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甘い甘い夢の、代償

<オープニング>


「どうして?」
 リビングの真ん中に、ぽつんと座り込んでサーナは呟いていた。

 ――ごめんなさい。わたし、子供ができたんです。ごめんなさい――

 先ほどまで訪れていた女が発した一言は、サーナの心を捕えこんで離さない。彼女の夫は、女を送る、話はまた後でと言って女と共に家を出て行った。
 噛みしめた唇に血がにじむ。結婚して6年、子どもには恵まれなかったが、愛する夫と二人で暮らしていければそれでいい、と思っていた。
 それなのに、愛していた夫は裏でサーナを裏切っていた。あまつさえ、その女に子供ができたという。
「あの女。……ゆるせない」
 ぽつりと出た言葉にぎょっとして、あわてて頭を振る。
『でも、裏切られたのよ。許せないのも当然じゃない』
「……うるさい」
『信じた人に裏切られて。私はひとりになるのに、裏切った方は私が一番欲しかったものをのうのうと手に入れて』
「うるさい!」
 脳内に響く声に、ぎゅっと手を握る。こんな声に従ってはいけない、――わかっているのに。
 噛みしめた唇から、一筋の赤が伝って、落ちた。

 人の気配を感じ、サーナはふっと顔を上げた。
「ごめんなさい、スカーフを忘れちゃって」
 入口のドアが開いて。セルマが……夫の子を身ごもった女が顔を出す。その後ろには夫であるデニスの姿も見える。二人はサーナの顔を複雑そうに見つめるが、その胸に張り付いたいびつな仮面には気づかない。
 サーナはそっと、ソファに置き忘れられていたスカーフを取りセルマへと近づく。そのスカーフで、冴え冴えと輝く冷たい刃を隠して。
「親子三人、どうぞお幸せに。……あの世でね」
 振り抜かれた氷の刃、飛び散る鮮血と男女の悲鳴。
 ――その一撃に、一瞬。ほんの一瞬のためらいがあったことに、気が付いた者はだれもおらず。
 動くものが誰もいなくなったリビングで、サーナは血の涙を流しながら、狂ったように笑い続けた。


 しん、と静まり返ってしまった店内に、こつ、と小さな音が響く。喧嘩煙管の魔獣戦士・レスリー(cn0180)が煙管を卓に打ち付けた音だ。
「……沈み込むのはまだ早い。このエンディングはまだ防げる」
 だからこそ皆に声をかけたのだから、とレスリーは呟く。
「事件が起こるのは、ラッドシティのとある家。よく手入れされた庭に囲まれた一軒家だ」
 今から急いで駆け付ければ、忘れ物に気が付いたデニスとセルマが戻る前に、サーナと接触することができる。その際サーナは既にマスカレイドと化しており、そしてリビングから動くこともないので、戦場はそこになるだろう。
「ただし、広いリビングとはいえ、一般市民の家だ。戦場としては十分な広さがあるとは言い難い。リビングになだれ込めるのはどんなに多くても8人、サーナと直接渡り合えるのは3人が限度と考えてほしい」
 サーナの攻撃方法は、手にした……否、手首の先から手と一体化した、氷の細剣。
「その攻撃力は決して侮れない。はっきり言って強敵だ。……さらに厄介なことに、戦闘になればサーナはどこからか増援を呼ぶ」
 それは6羽の小鳥のマスカレイド。くちばしでつついてくる程度で大した攻撃力はないが、けして逃亡せず、死ぬまでサーナと共に戦う。油断はできないだろう。
「そしてもう一つ。これが幸か不幸かの判断はしづらいが。……サーナはまだ完全なマスカレイドではない」
 つまりは、拒絶体。どうしようもなく弱った心を棘に憑かれたが、彼女はまだ抗っている。まだ、負けていない。
 ……負けていないが、棘によって意思と反する形で操られ、取り返しのつかない事態を起こしてしまえば……絶望に折れた心は完全に取り込まれてしまうだろう。
「だからその前に。全力で戦って、棘を叩き潰すんだ。……戦闘に勝利すれば、サーナを無傷で助け出すことができる」
 そこに説得などの要素は必要ない。
「……だが、出来れば声をかけてやってくれ。たとえ助かったとして、彼女の心の傷は相当に深い。今回の件、おそらく彼女に責められるべき点はないのだから、猶更に」
 相手は強敵だ。だが、もしも何か心に響く言葉が届けば、手が鈍るかもしれない。……セルマを貫く、その一瞬の躊躇いのように。
「……生涯を共にと誓った伴侶との離別は辛いことだ。だが、いつかは乗り越えなければならんだろうよ」
 深みのある言葉すら、彼女には届かないかもしれない。それでも何か声をかけてやってくれ。
 煙管を回しながら呟いた言葉は、一段低いトーンで流れた。


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参加者
和風ペンギン・ペンペロン(c03137)
ジギタリスの花の鈴・ピアナ(c05698)
キマエラ・ティイ(c05937)
オヤジうたうたい・アルヴァス(c10068)
背き進む・ヴリトラ(c16787)
小さな竜眼・カシム(c31419)
NPC:喧嘩煙管の魔獣戦士・レスリー(cn0180)

<リプレイ>

●夢と消えた夢
 夕刻に差し掛かった空はその色味を刻々と変化させていく。人の心と夕空の移り変わりの激しさを嘆いたのは誰だったか――目的地へと駆けながら、ふとそんなことを考える。
 そんなことを考えてしまったのは、今回の事件のせいだろう。
「――どうして」
 理不尽な目にあった人間が、この上こんな目に合わなければいけないのか。小さな竜眼・カシム(c31419)は呟いて眉を顰める。
「理不尽だから、だろうさ」
 そんなカシムの呟きを拾い、言葉を落としたのはオヤジうたうたい・アルヴァス(c10068)。「旦那の不貞の結果、キレた奥さんが不倫相手ごと刺した……そんな伝聞はクソほどある」
 彼にとって、それは普段ならふーん、と気のない返事ひとつで済ませる事件だ。そんな事件なのに、彼が敢えて首を突っ込む理由は。
「……といって、このまま仮面付きにさせるわけにはいかないだろ」
 背き進む・ヴリトラ(c16787)が続ける。……理不尽に叩きのめされた心が棘に侵されてしまえば、その理不尽はさらなる悲劇を生むから。
「……そこだ」
 喧嘩煙管の魔獣戦士・レスリー(cn0180)が指差した先にあるのは何の変哲もない一軒家。……庭には洗濯物が揺れ、花が植えられ、玄関はきれいに掃除された、一見すれば幸せそのものを体現したかのような家。
「……夫も腹立たしいですが。一番腹立たしいのは棘ですわ」
 この幸せがありながら、何故にそれを裏切ることができたのか。ジギタリスの花の鈴・ピアナ(c05698)は鼻の頭に皺が寄る事も厭わないほどの不快感をあらわに吐き捨て、そのまま玄関の扉へと手をかける。……施錠はされていない。あっけないほど簡単に扉は開き……。
「………」
 薄暗くなり始めたリビングの中央に座り込む人の影。どこかうつろな瞳がゆっくりとエンドブレイカーたちに向けられて。
「……だれ?」
 落ちた言葉はどこか感情が欠落した響き。胸元に浮かんでいるのは見まがうことなきあの仮面。和風ペンギン・ペンペロン(c03137)は確信する。
「あんたがサーナだな」
「……だったら何?」
「エンドブレイカーというのを知っているか?」
 ヴリトラの言葉に、サーナの顔が不快気に歪む。
「悪いが文字通り邪魔しに来たんだ」
 今のあんたをな、という言葉と同時に飛び出したのは金の影。キマエラ・ティイ(c05937)が手にした蒼銀色の小刀を閃かせてその懐に飛び込んでいく。小刀はフェイント、空いた手指に棘を絡めてサーナをなぞろうとして……寸前、何処からともなく振るわれた氷の刃に阻まれる。
「人の家に、断りもなく来るなんて。……いいわ」
 手首から先を変じさせた細身の刃をひゅん、とふるってサーナは……否、彼女に憑りつこうとした仮面は笑う。
「心が折れさえすれば、流れる血はなんだっていいのよ。……たとえあんた達でもね」

●代償
 開いていた窓から飛び込んできたのか、けたたましく囀りながら小鳥が突っ込んでくる。豪快に大剣をひと振るいして一羽を叩き落としながらアルヴァスは叫んだ。
「自分を強く持て! これ以上、不幸になる必要なんかないだろう」
 男に弄ばれた挙句仮面にまで弄ばれるなんて悪い冗談だ。そんな悪い冗談に付き合う自分も大概おせっかい焼きだな、と自嘲の笑みをこぼしながら。
「あるわよ。不幸にならなきゃ、引きずり込めないじゃないの」
 そんな彼の言葉を笑い飛ばしながら、サーナが冷気を帯び始めた細剣を振るう。身を切る冷気を乗せ、繰り出された裂帛の突きは正確にピアナの脇腹へと吸い込まれた。
「……っ!」
 散る鮮血すら凍る冷気。冷たく焼けつく痛みをこらえて、ピアナもまたその手にした細剣を振るう。切っ先はわずかにサーナの腿をかする程度、しかしそれで十分。傷口から見る見る氷が広がって、サーナは微かに表情をゆがめた。
「いやな子たち」
 その言葉に呼応して、5羽になった鳥が部屋中を飛び回り、エンドブレイカーたちに襲いかかろうとするが。
「させんよ」
 レスリーが野太刀を手に、飛びまわる鳥へと破壊の力を帯びた斬撃を放つ。先ほど叩き落されたにもかかわらず、なおも飛び立とうとする鳥がその一撃で今度こそ絶命した。
「ああ。……邪魔しに来た、って言ったろう」
 その紫の瞳と、手にした細剣に冷気を込めて。ヴリトラの手の中で剣が踊れば、生み出された氷の戦輪が、闘気をまき散らしながら二羽を回転へと巻き込んでゆく。
「めんどくさいわね。信じてたものに裏切られた、馬鹿で哀れな女なんかほっとけばいいのよ」
 サーナの口から転がり出た言葉に、ぴくっ、とカシムの指先が震える。
「……人を馬鹿にするのも、大概にしてください」
 大地の色の瞳と、押さえた口調に、隠し得ぬ怒りをにじませて。
「馬鹿で哀れなのは、裏切った二人と……そこに漬け込もうとする、『棘』そのものです!」
 叫びとともに巨大な顎へと変じたカシムの腕が、線輪によって傷ついていた二羽の小鳥を文字通り、喰らいつくした。

●苦い現実、甘い夢
「愛してた人に裏切られるのは辛いですわよね。悲しいですし、腹立たしいですし、一発殴ってやりたいですわよね」
 それはあまりにも自然な思いにして正当な欲求。
「そうよ、だから――」
 言いかけたサーナの言葉を、しかしピアナは真っ向から否定し、アイスレイピアに冷気を乗せて、氷刃がサーナの体に次々と食いこんでいく。
「でも殺したいとまでは思っていませんね? こんな棘はさっさと始末して、デニスに貴女の気持ちを伝えましょう!」
「殺したいわよ! 私の一番大事な6年を、戻ってこない時間をめちゃくちゃにしたんだから!」
 叫んで振るう刃、繰り出された突きをギリギリで受け止めて、ペンペロンは息を呑む。一行の中で最も体力に満ちた自分でさえ、まともに数度、貫かれればたっていられる自信はない。
「お前はそんな事を本心では望んでいない筈だ。サーナ、その言葉に惑わされるな!」
 裏切られた事は辛いし悲しいだろう。その苦しみは自分たちでは理解しきれないだろう。だがあえて、口に出さずにはいられない。
「壊れたなら直せばいい! 失ったなら取り戻せばいい! 確かな事はその衝動に流されたらお前は2度と幸せにはなれないという事だ!」
「その通りよ。この子は流されて、二度と幸せになんかなれなくなる」
 なおもサーナは嗤う。いや、「嗤って」いるのはマスカレイドだ……アルヴァスは煩く飛び回る鳥を落とすことに専心しながらもそう確信していた。耳に心地よい中低音が奏でるのは死を讃える厳かな魔曲。魂送の歌に巻き込まれ、二羽の鳥が床へと力なく落ちた。
「……もう、そろそろ終わりですよ」
「……だな」
 カシムが冷静に呟く。同時に、最後の一羽を、レスリーが手にした野太刀で文字通り叩き落とした。
「怒りのままに切り裂くのが望み通りだと言いましたね。ですがもう一度、考えてください」
 腕を掲げ、カシムが棘を糧に呼び出したのは、邪悪なるワタリガラスの群れ。
「……何故、貴方はそんなに苦しそうなんですか?」
 無数のカラスのがサーナへと群がり、その姿が一瞬無理の中へと消えるが……冷え冷えとする刃が一閃し、カラスは雲散霧消する。
「終わらないわ。……終わらせられるわけないじゃない!」
 ただ一人となり、7人に取り囲まれ、しかしそれでも仮面は嗤う。
 振るわれた突きを、しかしティイは回避行動すらとらずに真正面から受け止めた。突き立てられた刃は容赦なく、その大腿を貫通し。
 ……しかし、一瞬激痛に呻きながらも、ティイは笑ってみせる。
「ってぇ……っ! でも、こんだけ痛いんだ、辛いんだってことっスもんね」
 ならばその痛みの辛さも全部受け止める。だから吐き出せばいい。叩きつければいい。サーナが許せないのも当然。痛いくらいによくわかる。
「だって、――アンタ。何にも悪いことしてねェもん」
「……それがわかってるなら……」
「けど、復讐なら、アンタが誰より幸せになることだろ!」
 その言葉に。レイピアを引き抜き、次は喉元を狙おうとしていた動きが、明らかに止まる。
「みすみす不幸になってアイツらを喜ばしてなんかやるな。仮面の声なんか聞くな!アンタはアンタとして、生きて笑え!!」
 生きて、『笑う』。
「……笑いたい……だから……!」
 止めて。私を。
 最後の言葉は唇の動きだけが紡ぐ。サーナの決死の抵抗が、止めを刺そうとした刃をぎりぎりで留める。
「減らず口ばかり……いい加減にしなさいよ! しつこいわね!」
 その叫びに今までの余裕は感じられない。見るからに劣勢な状況に加え、一行に内なる抵抗を止めないサーナの存在が、マスカレイドを見るからに焦らせていた。ならばせめて一人でも道連れに、と冷気を帯びた刺突を繰り返すが。
「……悪いが、無駄だな」
 ヴリトラが言い捨てて魔鍵を掲げる。開いたのは楽園の門、その輝きはサーナへと肉薄する前衛三人の傷をたちどころに癒し。
「戻ってこい、サーナ!」
 ペンペロンが叫びとともに見極め、振り抜いた手刀が、真直ぐにサーナの細い腹へと叩き込まれ――甲高い音を立てて、歪な仮面は砕け散る。
「……ぁ……っ!」
 ようやく、棘から解放されて。サーナはくたり、とその場に倒れ込んだ。

●夢の残骸
 目が覚めた時、サーナの目に飛び込んできたのは、7人のエンドブレイカーたちの顔。
「……あなたたちは……」
 誰、と聞くまでもない。自らの中に巣食うものと戦ってくれた、その記憶は彼女のうちに残っている。
「……ありがとう。とんでもないことするところだったわ」
 礼を伸べる顔に、しかし精彩はなく。愛する者に裏切られた事実は消えないのだから仕方ない、と声をかけたのは、ヴリトラだった。
「自分の感情に同意してくれる声があるなら、抗うのは難しい」
 それに抗おうとした、強い心根の女性だとはわかっている。だから、一人で抱え込もうとした。その強い心根のせいで。
「抱え込む前に、吐き出した方が良い」
 その怒りは正当なもので。それを正しく相手へと示すこともまた必要だから。
「吐き出す……」
「これだけは、言わせてください。貴方は何も悪くない。何一つ悪くない」
 だから、貴方が……苦しむ必要もないのだ。
「……じゃあ、私はどうすればいいの」
 カシムの真摯な言葉に、サーナが呆然と呟く。そんな彼女の肩を、ほんと叩いてピアナは優しく微笑んだ。
「怒りや悲しみ、何か未練や後悔があっても、それは当然の感情です。……我慢しないで下さい」
 私は貴女の味方ですからね、と手を握れば、ゆるゆると頷く顔にゆっくりと色味が戻っていく。
「我慢しない……」
 なおも呆然としている彼女を心配そうに見やり。……スカーフを手に取ってペンペロンは立ち上がった。
「……そろそろ、二人が戻ってくるかな」
 その言葉に、え、とサーナが顔を上げ、……彼が手にしたスカーフを見てああ、と得心する。
「忘れて行ったのね……」
 そう、呟いた言葉が合図になったかのように、サーナの両目にみるみる涙が浮かぶ。それはすぐに、ぽろぽろと溢れだして。
 ――ああ、そうだ。
 私はきっと、辛くて苦しくて、思いっきり泣きたかったんだ。
 堰を切ったように号泣するサーナの背中を、ティイはそっと撫でてやった。


「……セルマ、本当に戻るのかい? スカーフなら明日俺がこっそり取りに……」
「だって、奥さんの様子、おかしかったもの。あなた心配じゃないの?」
「それは……」
 そんなやり取りをしながら、二人の男女が玄関前に現れたのは、それから程なくして。待ち受けていた人影とその異様さに、二人ははっと息を呑む。
「……忘れもんはこれだろう」
 ペンペロンがスカーフを差し出しながら問えば、デニスは震える声で応じる。
「あの、あなた方は誰なんですか。サーナに、何かあったんですか」
「……へえ、スカーフだけが大事、ってわけじゃなかったんだな」
 その事実にほんの少しだけ、救いを感じてヴリトラは二人へ向き直る。
「どっちにしろあんたらは合わせる顔と、かけるべき言葉とむこうから来るであろう言葉は考えていった方が良い。……まあ、最初から人を裏切る覚悟でいたんだろう」
 愚問だったか、と吐き捨てるヴリトラに、裏切るなんて、とデニスが言葉を詰まらせる。
「……気弱っていうより、弱虫ね。ねえ。とりあえす『子供が出来たんです』じゃないですわよね。作らないとできませんわよね。まずは『セルマを妊娠させてしまった』と夫が謝るのが筋ですわよね。何で女を矢面に出させてるんですか。ブン殴ってやりたいですわ」
 息継ぐ暇もなく、迫力のある笑みと声でピアナはデニスを攻めたてる。言い返せずにうつむくデニスを守るように、セルマが口を開く。
「あの、私が悪いんです。彼は――」
「いい加減にしてよ。恋愛ごっこはよそでやって」
 その言葉を遮ったのは、カシムの声。滾る怒りを必死に隠そうとしながら、それでも隠しきれず震える口調に、はっとして二人は口をつぐむ。
「……全てを置いて身一つ…いや…三人で今すぐ街から消えろ。それで彼女の償いにはなりはしないがな」
 片親の境遇と、その苦しさを知る者が身近にいるゆえに、別れろと言えないこともさらに彼の苛立ちを募らせる。
「落ち着け、カシム。……なあ、今の彼女の気持ちも考えてやれ」
 これがどれだけ大事なものかは知らんが、とスカーフを手渡しながらペンペロンは二人に告げる。
「貴方はまずあなた自身で、きちんと奥様と話し合うべきよ。……セルマさんは私たちが家まで送りましょ」
 ピアナがデニスに告げ、その背を押す。
「……裏切りは、罪だ。死別と同じで、どう償おうと決して元には戻らない」
 玄関の前にまろびながら立った彼に、覚悟しておけ、とレスリーは小さく告げた。

「あー、アルヴァスさんも帰るっスか」
 そんな騒ぎを避けるように、ティイとアルヴァスはすっかり暗くなった道を歩いていた。
「あー。まぁ、俺は退散でいいだろ」
 当事者には他のモンが言いたいこと沢山あるらしいからな、と呟いて、お前こそいいのか、と視線で問いかければ、ティイはふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「興味ねっス」
 自分を恥ずかしいとも思わねェでのうのうとメシ食って恋愛ゴッコして。この先普通に生活できると思っている二人に傾ける気持ちなど持ち合わせていない。
「……優しくて気弱? バッカじゃねェの」
 真に優しい人間は、伴侶を傷付けるような真似などしない。真に憐れむべきは、傷つけられた伴侶と、生まれてくる命だ。
 ……見上げた空にはくゆる紫煙と、その隙間から見える小さな光。
 サーナの涙みたいだな、とティイは思った。



マスター:文月彰 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:6人
作成日:2013/09/13
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冒険結果:成功!
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