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花砂糖の雅び

<オープニング>

●花砂糖の雅び
 軽やかな風とともにふわり世界へ広がり始めた春の気配を歓ぶように、明るい薄藍に透きとおった水面は優しい陽射しの雫をきらきら、きらきらと踊らせる。けれど春の萌しとともに一斉に溢れだした光の雫は水路の水面だけでは足らず、水路の両脇で数多の花を咲かせる椿の艶やかな葉の上でも楽しげに跳ねて弾んできらきらと踊っていた。
「綺麗ね……!」
「でしょう? この時季は椿の花は勿論、陽光にきらきら煌く椿の葉も香露苑の見所なんですよ!」
 明るい桃色の花が零れるように咲き溢れる椿の花盛りを迎えた庭園――香露苑に、網目のごとく張りめぐらされた水路。春を迎えて眩く澄んだ光がきらきら踊る水路を往くゴンドラの舟上で女性客が歓声をあげれば、櫂を操る観光ゴンドラ乗りの青年が誇らしげに破顔した。
「花も水も葉っぱも綺麗で、そして目を閉じても楽しめるなんて……来てよかった!」
「香り椿は珍しいですよね。中でもこの『香露姫』は、香露苑だけに咲くとっておきですし」
「そうなの? じゃあ思いきり香りを楽しんでおかなきゃ!」
 その鮮やかさと華やかさ、そして美しさゆえに香る必要がない――。そんな風にも語られる椿だが、品種改良によって香りを持った種もいくつかある。庭園の水路沿いに数多咲き誇る明るい桃色の椿、『香露姫』もそのひとつ。
 瞳を閉じた女性客が水辺の風を胸いっぱいに吸い込めば、可憐な花の姿に相応しい甘く華やかな香気が満ち、そこに少女めいた花の風情を思わす、果実のように甘酸っぱい香りが飛び込んでくる。
 梅花のようで薔薇のようで、そして苺みたいなその香りは――。
「美味しそう……!」
「あはは、皆さんそう仰いますねー。そうだ、良ければこの先の香露庵に寄っていきませんか?」
「香露庵って、庭園の奥にあるっていう東方風の庵よね? 貸切だって聴いたけど……」
「ええ、貸切なんですけど、貸し切ってるのは個人の御客様じゃなくて、花砂糖屋さんなんですよ」
 櫂を繰り宙に煌く水飛沫を踊らせながら、観光ゴンドラ乗りの青年は悪戯っぽく笑ってみせた。
 花砂糖とは香りのよい花をたっぷり使ったフレーバーシュガーのこと。
 その花砂糖を扱う花砂糖屋が、何故この庭園の庵を貸し切っているかというと、
「実は花砂糖屋さんが『香露姫』を使った花砂糖を新しく売りだすことになって、香露庵はその新しい花砂糖を楽しむための期間限定カフェになってるんです!」
「花砂糖屋の新商品ですってー!?」
「おっと、その様子だとお客さんも中々の花砂糖フリークですね? なら決まりだ!」
 満面の笑顔になった観光ゴンドラ乗りの青年が、朗らかな歌でゴンドラを導いていく。網目のごとく張りめぐらされた水路を迷いなく進み、香露庵の傍を通る水路へ舟が入れば――突如ゆらりと大きく揺らいだ水の中から、水の獣が襲いかかってきた。

●さきぶれ
「あのね花砂糖屋の新商品はね、香り椿『香露姫』をたっぷり使った椿砂糖なんだって……!」
 なんてことなの絶対見逃せない……! と水神祭都アクエリオの旅人の酒場でがっつり花砂糖愛を炸裂させたところで、夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037)は本題に入った。
 香り椿の花盛りを迎えた庭園、香露苑でゴンドラに襲いかかったのはイマージュのマスカレイドだ。
「もう話聞いてるってひともいるんじゃないかな。水神祭都の運河や水路にイマージュマスカレイドが現れるようになった――ってね、アクエリオ様が言ってたの」
 大星霊たる水神アクエリオ様は、都市内部でなく水神祭都の外の海に何か異変があったのではと感じているという。
「んでもまずは眼の前のことから!」
 どうかお願い力を貸して、と暁色の娘は同胞達に願う。
「アンジュと一緒に――香露苑のイマージュマスカレイドを倒しに行こう?」

 水神祭都であちこちの水路に現れ始めたイマージュマスカレイドは、透きとおる水を凝らせたような無色透明のスライムめいた存在であるという。
「香露苑に現れるイマージュマスカレイドはね、水で作ったおっきな狐の姿をしてるの。相手の血肉を喰らう噛みつきや、尻尾を鞭みたいに使ってかなり強力な攻撃をしてくるんだけど……攻撃の威力の割には耐久力が低めなのが幸いかな」
 戦力や作戦次第では短時間での撃破も可能だろう。
 だが、たとえ短時間でもそれなりに激しい戦いになるはずだ。
「イマージュマスカレイドは水路に現れるんだけどね、香露苑の水路って、ゴンドラに乗ってる間にも間近で花や香りを楽しめるように――ってことで、幅が狭めにつくられてるのね」
 一般的サイズのゴンドラがすれ違うのがやっとだというから、水路で戦えば間違いなく水路沿いの椿に被害が及ぶ。折角の花盛り、それは避けたいところだ。
 水神アクエリオ様によると、これらのイマージュマスカレイドは、一度でも攻撃されるとその敵を死ぬまで追い続けるという習性があるらしい。
 ならば、それを利用して戦いやすい場所まで誘き寄せてやればいい。
「今期間限定の花砂糖カフェになってる庵の、水路を挟んで向かい側がね、ガーデンパーティー用の広々と開けた場所になってるの。そこにイマージュマスカレイドを誘き寄せて戦おうよ」
 敵は水路のゴンドラも襲うが、水路の岸に人の気配があればそちらも襲う。
 件のイマージュマスカレイドが現れるのとは別の水路からガーデンパーティー用の場所へと入り、地上から敵が潜む水路へ近づいて、水の狐の姿のイマージュが襲いかかってきたところで――。
「がつんと一発かませばついてくるよ! くるよ!」
 パーティーの予定のないその場所は、ただの広々とした何もない無人の空間だ。
 敵を誘いこめばあとは遠慮なく全力全開で戦って、棘ごと滅ぼしてしまうだけ。
「んでね、無事にイマージュマスカレイドを倒せたら、椿砂糖を楽しみにいこうよ!」

 戦場となるパーティー用スペースの対岸に、期間限定の花砂糖カフェとなっている庵がある。
 香り椿『香露姫』の木々に囲まれた静かな空間に、ひっそりと佇む東方風の庵。
 その周りに緋毛氈を敷いた縁台の茶席が並ぶ様は、
「花砂糖カフェっていうか、花砂糖のお茶屋さんって感じだよねきっと」
 何だかどきどきする、と秘密めかして続けたアンジュが嬉しげな笑みを燈した。
 花砂糖の茶屋で饗される椿砂糖は、明るい桃色の花弁を杯のように咲かせた香り椿『香露姫』の姿を模したもの。さらさらとした優しい甘みの砂糖に粉末状にした花をたっぷり混ぜ込んで、花の色も形も香りもそのままの砂糖菓子に仕上げたもの――それが椿砂糖だ。
「ちょっと落雁っぽいのかな。それをね、緋毛氈を敷いた縁台の茶席で、爽やかで力強い渋みのある煎茶を飲みながら食べるんだって。周りには勿論、花盛りの香露姫がいっぱい咲いてるって話」
 すごく、すごく楽しみ、と幸せそうに続け、暁色の娘はいっそう瞳を和らげた。
「あのね、椿砂糖を心ゆくまで楽しめたなら、また逢おうね」
 幸せな思い出話に花を咲かせれば、胸の中にだって何度でも、幸せな幸せな香りが咲くから。


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参加者
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
万華響・ラヴィスローズ(c02647)
浮葉・ファルス(c09817)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
橙黄音色・リチェリー(c10887)
ダンシングブレード・エリーシャ(c15180)
空望む栗鼠・チナ(c23562)

NPC:夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●花砂糖の雅び
 水神祭都の春渡る風はまさに光風、眩く澄んだ陽射しを抱いた風が流れるたびに、桃色の花咲き溢れさせた椿の艶やかな葉の上に光の雫がきらきら跳ねる。甘く華やかな花の香りをふんわり風に乗せる香り椿、香露姫の木立が途切れるところが水路への出入り口。
 明るい薄藍に透きとおった水面へ近づけば揺らいだ水の中に白い仮面が覗く。
 不意に大きく波打った水面から眩い光を透かす水の狐が躍りあがったその瞬間、蜜色扇咲かせた勿忘草・ヴリーズィ(c10269)も鮮やかな光風となった。
「おいでよイマージュ、あなたの相手はこっちだよ!」
 水の狐の出鼻を文字通り挫いた神風の一撃が派手に咲かせるのは水の花、颶風纏った娘が身を翻せば迷わず襲いかかった水の狐がその背を大きく噛み裂き、溢れだす鮮血にも構わず駆けだした娘を追って跳躍する。
 瑞々しい芝生が広がるパーティー用スペースへ飛び込んだヴリーズィに落ちる透明な水の影。
 けれど、
「二撃目は――させない!!」
 空中で宙返りを打った水狐の尾が叩きつけられんとしたところへ、橙黄音色・リチェリー(c10887)が明るい白と柑橘色の風となって翔けた。高速の旋風成す棍に幻の水飛沫を散らされながら、九つに分かたれた水の尾が強烈な威力をもってリチェリーを打ち据えるが、時間差で横薙ぎせんとした尾を漆黒の夜風が断つ。
 春の空を背に黒一閃、上段の構えから振り落とされた漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)の黒き刃が透明な水の尾一本を無数の水滴へと変えた。獣の脚は砕き損ねたが、
「エリーシャ殿!」
「はーい、やってみますねー!」
 踊るような足取りで回り込んだダンシングブレード・エリーシャ(c15180)のデモンの分身が、大きな水の狐を羽交い締めにして動きを鈍らせる。最初の一撃となった牙の威力は凄まじく、誘い込まれた狐を迎撃する前衛陣と入れ替わりに後衛へ飛び込んだヴリーズィは最早半身を血に染めていたが、
「リズ殿!」
「大丈夫、戦えるよ!!」
「ここはワシに任せて、ラヴィスローズ殿は攻撃を!」
 万華響・ラヴィスローズ(c02647)の声に明るく応えた彼女の気丈さを、浮葉・ファルス(c09817)が即座に戦歌で後押しした。暖かな福音となって降るファルスの凱歌に己が胸までも満たされる心地になりながら、ラヴィスローズが招く星霊は炎の黒猫。
 黒猫の火炎弾が直撃すると同時、まるで透きとおった水面に夏の黄昏の陽射しが射すようにして、澄んだ水から生まれた狐が一気に燃え上がった。
「わぁ、綺麗ですね……!」
 幻の水に焔燈した獣の姿は美しい。
 だが、思わず感嘆洩らしながらも空望む栗鼠・チナ(c23562)は水の奥に抱かれた仮面を見据え、波音めいた咆哮とともに仲間めがけて牙を剥かんとする狐の懐へ飛び込んだ。水と焔の輝き映して橄欖石のごとく煌く柊の刃を一閃すれば、喉元を斬りあげられた狐がチナの肩へ喰らいつく。
「やっぱりまともに当たると大きいですねー! 皆さんに勇気と活力を……!!」
 肩ごと腕を喰いちぎらんとする猛撃を堪えるチナへ翔けたのは、迷わず琴剣の弦に指先を躍らせたエリーシャの歌。翼広げるようにチナとリチェリーを包む癒しの旋律の中、初撃でヴリーズィが纏った颶風に乗った妖精が振りまく魔法の粉が、強力な睡魔で獣の牙を緩ませた。
「アンジュ! ラヴィ!!」
「ここにいるよ! ラヴィスローズちゃんどーんとお願い!!」
「妾とカノープスにお任せなのじゃ!!」
 夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037)が風招く扇も蜜の色、翔けた烈風で鼻面打たれた狐が反射的に飛び退ったところへ、星の名戴く星霊が追い風に勇ましく尾を揺らし、ラヴィスローズの指し示すまま壮絶な焔の洗礼を叩き込む。
 途端に轟いた海鳴り思わす咆哮は、水の幻獣に怒りが燈った証。
 ひときわ猛った獣にも怯まずリューウェンが馳せた。花砂糖の幸せを護るためと思えば普段以上に気合満ちるのは万華響の少女も彼も同じ、黒の剣閃が水平に奔った瞬間、続けて二度描きだされた十字の斬撃が水の狐の前肢を弾けさせる。
 苦悶に頭を振り乱した狐は、狙い定まらぬまま彼の脇腹を大きく喰い破った。
「一旦お願いする!」
「ファルスちゃん、リューウェン君を! あたし達は行こうチナちゃん!!」
「ばっちりお引き受けするのじゃよ!」
「はいっ! リチェリーさんの樹、お借りしますね!!」
 己が状態を瞬時に悟った剣士が後退する隙を創るべく地を蹴ったリチェリーの手には紫煙樹の苗、淡く紫暗の瞳を伏せて呼吸を整えたファルスが一気に勇壮な行軍歌を歌いあげると同時、水の獣に突き立ち急速成長した太枝と根で狐を抑え込んだ紫煙樹を足がかりにチナが跳ぶ。
 春の陽に硬質な柊の葉を閃かせ、水と焔揺らぐ幻獣の瞳に鮮やかな緑映した刹那。
 渾身の力でその瞳を貫き、勢いのまま斬り払えば、注がれた毒が水と焔に波紋を生む。
 瑞々しい芝生の上に落ちる水と焔の影が大きく震えた。
 夏の黄昏の水面めいて燃ゆる焔と幾重にも波紋を広げる柊の毒に苛まれる水の幻を、瞬く間に深く水に潜り侵食していく紫煙樹の根が勢いよく吸いあげていく。
 浄化を封じられた獣がそれらに抗うすべは――ない。
「壮観だね……!」
「いけてますねー、この調子でガンガン削っちゃいましょうー! 幾千の魔剣の舞曲、いきます!!」
 これだけ強力な状態異常が重なれば、必中攻撃を持つ精鋭が戦力に加わった心地。勢いに乗って空に舞うヴリーズィの妖精が振りまく光の粉が溶け込んでいく水の狐を、琴剣の音とともに風を切って翔けたエリーシャの霊魔剣が片っ端から斬り刻んで水滴へと変える。
 見る間に小さくなっていく水の幻獣。
 前肢を片方失いながらも力強く地を蹴った獣がリチェリーへ牙を剥くが、敵の僅かな痺れを見逃さぬ彼女の棍が真っ向からその一撃を受けとめれば、
「お返しするよ!!」
 花火のごとく散った水飛沫が鮮烈な反撃のつぶてとなって狐自身へと襲いかかった。
 加速し波濤となっていく戦いの流れに乗るように、春空に白い流線踊らせたのはラヴィスローズの星霊ジェナス、
「ミラの噛みつきも負けないのじゃよ! ――ファルス殿!!」
「今じゃよ、リューウェン殿!!」
「ありがたく!!」
 水の狐を噛み砕かんとした白鮫の牙が仮面を穿つと同時、青々とした芝生の上を翔けていく津波に乗せてファルスが誘惑の音色を歌いあげる。しばらく戦いから離れて眠っていた心も目覚めるよう、胸奥から膨らむ高揚のまま溢れさせた歌声が獣の意識を幾重にも震わせ警戒心を眠らせた。
 歌声に共鳴するよう、水の中の仮面に大きな罅が奔れば、リューウェンの風が翔けぬける。
 夜色の疾風思わす斬撃が水と焔を裂いて奥の仮面を断ち割れば、水の幻獣は一気に弾け飛び、眩くきらめく幻の雨となって春の庭園に降りそそいだ。

●椿砂糖の雅び
 晴れやかな心地で思う様両腕を広げて春の風胸いっぱいに吸い込めば、陽の匂い含んだ透明な水の香りとともに、甘く華やかな花の香と春の果実めいた甘酸っぱい香りがリチェリーの胸の中から心の芯まで押し寄せてくるかのよう。
「……幸せだー……!」
 優しい陽射しに水面や椿の葉に踊る光の雫、至るところに咲き溢れる明るい桃色の香り椿は、中に幸せな香りと一緒に陽だまりみたいな山吹色の花糸を抱いて、花を愛でるひとびとの胸に光も燈す。
 通りかかったゴンドラを踏み石代わりにさせてもらって、光踊る水路を軽やかに渡ったなら、チナの眼前に香り椿に囲まれて静かな佇まいを見せる東方風の庵が現れた。
 なだらかに広がる茅葺屋根を持つ庵の周りに並ぶのは、緋毛氈を敷いた縁台の茶席達。
「わ、わ……! 綺麗で上品で、素敵な場所!!」
「ほんと、風雅じゃのう……」
「こんなに花がいっぱい咲いてるのに、落ち着いた雰囲気になるのが不思議ですよねー」
 瞳を輝かせたチナが声を弾ませる様にファルスが物柔らかな瞳をひときわ和らげる。はらり茶席に落ちた明るい桃色の香露姫一輪が鮮やかな緋毛氈に映える様も、華やかなのにどこかしっとりとした風情で、エリーシャの口からも感嘆が零れた。
 今回も期待は大なのじゃよ、間違いなく飛びっきりだよ、なんて微風みたいに囁き交わすファルスと暁色の娘のいかにも女の子らしい笑みが耳へと届けば、そういえば今日は女性ばかりなのだな、とリューウェンは思い出す。
 けれど暁色と目が合えば『リューウェンさんは乙女力高いからばっちりだよ!』と言わんばかりに輝く笑みを向けられて、思わず彼は目を逸らした。
 仲良しさんじゃね、と無難に納得したラヴィスローズが庵に瞳を向ければ見知った姿。
 砂糖結晶思わす白銀の髪に、意志の強そうな若葉色の瞳を持ったその女性こそ、
「ブランシュ殿! お久しぶりなのじゃ……!!」
「まぁ! 来てくれると嬉しいって思ってたところよ、いらっしゃい!」
 花砂糖屋の主は胸に飛び込んできた少女を満面の笑みで抱きとめた。
 艶やかな黒漆の盆に乗せられて、春緑の水面から爽やかな香りを昇らす煎茶と、可憐に咲き誇る香露姫の色も姿も香りも何もかもそっくり写し取った砂糖菓子、椿砂糖が運ばれてくる。
「リズの大好きなアンジュ、よければ一緒に椿砂糖を頂こう?」
 わたしの花砂糖の幸せや歓びは、アンジュと一緒にあるんだよ。
 春陽みたいに胸に優しく沁みる幸せ乗せてヴリーズィが囁いたなら、花砂糖と一緒に傍にいるよと嬉しげに囁き返した暁色がぎゅっと片腕に抱きついて、ヴリーズィの頬に己の頬を寄せた。
 鼻持ちならない誰かさんは蹴散らしてアンジュがリズちゃんのヒーローになるんだから! と何やら奮起する様子に小さく吹きだし、茶席に並んで腰掛ければ椿砂糖と御対面。
 椿砂糖には初めまして。
 そして花砂糖には、また逢えましたね。
 新しい出逢いにチナの胸は弾むのに、同時にきゅうっと胸に迫る懐かしさがとても不思議。
 きっとまたひとつ愛おしい思い出重ねてくれる椿砂糖は、明るい桃色の花弁の中に山吹色の花糸を抱いて花も香りも咲かせ、手に取れば春の陽浴びて細かな砂糖結晶の煌きもほんのり踊らせる。
「食べちゃうのがもったいない……! いやでも実は早く食べてみたくてうずうずしてるんですけど」
「わかる! 景色と一緒に眺めてるだけでも眼福だけど、味わったら絶対至福だよね……!」
 顔を見合わせたチナとリチェリーにも春の花めく笑みが咲く。
 春の歓び満たした盃のように咲く、香り椿の花砂糖。
 深く香りを吸い込めば、梅花や薔薇のごとき華やかな香りが胸を満たし、続けて朝摘み苺をぎゅっと搾ったような甘酸っぱく瑞々しい香りが胸の奥から弾けて鮮やかに咲いた。
 香気の春爛漫に自然と綻ぶ唇へ、そっと両手で盃を抱くように運んだ椿砂糖をさくりと齧ったなら、優しい甘さがヴリーズィの口中でほろりとほどけてふうわり咲き誇る。
「優しいね、幸せだね」
「ねー! 何かねもうね、切ないくらい優しい感じ!」
 勿忘草と暁色の娘が笑みを交わせば、
「嗚呼、なんて優しい味……」
「椿の香りもふわりとした甘みと優しい口当たりも、どれも素敵だな」
「ふふ、皆さん優しさでいっぱいですね!」
 隣の茶席でラヴィスローズとリューウェンもそう微笑みあっていたから、頬も眦も緩めたチナも笑みを零せば皆の間にも楽しい笑みが咲く。美味しいものもその歓びも皆で分かち合える、この幸せ。
 爽やかな煎茶の香りも楽しみ力強い渋みのそれを味わったなら、砂糖の甘さがすっきり洗い流され花の香りがひときわ際立つよう。
 瞬きしたエリーシャがほうと吐息を洩らした。
「お茶は渋いですけど、椿砂糖の甘さとの対比がいいですねー……!」
「実は渋いのや苦いのはちょっぴり苦手だったのじゃけど、昔よりも少し平気になったのじゃよ」
 だから何年かすればエリーシャ殿ももっと美味しく感じると思うのじゃよ、とファルスがひっそり囁き、ふふ、と笑う。煎茶の茶碗からも花の盃めく椿砂糖からも、幸せが尽きず溢れだしてくる。
 花砂糖屋の主に逢うのは久方振りとなれば、リューウェンもラヴィスローズも話は尽きない。
 冒険商人から花砂糖を買ったこと、ツリーハウスの隠れ家でお茶会を楽しんでいること。そして、
「実はそこに花砂糖コーナーを作ろうと思っているのだが……」
「そうなのじゃよ、妾の花砂糖コレクションに是非この椿をお迎えしたいの……!」
 椿砂糖を買って帰りたいと熱望する二人に、もちろんよ、とブランシュが頷けば、
「コレクションですかー。他の花砂糖のお話とかお聴きしてみたいですねー」
「ワシも是非色々お聴きしたいのじゃよ……!」
 ぱっと顔を輝かせたエリーシャと居住まいを正したファルスが興味を示す。
 桜砂糖に菫砂糖、薔薇砂糖にカモミールシュガー、ラベンダーシュガーに、シルクツリーと呼ばれる合歓の木の花のシルキーシュガー。語られる言の葉そのものが煌くような花砂糖の話の終わりに、他のお客様にはまだ秘密よ、とブランシュが皆を手招いた。
「実はここ数年、ずっと梔子やジャスミンの花砂糖を試行錯誤してるんだけど、どんなタイプにするかいまいち決まらないのよね……」
 もし素敵なアイデアが思い浮かんだら是非聴かせて、と皆が額を寄せあう中で茶目っけたっぷりに花砂糖屋の主が笑う。
 柔らかな皆の笑声聴きながら、空追い・ヴフマル(c00536)は傍らの金の瞳を覗いた。
「――ね、甘酸いの、お好きでしょう?」
「この香りは嫌いじゃない。花のまんまでも食べたいくらい」
 煎茶で潤し苦さを残した口で、ハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)は甘酸っぱく香る椿砂糖の花片ひとひらをさくりと齧る。まるで本当に花を食むかのような彼女の姿に小さな笑みを零して、彼も花砂糖の甘さ咲くうちに煎茶を口に運んだ。
 満ちるのは、爽やかな風めく清しさ。
 二つ向こうの茶席の彼らの様子に眦緩め、ヴリーズィは改めて花砂糖屋の主に向き直った。
「あなたの花砂糖は、わたしにたくさんの幸せをくれたの」
 素敵な花砂糖を作ってくれて、アンジュとの絆を深めるきっかけをくれて。
 ――ありがとう。

「良ければこの後、香露姫を眺めながら歩くのは如何だろう?」
「もちろん、歓んで!」
 微笑みとともに手を差し伸べてくれるリューウェンは、永遠の森で春渡りの椿咲かせる椿姫の庭で過ごしたあの日のように、椿の苑に良く映える着物姿。
 花砂糖と同じくらい、貴方のことが、大好き。
 迷わず腕に飛び込めば、幸せ溢れるとともにラヴィスローズの胸の奥がきゅうっと締めつけられた。此方を微笑ましげに見ていたファルスと瞳が合えば、互いに同じ乙女を想っていると識れる。
 遠い森の、明るく透きとおる水の底に眠る、花砂糖を愛する乙女。
 春の歓び満たす香露姫に顔を寄せ、心に満ちた香りに乗せて、そっと祈りを贈る。

 ……妾の好きな花砂糖、またひとつ増えたよ。



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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/03/30
  • 得票数:
  • 怖すぎ2 
  • ハートフル11 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
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