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死してなお愛しき姉弟

<オープニング>

 共同墓地を、鮮やかな夕日が照らす。
 長く伸びた墓標の影を踏んで、ムラトは墓地の奥へと進む。
「クロエ、トマス……」
 乾いた唇がかすかに動いて、二つの名前を呼ぶ。
 墓石の下に眠る、幼い姉弟。クロエは十一、トマスはまだ七つだった。大切に育て、慈しんできた二人の子を、ムラトは一度に失くしてしまった。
 悲しみよりも空虚さが、父親の顔には浮かんでいた。
 頬に感じる陽光は少しずつ、弱くなっていく。
「……」
 辛いのは、彼だけではない。母親であったムラトの妻も、食事も喉を通らないほどに苦しみ、悲しんでいる。そのことはよく分かっていた。
 小さな墓の前、まだ真新しい花が残っている場所に立ったとき、不意に、小さな声が届いた。
『……さん』
 反射的に、振り返る。
 そして彼の背後に立った、二つの小さな姿を目にした。
「クロエ! トマス……!?」
 驚きに目を見開いて、手を繋ぎあう姉弟に駆け寄って――彼の意識は、そこで永遠に途切れた。
『……お父さん』
 一輪の白い花が、ほとりと地面に落ち赤く濡れた。
 花を踏みしだく少女と少年の顔には、マスカレイドの仮面が嗤っていた。

「アンデッドマスカレイドが、ある共同墓地に現れた。このままだと、その父親だった人が犠牲になる」
 トンファーの群竜士・リーはそう切り出して、エンドブレイカーたちを見回した。
 ムラトという名の男性が犠牲になる前に、アンデッドマスカレイドを倒してきて欲しい。依頼は、端的だった。
「マスカレイドになったのはムラトの子供二人……クロエとトマス、という姉弟だ」
 幼い意思に構うことなく、棘(ソーン)は彼らを動かした。
 二人はまだ、自身らの墓のすぐ傍にいる。
 奥まったところにある、真新しい花の置かれた墓標が、目印になるだろう。
「今から行けば、そうだな、日が傾き始めたくらいには到着できるだろ」
 ただし、ムラトが来る前に戦闘を終えられるかは微妙なところだ。
 できれば手前の方で、彼の足止めをしたほうがいいかもしれない。
 死んだはずの子供でも、我が子であることに変わりはないのだから。
「方法は皆に任せるが、あんまり手荒なのは勧めないな」
 一息ついて、リーは見たものを思い出すように首をかしげた。
「次に、アンデッドマスカレイドの能力だな。姉のクロエは、木の枝を杖のように使ってくる」
 彼女がその杖を味方に向ければ、傷やバッドステータスが癒えたり、時に剣のエンチャントがかかることもあるようだ。
「弟のトマスはナイフを持っている。他に特別なことはないんだが、頑丈な上にそこそこすばしっこいみたいだな」
 そして、現れるのは二人だけではない。
 彼らの配下にされた、二体のネズミのアンデッドマスカレイドが戦闘に加わってくる。
「こいつらは、噛みつきにたまに毒が混じるくらいで、それほど強くはない」
 ただし、戦闘が長引けばその毒も効いてくる。撃破順は考えたほうがいいだろうと、リーは付け加えた。
「後は……まあ、あまり墓地が荒れないように気をつけてやるといいかもな」
 一通りの説明を終えて、彼は息をつく。
「マスカレイドになって親を襲う、なんて死んだ子もしたくはないはずだ。しっかり倒してきてくれ」
 武運を祈る、と再度エンドブレイカーたちを見渡したリーは、励ますように軽い笑みを浮かべて見せた。


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参加者
ハンマーの城塞騎士・ファリアス(c00146)
盾の城塞騎士・アダルバート(c00420)
杖のデモニスタ・スノーサ(c01027)
扇の星霊術士・アリストメリア(c01246)
アックスソードの魔獣戦士・テュケ(c02954)
ナイフの群竜士・リュカ(c07479)
剣の城塞騎士・リーリスフィア(c08222)
竪琴の魔曲使い・クワル(c08268)

<リプレイ>

●夕暮れの墓地
 赤々と照る夕日が、エンドブレイカー達の影を長く伸ばす。死者の眠る地はしん、として、ただ彼らの歩む音だけが微かに鳴る。
 各々の用意した道具は中途に置いて、彼らは墓地の奥へ進む。
 先頭を行くハンマーの城塞騎士・ファリアス(c00146)の内心は静かだった。
(「ここで命を落とさずとも、限界は近いような気がするが……」)
 思うのはマスカレイドの父親のこと、けれどそうも言ってられぬとハンマーの柄に手をかけ、気を配りながら足を進める。
(「ソーンは、どれ程の悲劇を撒き散らせば気が済むのでしょうね」)
 剣の城塞騎士・リーリスフィア(c08222)は、胸の内でそっと呟く。
 せめて親殺しの悲劇だけは避けられるように、と。思うのは扇の星霊術士・アリストメリア(c01246)も同じ。
「止めてみせましょう、双方のために」
 かのエンディングは、悲しすぎるから。
 静かに零した彼女の言葉に、最年少の少年が強く頷いた。ナイフの群竜士・リュカ(c07479)は自身の敬愛する父親を重ねて、両手を握る。
「自分のせいで父ちゃん怪我させたり、死なせたり……んなこと、あの姉弟にだってさせねー!」
 それは、悲劇。
 過去に起きたそれはもう変えられなくとも、まだ起きていないことならば。
(「だから、ちょっと悲しいですけどぉ……」)
 アックスソードの魔獣戦士・テュケ(c02954)は、マスカレイドとなった姉弟を思い戦うことを決めて。
 やがて彼らの目に入るのは、正面に真新しい白い花が置かれた墓標。
 そして――その傍に佇み手を繋ぎあう、仮面の姉弟。もはや子供の意思はなく、エンドブレイカー達の姿を見るや、手に手に武器を取り嗤う。
 少女は木の枝の杖を。
 少年は小さなナイフを。
「この家族にとって、エンディングは既に迎えていたものの筈ですがねぇ」
 竪琴の弦に指先を乗せ、ゆっくりと呟くのは、竪琴の魔曲使い・クワル(c08268)。
「では、この理不尽を叩き壊そう」
 しゃらりと鳴る杖『七環錫』は、杖のデモニスタ・スノーサ(c01027)のもの。その声が、開戦を告げた。

●終焉を壊す者
 共同墓地の入り口には、『立ち入り禁止』と書かれた立て札が置かれていた。
 その傍に立つ盾の城塞騎士・アダルバート(c00420)は、既に見えない仲間達の様子を気にかけるように降り返る。
「頼んだぞ、皆……!」
 必ずや悪しき仮面を打ち砕いてくれと、祈る気持ちで呟いた彼の耳に、微かな靴音が届く。
 やや俯き、片手に花を持ち歩む男。一度は死のエンディングを定められた、父親ムラト。その姿に、アダルバートは一層表情を引き締める。
 ――生あるものは、生きねば。望まずして死した者のためにも。
 思い、重ねるのはかつて喪った主のこと。だからこそ、死なせはしないと強く思う。
 戦いの場に立っておらずとも、彼もまた騎士。

 鎧を突き通し、トマスの握ったナイフがファリアスに突き刺さった。
「……っ、行くぞ」
「ええ」
 すぐさま退いて構える少年の足元へ、ハンマーが唸りを上げて叩き込まれる。構えを崩した所へファリアスがさらに鈍器を叩きつけるのと同時に、リーリスフィアが剣を鞘から引き抜いた。
「救えぬものに、救いの手を――」
 祈るような言葉と共に、剣を構え、トマスの身を縦に切り裂く。
「さ、行きますよぉ〜」
「おう!」
 二人が身を張って弟を足止めする間に、テュケとリュカが連携してネズミのアンデッドマスカレイドへと駆ける。
 けれど、先に撃破するとは決めたものの、二匹のどちらを優先するかまでは定めていない。逃がさぬよう、後ろへ行かせぬようにとすれば、必然的に二人の攻撃の先はばらけた。
 ゆったりとした口調、柔らかな表情とは裏腹に、テュケが魔獣化した腕を俊敏に振り上げる。彼女が爪で切り裂いた傷をさらに深く抉るのと同時に、リュカはもう一匹へ肘打ちを叩き込み、集中してのもう一撃を見舞った。
 きい、と耳障りな鳴き声を響かせて、二匹のネズミがテュケにリュカに、噛み付く。
(「それでもこっちの方が、気は楽ですねぇ〜」)
 毒を受けながら、心の中でテュケは呟く。姉弟との戦いよりは、まだ。
「覚悟なさい。すぐに楽にしてあげるわ」
 彼らの後方、扇を構えたアリストメリアの狙いはクロエ。水流を纏い、さざ波で姉を押し包む。
 それに構わずに、クロエは遊ぶように小枝を突き上げる。杖の如く、現れるのは無数の魔法の矢。飛来し、弟の前に立つリーリスフィアへと突き刺さる。
 形は違えど、同じく杖。スノーサは手の中の武器を掲げ、結界陣を展開した。
「死者の静かな眠りは絶対な物。乱してくれるな」
 静かな声と共に放たれた矢は三連に連なり、呪詛を負ったネズミを貫く。
 彼女と並びネズミを相手とするクワルが、弦を弾き精神を壊す雑音を奏でる。
「この後日譚は叩き壊さねばなりません。そうでしょう?」
 かき鳴らす音の残響がもたらす毒に、ネズミが身をよじった。
 あちらは、あと少し。
 後ろに守るものを確かめるリーリスフィアの構えが、トマスに頬を裂かれて崩れる。
 気にかけながらも、ファリアスはハンマーを鋭く少年の懐へ突き入れた。
 剣の加護は失ったが、リーリスフィアの振るう剣は十字の軌跡を描いた。切り裂き、更にその足を砕いて反撃の構えを封じる。
「これで五分、ですね」
 己は剣の騎士。後ろには通さぬと、彼女は強く剣の柄を握る。

●父子、その道は分かたれ
 ムラトは墓地の前に立つ鎧姿の騎士と、立て札の文字に、困惑したように立ち止まった。
「何か……あったんですか」
「この先でバルバが暴れておる。ここは危険故、立ち去られよ」
 アダルバートが手に持つ盾で墓地を示せば、ムラトの表情はいっそう困ったようになる。
「そんな。昨日までは、何も」
「今朝方、一報があった故。何卒、我等にお任せを」
 警戒に反して、ムラトの抵抗はなかった。そうですか、と力の抜けたような声だけが返る。
「……明日には?」
「それまでには、必ずや」
「分かりました……」
 お疲れ様です、の言葉を残して、彼が背を向ける。去り際に、墓地の入り口に白い花を置いて。
 目を細め、去るのを確かめるアダルバートの視野の端で、花が静かに揺れた。

 水流を纏い、扇がひらめく。
 幾度目かアリストメリアの招いた波は、今までのそれよりも広がり津波となった。余波の水流を受けたネズミが一匹、動かなくなる。
 彼女と同時に、スノーサが魔法の矢を放つ。術式は拡散し、ネズミと共にトマスを貫き、その攻撃でネズミのもう一匹も倒れた。
 残るは、姉弟のみ。
 けれどその攻撃を一身に受けた二人は、既に疲労の色が濃い。それを見て、クワルがすかさず駆け寄った。
「代わります、ファリアスさん……っと」
 すんでの所で、クワルは突き出されたナイフの切っ先を受け止める。剣の加護を受けた重みをぎりぎり受け流して、竪琴を構えなおす。
「頼む。……アリストメリア」
 一度下がりながら、ファリアスが声を上げる。連携し、分かっているというようにアリストメリアは頷いた。
「今癒すわ、スフィ。しっかりなさい」
「ありがとうございます」
 召喚された星霊スピカが、未だ前に立つリーリスフィアへ飛びつき、抱きしめる。それに力を得て、彼女は防御を固めながらトマスへと刃を振り下ろした。
 同時に、リュカが飛び出す。
 ネズミを相手としていた者の、次の目的はクロエ。
 その拳に『竜』を帯びるリュカの表情は、マスカレイドへの怒りに燃えていた。
「人の体勝手に使って、酷い事しようとすんじゃねー!」
 真っ直ぐな言葉と共にクロエの心臓を打ち、呼吸を整えてネズミに噛まれた毒を癒す。一歩も退かず、その目は少女を見据えた。
 一方で、テュケは弟の方へと向かった。こちらと戦うのは心苦しく、けれど悪いのは彼らではないから。
「悪いのは、ソーンなんですからぁ〜!」
 迷いなく、魔獣化した腕が乱れ舞う。深々とトマスを切り裂く、爪撃。
 目にしたスノーサが、少しだけ眉根を寄せた。彼女の分担はクロエの攻撃ではなかったか? けれど、攻撃の手を休める暇はない。
 クロエの杖が弟に向くのを見ながら、スノーサは掌を広げる。詠唱し放つのは巨大な黒炎。これもまた理不尽を焼き尽くす理不尽かと、そう思わせるような炎。煽られて、純白の髪が翻る。
「ここで終わりにしましょう」
 クワルが奏でる魔曲は、高らかに響き渡る。音に宿る魅惑の力が、二人の警戒心を奪っていく。
 だが、リーリスフィアの腹を突き刺すナイフの力はまだ強い。顔をしかめた彼女の前に、不意に立つ者があった。
「遅くなって済まぬな、ワシと代わるか」
「あ……はい、お願いします」
 加わったアダルバートが笑って見せ、リーリスフィアと代わった。渾身の一撃を叩き込みながら、その場で後ろの者の盾となる。
 並んでトマスを打ち据えるのは、テュケ。
 アリストメリアの呼び出した星霊が、墓地を駆ける。
 スノーサの放つ漆黒の炎が、木の枝を握る少女を包み込む。
 クワルの竪琴の調べが、力を得て姉弟の耳へ流れ込む。
 それぞれの全力が、二人のマスカレイドから力を削っていく。トマスに向かう攻撃が思いの他増えて、けれどクロエの癒しの力もかえって追いつかない。
 敵の後方に唯一切り込んで、リュカが両の拳を握り締めた。
「絶対、俺が止めてやるんだかんな!」
 正拳突きから肘打ちへ、続けざまの攻撃の留めに心臓を強く突けば、とうとう少女の膝が砕ける。
 ゆっくりと、崩れ落ちる姉。それに気づいたのか気づいていないのか、不利を悟ってのことなのか。不意に逃げようとするようにトマスが身を翻す。
「いけない……っ」
 アリストメリアの声とほぼ同時に、ファリアスが動いた。警戒が幸いしてのこと、少年の前に立ちふさがり武器を振り上げる。漆黒の瞳が、見下ろした。
「逃がすわけには、いかない」
 叩き潰すように、上下へと振るわれるハンマー。
 その一撃が、少年の身に二度目の死を与えた。

●生きて
 それぞれが気を配ったおかげだろう、墓地に荒れた所は少ない。
 ムラト殿は一度帰ったようだ、とアダルバートの言葉を受けて、エンドブレイカー達は姉弟を埋葬し直した。
 姉弟の埋め戻された辺りの地面は、まだ土の色が真新しい。リーリスフィアは、その辺りを丁寧に箒で掃き均していく。
「これも、今を生きる私達の務め……ですよね」
 彼女と共に箒を握るリュカは、そっと墓標を見つめた。もう、あどけない二つの姿は土の下。
「父ちゃん……早く元気になるといいな」
 姉弟の心を思いながら、話しかけるように呟く。
 クワルが借りたスコップを片手に、軽く息をついた。ゆっくりと立ち上がって、青の目を閉じる。
「家族にとっては、ハッピーエンドには程遠いんでしょうけど……」
 それこそ、一つのエンディングであっただろう。それでも、最悪の結末だけは避けられた。
「死を悼む者がいなくなれば、存在していたことも風化する……防げたのは、良かったか」
 ネズミの死骸を処分し終えて、ぽつりとファリアスが呟いた。
 スノーサもまた、墓標へ目を向ける。遺体を埋めた小さな白い手には、所々土が残っていた。
(「眠りを妨げ、申し訳無いな)」
 心の内で、平穏を乱したことを詫びる。もうこの墓地が、戦いの場になることもないだろう。
「これで……綺麗になったでしょうかぁ〜?」
 ゆったり呟き小首をかしげながら、テュケが花を置いた。前以上に綺麗になったろうかと、確かめるように見渡して、満足したように小さく微笑む。
 そこにもう一輪の野の花を添えて、アリストメリアは瞑目した。短い祈りを捧げる心の中で、語りかける言葉と思いは優しい。
(「悲しむ両親を見るのは、辛いだろうけれど」)
 貴方達が見守っていたならば、きっと。銀色の眼差しが、少しだけ柔らかくなる。
「……暗くなってきたな」
 アダルバートの呟きに、幾人かが空を仰ぐ。
 あんなにも明るかった夕日は、大地の向こうへ沈もうとしていた。橙色に照らされていた花の色も、少しずつ暗くなっていく。
 それでもまた、明日は来るから。
 幾度でも、この地に日は昇るから。



マスター:碧雪菜 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2010/03/17
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