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砂迷宮のナイトバザール

   

<オープニング>

●砂迷宮のナイトバザール
 艶やかな夜の空は粉から煮出したとろり濃密な珈琲の色、惜しげもなく振りまかれた金砂の星達は煌びやかに瞬くけれど、天頂に昇った月は蜂蜜にほんのりと煉瓦色を溶かしたような、砂色がかった彩で砂漠の夜空に燈る。
 月と星のあかりで柔らかに光と影を織り成された幾つもの砂丘を踏み越えたなら、辿りつくところは砂ざらしの白漆喰と日干し煉瓦の建物を積み木のように重ねたサンドベージュ色の迷宮都市。
 珈琲色の夜闇に抱かれた街が甘やかな蜜色の光の繭に包まれていたなら、それは数多の隊商や冒険商人達を迎えた街が眠らぬ夜をも迎えた証。
 彼らが催すバザールで夢幻の不夜城と化した迷宮都市へ、さあ――泳ぎにいこうか。

 夢幻の不夜城を包む光の繭の正体は数え切れぬほどのモザイクランプに燈ったあかり。
 数多のあかりがすべて融けあえば遠目には蜜色の光と見えていたけれど、間近で見ればそれらは彩鮮やかな色硝子のかけらを鏤められて、万色様々なひかりで迷宮都市を照らす。
 銅に黒金、黄銅に燻し銀。優美な透かし細工を施したランプがくうるり回れば、色硝子のモザイクを透かした光と影もくうるり回って迷宮の不夜城に万華鏡の世界をも映しだす。とろり甘くたなびく霞は深い緑硝子に金彩の施された水煙草からくゆる煙、桃とジャスミン、薔薇にライチ、とりわけ官能的に組み合わされたそれらのフレーバーに思うさま耽溺するのもいいけれど、ゆうるり流れる煙を追って迷宮の更なる奥へ迷い込む誘惑にも抗いがたい。
 そこは異国の香り漂う品々あふれる夜のバザール。
 鮮やかな色硝子の模様踊るモザイクランプに、花模様が細やかに描きこまれた飾りタイル。
 金と銅ともつかぬ不思議な彩で模様が描かれたチャイグラスを眺めていれば、濃厚に香る紅茶がおもむろに眼の前のグラスへ注がれる。
 幾重にもかさねたパイ状の生地の間には鮮やかな黄緑のクラッシュピスタチオ、こんがり焼きあげシュガーシロップをかけてなじませた甘い甘い菓子を摘んで、徐々に狭く深く入り組んでいく不夜城の奥へと泳ぎゆく。
 迷宮を仕切るのは美しい紋様を織りあげたキリムと呼ばれる綴織。
 キリムをくぐり奥へ進むほど、品物の種類も増えていく。
 美しく染めた山羊皮と黒金づくりのランプシェードに、軽やかな金貨みたいな黄銅のメダルを連ねた足環に首飾り。薔薇色硝子と金彩の香水瓶へと詰めてもらう香りに迷えば、青硝子で魔除けの目をかたどる護符が南国の海のように光る。優しい桃色に冴えた瑠璃色、伝統的な手編みレースが花を咲かせる髪飾り、金細工や銀細工にラピスラズリやターコイズをあしらった装身具に、獅子の乳との二つ名でも知られるアニス香る蒸留酒。

 迷うほどに不思議な品が現れるそこは砂迷宮のナイトバザール。
 けれど不思議なことに、そこではなんにも買えやしない。
 ――はずだったのだけど。

●星迷宮のナイトバザール
 それはさながら、砂漠の夜にひっそり落とされた蜜色真珠。
 異国情緒をたっぷり感じさせるくせに何処か懐かしいサンドベージュ色した迷宮都市のバザールに集う冒険商人達は気位が高く、一見の客には決して品物を売ってくれないのだという。
「――が、『エンドブレイカー様なら話は別だ!』ってさ。ほんと日頃の行いってのは大事だよな」
「何か、あの日の星に手が届いたみたいな気がする……」
 砂月楼閣シャルムーンの酒場で銀杯を掲げ、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が銀の瞳を緩めて笑ってみせれば、ねっとり甘いナツメヤシの干果をお茶請けに煮出し珈琲を堪能していた扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)が金の瞳を感慨深げに細めて吐息を洩らした。
 別の都市で彼女が手に入れられぬ品々の迷宮バザールを泳いだのはもう何年も前のこと。
 客の人となりを確かめる意味もあるのか、バザールの商人達は甘い菓子や珈琲、チャイや弾丸のように丸めた緑茶とたっぷりの砂糖や生ミントを使ったミントティー、香ばしい胡麻香る薄焼きパンにひよこ豆や茄子のペースト、熱い脂の弾ける炙りたてのケバブやトマトサルチャを乗せた軽食やら、果てはワインに蒸留酒、水煙草までを惜しげもなく振舞ってくれるのだとか。
「ラブラビで腹ごしらえ出来るってのもありがたいね」
「きゃーアンジュも食べる食べるー!」
 固くなったバゲットを陶器の深皿へ好きなようにちぎって入れ、茹でたひよこ豆も好きなだけ入れて半熟卵を落とし、そこに熱々のスープをそそいでもらうパン粥。それがラブラビだ。
 香辛料とニンニクたっぷりの唐辛子ペーストも加え、半熟卵を潰しながらぐちゃぐちゃに掻き混ぜて食べる到底上品とは言えないものだが、そのジャンクさが癖になるのだと二人は口を揃えて言った。
 楽しげに笑み深め、男は同朋達にもナツメヤシの干果をすすめて言を継ぐ。
「水煙草とラブラビは流石に腰を落ち着けなきゃならんだろうが、大概の食べ物飲み物は好き勝手に食べ歩きできるようにしてくれてるからな。美味しそうなものを適当に摘まみながら夢幻の不夜城を泳いで回るってのは――なかなか乙なひとときになると思うぜ?」
 彩鮮やかなモザイクランプ達が砂色の迷宮に万華鏡の世界を映す夢幻の不夜城を、もっちりとした不思議な食感と華やかな香りが心とろかす薔薇のロクムをかじり、細かに挽いた粉でとろり煮出した珈琲を味わいながら、物語めいた模様を織りなすキリムの仕切りをふわりふわりとくぐって歩く。
 見出せるのは異国の風と香りを感じさせる不思議な品。
 ――この夜には、あの日手の届かなかった星にも手が届く。

「さあ御照覧。砂漠の夜に夢幻の不夜城の扉が開く」
 思うさま耽溺してこようぜ、と男は再びアニス香る銀のゴブレットを掲げてみせた。


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参加者
NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●砂の星海
 濃密な珈琲色の闇に落とされた蜜色真珠、砂漠の夜に燈った光の繭に沈み溺れて、異国の千夜を彩る物語の世界へと迷い込む。甘やかに蕩けて揺れるは飴のかけら鏤めたようなランプから零れる万華の光。薔薇や檸檬に甘橙の色彩、瞳に甘い輝き満たせば、熱い糖蜜と蕩けるバター溢れる焼き菓子や熱い脂がじゅうじゅう弾ける羊肉のケバブ、熱烈に食欲を刺激する音や匂いに誘われる。
 蒼き光鷹ヴァイゼの助けで数多の誘惑退けつつ、幾何学の竜に波模様、不思議な模様のキリムを幾度も潜れば、突如マルベリーの視界に広がったのは砂の民が恋焦がれる海の青。
「うやぁ……!」
 蒼玉藍玉、菫青石に天青石、吸い込まれそうな青の煌きばかり集めた不夜城の底、迷いに溺れて助言を願えば、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が燐灰石の足環を掬う。
 南海の煌き湛え、精緻なカッティングで星の煌き纏った宝石が、
「あんたを星海の旅へ連れて行ってくれるだろうさ」
 光の繭に沈めば逍遥たる夢歩き。万華鏡の底から星空仰げばふわりたなびく甘やかな煙雲、深い緑硝子と金彩に誘われライヒェが腰を据えたなら、優しくこもる水音に重ね、甘い月下美人の蠱惑に涼やかなミントの香り絡めた煙の夢が躯の芯から夜空へ昇る。
 異国情緒に極上の水煙草、ゆるり酔いしれれば零れるのは吐息の笑み。
 ――こうも居心地が良いと、寧ろ抜け出すことのほうに抗っちまうな。
 彩の洪水と煌びやかな物語に心蕩けて馴染んだ頃合に、優艶なるシーシャに出逢う。
 黎明めいた菫硝子に舞う麗しき黄銅のジンニーヤを撫でればアカツキの顔には猫の笑み、硝子に抱かれた水に蒸留酒を落としてもらえば、獅子の乳たる名のとおり柔い白が燈った。
 甘い酒香滲む、菫の香り艶やかな水煙。
 深く胸に満たして星空へ昇らせて、眩暈のような酔いと誰にも秘密の夢に恍惚と浮かぶ。
 綴織の波幾つも潜り、狼の口と呼ばれるキリム紋様の陰で暁色の娘に甘く指先噛まれれば、二人睦言めかして溢した笑みが泡沫のように星空の水面へ昇る。
 砂迷宮の深海で触れたのはかつて星迷宮で触れた水煙草。
 夢幻の不夜城で満たすはアニスの香、吸口から唇離し、昇る煙を瞳で追えば、ハルネスの視界の端であの夜と同じ陶器の飾り玉がくるりと回る。そう、あの夜買ったのは、遥か異国へ旅立つ夢。
 ――ああ、途が交わった。
「また逢ったね、アンジュ」
「次の夢でも、また逢おうね」
 甘い笑み燈して欲張る娘の唇には夢香る吸口触れさせて。
 出逢いの経糸と記憶の緯糸が織り重なるたび、また君と出逢う。
 極上の蜂蜜酒めく光に身を浸し、綴織の波間を回遊するほどイシュドラの瞳の輝きは少女のそれに還りゆく。幼子の仕草で手を引く彼女の手を握り返せば、カフカもまた万華鏡の彩泳ぐ魚になった。
 水煙の波紋に裾の尾鰭を翻し、宝箱とも棺とも読める紋様の綴れ波を潜り、
「ねえ旅人さん、此処は一体どこかしら」
「御伽の国へようこそ」
 迷いの涯てに辿りついたのは御伽噺の星の店。
 白魚めく指が黄金の星煌く髪飾りを選びとる。
 ――ね、星に手が届いた。
 笑みで囁き大切そうに星を差し出してくれる君こそが――僕にとっての標星。
 なんて想いは、ありがとうと紡いだ次の瞬間彼女を抱きあげて、悪戯に笑った声へと昇華した。
 不意に浮かんだ視界の深み、もう迷わなくてすみそうだと眩しげに笑む彼の顔。
 その瞳の煌きこそが、彼女にとっての標星。

●砂の遊宴
 翔るたび躍るダルクの音は慎ましやかだけど、弾む胸とポケットは希望ではちきれんばかり。
 万華鏡の虹の先、翔る暁に出逢えば、
「なあなあアンジュ、ラブラビの飛びきり美味い食べ方教えたってよ!」
「あのねあのね、ハリッサばーんって入れて思いっきりぐちゃぐちゃにするの!」
 姫茴香と大蒜香る名前は可愛い唐辛子ペーストばーんと入れて、ロータスは異国の味に初挑戦。
 熱々のスープ注げば石みたいだったバゲットもふわふわの雲、卵混ぜる過程ひとつすらも新鮮で、熱くて辛くて美味な異国の味に友と二人声をあげて笑う。
 まだまだ識らないものがある。
 そんな震えるほどの期待と歓喜こそが、この夜手にした贅沢な星。
 ――ラビ。
 知らない声で愛称を呼ばれた気がして、幾度も夢幻の喧騒振り返る。けれど、
「あのパン粥、ラブラビ……と言うそうだ、な」
「らびらび? らぶ……? あ、ぅ、わぁんっ! 聞き間違えちゃったのじゃ……!!」
 何処か面映そうなリューウェンの言葉にラヴィスローズも耳まで薔薇の色。二人あわあわそわそわ腰をおろし、異国の粥にクミンぱらりと振れば『ハリッサばーん!』と隣の卓の暁色に瞳で訴えられ、甘党剣士と姫君は覚悟を決めた。
 辛い赤も混ぜてはふっと頬張れば、熱くて辛いのにまろやかで、エキゾチックな大人の味。
 誰かと食事をすると食べられるものの幅がどんどん広がるな、と微笑した彼の顔をちらりと覗けば、
 ――そう言えば、リュー殿には愛称で呼んでもらったことが無いのぅ。
 呼んで、欲しい。
 姫君の胸で小さな星めく願いが瞬いた。
 異国情緒をそのまま絵にしたような夜のバザールは、思い描いていたより数段摩訶不思議。
「あ、これ半分こしたいね!」
「ほぉ、旨そうだな」
 炙りたての仔羊や牛のケバブを朝採りトマトや胡瓜と一緒に挟んでもらったピタを迷わずエルスが割れば、異国の香辛料の匂いに瞬き笑ってガルソは半分こを受けとった。
 炙り肉のスパイシーな香ばしさに夏野菜の瑞々しさ。
 たっぷり満喫したなら義理の親子は更なる万華鏡の夢の奥、デーツの甘さ蕩けるアイスクリームに綺麗な緑のクラッシュピスタチオたっぷり飾ってもらって娘は御満悦。父が手にしたアイスクリームで蕩ける夏陽の色はマンゴーに見えたけど、食べてみたなら完熟アプリコットの蜂蜜煮。
 薔薇の香ライチの香揺れる甘い煙雲、その彼方から漂いくる匂いにシグマの瞳がひときわ輝いた。
 胡桃と一緒に挽いた羊肉に香辛料を混ぜ、薄い小麦生地に包んで揚げたそれは、頬張ってみればたちまち甘酸っぱい柑橘だれと絡んだ肉汁が溢れだす。
 ――この子は本当にまだ子供なんだな。
 無邪気な主の笑顔に眦緩めれば、クレイの視界の隅で透明な蒸留酒が煌いた。アニス香るそれを手に取れば興味津々に覗いてくる主の瞳。
「これは酒だ。マスターはまだ飲めない」
「子供扱いするなっ!」
 代わりにと苺ならぬアーモンドミルクを渡してやれば、返るのはまだまだ子供な膨れっ面。
 濃厚な珈琲とろり満たした杯を片手に潜るは星に鍵に花紋様のキリムの波、視界を流れる万華の彩に珈琲の雫めいたトルマリンが煌けば、シュクル・レーヴの細工師の胸には閃きの流れ星。
 新作の着想は雫煌き幾重にも彩重ねる踵の高い靴、中敷きにははっとするような深紅の布選び、気位高い商人との交渉の末、エアハルトは古い砂漠のカスバを模したゲームボードをも勝ち取った。
 ――ああ、不夜城ってのはいいもんだ。
 満足げに細めた双眸は、星迷宮の夜のようには振り返らず、前へ広がる世界を見霽かす。

●砂の迷宮
 燈火の熱に浮かされる心地で二人潜る綴織は聖なる焔の幾何学模様。
 万華鏡めく光が踊れば足元にまで影絵の物語が広がるよう、ふわりふわり夢踏む彼女を人波から庇って肩を抱きとめれば、夢幻の中で鮮明に感じた彼女の体温にフォシーユは息を呑む。
 不思議そうに瞬かれれば笑って誤魔化したけれど。
 斧都の領主館を離れた今だけは――互いに立場も役目も忘れた夢見鳥。
 花模様の綴織を潜れば不意に、色鮮やかな絹糸の煌き満ちる花園が広がった。
「これ、お好きそう」
「うん! 大好き!」
 掛けられた声に笑み咲かせ、アレンカレンの瞳は薔薇に鬱金香に菫にアイリス、花の虹の波間を存分に彷徨って、可憐なレースの小花連なるラリエットを選びとる。
 似合うかしらと髪に重ねてみれば、いいねと眩しげに彼が瞳を細めてくれたから。
 覚めない夢の証に、とっておきの花の星を連れ帰る。
 砂漠の夜の蜜色真珠に飛び込めば胸奥から湧きあがる期待に歓喜に不思議な解放感。
 何をしよう何を見よう、誰かじゃないけど七夜あってもまだ足りない!
 心翔るまま泳ぐ砂迷宮の万華鏡、暁色と一緒に鍵紋様のキリムを開けば、南海の雫めく青硝子の護符の煌き透かし、数多の彩と紋様が広がった。星に狼の口に生命の木、ひとつひとつ思いをこめて綴られた紋が、胸の芯に煌く万華鏡をくれる。
「アンジュさんと一緒の時間も、全部そうなの」
「アンジュもね、クローディアちゃんとの時間がすごく瑞々しいよ!」
 邂逅した朝乙女達と手を振り合い、匙で混ぜるたびひよこ豆躍るラブラビ満喫すれば、いざ勝負。
 悪戯な笑み覗かすゼルディアが挑むは冒険商人、
「ね、一緒に不夜で溺れてくれる? 御代は貴方への一曲でいかが?」
「――実は一度、あんたの唄を独り占めしてみたかった」
 なんて言ったら、どうする?
 愉しげな笑みがナルセインから返れば勝敗は溺れた先の話。
 星の銀鈴しゃらりと唄う足輪や月の金貨しゃらんと踊る腕飾り、見立てをねだって甘味にも挑めば不夜の涯ては遥か彼方。
 さあ、砂迷宮の鳥籠に囚われないよう気をつけなくちゃ!
 鮮麗な空色映す天青石の細工が夢幻に舞う蝶となる。
 一目で心奪われたジャフウティが愛しきひとの髪へと蝶を留めたなら、心地好さげに、そして何処か懐かしげにサキが瞳を細めた。すぐさまいつものように笑みを咲かせた彼女が見出したのは、古色が風雅なアンティークシルバーが翼広げた鷹を模るイヤーカフ。
 愛しきひとの手で耳へと飾られ。
 彼からの口づけが成ったか否かは、万華鏡の彩踊る異国の夜の夢の底。
 焼きたての菓子は滴る糖蜜も熱々で、飛びきり甘い香りを溢れさせた。幾層ものパイ状の生地から覗く綺麗な緑はクラッシュピスタチオ、その彩はロネの髪とお揃いで、指に滴る蜜をカルロがぺろりと舐めたのは二人だけの内緒の話。
 鳥にオリーブ、ナツメヤシ。
 二人で代わる代わる選んだ紋様のキリム潜った夢の先、出逢ったのは硝子の蝶。
 薔薇に蜂蜜、木漏れ日の緑、迷宮彩るモザイクランプ達みたいに鮮やかな色硝子を綺麗に丁寧に埋め込まれた蝶が、カルロの手でロネの髪に留められる。
 何時になく近づく、瞳と瞳。
「凄く、似合うよ」
 息つくように笑みを零した彼に髪を撫でられたなら、少しずつ高鳴っていた彼女の鼓動がひときわ大きく跳ねた。
「ん、と、今とっても幸せな気分がします、よ」
 揺れた彼女の髪に、ふわり万華鏡の煌きが踊る。
 朝まだきの星の光で紡いだ透かし織を思わす蝶が、勿忘草の娘の足の上に翅を広げた。
 一見は繊細な銀細工とも見える蝶のサンダルはその実しなやかな仔羊革仕立て、踵を踏む履物を敢えて外すナルセインの見立てに瞬きひとつ、けれど柔らかな銀蝶は一足毎にヴリーズィに馴染み、極上の夢へ羽ばたく心地をくれる。
「さっき向こうでケバブの美味しそうな匂いがしたよ!」
「そっちじゃ薔薇のロクムがあんたを待ってるぜ。さあ、どっちが先だ?」
 彼への対価はかつて星迷宮で出逢ったチャイと、蝶の翅得た娘と一緒に蜜色真珠を彷徨う時間。

●砂の楽園
 砂漠の街の聖堂めく薔薇色硝子の香水瓶、優美な唐草模様思わす黄銅細工にモザイク煌くランプそっくりな硝子杯。夢幻の万華鏡辿れば蒸留酒がなくても酔えそうだなんて意見は一致するのに、瞳を奪われる品が其々違うのがまた楽しい。
「だからね、手伝ってくれない? 見立ててくれるって言ってたでしょう」
「任せとけ、砂漠の迷宮の夜に似合うヤツを見立ててやるよ」
 私一人で探すより素敵なものが見つかりそうと悪戯に囁くアドに自信満々で笑み返し、イゼは彼女が望むまま、極上のピアスを探して迷宮の奥へ奥へ。
 夏の黎明思わす青硝子の花、虹色真珠みたいなビーズが彩る翼。次々と女は目移りするけれど、男が煌きの海から掬いあげた金細工を披露すればさらり心を奪われる。
 星の河めく金砂散る濃青の石が連なり弧を描く、金の月。
 ――お気に召したか、お嬢さん?
 瞳煌かせた彼女が、そっと耳に月を寄せて見せたのがその答え。
 夕陽色に透ける甘橙に、もう少し深く暮れ色がかったヘーゼルナッツのロクム。
 星迷宮と同じで違う砂糖菓子に笑ってレムネスは、期待めいた予感のとおり砂迷宮に迷い込んだ。ふわり潜るキリムは見知らぬ幾何学模様、けれど心のまま辿る紋様は星に鳥に、生命の木。
 ――あ、これって、樫の木だ。
 何かが心のどこかに綺麗に嵌れば、夜に抱かれた森と湖の彩と出逢う。
 森の夜に優しくひかる、星の模様のモザイクランプ。
 夢幻から滴り落ちた深い空青のモザイクランプにも旅立ちの時が訪れた。
 砂漠を旅立って、永遠の刻満ちる森の緑の深み、隠れ家の枕辺を照らす。
「……ナルセインは……恋を、知っている?」
「知ってる。――が、識ってはいないのかもと思うこともあるな」
 揺れる心を忘れたわたしはわからないと続けてサクラが呟けば、揺れるばかりじゃないさと淡く瞳を伏せた男が微笑する。
 このランプの炎のように熱く揺れる恋。
 瞼の裏に鮮烈に灼きついたままの光に似たそれ。
 星虹の指輪煌く手を片手で包み、忘れて、と娘は幽かな声音で紡いだ。
 濃厚な珈琲が堰切る夜はまるで砂漠の魔神の悪戯のよう。
 この身に馴染む夜、識らない香り。心のまま耽溺した先の、不夜の奈落を覗きに。
「ナルセイン様、ひととき攫われてくれる?」
「断る理由がないね。逢瀬の行先としちゃ極上すぎる」
 奈落の響きに口の端擡げた男が戯言転がせば、アデュラリアもころり笑みを転がして、蜜の淵へとふわり身を翻す。黄昏色した硝子の花の囁き、深藍艶めく紗を飾る琥珀の滴が描く星の路。夢も幻も眩暈みたいに揺らめいて、何度も何度も入れ替わる。
 逢瀬は名残惜しいほうが良いと言うけれど。
 ――ね、もっと落ちてみたいと焦がれてしまったの。

 渇いた砂の匂い孕む砂漠の夜風が鮮やかに翔けぬける、そこは迷宮都市の頂近く。
 天にまで昇りそうな階段の隅にモニカが腰をおろせば、傍らの麻袋から淡金に煌く蓋付ロクム皿に金銀ビーズの花咲くバブーシュ達に、数多の星が零れてきそう。
「いやぁ、買ったね!」
「……少し買い過ぎじゃないか」
「は、ハルクだって人のこと言えないでしょ!」
 俺は生活に必要な品を買ったまでだ、と妹に返したハルクの傍らには寄木細工の筆入れやすらり涼やかでシンプルな錫器の水差しにインク壺。己で使わぬ紫金の香水瓶はさりげなく背に隠した。
 夜風の心地好さに二人瞳を細め、眼下を見やれば万華鏡の彩鏤めた夢幻の星の海。
「あの星を手にしてるなんて夢みたいだ……」
「――金貨で星が買えるなら安いモンだ」
 夢は醒めるまでが夢、夜が明けるまでが不夜城。
 それなら星明り尽きるまでもう暫し、夢幻の不夜城に耽溺しにいこうか。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:30人
作成日:2014/07/05
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  • 怖すぎ1 
  • ハートフル6 
  • ロマンティック30 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
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