ステータス画面

剣は口ほどにものを言い

<オープニング>

 かつて人斬りと恐れられた男であった。
 夜道に潜み、誰彼構わず斬り伏せる凄腕の剣士であった。
 けれど時の流れは、かのような刃狂いをも変えていった。
 すっかりと改心し、剣の弟子を幾人も取るまでになった男は、ある日奇妙な夢を見た。
 馴染みのある、しかし決して懐かしくはない光景。
 血の海に伏した男を見下ろして、愛刀から雫を滴らせて、男は呟く。
「おのれも、未だにわしを人斬りとそしるのか」
 既に事切れている犠牲者に、その呟きに答えることなどできぬ。
 それでも、男は答えてみろと夜闇に叫ぶ。
 狼の遠吠えにも似た声が、静まり返った町角をつんざいた。

「辻斬りを止めて貰いてえのさ」
 簡素な背もたれに身を預けて、春嵐のスカイランナー・カタリーナ(cn0132)はいつもと何ら変わらぬ調子で切り出した。
「もう何人か斬られてて、町でも噂になってる。けど、当の本人はそれを悪夢としか思ってねえ。若い頃の夢だとしかな」
 一度は辻斬りと恐れられた、カーステンという名の壮年の剣士。
 既に足を洗った彼が棘に付け込まれ、また同じ道へ堕ちようとしていることを、カタリーナは手短に告げる。
「まだ拒絶体だ、助けられる。奴さんが本当のマスカレイドになる前に、止めてくれ」
 事件が起きるのは決まって夜中、人通りの少ない交差点でだ。
 死角に潜んで待ち伏せ、誰かが通るや否や反射のように太刀を抜いて斬り伏せる。若かりし日に彼が重ねた罪と全く同じものだと、メモをなぞって情報屋は呟く。
 今でこそ心を入れ替えて人の為に剣を教える彼だが、断ち切れぬ過去への後ろめたさが棘を招いたのだろう、とも。
「本人が夢だって認識してる以上、事件を起こす前に説得するのは難しい。やるなら、拒絶体化して誰かを斬る直前しかねえな。ラッキーなことに、次の事件が起きるまでにゃまだ日がある。アクスヘイムで奴さんがやってる道場に行って知り合いになっときゃ、当日の説得もしやすいかもな」
 元々凄腕の剣士であるカーステンのこと、太刀の腕前はそこらの戦士では及びもつかない。不完全とは言えマスカレイドの力を得ているのだから、なおさらだ。
 とは言え配下などはおらず、多人数で囲めば押し切れることもほぼ間違いない。
 マスカレイドを撃破すること自体より、彼を説得することに主眼を置いて行動した方が良いだろう。
「相手もどこか意固地になってるんだろうな、簡単な説得には耳を貸さない。下手に話しかけるより……これの方が効果的かもな」
 そう言って、カタリーナは己の靴からナイフを抜き取ってみる。
「剣じゃなくても良い。自分の得物に自分の気持ち、全部乗せて叩きつけてみろ。……大丈夫、向こうは剣の師範だ。分かってくれるさ」
 斬られる者だけでなく、斬る者も救えるのなら、両方救うに越したことは無い。
 手の中でナイフをくるりと回して、カタリーナはエンドブレイカーたちを見回した。
「行ってくれるな?」
 短く問うた口元が、自信ありげに笑っていた。


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参加者
剣の巫女・アイルトルート(c11937)
豪刀・ターキー(c28984)
桃宮・ロイ(c31056)
野太刀の懲罰騎士・バージライ(c31211)
抜刀アルケミー・ケイド(c31225)

<リプレイ>

 アクスヘイムの、とある道場。
 平素は数人の弟子ばかりが出入りするその門を、豪刀・ターキー(c28984)が軽く叩いた。
「俺はターキー。流れの武芸者をやってるもんなんだけどよ、凄腕の剣士がいるっつー話しを風の噂に聞いてここに来たんだ」
 良ければ武芸者同士、手合わせなんてどうだい?
 鋭い眼光を隠しもせず、さりとて道場の看板を獲りに来た訳でもないと言わんばかりに、得物の鞘で肩を叩く。
 そんな男に興味が湧いたというように、古びた門は開かれた。

 それから一刻ほどの後、四人の冒険者がターキーが潜ったのと同じ門を何気ない様子で叩いた。
 出てきた若者に何者かと問われて、抜刀アルケミー・ケイド(c31225)が一言答える。
「腕の立つ剣客がいると聞いた」
「旅の慰みに腕試しをと思ってな」
 野太刀の懲罰騎士・バージライ(c31211)がそう続け、己の得物を若者へと示してみせた。ほう、と僅かに首を傾げて、門下の若者は独りごちる。
「どうも今日は客が多い。先生も有名になったもんだねえ」
 桃宮・ロイ(c31056)がひょいと首を伸ばして道場の中を除くと、若者の肩越しにターキーと目が合った。
 先行して単独でカーステンとの接触に当たっていた彼は、既に男と太刀を交わし終えたらしい。額を荒っぽく拭って、ターキーはにやりと笑ってみせた。
 若者に先導されて板敷きの道場に上がると、木と皮と汗の入り混じった匂いが鼻の奥を衝いた。最も上手の一角で太刀を振るっていた男が、エンドブレイカーたちに気付いて腕を止める。
 年齢は、ケイドよりも二回りほど上であろうか。ぶれることのない体軸、堂々とした歩み、着崩れの跡など見えぬ道着。紛れもなく達人と呼べる男だと、そして彼こそがこの道場の主だと、剣の巫女・アイルトルート(c11937)は確信した。
 ただ、エンドブレイカーたちを真っ直ぐに見つめる瞳の奥だけはどこかに揺れがあるような――そんな気も、した。
(「過去の、無自覚の暴走……見知った流れなら斬り開くのみ。その刃、止めさせて貰うわ」)
 男の表情を一瞥して、アイルトルートはぺこりと頭を下げる。稽古をつけて欲しいと申し出ると、道場主はほんの一瞬沈黙した。突然の挑戦への戸惑いや苛立ちとも違う、僅かな迷いの気配。その揺らぎを敏感に感じ取って、ロイは白金の竪琴をそっと抱き締める。
(「自責の念に明け暮れる過去の闇、か……」)
 けれど、また、彼は思う。
 この男は、きっと大丈夫だと。
 己が他者を傷付けたことなど都合よく忘れ去って、のうのうと生きている者とて居る世の中なのだ。
 だから己の罪を悔いることのできる彼なら、きっと力強く踏み出していけるだろう――と。
 そして、数秒の後。
 ひとつ頷いて、道場を束ねる剣士は愛刀を中段に構えた。
「……良かろう。次は誰からわしに挑むのだ?」

 道場の剣戟が鳴り止み、若い弟子が師範と訪問者たちに薄い茶を持って来た時、ケイドは不意に口を開いた。
「オレの親父も武人だった。オレの剣は親父の下で鍛えたもんだ。だが……人を斬ることに特化した剣ってのが、オレにはどうもしっくり来なくてな。それで、剣の道をやめた」
「……さようか」
 斬る、という言葉に、僅かにカーステンの表情が曇る。だが、と前置きして、ケイドは一口茶を啜った。
「さっきから稽古を見せて貰って、思ったんだがよ。あんた程の高みからなら、刃の『殺す』以外の使い道も見えるんだろ? それは正直うらやましいぜ」
 道場主は、答えない。ただ黙って茶の椀を空けただけだった。
「みんなかっこいいの♪」
 素振りや切り返しの稽古に励む弟子たちを見回して、ロイが感嘆の声を上げる。
「おのれの剣舞も中々であったぞ」
 カーステンの声には、おおよそ愛想というものがない。世辞か本気の称賛か、察しあぐねつつも微笑みを返すロイの隣で、バージライが椀を置いた。
「修行時代の話など、聞かせてもらえませんか?」
「過去を語るのは好かん……!」
 しかし、その言葉はばっさりと斬り捨てられる。声に滲む怒りは問いかけに対するものか、それとも。
「……失礼しました」
 何気ない日常の会話を振って、アイルトルートがすかさずそれをフォローする。眉間に深い皺を刻みながら、それでも剣士は話に幾度か頷き、時には短く返答を寄越してくれた。
 それから何度か刃を交わした後、日が沈みかける前にエンドブレイカーたちは道場を後にした。
 見送りに出てきた道場主の瞳の奥は、やはり何かに揺らいでいた。

 一筋の光も見えぬ夜であった。
 人はおろか一匹の猫さえ通らぬ路地を、野太刀を担いだ男が歩く。
「かつての人斬りカーステン、棘を纏ったその腕前はどんなもんなんだろうな?」
 誰にともなく独りごちて、ふと彼――ターキーは足を止め、煙を吐き出した。深い闇に紫煙が揺れ、溶けて消えていく。
「……悪い癖だな。少し滾ってきちまった」
 煙草を踏み消し、野太刀を握り直して、ターキーは口の端を上げる。
 見通しの悪い交差点。あと三歩も歩けば、太刀の間合いに入るだろうか。けれど、歩調を緩めることなどしない。
 一陣の風が吹き抜ける。最後の一歩を踏み込む。
 ぎん、と鋼が鳴いた。
 初撃を野太刀の鞘に止められ、驚愕の表情を見せる剣士の肩を、不意にバージライの手が掴んだ。
「偶然ですね。少々お時間を頂けますか」
「わしを捕らえる気か。人斬りとして捕らえる気か」
「いいや」
 バージライの答えに迷いはない。
「これ以上は、させない。その仮面と棘、切り払わせて貰うわ」
 左手に守護刀の鞘を持ち、右手をその柄に掛けて、アイルトルートがターキーの横に並ぶ。
「罪人を斬りに来たか」
「それも違う。斬りに来たのは……その仮面だけだ」
 野太刀を下段に構えるバージライに、剣士の鋭い一閃が襲いかかる。闇の中、鮮血が散るのが匂いで分かった。ロイが太刀を収め、竪琴を構える。
「多少なら繕える……けど、無理はしないで」
 長い羽根をなびかせ、アイルトルートが癒しの風を呼ぶ。鉄の匂いが涼やかな風に吹き散らされ、遠く潮のような香りが僅かに残る。
「目を背けるな、過去の償い方なんざ自分で決めろよ。甘えてんじゃねぇぞ!」
 味方をいつでも支援できる位置に陣取りながら、腹に力を込めてケイドが叫ぶ。男の肩が、小さく跳ねた。
「わしの過去を……おのれも詰るか!」
「過去の殺人剣を扱うアンタがあって、今の活人剣を使うアンタがある。過去に目を背けるなよ。俺も武芸者の端くれだ。求道心の果てに剣鬼となったアンタの気持ちは分からんでもない。ただ、後ろめたさを感じるなよ」
 上段に振りかぶった大太刀に『鬼』を纏わせ、ターキーが続く。この剣士の技を人を斬るだけのものではないと評したケイドが、斬り合う二人の方をほんの一瞬交互に見て頷いた。
 如何なるあやかしも斬り伏せる一刀を、カーステンは斜めに構えた刃で事もなげに受け流す。 一対一の戦いなら、カーステンにとって攻めに出る絶好の機会だったろう。
 だが、一体多なら話は別。横手に回り込んだバージライの拳が、無防備な脇腹に打ち込まれた。
「勝負における真の敵とは戦う相手ではなく己自身の中にある。どんなに優れた人でも心の弱さに敗れることはある。心の弱さに負けてはいけない」
 死ぬことは許さない。そうも呟いて、バージライは女神の紋章を浮かべた拳を深く引く。
 タツノオトシゴを模した精緻な細工の竪琴の上を、細い指が右へ左へ軽やかに踊る。優しいポップ調の旋律に乗せて、ロイはそっと唇を開いた。依頼に臨んだその時の心をそのまま乗せて、友情のフレーズが流れ出す。
「自分で止まれないなら、力ずくでも止めてあげる。でも……その後立ってどう進むか選ぶのはあなたがやるべき事よ」
 刃先で円月を描きながら、アイルトルートが淡々と語る。紅の瞳に、血走った瞳が映る。仮面の成長はまだ止まらない。重さと速さを兼ね備えた斬撃を、アイルトルートは太刀の切っ先で何とか脇へ流した。
「言葉は無粋だぜ」
 ここからは、剣で。アイルトルートの流麗な刃に続いて、ターキーが野太刀に再び力を込める――否。
 込めるのは、力だけではない。
(「このまま棘に憑かれて剣鬼には戻りたくねぇだろ? なら、俺たちが手助けをしてやるさ──鬼を纏いて鬼を斬る、鬼斬の豪刀を見せてやるよ!」)
 重い一撃を受けようとしたカーステンの刃が、逸れる。仮面に刃が食い込む。手応えと共に、呼びかけが届いたことを確信する。
 仮面の成長が、止まった。
「卑怯とか言ってくれんなよ、これがオレのやり方なんだからなぁ!」
 黄金の鎧を具現化し、強化を終えたケイドが仕込み杖を鋭く抜き放つ。なおも男の身体を突き動かそうとするマスカレイドと斬り結びながら、ふとケイドは父との稽古を思い返していた。
 お前の剣には気迫が乗らない。あの日言われて理解できなかったことが、今なら分かる気がする。
 型にはまった、他人から教わっただけの剣の使い方ではいけなかったのだろう。確かめる術などなくとも、今のケイドにははっきりとそう思えた。
 そして、今なら剣に気を乗せられる――とも。
 鬨の声と共に、横一文字に振るい抜く。その軌跡が白く光って、すぐに見えなくなった。
 カーステンは棘に抗ってみせた。ならば今すべきは、仮面のみを倒すこと。忌々しい半仮面を抉るべく、バージライが拳に断罪の女神を呼んだ。
「大丈夫。あなたは、今現に自分の剣術を生徒の為に――教える為に使ってる。そして、こうして剣で語って応えてくれる私の仲間もいる。さあ、想いぶつけて、綺麗になろう♪ 」
 甘く優しく、しかし確かな芯を持って、ロイの歌声が響き渡る。剣士の軸足が、初めて揺らいだ。
「そこ……!」
 あと一押し。体軸を保てぬ構えなど、軽く払えば崩れるものだ。夜風がアイルトルートの背を力強く押す。闇の中に純白の髪がふわりと舞い上がる。ただ一歩深く踏み込んで、鞘を払う。
 一閃。
 美しい居合斬りであった。刀を振り抜いた姿勢のまま、アイルトルートは荒い息をひとつつく。
 倒れ伏した男の顔に、最早仮面は見えなかった。

「……すまなかった。わしが再び繰り返した非道を止めてくれたこと……おのれらには、感謝してもし切れぬな」
 ほどなくして意識を取り戻すなり、カーステンは姿勢を正して深く深く頭を下げた。顔を上げて、とロイが乞う声にも答えず、カーステンは血を吐くように呟く。
「やはり、わしは人斬りにしかなり得ぬのか……」
「そんなこと……ない。伝えたでしょう? あなたは今、自分の剣を人の為に使ってる」
 ロイの言葉に、ケイドも頷く。刃を杖に収めて、彼は一歩進み出た。
「高みに達した奴の剣ってやつを、見せてやってくれよ。剣を捨てても達人の技と聞きゃあ見たくて仕方なくなる、オレみたいな奴によ」
 剣士は俯いたまま、一言も言葉を発せずにいる。腰に吊った太刀が、やけに重そうだ。その刃で、腹を割きはしないか――ふと、そんな不安がエンドブレイカーたちの脳裏をよぎった。
 幾分慎重に彼に歩み寄り、真っ直ぐに視線を合わせて、ターキーが口を開いた。
「斬った奴らの全てを背負って武芸の道を行け。……それがアンタの背負った業なんだからよ」
「業、か……」
「もう一度言うわ。どう進むか選ぶのはあなたよ。忘れないで」
 アイルトルートの静かな声が、更けゆく夜の冷気を打つ。男の吐息が、地に落ちた。
「……業を背負う、か。成程、わしにはその覚悟が足りなんだか」
 低く、低くカーステンは呟く。まるで己の全てを飲み下すかのように。
 そして、彼はゆっくりと顔を上げた。
「……重ねて感謝するぞ、若人よ。わしは……もう逃げぬ。この剣を極め、何時の日か人斬りと呼ばれた古きわしを斬り捨ててみせようぞ」
 剣士の蒼き瞳に、もはや迷いの色は見えなかった。太刀を提げ、或いは野太刀を手にした五人が、おのおの頷く。
 言葉は、要らなかった。
 夜の帳を払うように、確かな足取りで彼らは歩いていく。
 もはや目を光らせる者の居なくなった交差点で、一輪の花だけが夜風に揺れていた。



マスター:猫目みなも 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:5人
作成日:2012/10/01
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