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永遠の夜 〜オルトクラートの妃〜

<オープニング>

●永遠の夜
 燦々と照る陽よりも皓々と輝く月を愛し、鮮やかな蒼穹の青よりも艶やかな夜空の漆黒に焦がれる男がいた。――ダニエル・エインズレイ。ウイスキー醸造業で財を成した彼は水神祭都アクエリオの各地に幾つもの館を構え、其々に趣の異なる庭園を造ることにその財を注ぎ込んだ。
 幻想的な庭園灯に彩られたダニエル・エインズレイの庭園は、その全てが夜を愛でるためのもの。
 艶めく夜闇を照らすことよりも夜闇の美しさを際立たせることを主としたあかりに導かれ、夢幻の如き夜の庭園に迷い込んだなら、醒めない夢の中、明けない夜の世界に迷い込んだ心地になるという。
 ゆえに、ダニエル・エインズレイの庭園を訪れた者は彼をこう呼んだ。
 ――永遠の夜の護り人、と。

 樹氷の森の奥深くに佇む城には孤高の王が住むという。
 鏡の如く磨きあげられた黒大理石の床に白銀に煌く氷の柱。僅かな溜息ひとつでもこだましそうに大きく、痛いほど静まり返った広間の奥、蒼水晶の玉座に独り座する王の名は――オルトクラート。
 水神祭都の一地方で語られる孤高の王の物語に惹かれたダニエル・エインズレイは、水が豊かで霧深い山の中腹に広がる森の奥深くに冬の夜を愛でるための庭園とウイスキーの蒸留所を造った。
 清冽な森の水と麦芽、この地の気候風土と腕利きの職人達による伝統の技法、そして永い眠りの涯てに生み出されるウイスキーに、ダニエル・エインズレイは『オルトクラート』の銘を与えた。
 硝子と煉瓦と木材で建てられた蒸留所の周囲に広がる森のすべてが彼の庭園のひとつ。
 冬夜を愛でる庭園、『エインズレイの孤高の森』が開放されるのは、森の樹々が凛然たる氷の花を咲かせる、樹氷の見られる夜だけのこと。
 艶めく黒大理石思わす凍れる夜闇に燈されるのは、磨り硝子を透かし淡やかな薄群青のあかりを溢す幻想的な庭園灯。白銀の氷花に仄かな薄群青のひかりを含ませた樹氷の樹々が夜闇に浮かびあがる様子は空恐ろしいほどに美しく、痛いほどの寒さと静寂を感じながらその森を散策したならば、醒めない冬夜の夢に迷い込んだ心地になるという。
 けれど――。
「今回は散策じゃなく、硝子張りのテラスから樹氷の森を眺められるナイトカフェに行ってみないか?」
 砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が愉しげに口の端を擡げてそう誘った。

●オルトクラートの妃
 硝子と煉瓦と木材で建てられた蒸留所の、最も眺めの良い場所につくられているそのナイトカフェで振舞われるのは、もちろん『オルトクラート』の十八年物。
 歳の足りない者のためには、同じウイスキーをミルクと合わせてゆっくり煮詰め、アルコールを確り飛ばしたコンフィチュールを添えた深煎り珈琲が振舞われる。
 十八年は、孤高の王オルトクラートが独りきりで過ごしたと物語で伝えられる年月だ。
 そのためなのか、ダニエル・エインズレイは『オルトクラート』の十八年物は必ずストレートで、つまみ無しに楽しむのを常としていた。
「だが、そのダニエル・エインズレイが唯一『オルトクラート』の十八年物に合わせるのを許した物を、今ならそのナイトカフェで『オルトクラート』と一緒に味わえるって話でね」
 ――オルトクラートの妃。
 孤高の王に唯一添うことを許されたそれの呼び名を聞いて、夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037) が何かぴんときたように瞬きをした。
「もしかして、甘いもの?」
「当たり」
 チョコレートだ――と、面白がるように銀の瞳を細め、ナルセインが笑った。

 華やかなルビー色を僅かに帯びて、深い琥珀色に透きとおる『オルトクラート』の十八年物。
 樹氷の森の朝を包む霧を思わす瑞々しい森と仄かな煙の香に、熟れた果実にも似た香を秘めて、口に含めば深く熟成された甘みと香りが涼やかな酸味とともに酒精の熱にふわりと咲く。
「――が、チョコレートに合わせると面白いくらい変わるらしいんだな、これが」
 僅かなかけらでも構わない。チョコレートを齧りその余韻があるうちに『オルトクラート』を含んだなら樹氷の森の霧の奥深くから一気にあでやかな香りが花開くという。
 眩い陽をたっぷり浴びたレーズンに干し杏、華やかなバニラに心擽るカラメル香。そしてまるで蕾が爆ぜるように溢れだす味わいは、深く豊かに蕩けて幾重にも咲き誇る甘酸っぱさ。幾重にも溢れくる香りと味わいはチョコレートのそれと相まって、長く深い余韻を引く。
「ななな何それ何それ! アンジュも、アンジュも試すー!!」
「言うと思った」
 ちなみにこれほど鮮烈ではないが、ミルクと『オルトクラート』を煮詰めたコンフィチュールを落とした珈琲でも変化は充分に楽しめるのだとか。
 僅かなかけらだけでも孤高の王を変えるオルトクラートの妃。
「そういや、孤高の王って言うんだね。アンジュが聴いた物語だと『孤独の王』だったけど」
「ま、王ってのは概して孤高で孤独なもんだろ。物語は伝わってくうちに言い回しや内容も変わってくもんだしな。事実――孤高の王に唯一添うのはチョコレートだが、ナイトカフェにはそのチョコレートが二種類用意されてる」
「何それ側室!? なんてことなの……!!」
「違うから! 違うから落ちつけ!!」
 乙女の潔癖ぶりが炸裂するのを宥めた男は、そもそもの物語ではオルトクラートの孤高の十八年に終止符を打ったのが何者なのか語られていないのだと続けた。それゆえ、唯一たるチョコレートにも想像の余地を残しているという話。
 南国のフルーツを思わす酸味にキレのある苦み、そして鮮明な香りを持つビターチョコレート。
 濃厚なまろやかさの中にふっくらした苦みと酸味、華やかな香りを秘めたミルクチョコレート。
「食べられるチョコレートは片方だけ。チョコレートもウイスキーもどちらも少しずつゆっくり長く楽しめる逸品だって話だからな、ひとつあれば充分だと思うぜ」
 ひとつだね、と神妙な顔つきで頷いた娘の様子に可笑しげに喉を鳴らし、男は同胞達を見回した。
「さあ御照覧。冬夜に樹氷の森の奥で孤高の王に目通りが叶う」
 孤高の王の妃をどちらにするかはあんた次第だ、と男は挑むように笑ってみせた。


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参加者
NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●孤高の夜
 深き樹氷の森に磨かれた、限りなく豊潤で何処までも透きとおる水――それが瑞々しい森と仄かな煙の香に熟れた果実めいた香を秘めたウイスキー、『オルトクラート』を生みだすのに欠かせぬ物のひとつであるという。
 凛冽に澄み渡る水そのものを凝らせたような硝子越しに白い鴉・ギィ(c08806)が眺めやるのは、冴ゆる夜闇に薄らと蒼みを帯びて浮かび上がる、氷の花々咲かせた樹氷の森。
 孤高の王を思えば、蒼水晶の玉座に独り座する王の姿は父のそれで胸奥に描きだされた。だが、恐らく父の孤独が終止符を迎えることはなかったのだろう。
 ――硝子の森の中で、永遠に。
 追憶の湖にひとり沈む兄の背をそっと見遣り、ハニーフィンチ・アレンカレン(c03179)は珈琲の杯で夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037)のウイスキーグラスと乾杯。
 ふわり鼻先を擽った酒香に笑みの蕾綻ばせ、二十歳になったら一緒に飲んでね、と願って、んじゃお揃いのグラスおねだりしてみようよ、なんて硝子職人の背を見て囁き返す暁色と話に花咲かせたけれど、ひと区切りついてもなお彼は湖の底。
 もうもう! 妹をほったらかす悪いお兄様には――。
「頭突きよ!」
「のわっ!?」
 突如背に感じた衝撃で水底から浮かび上がったギィに、ぷうとむくれた妹の抗議が届く。
「王様もお妃様も、ここにレディだっているのに、失礼ではなくて?」
「……淑女は頭突きなんてしないと思う」
 こっそり呟きながら振り返ればまっすぐな緑の瞳に映った己の姿に、三塔戒律の凍夜、真実の刃に抉りだされた記憶を思い起こした。
 認められたいと必死に足掻いていた自分も、彼らも。
 こんな風に――まっすぐ相手を見たことがあっただろうか。
「王の孤独も、そういう瞳が溶かしたのかもしれないな」
 瞬きを忘れたかの如き兄の瞳が不意に和らげば、アレンカレンは虚を突かれたように瞬きをした。
「……よく分からないけど、それで許すと思ったら大間違いよ」
 お土産買ってもらいますからねと悪戯っぽく笑って掲げた杯が、今度は兄のグラスと鳴る。
 さあ、まずは楽しみましょう。
 孤独を融かす、王と妃の出逢いを。
 華やかなルビー色含んだ冷たい琥珀の滴が唇に触れた――と思った瞬間、舌先に燈る酒精の熱。
「キスなんて恋人とだってした事なかったのに……王様ったら情熱的!」
「あんたやっぱり才能あるよな」
「きゃー!?」
 一人盛り上がったところへ不意に砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の声が届けば酔いが回るまでもなくアップルバスカー・マニート(c13989)の頬は林檎色。お妃様を気取った訳じゃないの、お妃様はここにいるもの、と林檎娘はビターチョコレートを手に取った。
 齧れば南国的な酸味と苦み、そのまま再び王に口づければ、楽園めいた至福が一気に溢れだす。
 王様の恋は失恋だったのかも、なんて思っていたけれど。
 ――両想いなのね。
 闇夜にも似て艶めくチョコレートを齧れば甘さと酸味が舌上に蕩け、閃光の如く躍った苦さとともに陶然たる吐息を匂紫・シンティア(c33870)の唇に誘う。涼やかなくせに情熱的な蒸留酒を含めば、燈った熱からは眩い陽を浴びた果実の香が南国の花よりあでやかに咲き誇った。
 樹氷をも溶かす熱の酔い。ああ確かに、ひとはこの甘さと苦さに酔う。
 チョコレート中毒ともいう――と呟けば、氷の森でなく南国の永遠の夜で出逢った男が爆笑した。
 上機嫌で酒杯を傾けるナルセインを眺め、思い起こすはあの夜の言葉遊び。
「……貴方も人を惑わすのだろうなぁ」
「――なんて言ってると、自分も惑っちまうのさ」
 転がされた堕落の種に笑って、女は出逢いの妙に想いを馳せた。
 幻想的な森に恍惚と見惚れていた朧月夜のアドラーテンツァ・マルベリー(c34061)がふと瞬けば、艶めく夜透かす硝子に匂紫の女が手を振る様が映る。
「普段はお茶派やけど偶には珈琲も良ぇねぇ」
「茶だと王に負けちまうだろうしな」
 ほにゃりと笑って歩み寄れば匂紫と同席していた冒険商人にコンフィチュールを勧められ、たっぷり落とした珈琲を味わえば、柔らかな味の奥から広がる瑞々しい森に煙る香と、密やかな酸味と甘み。
 大人の色気て感じやな! と声を弾ませ、次いでミルクチョコレートを齧れば――。
「……うやぁ……!」
 蕩ける感嘆溢れ、ふふ、と笑みが零れた。
 妃が花咲かせ王が蜜を囁いて、溢れる香りが幾重にも回り重なる様は、まるで天上の円舞曲。
「――……」
 物言いたげな視線を感じ、静謐の花筐・サクラ(c06102)はカウンターにカップを置いた。
「……不思議そうな顔をしているわ」
「いいや、これは『物凄く不思議そうな顔』だぜ?」
「……わたしが珈琲を嗜むのがそんなに驚くことかしら、ナルセイン」
 失礼ではないの? と慣れぬ冗談で言い返して、サクラは再び珈琲を口に運ぶ。強い酒を偏愛する彼女は勿論ウイスキーそのものにも興味津々。けれど豊かで華やかな蒸留酒をじっくり楽しむ時間は林檎の隠れ家で独り占めするつもり。
 独りが寂しいとは思わない。
 けれど、一度独りでなくなってしまえば、二度と独りではいられなくなるのだろう。
「ひとは、心許せば弱くなるものだから」
 ――誰のことかは秘密、と柘榴の瞳を僅かに細め。
 あなたの妃にでも訊いてみるといいわ、なんて続けてみれば、あんたも言うねと男は面白がるよう喉を鳴らし、彼女のカップに己が酒杯を鳴らした。

●孤独の夜
「今夜だけ私の妃になってもらえますか?」
「歓んで……って、今夜だけ?」
 悪戯めいた笑みを覗かせた娘に『ちゃんと永遠に攫いにきてね』と甘く頬を齧られ、目元を和ませた戯咲歌・ハルネス(c02136)は己が妃を孤高の王の物語へ迎え入れた。
 王が唯一心を許したのは――。
 どちらだと思うと囁けば、世界を鮮やかに染め変えるひとと囁いた娘が艶めく夜のかけらを摘まむ。ビターが夜色ならミルクは暖炉に火を燈す薪の色。
 私は此方、と凍てつく孤独も甘く融かす妃を披露したなら、琥珀色揺らして乾杯を。
 森の香と涼やかな酸味に王の孤高を感じて妃を齧れば、冬森に陽が射し春へと移り変わる心地。二人の円舞の余韻に心ほどけるように笑えば、ミモザの夜と同じ笑み燈した娘が、独り占め、と掌でハルネスの頬を包み込んだ。
 孤高の十八年に終止符を打ったのが、王が世界で唯一愛する女性であればいい。
 ――私の孤独に終止符を打ったのが、アンジュだったように。
 硝子の外に広がる永遠の夜は、冴ゆる闇に淡やかな薄群青燈す氷花の森。
「今日は凍えないでね?」
「寧ろ今すぐあの森で行き倒れたいね、あんたが助けてくれるなら」
 陽凰姫・ゼルディア(c07051)がふわりストールを掛けてやれば、今夜の誘い手が愉しげに嘯いた。何時もにも増して上機嫌なナルセインの手にはビター、お揃いねと笑って、娘も指先に艶めく夜色のかけらを踊らせる。
 静謐で硬質な美しさを抱く樹氷の森。
 幻想的だけど独りでは寂しさに凍えてしまうから、甘さに南国的な情の深さを秘めたビターを望む。
「でもね、きっと」
 王の孤高を溶かしたのは、時に情熱的で時に優しい、ビターでミルクな女性。
 正室と側室でなく、唯ひとりをと願うのは。
「女の子の傲慢かしら?」
「いいや」
 愛らしさだ、と男が戯れめかして嘯いた。
 不死鳥の羽根を思わす椰子の葉の影踊る、南国の楽園で味わった晩夏の椰子酒も中々だったが――厳冬にめぐり逢ったのはダニエル・エインズレイが自ら生み出したウイスキー。
「やはりあのまま眠らなくてよかっただろう、ナルセイン?」
「ああ、まったくもってあんたの言うとおりだ」
 魔弾の射手・クロウリー(c16216)が杯を掲げれば、めぐる永遠に、と年若の同業が杯を鳴らした。
 孤高の王に酸味と苦み鮮やかな妃を引合わせたなら、逢瀬の瞬間に王の孤高は劇的に変わる。永遠の夜に光が射し、仄蒼く凍えていた氷花がきらきら融けて光になるかのよう。
 王の真なる妃はどちらか。
 ――それとも、二つの顔を持つ女性か。
「多彩な華を咲かせるのもまたレディの奥深さ、という訳かな」
 あんたが言うと含蓄あるなと笑う男に笑み返し、魔弾の射手は永遠の夜に杯を掲げた。
 例えば瑞々しい新芽が萌える春、眩い木漏れ日と深い緑陰が鮮やかな夏、絢爛たる紅葉の錦が彩る秋。冬以外でもきっと美しい庭園だろうに、
「夜の護り人は偏屈だな」
「頑固者だな、間違いなく」
 どちらも褒め言葉と承知で、風を抱く・カラ(c02671)とナルセインは偏屈者が生み出した深く華やぐ琥珀色の『オルトクラート』の杯を鳴らす。それじゃ拝謁、と嘯いた女が食むのはミルクチョコレート。
 そのまま杯を傾ければ――何と表せばいいのだろう。
 圧倒するよう溢れくる、心眩まさんばかりの香と味が幾重もの波となって押し寄せる、この感覚を。
 孤独の溶ける様に似てるとは言わない。王と偏屈者と自分の感じたものはきっと違う。
 けれど物語があれば重ねてしまうのは。
「人の心の不思議だね、それともあたしだけかしらん」
「生きることそのものが物語たる、人の宿命だろ?」
 おもむきぶかいねと意味深に口の端擡げ、女は鮮やかに咲き溢れる花の言葉を選びとった。
 十八年物のウイスキーは知らないけれど、十八年の孤独は識っている。
 だからこそ――ひとりじゃないと理解した時の、胸震わせる歓喜も。
 孤高の滴を含み、ここにいない誰かの言の葉思い起こせば、硝子の彼方の樹氷に映える薄群青のひかりが、とろり幸せに融けだした。
 けれど、酔っちゃったかも、と呟いた勿忘草・ヴリーズィ(c10269)がミルクチョコレートを齧ればその途端、桜色燈る頬を涙が伝う。
 思い知る。
 ――わたしは誰かの特別な、春になりたいんだ。
「……ねえ、ルセは孤高で孤独?」
「孤高はさておき、孤独はどうなんだろうな」
 マスターと死別したガーディアンという立ち位置のみを見るなら孤独だろう。
 だが唯のナルセイン個人としてなら、判らない。
「もしも俺が孤独なら……」
 孤独でなくなった時に、今まで孤独だったと気づくのだろうさ。
 暖かな光の波めく微酔に揺蕩って、娘は男の言葉を遠くに聴いた。

●永遠の夜
 孤高はあえて選ぶもので、孤独は選択の余地がないもの。
 主観で判じてみれば己が経験したのは後者のみで、昏錆の・エアハルト(c01911)は吐息で笑って孤高の王の杯を傾ける。ひとりで呑むのもウイスキーを嗜むのもこの身に馴染んだもの。
 けれど、冬夜の夢に迷い込まぬのは。
 そして、選択の余地がなかった孤独を思えど、苦い笑みにならぬのは――きっと。
 笑み深まる口許にチョコレートを運び、オルトクラートをも含めば、春一番のように強く閃いた苦みに鮮明な香りと南国のフルーツめいた酸味が踊って、樹氷の森へ一斉に春の花咲き溢れるようにして孤高の王の世界が変えられていく。
 知らず鳴る、喉。
 ウイスキーほど、身体の奥に燈って広がる馨と熱を味わう酒も珍しい。
 腹の底、身体の芯で揺らめく生命の炎を感じれば。
 世界を花と光で変えてくれた、己だけのチョコレート色の姫に逢いたくなった。
 刻迷宮の戦利品の成果を聴かせた際の、暁色の娘の笑顔が手土産代わり。
 永の眠りを越えて生まれたウイスキー、飲み方はストレート一択という永遠の夜の護り人の信条に諸手をあげて賛成しつつ、黒鳳・ヴァレリー(c04916)は蜜契・エミリア(c12784)と杯を鳴らした。
 一口含めば霧の森奥に孤高の王の姿を見た心地。一瞬の涼やかさの奥に燈って押し寄せた強い酒精の熱に心が追いつかず、女の眦に熱が滲む。
 仄蒼い静寂に王が独り座し続けたのは、絶望ゆえか、それとも――。
「十八年もの孤独は、私には少し苦いみたい」
「……うん、ムリないペースで楽しんでこそ良い酒やからな」
 呟きとともに眦から零れかけた滴に気づけば、男は何気ない風にミルクチョコレートを差し出した。
 甘やかなかけらを願うような心地で食んだエミリアが、再び杯を傾ければ――ミルクのまろやかな余韻が秘めていた苦みも酸味も、孤高の王を受けとめ春花の蕾のようにふっくらと綻んで、数多の花香る春を咲き溢れさせた。
 氷融けるように緩む彼女の頬を見れば、ヴァレリーの眦も自ずと緩む。
 きっとそれは、凛と凍れる樹氷の森にも秘められているもの。
「これだけの景色、一人で眺めるより一緒に眺めてくれる人がおる方がより素晴らしい……て」
 受け入れるのに十八年が必要やったんかもな。
 硝子越しの樹氷の森に杯を掲げたヴァレリーの、如何にも彼らしいロマンチックな答え。
「気に入ったのでその説を採用するわ」
 ほんのり心地好く燈った熱でエミリアの眦の滴はいつのまにか昇華されていて、澄まし顔でグラスを掲げればルビー色抱く琥珀が揺れ、良く似た彼の眸が笑う。
 ほんまはミルクとビターの一方やなくて、どちらもが一人の女性の一面を伝えとるんやないかな、と紡がれた言葉に、陶然たる吐息と笑みが零れた。
 どんな顔も愛しい唯ひとりを――彼はずっと、待っていたのね。
 孤独は不幸ばかりではない。
 その魅力は自由にあり、薫香めいて纏う寂寞は美しい。
 傾ければ仄かにルビー色閃く孤高にして孤独な酒を味わいつつ、灰皓の衛・エルンスト(c07227)は銀の瞳を淡く伏せる歌姫を心に留める。
 孤高の十八年で醸しだされた、贅沢な深み。
 薫るだけで酩酊させてくれそうな酒を心と身体にゆるり染ませ、小夜啼嬢・チェルシー(c31137)は深い琥珀色透ける華やかなルビー色に紅唇を綻ばせた。孤高と冠されるくせに何処か暖かな色。
 貴兄の纏う彩と良く似ている気がする、と向かいの騎士に言の葉向ければ、彼の手許で艶めく夜がぱきり、と小気味良い音を立てた。
「新たにマスターを、と考えたこと――ないのか?」
 夜のかけらを口に放れば踊る、鮮麗な苦味。
 孤高の裾野へ踏み込むつもりはないが、貫くと決めるにはあまりに彼女は若い。
「色恋と同じだ。努めて探すものでも」
 瞬き二つ分の沈黙を挟み、吐息めく言の葉落として歌姫は、唯一の恋人でもあった亡き主へ想いを馳せた。暖かな黄昏の波のように肌で感じる、眼前の彼への親近感に心をゆだねたなら、唇からは問いが滑り出る。
「君は何故、主殿を得たの?」
「……寂しかったよ、俺は」
 様々な言の葉が泡沫のように浮かんだけれど、それ以上は継げずに、逃げるよう琥珀を呷れば、彼の口中で、胸奥で、新たな世界が爆ぜるよう。
 向かいの銀の瞳が新たな扉を開かれたように瞬いた。
 嗚呼、孤高は始まりの準備期間だね。
「――大切な人、また出来るかな」
 今度はあたたかな笑みを乗せた吐息でチェルシーが紡ぐ。
 そう、孤高は途上で、終着点ではない。
「何か、捨てるわけじゃない」
 新たに出逢うだけ、と柔く微笑したエルンストが差し出す王の妃が、歌姫の手に渡る。

 孤高の終焉に、王と妃の逢瀬に――乾杯。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:16人
作成日:2014/03/25
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冒険結果:成功!
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