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鍵抱く憧憬

<オープニング>

 深夜の町中。
 遅い帰りに慌てた様子の女が、自宅の前で家の鍵を求め荷物を探る。
 娘はもう寝ている時間、鍵は静かに回さねば。毎度心の中で繰り返す注意。彼女はつまみ上げた鍵をそうっと鍵穴に差そうとして、
 次に、その目を瞠る。
「その『大事』、頂戴?」
 幼い声がした。虚空へ出でた無数の大きな鍵が巡る。それは女の体を、そこに錠前があるかのように抉る。肌を破らぬ鈍い傷。けれど擦り切れるのは時間の問題だった。
 回る鍵は女を嬲る。彼女が望めば抗う事も不可能では無いほどの時間。けれど彼女はそうはせず、ただ驚愕に目を瞠るばかり──声の主は、家の中で寝ている筈の自分の娘だったから。
 何故、あるいは、何事、と女が問う前に、白い寝間着を纏った娘が無邪気な笑顔を見せる。
「安心してね、この『大事』は、私がずっと大事にするから」
 娘は女の手から零れて地面に跳ねた鍵を拾う。幼さ故、娘にはまだ持たされていなかった家の鍵。
「ね、マ──」
 母へと視線を戻した娘が不意に、動きを止めた。ママ、と言い終えること無く言葉を切った娘を、女は訝しむ。
 けれどそれも長くは保たない。傷ついた体はもう限界で、彼女の意識は闇に沈んでいった。
「……ふう」
 娘は首に提げた紐を外す。そこへ、今しがた手に入れた鍵を通した。そうして息絶えた『母』を見下ろす目には、物憂げな光があった。
 初めはただ、憧れだった。少女は娘のそれを、知っていた。
 再度首に通した紐に、揺れる鍵は二つ。一つは今の、娘の母の鍵。
 もう一つは、娘の祖母が大切にしていた鍵。空っぽの小さな宝箱──昔夫から貰った小物入れの鍵だと言っていた。
 娘の祖母はそれをとても大切にしていた。丁度今の彼女と同じように鍵を首から提げ、肌身離さず持っていた。目を細めて思い出を語る祖母の姿に幼い娘は、自分だけの『大事』が羨ましいと憧れた。
 娘の憧れを欲望に、殺意に変えたのは少女の力。
「──もう折れたら良いのに」
 未だに抵抗するんだから。全員奪わないと駄目かしら。
 少女は呟き、白い顔に赤く笑みを乗せた。

「アクスヘイム、の町中で、ひとが殺されてしまう、みたい」
 暗殺靴のスカイランナー・エンテ(cn0096)が軽く眉を寄せた。
 事件は深夜、閑静な住宅街の只中で起こる。幼い少女が母を殺め、自宅の鍵を奪う──これだけ聞くとよく解らない。が、その少女は鍵にひどく思い入れがあるようだ、と、彼女は得た情報を皆に伝えた。少女の祖母への憧れ、その根本、象徴たる『鍵』への執着。彼女は静かにそれを語り、
「彼女はこの時、相手が抵抗した時の為に犬のマスカレイドを三体連れてた、みたい。彼らは彼女を守るように動く、から、彼女に近づくのなら先に彼らをどうにかする必要があると思う。……日中は、彼女は犬さんを連れていない、けれど、彼女が呼んだらすぐに来る、んじゃないかな」
 鍵に執着する彼女は、それを映すかのように鍵を武器としている。幼い彼女がこれを如何にして手に入れたかは不明のままだが、彼女が以前に犯した殺人は一件だけのようだ──こちらに関しては心配は要らないだろう。
「彼女はまだ、棘に抵抗している、みたい。マスカレイドと戦って、倒す事が出来れば、彼女を助ける事が出来るかもしれない。だから……、皆の力を貸して、ください」
 エンテは皆を見つめ、彼女を助けて欲しいと依頼する。
 だがそれは、彼女の肉体や生命だけでは無い。彼女の手はかつて祖母を殺め、母をもまた傷つけようとしている。
 それに抗いきれずにいる幼い少女の心もまた、助けて貰えたら嬉しい──願いは淡く囁かれた。


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参加者
アヴァロンの蒼騎士・ガウェイン(c00230)
魔人・ヨミュルス(c06955)
旋律は悪魔の言霊・ネネ(c07731)
流影・シンバ(c10266)
紗幕覆いの狐・アルジリア(c11622)
陽炎奇禍・エルネスト(c14326)
肝っ玉母ちゃん・シーラ(c15741)
沐雨・ハーヴェスティ(c19453)
碧誓・セフィラム(c22154)
小夜風・ヒューイ(c25339)

<リプレイ>


 その日の午後、沐雨・ハーヴェスティ(c19453)は町を歩いていた。
 彼は探し物をするように時折辺りを見渡しては、通りを行く幼い子供を見つけ声を掛ける。
「訊きたい事があるんだけど、良いかな?」
 人を探している風、彼は物柔らかに少女の事を尋ねる。まだ幼い、『大事』なものに焦がれる少女について──知る限りの外見情報も交え、彼女と年格好の近い子供達を選んで問うて行く。
 だが。いびつな形を成した少女の有り様は、子供達には解り難いものだったのか、反応は芳しく無い。耳を傾けて貰った事に礼を言い、青年は手を振り幾度目か、彼らと別れた。
 少女自身を下手に刺激せぬようにと距離をおいた為か、手応えは無し。少女が棘に憑かれたきっかけ、誰かの影響。そうしたものが見えたら、と彼は考えたが──彼女の交友関係は彼が思う以上に狭かったのか、または『大事』を語るほど深い付き合いが無かったのか。
 判ったのは、飛び込まなければ何も見えない事だけ。青年は嘆息し、けれどそれでも、彼女の居ない場所には棘の気配が見えなかった事、彼女さえ助けられれば、例えば、声を掛けた彼に応えて笑顔を見せた子供達は理不尽に泣かずに済むであろう事に安堵した。


 昼と夕の隙間、辺りがまだ明るさを保っている頃。
 一行は現在無人の家を目に映し、辺りに身を潜めていた。彼らはこの家の住人である少女──テスの帰宅を待っている。留守の間に屋内へ侵入し待ち伏せる事も考えはしたのだが取り止めた。家は戸締まりされており、入るにはどこかの鍵なり窓なりを壊す必要が出て来る上、未だ人目が気になる時間だった故に。
 ある者は隣家との間を通る細い路地、ある者は正面の路肩に植えられた木々の陰。更に、身を潜める事に長けた数名は、状況を把握する為にと家の玄関を監視できる位置に陣取った。
「……兄者、よく隠れられるな」
 玄関から斜向かいの植木の陰。小夜風・ヒューイ(c25339)がすぐ傍、流影・シンバ(c10266)を見上げた。長身の青年は幹に同化するが如く景色に紛れている。
「存在感が薄いのでな」
 彼が目を細めてみせると、む、と少年は若干の葛藤を乗せたかのような吐息を零す。呆れるべきか気遣いと感謝すべきか少々悩んだ。
 それから暫し。薄闇が人々の姿を隠し始める頃、テスが帰宅した。
「じゃあまたね。何かあったらおいでよ」
「うん、ありがとう」
 預けられていた家の母親だろう。少女を送る為に同行した女は手にした鍵で家の扉を開けた。
(「彼女は無事なのですね……『未だ』というだけでしょうか」)
 微笑み交わす彼女達の姿に、ハーヴェスティが昼間の事を思い出す。
 ち、と誰かが、抑えつつも舌打ちを洩らした。一階の窓から少女が手を振り女を見送る。玄関は女の手によって再度施錠されていた。
 やがて窓にカーテンが引かれ、室内に生まれた灯が淡く透ける。
 通りに静寂が訪れた。まばらに数名ずつ合流し、視線を交わす。
 まず、玄関に近づいたヒューイが扉を叩く。ややの後の応えは、伝言があれば、との扉越しの問いだった。
「──よし、行くか」
 口中のクッキーを嚥下して、魔人・ヨミュルス(c06955)が仲間達を促した。
 穏便に、とはもう出来ない。一般人を巻き込みたく無いのなら、母の帰宅より早く済ませなくてはならないのだ。幸い、濃くなって行く闇は自分達の味方になる。
 故に、彼らは窓を一つ壊した。抑えた音はそれでも響き、室内のテスが目を瞠る。
「あなた達、は……?」
 怯えを孕む、幼い問い掛け。答えの初めは、テス、と『彼女』を呼ぶ声。
「アンタを助けに来たんだよ」
 肝っ玉母ちゃん・シーラ(c15741)が熱く凛々しく眉を上げ。
「君の手にこれ以上、間違った行為はさせない……!」
 アヴァロンの蒼騎士・ガウェイン(c00230)は、誓うように剣を抜いた。


「痛いの、少しだけ我慢……してくれる?」
 娘を蝕む棘を祓う為。旋律は悪魔の言霊・ネネ(c07731)の目に力が宿る。テスがびくりと動きを止めた。不可視の力が鍵持つ腕を縛る。
 そう成した少女を狙い、テスの身を守る為に現れた犬達が牙を剥く。
「──生憎じゃが」
 だがそれは阻まれた。シンバの籠手が開き、犬達と主を遮る。間取りの都合で比較的テスの傍に居たネネが庇われる形になった。更に、青年とほぼ同時に動いたヒューイが手裏剣を投げて犬達を怯ませ、生じた間隙に数名が体を滑り込ませる。
「ごめんね、行かせてあげられないんだ」
 先んじたガウェインとシーラに倣って穴を塞ぎ、碧誓・セフィラム(c22154)が犬へと槍を向けた。その壁の向こうでは、唸る刃がテスを部屋の隅へと追い込む。更に手すきの者が出入口を塞ぎ包囲を完了した。
 犬達の反応は早く、主の元へ行けないと判った途端、周囲の者を標的と定めた。
「邪魔だ、犬っころ!」
 鋭く変異した牙を受け止めた脚はそのまま。赤い槍が焔を纏い、ヨミュルスはその切っ先を相手の胴へと下ろす。
「私の猟犬とあんたの飼犬、食い交わすとしよか」
 言葉は少女へ向けたもの。紗幕覆いの狐・アルジリア(c11622)の肌がひとりでに弾けた。
「どうぞ、ご無理なさらず」
 溢れる血に、ハーヴェスティが気遣いの声を掛ける。平気、と頷く彼女へ、彼の妖精が更なる力を与えた。陽炎奇禍・エルネスト(c14326)が白く鎖を放ち犬の一体を縛り、
「行ってらっしゃい、私の悪魔」
 柔らかな声が、それらを赤に飲み込んだ。零れた彼女の血が、傍の仲間の靴を染める。染みになる、などとふと床を心配したけれど。
「ね、テス」
 部屋を横切り、向かいの壁へ。アルジリアの声が少女を呼んだ。
「『大事』を一つ、得る為に、『大事』な誰かを壊すのは、酷い損やね」
 シンバの剣がけたたましく少女の肩を裂いた。服の襟が破れ、鍵を提げた紐が外気に触れる。はっとして胸元を握るテスは逆の手で魔鍵を操り、鍵の群れを呼び出す。丁度彼女の身を守るように巡るそれらは、主を暴いた剣を打ち重く軋んだ。
「兄者」
 衝撃に口を結ぶ青年へ、ヒューイが声を掛けた。テスを牽制し得る位置に居る彼の目は敵の犬を見ており、傍に控える愛忍犬を敵へとけしかける。
「やはりおまえの方が強いな、ゴロ」
 ぎゃうんと悲鳴を上げさせて戻った犬を、よくやった、とばかり少年は、つい先程少女の炎に焦がされた手で撫でた。
 離れろと言われても従わなかった少年のいつもと変わらぬ調子に、弟分が傍に居ては無様な姿は見せられぬと言うよう、シンバは口元を緩めた。
 長くテスを相手取り疲弊する彼へ、勇壮な歌が届く。エルネストの指が朗々と物語を紡ぎ、柔らかな声と笑みが、仲間を気遣い励ました。
 それを受けたシンバの足に力が戻るのに安堵して、ネネは小さな琴へ手を添えた。曲調は明るくも奏でる音は真摯に、戦場の殺気を塗り潰すべく響く。くぅ、と犬が抗うような、諦め掛けたような声を洩らした。
 して、ガウェインが身軽に跳び、今し方犬にしたのと同様にテスを切り裂く。剣が纏う炎は彼女の力を弱め、顰めた幼い顔が彼を睨んだ。
「……お節介」
 先に交わした会話ゆえか、少女はそう、彼をなじる。
「これでも人の親なもんでネ」
 戦いの中にあって、その瞬間だけ。彼の目が優しい色を帯びた。守るべき『子』を重ねたのだろう、彼は束の間『テス』を見て、
「──俺達が、助ける」
 次には棘を厭い、敵を見据えた。
 彼らは少女が次に起こす惨事も、過去の悲劇も知っている。それを悟って彼女が笑う。
「助けて、どうするの? 『私』はもう」
「黙れ」
 それを遮ったのはヨミュルス。
「終わった事は仕方ねー。だが、これから先があんだよ」
「娘が親を殺すなんてこと、させられやしないよ!」
 シーラが眼前の犬を幾重にも蹴り伏せた。
「それ、お祖母ちゃんの鍵だよね」
 犬の牙を槍で押し留め、セフィラムが問う。テスの顔を今嘲りに歪ませるのは彼女自身では無いけれど──大切そうに鍵に触れる手は、誰の意思だろう?
 祖母の鍵が守っていた『もの』を『テス』は知っている。祖母本人が語って聞かせたからだ。
「お祖母ちゃんは、『大事』なキミにだから、『大事』な鍵のこと、話したんだと思うな」
 箱に入れて守る事の出来ない、とても大切な宝物。『テス』はそういう存在なのだと彼らは語る。
「君が、君だけの『大事』を手にするまで。ご両親が『大事』な君を守っているんです」
 ハーヴェスティが目を伏せる。幼い少女が一人、人の世界に飛び込むのにはまだ時間が必要だ。いつか巣立つ彼女が誇らしく愛を語れる日を、両親はきっと待ち望んでいると──故に彼女の親は信頼できる他人へと彼女と共に、彼女を守る為の鍵を預けるのだと。
「どうか、思い出して。お祖母様もまた、大切にしていたのは『物』でも『鍵』でも無かったでしょう?」
 瞼を上げ、彼は少女を見つめた。
「そんなの、『私』は──」
 棘の支配は色濃く、かぶりを振る少女の表情は変わらないけれど。
「『私』は、マ──」
 言葉が途切れる。を、と続きは小さく掠れた。『テス』は己を『私』と呼ぶ事を赦しても、母を『ママ』と口にする事は、未だ赦していないのだ。
 それはおそらく彼女の強さと、彼らは安堵する。
「そうだ、嬢ちゃん。マスカレイドの意思なんて弾き飛ばせ!」
 立ち塞がる犬を薙ぎ払いヨミュルスは、励ますように口の端を上げた。


 犬達を殺され、自身の体も満足には動かぬままで、テス──その体を支配し心を苛むマスカレイドは抵抗を続ける。
「──もう少しだよ」
 シーラが深く息を吸う。疾く駆けた彼女は幼い体を蹴り上げた。
「親は鍵より大事なもんだろう? ここまで頑張ったんだ、負けるんじゃないよ!」
 この都市に住む家族を彼女は恋しく思う。目の前の少女を助けて、この夜が明けたら胸を張って会いに行くのだ──テスと年の近い下の子は、どのくらい大きくなったろう?
 テスの鍵が炎を呼んだ。彼女の意に沿わず抑えられた力は熱を広げ得ず、ただその代わりにと彼女は、目障りと感じた一人を睨む。
「ハヴィ!」
 味方の援護に徹し妖精を操る青年を狙う炎の軌道に、ガウェインが割り込んだ。次の瞬間炎は彼を飲み込んで、それを振り払った青年は痛みに顔を顰める。だが背後を顧みた彼は、友人を護れた事に安堵した様子で、施された治癒に笑顔で礼を言った。
 室内には、少女が一人で過ごす為に灯された炎が一つ。揺らめく灯は、床に、壁に、皆の影を淡く映す。時折ちらりと踊るそれはしかし、術の媒介と成すには十分だった。シンバの影が音無く伸びて、少女のそれを飲み込む。
「『大事』とは奪うもので無く、守るべきもの」
 青年はそう、『テス』の中に確かにあった弱さを掬い上げる。
「──そして心の中に生まれるものだ」
 戻っておいでと招くように、声は静かに少女に触れた。
 質量を纏った影は少女の肉体を打ち、染み込んだ棘を砕く。
 瞠った少女の目はその瞬間、ひどく澄んだ色を見せた。そしてそれが顔を覆う髪に隠されると同時。彼女はくたり、床に頽れた。


 そして、テスはほどなく体を起こした。棘が祓われると同時に外傷はすっかり消えていて、床に座り込んだ彼女はぼうっと虚空を見つめる。
「ごめんね、もう痛くしないから」
 沈んだ色に染まる少女の目を覗き込み、ハーヴェスティが気遣わしげに声を掛ける。応えは暫しの沈黙。心配して青年がそっと手を伸べると、彼女はそれを見つめた後、おずおずと彼の袖を掴み──ほろり、涙を零した。
「……よく、頑張りましたね」
 小さな嗚咽が部屋を埋める。やがて、少女に近づいたセフィラムがその傍にしゃがみ込んだ。
「テスちゃんは、良い子だね」
 彼女の指が、少女の頬を伝う涙に触れる。
「欲しくて堪らなくなっちゃった気持ちは悪いものじゃ無いよ。そのままで良いの。テスちゃんが大事なのも好きなのも、物だけじゃ無いんだもん」
 戦いの最中、『母』を守るように抗った少女に彼女は、ね、と笑い掛けた。
 くしゃりと顔を歪めたテスは、手をきつく握りしめる。その片手に触れたのは、アルジリアだった。
「ヒトは『特別』が欲しくなるものなんよ。テスだけや無くて、皆」
 大丈夫、と重ねるよう、穏やかな声が響く。自分だけの『特別』は、自分を必要としてくれるようで。自分の存在を許可し、認め、肯定してくれるようで。求める気持ちはおかしなものでは無いのだと。
「血に塗れた手は本当は、『大事』な鍵に触れたらあかんの。錆びてまうもの」
 少女の手は今、真っ白だった。それを喜ぶように彼女は小さな手を包む──錆び行く鍵が増える事はもう無いだろう。服の下に隠されたままの鍵へと少女が一度目を落とし、瞼を伏せた。
「一つ、問うても良いじゃろうか」
 部屋に静寂が戻り始める頃、シンバが口を開いた。彼はテスへと尋ねる。何故求めたものは例えば『箱』では無く『鍵』だったのかと。
 目を開いたテスの視線が、彷徨う。胸中を口にする事への躊躇い故だ。
「私……少し、解る気がするの」
 その様子に、ネネが小さく呟いた。
「鍵……は、大切なものを守ってくれそうな……そんな気がするから」
「……それは、鍵を持っている人のものだもの」
 そしてやがて、テスが恥じ入るような小声で告げた。憧れる純粋な気持ちだけでなく、妬み羨む心があったのも、事実。誰にも侵される事の無い大切なものを欲しいと、かつて少女は──テス自身が、願ったのだ。無垢な気持ちの裏に潜む醜さを容認するには、少女は幼過ぎた。
「誰かから奪ったものでは、誇れませんよね」
 しかし少女は既に気付いた。故にエルネストは同意を求めるように言う。
「貴女自身が頑張って見つける宝物こそが、何より素敵なものになるのですよ」
 それは、これから。この先の未来に訪れるであろうこと。少女の目が、驚いたように見開かれた。
「お前にはまだ、未来があるだろ」
 その反応を見てヨミュルスは、ゆっくりとした口調で改めて教える。当然の事の筈だったが、解らなくもなかった。
「終わった事は仕方ねえ。前を向いて歩いて行くしかねーんだ」
 少し前に発した言葉を彼は再度なぞった。今は泣いても良いけれど、その手が為した事のためには決して挫けてはいけないと。
「テスちゃんのための鍵……これからきっと、見つけられると思うの」
 頑張って、とネネが言う。自分も頑張るから、と彼女は拳を握った。
 彼女達は近しい。いつか誇れる自分になりたいと、胸を張れる何かが欲しいと藻掻くのであろう道行きは、ひどく似ていた。
「求める物がある時は、言葉にしてみると良い。……子供は我儘で丁度じゃよ」
 少女と目を合わせ、シンバは優しく笑んだ。
「そうそう。素直になって、おねだりしちゃえば良いんだよ〜」
 少女の身近に居る者達は、きっと耳を傾けてくれる。そうセフィラムが言い。
 『大事』はこれから増えて行くものだと、アルジリアが囁いた。



マスター:スガツキ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2012/04/27
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  • ハートフル11 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
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