ステータス画面

報酬は水遊び

<オープニング>

●昼下がりの惨劇
 きゃいきゃいとはしゃぐ子供達の声が、一瞬の間を置いて悲鳴に変わった。
 放り出される小さなバケツ、持ち主の手を離れ、転がっていくボール。白く乾いた街道の土を、夥しい量の鮮血が潤す。
 悲鳴はすぐに聞こえなくなった。発する者達の絶命によって。
 ぐちゅ、にちゃ……ばき。ごきり。
 漆黒の毛を纏った獣が獲物を咀嚼する音だけが、昼下がりの街道に響く。
 血に濡れた牙が、ぞぶりと柔らかな肉に喰い込む。まだ温かい内臓を引きずり出し、華奢な骨を噛み砕く。
 ついさっきまで笑っていた友達の『部品』が、獣の口の中に消えていく。
 光を失った少年の瞳は、己に順番が回ってくるまでその光景を目撃していた。
 
●魔犬退治
「バーゲスト、って知ってる?」
 盾のスカイランナー・レンテ(cn0050)の問いに、エンドブレイカー達の幾人かが頷き、幾人かが首を傾げた。「僕もまだ、本物は見た事がないんだけど」と前置きして少年は説明を続ける。
 バーゲストとは、紅の瞳と黒い獣毛を持つ凶暴な魔犬であるらしい。頭にはドラゴンのような角、筋肉が発達した太く長い尾の先端には、鋭いスパイク状の棘が備わっていて、それらは牙や爪と同等以上にバーゲストの危険な武器となっている。
「それでね? 明日、湖に水遊びに行こうとしてる子供達がいるんだけど……その子達がバーゲストに襲われるエンディングを見ちゃったんだ」
 小さな林の傍にある湖は、暑い季節には子供だけでなく大人達も水浴びなどを楽しむ場所だ。そして、遊び盛りの子供達が大人より先に湖を訪れるのも、毎年の事。
 しかし、今年はそれだけでは済まない。
 湖に向かう途中、子供達は街道沿いの岩陰から現れたバーゲストによって、無残に喰い殺されてしまうのだ。
 魔犬に喉を噛み裂かれる子供の姿を思い出したのか、レンテはテーブルの下で、ぎゅっと小さな手を握り締めた。ややあって、話の続きを待つエンドブレイカー達に顔を上げる。
「その子達が湖に向かうのは、お昼ご飯を食べてからなんだ。先に行って、バーゲストを退治する時間は十分あるよ。これはマスカレイドとは関係のない事件だけど、助けてあげたいんだ。だから……皆も、手伝ってくれない?」
 魔犬退治が済んだなら、湖でひと時を過ごすのもいいだろう。暑い夏の日の、ささやかな報酬として。
 それに何より、罪もない子供達を魔犬の餌食にさせる訳にはいかない。
 同行を快諾したエンドブレイカー達は、さっそく相談と準備に取り掛かるのであった。


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参加者
アクセラレイター・ナハト(c00101)
白楔の城塞騎士・ツバメ(c01819)
神翼の剣士・ティエン(c03259)
月耀虹珠・ウパラ(c03504)
獣を以って業を征す・カズヤ(c04377)
圏使い・ウィスタリア(c08928)
蜜契・エミリア(c12784)
ソードハープの狩猟者・カーネイジ(c13441)
邪悪なる眼光・キォノータ(c13733)

NPC:盾のスカイランナー・レンテ(cn0050)

<リプレイ>

●正午前
 真上から降り注ぐ眩いばかりの光が、彼らの足元に濃く短い影を作り出していた。白く乾いた街道を往くエンドブレイカー達のうち、2人までが片手に肉の塊をぶら下げている。事情を知らぬ者が見れば奇異に思ったかも知れないが、そろそろ昼食をという時間帯である為か、周囲に彼ら以外の姿はない。
「ちょっと、腹減ってきたかも……」
 ぽつりと呟いたアクセラレイター・ナハト(c00101)の言葉に、腹の虫の音が重なった。鞄の中から顔を出したスピカが、「きゅ?」と鳴いて少年を見上げる。
「お弁当はもう少し後でね?」
 くすくすと笑いながら宥める蜜契・エミリア(c12784)の手には、5〜6人分はあろうかという大きな肉が、剥きだしのまま吊り下げられており、食べ盛りの少年を視覚からも刺激し続けている。
「腹が減ってるぐらいの方が動き易いってもんだぜ。探して見つけてブッ倒す、面倒が無くていいじゃねぇか。餌に釣られて寄って来るなら探す手間も省けるしな」
 野生的な顔に不敵な笑みを浮かべ、獣を以って業を征す・カズヤ(c04377)は周囲を見回す。草原の緑を突き破り、あちらこちらに点在する黒っぽい岩が、単調な風景にアクセントを添えていた。いつ魔犬に遭遇してもおかしくない状況だが、この青年はそういった緊張感すら楽しんでいるようだ。
「バーゲストねぇ、僕も見るのは初めてになるのか」
「うにゅ〜……またまた悪いわんこさんなのにゃ。今度もやっつけちゃうのにゃ〜♪」
 うっすらと汗ばんだ首筋に手を当てた神翼の剣士・ティエン(c03259)は、弾むような足取りで歩く圏使い・ウィスタリア(c08928)に目をやった。『またまた』という発言から察するに、彼女は以前にもバーゲストと戦った経験があるようだ。
「前衛でかまわねーけど、怪我したら無理せず下がれよ? 多分みんなサポートしてくれっから」
(「ウィスタリアは……アタシより遥かに強そうだし、心配いらねーか」)
 前方で揺れるピンクのポニーテールから、邪悪なる眼光・キォノータ(c13733)は隣を歩く小年へと視線を移した。実戦経験があるとはいえ、盾のスカイランナー・レンテ(cn0050)はまだまだ幼い子供だ。エンドブレイカーとしての先輩という認識より、どうしても心配が先に立つ。
「……話を聞くだに酷い光景を『見た』のだな。その終焉、共に打ち砕こう」
 レンテの柔らかな髪をくしゃりと撫でながら、月耀虹珠・ウパラ(c03504)は昨日聞いたばかりのエンディングの話を思い出さずにはいられなかった。小さな子供が垣間見るには悲惨すぎる未来を、現実にさせてはならないと心から思う。
「それにしても見付かりませんわね。何でしたらホークアイで……」
 探してみますわよ? と続けようとした言葉を、ソードハープの狩猟者・カーネイジ(c13441)は飲み込んだ。続ける必要がなくなったのだ。肉の匂いを嗅ぎ付けて、数十メートル先の岩陰から現れた魔犬の姿を認め、寄って来るのを待つのは時間が惜しいと幾人かが走り出す。
「これも都市平和を維持する為の業務の一環ですね。さて……行きますか。今日も愛する都市の為に」
 仲間達に数歩遅れ、白楔の城塞騎士・ツバメ(c01819)もまた駆け出していた。抜刀した剣の磨き上げられた刀身が、夏の光を眩しく弾いた。

●戦いの伏線
 エンドブレイカーとバーゲスト、両者を隔てる距離は一瞬毎にゼロに近付き、戦意と敵意をより強く燃え上がらせていく。エミリアとキォノータが投げつけた大小つの肉塊は、魔犬によって無視された。攻撃本能が食欲を上回ったという事だろうか。背後の2人には触れさせぬとばかりに、ウパラは更に加速した。真紅に染まった鋼の爪がバーゲストの首筋を掠め、黒い獣毛が風に散る。
「これはまた……大きな犬ですね」
「ハッ! 狙い易くていいんじゃねぇの!?」
 眼前のバーゲストの体格は、馬並みとまではいかぬもののポニーのそれには匹敵する。低い位置を薙いだツバメの刃は、バーゲストの左前脚をとらえた。振り抜いた剣を構え直すよりも早く、ドラゴンを髣髴とさせる2本の角が腹部を襲う。金属鎧の上から伝わった衝撃は、角の一撃を刺突から打撃へと変質させていたが、ダメージは予想以上に大きかった。牙を剥いた魔犬の側頭部を、カズヤの獣化した右腕が殴打する。背中を覆う長い黒髪、交戦的な赫い瞳、全身から発散される野生そのものの生気までもが、青年はバーゲストに酷似していた。閃いた獣爪が魔犬の肩を裂き、乾いた地面を鮮血で潤す。
「ティエン、ウィスタリア! そのでっかい犬を街道から引き離してくれ!」
 バーゲストの側面に回り込んだ仲間に向かい、ナハトが叫ぶ。鞄から顔を出していたスピカが消え去り、黄金の瞳を持つ星霊が彼の足元に出現した。着物の袖をはためかせてティエンが跳ぶ。稲妻の闘気を籠めた斬撃が、バーゲストの脇腹を浅く斬り裂いた。魔犬の注意が自分に向いたのを確認し、少年は間合いを計りつつ後退する。
「……そういう事にゃ? 判ったのにゃ♪」
 半瞬遅れ、ウィスタリアはナハトの意図を理解した。両手の圏を殊更見せ付けるように構え、大きな動きで斬り掛かる。
 十字斬りを棘の生えた尾で弾き、魔犬は草原へと駆け出した2人を追った。全ては目論見通りだ。街道から引き離す事さえできれば、通り掛かる者がいたとしても危険に巻き込む恐れはないし、戦闘後の処理も楽になる。
 バルカンの前脚から火炎弾が立て続けに放たれ、魔犬を追い立てるように炸裂した。

●短期決着
 ソードハープの弦を掻き鳴らすカーネイジの背中に、白い大きな翼が羽を広げた。心励ます旋律に癒され、仲間が再び魔犬に挑んでいく。
「……そうね、弱肉強食は自然の摂理ですけれど、子供達が食べられてしまうのは辛いですものね。知ったからには、助けずにはいられませんわ」
 助けてあげたいんだ――旅人の酒場で助力を乞うたレンテの言葉を思い出しながら、カーネイジは独りごちる。奇麗事であろうか。否、だとしても。
(「ごめんね、あなたに恨みはないけれど、哀しい終焉を見過ごす事はできないから。……おやすみなさい、夏の底へ」)
 宙高く舞ったエミリアが、バーゲストの延髄に自重を乗せた一撃を加えた。ぐらりとよろめきながらも、魔犬が前脚を振り上げる。
「させっかよ!」
 叫びと同時に振るわれたキォノータの鞭が、仲間を切り裂かんとする前脚を絡め取る。
 一瞬にも満たぬ力の拮抗。それで十分だった。エミリアが連続ジャンプで距離を取るにも、魔犬の注意がこちらに向くにも。
 力任せに前脚を振られ、キォノータは転倒した。草の上を転がりながらも鞭だけは手放さず、黒い獣毛に覆われた胸元を打ち据える。激怒した魔犬が咆哮を上げ、小柄な体に喰らい付いたのはその直後。
「ひ、ひいぃっ」
「食べちゃダメぇーっ!」
「彼女を放してもらおうか」
 跳躍したレンテが回し蹴りを放ち、雷気を孕んだティエンの剣が閃く。至高剣『神翼』はバーゲストの防御を封じ込め、鋭い角の1本に亀裂を生じさせた。この時既に、空中で体を一転させたウィスタリアが、魔犬の背中に跨っている。
「ボッコボコにゃ♪」
 両手の圏が振るわれる度に赫い飛沫が散った。ウパラの爪がバーゲストの後脚を右と左に引き裂き、彼女を狙う棘の生えた太い尾を、ツバメの繰り出す剣の乱舞がズタズタにしていく。
「戦いなんてもんはなぁ……」
 横転し、立つ事も叶わぬバーゲストを見下ろし、カズヤが獣腕を振り上げた。
「肉斬られようが骨断たれようが、首ィもぎ取っちまえば勝ちなんだよ!」
 頸部を断ち切られたバーゲストは僅かに震え、それきり2度と動かなくなった。

●水遊び悲喜こもごも
「……終わったみたいだね」
「ああ、援護の必要もなかったぜ。……アイツは?」
「通行人を足止めするって言ってたから、帰りに合流すればいいんじゃないかな?」
 万一の場合には手伝おうと待機していた者達は、人知れず帰路についた。バーゲストの埋葬と街道の掃除を終えたエンドブレイカー達は、そのまま足を伸ばして湖へと赴く。カーネイジが持参した弁当に舌鼓を打った後は、いよいよお楽しみの水遊びタイムである。
「大分汗をかいたが……その分『報酬』の喜びが増すというものだな!」
 腹ごしらえを済ませたウパラが立ち上がり、その場でおもむろに脱ぎ始めた。仲間達の間からどよめきが起こる。慌てて顔を背ける者、指の隙間から覗く者など反応は様々だったが、服の下に水着を着込んでいた本人は「ん? なんだ、期待したか?」と涼しい顔だ。
「素敵なお姉様方とご一緒できて本当に嬉しく思いますわ」
(「ウパラさんなんか悔しいけど完璧なスタイルよね。羨ましいですわ。エミリアさんは慎ましくてかわいらしい体型ですし、キォノータさんも……うふふふふふふ」)
 うっとりと、カーネイジが今にもよだれを垂らさんばかりに見詰める一方で、自分とウパラの胸を見比べたキォノータは、「ぐぎぎ」と何やら悔しがっている。励ますように彼女の肩を叩き、カズヤは「晩飯用に魚でも獲ってくか」と湖に入っていった。水着を持っていないからと、ズボンを穿いたまま泳いでいく。
(「まぁ、不運っちゃあ不運だよなぁ。喰われる予定だったガキも、俺らに出会っちまったアイツも。別のモン喰ってりゃあそこで死ぬ事も無かっただろうによ」)
 カズヤのズボンのポケットには、バーゲストの角の欠片が収められていた。1匹の魔犬がこの世界で生き、そして死んだ証が。
「あっ、もう誰か来てる!」
「えぇー? 今年も1番乗りだと思ったのにー」
 唐突に聞こえてきた高い声に、鎧姿のまま仲間達を眺めていたツバメがそちらを見やると、10歳前後と思われる子供達の姿があった。穏やかに笑い掛けられて興味を持ったらしく、子供達はボールやバケツを放り出して駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん、城塞騎士の人?」
「この剣って本物だよね。触っていい?」
「ここで何してるのー?」
 次々と発せられる質問に快く応じながらも、ツバメは子供達へ注意を促す事を忘れない。町や村の近くでも、絶対に安全な訳ではないのだから、遊びに出かける際には気を付けるようにと。
「お、ちび共も水遊びか。俺も混ぜてくれよ」
 着替えを済ませたナハトが木陰から出てくると、子供達の間からは「変な水着ー!」と笑い声が上がった。だが、それも当然だろう。彼が身に着けていたのは、サイケデリックな色彩のブーメランパンツであったから。
「変って言うなーっ! これしかなかったんだから仕方ないだろー!?」
 笑いながら逃げていく子供達を追って、ナハトもまた湖へと走っていく。どうやら水中で鬼ごっこをするつもりのようだ。
「レンテちゃん、こっちにゃ〜♪」
「うん、今行くねっ」
 水の中からウィスタリアに呼ばれたレンテは、ふと、そちらに行き掛けた足を止めた。着物姿の仲間が1人、樹にもたれて子供達を眺めている。
「ティエンさんは泳がないの?」
 ぴくっ。
「彼女もいないのに泳いで何が楽しいんだぁぁぁーっ!」
 どうやら触れてはいけない事に触れてしまったらしい。小さく肩を震わせた直後、ティエンは叫びながら林の奥へと駆けていった。汗だか涙だか判らない滴を、キラキラと零しながら。
「……彼女がいないと泳いじゃダメなの?」
「んにゅ? わかんないにゃ♪」
 首を傾げてみたものの、2人の興味はあまり長くは続かなかった。レンテとウィスタリアは互いに水を掛け合い、無邪気な遊びはたちまち他の仲間達をも巻き込んでいった。

(「……ひどい人。たった一言でさえも、もう聞かせてくれないなんて」)
 自分を置いて逝ってしまった最愛の夫を、エミリアは心の中で小さくなじった。
 髪を留めた珊瑚の花飾りは、昔貴方がくれたもの。
 淡橙の水着に包まれた身体は、あの日と少しも変わりないままで。
 世界で一番可愛いって笑ってくれた事は、今でも鮮明に覚えているのに――
「スキありぃ!」
 ついぼんやりとしていたらしい。キォノータに冷たい水を掛けられて、エミリアは我に返った。次いで、ふわりと笑顔を浮かべる。眩い夏の始まりに、追憶は似合わない。今はただ、仲間達と冷たい水の感触を楽しもう。
 光を乱反射する湖面には、笑い声こそがふさわしいのだから。



マスター:夕霧 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2010/07/16
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