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真実の刃

<オープニング>

●真実の刃
 花が咲く、花が香る。
 春の幸せいっぱい抱えるように蕾をふくらませ、一年で最も綺麗な陽射しとともにライラックの花が咲き誇る。枝から溢れて零れてしまうそうなほど咲き満ちる、白に桃色、薄紫の花。花々の梢を撫でゆく風は幸せな花の香りをたっぷり含み、きらきら輝く陽射しは薫る風をも煌かせた。
 陽光紡いだような金の髪を風に踊らせ、ライラックの瞳に僕を映した君が幸せそうに微笑んで。
 ――故郷を思えばいつだって、コンラートの胸には真っ先にその光景が浮かぶ。
 病気がちで、それゆえ透きとおって消えてしまいそうに儚く華奢な、幼馴染の少女。
 彼女を護る力が欲しいと望んで、コンラートはメイガス騎士への道を志した。三塔戒律マギラントに生まれた者なら誰もがきっと一度は夢見るとおりに。
 けれど、春から初夏へ季節が渡る頃のこと。
 遠方の演習に騎士団の見習いとして同行していたコンラートは、病で伏せっていた彼女がひっそり息を引き取ったという報せを帰還後に受け取った。
 折しも故郷の村はライラックが咲き溢れる、一年で最も美しく、幸せな季節。
 春の間にいっぱい抱えた歓びと幸せを世界に満たすように咲き誇る花とその香りに包まれ、彼女は逝ったのだろう。両親はもちろん、村のひとびとにも愛されていた彼女は、暖かな愛に包まれてその生をまっとうしたのだろう。
 死に目にも葬儀にも間に合わなかったコンラートにとって、その想いがただひとつの慰めとなった。
 ならばこれからの自分は、晴れてメイガス騎士となれた日に彼女へ逢いにいくことを目標にしよう。
 季節があわなければライラックでなくてもいい。その季節の花を輝くメイガスの腕いっぱいに抱え、愛に包まれて逝った彼女の墓をさらなる愛で包むのだ。

「――と、僕は信じて疑っていなかったわけですが、それは真っ赤なウソだったそうですね?」
「コンラート!? おまえ、帰って……!?」
 闇も星も冴え冴えと凍りつくような冬の夜。
 隣村から戻ってきた男は、村の入り口にある大きなライラックの陰から音もなく現れた青年の姿と、彼の言葉に息を呑んだ。
「すっかり騙されましたよ。『病で伏せっていた彼女がひっそり息を引き取った』なんて言葉にね」
 否、その時彼女が病で伏せっていたことは事実だろう。
 そして、その彼女がひっそり息を引き取ったことも恐らくは事実なのだろう。
「何故報せてくれなかったのですか? 彼女が『村を襲ったバルバに喰われて死んだ』のだと!」
「それは……!」
 怖れか、別の何かにか顔を引きつらせ、男が後ずさる。歪んだ笑みを顔に貼りつけたコンラートが瞬時に距離を詰め、懐から夜目にも皓々と輝く刃を引き抜いた。
「ああ、解らなくもないのですよ。言えませんし、忘れたいですよね、自分達が寝台から動けぬ彼女とその御両親を見捨ててさっさと逃げ出したなんて!!」

 ――私はきっと、大人になれないから。
 それが彼女の口癖だった。
 いつか自分は病によって皆より短い生を終えるのだろうと、彼女は語っていた。
 その通りになったのなら、恐らく彼女はそれを天命だと静かに受け入れただろう。
 だが、花と愛に包まれてのものと信じていた彼女の死の真実は。
 バルバに喰い散らかされた自分の血肉にまみれてのものだった。

 耳触りの良いウソで覆われ隠されていたからこそ、その真実は何より鋭利な刃となってコンラートの心を引き裂いた。
 だからこそ、彼も『真実の刃』でもって村の男へ襲いかかった。
 ――もうメイガスなど望まない。この棘と仮面の力があればそれでいい。

●さきがけ
 誰かが彼に真実を伝えたのか、あるいは、バルバを討伐した留守役の騎士達の報告書に記されていたのか。コンラートがいかにして真実を識ったのかはわからない。
 だが、問題は過程ではなく――その結果だ。
「真実に心を折られたコンラートは、自ら棘を求めてその身に棘を得た。もうヤツは引き返せない」
 完全なマスカレイドになっちまったってわけだ、と砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は銀の眼差しに苦渋を滲ませそう告げた。
 物言いこそ丁寧だが、感情的で直情径行の気が強いコンラート。
 その気性ゆえに騎士団も彼の叙勲は慎重に様子を見ていたらしいが、その目は結局正しかったのだろう。同情すべき余地は多分にあるとは言え、それでも、自ら棘を望む者がメイガス騎士としての力を正しい方向に使えたとは考えにくい。
 真実が最初から明るみに出ていれば、もしくは、隠し通されていれば――というのは最早言っても詮なきこと。
 コンラートを救うことはできない。
「だから、あんた達の手で終わらせてやってくれ」

 今から急ぎ現場に向かっても、到着は夜になるという。
「けど、コンラートの先回りはできるぜ。エンディングの被害者が現れる前にヤツと戦える」
 戦場となるのは村の入り口、大きなライラックのあるあたり。
 皆で戦うのに支障ない広さがあり、常夜灯が燈されているというから、照明を用意する必要もない。
 村へ向かってくるコンラートをそこで待ち受け、すべてを終わらせればそれでいい。
「寝静まってる村人達に物音が届くことはないだろうし、被害者がやってくるまでには一時間程度の余裕がある。あんた達が全力で臨めばそれまでに片はつくはずだ」
 コンラートの得物はナイフ。
 無論ナイフの技も使ってくるというが、
「一番厄介なのが、ヤツがマスカレイドとなって手に入れた『真実の刃』だな」
 僅かに眼差しを険しくしつつ、ナルセインはその仔細を語った。
 それは鏡面のように磨きあげられたナイフの刃で、鏡の盾のごとき力を放つ技だという。
 相手の戦意を殺いでそれを己が力と成し、護りを強化する力をも持つ幻覚攻撃。
 盾のアビリティと異なるのは、その幻覚攻撃を受けた者が『自分自身にとって最も苦しく辛い真実』の幻覚に陥れられるという点だ。
「……相当強力に心を苛んで切り裂いていく攻撃だと心してくれ。コンラートが心を引き裂かれたのと同じくらいにな」
 コンラートのみならず、ある意味では自分自身との戦いともなるだろう。
 いっそ『自分の辛い真実に立ち向かいたい』ってヤツが行くのがいいのかもな、とナルセインは淡く笑んだ。
「さあ御照覧。冬枯れ色のライラックの傍で真実の刃が振りかざされる」
 出来れば騒ぎにならないように済ませてくれ、と彼は続けた。
 真実を識ったコンラートがマスカレイドとなったと知れば、村人達の心も抉られるだろう。
 あっけないくらい簡単に、真実の刃は生まれてしまうものなのだ。


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参加者
空追い・ヴフマル(c00536)
水鏡の虹・ロータス(c01059)
眩暈の尾・ラツ(c01725)
宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)
踊る光影・ロゼリア(c05854)
白い鴉・ギィ(c08806)
アップルバスカー・マニート(c13989)
ラッドシティのピースメイカー・グレンフォード(c26732)

<リプレイ>

●真実の針
 ――君は清いね。
 そんな人程まっすぐなまま堕ちてゆく。
 まるで道端に転がる小石のように、世界にはそんな残酷がありふれている。
 凍える闇を常夜灯のあかりが仄かに緩ませる冬の夜、彼方から近づく足音に警戒が滲んだ刹那、赤橙の双眸僅かに薄めた眩暈の尾・ラツ(c01725)の掌から知らない女性の悲鳴にも似た音とともに迸った雷光が開幕を告げた。
 現れた青年、コンラートを撃ち抜いた稲妻の尾が消えぬ間に空追い・ヴフマル(c00536)が翔け、
「エンドブレイカーがマスカレイドへ終焉を与えに来たっすよ!」
「……! 未来が視えるというのは伊達じゃないわけですか!」
「ああ。終わらせるよ、一瞬でも早く」
 輝ける翼と何より確かな真実で彼を斬り裂いた次の瞬間、事態を悟った青年が刃を引き抜くよりも速く光の軌跡を追った白い鴉・ギィ(c08806)が足払いをかけ、大地へ背を打ちつけた彼の胸で哂う仮面に銃口を押しつける。鈍い銃声が二度響けば、宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)の闇色の爪が八つ裂きにせんばかりの勢いで間髪いれずコンラートを引き裂いた。
 包囲の意志と互いへの信頼を確り繋ぎ合わせた七人が澱みない連携で瞬く間に青年を取り囲む。皆の想いも重ねる心地で眩い軌跡の蹴撃を打ち込み、陣を見渡した踊る光影・ロゼリア(c05854)が即座に声をあげた。
「グレンフォード! ラツとロータスの間にお願い!!」
「……了解した」
 誰との連携も念頭になかった為出遅れたラッドシティのピースメイカー・グレンフォード(c26732)も地を蹴った。真っ向から吶喊するつもりだったが、それも味方への被害を抑える為。皆が力の付与と回復の効率まで考慮した陣を敷くというならそれを崩すのも本意ではない。
 仮面に断罪を、と口にし手にするのは対成す紫煙銃。
 だがこの地はラッドシティではなく三塔戒律マギラント。ラッドシティ警察の捜査官としての捜査権も逮捕権もなく、そして、此処がラッドシティであろうと断罪の権利などあるはずもない。
 唯、エンドブレイカーの使命という名の衝動のまま動いているのだと彼自身も識っていた。
 突き詰めればこの戦いも、エゴとエゴのぶつかり合いなのだろう。
「だからこそ――これがあんたへの刃になればいい」
「そんなものじゃ断ち切れませんよ、何もね!」
 常夜灯のあかりは透徹な闇を溶かすくせに、刻一刻と速度を増す刃の閃きを冷たく冴え渡らせる。全方位から攻勢を浴びつつ全く怯まぬ鋭さでナイフを揮うコンラートと斬り結べば、ヴフマルの呼気が凍気と血煙に霞んだ。
 終焉を齎す意志をこそ刃と成すヴフマルの斬撃、それを受けとめる彼の刃、血の曇りを振り落としたそれが鏡の如く澄み渡った瞬間――ヴフマルはこの冬夜より冷たい幻覚の底に叩き落とされた。
 世界の底でじっとり湿る石畳、触れた手が貼りつきそうなほど冷たい鉄格子。
 逃げようと牢奥に伸ばした小さな手は握り返されずに、冤罪を着せられた果ての処刑を受け入れた彼に背を押され、気づけば独り空の下にいた。
 足りなかった。
 信か力か。あの頃世界の半分を占めていた大切なひとを救うのに、自分は足りなかったのか。
「――……!」
「ヴフマル! 今は一旦下がれ!」
「……ちょっと頼むっすよ」
 鏡どころか、赤錆でざらつく刃で肺腑ごと魂を抉られた心地だ。
 幻覚の内容には一切触れず即座に庇ってくれたのはギィ、闇色の分身に羽交い締めさせた敵へと魔鍵の一撃を叩きこむ彼の背を頼もしく見つつ、荒い呼吸の下から怒りと斬殺衝動を呼び醒ます。
 ――叩き斬り殺してやりたい。
 無力だった己を。
 握り返されなかった手を。
「マニート、ヴフマルを!」
「ええ、任せて!!」
 真実に苛まれる仲間の心が痛い。真実で誰かを抉らずにいられないコンラートの心が痛い。
 哀しみ鋭く尖らせた彼の心に響かせたい想いごとロゼリアが馳せるが、輝ける翼は鏡の刃の輝きに跳ね返された。だが、彼女の光る軌跡をなぞるよう放たれたアップルバスカー・マニート(c13989)の癒しの苺がヴフマルの力を大きく甦らせる。
「ラツやん! アルデュイノ!!」
「大丈夫――合わせます!」
「ああ、三人がかりなら防ぎきれまい」
 叫び終えるより速く光を描いたのは宵の夢響かす水鏡の虹・ロータス(c01059)の鉄をも裂く蹴り、続け様にラツの刃が儀式魔法陣を叩きこみ、漆黒の爪を鳴らしたアルデュイノが地に押さえつけんと襲いかかれば、コンラートの鏡の護りは成すすべもなく打ち砕かれた。
 けれど闇色の分身とともに畳みかけんとしたギィの眼前で閃いた刃に、彼だけに視える焔が映る。
 ――妾腹の子。
 誰かの声が耳奥に響いた。
 血を吐くような努力を重ねどれほど己を磨けども、父は関心を示さず母と正妻の跡目争いは激しさを増すばかり。争いが頂点に達した日に館も父も母達も呑み込み彼から奪った焔が心を炙るけど――何より胸を抉るのは、無力さと自信のなさを隠すために身につけた、己自身の軽薄な笑み。
「……痛てぇよ馬鹿」
 ああ成程、これなら棘に何もかも明け渡したくなる気持ちも解らないでもない。
 けれど。
「唯一残された妹を置いて――堕ちてたまるか!!」
 消えない毒を抱えたまま、常とは異なる強い意志を笑みに覗かせ、ギィは幻覚を突き破った。
「ギィさん! 今度は俺が!!」
「ロータス!」
 次なる一撃を引き受けんとヴフマルが馳せ、派手に外套を翻して躍りかかったアルデュイノが敵の視線を奪った隙をつき、ロータスは泥濘の中から清らに咲く蓮の如き世界樹の花を咲き誇らせる。
 劣等感。
 心を深く焼け爛れさせていくその毒の名を、ロータスもまた痛いほど識りつくしていた。

●真実の錐
 雷撃の痺れ、銃術の足払い、マジックマッシュの煙。数多の麻痺攻撃はコンラートが瀉血するたび効力を失い、血煙を生む斬撃に動脈を断たれたラツもまた、刻まれた呪詛を瀉血で殺ぎ落とす。
 文字通り血で血を洗いながら、あえかで清冽な光に想いを馳せた。
 幼馴染という淡く眩い光を失って、彼の脆い心は鼓動をとめてしまったのだろう。
「――ですよね? コンラートさん」
「巧い喩えですね。否定できません」
 苦笑した青年が鏡の刃を叩きつければ、ラツの胸裡に太陽の澱を思わす赤銅色が射した。
 コンラート。
 外見も口振りも何もかも違うのに、その名の響きが鉄神の将に挑みそのまま戻ってこなかった友の面影を鮮明に描きだす。彼が水神祭都の地底で眠っているのか、それとも何処かで生きているのかすら判らぬのに、何故か彼の心にはもう自分がいないのだと確信できてしまった――真実。
 私は、忘れたくないよ。
 たとえ二度と言葉も想いも交わせぬのだとしても、好きだと思うひとを忘れられはしない。
 そして。
「ラツ!」
「ラツやん!!」
 幻覚の底から伸ばした手をロゼリアとロータスの声がひっぱりあげる。ありがとう、折れてませんよと笑って、彼は螺鈿の輝き舞う刃で夜闇を裂いた。
 ――君に、君達に、忘れられたくない。
「無理しなくていいからな!」
「そうよ、カバーするわ!!」
 迷わずギィが開いた楽園の門から陽光が降り注ぎ、マニートが打ちこんだマジックマッシュが盛大に爆発する。だが仲間の頼もしい力に続いたアルデュイノの眼前に鏡が翳された途端、それらは天を舐める焔の幻覚にすり替わった。
 斬り伏せられ、燃え盛る焔越しに視えたのは、嘗てのマスターの背から生えたマスカレイドの剣。父母とも慕った主夫妻を繰り返し切り刻まれ、その血を浴びながら力尽きた己の姿。
「……そうだとも。俺は二人を守れなかった」
 遠い日の喪失と虚無を再び味わった己が何を思ったのかは、アルデュイノ自身にも判らなかった。
 唯、噛みしめた唇で無理矢理笑みを刻み、幻越しに睨みつけた現の仮面へと黒き爪を揮う。
 厳しくも愛情をもって主が教えてくれた剣。
 主を護りきれなかったそれを捨て、代わりに手にした夜の爪。
 想いは波となり、近しいそれは言葉にせずとも響きあうのだろう。
 拠り所を失い宙ぶらりんになってしまった心の虚ろな響き。コンラートの、仲間の響きの波紋を心の水面で感じながら、その背に幾度も光を咲かせてロゼリアは己が全てで彼にぶつかった。
 だからだろうか。
 一瞬で血の濁りを消し去った鏡の刃を覗いてしまったなら、往き場のない想いが色なき波となって襲いかかった。砕ける波濤の如く爆ぜて溢れだすのは、血に濡れ折られたウードのある光景。
 恋人に去られた吟遊詩人。只管彼に寄り添い続けてもその傷は癒しきれずに、彼は誰かを抱えて昏い水底に身を投げた。大量の血とその血で記された彼の足跡、ウードだけが残された部屋が示す真実、受け入れたくないそれを再度染めつけられた心が悲鳴をあげる。
 けれど。
「ロゼリア!」
 今度は幻をも封じ込めるような斬撃を放ったラツの声が彼女を引き戻した。
 ――大丈夫。
 私は再び翔けだせる。
 脚を護る藤染の革に絹紐踊らせ、新たな翼咲かせてロゼリアは地を蹴った。輝きに乗せ、今度こそ彼に響かせたい想いを全身全霊で叩きこむ。
 喪った拠り所は取り戻せずとも、新たな拠り所を得ることはできるのだ。
 何度でも、幾つでも。
「本当は、棘を受け入れる前に伝えたかった――!」
「もう遅いんですよ、何もかも!」
 癇癪をぶちまけるよう揮われたコンラートの刃が、ひときわ濃密な血煙を生みだした。
 満ちる力。
 痛いほど張りつめた緊張の中、アルデュイノの宝石の瞳から放たれた光が青年の脚を宝石に変えマニートの手から宙に舞った果実がロゼリアを癒し、ロータスの蹴打が鏡の護りを砕く。
 だが――満ちた力を打ち消すすべは、ない。
 血煙の奥へ飛び込んだのは、跳弾で空間を把握したグレンフォード。
「マスカレイドにかける情けなどない。……ここで散れ」
 空間認識で敵を捉えて倒し、関節も封じて幾度も銃弾を撃ち込むが、
「ハッ! 情けが必要なのは其方ですよ、英雄気取りさん!」
 青年が翳した鏡に、彼は幼い己自身を視た。
 ――人殺し!
 薄汚れた子供がまっすぐ叫ぶ。
 マスカレイドとて、元が人間なら家族も待ち人もいるだろう。ひとを護る為にひとを手にかける矛盾。英雄と大罪人は表裏一体なのだと、いつも思っていた。
 だが、俺は逃げない。
 そう呟くが――瞬間、幻覚が合わせ鏡の迷宮のように膨れあがる。
 己が技の揮い方のみで敵の技にまで考えが至らなかった。
 強力だと明言されていた鏡の幻。満ちた力で揮われたそれに、仲間に比べて高いとは言えぬ彼の耐久力では堪えきれない。

●真実の刃
 無限の迷宮めいた幻覚に呑まれたグレンフォードが頽れる。
 追撃ちは届かせまいと咄嗟に地を蹴った足で更に敵へと距離を詰め、鋭く回した踵を叩きつけると同時にロータスは挑発の言葉を迸らせた。
「真実を報せるより嘘のが優しい――村の人らはそう思ったに決まってるやろ!」
「誰もが真実を受け止められるほど強くないって、あなたが一番知ってるでしょう?」
「ええ、嘘は優しいし僕は弱いですよね。反吐が出るほどに!」
 呼び水に誘われたように続いて爆ぜたのはマニートの声とマジックマッシュ。けれども、幻覚の煙を払いのけた鏡の刃はそのままロータスへ襲いかかった。
 己ではない誰かと寄り添って、大好きなひとが去っていく。
 けれどそれはとっくに識っていた痛み。
 真なる刃は、さも自分が可哀相と泣き濡れる己自身の姿だった。
 ――自分の事しか考えないで。
 誰かの声が心を凍らせる。
 ――愛されると思ってるの。
 誰かの声が凍った心を砕いていく。
 数多のかけらとなった氷の鏡が、眼の前のひとだけ追って別の大事な誰かを蔑ろにして傷つけた己の姿を映しだす。胃の腑から喉を灼きつつせりあがるものが吐き気なのか叫びなのか判らない。
 けれど。
「――……!」
「呑み込まなくていいよ、吐いちまえ!!」
「ええ、こんな時くらい我慢は不要です!」
 幻覚を裂いたギィの声と虹の癒し、そしてラツの声が届けば灼けつくような苦痛が和らいだ。
 そう、こんな風に、きっと手は届くのだ。
「だから……きっと!」
 大丈夫――とは言い切れず、けれど思いの丈を乗せた光の翼でロゼリアが加速する。光の軌跡をなぞり橄欖石めく柊の刃を煌かせ、マニートも仮面の青年へ肉薄した。
 常夜灯のあかりに影落とすライラックの梢にはまだ冬芽しかないけれど、どうか見守っていて。
「幼馴染の彼女のこと、大好きだったのね。――だったら傍を離れてはいけなかったわ」
「成程、それなら僕は戦うすべも学べぬまま、彼女と一緒にバルバに喰われて死ねたわけですね」
「……っ」
 告げた言葉に返った言葉。それも一つの真実だ。
 優しい嘘で包みにきたはずなのに、何故こんなにも容易く真実の刃は生まれてしまうのだろう。
 声を失ったマニートは、続く幻覚に呼吸をも忘れた。
 世界を染め上げたのは朝焼けの淡い薔薇の色。
 紫の瞳に親愛でなく恋情を燈した彼に抱き寄せられて、熱した飴みたいに甘く熱く蕩かされていく。――この恋を断ち切り、二度と求めぬと誓った、己の決意が。
 焼け爛れさせるくせに酷く甘い、幸せな毒が心を舐める。
 心の底ではいまだ求めてやまぬ己自身を曝けだされ、悲鳴が迸った瞬間、ふわり咲いた世界樹の花の薄桃色が朝焼けを塗り替えた。
 冬夜の冷たさ緩ませる薫風をも癒しの花片ひとひらに変え、己が命を絞り出すようにしてロータスは仲間の心の傷を癒す。今更かもしれないと苦い想いがよぎったけれど、今できることに力を尽くさねば消えてしまいたいと願った衝動とともに本当に己は消えてしまう。
 そうして、少しずつ。
 先程自分を癒してくれた虹のように。
 水鏡に映る虹のように――気づいてくれた誰かをほんの少ししあわせにできる存在になりたい。
「せめて、いつか――!」
「ええ。きっと、いつか……!」
 望むものは異なりながら、ヴフマルもまた遥かな『いつか』を見据えて刃の柄を握りこんだ。
 ――――。
 何度も耳元で繰り返す、背を押す前の彼の言葉。
 痛みと辛さと苦しさと狂おしさ。それらに幾度抉られようとも、あの夜どうすれば彼は生きてくれたか考えて考えて考えぬいて、雫の花とともに胸に絡んだ『どうして』を己が真実の刃で解きほぐす。
「そうしてケリをつけるまで、あんたにも己自身にも屈する訳にはいかないんだ!」
 真実か嘘か棘の力か、それとも、彼女か。
 ――あんたの信じたものに祈りな。
 輝ける翼の加速を得て、内反りの刃がコンラートの仮面を断ち割り、その命に終焉を齎した。
 柔く冬の大地を照らす常夜灯のあかりの中に倒れ伏した彼の遺骸が、ギィの祈りを抱いて世界に還る。願わくば、彼女と同じ場所へ行けるよう。
 冬芽を抱く梢の影だけが残った大地に、ラツがライラックの花を置いた。勿論それは造花だけれど。
 いずれ必ず――春が来る。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2014/02/24
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