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幸せの肖像

<オープニング>

●幸せの肖像
 多くを望まない男だった。
 地位にも名声にも、然したる興味を持った事もない。絵を描く事だけが自他共に認める唯一の取り柄であり、キャンバスに向き合い、筆を取る時間さえあればそれで良かった。
 その日を生きる場所があり、その日暮らせる金があり、その日描ける何かを見つける事さえ出来れば、それだけで充分生きる意味はあると思って生きていた。
 
 そんな男の価値観を変えたのは、酒場で出会ったひとりの女だった。
 アメリという女は、いつも笑顔を絶やさず、誰にでも優しく、そして誰のものでもない女だった。老夫婦の営む酒場を手伝い、忙しない日々を笑顔で過ごす溌剌とした女。
 多くを望まずに生きてきた男は、いつしかアメリの笑顔をを望むようになった。
 自分だけの笑顔でなくてもいい、誰に向けたものでも構わない。ただ、あの曇りの無い笑顔が酒場に咲き続けるのであれば。多くを望まない男は、それだけを願って絵を描き続けた。
 やがて、男は夜な夜な酒場のテーブルの隅に座り、アメリの絵を描くようになった。
 笑顔の女を描きたくて、毎日同じようで、違う笑顔を描きたくて、男は女を見つめ続けた。
 そんな男だからこそ、気付いてしまったのかもしれない。
 アメリの笑顔が、僅かに曇るその一瞬。女の瞳に、誰が映っていたのかを。

「あんたなんだよ」
 いつもの酒場に向かう途中、カイルの腹を襲ったのは激しい痛みだった。
 薄暗い細路地に、ぽたぽたと水が滴る音がする。黒いセーターの色は変わらないが、痛む場所に触れたてのひらは、見た事がない程真っ赤な色に変わっていた。手に持っていたランプは足元に落ちてしまっていたが、その色だけははっきりと見えていた。
「……っ、あんた……なん、で……おれを……」
 息を吸っても、吐いても痛い。
 それでも自分の腹を刺した男の姿にカイルは酷く驚き、戸惑わずにいられなかった。
 酒場でよく見る男だった。
 知っているのは、名前がグレイである事と、絵描きである事。
 そして、酒場にいるアメリの事をいつも幸せそうに見つめている、それ位だった。
 だから自分が殺される理由など、どうにも思い浮かばない。薄れゆく意識の中で、地面に膝を着いてしまった青年。彼は必死に顔を上げ、ナイフを持つ男を睨みつけた。
「あんたなんだよ、あんただけなんだ――」
 多くを望まない男は、死にゆく青年の顔にナイフを突き立てながら、こう言った。

 青年が酒場から出て行く。
 その時にだけ、あの女の笑顔が曇るのだ、と。

●笑顔が曇る訳
「思い人との別れ際であれば、笑顔が曇るのも頷ける」
 秉燭の自由農夫・ヨスガ(cn0160)は、何気なくそう呟いた。
 たとえ明日また会えるのが分かっていても、その一瞬が堪らなく寂しくなる。
 カイルが酒場から帰る時、見送るアメリの顔が曇る理由。ヨスガはそれを好意によるものだと感じたが、実際情報を集めた結果、それは男の思い違いではなかったらしい。
 アメリは、カイルに淡い思いを抱いていた。溌剌で、誰にでも優しい女はそれを隠そうとしていたけれど、常連客の何人かは気付いていた上で、何も言わずに見守っていたらしい。
 グレイという絵描きの男も、アメリの表情に気付いていた者のひとりだった。
 しかし、グレイはアメリの笑顔が曇る理由を、恋であるとは思っていなかった。それを裏付けたのは、裏路地で襲われたカイルが事切れる寸前に、グレイが呟いていた言葉だという。
「お前さえいなければ、アメリの笑顔は曇らない」
 グレイは、確かにそう言っていた。
 アメリがカイルに恋をしていると分かっていれば、こうは言わないだろう。彼が居なくなってしまえば、アメリの笑顔は雲ってしまう。それは容易に想像出来る事である筈だが、グレイという男には、それがどうにも分からなかったのかもしれない。
 確かな事は、アメリの笑顔を望んでいた男が棘の温床となり、その力を望んだ事だ。望んだ笑顔を曇らせる青年に対して殺意を抱き、力の儘に凶行に及ぶ。それを阻止するには、カイルが路地裏を通る時間より先にそこを訪れ、グレイを倒すしかない。
 その場所を終焉で垣間見たヨスガは、皆と共に向かうと告げた後、こう続けた。

「グレイを知る人は皆、彼の事を一様にこう言っていたんだ」
 あの絵描きは、多くを望まない男だと。
 その多くの中には、恋というものも含まれていたのだろうか。
 昨晩女の酒場を訪れた時、ヨスガが見た男の顔は、恋を知っているように見えたというのに。


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参加者
空追い・ヴフマル(c00536)
鏡花・ユエル(c03933)
冰霄・セラ(c07574)
ジギタリス・ソージュ(c17731)
夜が訪れる刻・シキミ(c32374)
深淵の華・ジェルゾミーナ(c34864)
ウルスブランの靴・ジィリオ(c35020)

NPC:秉燭の自由農夫・ヨスガ(cn0160)

<リプレイ>

●知らない顔
 ――違う。
 年若い男がそう感じたのは、複数の人影が路地の向こうから近づいてきた時だった。
「どーも」
 空追い・ヴフマル(c00536)の声は思った以上によく通ったものの、すぐに夜へと溶かされた。それで構わなかった。路地裏に佇む知らない顔の男、その耳にさえ届いていれば、声を発した意味は充分にあったといえるのだから。
「こんばんは。夜遅くに待ち合わせか。それとも探し物?」
 効果の程は、続く鏡花・ユエル(c03933)の言葉で証明された。あからさまに何かを含ませた問いではない。只少しだけゆっくりと間を持たせるように言いはしたが、別段特別な言葉ではなかったと、秉燭の自由農夫・ヨスガ(cn0160)が感じた程度だ。
 しかし、問い掛けられた男の顔は、険しげな物に変わっていた。
 知らない顔からの突然の問い。それだけで気分を損ねる者はいるだろう。それが元より人気の無い路地裏で、男に退っ引きならない事情があれば尚の事。
「……知りあいでもない奴に答える義理なんてない。さっさと消えろよ」
 だからその日、路地裏にいた年若い男がそう告げたのは、至極普通の事だった。
 では、何が普通ではなかったと言えるのだろう。
 男が魅入られてはならない物に、その手を伸ばした事だろうか。コートの内側に、ナイフを隠していた事だろうか。或いは、彼らがその終焉に触れてしまった事だろうか。
「おい、聞こえてないのか。消えろよ。俺はここで用事が――」
「残念ながら、それだけは無理ですわ」
 一向に立ち去ろうとしない知らない者達に、男が苛立ちを見せた時。ヴフマルが腰に下げた灯りに照らされるようにして、夜が訪れる刻・シキミ(c32374)の姿が、男の視界に浮かび上がった。
「貴方に用事を済まさせる訳には参りません」
 瞬間、男は踵を返していた。四つの人影から遠ざかる為に、一刻もこの場から離れる為に。彼らに出会った時から感じた一抹の不安。それが色濃く変わる感覚から、必死に意識を逸らすように。
「悪いけれど、こっちにもいるわよ」
 そんな男が観念したのは、深淵の華・ジェルゾミーナ(c34864)の声が響いた瞬間。逃げ去ろうとした路地の奥で灯された新たな光。それは冰霄・セラ(c07574)とウルスブランの靴・ジィリオ(c35020)の姿を映し出し、男の足を止めさせた。
 多くを望まない男。その姿を前にして彼女達の心に湧いたのは、ある一握の感情だった。
 見た目だけなら此処にいる誰よりも、普通という言葉が似つかわしい風貌だった。
 話を聞いた限りなら此処にいる誰よりも、酷く不器用だったのかもしれない。
 しかし、そこに同情という余地は見出せず、彼女達は眼光鋭く男の往く手を塞いでいった。
「なぁ、グレイ――」
 笑顔を翳らせたくないから、その原因となる男を殺す。
「ンなコトしたら、アメリは明日から笑わなくなるぜ」
 その意味も、ジギタリス・ソージュ(c17731)が何故自分の名前を知っていたのかも判らない。しかしその手と殺意は惑わずに、道の先を求めていた。
 だからグレイと呼ばれた若い男は、躊躇い無く自らの腕にナイフを突き立てたのだ。
 一時の痛みなど、如何という事は無い。そう告げるかのように。

●欠落
 グレイのナイフを染め上げた血は、使い手である彼自身の物だった。
 手首から腕へ、そして路地へと零された男の血。それは瞬きの間に猟犬の姿を形取り、ヴフマルとユエルへと襲い掛かる。標的となった二人に背を向けながら、猟犬を差し向けてきた仮面の男。しかし彼らの思考もまた、冷静な男に引けを取らない程冴え渡っていた。
「恋なんざ、自分じゃ意外と気付かないもんですよ」
 背中に纏う気の翼。ヴフマルが弾丸の如く駆け抜けた直後、光の軌跡をなぞるユエルの剣戟。敵の殺意を煽る為に振り切られた一撃の直後、セラが放ったのは鋼鉄の竜。咆哮は一瞬にして闇へと溶け、牙を向く無数の刃にグレイの姿は飲み込まれた。
 その輝きと交差するように、凛と響いたのは鈴の音。戦場とは相容れない儚さながら、如何にも馴染む小さな音。それはソージュの手元、鞭の蒼鈴によって齎されていた。
「――!!」
 巻き付く鞭から逃れようともがく仮面の男。その隙を狙ったジィリオの棍による一撃は、敵に対する障壁でありながら、暴風の如く戦場を舞う刃でもあった。しかし、八人掛かりで挑んだ仮面の力も伊達では無い。威力も然ることながら、耐久力も中々だ。仲間達の応戦を後方で視認しながら、グレイの力量を見定めようと目を向け続けるジェルゾミーナ。その手にフラスコを持った少女は、飢えた暴食の使徒を男目掛けて開放した。
 風貌からは想像し難い素早さによって、使徒に肩口を抉られた仮面の男。暴れ狂うクラビウスが消えゆくその瞬間に、ヨスガは男に銃口を向けた。
「この剣技を、避けられますか!?」
 声無き合図と言っていい紫の軌跡が走ると同時に、剣を滑らせたのはシキミだった。剣に飾られた紫の花が薄い光に照らされる中、奪命の刃が男の身体を切り裂いてゆく。
「貴方がアメリの笑顔を望むのでしたら、その様な凶行はお止め下さいませ」
 放たれた剣戟とは対照的に、柔らかな声で紡がれたシキミの言葉。諭すような彼女の言葉に、告げられた年若い男は眉を顰めた。
「何故、止めなくちゃならないんだ」
「そんな真似をしても、彼女が悲しむだけですわ」
 メイガスの中で懸命に告げる少女。しかし仮面の男には、その言葉の意味が判らなかった。
 彼女が悲しい顔をする時は、いつも相応の理由があった。客に降り掛かった不幸を共に悲しんだり、理不尽な叱責を耐え忍んだり。男が見つめ続けたアメリという女の顔は、その一瞬、不幸を感じる度に酷く悲しげに歪むのだ。
 但しそれらは全て一過性の悲しみだった。それならば別に構わなかった。
 全ての悲しみが無くなれば良いと思った事もあるけれど、それは過ぎた願いだからだ。
 それなのに、あいつだけは違う。違うのだと、気付いてしまった。
「何故、止めなくちゃならないんだ。彼女は、いつも悲しんでいるのに」
 あいつが去る瞬間だけ、彼女はいつも悲しげな顔をする。
 僅かな時間だけれど、いつも、絶対に。
 その理由すら判らないというのに、男はそれが如何しても許せなかったのだ。

●贅沢者
「――不器用って、損よね」
 世界樹の弾丸を放った直後、血を流す男の姿に、ジィリオは呟いた。
 彼女は他に、何の言葉も伝えなかった。男に伝えたつもりもなかった。それは男が、今宵殺そうとした男の事を許せない理由が判らないからではない。
 判るからこそ、解らない。だからこそジィリオの唇は、その重苦しさに噤まれた。
 アメリに対する、恋心。
 酒場で終焉に触れた時から感じてはいたが、グレイという年若い男は、その類いの感情――機微への理解が酷く乏しい男だった。その胸中に在るものも、確かに恋である筈だろうに。各々がそう感じとる中で、ジェルゾミーナの掌で小さな石が輝いた。大地から伸ばされた巨大な拳がグレイを殴打する中で、彼女は抱えていた疑問を男に訊いた。
「同じ望みならば棘ではなく、アメリを望むべきではなかったのかしら」
 望んだとて手に入るとは限らない。恋とはそういう物でもある。しかし、只ひとりの笑顔を望む事。それが恋であるのだと男が知っていたのなら、今宵の悲劇と出会いはしなかっただろう。男が、望むものを取り違えたりしなければ、末路だけは変わった筈なのだから。
(「だから、せめて気づかせて逝かせてあげたい」)
 切なる想いが込められた青い瞳。しかし、視線を向けられた仮面の男の脳裏には、今し方ジェルゾミーナが語った言葉に対する疑問ばかりが溢れていた。
「どうしてアメリを? 俺は、アメリが欲しいわけじゃないんだ」
 男は言った。見ているだけで、良かったのだと。
 誰のものでもない彼女が、酒場で笑っている顔が好きだった。そう呟きながら血を帯びたナイフを振りかざすグレイ。男が標的と定めたのは、最も近い位置にいたソージュだった。
 色こそ違うが重なり合う二つの狂気。銀の刃は己の物より透き通り、懐かしい色に汚れていた。花の色に称された紫の瞳に映るのは、グレイという男が孕んだ仄暗い欲。それは名前を付けられる事も無く、腹の底で煮え滾った彼女への想い。
「嫉妬って、腸灼けるみてェなんだぜ?」
 招かれざるものを惹き付けて、心の封を傷つけるもの。ソージュはそれを知っていた。嘗て傍らに感じたそれは今、腹腸の奥に蠢いている。現実に成りうるであろう憶測と、酷く膨らんだ願望。後者に殺意が混じった感覚も、鮮やかな儘に残されている。
 だからこそ、あの日の自分とグレイの差とは何だったのか。
「――あァそうか、アンタは嫉妬を理解できねェのかァ」
 対岸に立ち刃を交える瞬間に、ソージュは男を置き去りにした儘、独りでその答えに触れた。
 憐れな男だ。ソージュが烙印を押した瞬間、傍らの鈴が小さく哂った。
 対して、哂われた意味も解らない儘、苛立ちだけが募るグレイ。理解の出来ない言葉の羅列に耳を傾け続ける年若い男の姿は、剣を握るユエルの手の力を緩ませた。
(「もっと早く、来れていたら――、」)
 欲しいのなら、想いを伝えればいいと思っていた。男にもそう告げるつもりでいた。
 しかし胸中に留めていたその想いは、音を伴う前に下げられた。
 誰のものでもない女の笑顔。グレイはそれを求めていた。
 自覚の無い恋心を抱いた男は、想い人の傍らで、彼女の笑顔を見つめるだけで足りていたのだ。
 額縁に飾られた絵画のように、日の光の届かない場所にある夜の酒場。
 穏やかな灯りに照らされて、褪せりも曇りもしない、誰のものにもならない笑顔。
 それを保つ為の代償が、女の淡い恋を摘み取る事であろうとも。
 やりきれない感情を振り切るように、ユエルは五線譜に思いを添えた。激しさの対極に隠れた狂気へ向けて、光の乱舞が注がれる。その衝撃に男の膝が震えた瞬間、セラは音を殺して疾走した。
「安心すると良い、」
 懐に迫り見上げた先に、戸惑う男の顔があった。
 手遅れであると思っていたセラの瞳に、その表情は何の感慨も齎しはしなかった。
 自覚の果てに最良があったとも、遅い自覚に救いがあったとも思えない。所詮この男は、アメリの上辺だけを見ていたに過ぎないのだ。
 笑顔の判別も付かない男が、女ひとりを幸せに出来るのか。
 しかしその答えもまた、通り過ぎた時間の中に埋れてしまい、手を伸ばしても届かない。
「――貴方がいなければ彼女の笑顔は、今日も明日も咲き続ける」
 ならば、自覚の無い儘で居られる事は、男にとっては余りある幸せなのかもしれない。
 気付かず逝ってしまえたなら、男の世界が壊れる事はない。
 気付かず逝ってしまえたなら、彼女の時間が狂う事もないだろう。
 眩く咲き、時に萎れるその狭間で、種を残す事も出来るだろう。
「――ッア!!」
 懐に刺された時より、引き抜かれる瞬間に感じた痛み。
 グレイは流れる血を留めようと、両手を傷口に押しつけた。
 揺らぐ意識の中で、それでも男は力を開放し続けた。再び現れた血の猟犬が、傷付いたヴフマルを襲う。赤い花弁のようにはらはらと落ちゆく血。しかし頭上から降り注ぐ淡い花弁の祝福によって、青年の傷口は血臭と共に薄れていった。
「これ以上、悲劇を起こさせる訳にはいきませんわ」
 薫風が舞う中で、シキミは祈り、花を咲かせた。
 それは一足早い、死にゆく男に対する冥福のようにも見える。花が降る光景を視界の端に映しながら、ヨスガは銃口をそっと下ろした。直後、花と入れ換わるように映り込んだのは、高々と跳躍したヴフマルが、グレイの元に一撃を見舞わせた瞬間だった。
「な、お前がいなくなったら、彼女の笑顔曇るかな」
 膝から崩れ落ちた男の前で突き付けたのは、問い掛けのような否定の言葉。
 切り裂く刃よりも、打ち付けた拳よりも重々しい、自嘲混じりの呟きだった。
「でも、きっといつかまた笑ってくれるよ。だから安心して――、」

「……――ヴフマル、」
 その言葉の続きを遮ったのは、案内役の男の声。
 その時漸く、彼らはグレイが息絶えた事を知った。
 想い人へ抱いたその感情を、終ぞ名付ける事もなく、誰のものでもない笑顔を求めた幼い男。
 彼は何も知らない儘、終わりの時を迎えてしまった。
 ただひとりを求める為に紡ぐ言葉も。身を焦がす程の葛藤も。相手が名付けた自分への感情が、恋では無く友情であると知った時、胸に刺さる痛みの理由も。
 それが初恋であると気付いた瞬間に、思わず毀れる笑みさえも。
「笑顔だなんて、どこが無欲だ――」
 実る恋ではないと知りながら、笑ってくれたらそれでいい。
 それすらも自覚しない儘、満ち足りる術に逃げた男を、ヴフマルは贅沢者だと言い捨てた。

●幸せの肖像
 帰路、彼らが通りかかかったのは、アメリの働く酒場だった。
 笑顔の似合う、髪の長い溌剌とした女。
 それはグレイの荷物の中、男が描いたであろう女の肖像通りの笑顔だった。
「こんなに、よく見えていたのにね」
 そう呟いて、ヨスガが通りの奥へと歩いてゆく。血の付いた儘酒場に入るのを憚ったセラとヴフマルも、案内役の背中が見える内に続いていった。
「もう描けねぇけれど、見ていたいだろう?」
 ソージュが酒場の前に残したものは、使いこまれたスケッチブックと一輪の赤い薔薇。
 きっと、誰かが気付く事だろう。薔薇ではなく、その一冊が誰の物であるのかを。

「悲しいですわね」
 人を想うからこそ生まれた悲劇に、シキミは悲しみを露わにした。
 多くを望まない男の中で膨れ上がった、唯一と言っていい願い。唯一であるからこそ歪みを帯びてしまったのか、自覚と願望の乖離によって齎されてしまったのか。
(「そんな気持ちを、恋心と呼ぶの?」)
 ジィリオは自問する。
 解らない、解りたくも無い。
 あの男が、重ねた自分が、何を思い描いたなど。
 認めてしまえば名前が付く。名前が付いた感情は、人の心を縛りつける。
 それでも、想いに名前を付けた者がいるならば、報われて欲しいものだと思う。ジェルゾミーナは酒場の方へと振り返り、祈るように呟いた。
「アメリの恋心に、カイルが気づいてくれると良いわね……」
 そうすれば、グレイが願った女の笑顔だけは、失われる事は無いだろう。
 男はアメリの笑顔を曇らせたカイルに確かな憎悪を向けていた。
 だがアメリがカイルに向けた笑顔に対しては、牙を向いてはいなかったのだから。

 しかしそれでも、思わずにはいられない。
 ユエルはあの時、男に伝え掛けた想いと共に、叶わぬ言葉を口にした。
「もしも――、」

 もしも、それが恋だとわかっていたら、男の終焉は違っただろうか。



マスター:彩取 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/01/10
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冒険結果:成功!
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