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硝子と桜桃とアップルサイダー

<オープニング>

●ティルムシュタットの製菓市
 紫煙群塔ラッドシティ都市部の街、ティルムシュタットでは、月に一度特別な市が立つ。
 街道から街中へ入る手前に設けられた大きな広場に立つ市の名は、ティルムシュタットの製菓市。その呼び名のとおり、お菓子作りの材料や製菓の器具を主に扱う市だ。
 甘い香りと華やかな彩りに満ちた製菓市は、お菓子作りに興味を持つ者にとってはまるで、とびきり綺麗なものいっぱいの宝石箱やとびきり楽しいものいっぱいの玩具箱をひっくり返したような場所。
 初夏の緑薫る風と眩い陽射しの中でひときわ目を惹くのは春から初夏へ変わりゆく季節そのものを映したような果実の宝石達、春の終わりを告げる苺は飛びきり深い真紅に艶めいて、初夏の訪れを告げるさくらんぼは透きとおるように明るい薔薇色の煌きを踊らせる。
 けぶるように柔らかな杏色に色づく枇杷や深い薔薇色でとげとげとした果皮の中から淡い真珠色に透ける果肉を覗かせるライチは甘い香りを溢れさせ、それらを胸いっぱいに吸い込めば、とどめには綺麗な網目に覆われた、蕩けるように甘いメロンの香りが身体中を満たしていく。
 ねえ、これで何を作ろうか。
 苺もさくらんぼも枇杷もライチもメロンも、何もかもたっぷり欲張りに乗せた初夏のフルーツタルトは絶対に外せない。タルトに詰めるのはきっちり焼きこむアーモンドクリーム? それともカスタード? ああ、爽やかなレアチーズだって捨てがたい!
 この時季なら、タルト生地――パート・シュクレはバターの代わりにアーモンドオイルを使ってさっくり軽く焼きあげたいところ。さくさく軽やかなタルトに春から初夏へ移ろう瑞々しいフルーツ達をたっぷり乗せて、きらきら輝くグラサージュで艶がけしたなら、きっと宝石箱みたいなタルトができるはず。
 春と初夏のフルーツ達をたっぷりと、アーモンドオイルにグラサージュを買ったなら、ぴかぴかに磨き上げられた製菓器具にも目移りしてしまうもの。銀のダリアを咲かせたようなタルト皿もいいけれど、今日は山ほど買ったさくらんぼのために、綺麗に種を抜いてくれるチェリーストーナーが欲しいところ。大きな銀のクリップにも似た実用的なものならきっと間違いないけれど、おもちゃの紫煙銃みたいな可愛らしいデザインのものも楽しそう。
 ねえいっそ、両方買ってどっちがより綺麗に種を抜けるか競争してみない?
 そうと決まればさくらんぼを買い足さなきゃ! 生のままでも美味しいスイートチェリーもいいけれど、強い酸味と濃厚な色や風味が鮮やかなサワーチェリーだってやっぱり逃すには惜しいもの。飛びきり甘酸っぱいコンポートもいいし、華やかなコンフィチュールに仕上げてココナツミルクで練った白玉に添えるのもきっと素敵。
 美味しい葡萄の蒸留酒も買えれば砂糖と一緒に漬け込んで、とろりと甘いリキュール・ジンジーニャを作ってみようか。
 それなら新しい硝子瓶も買わなくちゃ!
 勇んで駆ければ広場には眩く溢れる硝子の煌きと、その傍にたっぷり積み上げられた春林檎。
 この春最後の林檎達はシードル工房から運ばれた大きな搾汁機にかけられて、搾りたての果汁は皆がその場で買い求めた硝子瓶になみなみと注がれる。そのまま飲んだって勿論美味しいけれど、これは果皮ごとすりおろした林檎を果汁に加え、林檎についた酵母で発酵させてアップルサイダーを作るためのもの。
 硝子瓶の蓋を彩るのは朝靄みたいに淡いミルク色したミルクガラスで咲かせた林檎の花。コルクと硝子の花を組み合わせたこの蓋は、発酵中に余分なガスを抜きつつアップルサイダーの炭酸は確り保ってくれる優れものなのだとか。
 ねえ、しゅわしゅわ気泡が弾けるアップルサイダーが出来たなら、春と初夏のフルーツをたっぷりと漬けたマチェドニアを作ろうか。

●硝子と桜桃とアップルサイダー
「自家製アップルサイダーでマチェドニアとかなんてことなの素敵すぎますお姉様……!!」
 顔見知りの綺麗なお姉様に視えたのは心躍らずにはいられないエンディング。
 お姉様に熱くそう訴えた雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)は、そのまま飛び込んだ旅人の酒場に居合わせた同胞達にも熱烈に力説した。
 果実の宝石箱みたいなフルーツタルトや自家製のさくらんぼリキュール、ジンジーニャにも興味津々だけれど、特にアップルサイダー作りは今を逃せば秋までお預けだからこの機会は逃せない。
「ね、もしも興味が湧いたなら――アンジュと一緒に、ティルムシュタットの製菓市に行こう?」
「こういう市は買い物も面白いが、売り手になるのも面白いぜ?」
 ラッドシティで領主となり、順調に領地を経営している者も多いだろう。
 自領に製菓市向けの品があるなら新たな販路も開拓できるはず。その気があるなら協力するぜと隣のテーブルから砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が口を挟んだ。
 つまり――自分が地位を持つ街や村の品を製菓市で売ってみないか、というわけだ。

 製菓市で扱われているのはお菓子作りの材料や製菓の器具といった品。
 新鮮なミルクや卵に極上のアカシア蜜、粒揃いの朝摘みブルーベリーといった良質の品があるなら間違いなく売れるし、刃物が自慢の街なら菓子をきれいに切れるケーキナイフ、織物が特産の街ならお菓子のラッピングに使うサテンのリボンといった、食材ではないものだって売り物になる。
 この時期なら、新鮮なフルーツやそれらを使った菓子に合う器などが売れ筋だろうか。
 明るい薄緑に透ける瑞々しい白葡萄や、艶やかなフルーツを引き立てる美しい硝子の器。
 大きな木箱いっぱいの林檎、壺入りの発酵バター、何本もの製菓用ブランデーと重いものを大量に買い込む客も多いが、頼めば品の良い制服に身を包んだ若い運び屋たちが貸し大トカゲ屋まで荷を運んでくれるから、誰もが財布の許す限り心ゆくまで買い物を楽しめる。
「俺が今回売るのはカモミールシュガーかな。林檎果汁に加えて発酵させれば絶対美味くなるぜ」
「んきゃー!? 何それ何それ絶対売れるに決まってるんだよずるい……!!」
 甘酸っぱく香るカモミールの花をたっぷり使い、淡い春陽の彩り抱いたさらさらのパウダーシュガーに仕上げたフレーバーシュガー。それがカモミールシュガーだ。

「お願いすればフルーツや林檎果汁の味見はできるみたいなの。んでも味見目当てに行くってのは遠慮してね。お菓子作りの材料や製菓用の器具を買ったり眺めたりするのを楽しむ市だもの」
 製菓市についてひとしきり語り、アンジュはそう付け加えた。
 たとえば、作りたいお菓子を作る材料や器具を買い揃えたり、好きなように買い物をしながらどんなお菓子を作ろうか考えてみたり。そうやって過ごすのが一番楽しい場所なのだ。
 新鮮で上質な食材も、職人御用達の高品質な器具も、誰かに菓子を贈るためのラッピング用品も、この製菓市ならよりどりみどり。

「あのね、思いきり楽しい買い物ができたなら、また逢おうね」

 何を買ってどんなお菓子を作ったのか、後で聴かせて欲しいと思うから。


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参加者
NPC:雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●桜桃と蜂蜜とマスクメロン
 初夏の陽射しは風そのものも輝かせ、眩い光で世界を満たす。製菓市を彩る瑞々しい果実達にも楽しげに煌きが跳ねれば、ハニーフィンチ・アレンカレン(c03179)の足取りも軽くなるばかり。
 飛びきりの幸せいっぱい集めて、
「あのフラワーパフェに負けないくらいおっきなパフェが食べたいの……!」
 目指すは春の永遠の森で出逢った特大パフェを超えるパフェ。
 器は既に発注済よ、なんて悪戯な笑みが覗けば冱てる音吐・フォシーユ(c23031)は瞬きひとつ。妹のおねだりに負ける硝子職人の姿が胸に浮かべば微笑ましく、迷子になりそうだからとごく自然に差し出された手が心に光をくれるから、淡い薫風めいた笑みを零してその手を戴く。
「お好きなもの、探そう」
「よろしくお願いします、先生!」
 二人迷い込むのは眩い煌きと甘く鮮やかな香り溢れる果実の迷宮、歩むたびにアレンカレンの声も足取りに負けず劣らず弾みだす。苦味のある柑橘は苦手だけれど、見た目も甘酸っぱさも可愛らしいさくらんぼは大好き。けれど噂の春林檎も瑞々しさ弾ける白葡萄だって楽しみたいところ。
「フォシーユ、おすすめの果物やお菓子ってある?」
「そうだね、さくらんぼは不動の天辺として、甘夏をホイップクリームに沈めるとか……」
 勧めたいものなら次から次へ浮かんでくるけれど、巧く話せているかとなれば話は別。ふと言葉が途切れた拍子に鼻を擽った官能的なまでに芳醇な香りを瞳で辿れば、そこには上品な網目を纏って化粧箱に鎮座する、
 ――レディ・マグダレーナご自慢の農園より収穫された極上マスクメロン!!
 これは財布的に無理! と思った瞬間、
「あと、ヨーグルトに蜂蜜ソースとか」
「蜂蜜ソースって美味しそう!」
 唇から滑り出た言葉が一番さり気なかったのは少し皮肉な展開だったけれど、途端に彼女の瞳が嬉しげに輝けば彼の心も浮き立った。
 四季の陽射し閉じ込めたような蜂蜜瓶達を思えば胸がはちきれそう。
 貴方のおかげで胸がいっぱいよ、とアレンカレンが歓喜の笑みを咲かせれば、フォシーユの笑みも柔らかに深まりゆく。
 好きなものだけ集めよう。
 あなたを、満たすまで。
 初夏の果物抱いて甘い陽射しの煌きを目指す二人の姿を見遣れば、考えることは同じのようだ、と漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)の笑みも綻んだ。
 あのようなパフェを自分でも作ってみたい、と彼が迷い込むのはひときわ眩い煌き踊る硝子の森。流石の製菓市といえどもあのサイズはないだろうか――と思った瞬間、彼は美しい水の煌き広がる噴水を思わす超特大パフェグラスにめぐり逢う。
 その大きさたるや優に通常の五倍以上、さしもの甘味剣士も思わず怯んだが、
「これも1パフェグラスで良いのだろうか?」
「リューウェンさんならばっちり1パフェグラスだよ!」
 雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)に太鼓判を押されれば潔く心を決めた。
 夏空に光の花描くような水の煌き二つを抱え、味見の約束結んだなら、次に目指すはカモミールの香り。そこではころりとしたキューブ型の四面にカッティングのカモミール咲く硝子のシュガーポットが彼の訪れを待っている。
 銀色のダリアが咲き誇るかのようなタルト型や小さな銀貨を山積みにしたみたいなタルトストーンに胸を弾ませ、白磁に美しい田園風景が描かれた陶器の壺から馥郁と香る極上の発酵バターの香りに心を奪われて、暁に唄う猫・ファイ(c35441)は遊び心満載の宝箱へ飛び込んだ心地。
 けれど、初めてのお菓子作りに挑まんと作りやすいものを訊きながら市を回れば、
「うちのアーモンドオイルを使ったさくさくサブレなんてどう?」
「いやいや、当店のゼリー型なら誰でも宝石みたいなゼリーが作れますよ!」
 返る答えは当然ながら千差万別。
 それなら他の客達にと思ったけれど、十人に訊けばやっぱり十の答えが返るはず。
「……うぉ、結局何を作ればいいんだ……しかし私はめげない!!」
 いざとなれば全部買って全部作る、と少女は雄々しく決意した。普段お世話になっているひと達にも贈れたら素敵だから、きっと作りすぎるくらいでちょうどいい。
 三度目の季節がめぐっても製菓市は新しいおもちゃいっぱいの宝箱。
 運命的に二人ひとめ惚れした仔ブタさんのフルーツボーラーでくりぬき勝負をして、まぁるい果実の宝石達を気泡の海に泳がせるのは硝子の睡蓮思わすカットグラスの器か、中身をくりぬいたメロンかパイナップルか。今日の戦利品を持ち込んだ隠れ家で満喫する湖上の夏を思えば心が躍る。
 後はアップルサイダー用の果汁とカモミールシュガーに、
「そのあと、えーと……なんだっけ? アンジュ覚えてる?」
「あのねあのね、さくらんぼを箱いっぱいどーんと買うの!」
 戯咲歌・ハルネス(c02136)が覗き込めば暁色にひときわ嬉しげな笑みが咲く。
 さくらんぼのクラフティにコンフィチュール、そして漬け込んでしばらく寝かせるジンジーニャ。これは作ったことも忘れた頃に出して呑むのが飛びきり美味しいって聴いたから。
 ――アンジュが作るジンジーニャのことは安心して忘れてて?
 今やりたいことも先の楽しみも次から次へ覚えきれないほど溢れくる。
 無限の宝箱みたいな世界を、さあ往こう。

●硝子と苺とカモミールシュガー
 華やかな金の滴が彩るのは看板代わりの大きめフルートグラス。
 天然石の果実を盛りつけ繊細なレースのリボンと優美な金の匙で彩り添えれば、製菓市の一角に夢売りの街の夢が咲く。
「決して某デザイナーに対抗してるわけじゃねぇよ? ああ決して!」
 誰かが『わあい派閥派閥!』と賑やかしていっても昏錆の・エアハルト(c01911)はそう嘯いたが、
「ま、派閥争いは浪漫だよな」
「お前もかよ!!」
 砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の手がぽんと肩に置かれれば突っ込み魂が炸裂した。
 けれど金砂舞う硝子のマドラーで発泡水をくるり混ぜ、先端の星が流星を描く様に『極上だ』と彼の瞳が細められれば、シュクル・レーヴの細工師は再び上機嫌で嘯いた。
 金砂硝子と乳白石を重ねたデザートプレートは果実の鮮やかな彩りを際立たせ、今日のオブジェをそのまま小さくしたフルートグラスは果実のリキュールをひときわ華やかに煌かせるはず。
 ――さあ冒険商人、俺の作品は上物だろ?
 蔦模様煌く硝子瓶が飛びきり甘酸っぱく香る林檎の果汁でいっぱいになったなら、小袋の春林檎と一緒に馴染みの運び屋達へ。春林檎は初夏の空駆ける彼らの喉をしっかり潤してくれるはず。
 林檎のためのペティナイフに銀の星散りばめたようなグレーター、小さめの戦利品達を抱えたなら、陽だまりめくカミモールの幸せを売る冒険商人にも林檎の差し入れ。
「……あの村に住むようになってから」
 林檎の皮が、剥けるようになったの。
 静謐の花筐・サクラ(c06102)がそう明かして、実が半分になるから食べる時は剥かないけれど、と続ければ、男が思いきり爆笑した。
「……ナルセイン、わたしは何か可笑しな事を言ったかしら」
「いや、賢明なる判断に感銘を受けただけだぜ?」
 林檎は皮つきで食うのが粋だろと口の端擡げた男の掌上で、楽しげに林檎が跳ねる。
 春と初夏の煌きの波間を泳ぐアップルバスカー・マニート(c13989)の今日のテーマは魚、魚の型で焼いたタルトには苺のブリュレとババロアを重ね、艶々の苺を並べれば、きっと南の海に遊ぶ熱帯魚みたいなタルトができるはず。
 なんて胸弾ませながら市を泳げば何時の間にか両手はいっぱい、
「セインさん、カモミールシュガーを魚の隙間に入れてもらっても良い?」
「あんたは今日もペンギンさんだな」
 よたよたしつつ辿りついた店でそう訴えたなら、爆笑した冒険商人が銀の魚にさらさらの陽だまりを入れてくれた。けれど、袋から瓶が落ちそうなのと縋るような眼差しで頼れば、小さな苦笑がひとつ。
 二番煎じはあまり好みじゃないなと嘯いて、男は昨冬と同じように運び屋達を呼んだ。
 本日の柑橘の国のお姫様は夏の夕陽みたいな柑橘達だけではなくて、桜桃や春林檎の誘惑にもすっかりめろめろ。硝子瓶にアップルサイダーの夢を眠らせたなら、陽凰姫・ゼルディア(c07051)は林檎の眠り姫に魔法をかけてくれるカモミールシュガーを求める旅に出た。
 今日の武器はアップルサイダー完成時の朝食への御招待。
 林檎の気泡に並ぶカモミールシュガーたっぷりのシュガートーストの夢を見せ、
「だからトースト分おまけしてくれると嬉しいなっ♪」
「こりゃ参ったね。甘酸っぱい香り尽くしの御誘いも交渉上手なお客さんも大歓迎だ」
 挑めば愉しげに破顔したナルセインが小さなシュガー瓶でゼルディアの額を軽くこつり。
 優しい冷たさのおまけを手に受けとったなら、余裕の生まれた乙女の財布は青い檸檬で爽やかに風味づけしたレアチーズクリームに甘い桜桃飛び込むタルトにだって挑めるはず。
 凛と透徹な氷の煌き凝らせたような硝子瓶に林檎果汁が躍れば、勿忘草・ヴリーズィ(c10269)の心も躍らずにはいられない。
 ――だってアップルサイダーを自分の手で作れるんだよ!
 胸には幾つもの鈴を振るようなあの森の氷唄が今も響いている。軽やかなあの日の音色と足取りそのままに幸せ弾ませ世界を渡る。カモミールシュガーも加えた林檎果汁が弾ける気泡でしゃらりと唄い始めれば、注ぐのは杯でなく硝子瓶。氷の彫刻みたいに眩い光をくれるカッティングのボトルで一気に呷ればきっと、輝く幸せ飲み乾す心地。
 得意なタルトも艶々輝く初夏の宝石で一等美味なチェリータルトにグレードアップしちゃうから。
「リズの大好きなアンジュ、ご馳走するから一番に味わってくれる?」
「わあい一番乗り独り占めしたいしたいー!」
 ぎゅうっと抱きついてきた親友の胸にもきっとあの日の氷唄。
 幸せの音色は、唇からの美味しいも含まれるんだね。

●林檎とライチとアップルサイダー
 秋まで暫しお別れとなれば、ハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)にはもちろん林檎を買わないなんて選択肢は存在しない。
 蕩ける朝靄色咲かせたミルクガラスの林檎の花をぽんぽんと唄わせたなら、アップルサイダー用とそのまま楽しむ用の硝子瓶二本に搾りたて林檎果汁をお買い上げ。透きとおる硝子に躍る柔らかな煌きをひとくち味見させてもらったなら、
「――……」
 眩しげに細められた彼女の瞳と弾けるように瑞々しい香りだけで、空追い・ヴフマル(c00536)にも搾りたてのその味わいが手に取るよう。掌中でころりと躍った林檎の花蓋に視線を落とせば飛びきり甘やかにミルクガラスが煌いて、新鮮なミルクを使った涼やかなアイスクリームの夢をくれる。
 夏の陽射しに飛びきり涼しげな白を煌かせ、
「飾りのミントもカモミールシュガーも好きなだけ如何でしょう?」
 彼が悪戯っぽい笑みで紡いだ夏のアイスクリームの夢には暑がり娘も大いに乗り気。
「そうと決まれば早速ミルクと、それからディッシャーも買ってみます?」
「折角アップルサイダーも作るんだし、林檎のソルベとかも作れそうじゃないか?」
 弾み始めた声音でヴフマルが続ければ、仄かに嬉しげな風情でオニクスも言葉を重ねて涼やかな夏の幸せを膨らませる。氷と塩でびっくりするくらいの冷たさをくれる容器も、冷菓をひときわ涼しげに彩ってくれる飾り皿も、探す手間さえ惜しまなければみんなこの製菓市で揃うはず。
「予想以上に荷物が多くなりそうだな」
「ちょっと大きい位でもじゅーぶん持って帰れますよ」
 またひとつ増えた夏の楽しみのためなら大荷物だって軽いもの。
 それに――初夏のひと汗の後には爽やかなアイスが待っている。
 甘酸っぱさが弾ける林檎との別れを惜しむ娘ならここにもひとり、黄金戦姫・アンゼリカ(c32742)は瑞々しい林檎の香りで広場をいっぱいにする搾汁機の前でわくわくと瞳を輝かせた。
 大きな木桶達をひときわ厳めしく見せるのは紫煙群塔ならではの機械仕掛け、重たげなハンドルが回され林檎が粉砕されるたび、圧搾されるたびに果汁の滴が躍って香りが弾け、眼の前の硝子瓶に搾りたての果汁が注がれれば思わず歓声をあげた。
 もちろん味見も断られるはずはなく。
 ひとくち飲めば、胸に切なさ感じるほど鮮やかな甘酸っぱさが指先にまで満ちるよう。
「美味しいなぁ……!」
 至福の声も吐息も初夏の空に溶かし、この幸せを硝子瓶いっぱいにお買い上げ。
 甘酸っぱい幸せをシュガーと一緒に閉じ込め、生まれた泡がしゅわしゅわ唄い始める頃にはどんな味になっているだろう。春林檎の砂糖煮やアップルパイと一緒に楽しめたなら更に幸せで、仲間達に振舞えたならもっと幸せ。
 しゅわしゅわ弾ける幸せは、きっと皆も飛びきりの笑顔にしてくれるはず。
 ティルムシュタットの領主は今日も元気に製菓市をめぐる。
「ナルちー! カモミールシュガーくーださーいなっ!」
「のわっ!?」
 領主タックルでどーんと挑んだトランジットパッセンジャー・ピノ(c19099)はナルセインの不意打ちに成功、不意打ちが交渉のコツとか思ってないかピーさん、なんて彼が言うのは笑って誤魔化しつつ、感慨深げに見遣るのは以前より温かみを増したように思える製菓市の賑わいだ。
 何かいいよね、と呟けば、あんたと皆の尽力の結実だと男も柔く笑む。
 就任から半年たって領主業の感触も掴めてきたから、ここらで初夏の晴れた空のもと、園遊会でもひとつ。某いけずなデザイナーにも協力は要請するけれど、
「ナルちもとっておき融通してくれるかな?」
「領主様御用達の看板をお許し願えるなら、幾らでも」
 訊けば返った悪戯な笑みに声をあげて領主は笑う。
 頑張ろう。
 階級も貧富も関係なく、美味しいものを食べれば誰だって笑顔になるはずだから。
 瑞々しくふっくらと艶めく苺にライチにさくらんぼ、初夏の爽やかさが弾けるような白葡萄。眩い彩に数多の馨の甘さに惑わされ、馥郁・アデュラリア(c35985)のおなかは春林檎も恋しがる。
「――ね、ずるいと謳われる小鳥さんも心ゆくまでもっと惑わせてくれる?」
「まずは入口からお試しあれ」
 掌にころり春陽の誘惑が踊ったなら、悪戯に囀るのはカモミールシュガーのこんがりキャラメリゼで彩ったパンケーキに、苺と桜桃のソルベと、ふるり瑞々しいライチと白葡萄を添える朝食の夢。
 震える位ときめくね、と眦緩めた冒険商人に秘密をひとつ添えたなら、
「――あんた、ほんとに油断ならない女だな」
 双眸薄め、殊のほか愉しげにナルセインが笑った。
 秘密は女性をますます魅力的にすると水神祭都の酒場で嘯いたのは彼のほう。
 そうかしら、なんてころり笑みを転がす女が紡いだ秘密は。

 廻るたびに恋してくようよ。
 本当にずるいのはきっと此処のほう。
 だって、ひっくり返された宝箱や玩具箱の世界の――もう、すっかりとりこ。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:15人
作成日:2014/05/29
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冒険結果:成功!
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