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風の宴

<オープニング>

●風の宴
 潤んだ瑠璃色の夜闇が世界に溶けだす宵の時、潤む宵闇の世界で青碧に色づく葉が風にさざめく葡萄畑の合間をゆく運河を抜けたなら、さあ帆をあげろ。
 舞台が開幕を迎えるよう鮮やかに劇的に開けた視界に広がるのは広大な湖の水面、遠い水面の彼方に甘やかなオレンジ色の街灯りが燈る様を悠然と眺めやり、掲げたグラスで風を汲め。
 硝子杯に揺れるのは初夏の葡萄畑を渡り来た爽やかな緑薫る風。
 清涼な緑の風を飲み干して、さあ、風の宴を始めよう。

 宵の世界にあっても目に鮮やかな白き帆を掲げ、船は広大な湖にゆうるり遊ぶ。
 だがここは水神祭都アクエリオ、外洋をも往けそうな立派な帆はもちろん飾りで、帆船を模したこの船も当然、星霊建築『ドローディオス』の恩恵を受ける大型のゴンドラだ。
 船の名はヴィーニョ・ヴェルデ号。
 元は大量のワインを運ぶ運搬船だったこの大型ゴンドラは帆船風につくり変えられ、見渡す限りに葡萄畑が広がるこの農村地域と街の間に横たわる湖を遊覧する船上リストランテとなっている。
 ヴィーニョ・ヴェルデ――緑のワインを意味する言葉が指すのは、微発泡の若々しいワイン。
 この辺りでつくられるそれは透きとおった水に淡い緑と金の木漏れ日を透かしたような色合いで、繊細にして軽快な微発泡に彩られた味わいは飛びきりフレッシュなものだ。
 まるで初夏の葡萄畑から湖を吹き抜ける爽やかな風のようだと言われることもあって、湖上を渡る初夏の風の中でヴィーニョ・ヴェルデを味わえるこの時季はひときわ船上リストランテの人気が高い。
 完熟前に摘んだ葡萄でつくられるこのワインは酒精も軽めで、ここでは魚介と合わせて饗される。
 香草と粉チーズたっぷりのクスクスと角切りトマトをお腹に詰めた大振りのイワシは天火で香ばしく焼きあげられて豊かに香り、緑鮮やかな朝摘みルッコラと薔薇色のビネガージュレで彩られた帆立のカルパッチョは蕩けるような艶でひとびとを誘惑する。
 初夏の湖上を渡る風の中で新鮮な魚介に舌鼓を打ち、爽やかで軽快な風そのものを汲んだようなヴィーニョ・ヴェルデを楽しむ、船上の風の宴。
 誰もが軽やかに心浮き立たせるその船上に水の怪異が襲い来るなど、誰が予想しえたろうか。

●さきがけ
「まあ、私にはお見通しだったけれどね――って水神アクエリオ様にウインクされたんだが」
 ありゃヤバいな、俺まで胸にきゅんと来た。
 胸を手で押さえ神妙な顔つきでそう語りつつ、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は事件の説明を始める。湖を遊覧する船上リストランテ、ヴィーニョ・ヴェルデ号を水のイマージュマスカレイドが襲撃するのだ。
「このところアクエリオで多発してるヤツのひとつだろうな」
 水神アクエリオ様は、水のイマージュマスカレイドが出現しはじめた頃から、アクエリオの外の海に漠然と異変の気配を感じ取っているが、具体的な原因などはまだ判らないのだとか。
 からん、とバーボンの氷を鳴らす様がアンニュイだった――といらん情報を付け加えるナルセイン。
「まあとにかく、まずは俺達でこのイマージュマスカレイドを叩き潰してこようぜ」

 宵の湖上をゆく帆船に襲いかかるのは、水で形作られた飛魚の姿をしたイマージュマスカレイド。
 水神アクエリオ様が視た光景は、悠々と湖をゆく帆船風の船上リストランテのすぐ前方に突如水の飛魚が現れる光景だったという。だがもちろん、忽然と空中に現れたわけではない。
「船と触れそうなくらい至近の水面から一気に船上まで跳躍して飛び込んできたってわけだ」
 羽持つ魚、飛魚の姿をとった水のイマージュは、スカイランナーめいた跳躍や、飛竜を思わす槍の跳躍に似た能力で、風の宴を楽しむ船上リストランテの客達に襲いかかるという。
 他の水のイマージュマスカレイド事件での敵と同様、この水の飛魚も『一度でも攻撃されると、その敵を死ぬまで追い続ける』という習性を持っているため、此方から先に攻撃を仕掛けてやれば、他のひとびとには目もくれず此方へ向かってくるだろう。
 ならば自分達でゴンドラを出して敵を誘いだすのが一番なのだが、
「今回はちょっと無理っぽいな。何せ襲撃場所が『だだっ広い湖の何処か』としか解ってない。うろうろ探してるうちに他の船が襲われました――なんてことになるよりは、エンディング通りに襲撃してきたところを迎え撃つのがベストだと思う」
 水の飛魚達の襲撃はヴィーニョ・ヴェルデ号の前方から。
 総数は五、幸いにして単体攻撃能力しか持たぬようだから、迎え撃つ自分達が全滅しない限りは他の客へ攻撃が及ぶことはない。
「流石はアクエリオ様だな。水神様のコネで船首付近の席はばっちり借り切れたから、存分に風の宴を楽しんで、存分に戦ってくるとしようぜ」
 襲撃を待ち、戦い終えてからでは船上リストランテのクルーズは終わり近くなってしまう。ならば指をくわえて我慢せず、戦い前の景気づけとして先に風の宴を楽しんでしまおうと男は言った。
「幸い、結構軽めの酒だ。『ビール以上ワイン未満』ってのは上手いこと言ってると思ったね」
 未成年や酒の呑めない者には白葡萄のスカッシュが振舞われる。
 初夏の風そのもののような微発泡の滴を楽しみ、新鮮な魚介に舌鼓を打とう。
「どの料理も美味そうだが、俺としちゃ是非エスカベッシュを食いたいね」
 新鮮な魚をカラリと揚げ、ビネガーやレモンにオリーブオイルなどのマリネ液に漬け込む一品。
「何せ、今の時季は飛魚のエスカベッシュが出るって言うからな」
 これ以上の景気づけはないだろう? と、男は飛びきり愉しげに笑ってみせた。

「さあ御照覧、船上の風の宴に招かれざる客がやってくる」
 無粋な棘は散らして清き水にお還り頂こうぜ――と銀の瞳を細め、男は最後にひとつ付け足した。
「戦いの後にゃ、デザートの極上カスタードたっぷりエッグタルトが迎えてくれるさ」


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参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
非花・アド(c01837)
踊る光影・ロゼリア(c05854)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)
黙っていればお嬢様・クラリッサ(c34521)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●風の宴
 初夏の宵を迎えた世界に溶けだす瑠璃色は潤んで揺らめき澄み渡る。
 劇的に広がる光景は瑠璃の彩潤んで揺らめく広大な湖、軽やかに鮮やかに吹き渡るのは初夏の緑と水香る極上の風。
 船上に聳える二本のマストに張られた帆は飾り、けれど白き帆が一斉に風を孕めば、威勢のよい帆布の音が奏燿花・ルィン(c01263)の心を空と水の彼方へと攫う。
 涯てなく広がるようにも思える湖の彼方には甘い橙に蕩ける街灯り。
 優しい水に揺蕩うような水神祭都の光景に砂漠育ちの胸高鳴らせ、馥郁・アデュラリア(c35985)は柔らかな藍の髪ふわりと掬って翔ける風に陶然と瞳を緩めた。
「すてき、どこまでも往けそうね」
「だよね! 水辺の風ってどうしてこんなに気持ちいいんだろう……!」
 撓やかな腕をそらし伸びをすれば全身で感じる極上の風。自分の名も風に由来すると聴いたのは誰からだったろう、朧な記憶も今宵は優しい紗となって勿忘草・ヴリーズィ(c10269)を包み込む。
 硝子杯に注がれ躍る風の滴はヴィーニョ・ヴェルデ、
「ね、佳ければだけれど、まずは風の宴に乾杯しないかしら」
「佳ければだなんて、きっと皆気持ちはひとつよ」
 初夏の風汲んだような杯を手にしたアデュラリアが皆を誘えば、悪戯っぽくもあでやかに笑み返した非花・アド(c01837)が迷わず杯を掲げてみせた。瑞々しく若々しい微発泡が唄う初夏の風の杯で、
 ――乾杯!
「さあ飲もうぜ! こんな格別な宵、皆で楽しまなきゃもったいないだろ」
 船首付近はアクエリオ様の粋なはからいで貸し切り状態、けれど悠然と船縁に背を預けたルィンは陽気に笑って、後方へも杯を掲げて他の乗客達へもヴィーニョ・ヴェルデの大盤振舞い。
 お土産期待してる、と言いたげな眼差しで控えていた白銀の髪の娘も手招いたルィンの続けての乾杯に、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の杯も音を添えた。
「よう若様、今日も豪気だな」
「ほんと、ルィンはこういうの堂に入ってるよね」
「なぁに、何の話?」
 上機嫌な貴族の若様――いつかの天幕酒場での一芝居を彷彿とさせるルィンの装いと振舞いに、幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)も楽しげに感嘆洩らして顔を綻ばす。冬の戦神海峡での一幕を語って聴かせれば、踊る光影・ロゼリア(c05854)も軽やかにくすくすと笑った。
 まるで杯に躍る微発泡の気泡のよう。
 楽しげな皆の声と軽快な微発泡の二重奏に心弾ませ杯を傾ければ、とびきりフレッシュな白葡萄の瑞々しい味わいが口中に弾け、淡い酒香が初夏の木漏れ日を戯れに遊ばす風のように躍る。
「わたしこれ好きかも……!」
「風を受けて風を飲み乾すなんて、ほんと、なんて贅沢」
 声も弾ませヴリーズィが笑みを咲かせれば、微笑ましく瞳細めたアドにも蕩けるような笑みが咲き、風の滴にも劣らぬ新鮮な魚介の数々が運ばれてくれば、笑みは輝くよう満開に咲き誇る。
「白葡萄酒に合うのは魚介、って話だったか。だから魚介中心なのな」
 大人達の様子を眺めつつ黙っていればお嬢様・クラリッサ(c34521)が傾けるのは気泡の海に淡い木漏れ日色に透ける果実を沈めた白葡萄のスカッシュ。甘さは控えめ果実の瑞々しさはたっぷりで、湖面を吹き抜ける風のようにしゅわり弾けるそれを堪能したなら、少女らしさと退廃の蠱惑が同居した黒いミニドレスの裾をそっと直す。
 この船に武装を咎めるようなドレスコードはなかったけれど、四つ折のガンナイフを中に隠したのはあくまで趣味だ。
 まず瞳に飛び込んできたのは初夏の彩溢れるエスカベッシュ。
 たっぷりと散らされた爽やかなセロリの若葉に絡めて口に運ぶのは小麦粉纏ってこんがり狐色に揚げられた飛魚、タイムとガーリックで風味づけされた揚げ魚は柔らかで奥深い味わいのマリネ液に充分馴染ませ冷やされて、味わい豊かに爽やかに、口の中でぷりっと弾けて旨味を溢れさせる。
 極細の千切り人参もきらきら煌く玉葱のみじん切りも、たっぷりマリネに馴染んだ幸せのもと。
 檸檬にビネガー、香るオリーブと優しいブイヨン、そしてほんのり僅かに――。
 自分で作れないかなぁと舌に躍る味わいを探究していたヴリーズィも、皆が幸せそうに舌鼓を打つ様を見れば頬が緩まずにはいられない。
「ね、何が美味しかったか教えて?」
「んふふ、カルパッチョがね、やっぱり幸せ♪」
「この甘酸っぱさがいいわよね。けど小鳥さんお目当てのエスカベッシュも魅力的」
 薔薇色ビネガージュレの煌き纏ったぷりぷりの帆立の甘味でロゼリアもひときわ御機嫌、歌うような彼女の声音にころり笑み乗せて、初夏の彩ごと飛魚を浚ってアドは風の杯も傾け舌鼓。
 きっと、今この瞬間にしか味わえない極上がここにある。
「おなかの巨獣さんもエスカベッシュにはいちころよ。でも美味しいものを仕舞ったイワシも」
 とてもすてき、と薔薇色に頬を上気させたアデュラリアが幸せ紡ぐ。
 香ばしく焼きあげられたそれを頬張れば、その中でイワシとトマトの旨味たっぷり含んだクスクスがぷちぷち弾けてまるで魚卵のような楽しさをくれる。粗野な口調と裏腹に綺麗な所作で食事に勤しむクラリッサのように、銀のナイフとフォークで食べるのも素敵だけれど――手掴みで齧ってみるのも、きっと幸せ。
「どれもこれも美味しいよね! 僕は柚子風味のイカスミリゾット頼んでみたよ」
 幸せすぎる、と満面に笑み乗せたヒカタの前に深いセピアの艶めきが置かれれば、そいつはまたの機会をお勧めするねとナルセインが茶々を入れた。
「イカスミリゾット食った後にクルセイドマーチ熱唱するってのはちょっと男前すぎやしないか?」
「ああー! しまったぁ!!」
 今リゾットを運んできたとても見覚えあるウェイトレスが、にっこり笑って皿を下げていく。
 ――姉さんの顔に『じゃあ私が食べておくね』って書いてあった……!!
 手伝いに来てくれた姉の背を愕然と見送る彼に、魔曲使いさんは大変ね、と慰めるよう微笑んで、幾杯めかのヴィーニョ・ヴェルデをアドは宵風に煌かせた。
「エンドブレイカーのお仕事だけど、アクエリオ様には感謝しないとね」
「ほんと、この風にも宴にも水神様の恩寵を感じるよ」
 真顔でヒカタが頷けば、アクエリオ様にきゅんとするのは宿命なの、と握り拳で力説するヴリーズィ。
「ルセはアクエリオ様のダンディーさをちょっとは見習ったらいいんだよ!」
「そいつは難題だな。俺みたいな小鳥さんがお手本にするにはアクエリオ様は大人すぎる」
「だよなぁ、アクエリオ様の前じゃ俺達みんなひよっこだ」
 豪快にかんらかんらと笑声響かせ、ルィンは白葡萄酒で蒸してバターとガーリックを絡めたアサリを瑞々しいコリアンダーの清涼と一緒に口へ放り込んだ。ひよっこ同士で鈴の音めかせて杯を鳴らし、いつかのように上げた前髪を初夏の宵風が悪戯に乱していったなら、それだけで気分は極上だ。
「セインはアクエリオ様みたいな人がタイプなんだね!」
 だったら色々安心だなぁ、と機嫌が上向いたらしいヒカタが、僕のあげるよと帆立をひとつ。
「はい、あーんして」
「……へい兄者、合点だ」
 下手なことを言えばフォークが喉にぶっ刺さると直感した冒険商人は大人しく従った。
 皆の楽しい語らいに零れる笑みも初夏の宵風に掬われ遊ぶ。胸に満ちる風、こころもからだも潤す風の滴、どちらにもふわりと酔って、ロゼリアは風も光も硝子杯に汲む。
「ナルセイン♪ 小鳥さん♪ ねぇ、鳥さんなら歌うよね? ふふ。ヴリーズィもヒカタも♪」
「いいかな? いいよね! だってこんなに気持ちいいんだもの!」
「僕だって極上の気分だよ。それもこれもアクエリオ様々だね!」
 貸し切りの特権とばかりに乗った二人とロゼリアで、俺のは高くつくぜなんて嘯いた男も巻き込み、軽やかで爽やかな風に織り込む楽しい旋律。
 歌の余韻がふうわり風に昇華されたなら、ふとヴリーズィは銀の双眸を覗き込む。
「……自由な小鳥さんは、宵風に乗って今度はどこに行くのかな」
「どこにだって行くさ、旅路を渡るのが性だ」
 けれど、だからと言っていなくなるわけじゃない。
 今宵の風のように続け、男は柔く細めた瞳を彼方へ向けた。

 嫋やかな指先で弄ぶ硝子杯はまるでグラスガーデン。初夏の木漏れ日も風も煌きもみんなみんな淡く潤んで硝子の中で弾けて遊ぶ。
 染まってしまいそう、
 ほろり咲き綻ぶアデュラリアの唇から零れた吐息はとうに初夏の風に染まり、言の葉は恋に恋する少女めく淡い薔薇に色づいた。
 けれど悪戯っ仔達のお迎え準備も万端。
 ――さぁさ、存分に。戯れましょうか。

●水の宴
 湖上に遊ぶ風に抱かれて新鮮な魚介に舌鼓を打って、爽やかで軽快な風そのものを汲んだような微発泡の滴でこころとからだを潤して、皆と柔らかに笑いさざめきあう、贅沢な幸せ。
 優しい光の波めくこんな幸せに揺蕩うひとときが、激動の世界を駆けるための力になるから。
「――邪魔させないわよ」
 穏やかに湖面を分けていく船首の喫水線付近で不穏な水音がした瞬間、ロゼリアは優しく幸せな光の繭の中から鮮やかな光翼を羽化させた。
 繭から飛び出した娘が翔ける先には宵闇の空に躍りあがった透きとおる水の魚、
「さぁさぁお立ち会い、水が創り出した幻の魚と俺達との宴だ!」
 水飛沫散る中でルィンが肩掛けの華やかな着物を翻し、右手に顕現させた魔法のカードを躍るようシャッフルさせたなら、何事かとざわついた後方の乗客達もサプライズのアトラクションかと拍手喝采、風を切って翔けたカードが最も高く跳躍した水の飛魚の翼を派手に爆裂させたなら、
「そっちお願いだよ、クラリッサ!」
「任せろ!!」
 空から降る槍のごとき水の飛魚をめがけ、淡く輝く妖精の翅を背に咲かせたヴリーズィも飛翔した。春薔薇咲く扇が幻の水飛沫を散らせば、その雨の中を突き抜けてきたもう一匹を霊光の城壁を顕現させたクラリッサの突撃が甲板に叩きつける。
 現れた水の魚達は五匹、前衛を張る五名が初撃で一匹ずつ惹きつけるというのが皆の策だ。
「魚の形でリストランテに飛び込んでくるなんて良い度胸だね、三枚に下ろしてあげるよ!」
 最後の一匹を迎撃したのは悪魔の蹴爪めいた黒き爪、透明な水の魚をヒカタが抉った瞬間、眩い輝き注がれた水の中から光が爆ぜた。これで間違っても他の乗客達に被害が及ぶことはあるまい。
「この分ならデザートも美味しく頂けそうね」
「楽しみね、とても――とても」
 戦いの余波からテーブルを守ってくれるウェイトレス(リゾット堪能済み)の姿に眦緩め、アドが舞うのは鮮やかな風。
 水の輝き凝らせたような首元の珠玉を踊らせた烈風がやはり水の輝きで作られたような魚を大きく煽れば、続く追い風に乗って宵空に躍ったアデュラリアのマジックマッシュが幻の魚達をも甘く惑わす霧を空に描いて、水の魚二匹を呑んで煌く火花とともに爆ぜた。
 煙も滴も煌きも降る中で水の魚の仮面に奔った亀裂を見定めて、蠱惑の裾に秘めた銃をすかさず引き抜いたのはクラリッサ。
「もらったぜ! これでも喰らいやがれ!!」
 身を翻しざまにその銃口が火を吹けば、ロゼリアと対峙していた魚の仮面が砕け、水から生まれた幻は清らな水へと還った。――瞬間、クラリッサの頭上から急降下した飛魚が頭蓋を貫かんばかりの鋭い一撃とともに少女の狙いを乱す。
 近接技を駆使する敵の攻撃を引きつけつつ、痛手の大きな敵を狙っての各個撃破。
 それは他の乗客への被害を防ぎ短期決着を狙える策だが、前衛で其々の相手と接敵する者達に隙が生じやすい策でもある。けれど、自ら血を流すことを厭う者など、誰もいない。
 桜を贈るわ、と高らかに一声響かせたなら、瑠璃に潤む宵闇に舞ったアドの扇の軌跡から溢れた桜花の吹雪がクラリッサを抱いて柔らかな渦を巻く。
 春色の花吹雪に続きふわり宵闇に踊ったのは、瑞々しい白葡萄思わす淡緑透ける長い薄紗。
 今宵の風めくそれを纏ったロゼリアは再びクラリッサを狙う水の飛魚めがけて舞いあがり、更にもう一匹を巻き込みながら鮮烈な旋風の蹴りを放つ。
「――行ける!」
 弾ける水音に混じった音を真っ先に聴きつけたのはヒカタ、水飛沫の虹にも似た煌き閃かせた爪の軌跡から奔る衝撃波の往く手はロゼリアの蹴りで仮面に罅を奔らせた、クラリッサの頭上に躍る魚。
 虚空の刃に貫かれた仮面が砕け散れば、幻の魚を形作っていた水はきらきら煌きながら船に湖に降りそそいで光の滴を散らした。
 水の槍めく魚の突撃に狙いを狂わされても、クラリッサはドレスの裾を躍らせ身を翻し、ヴリーズィは輝ける妖精の翅で船上に舞って心に凪を取り戻す。
 舞うように戦う仲間達と鮮やかな攻防交わす飛魚達は、透明に煌き時に宵の彩や船上のあかりを孕み、まるで生きた宝石のよう。
 綺麗な飛魚――と胸に浮かんだ想いに他意はなかったはずなのに。
 エスカベッシュを思い出したらしいおなかの巨獣の反応にアデュラリアは思わずころり笑みひとつ。
「おなかの巨獣さんはまだまだ活躍できそう。小鳥さんも極上カスタードは楽しみ?」
「蕩ける満月みたいな色を想えば心が躍るね。甘酸っぱいベリーを添えてもらえりゃ完璧だ」
 巨獣さんの大活躍にも期待、と破顔したナルセインが描いた紋章から馳せるのは幻の黒鉄兵団、幻影に重ねてアデュラリアが放つライフベリーが、瑞々しい癒しで前に立つ仲間の痛みを大きく払う。
「さて、そろそろクライマックスと行くぜ!」
 鮮やかな笑みを閃かせたルィンが芝居がかった仕草で初夏の宵風薙いだなら、その右手に硬質な魔法のカードが煌いた。幾度も跳躍を繰り返した魚達は力を溜めつつあるが――ならば、その力が解き放たれる前に倒してしまえばいい。
 星の瞬き纏って宵闇を翔けた彼のカードが魚を貫いて、破砕した仮面のかけらと水飛沫で降らせる流星雨、華やかなそれに鼓舞されひときわ勢いを増した旋風に乗って、ロゼリアは宵空へ飛翔する。
「湖の水精さん。もう、水にお還りなさいな」
 歌うように語りかけ、淡緑の薄紗の残像が八重の花と咲く勢いで幾重にも放つトルネードスピン。飛魚一匹が水へ還った次の瞬間、紗の花を解いた娘は船首の先に長く突き出したバウスプリットの先端へと舞いおりた。
 どうしてこんなにも心が躍るんだろう。
 ロゼリアのスピンの余波に煽られた魚へ墨染桜の扇が招く旋風が馳せたなら、ヴリーズィの笑みはひときわ明るく咲き誇る。
 一緒に舞おうと友へ声を弾ませ、彼女がくれた追い風に乗せる、風神の舞。
「同じ飛魚でもあなたは美味しくないの、だから還ろう水へ、湖へ!」
 船上に零れた数多の水滴をも浚う勢いで翔けぬけた烈風が、船の前方遥か彼方へと最後の魚を浚って――仮面も水も、空と湖の狭間に咲く刹那の花と変えた。

 刹那の花が散り終えたなら、さあ、極上カスタードを抱いたエッグタルトがお待ちかね。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/05/26
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