ステータス画面

遥けき風

<オープニング>

●遥けき風
 風が遊ぶ、鳥が遊ぶ、人が歩む。
 都市の外縁に限りなく近い地に広がる平原へと向かう旅商人達。常なら山間の街道を往く彼らも、この日ばかりは山越えを余儀なくされていた。都市の崩壊によって塞がれた街道の復旧はまだまだ先になるだろう。
 幸い、越えねばならぬ岩山は大きなものではない。
 無論街道よりは不便で時間がかかるが、それだけと言ってしまえばそれだけのことだ。
 平原の遊牧民と取引する彼らの荷は、煉瓦のように固めた茶葉。
 大トカゲ達はより重くて大きな荷の輸送を必要とする場所へ借り出されてしまったため、旅商人達は今回の荷を自力で背負っていた。人力で運ぶならずっしり重い程の量があるが――彼らの足取りは実に軽い。
「……気持ちいいな」
「ああ、こんなのしばらく忘れてた」
 崩壊した上層からの瓦礫、倒壊した高層建築、突然大量のがらくたを投げ込まれた玩具箱のようになってしまった街で復興作業に明け暮れるうち、澄みきった大気の清冽な冷たさも、自由に気ままに翔ける風の感触もすっかり忘れてしまっていた。
 風が遊ぶ、鳥が遊ぶ、人が歩む。
 高く澄んだ笛のように鳴く鳥が遥かな高みに舞う。
 翔ける風は山肌を撫でては軽やかに吹きあがり、勢いよく吹き降ろしてはふわりと渦を巻き、優しい冷たさも頬を切るような冷たさも様々な感触で教えてくれる。
 極上の絹がそうっと頬を撫でていったかと思えば、渓流に迸る冷たい水の流れに突然放り込まれ、また柔らかな絹に髪や心を掬いあげられては遥か空へ解き放たれるような。
 ――とは言ってもここは戦神海峡アクスヘイムと言う名の都市国家のなか。
 本物の空は見えず、遥か高みの天蓋に空が映ることもないけれど、振り仰げば星霊の力が伝える暖かな夕暮れ色の光が空間を染める。
「行こうぜ、夜までには着けるだろ」
「今夜は確か祭りだっけか、途中からのこのこ入ってくのも悪いしな」
 眩い夕暮れ色の光に瞳を細め、自由で気ままで心地好い風を胸に満たして、彼らは峠を目指した。
 峠を越えるまではいま少し。この調子なら夜の帳が完全に降りてしまうまでには平原の遊牧民達の許へ辿りつけるはず。
 ――金貨や絹布に惑わされるな。風と添い遂げ、生きよ。
 祖先のそんな言葉を守り続けて生きる遊牧民達は、今宵高く組みあげた薪を篝として大きな大きな篝火を焚く。凛と冴え渡る黒玻璃めいた夜闇にあかあかと燃え盛るそれは、まるで焔の巨獣のよう。
 風が遊ぶ、焔が遊ぶ、人が踊る。
 自由で気ままな風に焔のたてがみを躍らせ、輝く火の粉の息吹を振りまく、燃え立ついのち。
 巨大ないきものみたいな篝火の傍で、乳茶を、乳酒を呷って皆で笑いさざめいて、リュートと胡弓の合いの子を思わす不思議な楽器の音色と風に遊ぶ焔の舞に合わせ、心ゆくまで風を感じて踊る――ただそれだけの、けれど、力強いいのちの歓びを燈してくれる祭り。
 平原の遊牧民達は客をもてなすのが好きで、馴染みの商人達はもちろん、初めて訪れた旅人でも気さくに祭りの輪に迎えてくれる。

 だが、その夜、祭りの輪の中に旅商人達の姿はなかった。
 戦いを渇望するジャグランツとの邂逅によって、彼らの行く手が閉ざされてしまったからだ。
 
●さきぶれ
「彼らが殺したわけじゃないの」
 夕暮れ時の光景を語り終えた七花の狩猟者・アンジュ(cn0037)がそう続けた。
 旅商人達と戦ったジャグランツ達は、商人達を倒したところで立ち去ったという。最終的にその命を奪ったのは、戦う力を失った人間達を獲物と見定めた狼の群れ。
 だが、その群れは旅商人が戦える状態であったら自力で追い払える程度のもの。
 問題となるのは、やはりジャグランツの方だ。
「平原の遊牧民さん達との取引を遅らせることはできないって聴いたのね。もちろん遊牧民さん達がお茶がなくてすぐ困るってことはないんだけど、必要なのは、届ける荷じゃなくて受け取る荷の方」
 茶葉の代価に受け取るものは、遊牧民が羊毛で織った暖かな毛布。
 平時なら貴重なものではないが――崩壊の爪痕深い処では一枚でも多く必要なものだ。
 安定して生産できる地や人材そのものが今は少ないため、他から調達するのもなかなか難しい。
「だからね、アンジュ達で荷を運んで、そのついでにジャグランツと戦ってくるのがいいかなって」
 どうかお願い力を貸して、と暁色の娘が願う。
「アンジュと一緒に――思いっきりジャグランツと戦って、そして平原まで行ってこよう?」
 
 戦いを渇望しているのは、大剣を携えた二体のジャグランツ。
 彼らは飢えによって旅商人達を襲ったのでもなく、倒しただけで立ち去ったことからもわかるとおり、殺戮衝動のようなものに突き動かされたわけでもない。彼らはどうやら、強敵と全力でぶつかりあう純然たる戦いを望んでいるようなのだ。
 都市の崩壊は彼らにまったく影響しなかったわけではない。
 崩れた岩で水場が埋もれたり、獲物にしていた野生の山羊達が姿を消したりと、突然大きな変化を強いられて、彼らは相当鬱屈を溜め込んでいるらしい。つまりは――。
「ぶっちゃけちゃうとね、思いっきり戦ってストレス発散したいってとこみたい」
 それはそれで大迷惑だが、人里を襲撃しようだとか弱い者を嬲り殺しにしようとか考えられるよりは余程いい。というか、アンジュはちょっとこのジャグランツ達のことが好きになりかけていた。
「だってね、ストレス溜まった時に真っ先に思いついたのが『強イ奴ト思イッキリ戦イタイ!!』ってね何か単純明快で清々しいなぁって思ったんだよ」
 だからアンジュ達で思いっきり相手になってこようよ、と暁色の娘が楽しげな笑みを燈した。

 思考回路がそうなっているだけあって、彼らの強さはなかなかのもの。
 一般人では到底相手にならないが、自分達が全力で挑めば彼らの望みに足るはずだ。
 岩山の頂付近で彼らに遭遇したなら、思いっきり戦ってやればいい。全力でぶつかりあって、一度ぶっ倒してやったなら、彼らの鬱屈も綺麗に晴れるはず。仮面も棘も持たない者達だから、命を奪う必要はない。
「すごくすごく気持ちいい風が吹くところみたいだから、戦うのもすっごく気持ちいいと思うんだよ」
 極上の絹がそうっと頬を撫でていったかと思えば、渓流に迸る冷たい水の流れに突然放り込まれ、また柔らかな絹に髪や心を掬いあげられては遥か空へ解き放たれるような感覚を与えてくれる風。
 自由に気ままに翔ける風の中、全力で彼らとぶつかりあう。
 そうして彼らの鬱屈を晴らしてやれたなら、その後は平原の風に逢いにいこう。
「遊牧民さん達のところに着いたらね、アンジュ達もお祭りに混ぜてもらえると思うの」

 黄昏の岩山の風、冬夜の平原の風。
「あのね、思いっきり風を感じて楽しめたなら、また逢おうね」
 きっと同じ時間を共有した互いの中に、遥けき風を見出せると思うから。


マスターからのコメントを見る
参加者
斧の城塞騎士・フラン(c00997)
花渫う風・モニカ(c01400)
眩暈の尾・ラツ(c01725)
燻る焔・ハルク(c01816)
蜻蛉・セイイチロウ(c08752)
ダンシングブレード・エリーシャ(c15180)
ウルスブランの靴・ジィリオ(c35020)

NPC:七花の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●遥けき風
 風が遊ぶ、鳥が遊ぶ、人が歩む。
 撓やかな薄絹翻るように翔けあがる風を瞳で追えば、視界に広がるのは暖かな夕暮れ色の光に染まった空間。空の姿なき世界にも黄昏はやってくる。
 柑子色とも金ともつかぬ光に撫でられた岩山の頂で邂逅したのは二つの巨影。
 決闘みたいですねーと瞬きをしたダンシングブレード・エリーシャ(c15180)の言葉に、いいなそれと不敵に笑って、斧の城塞騎士・フラン(c00997)は凛列な風を胸に満たして呼びかけた。
「なぁジャグランツ、鬱憤晴らしするならつき合わせてくれよ」
「――いらっしゃい、お相手致しますよ」
 挑発というよりも遊びに誘うよう、人差し指でちょいちょいと招くのは蜻蛉・セイイチロウ(c08752)、獣の咆哮が『面白イ!』と言の葉轟かせた瞬間、人と獣が成す風が戦いの火蓋を切った。
 ――風に。
 ――なろうね!
 眼差し掠めた刹那に口の動きと笑みだけで交わし、真っ先に右のジャグランツへと間合いを詰めた眩暈の尾・ラツ(c01725)を金の竜駆る七花の狩猟者・アンジュ(cn0037)が追う。
「貴方と私、根比べの運試しといきましょうかっ!」
『オオ、受ケテ立ッテヤル!』
 守護魔法陣を顕現させたラツの斬撃と獣の大剣が派手な剣戟の音響かす様に瞳を細め、フランが吶喊するのは左の巨影。
 むしゃくしゃしてるんだろ? と挑む笑み。
「私もだ。力いっぱい殴り合ってすっきりしたくてな!」
『気ニ入ッタゾ、貴様ラ!』
 弩砲備えた霊光の巨大城壁ごと突進してきた騎士の喊声に歓喜で吼え、獣の豪腕が操る大剣が焔の唸りをあげる――よりも速く、豪快に風を裂いて唸りをあげた燻る焔・ハルク(c01816)の戦槌が叩きつけられた。
「――相当鬱屈しているようだな」
『……貴様モカ!』
 笑みが交錯すると同時、今度こそ巨大な火柱が噴きあがった。
 続けて右で炸裂したのは大竜巻、セイイチロウと共に暴風に呑まれた花渫う風・モニカ(c01400)は風縛陣にも構わず、遥か高みの獣の眼差しまっすぐ捉えて跳んだ。
「守りに徹するなんてしゃらくせえって事でしょ? いいよ、どーんとぶつかってあげる!」
『来イ!!』
「成程、それも粋っちゃ粋ですね!」
 暴風の広がり阻む蹴り上げに続くはモニカ自身が旋風となる回し蹴り。楽しげな風に笑声散らして、空中馳せたセイイチロウが仰け反った獣の胸板に鋭い蹴撃重ねて見舞う。
 ――今日は下がってて、ジュリア。
 傍らの妖精に告げ紫の彩一閃するのはウルスブランの靴・ジィリオ(c35020)、岩肌に突き立てた棍の頂点ですらり撓やかに倒立して見せた次の刹那、
「たまには……暴れてやろうかしら」
 肉桂色の髪を風に踊らせた少女は獣の胸から腿へ流れるような連続回転蹴りを叩き込んだ。
 だが降り立つ寸前、靴先の大地から凄まじい焔と斬撃がジィリオへと襲いかかる。
「幾千の魔剣の舞曲、いきます!」
 更なる攻勢重ねんとしたジャグランツを押し留めたのはエリーシャのレギオスブレイド、琴剣の音に導かれ、鮫と霊魔の刃が次々風に踊って獣を喰い破った。邪剣の舞を目眩ましに再び相手の懐へと飛び込み、思う様黒鐵を振りかぶったハルクは獣が構えた大剣ごと、眼前の巨躯へ力任せの一撃を喰らわせる。
 巨鳥めく厳つい足が宙に浮いた機を逃さず馳せたフランの突進が、重厚な長城を崩落させ獣二体を呑み込んだ。
『面白イ! 面白イゾ……!!』
 傷を増やしながらも翔けあがる風に愉悦の咆哮乗せて、右の獣が揮った大剣が噴きあげた二柱の業火が呑み込んだのはモニカの全身、彼女が巨大な刃と火柱に蹂躙される様を捉えたエリーシャは一瞬たりとも迷わずに、琴剣の弦へと軽やかに指を踊らせた。
「あなたに勇気と活力を……!」
「ありがと、エリーシャちゃん!」
 焔を吹き払う風のごとく駆け抜けた少女の歌声に笑み咲かせれば、モニカの背にも聖なる加護抱く翼が咲く。力ある翼も、皆が長く戦えるようと願うエリーシャからの贈り物。
 強気に笑みを深めたコーラルピンクの唇からモニカが紡ぐ即興曲が創る世界は、戦場に舞う砂塵を黄昏の光へ巻きあげる疾風と、凛然たる煌きを踊らす吹雪に彩られた。
 鮮やかに心へと灼きつく世界に奔るのは鋭い光の風、疾風追い越す勢いで翔けたセイイチロウが光翼で巨躯の脇腹を斬り抜ければ、翻った墨色と赤橙の視線が交差し笑みを閃かす。
 獣の眼が彼を追った瞬間、ラツも疾風となった。
 一気に距離を殺した逆の脇腹へ刃を突き立て、翔けあがる風のごとく斬り上げれば、黄昏の世界に獣の血飛沫と咆哮が爆ぜる。背筋を翔け昇ったのは愉悦か燃ゆる己が命の生む熱か。
 血に濡れた刃に、翅の幻が踊る。

●遥けき渦
 熟れた夕陽の光よりも鮮やかで烈しい焔が噴きあがる。
 灼熱を掻い潜ったハルクが揮う戦槌も灼熱思わす威を抱いた。遠心力乗せて揮われる戦槌は風を巻き込み、その軌跡を追った大気が轟と渦を成す。吹き飛ばす技さえも純然たる威に変えて、痛打を受けとめんとする大剣と重厚で硬質な鋼の音を轟かせた。
 重い手応え、全身を駆け抜ける振動、それとともに伝わってくる、相手の鬱屈と――高揚。
 奇妙な親近感に笑んだ口元から知らず言葉が洩れる。
「愉しいか?」
『アア、トテモ!!』
 押し負けた獣は痛打を浴びながらも、その咆哮に明らかな喜色を滲ませた。
 鬱憤晴らしに暴れたい奴等のお相手だなんて、まるで子守みたいね。
 ――最初はそう思っていたけれど。
 相手は背丈だけでもジィリオの倍という巨躯を誇る力自慢の種族、酒場での話どおり棘がなくとも侮れぬ腕とくれば、舐めてかかれば此方のほうが児戯とあしらわれかねない。
 だが彼らに悪意はないと識るから、瞳には常の険でなく「仕方ないわね」と言うような余裕を乗せ、少女ならではの機敏さ活かしたジィリオは、棍で地を穿つや否や、高速の三段蹴りを獣へ見舞った。
 瞬間、右手では力を溜めつつ放たれた二重の竜巻がセイイチロウを宙へ渫って捻り潰さんとする。
「ここはひとつ頼まれてください、ラツさん!」
「勿論! 大船もとい大風に乗った気でどうぞ!」
 風の渦すら足掛かりと雪駄で蹴りつけ光翼で翔けた男の軌跡を追いかけて、迸る魔力が幾重にも水晶結界を展開した。黄昏の光を水晶が散乱させ、迸る渓流めく風が光の飛沫孕んで吹きつける。
 剥きだしの頬を、甲冑の隙間から身体を、冷たく軽快に叩いていく風の心地好さにフランが更なる高揚覚えた途端、眼前の獣が荒ぶ暴風を解き放った。ハルクを呑んで膨れあがる風の渦が迫るのを蝶の翅思わす斧刃で抑え込めたなら。
 さあ、その鬱屈を昇華してやろう。
「城壁は風を押し留めるだけじゃない、更なる高みへ昇らせるものなんだよ!!」
『何ダト!?』
 凄まじい暴風は騎士の城壁に激突して翔け昇る。弩砲の反撃に続いた衝角の突撃が獣の豪腕へ制約刻めば、琴剣の弦に指を踊らすエリーシャもひときわ華やかな旋律を解き放った。
「このまま畳みかけますよー!」
 精彩増した邪剣が黄昏を縦横無尽に乱舞して、旋律に乗って左右の別なく獣達を切り刻む。
 だが、刃の嵐に翻弄されつつも右手のジャグランツは、溜め込んだ力すべてを乗せた恐ろしく烈しい竜巻をラツへと叩きつけた。
 四肢を容易く捻じ切り吹き飛ばさんばかりの風。
 けれど。
「根比べの運試し、どうやら此方に分があったようですね!」
『ヤルナ……!』
「ラツくん! 良かったぁ!!」
 護り高めた守護魔法陣で辛うじて意識を繋ぎとめ、翼得たモニカが開いた楽園の虹に後押しされ、彼は盛大な血煙を生む斬撃で攻勢に転じた。
 風が翔ける。
 翻る薄絹、迸る渓流、羽ばたく翼。力強く心身を濯ぎ、崩壊の跡をも気ままに自在に翔ける風。
 吹けばいい、吹けばいい、どんな時も、お前達、僕等も。
「あなたも、自由です――アンジュさん」
「ね、不思議なの。時を重ねるほど自由になるんだね!」
 何かを識るたび、何かを掴むたび、ひとつ、またひとつと自由になっていく。
 嬉しげにそう告げた娘に笑み返して、セイイチロウも光翼と扇持つ腕の四つ翅で攻勢の風に乗る。暁色も風となって追い風を喚び、力も連携もモニカに繋いだ。
 獣頭振り仰いで笑み咲かせ。
「――ね、楽しいね!!」
『同感ダ!!』
 翼と夏空の靴で追い風に乗って、モニカが翔けあがる。大きな膝へ腰へ蹴撃刻み、反動の勢いを得て吹き荒れる風のごとき連打を叩き込めば、長い長い歓喜の咆哮残し、巨躯の獣がどうと倒れた。
「先を越されたか!」
 右手で着いた決着に笑み乗せて、フランが撃ちだしたのは強烈な癒しの一撃。
 瞬時に整った呼吸でありがたいと告げ、獣の眼差し逃さずハルクは、己が腕にも獣の力宿してその獰猛さをもってジャグランツへ挑みかかった。豪腕とぶつかりあったのは魔獣の腕、殴打で腕勝負に打ち勝ち勢いのまま猛る爪撃が相手の腹に爆ぜる。
『グ……!』
 手応えは十分すぎるほど。――だが。
『マダ、ダ!!』
 獣は気力で踏みとどまった。
 何故だろう。純粋な戦意燃えるその瞳を見ればハルクの奥でも歓喜が爆ぜた。
 双方から風が吹き寄せるよう、自然に次の挙動が読める。焔の斬撃狙って斬りあげんとした大剣へ魔獣の腕を叩きつけて抑え込み、
「今だ!!」
 鋭く声を張れば、任せて、と短く応じたジィリオが跳躍した。
 渾身の力で地を打った棍の威で、巨躯の獣の、その頭上まで。
 遥か高みで一回転して流星の如く落とす一撃は――爆砕天襲棍。
「――っはぁ!!」
『……!!』
 滾る戦意も鬱屈も打ち砕かれて、何処か晴れやかな顔で、巨躯の獣は地に伏した。
 岩の地に戦槌突き立て、心地好い疲労のままにハルクも腰を下ろす。
「喧嘩相手が欲しいなら、何時だって相手になってやる」
『アア、次モマタ、貴様達ガイイ』
 視線が合えばどちらからともなく浮かぶ笑み。
 だから、と続けるつもりだった言葉は、もう不要なのだと識れた。
「――……!!」
 言葉にならぬ雄叫びあげて、ラツもばったり地に伏した。岩地なので痛かった。
 けれどそれ以上に、肺に満ちた風と胸に満ちた彼等の流儀が楽しくて、荒い呼吸のままで笑った。
 風が遊ぶ、獣が去る、人が歩む。

●遥けき焔
 風が遊ぶ、焔が遊ぶ、人が踊る。
 旅商人の悲劇を断ち切り遊牧民との取引も無事終えたなら、後は黒玻璃めいた夜闇にあかあかと燃え盛る、焔の巨獣みたいな篝火と戯れる祭りに興じるだけ。
 凍てつく夜闇に沈む平原翔ける冴ゆる風、巨獣めいて燃え盛る焔が煽る熱気。双方全身で感じて弾けるように響かせる、乾杯の声。
「漸く今夜果たせたね!」
「云われてみれば!」
 あたし達が成人したら三人で一献って約束! と今や二十歳になった娘が乳酒の盃を鳴らす。
 双子のモニカとハルクが十六歳だった初夏の出逢い。
 荒野の風、珈琲と薔薇酒の香。
 胸を吹き抜けていくあの日の記憶は、己が一部として確かにラツの裡に息づいている。
「どうです? 世界の悪戯と、命の水の味は」
 唯エンドブレイカー同士として出逢った彼と、歳月を経て今、友として盃を交わす。
 これも世界の悪戯かとハルクは小さく笑った。
「……沁み渡る様だ」
 細かくチリチリ弾ける気泡、命の息吹を鮮烈に主張する、クセのある匂いと強い酸味。
 けれど喉から胃の腑へ落としたそれは、確りハルク自身の命となってめぐってゆく。
 天へ向かって落ちる滝のように躍る大きな大きな焔から、眩く耀く小さな小さな火の粉が舞った。
 どうやっても『ぎゅぎぎぎ』と怪しく鳴かせるしかできなかったらしいアンジュから遊牧民達の楽器を受け取って、わくわくしつつエリーシャは、彼らに教わりながら興味津々で奏でてみる。
「こういうのが醍醐味ですよねー」
 胡弓とリュートの合いの子めくそれから少女が紡ぎだす、不思議で、何処か懐かしく暖かな音色。
 懐かしくも若々しいエリーシャの音にゆるり添い始めた音色を辿れば、古いウードを抱いて鷲羽根の撥を手にした風を抱く・カラ(c02671)の姿。
 何処かへ帰りついたような笑みを洩らしてセイイチロウは、遊牧民達に淹れてもらった乳茶二杯の片割れを彼女へ手渡した。
「乳茶も楽しみに来たんです、塩を入れるって本当ですか?」
「うちじゃバターも入れたよ」
 へえ、と軽く眼を瞠って茶を啜り、もひとつ瞠る。
 濃厚でまろやかで、けれど不思議な塩味。
 初めてのそれが好みか否か、頭が判じる前に身体が喜び、ほかほかと命が活気づく。笑みで吐息溢して命を注ぐのは、遠い風の音唄う素朴な細笛。
 彼の細笛、彼女のウードに、エリーシャの歌声も重なり、遊牧民達の踊りの輪の命も活気づいた。
「ほらハルクも! 何格好つけてるの、『恥や外聞に惑わされるな。風と添い遂げ、生きよ』だよ!」
「……遊牧民の祖先はそんな事は言ってない」
「んじゃこれからみんなの子孫に伝えてったらばっちりだよ!」
「それがいい! ばっちりですよね!?」
 ぐいぐい手を引く妹に根負けしたハルクは、何がばっちりだと仄かに恨めしげな視線を暁色とラツに向けた。物凄く好意的にその意図を曲解したラツが、空いていたハルクの片手を確保した。
 そうして広がる、踊りの輪。
 ――皆がお祭りに混ぜてもらうって言うから……一人で帰るのも変だもの。
 冬草の上で抱えた膝に頬を寄せ、ジィリオは少しだけ遠い楽の音と、冬草幽かに鳴らす風を身体に受ける。流水みたいに額を撫でた冷たい風に、ふわり翅が舞う気配。
「こういう風、好き?」
 思いきり肯定するようぱたぱた羽ばたき、淡青に煌く妖精はキンと凍える冬の匂いと陽気に爆ぜる焔の匂いを抱いた風に踊った。
 ジィリオちゃんもおいでよー! と踊りの輪でモニカがぶんぶん手を振っている。
 さて、どうしようか。
「なあアンジュ、私の突撃も負けてなかったろう?」
「うん! アンジュねフランさんのキャッスルクラッシュ大好きー!!」
 乳酒に心地好く火照った頬を焔の熱に煽られながら、それでも上機嫌に笑ってフランが踊る。
 焔の巨獣の躍動とともに大地を踏み鳴らし、気ままな風に誘われるまま回って、きゃーと伸べられた暁色の手も取って。
 金髪おさげのサードアームまで駆使したエリーシャのジャグリングが踊りの輪を大きく沸かせれば、あからさまにうずうずし始めるセイイチロウ。誰かの扇ぴるぴるにも煽られはっしとカラの手を取れば、いいよと笑った彼女も進んで踊りの輪へと足を向けてくれた。
 命の風として逢いにいこう。手を取り踊ろう。遥けき風に遥けき命として添い、寿ごう。
 風が遊ぶ、焔が遊ぶ、人が踊る。
 踊り疲れ、満ちたりた身体を冬草に受けとめてもらって、思い起こすは、彼らとの黄昏の決闘。
 種族の垣根を飛び越え通じ合った、名も解らぬ、けれど確かな何かに、双子達は笑みを交わした。
 戦の名残に、乳酒や乳茶と踊りと焔に上気した誰もの頬を心地好く撫で、何色にも染まらぬ風が、自由に気ままに、世界を渡る。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/01/08
  • 得票数:
  • 楽しい7 
  • 笑える52 
  • 泣ける14 
  • カッコいい1 
  • 怖すぎ26 
  • ロマンティック1 
  • えっち9 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。