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ブラッディ・シャワー

<オープニング>

●ブラッディ・シャワー
 世界が血を浴びたような黄昏だった。
 空も荒野の大地も何処か鈍い輝きを帯びた赤橙に染まり、含む砂塵のせいか風すらも時折微かな朱金に光る。岩陰にわだかまるような影はどろりと昏く濁った臙脂色、指で触れれば粘つく質感さえ感じそうなほどにそれが色濃いのは、遥か西の彼方に沈まんとする夕陽がそれだけ強い輝きを投げかけているからだ。
 爛熟した果実がぐずりと崩れ始めるように、大きな楕円にひしゃげ始めた光と熱の珠。
 最期のひとしずくまで己が熱を搾りだすように輝くその夕陽に向かって、誰もおらぬ荒野をひとり往く奇妙な影があった。
 眩い逆光の中で見るなら、まるで宮廷舞踏会へ向かう貴婦人のようだった。
 緩く髪を波打たせ、パニエで優雅にスカートを膨らませたドレスを纏った、美しい女。
 だがそれは逆光に見る影の輪郭だけのこと。
 逆光を避ければわかるだろう。それがパニエで膨らませた絹繻子のドレスなどではなく、暗赤色に鈍く艶めく血みどろの臓物をぐちゃりと潰して固めたような、醜悪な血肉の塊であることが。
 しかし、皮肉なことに、その上半身は影の輪郭どおり美しい女の姿をしていた。
 舞踏会の秘め事思わす仮面で目元を覆い、黒のヴェールが顎までを覆う。
 豊かな胸とくびれた腰の下、しなやかな腕を彩るのは若草色の鎧。
 ――若草の乙女、アリッサムだ。
 臓物を寄せ集めたドレス、醜悪な肉塊と化した異形の下肢をずるりと引きずって西を目指していた彼女が、ふと足を止めた。
 両腕で己自身を抱きしめ、ふるりと身を震わせ、吐息と言葉にならぬ声を洩らす。
「――……」
 それは臓腑を掻き混ぜ引きずり出されるような苦悶にも、蕩けるほどの恍惚を齎す官能の喘ぎにも聴こえたろうか。
 異形と化した若草の乙女がひときわ大きく身を震わせれば、その下半身――潰れた臓物を幾つも固めたような大きな肉塊が、ぶちりと割れた。まるで爛熟して腐り始めた果実のように割れた肉塊の中から、べちゃりと何かが這いだしてくる。
 粘ついた血とぐずぐずの肉片を固めたものとしか見えぬそれを良く見たなら、血肉にまみれた蟲であることが見て取れるだろう。
 大きな芋虫思わす身体に四対八脚のずんぐりした脚を蠢かす、これまた醜怪な蟲は、アリッサムの臓腑を喰い破ってきたようにも、彼女が産みおとした仔のようにも見えた。
 白く豊かな胸に珠の汗を浮かせ、長い長い吐息を洩らしたアリッサムは、再び西へ向かって肉塊の下肢を引きずり始める。だが彼女が産みおとした仔は、ぐるり東へ頭を向けた。
 女と蟲を繋いでいた赤く粘つく体液が細く糸を引き――やがて、ぴちゃんと弾けて切れた。

●さきぶれ
 骸殻荒野ガルシェンでの擾乱はエンドブレイカーの勝利で終息した。
 得た勝利も巨人達からの信頼も、荒野で、地底都市で、誰もが己が血を流すことを厭わず力も心も尽くして戦ったからこそのもの。
 おかえりなさい、お疲れ様。と笑みを燈し、扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)は本題に入った。
 魔女となって逃走した、アリッサムについてだ。
「創世巨獣の心臓のもとから消えた彼女が出現したのは都市の西方、そしてそのまま更に西の方へ移動してってるみたいなのね。んでも結構ゆっくりだから、巨人さん達ならすぐに見つけて追いつけるだろうって話だったんだけど……何かおかしなことになっちゃってるんだよ」
 ガルシェンの西に広がる荒野を探していると、ふと身体の動きが鈍り、気がついたらあらぬ方角へ向かっていた――ということが何度も起こるようになったらしい。
 それはまるで、『巨人がアリッサムを発見する』という結末を無理矢理書き換えるかのように。
「……ってか、書き換えてるんだよね」
 巨人達の感覚を狂わせているのは、魔女となったアリッサムが移動しつつ産みおとしている落し仔であるという。不気味な蟲の姿をした落し仔は、自分やアリッサムを捜そうとする者が『正しい選択を出来ない』ようにする力があるのだとか。
 恐らく『自分の望む結果が出るまで何度でもやり直す』という大魔女の力に関係するものだろうが、
「けど、落し仔が持ってるその力は弱いの。アンジュ達エンドブレイカーには効かない」
 だから、どうかお願い、みんなの力を貸して。
「アンジュと一緒に――アリッサムの落し仔を倒しにいこう?」

 荒野を徘徊しているアリッサムの落し仔は、恐らく一匹や二匹ではあるまい。
 落し仔によると思われる不可解な現象が発生する場所は幾つもあるようだが、
「アンジュが聴いたのは黄昏時におかしなことになっちゃうって辺りの話なのね。そのくらいの時間に荒野に出れば『どこそこで妙なことになった』って教えてくれる巨人さんに逢えると思う」
 落し仔は蟲のような姿をしているが、人間の子供くらいの大きさがある。
 感覚を狂わされることのない自分達なら、大まかな場所さえ判ればすぐに見つけだせるはず。
 世界が血を浴びたような黄昏の荒野のどこかに、その落し仔はいるだろう。
「その仔ね、『正しい選択を出来ない』ようにする力はそんな強くないけど、戦いとなれば結構強いの」
 身体に纏わりつかせたままの血から己の分身を幾つも作り、敵を貪り喰らわせようとするだろう。
 麻痺のような異常を感じれば、それを振り払うよう身をよじって突撃してくるだろう。
 そして、纏わりついた血を激しく噴射させ、敵に浴びせて呪いを刻もうとするだろう。
 いずれの技もかなりの威力を持つが、
「一番厄介なのがね、その仔がすんごいタフだってこと」
 恐らく戦いは長引くだろう。
 幾度も血の蟲に喰らわれ、幾度も血まみれの身体をぶつけられ、幾度も血の雨を浴びるだろう。
 それでも、落し仔を倒さねば魔女アリッサムに追いつけない。
 だから、どうかお願い、みんなの力を貸して。
 再びそう願い、暁色の娘は微かに眼差しを緩めた。

「あのね、その仔を倒せたら、また逢おうね」
 さあ。
 血を、浴びにいこうか。


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参加者
斧の城塞騎士・フラン(c00997)
花渫う風・モニカ(c01400)
眩暈の尾・ラツ(c01725)
燻る焔・ハルク(c01816)
蜻蛉・セイイチロウ(c08752)
白い鴉・ギィ(c08806)
蒼飾の美少年・ブレス(c15251)

NPC:扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●ブラッディ・サンセット
 世界が血を浴びたような黄昏に吹く風が、ひときわ強く煌いた。
 渇いた風が孕む砂塵を眩く光らせたのは爛熟しきった夕陽の輝き。不意に西風へ変わった荒野の風に蜻蛉・セイイチロウ(c08752)が墨色の双眸薄めると同時、燻る焔・ハルク(c01816)も似通った色の眼差しを西へ向け、すんと鼻を啜る。
 砂塵混じりの風が鼻先へ届けた匂いは、陽のそれと砂埃のそれと、
「――臭ェ」
 血の、匂い。
 先程邂逅した巨人の話と風の血臭を重ね合わせれば探索範囲は大いに狭まった。ハルクの鷹の眼差しが荒野を浚えば、血に塗れた何かが這いずったような跡がすぐさま見出せる。
 迷わず駆けた先には熱く蕩けた夕陽に照り映える渇いた砂岩、その陰に蹲る大きな蟲めいた仔を瞳に捉えれば、眩暈の尾・ラツ(c01725)は胸に湧きあがった感情の名を識る間もなく破顔した。
「やぁ君、好い黄昏時ですね」
「おいで坊や、ここにお前の母親の敵がいるよ」
 たとえ通じずとも声を掛けずにはいられなかった斧の城塞騎士・フラン(c00997)の言葉そのものは恐らく理解できてはいまい。けれど知覚を狂わす力が効かぬことと、一瞬で荒野に聳え立った城壁の重厚さを携えた彼女の吶喊が、落し仔に母の敵たる存在を知らしめる。
 昏い臙脂色の影に沈んでいた仔が鮮烈な赤橙の世界へ果敢に飛び出してくる様にセイイチロウは柔く笑み、粘つく血肉を纏ってぎらつかせる仔を出迎えた。
「ようこそ荒野へ、落し仔よ」
 歓迎の証に広げるのは光の翼、フランの吶喊の衝撃と刻まれた制約にも怯まぬ落し仔めがけて、反撃の暇も与えず翔けた男は加速の威を乗せた己が身そのものを叩きつける。爆ぜるように散った血肉を一層鮮やかに見せる光の軌跡を即座に馳せるは白い鴉・ギィ(c08806)。
 闇から滴り落ちた彼の分身に羽交い締めにされ臓腑を抉られながら啼きもせぬ。桁外れに強靭な仔が抱くは、若草の乙女の仔として産まれた自負か、己がすべてを母の盾と成すことへの法悦か。
「どちらにせよ……俺だったら御免だな、その生き方は」
 知らず声に滲んだ自嘲には気づかぬ振りをして、ギィは分身との挟撃で幾重にも仔を穿つ。
 粘着質な音とともに地に落ちた瞬間、勢いよく跳ねた仔が麻痺も制約も弾き飛ばしながらフランへ突撃した。抉った彼女の身から溢れた血を浴び更に生々しさを増した肉塊のごとき仔の姿に、下肢が膨れた肉塊のように変じたというアリッサムを思い起こして蒼飾の美少年・ブレス(c15251)は眉根を寄せる。
 醜くなっても生き延びたいとか、まったくもって理解できねー。
 己が容姿の愛らしさを自負する少年は胸裡でそう呟いたが、若草の乙女の本意も魔女の力を得た彼女の真なる目的も――まだ誰も識りはしないのだ。
 蟠る何かは胸の隅へ置き、彼は薔薇と蜘蛛に彩られたロックギターから一気に闘気を放出させた。
「マヒから抜けだしても無駄無駄、オレのギターは二十四時間放電の実施を約束するぜ!」
 不敵な笑みと同時に地を蹴り回り込むのは醜悪な姿をした仔の背後、高圧の電撃思わすブレスの殴打の衝撃が血肉塗れの矮躯を痺れさせたなら、彼と隣り合う位置へと飛び込んだハルクが同じく戦鎚から闘気を解き放ち、掬いあげるような殴打を勢いのまま喰らわせる。
 弾力ある肉の手応え、鮮血めいた空へ打ちあげた躯から撒き散らされる血肉。
 降りかかったそれらの温もりとぬめりに眉を顰めた刹那、ハルクの傍を奔り抜けた影の腕が黄昏の空から荒野の大地へと落し仔を引き戻した。ラツの揮う刃の軌跡のまま、連なる影の刃が仔の血肉を引き裂いていく。
 毬のように弾む幼い躯、大地に広がり始めた血溜りから跳ねる滴。
 瞳に捉え頬で感じたそれに花渫う風・モニカ(c01400)はコーラルピンクの唇を引き結ぶ。
 泣きそうだ。厭忌ではなく、憐憫で。
 相手が体勢を整えるよりも速く浴びせた蹴りの連打に迷いはなく、けれど蹴りあげた靴先に感じた柔らかさと図らずも円環状の口に命中した一打が砕いた歯の幼さに心が軋む。
 この仔を置いて――今どこにいるの、アリッサム。
 痺れに挙動を鈍らせ、制約を蹴り込まれ、顔面への衝撃で狙いを乱されつつも、何とか攻撃の機を掴んだ落し仔は凄まじい回転突撃で己が身をフランの腹部へめりこませた。
 目も眩むような熱は穿たれた傷が発するものか溢れだす己の血潮のものか。
 それとも、産み落とされたばかりの仔に残された母の温もりか、或いは、この仔自身の体温か。
 いのちの、ぬくもり。
 だが己のそれも敵のそれも、騎士となった日からもう充分すぎるほどに浴びている。
「……今更」
 唇が乗せるは開き直った笑み。ずぶりと腹の中で身を捩る仔を城壁で叩き落とさんばかりの猛撃が血みどろの矮躯を地に叩きつければ、すかさず銃を抜いたギィが援護射撃を放つ。
「思う存分頼むな、セイイチロウ!」
「ええ、無駄にゃしませんとも」
 皆の並びまで定めた陣は、仔を包囲し癒し手へ効率良く力を託すためのもの。
 肩を並べる彼の銃撃が生んだ機を掬って夜の扇が黄昏に舞えば、花に誘われた風が咽返るような血臭を浚って癒しの月光が降りそそぐ。
 間違いなく落し仔を倒すため、考えうる限りの手は打った。
 産まれ落ちたばかりの仔を屠ると思えば心にもじくじくと血が滲んだけれど、
「――それでも、あなたを生かしておくわけにはいかないの」
 瞳の奥の熱を堪えてモニカは、血肉塗れで蠢く幼な仔めがけて地を蹴った。

●ブラッディ・シャワー
 鉄錆思わす臭いが世界を満たしていく。
 誰もが覚悟して臨んだ長丁場の闘いの中、幾重にも浴びせられる状態異常を振り切った落し仔が全身から迸らせる血が激しい雨礫となって襲いかかり、血溜りから這い出した分身達が猟犬めいた勢いで躍りかかって更に濃密な血の臭いを生んだ。
 呼吸するだけでも血の池に溺れるよう。
「上等だ」
 熱く荒い呼気ひとつ吐き、腿や腹へと喰らいつく仔の分身達には構わずハルクは、落し仔自身へと冷たい黒鐵の鎚頭を振り下ろした。鈍い地響きとともに飛び散る血潮、その紅と熱が次第に胸の芯を昂らせていくのは、戦鎚揮う合間に腕へめぐらせた、魔獣の血のゆえか。
 大地も震わす痛打に続く皆の猛攻を浴びてなお、仔は疲弊した様子もなく纏わりついた血を盛大に噴出させた。咄嗟に開いた扇の星空が血を花と散らすも、真夏の黄昏に降るより熱い驟雨が眼鏡も袖もしとどに濡らす。そしてセイイチロウの肺腑を満たす、いのちのにおい。
 嗚呼、この仔の強靭さのもといは――耐久力でなく生命力と呼ぶのが相応しかろう。
「その生きる力を、侮りはしません」
 笑みひとつ落とし全身全霊を落し仔へ叩きつける彼を見遣れば、ギィの視界が朱に染まった。
 激しい雨礫として襲いきた血が滴る前髪を振り払う。
「血も滴る佳い男……いやどっちかっつーとホラーか」
「いや、それはそれで色香がありますよ!」
 軽口叩けば応じるように響いたラツの声、瞬時に展開された水晶結界の涼やかな煌きに息をつき、悪魔の手を取った男も馳せる。半身を朱に染めたギィと闇色の彼の同時攻撃が派手に血肉散らせど怯まぬ仔のもとへ、神風が飛び込んだ。
「……強いね、この仔」
「ああ。産まれ落ちたばかりでこれとは、流石にアリッサムの仔か!」
 扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)の声音の響きは勁きいのちへの純粋な讃嘆。神風とともに彼女が招いた追い風を受け、士気を高揚させたフランが撃ち出すは癒しの拳、光り輝くそれはセイイチロウを二度鷲掴み、その痛手を一気に拭い去る。
 彼女達へ躍りかかった血の仔らの一群が、ブレスの眼前、吐息も触れそうな至近で爆ぜた。
 粘つく生臭い血が少女めいた己のかんばせも少女らしいゴシックドレスも穢していく様を鼻で笑い、ブレスは薔薇も蜘蛛も血肉で塗り潰されたギターへ今まで放出し続けた闘気を凝縮させる。
「こういう敵と舞台ほどオレが映えるってモンだぜ。美少年を舐めんなよ!?」
 思う様振りかぶって叩き落とすは、限界超える力を解き放った殺戮の鎚。
 大地を半球に抉る凄絶な打撃が荒野を震わせたが、並の敵ならあっさり挽肉にできたろうそれも、ずんぐりした仔の躯の下で蠢く短い脚の幾つかを潰したのみ。
 だが――桁外れの強靭さを誇る落し仔が初めて、悲痛な声でギュイと啼いた。
 残る脚で醜く血溜りを這いずりながら、それでも変わらず血に濡れた矮躯を、血を凝らせた分身を、呪わしい血の雨を飽きずに落し仔は叩きつけてくる。知らず震える、モニカの唇と拳。
「こんなの酷い……どんなに立派な英雄でも、アリッサムだって女の子なのに」
 異形と成り果て、怪物を産み落とし続けてまで歩き続けているなんて。
「怪物?」
 彼女が続けた言葉にラツが淡く苦笑した。
 忌み仔と、落し仔と。皆がそう呼ぶのに倣いたくはないと心が抗う。
 この仔は歪な胎動の果てに産まれた望みのかけら。醜悪でも地を這い生きる、いのち。
 それは――。
 けれど胸の泉に言の葉の泡が浮かぶより先に、視界の端に映った血の驟雨に意識を浚われた。
「ハルク!」
「ハルクさん!!」
「――生きてる」
 滝のごとく壮絶な血雨に呑まれた彼が微かに笑む。
 生臭い滝雨が際立たせた己が命の熱さ、獣の衝動に浚われかけた己が理性を瞬時に引き戻した妹と友の声。腕に滾る魔獣の力を顕現させながらも、まだ己は人間なのだと自覚する。
 凍てつく吹雪と灼熱の焔で荒野を染めるモニカの即興歌。焔を映し輝きを増したラツの水晶結界が血ごとハルクに染めつけられた呪いをものともせずに、彼の周りに厚い癒しと護りを敷く。
 戦鎚で生んだ闘気を収縮させるは魔獣の腕。凝る力を一気に解放した獣の腕と爪が爆ぜる勢いで乱舞するが、並みの敵なら粉微塵になったろうそれも、頑健すぎる仔の脇腹を喰い破ったのみ。
 ――けれど。
 痛々しい啼き声が、血の荒野へ響き渡った。

●ブラッディ・ウェイストランド
 血で血を洗い、命で命を削り合う、長い闘い。
 けれど永遠にも思える仔との闘いも、数多の生命を抱くこの世界そのものからすれば瞬きのごときひとときのはず。激しさを増した仔の回転突撃を身体そのもので受けとめて、ラツは仔に囁いた。
 君と一緒に居られるのはきっと、この夕暮れの中でだけ。
「だから、惜しむよ」
 私達のすべてをぶつけるから、全部もっていくといい。
 黄昏に翅の幻閃かせ、刃の一閃と同時に明滅した魔法陣で仔の蓄えた力を破砕する。
 続けて彼にアンジュの癒しの風が吹き寄せれば、ギィは己が意識を落し仔へと向けた。
 魔法陣の斬撃で血溜りに叩きつけられた矮躯から跳ねた血の泥濘を浴びながら、翼と空を捨てた俺も同じようなものかと今度は自覚して唇に自嘲を刻む。
「けどな、どれだけこの身が穢れようとも道が開けりゃ上等だ!」
 澱重なる血、使うほど魂に馴染む悪魔の力。
 それでも爛熟した夕陽より熱い何かを瞳に燃やして、自嘲のそれを不敵な笑みに塗り替えたギィは闇色の分身とともに渾身の痛打で仔の脚を潰れた肉塊へと変えた。
 漸く、陰りが見えた落し仔の生命の力。
 だが血の分身が喰らった相手の血肉を己が生命として啜る仔は、しぶとい足掻きを誰彼かまわず繰り返す。勢い任せに跳躍した仔の標的となったのはアンジュ、風ごと身を抉るその突撃は、消耗を抑えやすい技を駆使する他の癒し手と異なり、癒しを呼ぶたび力を削っていた娘を潰すに足る。
 けれど、間一髪で飛び込む誰かの影。
「――俺もお前も、同じやね」
 腹を抉り貫く突撃を抱きこむように受けとめ、蓮花色の髪一房を血肉に濡らした青年は柔く落し仔に語りかけた。不毛の地に産み落とされ這いずる者同士、命の証明に――戦おう。
 渇いた風が数多の血を含んで重く澱む。
 荒野の風をも変える血の雨、爆ぜる血の仔ら、穿たれ抉られた己や仲間の身体から溢れた血潮。後衛に下がった娘を背に庇い、フランは彼我の血で粘つく泥濘に変わった荒野を踏みしめた。
 感嘆したよ。
 お前の生命力にも、お前の母親の、清々しいまでに目的へと向かうあの姿勢も。
「だからこそ、この荒野で決着をつける!!」
 牙剥き吼える騎士から顕現するのは蒼き獅子、猛々しくも荘厳に輝く獅子の爪と牙が仔の血肉を引き裂けば、溢れだしたそれが更に地をぬかるませる。
 僕等のそれもおまえのそれも、すっかり混じって地に還るのだろう。
「けれど僕自身は、まだそこへ還るつもりはないんですよ」
 後ろへの射線を己が身で塞ぎながら、昏い赤錆に染まるぬかるみを蹴りつけたのはセイイチロウ。翔ける光の翼が血の風ごと斬り裂けば、新たにしぶいた血肉を浴びつつブレスが、頭上で振り回したギターに闘気を凝らせた。
 限界超える力を解き放つのも何度目か。
「ぐちゃっと潰れちまいな!」
 声の限りに叫ぶと同時、天を落とす勢いで打ち下ろしたギターが仔の半身を叩き潰す。
 それでもなお落し仔は、潰れた半身を引きずりながら敵意を向けてくる。
 情を識らぬだろう。心を識らぬだろう。
 識るのはきっと、母の願いを叶えること――唯、それだけ。
「……哀れだな」
 獣腕の殴打をくれてやりながらもハルクが憐憫を滲ませれば、友が微笑する気配がした。
 母のため若草の乙女を追うすべての者達の前に立ち塞がらんとする異形の仔。そして乙女を追う数多の者がその存在を無視できず、落し仔と、忌み仔と呼ぶほどにこの仔へ意識を傾けている。
 愛情の真逆が無関心であるのなら、歪ながらもすなわちそれは。
「君は――愛し仔だよ」
 胸の泉に生まれた言の葉。微笑と声音に慈しみを乗せ、刃には力ある魔法陣を乗せ、ラツは己がすべてを愛し仔へと贈った。
 びくんと大きく痙攣した仔が、何もかもを振り絞るように血の仔を放つ。
 肩に喰らいついた仔らに血を啜られたセイイチロウの口許に笑みが浮く。足掻けばいい。命の灯火消えゆく様に抗うのは生きるものの宿命。
 母から与えられたのは呪いか祝福か。
 いずれにせよ、産まれ落ちた時からおまえはひとつのいのち。
「すべて自分のために使って、それから――」
 荒野の風を子守唄に、お眠りなさい。
 光翼が斬り裂き散らせたのは、啜られた以上の夥しい血肉。
 世界が瞬きする夕暮れの、長い闘いの果て。産まれ落ちたばかりのいのちは終焉を与えられた。

「おやすみ坊や、お前はよく頑張った」
 いつか私も同じ海に沈むまで、暫しお別れ。
 動かぬ肉塊と成り果てた仔の顔と思しき辺りを両手で挟み、フランが額を当てた。傍らに膝をついた暁色の娘も、倣って仔の頭を撫でる。
 記されたギィの刻印と祈りで仔が世界へ還れば、地平に姿を消さんとする夕陽がひときわ眩い光を荒野へ投げかけた。
 頬にこびりついた血を堪え切れなかった滴ひとつで溶かしつつ、モニカは地の果てを見霽かす。
 ――待っててアリッサム。
 必ず貴女に、追いついてみせるから。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:7人
作成日:2014/05/23
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