ステータス画面

岩窟宮殿の狂宴

<オープニング>

●岩窟宮殿の狂宴
 砂漠の夜空が星という名の銀の砂振りまかれた漆黒のベルベットなら、大地は黄金の更紗波打つ褥といったところか。命あるものには苛烈で過酷なくせして、その鮮烈さで意思あるものを惹きつけてやまないのが砂漠という場所なのだろう。
 過酷な環境ながらも時折ひとの営みが見られるのもなればこそ。
 砂月楼閣シャルムーンの中に広がる金の砂丘連なる砂漠のとある地にも、月や星でもなく燈火の明かりに煌々と照らしだされるひとの営みの証があった。
 それは断崖の岩窟に人の手を加えた岩窟住居。
 天然の岩窟を掘り広げ、窓や階段を彫り込んで、毛織物を中心とした調度で居心地良く調えられたそこは作りこそ簡素であったが、夜にあかりを燈せば白茶けた岩肌が甘やかなオレンジや蜂蜜色に照り映えて、内側から光り輝くように絢爛と夜の砂漠に浮かびあがる。
 夜闇にも皓々と輝く姿の美しさから、その岩窟住居は『岩窟宮殿』と呼ばれていた。
 岩窟宮殿の本来の主はここを夏の拠点とするキャラバンだ。
 けれど主が留守の時期であるにも関わらず、岩窟宮殿は砂漠の夜に煌々たる姿で浮かびあがる。
 主の不在を良いことに岩窟宮殿を占拠している何者かは、燈火で蜂蜜色に照らされた岩窟内部の空間を色鮮やかな毛織物で彩った部屋の寝台で悩ましげに身もだえした。
「うにゃあん……」
 美女に猫をかけあわせたような姿のピュアリィ――フェルプールだ。
「オトコ達は使い潰して干からびちゃったし、食べ物もなくなっちゃったにゃ……」
 このままじゃ私達も干からびてしまうにゃあ、と猫娘はごろりと寝返りを打つ。
 勇者シャルムーンから定期的に下賜されていた食料や男が届かなくなったのだ。
 都市外から連れてこられて以来、降るように与えられる食料と男を貪る怠惰な暮らしを続けてきた彼女達だったが、こうなっては流石に身体の奥底で狩猟本能が目を覚ます。
 食料も男も、人間を襲って狩ってくればいい。
 ――それこそが、彼女達の本来の姿だった。

●さきがけ
「急な案件だ。もし今から出られるなら力を貸してもらえるとありがたいね」
 砂月楼閣シャルムーンの夜、旅人の酒場に姿を現した砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は居合わせた同胞達の人数分の珈琲を自腹で頼んだ。念のための眠気覚ましということか。
 彼が皆に語ったのは、砂漠の断崖に作られた岩窟住居、岩窟宮殿を住処としていたフェルプールの群れが、砂漠の交易路を行くキャラバンを日中に襲撃するエンディング。
「だが厄介なことに、このキャラバンを避難させたりルートを変えさせたりすると――終焉で視たのと全く別のキャラバンや人里のほうにフェルプール達が向かっちまう可能性が高い」
 そうなると彼女達を捕捉すること自体が不可能になってしまう。
「じゃあ俺達でキャラバンを護衛すればいいかっていうと、そうも行かなくてな」
 猫のピュアリィだけあって、フェルプール達の身軽さや敏捷さはかなりのもの。
 護衛対象の被害を皆無に抑えるのは難しく、また、広々とした砂漠での戦いとなれば、取り逃がす可能性も高い。そうなればやはり別のキャラバンなり人里なりが襲われるはずだ。
 ならば、このフェルプール達が砂月楼閣のひとびとを襲うという終焉を覆すためには――。
「簡単に逃走できないような場所でヤツらを追い詰めて、徹底的に叩きのめすしかないと思うね」
 先手必勝、と口の端を擡げてナルセインは続けた。
「フェルプール達がねぐらにいる夜の間に、俺達で岩窟宮殿を急襲しようぜ」

 向かう先は夜の砂漠、けれど煌々とあかりを燈された岩窟宮殿は内側から光り輝くように夜闇へと浮かびあがり、迷うことなく辿りつくことができる。宮殿の出入り口は断崖の麓の東西二箇所。
「出入り口っつっても岩穴に垂れ幕があるだけのもんだからな。ゲートエンブレムで封鎖するってのも無理な以上、二手に分かれて東西の出入り口それぞれから突入するのがベストだと思うね」
 岩窟宮殿をねぐらとするフェルプール達は全部で十体。
 ひとところに固まっているのではなく、それぞれが好きな場所で好きなように過ごしているだろうと男は語る。内部はそう複雑ではなく、ほぼ一本道。通路と部屋の区別も曖昧で、岩窟の途中に広い空間があれば取りあえずそれを部屋として使っている、といった感じらしい。
「狭いところでも二人が並んで戦える程度の幅はあるみたいだな。フェルプール達はそれぞれ好きな部屋にいるが、急襲に気づけば狭いところで迎撃しようと考えるヤツも出るだろう。――けど」
 どいつもこいつも、自分が不利だと思えば奥へ逃げるはずだ、と男は笑みを覗かせた。

 奥へ追い詰められれば階段を登って二階へ。
 二階でも追い詰められれば三階へ。
 三階で麓の二箇所の出入り口からの岩窟は合流し、大きな広間に出る。
 そこにフェルプール達を追いこんだ上で、一気に叩こうというわけだ。

「そこまでの間に倒せりゃそれでもいいと思うんだが、時間をかけてると奥や上の階にいるヤツらが窓から逃げることを思いつく可能性がある。けどあんまり頭が良いピュアリィじゃないからな、こっちが勢いよく追い上げていきゃ深く考えずにそのまま上に逃げていくはずだ」
 念のため、宮殿の外部から窓を狙い撃てるよう待機してくれる者がいれば万全だが、そちらに手を割いて内部の手が緩んでも意味がない。速攻で追い上げて纏めて叩くのが確実だろう。
「移動しながらの攻撃が必要になることも多いだろうし、内部はほぼ一本道とはいえ、行きつ戻りつでジグザグにうねってる。遠距離攻撃の射線はすぐ塞がれちまうだろうから――」
 各々一手は近接攻撃が欲しいところだな、と思案気に続け、男は改めて同胞達を見回した。
「で、そうやって徹底的に叩きのめした後にどうするかなんだが……」
 勇者シャルムーンの手勢として集められた彼女らだが、マスカレイドではない。
 元は都市の外から連れてこられたピュアリィ達だ。
 こんな恐ろしい目に遭うなら都市を出て行こうと思わせるのも一つの手だろう。
 あるいは、とどめを刺して完全に後顧の憂いを断つか。
「砂月楼閣の人々にとっちゃ『自分達を騙した勇者シャルムーンの手下』だからな。与えられた男達は死なせちまってるわけだし、人々の気持ちを慮るなら後者を採ったほうがいいだろうが――」
 どうするかはあんた達に任せる、と告げて、ナルセインは微かに瞳を細めた。
「さあ御照覧、夜の砂漠に煌々と輝く岩窟宮殿はフェルプール達にはもったいない場所だ」
 いずれの方法で片をつけるにしろ――しっかり取り戻させてもらおうぜ、と男は話を締めくくった。


マスターからのコメントを見る
参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
燻る焔・ハルク(c01816)
青空に響く歌声・カイジュ(c03908)
灰皓の衛・エルンスト(c07227)
霧氷の蒼剣士・ポウ(c07468)
幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)
匂紫・シンティア(c33870)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●岩窟宮殿の騒宴
 銀砂を思わす星々を湛えた夜空の帳は漆黒のベルベットめいて、波打つような起伏連ねた砂漠はさながら黄金の更紗を乱した褥。夜風とともに砂海を渡って見出したのは、闇に絢爛と浮かびあがる岩の宮殿。
 燈火の甘やかなオレンジや蜂蜜色に内側から光り輝くような断崖の宮殿は間近で見れば遠目の時以上に圧巻で、仰ぎ見る偉容と焔に照り映える岩肌の陰影の美しさに燻る焔・ハルク(c01816)は息を呑んだ。
 心震わす畏敬にも似た何かは――世界に生かしてもらっているのだという実感だ。
「素敵な処だけど、まずは仕事をばっちり決めような」
「ああ、勿論」
 奏燿花・ルィン(c01263)の声と軽く肩で弾んだ手にハルクが返したのは、短い同意と微かな笑み。岩窟宮殿に心躍るのは皆同じみたいだなと磊落に笑い、羽織った着物を華やかに翻したルィンは、行こうぜ、と宮殿西側の入り口を彩る垂れ幕も夜風に躍らせる。
 砂風に晒され色褪せてもなお鮮やかな毛織の垂れ幕を潜れば、眩い蜂蜜色の光に瞳を射られた。西の仲間達同様に東の入り口から宮殿へと足を踏み入れた青空に響く歌声・カイジュ(c03908)は、燈火が明るい白茶の岩肌を照らし空間の明るさそのものを増す様に感嘆しながらも、見惚れるのは後回しとばかりに岩窟を掘り広げた通路を突き進む。
 道を拓くため自ら捨て石となった勇者達、その想いに報いるためにも、世界の歪みを正しにいこう。
 通路の先、明るい夕陽色に緋の幾何学模様が織られた垂れ幕の奥からむにゃむにゃと寝言らしき声が聴こえれば、カイジュが掌に現すのは魔法のスティック。
「さあ起きて! わーっ!!」
「んにゃあぁぁあっ!?」
 扉代わりの毛織物を跳ねあげると同時の盛大な一声に、素っ頓狂な叫びをあげたフェルプールが寝台から転がり落ちた。相手は一体、ならここで倒しておこうかと幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)は猫娘の気を惹くべく声をかける。
「折角訪ねて来たんだから、少し遊んでくれても良いんじゃないかな」
「にゃ?」
 が、色事は多分セインが、と砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)を振り返った瞬間、
「俺が美味しくいただいてやるぜぇ〜!」
「うにゃあぁぁあん!!」
 宙に舞った霧氷の蒼剣士・ポウ(c07468)がフェルプールへ全力ダイブ。
 普段ならば嬌声あげて迎えるだろう猫娘も、夢見中に叩き起こされたせいか派手にダイブしてきたポウが爛々と瞳を輝かせる様に恐れをなしてか、奥へ続く通路へと逃げだした。
 彼とカイジュは途中で倒すより追い上げを優先する心積もりであるらしい。
「流石はポウ先生だ、小鳥さんのように純朴な俺にはとてもできない」
「誰が小鳥さんだよ!」
「おっとこれはあくまで演技だぜ。大したもんだろう? 俺の演技力」
 感じ入ったらしいナルセインと反射で突っ込むヒカタに白い歯キラッと輝く爽やかスマイルを見せた演技派ポウはその直後、うぇへへへ〜と面妖な笑声を響かせ猫娘の後を追う。あくまで演技です。
 ――東から阿鼻叫喚が聴こえる。気がする。
 向こうの皆も全力で頑張ってるんだな、と前向きに己を納得させ、西側の入り口から仲間と馳せた匂紫・シンティア(c33870)は燈火のあかりに燃え立つような緋髪を扇の風に踊らせて、旋風となってフェルプールを寝台から追いたてた。
 彼女の追い風にその威風を増す勢いでもう一体の猫娘に襲いかかり、獰猛な咆哮を轟かせたのは灰皓の衛・エルンスト(c07227)が呼び覚ました蒼き獅子、
「さて、お前達もたまには被食者になってみたらどうだ?」
「ほら、急がんとライオンに喰われるぞ」
「にゃ!?」
「い、いやにゃああぁん!!」
 冷たい笑みを覗かすシンティアと禍つ蛇戴く斧槍を振りかざして威圧するエルンスト、呼吸の合った二人の脅しにひっそり感心しつつ、ならば此方もとばかりにハルクは己が腕へと魔獣の力を宿す。
「――そら、此処にも猫を喰らう獣だ」
「うにゃああぁぁあっ!!」
 巨大な獣の牙のごとき威で揮われた爪撃乱舞に堪らず奥への通路に飛び込んだ猫娘達を追い、眩い蜂蜜と甘いオレンジ色溶けあう光満ちた岩窟を駆けぬける。
 蛇のようにうねる通路の要所要所には岩壁をくりぬいた灯り置き、煤を払う者がおらずとも蝋燭に火が燈されればその小さな岩穴は光の珠のごとく輝いて、至るところを彩る毛織物は砂塵と歳月で風格を増し、悪戯な猫の爪痕すら己が味わいとばかりに馴染ませてみせる。
 女妖に踏み荒らされてなお美しい宮殿は、不毛の地を生き抜くひとびとの誇りを表すよう。
 誰かの姿を重ねてシンティアが微笑した刹那、研ぎ澄ませた聴覚がわずかな息遣いを捉えた。
「ルィン、左上!!」
「にゃああっ!」
 凛と響いた声と、曲がり角の天井にへばりついて待ち伏せしていたらしいフェルプールがルィンへと襲いかかったのはほぼ同時、だが咄嗟に仲間の声へ反応したルィンの挙動が冴えで勝る。
「色気がねぇぜ、その夜這い!」
 背を向けたままの跳躍で彼の背後へ飛び込んだ敵の延髄斬りを予測したかのごとく、振り向き様に黒漆艶めく長銃で猫の爪を捌いたルィンは不敵に笑って弾丸を撃ち込んだ。
「お、覚えてろにゃー!」
「忘れはしないが、何処へ行くのかな?」
「あ、あれ? しまったにゃ!!」
 慌てて身を翻さんとする猫娘の前に勢いよく振り下ろされたのは禍つ蛇の槍に翼広げる斧刃。
 道中で倒すより追い上げを優先するエルンストも、こちらが挟み撃ちできる位置までうかうかと飛び込んできた挙句に傷を深めた相手となれば話は別だ。
 それはもう、飛んで火に入る春の猫。

●岩窟宮殿の狂宴
 明るい白茶の岩肌を甘く輝かせる光の中、一角獣を抱く氷の刃の凛冽な剣閃が奔る。
 猫娘の腕を冷たい氷に封じたポウは口の端を擡げ、
「ほら観念しろ! 捕まえちゃうぜぇ〜!!」
「やぁん、にゃあん!」
「やれるものならやってみてにゃあん!」
 うぇへへへと笑って彼女達を追い立てた。
 燈火に照り映える岩壁に映る影はまるで猫娘達を鬼ごっこで楽しませる狼さん。
「ポウさんポウさん、それも演技ですよね?」
「当然! 適度に油断させて最後の脅しをより効果的にする作戦だっ!!」
 並んで駆けつつカイジュが訊けば爽やかスマイルを向けられ、けれど怪しくわきわきと蠢く彼の手は変わらずフェルプール達へと向かう。翻った尻尾に続いてうねる通路を曲がれば、
「これで終わりにゃああんっ! って、あれ?」
「おっと、残念でしたね」
 突如現れた階段の上から威勢のいい回転突撃が襲い来たが、猫の爪は砂漠にすら花信風を呼ぶ棍の一閃で弾かれた。続けてカイジュが打ち込んだのは魔を払う熱風思わす棍旋風、悲鳴とともに逃げだした猫娘が登るのは光に照らされた岩の階段、その上にはやはり明るい光が覗く。
 溌剌と笑ってカイジュは仲間を振り返った。
「さあ、天に向かって駆け上がりましょう!」
 東の仲間達同様に西の階段を駆け上がったエルンストも、知らず口許を綻ばせた。
 荒削りながらも美しい岩窟宮殿、建築家たるマスターに見せてあげられればと思いながら、通路の先に現れる垂れ幕を次々潜っていく。幾何学模様に花模様、ラクダ連なるキャラバン模様、織布捲るたびに外の夜風を感じるこの開放感は、扉を開けるより、
「何かもっと明るいワクワク感があるよなぁ」
「同感だ」
 年嵩の城塞騎士が少年めいた笑みを覗かす様にハルクの眦も微かに緩む。胸躍るのは彼も同じ、永遠の森に得たねぐらを思えば、己は秘密の遊び場めいた場所に弱いらしいと得心がいった。
 風模様の織布跳ねあげればひときわ涼やかに吹きつける夜風、同時に襲いかかってきた猫娘へと魔獣の腕を揮えば、肩を抉られ飛び退った猫の手が偶然窓辺にかかる。
 だが、そうだにゃ、とフェルプールが窓から身を乗り出した――瞬間、夜闇を馳せ来た黒鉄兵団が外から破城槌を叩きこんだ。
 吹き飛ばされた先はルィンの許、フェルプールは甘えるよう身をすり寄せたが、
「お願いにゃあん、見逃して……?」
「どーも俺の好みじゃねぇな」
 ――なんて、な。
 彼は軽い笑みひとつ、猫娘を押しのけた右手でそのまま戦闘光輪を召喚してみせる。
「おや、相変わらず手厳しいね」
 胸元を裂いた光輪に怯む猫娘を追撃するのは神風に己が身をゆだねたシンティア、彼女の言葉にかんらかんらと笑い、ルィンは窓から見えた人影に片手をあげた。いつかの天幕酒場でも見た顔だ。
 東二階の通路の先で花模様の垂れ幕が風に翻った。
 花を潜れば緑成すナツメヤシの葉模様が織られた寝台の掛け布を蹴った猫娘が窓辺に飛び移る。
「ここまでおいで、にゃあん!」
 だが余裕が生まれたらしいフェルプールが笑顔で振り返った途端、外から撃ち込まれた無数の矢が隼めいた勢いで猫の背を穿った。
「凄腕の狙撃手さんがいてくれるみたいですね」
「だな、助かったぜ!」
 にゃあっと中に転がり込んだ猫娘をめがけ間髪いれず唸りをあげたのはカイジュの棍、鮮烈な風が叩き込まれた瞬間、冷たい剣閃を描いたポウの刃が猫の毛と氷のかけらを散らす。
 奥へ逃げた彼女らを追いながら、ヒカタは辺りへ視線を奔らせた。
 猫娘達に宛がわれた男性達の遺体が道中にあれば、と思ったが、それらしきものは見当たらない。恐らく砂漠に打ち捨てられたのだろう。
 ――助けられなくて、ごめんね。
 胸裡で詫びればその刹那、
「にゃにゃにゃ、にゃあ〜ん!!」
 前を行く二人に連続ジャンプで一撃を喰らわせた猫娘の爪が、ヒカタの肩をも貫いた。
 今にゃ、と再び窓に取りつくフェルプール。しかし、
「逃がしませんよ!」
 夜闇の向こうで良く識る声が響くと同時、蒼く輝ける魔力球が猫娘を高重力で押し潰した。聴こえた腐れ縁の声に小さく笑み、ヒカタが揮うは万色の煌き踊る黒き爪。
「連れて来られたっていう君達の境遇は知ってるけど……」
 このままには、しておけない。
 窓からの夜風を裂いて翔けた衝撃波が、見えざる爪となって猫娘に喰らいついた。

●岩窟宮殿の終宴
 荒削りな岩肌輝かせる焔の匂いに溶ける蝋の匂い、だが駆けるたびに夜と砂の風の匂いが鼻先を擽っていく。階段を昇るたび心が逸るのは、あの漆黒と銀砂の星空に近づくからか。
 黎明や黄昏の許、白光や琥珀の陽射しに染まる岩窟もさぞや――。
 背筋を翔け昇る昂揚に知らず緩んだ口許を引きしめて、まずは眼前の戦いだとハルクは戦鎚を握る手に更なる力を込めた。階上から射す光を恋うよう駆け上り、飛び込んだのは大広間。
「さてっと、鬼ごっこは一旦仕舞いだな。遊ぼうぜ?」
 追い込んだ猫達を見回せば、ひときわ煌く光の中に踊らせたルィンの掌上に戦闘光輪が現れる。大広間を照らすのは天井の岩を掘り精緻な銅細工や色硝子を嵌め込んだシャンデリアだ。
「にゃ……」
「にゃああん!!」
 東側の階段へ逃れんとした猫娘達、けれど彼女らの眼前でやはりエルンストの斧槍が風を裂いた。激しい旋風を成した矛が一気にフェルプール達を押し返す。
「さあ、此処で終わりにしようか」
 騎士が酷薄な笑みを作ってみせた瞬間、
「にゃあん!」
「そっちも追いかけられてきたにゃあん!?」
 東側から追い上げられたきた猫娘達も大広間へ飛び込んできた。
「そのかぎしっぽの子、お願いするよ!!」
「成程、結構弱ってそうだね。――さあ、喰らわれてみるかい?」
 高い天井へ響き渡ったのはヒカタの声、即座に意を汲んだシンティアも歌声を響かせて、劈くように咆哮した幻獣を奔らせる。
 男を喪った女の立場であったなら復讐を願ったろう。
 けれど今の己はここを穢さぬことを望む。
 だから命は奪わないけれど、せめて――喪われた者達のために、フェルプール達に恐怖を。
「殺された男達の仇だ。このまま居座る気なら、命は命で償って貰うぜ」
「姫様はもういないんです。だから此処に留まる理由はありませんよ」
 妖精と馳せたのは戯けた空気を一気に拭い去ったポウ、彼が冷えた声音と斬撃を叩きつければ、続け様に揮われたカイジュの棍が光も風も巻き込みながら猫娘を打ち据えた。
「にゃああぁん!」
「い、痛いにゃあああん!」
 容赦も間断もない攻勢に次々フェルプール達が音をあげていく。
 限界を超える力を蓄積されることを多くの者が警戒していたが、どうやらその技を持つのは一階で倒したブレインクラッカー使いのみであったらしい。ハルクは深い呼気ひとつ、
「――……」
「これでも喰らえ、にゃあん!」
 百獣を憑依させて飛びかかってきた猫娘に渾身の力を乗せた戦鎚を打ち込めば、燈火の熱を照り返す黒鐵が百獣の力を粉砕した。
「即刻都市を離れるなら命までは奪らん。だが」
 耳を貸さぬなら命尽きるまでやりあうか、と重い戦鎚で威圧する。
 余所から連れて来られた猫娘達もポウの眼には被害者と映る。
 己にとっては命を奪うのではなく、被害者が被害者を生む悪循環を断つための戦いだから、
「都市の外で、殺されずに生きろ」
 氷剣の吹雪で最後の猫娘を封じた氷壁を融かしてやって、ポウはフェルプール達にそう告げた。

「さて、どうするね?」
 一階で倒した猫娘をどさりと大広間へ投げ出したエルンストが、改めて禍つ蛇の矛を突きつける。
「散々私達から奪ってきたのだ、そろそろ返してもらってもいいだろう?」
 その命でもってとシンティアが瞳を薄めれば、だよねとヒカタも頷き、三味線って知ってる? と猫娘達を見遣った。
「フェルプール皮で作ったら、犠牲者の供養になるかな」
「皮にゃっ!?」
「許してにゃあん! もう人間には関わらないにゃあん!」
 猫娘達が弾かれたように逃げを打てば、胆に響くような声音でハルクが念押しする。
 この先も人間を食い物にするつもりなら、必ず鉄鎚を落としに行く。
「――鉛の味を忘れるな」
 忘れないにゃあんと絶叫し、動けぬ仲間も担いだフェルプール達は勢いよく大広間から逃げだした。
 黄金の更紗と漆黒のベルベットが彼方で重なる夜の砂漠。
 猫の影が遠く消える様を窓から見届けて、エルンストはナルセインに笑みを向ける。
「今度はゆっくり遊びに来たいね」
 贅沢な時間になりそうだ、と笑み返した男は、
「もし再訪できるなら……」
 宮殿に居座っていたフェルプール達を『追い払った』ってのは、ここの主たるキャラバンの面々には黙っとくべきだな、と呟いた。
 民を騙したシャルムーンの手下を何故見逃した、と相手の心証を悪くしてしまうからだ。
 伝説の姫君の帰還への歓びが大きかったからこそ、騙されたことへの嘆きも深いのだろう。
 本来の姫自身はきっと皆の幸せを願い続けていただろうに、と思えばカイジュの胸を痛みが刺す。淡く瞳を伏せれば耳に届くのは、砂の海へヒカタが贈る葬送の歌。
 静かに紡がれだすカイジュの旋律が重なりゆく様を聴きながら、ルィンは砂漠の星空を仰ぎ見た。

 ――この都市に残された傷痕も、どうか早く癒えますように。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/04/24
  • 得票数:
  • 楽しい6 
  • カッコいい6 
  • ロマンティック1 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。