の体制そのものだと、そう思うからこそ。
 面倒臭いと吐き捨てて、彼女は大鎌を、振り回す。
 レムネスのヒュプノスが更に1本の樹を崩したとき、ルゥは喚び出した忍犬の遠吠えを、木々のさざめきの合間に聞く。
「それにしても、この木は本当に歪だね……」
 ようやく慣れたはずの紫煙は空になく、愛しいはずの星空は紫の影に切り取られて、苦笑を口許に刻む。そこに、本来、樹が持つはずの優しさや命の息吹、包容力、それらを、感じない。
(「矢張りソーンから生まれたもの、だからか……」)
 撃ち出された実を、黒銀の籠手で以て弾き飛ばし、ケイはそれを構える。
「焼き尽くしてやるよ」
 だから、紫煙へ還れ。この樹は、あってはならない。
 轟音と共に巨大な火炎弾を打ち出したその彼の、足許。
「危ないっ!」
 リチェリーが彼の腕を引いて、後ろへと跳ぶ。
 それと時を同じくして、更なる紫煙樹が石畳を突き破った。
「あ、あっぶねー……! 助かったぜ、リチェリー」
「どういたしまして!」
 にこり笑み交わして、そしてすぐに、増えた敵へと視線をやって、引き締める。
 樹を傷付けることに、気は進まない。
 けれどこれは、違う。
 人々に言ったのは、綺麗事かもしれない。判ってる。それでも。
(「……どんなに乞われても、この樹を認める事は出来ないんだ」)
 ちらと交わす視線。
 壁を蹴ったネモが、少しそれを逸らして、それからひとつ肯いて。
 駆け出した彼女が踏み出すと同時に彼は飛び込むように石畳に掌つき、蹴り上げた彼の靴底を台にして、彼女が紫煙の樹へと躍りかかる。
 白い棍が幹を叩き付けて、そして樹は動きを停止した。

 高火力で。
 複数をなるべく巻き込んで。
 彼らの選んだ作戦は功を奏し、石畳を引き剥がして最後の2本が現れたときにも、場に残るは1本のみだった。
「うっ」
 重い重い拳で殴りつけられたような痛みに顔をしかめて、チェリアが呻く。挟撃の形になったが故に、前衛も後衛もなくなってしまった。
「うー……、トマトはぶつけられたことあるけど、これはやだぁ〜!」
 生み出した黄金の蝶の群れが躍って、毒の鱗粉を撒き散らす。
 フェイランは、今宵の光景を思い起こす。
(「願うのは愚かかしら」)
 飢えも貧困も経験したことは彼女にはない。けれど、生きる苦しみは何度味わってきた。
 それらを包み込んでいまのフェイランがいられるのは、大切な仲間がいたからだ。
 仲間。
 見上げる。枝葉だという、目の前の樹。源。
 何故、枝葉を落とすのだろう?
 疑いを掻き消すように、彼女は奏でる。
 そのメロディの切なさは、心を映したように響き渡り届き渡って大きく気力を削り、いちどきに2本の樹から力を奪い去った。
(「末端の枝葉を倒す事に意味は無いのではないかしら……」)
 その魔曲を、身を揺すって拒絶した最後の1本にしかしロキヤの囁くような歌声が追い討ちをかけ、更に猛毒に弱ったところへ、オニクスはその枝の1本へと飛び乗り、──裂いた。
「……──」
 黒い羽が風に舞い落ちて、静寂を取り戻した夜へと溶けた。



マスター:朱凪 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2012/04/20
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