ステータス画面

大地の扉防衛戦:闇を穿つ

<オープニング>


 集まったエンドブレイカーたちを前にして、喧嘩煙管の魔獣戦士・レスリー(cn0180)はふう、とひとつ小さな息をつく。やがて、手にした煙管を一度だけ回して、意を決したように語り始めた。
「奮戦した。皆、よく戦ったと思う。――だが、マスカレイドたちのアマツカグラへの上陸作戦。これを阻止する事は出来なかった」
 マスカレイド達は、上陸した強襲揚陸艦を橋頭保に、ほぼ全ての軍勢を地上にあげ、勝利の余勢を駆って、都市国家『霊峰天舞アマツカグラ』に向けて進軍を開始した。
「このままでは、アマツカグラがマスカレイドに再占領される危険がある」
 レスリーは呟き、――それだけではない、と小さくため息をつく。
「彼ら目的は、『戦神斧』を用いて『大地の扉』を破壊する事、だ」
 大地の扉。
 アマツカグラで最も深い場所に通じているというその『大地の扉』の向こう側には、アマツカグラの女神がいると言われている。それがマスカレイドの言う『此華咲夜若津姫』なのかもしれない。
「彼らの目的が、『此華咲夜若津姫』の殺害なのか、解放なのか……それはわからんが、ひとつだけ確実なことがある」
 一人一人を見つめ、レスリーはきっぱりと断言する。
「奴らの思惑通りになどさせん。『大地の扉』、破壊させるわけにはいかんよ」
 そうだろう? と視線の先で問う。彼女が乞うのはただ一つ。

 ――曰く、『大地の扉』防衛戦に参加してほしい、と。

「この『大地の扉』に続く道は狭い、大人数では戦う事ができない地形が多くある。だから、お前達には、この防御地点で敵を待ち構え、可能な限り多くの敵の撃破を行ってほしい」
 そして、敵を充分に減らした所で、大地の扉前の広場で決戦を行う事になるだろう。
 マスカレイド達が、大地の扉の入り口に到達する事を阻止する事は不可能だ。
「到達を阻止しようとして、もし私たちが大地の扉の入り口に防衛部隊を置いた場合、状況はさらに手に負えなくなるだろう」
 レスリーは不快そうに吐き捨てる。もしそうなれば、マスカレイド達は、市民に対する無差別な虐殺を仕掛けてくるか、或いは、既にその存在が露見している「世界の瞳と繋がる扉」へと攻撃を仕掛けてくるからだ。
 虐殺など論外であるし、世界の瞳と繋がる扉が破壊されれば、エンドブレイカー達の移動が阻害され、アマツカグラが再びマスカレイドの手に落ちる危険が格段に高くなる。
「そうさせないにも、多くのエンドブレイカーに、都市内部の警備と、扉の警護に回ってもらわねばならん」
 そして、その上で、大地の扉に続く長い下りの洞窟の要所要所に兵を伏せ、敵を迎撃し、勇者ガンダッタ・アックスを撃退する。
「それが、アマツカグラの代理者達が導いた最も成功率の高い作戦だ」
 マスカレイド軍の数は、確かに圧倒的だ。
「だが迎撃ポイントでは、マスカレイド軍は先頭の数体しか戦闘に加われない。だから、局所的にはこちらが優勢に戦う事が出来る」
 その優位を保ちつつ、可能な限り多くの敵を倒し、最終的に、勇者・ガンダッタを撃破するか撃退する……。
「聞いてわかるとおり、かなり難しい作戦だな」
 難しいが、作戦に参加した全員が最高の結果を出すことができれば、勝利の可能性は充分に残されている。
「これが、大地の扉を守る最後の作戦になる。……頼ってばかりですまんが、皆の活躍が何よりも重要だし、頼りだ。よろしく頼むよ」
 レスリーは告げ、一同をゆっくりと見渡した。

「敵の戦力について、わかってることを伝えておこうか」
 煙管をしまい、レスリーは一枚の紙を懐から引っ張り出す。だが手にした紙には、詳しいことはそれほど書かれていない。
「まあ、とてもざっくりなんだが。……主力は、『人間のマスカレイド、シーバルバマスカレイド、ピュアリィマスカレイド』。割合としては、『人間のマスカレイド7割、シーバルバ2割、ピュアリィ1割』くらいだろう」
 そして、そのマスカレイドのうち50体程度を、喋る武器を装備した指揮官マスカレイド1体が統率しているのだ、という。
「それぞれの迎撃ポイント毎に、敵マスカレイド50体と指揮官マスカレイド1体以上。これを撃破する事ができれば、勇者ガンダッタに手が届くと思う」
 しかし、自分たちにはもう後がない。参加した全員が死力を尽くした水際防衛の次に、それ以上を求めているのがこの作戦だ。

 ――これは、まさに背水の陣なのだ。

「私はアマツカグラの都市内部の警備に回ろう。足手まといだろうしな。……皆に厳しい戦いを強いてしまうことは、とても悔しいが」
 それでも、とレスリーは告げる。金の瞳に一人一人の姿を映しながら。
「信じている。……信じさせてくれ。皆の勝利と、なによりも、無事の帰還を」


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参加者
翠蓋のアルパクティコ・ヘイゼル(c00247)
君に捧げし金の翼・ヴァルイドゥヴァ(c01891)
魔剣・アモン(c02234)
ハムスター・シシィ(c03556)
闇狼・ヴォルフ(c03621)
黒衣の怪盗・レモン(c03906)
赤髪の運び屋・シヴィル(c07933)
紺青の空・クラース(c13158)

<リプレイ>


「やだやだ、大所帯くるっぽいわ」
 深奥に近い場所、暗闇に潜む彼らの元に、洞窟を進んでくる部隊が表れたのは、もうここに潜み始めてからどれくらいたった頃だろう。だがもうそんなことはどうでもいい――翠蓋のアルパクティコ・ヘイゼル(c00247)は言葉とは裏腹、待ち構えていたという口調でそう告げた。獣の頭骨がくくりつけられた銀の槍を軽く振ってみせる。
「ずいぶん傷ついてるっぽいな……」
 同じく、様子をうかがいながら呟いたのは赤髪の運び屋・シヴィル(c07933)。曲がりくねり、数人が戦うのがせいぜいの洞穴の中、鷹目の業は役に立たないが、それでもやってくる集団は少人数でないことは、反響する足音の数から容易に想像がつく。そうして、見え始めたのは狐のピュアリィに、海賊風の人間……そして狼のバルバだろうか。
(「……これ以上、好き勝手にはさせねぇよ」)
 もう、いなくなった誰かのためにも。一瞬だけ、彼は瞑目する。
(「ボクの故郷、アクスヘイムにひどいことしたのは忘れないんだよーっ!」)
 消えぬ怒りをその桃の瞳に乗せ、ハムスター・シシィ(c03556)はぐっと拳を握る。アマツカグラまで好きにはさせない――そう決意する拳に一瞬、重なったのは彼女の恋人、魔剣・アモン(c02234)の掌。
 きっとここまでたどり着くのだから、きっと強敵のはずだ。闇狼・ヴォルフ(c03621)はベルトに下げた光源を確認しながら、嘆きの名を冠するシールドスピアを握りなおした。
(「この前の借りを、返そう」)
 水際防衛線のことを思い出しながら、紺青の空・クラース(c13158)は隣の恋人をちらり、と見る。前の戦いでは戦場が離れてて、怪我をしてしまった愛しい人。……今度は傍にいるから、きっと守ってみせる――そんな視線に気がついて、君に捧げし金の翼・ヴァルイドゥヴァ(c01891)は小さく微笑んで頷いた。わかっている、とでも言いたげに。
(「本当なら、出番がないのが一番よかったのだが」)
 そういうわけにもいかないな、と口内で一人ごちて、ヴァルイドゥヴァはふっと苦笑する。
「ここまで繋いでくれた仲間たちの為にも。……勝とう、みんな」
 返答はない。……答えなどわかりきっていることだ。真っ先に飛び出したのは黒衣の怪盗・レモン(c03906)の手にした魔鍵。
「……ここで君たちは消える」
 予言ではなく確信。手から離れた魔鍵は無限を意味する紋様の軌跡をなぞって飛び、最善を歩いていた狐のピュアリィを刺し貫いた。
「ギャッ!」
 悲鳴を上げ、一体目の敵が倒れる……それが戦闘開始の、合図の声だった。


 戦場は熱気と血気に染まる。足元はすぐに敵の骸で埋もれるが、それを踏み越えるように新たな敵が押し寄せてくる。きりがないように思われた。
「今、どれくらい倒したっけっ!?」
「狐のピュアリィが9、人間が7! 狼のバルバが……っと」
「6だ!」
 レモンの問いに、後ろに下がろうとしたヘイゼルと、中衛から躍り出たクラースがほぼ同時に答える。
 指揮官ひとりに、確か配下が50人という情報だった。数を倒した割には余裕を残した戦いなのだが、合計は、まだ半数ほどしか倒していない計算になる。前・中・後衛で立ち回り、負傷の度合いに応じ前衛と後衛を入れ替える、という戦法を彼らは練っていたが、すでに前衛は須く中衛と交代し、全員浅くはない傷を負っている。
「多いな……」
「だからって、はいそうですかと退いてやるほど、俺達ぁお行儀良かねぇぜ!」
 ヴォルフが呟き、シヴィルが吠えた、……その時だった。
「どうした! 相手ももう、そろそろ後がなくなってくるころだぞ!」
 敵の後方、まだ見えぬ先から鋭い男の声が飛んできた。あれはきっと指揮官の声だ、とその場にいた全員が直感でそう思った。ならば、すでに敵の軍勢は残り少ない、ということになる。
「前に戦った人たちが、頑張ってくれてたんだね!」
 ならば負けられない、とシシィが腕を広げる。ぞわり、と広がる棘を餌にした黒き烏の群れが、斧を手に今にも切りかかろうとしてきた海賊の男……軍勢の中では最後の人型マスカレイドをその爪にかけ屠る。
「ああ、一気に押し切るぞ。……爆ぜろ!」
 アモンもまた答え、手にした闇色の剣を頭上に構える。生まれたのは自動戦闘光輪、分裂した光の輪は、かわそうとした狼のバルバへと容赦なく追尾し、爆発した。
「……さあ、倒れろ!」
 ヴォルフの額にギラリ、と輝いた不穏な瞳はバジリスクの瞳。視線に射抜かれて、狐のピュアリィがみるみるその体を宝石へと転じていく。
「もう少しだ、一気に攻め――」
「怯むな、傷深いものを狙え!」
 シヴィルが言いかけた所へ、指揮官の指示に合わせて、残った数少ない配下が飛び込んでくる。
 飛び込んできた狼のバルバを躱し、さらに突っ込んでくる狐のピュアリィの一撃を手にしたガンナイフで受け流す。だがその二撃の後、飛び込んできた海賊のマスカレイドが振るった剣は――さばききれなかった。
「っは……!」
 その一撃に、シヴィルがもんどりうって倒れ伏す。……その瞬間、彼は見た。手にした漆黒の剣、黒翼の鍔。それを握る、白い髪の青年――。
「……出やがっ、た……!」
 諦めない。必ず、潰してやる……そう心がどんなに思っても、もう彼に立ち上がる力は残されていなかった。
「まさか、俺が引きずり出されるとはな」
 青年は手にした漆黒の剣を構えて笑う。年の頃は20代の後半だろうか。雪のように白い髪に、蛇のような金の目。
『気をつけなよ、ヴェンツェルくん。君、短気だからなあ』
「うるさい、お前も『真打ち』なら口だけでなく、ちゃんと働いてもらおうか」
『ははは、手厳しいね』
「……出たな」
 ヴォルフが呟く。青年が手にしているのは喋る剣、禍々しく広がる黒翼の鍔に刻み込まれているのは精緻な彫刻、そして嘆く道化の顔。
「くだらないこと喋ってる暇なんかないな! 行くぞ!」
 剣を正眼に構え、ヴェンツェル、と呼ばれた青年指揮官は、7人となったエンドブレイカーたちへ猛然と切りかかって来た。


「ほぅら、受けてみろ!」
 ヴェンツェルが黒剣を振り回す……刹那、じゃらっ、という音と共に剣が飛んだ。
『うおおお、もっと丁寧に扱え! 仮にも真打ちだぞ!?』
 そんな情けない声が飛ぶが、威力は反比例して桁違いだった。受け止めようとして果たせず、アモンは膝をつく。
「くっ……!」
「アモン先生!」
 すぐさま、シシィが駆け寄り、止めを刺そうと押し寄せてきた軍勢の残り……狐のピュアリィと狼のバルバの攻撃を庇うように受ける。レモンとクラースの癒しがすぐさま飛んで、アモンはどうにか再び立ち上がる。
「こいつ……強い!」
「当たり前だろ、俺指揮官なんだから」
 悠然と笑い、手元に戻った剣を構える青年へ、先ほど流れた血もそのままに、アモンが猛然と飛び込む。一気に間合いを詰め、腰に溜めた剣を薙いだ。
「攻撃は最大の防御!」
 自分は、まだまだ力尽きるわけにはいかない、と放った水平線を薙ぐ一撃に、ヴェンツェルは眉をしかめ、……唇の端を吊り上げる。
「そうだな、俺もそう思うよ!」
 黒剣からじわり、とにじみ出た光が翼の形を成す。黒い光の羽根はまるで雨のようにアモンと、そしてシシィへと降り注ぎ、打ち据える。耐え切れずに、アモンの膝が折れた。
「まだまだ……っ!」
 シシィは何とか気力だけで立ち上がる。
『ほう、御嬢さんはがんばるな。そこのふがいない恋人とは……』
「はいはい、ちょっと黙っとこうなー」
 黒剣の言葉に眉を吊り上げたシシィを庇うように、ヘイゼルが己の阪神たる槍を頭上で回転させながら飛び出す。己の指揮官を守ろうと果敢に立ち塞がる狐のピュアリィと狼のバルバを、まとめて薙ぎ払った一撃は、その余波をヴェンツェルまでも及ばせる。
「ちっ……!」
「背中を守るって、約束したのに……っ!」
 舌打ちをしたヴェンツェルへと、唇を噛んでシシィが竪琴を構える。掻き鳴らすのは狂乱の音色、生み出すのは目もくらむ輝き。
「くぁ……っ、この!」
 再び黒剣が宙を舞う。二度目の斬撃には耐えきれず、シシィはくぅっ、と呻いて頽れた。
「くそっ……余計な真似を……っ!」
 狂乱のパレードの余波は続き、【ギアス】に囚われたヴェンツェルは頭を振る。焦ったように声を上げたのは彼の黒剣だ。
『やばいぞ、ヴェンツェルくん。こいつら強い。……奥の手を』
「……否定できねえ。お前の提案、飲むしかないか……」
 その会話を、だが全員が聞き逃さない。……予測していたからだ。怪しい動きを始めたら、率先してそれを潰す、と。
「させない。――私は剣、私は盾」
 ヴァルイドゥヴァが、月刀『君に捧げる金の翼』をすらりと構える。
「……私は鎧、私は翼!」
 編み出されたのは月光のカーテン、魔を払う月光がヴェンツェルの動きを一瞬、ほんの一瞬止める。……その一瞬が趨勢を決めた。
「がら空きだよ!」
 レモンがその頭の影目がけて投げた魔鍵を受け止めた、漆黒の剣に大きな亀裂が入る。
『しまった、これ以上はもた――』
「まだまだ!」
 ヴォルフが鎮魂の名を冠した大鎌をぶん、と振り回す。狙ったのはヴェンツェルではなく、その手に持つ彼の喋る黒剣。
『あああああ、あ!』
 いささか情けない悲鳴とともに、大きな亀裂から甲高い音を立てて、剣が砕け散る。ヴェンツェルはたたらを踏んで、黒剣がただの金属屑になる瞬間を瞠目してみるしかできなかった。
「こ……このおっ!」
「届け!」
 叫ぶヴェンツェルとほぼ同じに動いたのは、ヘイゼルだった。黒剣の残骸を放り投げたヴェンツェルが放った闇弾がヘイゼルに叩きつけられると同時に、血塗れの彼から放たれた一羽の鷹のスピリットが、吸い込まれるようにヴェンツェルの胸に張り付いた仮面を、打ち貫いた。
「はっ、届いたぜ……」
 ヘイゼルはにやりと笑おうとしたけれど、もう彼の体は言うことを聞かなかった。頽れる指揮官の青年の姿を確認するより早く、彼の意識は闇へと沈んでいった。
「……倒せた、か」
 その場に座り込みそうになるのをこらえながら、ヴォルフが呟く。少しでも体力を回復させて、次の戦いに備えなければ。次の軍勢は……と廻らせた視線が止まる。洞穴の向こう、軍勢が押し寄せてくると思っていた彼らは、近づいてくる足音の少なさに息を呑んだ。
「……やられたのか、ヴェンツェル」
 現れたのは、鞭を手にした青年と、彼を守るように彼の前に立つ三人の海賊。……それだけだ。今まで軍勢を成していた、バルバやピュアリィたちの姿は見受けられない。
『まだいたのか。……だが目的地は近いということだろうな、アーシュロイ』
「……わかっている。あとがないのは同じだ。俺たちも、彼らも」
 アーシュロイ、と呼ばれた青年の手にした鞭が、耳に心地よい低音でしゃべる。……彼がこの4人の長らしい。
「どうやら向こうも、戦力が尽きたようだな」
 クラースの言葉に、レモンも頷く。
「つまりアイツを倒せば、ガンダッタに手が届く……ってことだね」
 もともと撤退せず、最後まで戦うと決めていた。……ならば、ここで引く道理などあるはずがないではないか。
 四人になったエンドブレイカーたちは血と泥の汚れにまみれた顔を見合わせ、そうして頷き……各々の得物を手に、新たな四人の敵へと向き直った。


 半数の仲間が倒れ、また立っている者も深く傷つき疲弊したこの状況で、その選択はあまりにも無謀と言えただろう。
 だが彼らは、それでも決して退かなかった。
「……その勇気は蛮勇かもしれないが、俺は好ましいと、思う。だから全力でいこう」
 言って、青年が顎をしゃくる。頷いて、大柄の海賊が手にした斧を勢いよく数度、振るった。そこから生み出されたのは無数のオーラの刃、雪崩の如く渦巻いて、次々と前に立つクラースと、ヴォルフへ叩き込まれる。
「……ッ!」
 得物で防ごうとしたが防ぎきれず。全身を朱に染めたヴォルフが倒れる。クラースもまた一瞬、膝をつきかけるが、もうこれ以上、アマツカグラの人々に辛い思いはさせられない――そんな思いの力だけで踏みとどまって大鎌を振るう。目の前に立つ大柄な海賊は、その一撃を受けても悲鳴すら上げない。あげられないのだ、と喉に走る大きな傷跡をみて気づく。
 悲鳴すら上げない男は、すっと手斧を無造作に構え、オーラを纏わせ振り下ろす。
「誰も倒さずに、倒れる……わけには……っ!」
 行かないのだ、と紡ぐはずの言葉は、途中から血泡に代わる。振り下ろされた斧はかろうじて受け止めた。だが脇から中背の海賊が繰り出してくる、血を啜る剣の一撃までは受けきれない。脇腹を刺し貫かれて、クラースは限界を悟った。
(「ごめん、ヴァルイー……約束したのに、守れなかった」)
「クラース!」
 互いに無茶をするから、互いを守り合おう。そう誓い合った恋人がその場に崩れ落ちる姿を見、ヴァルイドゥヴァは一瞬、悲痛に叫ぶがすぐに表情を切り替える。……誓ったのだ。この身は、心は、いつまでも彼のための金の翼だと。
(「ああ。――退きはしないさ」)
 ここに至るまでの敵と対峙した皆がそうしてくれたように、次へと希望を繋げよう――金の瞳に宿るのは、いまだ潰えぬ強い光。
 空間を切り裂く月刀の、残像のように走るか細い金の光。そこから打ち出された魔力は容赦なく斧を持つ海賊へと叩き込まれる。
「……やっかいだな」
『ああ、ここで留めなければ』
 ヴァルイドゥヴァへと反応したのは、それまで前に立つ三人の海賊の動向を見守ってきた青年だ。その手にした鞭が、ひゅん、としなり……毒蛇の牙と化して彼女へと無慈悲に襲い掛かる。
「……!!」
 度重なる回復で疲弊した体は、その一撃に耐えられない。ヴァルイドゥヴァもまた倒れ伏す。一人残ったレモンへ、指揮官の青年は無表情に語りかける。
「……逃げるなら背は追わないが」
「逃げないよ」
 きっぱりと断言し、レモンは魔鍵を掲げる。
「……そうか」
 ならば全力で相手しよう、と青年が呟く。レモンが魔鍵を放り投げると同時に、小柄な海賊が盾を構えた。青年の胴の影に魔鍵が付き立つのとほぼ同時、盾から発射された無数の針弾が小柄な少年の体へと容赦なく突き刺さる。耐えきれるはずもなく、それでも上がりそうになる悲鳴だけはこらえながら、少年はその場に蹲った。地面を蹴り立ち上がろうとするけれど、もう体は言うことを聞かない。
「ボクたちは……」
 うまく、やれたのだろうか。もう呟く声に返答する味方はいなかった。目の前がかすみ、だんだんと暗くなっていく。
「……進むぞ」
『ああ。目的地は近い。まだ相手はいるだろうから油断は――』
「……わかっている」
 足音と話し声が、立ち上がれない自分の脇を通り過ぎていく。それが完全に消えるまえに、レモンは意識を手放した。
 ――希望は、後につなぐことができた。そう信じて。



マスター:文月彰 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2013/12/20
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