ステータス画面

抹茶と桜とリキッドシュガー

<オープニング>

●ティルムシュタットの製菓市
 紫煙群塔ラッドシティの街、ティルムシュタットでは、月に一度特別な市が立つ。
 街道から街中へ入る手前に設けられた大きな広場に立つ市の名は、ティルムシュタットの製菓市。その呼び名のとおり、お菓子作りの材料や製菓の器具を主に扱う市だ。
 甘い香りと華やかな彩りに満ちた製菓市は、お菓子作りに興味を持つ者にとってはまるで、とびきり綺麗なものいっぱいの宝石箱やとびきり楽しいものいっぱいの玩具箱をひっくり返したような場所。
 ――けれど知ってる?
 昼の間も楽しい夢の国だけれど、夜を迎えた製菓市は煌びやかな魔法の世界へ変わるってこと。

 深く透きとおる冬の夜闇が訪れたなら、濃藍の闇に抱かれた製菓市はキャンドルの焔で彩られる。暖かな蜜色に輝く焔を燈すのは美しい木々や鳥のかたちに彫られた蜜蝋キャンドルに、砂糖細工や可愛い苺タルトそっくりな菓子キャンドルたち。ふんわり金の環を描く焔に照らされ、製菓市に溢れる数多の品々は秘密の宝物めいた煌きを纏う。
 甘やか煌き達の中で何より目を惹くのは、職人達が粋を凝らした極上の製菓用チョコレート。
 丁寧な深煎りでカカオの香りと苦味を鮮やかに際立たせた大人のビターは蒸留酒を使ったお菓子向きで、苦味と酸味のバランスが調ったカカオにシュガービートで甘味をつけたものはオランジェットなんかのコーティング向き。濃厚なカカオにゆっくり煮詰めたミルクを加えたものは豊かなキャラメル風味をほんのり含み、ガナッシュや生チョコに使えば蕩けるような笑顔を生んでくれるはず。

 ねえ、これで何を作ろうか。
 ――なんて訊こうと振り返ったら、視界に飛び込んできたのは可愛らしいうぐいすを模した、優しい春色湛えた東方風のキャンドル細工。

 ほうじ茶チョコの枝に桜チョコの花が咲くチョコレート細工の桜の木、その梢で今にもさえずりそうなうぐいすに誘われ足を踏み入れたなら、そこでは彩鮮やかな錦の織物思わす東方風の宝物が妍を競っていた。鮮やかな紅や金に瑠璃の地に桜花や扇模様が舞う千代紙で彩られた缶の蓋を開けば香り豊かな抹茶が現れ、次の缶を開けば桜の花の塩漬けがふわりと咲き誇る。
 何処か懐かしい香りの黄粉や飛びきり香ばしい黒胡麻や、白餡に桜花や桜葉を練り込んだ桜餡、薔薇を練り込んだローズ餡。深く豊かなコクを持つ黒蜜も気になるけれど、春陽めいた優しい淡黄に色づく和三盆も見逃せない。

 ねえ、これで何を作ろうか。

 新鮮なミルクの風味に仄かなバニラ香のあるホワイトチョコレートとたっぷりの生クリームに抹茶を合わせた抹茶の生チョコレートなら、更に抹茶をまぶすのもいいし、ほんのり透ける求肥でくるんでもきっと美味。ガナッシュ代わりにローズ餡をホワイトチョコレートで包んだトリュフも素敵だし、飛びきり濃厚な黒蜜の風味を利かせたクラシックショコラに粉砂糖でなく和三盆を降らせるのも試してみたい。
 添える飲み物は煎茶なら爽やかで力強い渋みを持ったもの、ほうじ茶なら飛びきり香ばしく後味のすっきりしたもの――と東方風に纏めれば間違いないけれど。
 ねえ、鮮やかでキレの良い酸味のある珈琲や、チョコレートみたいな濃厚なコクのある珈琲だって意外と合いそうな気がしない?
 折角だもの、和三盆の糖蜜――リキッドシュガーも買って帰ろうか。
 優しいくせに蕩けるように飛びきり甘いそれで作られた抹茶蜜や桜蜜は他の抹茶シロップとかより香りも色も深くて豊か。それらを更に進めた抹茶リキュールや桜リキュールも、香りだけで心が蕩けてしまいそうな逸品揃い。
 珈琲に数滴落とすだけでもきっととても幸せだけれども。
 ねえ、この桜リキュールで――桜のティラミスも作ろうか。

●抹茶と桜とリキッドシュガー
「桜……!? 桜のティラミスだなんてなんてことなのアンジュも作ってみたい……!」
 今回の製菓市のエンディングを視たその瞬間から、雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)の胸はもう桜のティラミスのことでいっぱいだった。
 優しい桜色に色づき華やかに桜香るティラミス。
 製菓市で飛びきり瑞々しい苺や甘酸っぱいキウイも買って、きらきらと煌く苺のコンフィチュールやキウイのコンフィチュールを作って添えてもきっと綺麗だし、他にも買いたいものは盛りだくさん。
 こんな楽しそうなエンディング、みんなで楽しまないともったいないから。
「ね、もしも興味が湧いたなら――アンジュと一緒に、ティルムシュタットの製菓市に行こう?」
「こういう市は買い物も面白いが、売り手になるのも面白いぜ?」
 ラッドシティで領主となり、そろそろ領地も落ち着いてきたという者も多いだろう。
 自領に製菓市向けの品があるなら新たな販路も開拓できるはず。その気があるなら協力するぜと隣のテーブルから沙漠の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が口を挟んだ。
 つまり――自分が地位を持つ街や村の品を製菓市で売ってみないか、というわけだ。

 製菓市で扱われているのはお菓子作りの材料や製菓の器具といった品。
 新鮮なミルクや卵に極上のアカシア蜜、粒揃いの朝摘みブルーベリーといった良質の品があるなら間違いなく売れるし、刃物が自慢の街なら菓子をきれいに切れるケーキナイフ、織物が特産の街ならお菓子のラッピングに使うサテンのリボンといった、食材ではないものだって売り物になる。
 この時期なら、やはりチョコレートに関わるものが売れ筋だろうか。
 極上のクーベルチュールチョコレートで包めば飛びきり味わい引き立つドライフルーツも人気だし、深く濃厚な色合いのチョコレート菓子をさらに美しく見せる雪結晶のレースペーパーや、綺麗な金の仕切り入りのトリュフボックスなども飛ぶように売れるはず。
 ショコラのお城やショコラの宝石箱が作れる精緻なチョコレート型などもこの時期の人気商品だ。
 大きな木箱いっぱいの林檎、壺入りの発酵バター、何本もの製菓用ブランデーと重いものを大量に買い込む客も多いが、頼めば品の良い制服に身を包んだ若い運び屋たちが貸し大トカゲ屋まで荷を運んでくれるから、誰もが財布の許す限り心ゆくまで買い物を楽しめる。
「で、俺は桜砂糖を売る予定なんだが、桜のティラミスのトッピングにどうだ?」
「うう……! やってみたいけどナルセインさんから買うの悔しいんだよ……!」
 水晶の粉のようにきらきらと煌く砂糖に細かく刻んだ桜の花をたっぷり混ぜたフレーバーシュガー、それが桜砂糖だ。トッピングに降りかけるのも綺麗だし、熱い紅茶に溶かせば、細かな桜の花弁が浮かびあがってくる様が美しい。

「お願いすれば糖蜜やリキュールの味見はできるみたいなのね。んでも味見目当てに行くってのは遠慮してね。お菓子作りの材料や製菓用の器具を買ったり眺めたりするのを楽しむ市だもの」
 製菓市についてひとしきり語り、アンジュはそう付け加えた。
 たとえば、作りたいお菓子を作る材料や器具を買い揃えたり、好きなように買い物をしながらどんなお菓子を作ろうか考えてみたり。そうやって過ごすのが一番楽しい場所なのだ。
 新鮮で上質な食材も、職人御用達の高品質な器具も、誰かに菓子を贈るためのラッピング用品も、この製菓市ならよりどりみどり。

「あのね、思いきり楽しい買い物ができたなら、また逢おうね」

 何を買ってどんなお菓子を作ったのか、後で聴かせて欲しいと思うから。


マスターからのコメントを見る
参加者
NPC:雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●桜蜜と樅の木とリキッドシュガー
 深藍の夜に甘やかで蠱惑的な万華鏡めく光と影を揺らす硝子瓶の森、神秘的な深緑に煌く抹茶や幻想的な濃桃の輝きを孕んだ桜のリキュールに瞳を奪われながらも空追い・ヴフマル(c00536)は、樹氷を纏った針葉樹のごとく凛と佇むリキュールにめぐり逢う。
 すらりとしたボトルにはブルーグレイで描かれた針葉樹の森のラベル。
 初めて存在を識った日から早数年、深い雪夜の森の雫を思わす樅の木リキュールを手に取れば、大人の菓子に手が届く歳を数えた感慨が湧いた。子供の頃から親しんでいる木苺も酒香を帯びれば初めて出逢う貴婦人のよう、瑞々しい香りと透明感に心躍る林檎のそれも忘れず手に取れば、
「ねぇ、半分手伝ってもらえるかな?」
「歓んで!」
 星空に黄銅の桜の梢のチャーム躍らせ駆ける年若な御同業にお願いを。
 宝物半分任せて重ねる願いは道案内、酒香に負けぬ香りと酸味豊かなチョコレートへ辿りつけば、大人の味わいの夢が咲く。
 甘やかな桜の花咲き零れる枝へ鼻を寄せれば、甘さに香ばしさ踊るほうじ茶チョコレートの香りに皓夜の・シュウヘイ(c32937)は心躍らせずにはいられない。
「……商売上手だなぁ!」
 売り物はこの桜の枝ではなくて、この細工を作るためのチョコレートモールドやチョコレートなのだと聴けばつい苦笑が洩れたけど、雅やかなのに何処か官能的な桜蜜、零れる春陽にも似た和三盆、そして梅花や菊花を模る磁器の落雁型を見れば胸が弾んだ。
 胸に描くは妻と一緒に紡ぐ夫婦団欒のお茶の時間。
 紅茶に桜蜜を注いで、僕が作ったんだと菓子を披露できればきっと、ひときわ愛しい彼女の笑顔に出逢えるはず。
 ――私ね、雪の滴を作ろうと思うのよ。
「どんなお菓子か、私が買うものから連想してみて♪」
「きゃー! 何かそれも宝探しみたい!」
 楽しい悪戯を見つけた少女のような笑みで雪のカデンツァ・フェイラン(c03199)が手を引いたなら、雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)は瞳を輝かせて彼女の旅の連れになる。
 深みのある重厚な苦みが大人なチョコレートに、大人の苦みを可憐な滴に仕立てるチョコレート型。真白に霞む氷を切り出したみたいな角寒天もいいけど、雪の花片を降らせたようなフレーク状寒天もきっと菓子を綺麗に仕上げてくれる。
 春色萌黄にほろ苦さを秘めた抹茶、桜花の色を透かして煌く桜砂糖、そして二人きゃあきゃあ笑いさざめく楽しいこの旅が、華やかさを引き出してくれる魔法のスパイスだ。
 最後に飛びきり新鮮な卵をほら、と見せたなら、
「美味しそうだけど全然想像つきません先生……!」
「アンジュったら降参ね? あのね、これはね――」
 純白のメレンゲをまぁるく固めて、中にチョコの粒の想いを隠す雪の滴。
 友情ならお星様、親愛ならハートで、愛情のかたちは――ここでは内緒。
 太陽の滴みたいなクレメンタイン、冬の陽だまり思わす日向夏、普段ならこのまままっしぐらだけど、桜の枝にちょこんととまった鶯の誘惑にも抗いがたい。
「製菓市先輩なアンジュさん、本命を絞りきれない私に助言をお願い……!」
「わあいアンジュの好みと感性に偏ってて良ければー!」
 陽凰姫・ゼルディア(c07051)に捕獲されればきゃーと笑ってアンジュも彼女の片腕を捕まえた。
 お世話になってる皆にありがとうの気持ちを贈りたくて、けれど自分で食べるのでなくひとに贈ると思えばいっそう深く迷い込んでしまう魅惑の迷宮がここにある。
 桜や抹茶に淡い柚子、優しい春色ダクワーズなんてどうかなぁ。
 贈る相手に合わせてダクワーズも中に挟む物も使い分け。桜蜜や抹茶蜜を挟むのもいいし、蕩けるガナッシュも美味しいはず、なんて囁かれれば、ゼルディアの胸の奥からも湧き始める閃きの泉。
 桜蜜や抹茶蜜に和三盆、極上のチョコレートに桜砂糖。
 お楽しみと幸せのかけらめいっぱい散りばめて、みんなに飛びきりのありがとうの贈り物。
 蕩けるようなふんわり触感をくれるだろう惹きたての小麦粉の香りでまずは胸に期待を膨らませ、静穏の祷り・フォシーユ(c23031)は華やかに上品に香るカカオと鮮やかにエキゾチックに香るカカオの間で楽しく悩み、硝子瓶のシロップに眠る赤い果実を手に異国の宝物庫へと辿りつく。
 天津風にもひとつ異国の香りを感じる不思議な柄の茶筒を開けば、可憐な花いっぱいの梅花茶にひとめぼれ。目当ての桜蜜も手に入れたなら、最後に向かうのは数多の器が並ぶ宝箱。
 優しい雪色艶めく白磁の平皿の、丸い縁をなぞれば自然と顔が綻んだ。
 舞台は、これにしよう。
 心が決まればそれまでぼんやりしていた案が白磁の上で鮮やかに花開く。
 可憐で小さな菓子を集めた花畑、あのひとは驚いてくれるだろうかと思えば胸の裡で柔らかな羽が踊るよう。笑顔を向けられるたびひとつひとつ燈ったあかりを、
 ――もっと側に手繰り寄せたい。
 なんて願いは、香る蜜の夢の中。

●抹茶と桜砂糖と桜尽くしのロールケーキ
 美しい琥珀色に煌くのは古からその美味を讃えられるタイムの蜂蜜、ずしりと重みを抱いた細腕に甘い蜜より官能的な桜のリキュールを抱えたなら、静謐の花筐・サクラ(c06102)は迷わず馴染みの子達に声をかけた。
「仕事は、順調?」
「すごく楽しい!」
 満面の笑みがすべての答え。
 預けた荷も練習を重ねた蜂蜜の焼き菓子の差し入れも大事そうに抱えた彼らを見送ったなら、次に迷い込むのは懐かしい千代紙彩る缶の園、本場物ではないけど上質な抹茶の香りに満足すれば、更に目指すのは桜香る桜砂糖。
「紅茶に入れて……他にはどういった使い道があるのかしら」
「見た目の繊細な美しさを活かすなら、そのままトッピングにするのが一番だろうな」
 俺よか多分誰かさんの方が詳しいぜ、なんて砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が愉しげに笑んだなら、心に勿忘草の彩が浮かんだ。
 たっぷりシナモン利かせたキウイのパウンドケーキに、抹茶プリンに抹茶ティラミス――凍える夜に暖かな蜜色燈すキャンドルの森を歩めば、幸福な想像も相まって幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)は春の夢心地。けれど、
「グリーンスイーツパーティをするのよ……!」
「苺は赤じゃね?」
「アボカドを練り込んだ緑のパンでフルーツサンドを作りたいのよ」
 戦利品を手にアップルバスカー・マニート(c13989)がナルセインと話す姿を見れば冬に逆戻り。
 拳を握ってマニートが力説しているのは、そうでもしないと挨拶に来ただけなのにうっかり桜砂糖を買ってしまいそうだから。肌理こまかな砂糖結晶が淡い桜色に煌く様に乙女心が揺らぐけど、今日の趣旨にはちょっと合わない。
 そうだ、クリームのバニラビーンズを買いに行かなきゃ、と思えばその瞬間に、鼻先擽る甘い香り。気づけば何時の間にか、バニラビーンズ完備で何処かどんより笑顔のヒカタが傍らに立っていた。
「……やあ、セイン。僕にも桜砂糖を貰えるかな。桜のティラミスを作ろうと思ってね」
「へいお客さん、合点だ」
 突っ込んではいけない雰囲気を察知した冒険商人。
 私も欲しかったのよ! と声が弾んだマニートだけが多分きっと色々とわかっていない。クリームは桜風味で決まりね、と自分の分もお会計してもらってから、ふと小首を傾げた。
「けど、ピンク色だけどいいの?」
「……ほら、東方には緑の桜があるから桜のティラミスも有りだと思うよ」
「そうなの? 何で桜の花が緑になったのかしら」
 天然な義姉に義弟は遠い星空見上げ。
 ――さあね、焼き餅でも焼いたんじゃないかな。
 次いで冒険商人の許を訪れた客はとってもぷりぷりしていた。
「ルセはずるいよひどいよ!」
「参ったな、そんなに褒めるなよ」
「褒めてないよ! この季節に桜砂糖なんて手が伸びるに決まってるじゃない馬鹿ー!!」
 歓ばせるだけのような気がしつつも勿忘草・ヴリーズィ(c10269)は思い切りむくれ顏。
「一等素敵な桜砂糖を融通してね。じゃないと許さないもん」
「へい美人さん、合点だ」
 商人、今度は逆らってはいけない雰囲気を察知した。
 極上の春の煌き包んでもらいつつヴリーズィが語るのは、漆塗りめいて艶めく小さなミルクチョコの椀に桜の生チョコを流し込む東方風の菓子の予定。風味づけはもちろん桜の和三盆と桜リキュール、桜砂糖を添えれば飛びきりの一品になる。
 あとは、
 ――ね、これに合う匙も欲しいな。
 って言うのはちょっと癪! と心でひっそりもだもだしていたら。
「さあ御照覧、ここに桜を磨きあげた極上の木匙がある」
「…………!」
 凛と艶めく黒玻璃思わす冬夜の闇に、鶯のキャンドルが小さな春のひかりを燈す。
 春の妖精めく小鳥のあかりに浮かびあがるは甘いチョコレート細工の見事な夜桜。
「俺も何時かこんな細工を作れる様になりたいものだ」
「これ、いけずなエッカルト殿の作品かのぅ。……綺麗じゃね……」
 眩しげに瞳を細めていた漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)は、万華響・ラヴィスローズ(c02647)が洩らした乙女の複雑な心境に微笑し、姫君の望む花園へエスコート。
 さあ、どちらへ?
 ――桜の花と葉の塩漬けがあるところ!
 運び屋達を呼んでしまうくらい買い込んだなら、次に向かうは冒険商人の許。
「桜砂糖、くださいな!」
「それと、お願いしていたものを……」
「よう、待ってたぜ。両方ばっちりだ」
 花砂糖で最も桜砂糖を愛する少女の手には極上の桜の幸せを、東方風シュガーポットの見立てを依頼した剣士の手には、深い樹の色に薔薇色の艶を重ねたような桜の樹皮の樺細工でつくられた、ころり可愛い蓋つきの器を。
 ちなみに先程勿忘草の娘をもだもださせたのは、このシュガーポットに合わせて仕入れた匙だ。
 桜の練り切りにも挑戦したいのだ、と丸い練り切り差し入れながらリューウェンが明かせば、細長い三角柱の各辺で花弁の輪郭自在に刻め、先端で花芯の模様も押せる桜材の細工棒を紹介された。
 桜尽くしのロールケーキに桜の練り切りと、春の夢は甘く優しく広がるばかり。

●七色とポルボロンと桜のティラミス
 菓子に添えるための花々は千代紙で華やぎを増し、その中心にシュクル・レーヴの細工師謹製の梅や椿や松に、鶯や桜や菜の花を模る落雁型が並べばその一角は、ひときわ目を惹く品揃え。
 詰め合わせ用の箱は透かし模様入りの紙細工、結ぶのはリボンでなく雅やかな飾り紐。
 流行に敏い女性客達がひきもきらない店を非常に興味深く眺めていた某いけずなデザイナーが、ある品を見つけてカッと瞳を見開いた。
 それは某事件の自棄ついでに細工師が千代紙で作ったハリネズミ(七色の金平糖入り)。
「何という心擽るおまけ……! この感性は僕にはないものです……!!」
「お前感心するところそこか! そこなのかよ!!」
 夢売りの街が誇る細工師、昏錆の・エアハルト(c01911)が突っ込み魂を炸裂させた。
 暁色が『わあいわあい素敵ステキー!』って大歓びしてなければ気づかれなかったかも、と思えば色々複雑だ。いや、多分これで奴の鼻をあかしてやれたはずなんだが。
「そこの素敵なお兄さん、僕からの気持ち受け取ってくれる?」
「もちろん。――返さないぜ?」
 某商人は愉しげにトランジットパッセンジャー・ピノ(c19099)からのトリュフを受けてくれたけれど、今夜のピノの本番はここからだ。何せ相手が相手。
 夢売りの街の細工師との対決から戻って来たいけずで素敵なデザイナーを捕まえたなら、
「嫁と相棒の型をお願いしたいんだけど!」
「!?」
 まずは絶句させることに成功した。
 ちなみにこの街の領主たるピノの嫁はゆずひよこで、相棒は黒にゃんこである。
 お手製ハーブティーを添えて、可愛いお菓子を配れたら嬉しいと思うのだ。目に見えない部分にもぬくもりを届けたいと願うから。
 だが、予想に反してあっさり彼は依頼を受けてくれた。
「何せ領主様の御依頼ですからね。ああ、その計画も素敵だと思いますが――」
 勿論、しかるべき舞台で宣伝もして頂けるのですよね?
 賓客を招く格式ばった園遊会や晩餐会のことだろう。
「うーん……」
 そう、そこが問題だ。
 暖かな蜜色燈すキャンドル達と数多の宝物煌く宝石箱の底から振り仰げば、まるで深藍の夜空は万華鏡のよう。空駆ける運び屋達も小鳥のようですねと笑み綻ばす蜻蛉・セイイチロウ(c08752)に愉しげに笑み返し、風を抱く・カラ(c02671)は地上で羽を休める鶯のキャンドルを探す。
 迷い込むのは異国の宝物蔵のなか、目にも綾な品々に期待も大きく膨らむけれど、何よりまずは。
「ほうじ茶と抹茶のチョコレートは外せないよな」
「それって、二年前に僕が――」
 覚えてらしたとは嬉しいですがごにょごにょごにょ、と続ければセイイチロウの腕の荷物にぼすんと積み上げられる抹茶蜜のリキュール(梱包済み)。
「良うございます、作って差し上げましょう」
 おもむろに頷いた彼が白梅文様の碁石めいたホワイトチョコのタブレットや鶯の羽根色のほうじ茶を品定めし始める様に猫みたいに笑って、カラはさらり優しい甘みの和三盆を手に取った。
 柔らかな甘さは軽い歯触りのポルボロンときっと好相性、肌理こまかな黄粉も加えましょうよなんて相の手に入った案も採用し、こっくり濃く淹れたほうじ茶のミルクティーに添えようか。
 ほろほろ溶けてしまうまでに菓子の名三度唱えれば願いが叶う、なんて聴くけれど、
「きっと春先の雪みたいにすぐ溶けてしまうね」
「ええ、願いは僕等の手で叶えてしまいましょう」
 それすら幸せな出来事のように笑いあい、墨色の柔らかさを映してカラが眦緩めれば、彼女の緑に春を見てセイイチロウも吐息で笑う。
 香ばしくも軽やかに、甘い雪が溶けたなら。
 桜餡透ける求肥に柚子ピール挟んだ、花びら餅を咲かせましょうか。
 深藍の夜に柔らかなあかりが溶けだす様は、朧月かかる春宵の水面を思わせた。
 まるで春の夢へと漕ぎ出したよう。舳先をめぐらす心地で戯咲歌・ハルネス(c02136)が歌うのは、逢桜の森と朧月のたまごの歌。暁色の娘の眦に歓びの涙一粒燈るのは、彼女の胸にもあの二夜の幸せ燈ったあかし。
 ――少しも怖くないの。
 片腕に抱きつく娘の幸せ溢れさせるような囁きに目元を和ませ、彼の舳先が向かうは東の色した春の夢。愛用の蓮葉と蓮花の硝子器には和三盆を飾ろうか。桜のティラミスを盛ってもきっと綺麗に咲いてくれるはず。
「だから、ね、アンジュ」
 ――私に桜のティラミス作ってくれるかい?
 囁き返し、こっそり買い求めた桜砂糖を見せたなら、三つ瞬いた暁色が、愛おしい春宵の花あかり思わす笑みを咲かせた。
 何より傍で咲く、彼だけの花。
「誰より先に、誰よりたくさん、貴方が食べて」
 冬の夜にまたひとつ、彼の秘密の宝箱に春の夢が増える。
 桜砂糖に抹茶蜜に桜蜜。春の夢更に重ねて――明日は何を作ろうか。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:16人
作成日:2014/02/14
  • 得票数:
  • 楽しい1 
  • ハートフル10 
  • ロマンティック2 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。