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退廃の華

   

<オープニング>

●退廃の華
 さあ起き上がれ。
 たとえ堅固な星霊建築が数多崩れようとも、俺達は生きている。
 さあ立ち上がれ。
 生きて笑って汗水流して働いて、食べて呑んで皆で笑ってあたたかな温もりを抱きしめて。
 そうやって――新たな営みの礎を築くのだ。

 戦神海峡アクスヘイム中層部に広がる農村地域を往く大きな街道が交差する位置に、サザートと呼ばれる街があった。都市国家崩壊という未曾有の災厄に見舞われたあの日、サザートは崩落した上層部の瓦礫に半ば以上を押し潰されてしまったが、街は今、かつての賑わいを取戻しつつあった。
 辺り治める領主が、街道の要衝を逸早く復興させんと惜しみなく私財をつぎ込んだのである。
 ――とは言え、もちろん街そのものが元通りになったわけではない。
 日々の糧を求めて他所から流れてきた労働者、崩壊の被害もなく農閑期に入った農村の働き手、そして、生き残ったサザートの住民達。復興のための労働で日銭を稼ぐ彼らを相手に商売をせんと、いつしか街の外縁には天幕仕立ての酒場や賭場に娼家が所狭しと立ち並ぶ、雑多な急ごしらえの歓楽街ができあがっていたのだ。
 街の復興が進めば消えるその場しのぎの歓楽街。
 だが、街の大工バークレイはこの人間臭い生命力と活気に満ちたここが中々気に入っていた。
 安白粉の匂いをさせた若い女の腰を抱き、弟子達を連れた彼が今宵足を踏み入れたのは、煤けた焼き板に白い天馬が映える看板を吊るした酒場。
 炙り肉から滴る脂の臭いが染みついた垂れ布を潜れば天幕の中には水煙草の煙が立ち込めて、甘ったるい蜂蜜酒の黄金や深紅が薔薇色になるまで水増しされたワインが獣脂ランプの光に妖しく煌いている。――が、この酒場は羽振りの良い客には混ぜ物のない上等なワインや蒸留酒を出し、上客と見れば奥の天幕で飛びきり美しい舞姫と引き合わせてくれるという話だ。
 無論、羽振りの良い客といってもそこへ至る敷居は然程高くない。
 裕福な商人の館の修復に汗水を流し、作業の進み具合に気を良くした依頼人からの一時金で懐の温まったバークレイなら、もしかすると手が届くかもしれないくらいのもの。
「さあお前ら、好きなだけ食って呑め!!」
 多少の下心を抱きながら、けれどそれ以上にこの場の活気に酔って、彼は連れの女や弟子達への豪気な大盤振舞いと酒食を存分に楽しんだ。
 じゅうじゅうと脂が弾ける香辛料の利いた挽肉の炙り串、甘いトマトソースのあとに火を吹きそうな唐辛子の辛味が来る肉と豆の煮込み、林檎とココナツをたっぷり詰めた揚げ菓子にどっさりと砂糖を振ったもの。豪快に笑って何度も乾杯し、出された料理を次々平らげるうち、饗される酒が薔薇色の水増しワインから深紅のワインへ変わってゆく。
 やがてそれが琥珀色の蒸留酒へと変わり、弟子達が酔い潰れた頃に――気づけばバークレイは奥の天幕へ招き入れられ、飛びきり美しい舞姫とやらに引き合わされていた。

 確かに美しい女達だった。
 甘ったるい香と熱の篭もったそこで上気した小麦色の肌は艶かしく、黒とも見紛う深緑の髪が肌に流れ落ちる様と、透けそうで透けない不思議な紗が豊かな胸と腰のみを覆っている様が妖艶だ。
「さあ、この褥で――極上の舞を楽しみましょう?」
 奥の天幕に設えられていたのは舞のステージなどではなく大きな寝台。
 両のこめかみに大輪の紫花を飾った――否、『咲かせた』女の指先にあるものが爪でなくトゲだと気づいた瞬間には、柔らかな唇を重ねられていた。舌が割って入ると同時に煮詰めた蜜のように熱く甘ったるい何かを流し込まれ、意識が蕩けていく。
 ――ピュアリィ、か。
 それが、最後の正気が途切れる寸前に、彼が思ったことだった。
 
●さきがけ
 互いにお楽しみで終わるならまだ良かった。
「だが――大工の棟梁バークレイは、この後、彼との褥での『舞』がお気に召さなかったピュアリィに殺されちまう」
 悲劇だ、と沈痛な面持ちで沙漠の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が続ければ、居合わせた同胞達の間に何とも言い難い沈黙が落ちた。
 復興が始まったとはいえ、街とその外部の境界はひどく曖昧で、治安も行き届くにはほど遠い。
 ――となれば、危険な獣やバルバにピュアリィといった脅威も容易くひとの営みの中に紛れ込んでしまうというわけだ。何せ農村地域の街だ。脅威が潜んでいそうな山野や森林の距離は近い。
 街が整然と復興し、自警団なり城塞騎士団なりが治安維持を担えるようになればピュアリィなどが紛れ込む隙も余地も格段に減るだろう。けれどそれまでは、エンドブレイカーの力が必要だ。
 
「こいつらは、サボテンの花とトゲを持つピュアリィ――カクタリスって言うらしいな」
 爪の魔法剣士のような能力、そして強い魅了の力を持つ口づけを駆使するカクタリス達は、天幕の酒場の亭主をたぶらかし、亭主が見繕った羽振りの良い客を魅了の口づけで篭絡しては色に耽り、魅了した客から金品を巻き上げては酒食に耽っているのだとか。
 色事のみならず金品をも求める彼女らは、そのお眼鏡に適えば男女問わず魅了を仕掛けてくる。
 挙句、人死にまで出るとあっては放ってはおけないが、酔客同士の喧嘩や男女の痴話喧嘩くらいならまだしも、ピュアリィ討伐だと大きな騒ぎを起こしてしまうのはうまくない。
 ある意味、街の復興への希望と活気の源泉ともなる場所だ。
 多くの人々が何も知らずいつものように楽しめるなら、それに越したことはないだろう。
「ピュアリィ討伐だなんて騒ぎにせず悲劇を防いで、カクタリス達を何とかするとなりゃ……」
 俺らが囮になっちまうのが早いよな? と愉しげな笑みを覗かせたナルセインが語る。
 皆でその夜誰よりも羽振りの良い客になり、バークレイではなく自分達がカクタリス達の許へご案内されるよう仕向ければいい。
「ってなわけだ。天幕の酒場まで繰りだして、皆で豪遊してこようぜ?」

 豪遊とはいっても場所が場所だけに高が知れているが、とにかく金に糸目はつけず存分に食べて呑んで派手に騒げばいい。冒険商人が本職のナルセインを上手く使えば羽振りの良い隊商の一行を装うのは難しくないし、どうやっても気品が滲みでてしまう、といった面子がいるなら、庶民の風俗に興味を持ってお忍びでやってきた貴族の子弟とそのお付きなどに扮してみるのも悪くない。
 一人か二人程度が楽師や歌姫として入り込み、客に扮した側が彼らへ盛大にチップを弾み大いに目立ってみせる――といったパフォーマンスも効果的だろうか。
「何にせよ、上手く『誰より羽振りの良い客』になって見せられれば、あとはこっちのもんだ」
 酔い潰れさえしなければ一堂揃ってカクタリスの許へご案内されるはず。楽師や歌姫に扮した者は後からひっそり潜り込めばいい。
 ある程度の力量は持つ相手だが、マスカレイドではない。
 油断しなければ此方が遅れを取る相手ではないから、速攻で倒してしまえば大本は解決だ。
 酒場の亭主やら篭絡された客やら、魅了された面々を元に戻すのはその後からでも充分だ。

「カクタリス達は殺しちまうのが後腐れないと思うが、どうやら人死にを出すのはこのエンディングが初めてらしい。今回の悲劇を防いだ上で、カクタリス達が二度と人間にちょっかい出さないようできるなら、命まで取ることはないって意見もあると思う」
 その辺りは皆で話し合ってもらえりゃ嬉しいね、と冒険商人は瞳を細めた。
「さあ御照覧。サザードの街に新たな営みの礎が順調に築かれていくかどうかは、俺達にかかってると言っても過言じゃない」
 楽しく豪遊して、真面目に悲劇を打ち砕いてこようぜ――と、男は話を締めくくった。


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参加者
斧の城塞騎士・フラン(c00997)
奏燿花・ルィン(c01263)
蒼暁の刃・クロービス(c04133)
宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)
匂紫・シンティア(c33870)

NPC:沙漠の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●復興の華
 降るように躍るダルク、陽射しにきらめく新しい街並み――。
 脂の臭いが染みついた天幕の中、獣脂ランプのあかりに水煙草煙る酒場へ深い薔薇にパールの艶を重ねた歌姫の唇が景気良い歌を添えれば、あちこちで競うように杯が掲げられた。
「サザードの復興に!」
「アクスヘイムの未来に――乾杯!!」
 華やかに金の髪結い上げた陽凰姫・ゼルディア(c07051)が今宵のために選んだ歌は、己が才を際立たせるためのものでなく、酒席の皆の心に自然と添って気持ちを盛り上げるための歌。
 成程ねとひそかに笑んだ幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)は竪琴を抱えなおして、歌姫ゼルディアと視線が絡めば瑞々しい命がきらめき弾むような音色を紡ぎだす。
 歌姫と楽師に扮した仲間の音が見知らぬ客達ばかりではなく自身の心も浮き立たせてくれる様に微かに笑って、薔薇色の水増しワインが揺れる杯を受け取った斧の城塞騎士・フラン(c00997)は、給仕に過分なチップを握らせた。
「あちらのお客様は大切なお方だから、なるべくいい物を頼むよ」
「そうそう! オススメの料理もお酒もどーんと持って来てー!」
 目線で示した向かいで調子の良い声をあげたのは蒼暁の刃・クロービス(c04133)。だが品良くとも決して高級ではない衣服を纏った今宵の彼は、『大切なお方』の付き人だ。
「この度はご贔屓頂きありがとうございます。これからもご縁が続く事を願っておりますわ」
 気前良く弾んだフランのチップに比例して一気にグレードの上がったワインのボトルを手にすれば、普段よりも涼しい手首がほんの少しだけ気になった。けれどそれはおくびにも出さず、嫣然と笑んだ匂紫・シンティア(c33870)が芳醇に薫り立つ深紅を酌んだ相手――奏燿花・ルィン(c01263)こそが『大切なお方』だ。
 豊かな長身を包む衣服はラフに着崩されているが、見れば仕立てや布地の質の良さは明らかで、雰囲気を変えるために上げた前髪が幾筋か額に落ちる様も何処か粋。
 お忍びの貴族の若様――誰の瞳にもそう映るルィンは、杯を揺らして意味深に笑む。
「此方こそこの縁が続けばありがたい。良い条件でなら尚更、ね」
「勿論ですとも。しき……資材は潤沢に、最上のものを用意するよう手筈は調えてあります」
 硬いチーズを砕いただけの皿が消えて、上質なブルーチーズに胡桃を詰めたデーツを添えた皿が饗されれば抜かりなくルィンにそれを勧め、宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)は丁重に答えながらも悠然と頷いてみせた。
 資金を用意――と彼が言いかけたところで沙漠の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)がごく僅かな咳払い。すぐさま意を汲んだ彼が資材と言い換えれば、顔には艶な笑みを湛えたままのシンティアがこっそり胸を撫で下ろす。
 羽振りの良い若様ルィンと商談する隊商の一行、それが今宵の自分達の役割だ。
 さあ隊長も、と隊商の長として振舞うナルセインの杯にもシンティアが深紅を酌めば男は杯を掲げ、
「早々に復興してくれりゃ商売する側としても万々歳、協力は惜しみませんよ」
「それは心強い。アクスヘイムは早々に甦らせてみせますよ。――必ず、ね」
 あながち芝居だけとも思えぬ意志を乗せた声で応じたルィンも杯を掲げ、交わす契約書の代わりに互いの杯が涼やかな音を立てたなら、
「商談成立〜♪ ちょっとちょっとそこの可愛い君、いっとう上等なお酒持ってきてー!!」
「其方の楽師さんに歌姫さんも、ぜひ此方で飛びきりの音を奏でてくださいませ」
 御祝い〜と自身も楽しげに杯を掲げたクロービスが賑やかに声を張った。
 蜂蜜酒の壺を抱えた初々しい酌婦にちゃっかり彼が声をかければ、言葉も雰囲気も婀娜めかせて接待役を務めるシンティアも華やかに声音響かせ、自然な流れでヒカタとゼルディアを招く。
「其方には商いの女神が微笑まれたようだ! その幸運、我等にも分けてはもらえないかな?」
「ああいいとも! 女神の微笑みは俺達アクイスヘイムに住む皆のものだ、そうだろ?」
 麦酒の泡弾けるジョッキ掲げた交易商風の男を見れば、彼も終焉に抗う同志と識れた。
 芝居がかった声音と所作で応えたルィンが腕を広げて酒場を振り返ってみせれば、いたるところで『そうとも!』と声があがる。
 居合わせた客総出で唱和する乾杯の声。
 皆に大盤振舞いされた上等な蒸留酒やワインが琥珀の金に紅玉の深紅の滴を光に踊らせれば、楽師と歌姫の掌には眩い金貨が躍った。
「ひとつ楽しいのを頼むよ」
「お任せを! とっておきを披露しますよ」
 アルデュイノにチップを弾まれたヒカタは飛びっきりの営業スマイルで『羽振りの良い若様』に恭しく一礼し、心地好い熱気を明日への活気に昇華する旋律を酒場に満たしていく。
「あちらのお客さん方、ほんと羽振りも気前もいいっすね! ――ご馳走になります!」
「おう、どんどんいってくれ!」
 上機嫌で給仕に語りかけていた運び屋風の青年が満面の笑みで此方に杯を掲げるのにそう応え、金髪の歌姫ゼルディアの腰に手を回し、いつのまにやら隣に座っていた銀髪の東方美女と蒸留酒を酌み交わすルィンは目立つことこの上ない。
 羨望の眼差し向けてくる男がバークレイだと聞けば、即座に陽気な声をあげた。
「おおぃ、此方さんは空いてるぞ。俺達持ちだ、肉と酒を持って来てくれ!」
「え? いやぁそんなつもりじゃなかったんだが」
「だぁいじょーぶ♪ 今夜の旦那様はご機嫌だから、さあ遠慮なく!」
 そして僕も遠慮なく! とお調子者よろしくへらりと笑ったクロービスが彼の卓に混じって賑やかし、
「うちにはとっておきの艶花が咲いてるのよ、粋なお客様だけが見られる特別な……」
 ね、だからとことん、呑みましょう?
 するり傍に滑り込んだゼルディアが唄うようにそう囁けば、男はたちまちだらしなく笑み崩れた。
 早々に酔い潰してしまえば彼の悲劇も完璧に潰せるというわけだ。
 焦がし大蒜の香りに肉汁弾ける羊肉をクロービスと一緒に摘み、ゼルディアが扇で煽るままに杯を重ねる男。彼が迎えるはずだった死と、その死を招いた理由を思えば、
「……そら気の毒に」
「確かに、そんな理由で殺されるのは御免こうむりたいね」
 心から男を憐れんだフランは思わず遠い彼方へ視線を泳がせ、己には無縁な話と言いたげな余裕含ませたアルデュイノが愉しげに喉を鳴らした。肉と豆の煮込みの火を噴きそうな辛さ喉に絡めば、戯れに頼んだ安酒の強烈な酒精で灼きつくす。
 粉砂糖とシナモンが華麗な模様を描く大きな包み焼きにナイフが入れば、熱い鶏肉とアーモンドの匂いが溢れると同時に皆から歓声が湧いた。
 繰り返し沸きたつ賑わいは、瓦礫の中からも花咲く彼らの命そのもの。
 皆の逞しさへの歓びを前に進む命への讃歌に乗せて、ヒカタの音色が更なる賑わい咲かせていく。
 隊商の護衛に扮するフランもここまでくれば酒宴に混じらぬ方が不自然というもの。脂がじゅうじゅう唄う炙り肉にかぶりついて杯を掲げれば、
「花や枝葉が枯れ果てても、根が生きていれば何度でも甦るさ」
「ああ、何度だって甦ってみせるぜ。――俺達自身でな」
 酔い潰れて眠ったふりをする銀髪の娘の頭をぽんと撫でてやり、揉み手で此方へやってくる酒場の亭主を視界の端に捉えつつ、ルィンも杯を掲げた。
 俺達は俺達自身の足で、歩き続けていく。

●退廃の華
 さあ、舞姫の秘密の舞台が幕を開ける。
 誰より羽振りの良い若様一行とその商談相手たる隊商が招かれた天幕に篭もって充満するのは、甘ったるい香と熱に、幾夜も重ねたと思しき饐えた汗の臭い。
 生きている。君らも、僕らも。
 ――唯。
「奪い合いになるなら、譲れないだけだよ」
 四つ折にされていた藍が元の姿を取り戻すのと同時、瞬時にクロービスが抜き放った蒼銀の刃が舞姫――二体のカクタリス達に儀式魔法陣ごと斬撃を叩き込んだ。
「な、何なの!?」
「つまり、ここは人の縄張りだということだ!」
 挑むような笑みに彼女らにも解りやすい言葉を乗せたフランの手にも四つ折から一瞬で伸ばされた両刃斧、甘い香と熱を裂く冷たい三日月と虚無の影が紫花の舞姫に刻み込めば、
「隅っこでちょっとお楽しみなだけなのに!」
「そう、お互い熱い夜を楽しむだけよ?」
 爪代わりのトゲに毒を滴らせた舞姫がフランに躍りかかり、くすりと笑んだ桃花の舞姫が火炎斬りを重ね、高速詠唱で豊満な肢体に魔力を充たす――が。
「ま、それもここまでってことだぜ?」
 即座に距離を詰めたルィンが破魔の斬撃で魔力を霧散させる。後退った舞姫が寝台にぶつかった隙を逃さず厚い絨毯を蹴ったのはアルデュイノ、大きな寝台に倒れ込んだ舞姫に迷わずまたがって、漆黒の爪で闇色の虚無を刻むべく薄紗ごと女の柔肌を引き裂いた。
 ――瞬間、ばさぁと開かれる天幕の入り口。
「みんな大丈夫!? って、きゃー!! お、お取り込み中だったかしらっ!?」
 絶妙すぎるタイミングでゼルディアが合流した!
 羽振りの良い若様が消えた途端に遠慮なく手を伸ばしてきた酔客達を笑顔でかわし、綺麗に歌を切り上げて、下見しておいたこの天幕へ駆けつけてみれば大人のお時間である。
「酒場でも思ったけど、みんなの演技も立ち居振る舞いもすごい本気っぽいんだもの……!」
「ふふ、場所が場所だし、お取り込み中にも見えるよね」
 豪奢な天蓋に彩られた寝台(と大人のお時間なひと達)を見遣ったシンティアはゼルディアの言葉に笑みを洩らし、深い歌声でカクタリス達の心を揺らしにかかった。
 緩やかに膨らんでいく魅惑の歌に呑まれながら、あらわな乳房に奔った無残な爪痕もそのままに、桃花の舞姫が己の上にいる男へ口づけせんと手を伸ばす。
「間違ってないわ。これからお取り込み中になるんだから」
 でしょう? と囁かれたアルデュイノは、自ら口づけるよう身を屈め――。
「まさか」
 冷笑ひとつ落としてみせた。
「傷を遺すような戯れは好まないんだ。それに――」
 我が姫君に勝る口づけにはなり得まいよ。
 掠れる囁き重ねた刹那、巨大化した彼の腕が舞姫を鷲掴みにする。
「きゃああぁぁあっ!?」
「ごめん抜けだすのに手間取っちゃった! みんな無事!?」
 烈しい赤熱に灼かれたカクタリスの絶叫とヒカタが飛び込んできたのがほぼ同時。舞姫の片割れが魔獣の手に捕らわれている様を見れば、彼は即座にもう一人の舞姫へ肉薄した。
 が、移動と同時に攻撃できる技を持たぬ彼のその行動はカクタリスには飛んで火に入る夏の虫。
「いらっしゃい、楽師さん」
 妖しく笑んだ紫花の舞姫の腕がヒカタの首に絡められた。
 蜜に濡れたように艶めく唇が近づいてくる。けれど。
「ごめんね。僕は天国の恋人に歌を届けないといけないから」
 ――ここを塞ぐ訳にはいかないんだ。
 舞姫を押し留めた魔曲使いは己の唇にそっと指で触れてみせ、そして。
「あと絶対姉さんが泣くから!!」
「な、シスコンなの!?」
 最後の最後でシリアスが崩れたところで口づけられたがその場所は唇の脇、ぎりぎりセーフ!
「危なかったなヒカタ!」
 事前に彼から、
 ――もし僕が魅了されても姉さんには内緒にしてよね。僕、シスコンだから!!
 と鬼気迫る表情で口止めをされていたナルセインの黒鉄兵団が破城槌でカクタリスを引き剥がす。天幕の柱に叩きつけられた舞姫へ一気に間合いを詰め、フランが蝶を思わす斧刃を振りかぶった。
 実を言えば彼女らの逞しさを好ましくも感じている。
 図太く、しぶとく、逞しく根を伸ばすからこそ――花は見事に咲き誇るのだ。
「さあ、私達が勝ったら人の縄張りから出て行ってもらおうか!」
 だからこそ容赦はせずに、大きな三日月重ねて斬撃を叩き込めば、紫花をはらりと落とした舞姫が堪らず音をあげた。カクタリスが降参したのはいいけれど、少し残念だったのは秘密。
 ――生憎この唇は専属契約でな、お前達の花より尚美しい紫のアフロだ。
 口づけを迫られたら、そう言ってみたかったのだけど。
 だが魔獣の腕から逃れた桃花の舞姫の方はまだまだやる気に満ちていた。ヒカタの奏でる狂乱の音色に心を削られながらも柔らかな腕をルィンの首に絡め、彼を寝台へ引き込まんとする。
「ねぇ、キスだけなら……いいでしょう?」
「わりィな、それだって俺の旦那がハンマー持って殴りに来ちまうんでな」
 それに、イイオンナの唇はもっと高いもんだろ?
 なぁ、と粋に笑んでみせたルィンの手には黒漆艶めく紫煙銃、長めの銃身が女を突き放した瞬間、幾つもの銃声が響き渡った。魅了されたいと思うオンナは、もっと――。
「咲く場所を選ばない徒花は、粋とは言えないんじゃないかしら……?」
 憧れのひとを真似るよう、あでやかに笑んだゼルディアの唇が紡ぎだすのは抑揚に富んだ即興曲。
 私だって!
 ――色恋は芸の肥やしというけれど……私の口づけはお姉様方のように安くないの。
 とか何とか艶っぽく言って華麗にかわしてみたかったのに!!
 なんて心のままに迸った歌声が寝台や絨毯ごと大地を砕き、熱き焔を噴き上げる。
「己の欲を満たすだけの口づけ、か」
 波打つ髪を焔に煽られながら、シンティアは己が無念を存分に誘惑の調べにぶつけた。
 ――この台詞に続けて『その程度の炎で私の心を奪えるとでも?』なんてカクタリスをあしらえれば格好良く決まったものを……!
 何しろ前衛にがっつりいい男達がいるおかげで、口づけの矛先がこちらへ向いてこないのだ。
 幾多の攻撃に翻弄されながら舞姫が求めたのは、やはりすぐ眼の前にいるクロービス。
 抱きしめられ柔らかな肢体を押しつけられた彼は、
「そんな、形だけじゃ乗れないなぁ。身持ちの堅い男も、イイでしょ?」
「身持ちの堅い男を篭絡するのが、イイのよ」
「あれっ?」
 唇を重ねられ、咽返るほどに甘い何かと灼けつくような毒を注ぎ込まれた。
 だが藍の瞳に冷えた光を覗かせた男は舞姫を掻き抱いて、背筋をぞくりと震わす囁きを落とす。
 存分に浸ろう?
 もっと深く、もっと激しく。
「――見たいなぁ? 泣いて嫌がる姿も、さ」
 存分に嗜虐心を乗せた声音で女の耳を撫で、瞬時に閃かせた刃で雪華を散らせば、終に桃花の欲も戦意も散りはてた。
 今此処にいるのがナルセインで良かった。某はらぺこ娘じゃなくて本当に良かった……!
 なんて密かに安堵したのは、彼だけの秘密。

「今宵のわたくしの接待は如何でしたか?」
「美人さんの普段と違う顔を拝めるってのは役得だと思ったね」
 悪戯に笑んだシンティアが訊ねれば、今宵の上司も戯れめかして嘯いた。
 幕の降りた舞台を後にすれば、凍える様に冷たい冬の夜風が辺りに蟠っている熱気を渫っていく。けれど酒場の天幕で賑わいが湧いたなら、活気溢れる熱が再び辺りへと満ちた。
 振り返ったルィンが瞳を細める。
 さあ唄えさあ踊れ。
 俺達はこの大地に立っているから、あとは先に歩き続けていくだけだ。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/01/13
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冒険結果:成功!
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