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砂の花籠

<オープニング>

●砂の花籠
 灰薔薇色の砂漠の夜が明ける。
 艶やかな夜闇は薄紫へ溶け、柔らかにたなびく鳩羽色の薄雲の合間に甘い桃や杏の彩をそそぎ、やがて透きとおる水を音もなく流すようにして、空が青く澄んでいくのだ。
 桃色の薔薇が砂で褪せた様を思わす灰薔薇色の砂漠、彼方へ連なる大きな砂丘の合間に忽然と見えてくる瑞々しい緑――砂の花籠と呼ばれるオアシスにも、白とも金ともつかぬ曙光が注がれた。
 砂漠にぽっかり生まれた窪地にすっぽり嵌りこむように、瑞々しい緑と花が豊かに満ちている様を花籠にたとえられたその地でもっとも豊かに生い茂るのはナツメヤシ。椰子の木々独特の葉が眩くも優しい光と影を描きだすオアシスの奥で、曙光を浴びた睡蓮が花開いた。
 ――否、孔雀石思わす碧を湛えた水面の底から、睡蓮の精の如き乙女達が浮かびあがってきた。
 肩に、こめかみに、乙女達の皮膚の中から直接芽吹いたような睡蓮が咲き初める。
 恍惚と身を震わせる乙女達。
 だが眩く輝くような花が満開に咲ききれば、彼女達は何かを思い出したかのように数度瞬きをして、大粒の涙をはらはらと零し始めた。
「ねぇ」
「ねぇ、どうして」
「あのひとはいなくなってしまったの」
 乙女達が来るよりも前からこの砂の花籠に住んでいた壮年の男。
 伝説の勇者たる美姫に睡蓮の乙女達を下賜され、その実自分が乙女達に与えられた餌だったとは終に気づかぬままだった男。夜ごと乙女達を愛で、幾つも物語を語り聴かせてくれた男は、いつしか砂の花籠から姿を消していた。

 王冠戴く鷹の羽ばたきが招く風に天青石の彩映した水面を乗せ、広大な銀色砂漠の砂丘の合間を彷徨い続けているという、幻の湖の物語。
 太守の寵姫が道ならぬ恋に身を焦がして後宮を出奔し、砂嵐で命を落として魂だけとなってもなお恋人を追い続けているという、月色砂漠の物語。
 数多の危険に満ちた血色砂漠を渡る冒険商人の勇気を愛で、鋭利な刃と甘美なくちづけをもって彼らに名誉ある死を与えるという、血色の瞳のジンニーヤの物語。

 闇も吐息のような風も艶めかしい夜の間はよかった。
 瞳を閉じて、時には水の中へと身を沈めて、男が語り聴かせてくれた物語を胸裡で反芻していれば美しい物語に酔いしれていられた。とろり全身を包み肌を撫でる水の感触も男に抱かれているような錯覚をくれた。
 けれど、朝が来るたび乙女達は思い出す。男が『いなくなって』しまったことを。
「ねぇ」
「ねぇ、どうして」
「あのひとはいなくなってしまったの」
 乙女達は語り聴かせてもらった物語も夜ごとの愛撫も鮮明に覚えていた。
 なのに、乙女達は自分達が男を水底に引きずり込んで、泥に沈んだ彼から命も養分も、何もかもを吸い尽くしてしまったことを綺麗に忘れ去ってしまっていた。
 ぱたり、と落ちたひときわ大きな涙が、乙女達の胸で跳ねる。
 彼女達は思い出した。男のことではなく、己の左の乳房を覆う、白い仮面のことを。
「そう」
「そう、いけるわ」
「強くなったから、外へいけるわ」
 仮面とともに力を得た自分達なら、砂の花籠を出て渇いた砂漠を渡っていける。
 彼を探しにいこう。彼でなくてもいい。
 外に出れば他にも、夜ごと自分達を愛でて物語を語り聴かせてくれる男がいるはず。

 仮面を得たのがいつだったか、誰がこの力をくれたのか。
 睡蓮の花を咲かせたアルラウネ達は、完全に忘れ去っていた。

●さきがけ
 砂漠の夏夜はとりわけ蠱惑的。
 永遠に耽って溺れていたいと希わずにはいられないほど官能的で艶めかしく、だからこそ――。
「その夜を越えてくる夏の夜明けが、あれほど美しいんだろうな」
 胸に沁みるほど清冷で、泣きたくなるほどに清麗な。
 己が胸裡には常に夜の砂漠があるという砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が銀の双眸を緩く伏せつつ微笑した。だが、心のまま浸っている暇はない。
 砂月楼閣シャルムーンの各地にいまだ残ったままの、勇者シャルムーンが集めたピュアリィ達。
 その中からマスカレイド化した者が現れたのだ。
 砂の花籠でひっそり咲いていたピュアリィ――睡蓮のアルラウネ達は、花籠を出て砂漠で出逢った隊商に仮面の力でもって襲いかかる。
「――が、何もそれを待つ必要はないよな。俺達から砂の花籠へ出向いて、そうして」
 花籠の中で、彼女達を眠らせてやろう。
 乙女達がマスカレイドとなってしまった以上、その命ごとすべてを終わらせてやるしかない。

 砂の花籠へは朝のうちに辿りつけるだろう。
 豊かに生い茂るナツメヤシの木々の奥、睡蓮のアルラウネ達が孔雀石を思わす碧を湛えた池から岸辺へとあがった処での遭遇になると思う、と思案気な面持ちでナルセインは告げた。
 池の岸辺なら戦うのに支障のない空間がある。そのまま戦いに持ち込むべきだろう。
 三人の乙女達はそっくりな姿形を持ち、いずれも白睡蓮の花を咲かせている。
「けれど、花弁の先をうっすら染める色と戦闘能力がそれぞれ違う」
 淡い桃色に染まる花の乙女は誘惑の調べを唄い、己の睡蓮の花弁から生みだした剣を揮い、幻の花を咲かせる剣技を見せる。
 淡い青色に染まる花の乙女は死を湛える調べを唄い、己の睡蓮の花弁から生みだした剣を透明に透きとおらせ、煌めく剣技を見せる。
 淡い紫色に染まる花の乙女は舞台に立つ女優のごとく唄い、大きく美しい幻影の睡蓮を咲かせて癒しをも生みだして見せる――と語り、三人で緻密な連携をとるほどの知性はなさそうだと銀の瞳の冒険商人は続けた。
「合理的な戦術をとってくることもないと思うが……それは逆に言えばどう戦ってくるか読めないってことでもあるからな。気を抜くのはお勧めしないね」
 油断大敵――ま、これはいつものことだな。
 軽く瞳を伏せて言葉を重ね、改めて同朋達を見回したナルセインは挑むような笑みを覗かせた。
「さあ御照覧。睡蓮の乙女咲く砂の花籠に夜明けがやってくる」

 幸せなこと以外を忘れてしまえば幸せになれるのだろうか。
 夜を越えて夜明けがやってくることは、誰にとっても幸せなことなのだろうか。


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参加者
絶対自由・クローディア(c00038)
水鏡の虹・ロータス(c01059)
奏燿花・ルィン(c01263)
風を抱く・カラ(c02671)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●砂の花籠
 遥か連なる砂丘の合間、灰薔薇色の砂の大地をくりぬき花と緑で満たしたような窪地のオアシス、砂の花籠に、白とも金ともつかぬ曙光が注がれる。
 花籠の蓋を編むよう高く生い茂るナツメヤシの葉、豊かに瑞々しく交差する緑の合間から降り注ぐ曙光に孔雀石色の水面がきらりと光る様を見出せば、馥郁・アデュラリア(c35985)の笑みが綺麗な宝石を見つけた少女のごとく咲き綻んだ。
 けれど勿論、彼女が見出したのは宝石ではなく、
「逢いにきたわ、花籠の乙女達」
 孔雀石色の波紋揺れる水面の岸辺に立つ、睡蓮の花咲くアルラウネ達。
 掛けられた声に乙女達は反射的に顔を輝かせたが、次の瞬間には悲しげに眉を曇らせる。
「ねぇ」
「ねぇ、どうして」
「あのひとは来てくれないの」
 はらはらと零れる涙とともに乙女達の肩に咲く白睡蓮の花弁ひとひらが散り落ちて――それが刃に変じた刹那、水鏡の虹・ロータス(c01059)が地を蹴った。散り落ちる花弁はまるで剥がれ落ちていく乙女達の記憶のよう、桃や青にうっすら先を染める花弁が刃と変じる中、ただ水面へと落ちるだけの紫の花弁を押しとどめるよう睡蓮咲く肩を掴む。
「なあ、忘れるんか?」
「――何を?」
 一気に距離を詰めたのは予めの戦術というよりは衝動ゆえか。逸る心は初手に定めた妖精の嵐を喚ぶ術を編むのに追いつかず、けれど、吐息のかかる距離でロータスに笑んだ乙女が愛の抒情詩を唄うより速く、風を抱く・カラ(c02671)が淡い紫燈る白睡蓮を抱き寄せた。
 湧きあがる水と花の香に沈むよう、容赦なく柔肌へ埋める虎の牙。
 だが痛手より刻印を優先して刻んだ瞬間、紫の乙女には制約に縛られる技がないことを思い出す。
「……識らぬ間に溺れちまってたのかね、あたしも」
 洩れた苦笑をも呑みこんで、甘い喘ぎにも似た乙女の歌が溢れだした。
 曙光降る世界に満ちる愛の抒情詩、水滴纏う白睡蓮の先を染める明けの桃色。
 良く似た彩の暁にいつか紡いだ恋の記憶、そのかけらが胸奥を刺す甘やかな痛みに苦く笑って、幸せを運ぶ唄・ヒカタ(c11770)は淡桃燈す花弁の刃を手にした乙女の正面に躍り込む。
「おいで、彼に会わせてあげるから」
「彼に」
「彼に、逢わせて……!」
 乙女達の心を強く揺さぶる言葉と同時に黒き爪を乱舞させ、注ぐは油膜の虹のごとく煌く制約の毒。それすら甘露とばかりに笑んだ乙女が魅了の刃を揮うのはピュアリィの性ゆえか、棘の衝動ゆえか。幻の花咲かす斬撃のみならず、硝子めく淡青の刃もがヒカタへ襲いかからんとしたが、
「よぅ、遊ぼうぜ。俺達は――最後の時まで、いなくなったりしない」
 透きとおる刃を籠手で受けた奏燿花・ルィン(c01263)が甘露より甘い蜜の囁き注ぎ、長い銃身で淡青燈す乙女の足を払って傾いだ身体を抱きとめた。
 胸打つ愛の歌を遮らんばかりにロータスの妖精達が嵐と化せば、機を併せ鋼の穂先で地を打ったカラが飛龍となって天に舞う。甘やかな歌の淵から逃れて乾いた風鳴りを耳にすれば、ひときわ眩い曙光に瞳を射られた。
 花籠の底に落ちる鮮明な己の影、そこに何故かかつての己自身を見て笑みに自嘲を滲ませる。
 まるで清らな焔をあやつるジンニーヤのように。
 綺麗で善良なものだけ与えられる気がしてた。
 ――けれどそれこそが、甘い夜に繰り返される御伽噺じみた遠い夢だ。
 遥か高みから己が影を蹴破る勢いで落とした一撃が乙女のこめかみから花弁を散らす。齎された暴走で紫の乙女が癒しを忘れたのを象徴するかのごとく散り落ちた花弁が、アデュラリアの指先から躍ったマジックマッシュの煙に呑まれて見えなくなる。一瞬膝から力が抜けて、たたらを踏みかけた乙女が踏んだのは、絶対自由・クローディア(c00038)が煙に紛らせ仕掛けた罠。
「……!」
 鋼の星めくマキビシを踏みつけた乙女は自浄の歌をも忘れ、水面に揚げられた魚のごとくわななく唇から悲劇の歌を迸らせた。孔雀石の色した水の底、闇の安寧と彼の寝物語に溺れていれば幸せなのに、どうしてどうして、朝の光は幸せの虚ろさをあらわにするの。
「夜明けが辛さを呼び起こす、なんてことも――あるんだね」
「けれどそれでも、わたしは夜明けを望んで生きていたいよ」
 零れたクローディアの言葉に呼応するよう瞳を細める勿忘草・ヴリーズィ(c10269)。
 焦がれてやまぬ曙光の眩さが沁みるのかそっと手を重ねた右腰の傷が痛むのか判らぬまま、娘は狙い定まらぬ悲劇の歌に呑まれた仲間へ向け、朝の春薔薇咲く扇を翻す。
 悲劇に揺さぶられた心を鎮めてくれた扇の月光が眼前の睡蓮を白く輝かせれば、もうひとつの恋の記憶のかけらがヒカタの胸の疼きを増した。甘くて苦いそれを堪えて笑み深め、打ち鳴らす爪の音を誤魔化すよう、淡桃燈す白睡蓮に語りかける。
「会わせてあげるから、教えて。彼がどんな人だったかを」
「教えて教えて、彼は今どこにいるの」
 噛み合わぬ会話。求めるだけで与えることを識らぬ花乙女。
 刃の軌跡に幻の花咲かせ、ピュアリィの性のまま眼前の男の精を吸い上げ蕩けるように笑む。涙に潤む瞳は恋の熱に浮かされるそれと変わらずに見えたから、アデュラリアも笑みを緩ませた。
 なぞるように指す、乙女の左胸で艶めく白の仮面。
 棘の纏綿とは識るけれど、
「ねえ、色褪せない恋をしているようね」
 けれど――それ以上は、もうあげない。
 毬のごとく宙に躍らせたマジックマッシュから煙が溢れたなら、乙女の吸精も惑わしの霧の中。

●夢の鳥籠
 曙光の輝き跳ねる水面は何処か魔術的な鮮やかさを湛えた孔雀石の色。成程あの水底に沈めば幸せな夢だけ反芻して微睡んでいられるだろう。
 けれど、心に鈍い痛み宿す光景も歪んだ醜い感情もすべて、わたし自身。
 痛みすら糧に羽ばたき続ける心そのままにヴリーズィが放つは曙光に翅を透かす妖精セレナータ、振りまかれた魔法の粉が眠りと制約齎したなら、硝子めく淡青の刃と黒漆艶めく長い銃身でルィンと鍔迫り合いを演じていた乙女がヴリーズィに瞳を向けた。
「邪魔、しないで」
 そのまま浴びせる、昏い水底に響き渡るように冷たい死の旋律。
「最後まで俺がお相手するから、余所見なんかするなよ、つれねぇな」
 凍える歌声をも溶かす甘く掠れた囁き、羽織る着物を翻して揮う斬撃の一閃に咲き誇る幻の薔薇。それらで青の乙女の視線を取り戻したルィンの、今のうちに頼むぜ、との声に頷き、カラの虎の牙が紫の乙女の首元を喰い破る。よろけた乙女の足首をクローディアの罠の牙が捕えて喰い破る。
 ――掌いっぱいの砂は零れるよな。たとえそれが摂理でも、それでも俺は、零したくないよ。
 ――ならあんた自身が器になればいい。心を広げて深めて、砂粒ひとつ零さぬ器になればいい。
 なあ小鳥さん、と洩らしたロータスの本音に砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)はそう嘯くも、それが易しいことではないと彼も解っているのだろう。
 抱くのが幸せな記憶だけならいい。回るろくろの上の柔らかな土の器のように心は容易く滑らかに広がってくれるはず。けれど痛みも苦さも零さぬと足掻くなら、それはもう出来上がっている陶の器を削るのに似る。つるり滑らかな釉薬の層を削り、ざりざり、ざりざりと心の壁を削って広げて。
 けれど、それでも。
 ――俺は、忘れたくない。
 歪めた眦から涙が零れるのと、歪な翼が氷に変じるのと、どちらが速かったろう。
「忘れるんか? 幸せをくれた唯一無二の人のことを」
「忘れない、忘れてないわ」
 氷の翼でロータスが抱き寄せたのは、白き花も裸身も血に染めた紫の乙女。けれど乙女の痛みも苦さもとうに剥がれ落ちて戻らない。せめて散り落ちる花弁だけでも留めるよう、こめかみの睡蓮に触れ――氷の翼の先端で、乙女の背を貫いた。
 氷に封じられる乙女の胸で仮面が崩れて消える。
 嗚呼。あんな風に。
 有無を言わせず抱き寄せればよかったのか。
 棘の最後の一片が消えるまで乙女を抱くロータスを視界の端に映し、ヒカタは血の味がする吐息を吐いた。輝く白睡蓮咲く中であのひとを抱き寄せて、可愛いとの言葉を、心からのキスを、雨のように降らせればよかった。
 幻の睡蓮咲き溢れる視界にしぶく己が血を映しながらも、愛しい面影を揺るがすことなく笑う。
「僕が恋を歌いたかったのは君じゃない」
 桃の乙女へと誓いのごとく告げ、満ちた力でヒカタが歌い上げるのは確かに恋ではなく戦いの歌。幾重もの凱歌と福音は胸裡の面影でなくヴリーズィに降り注いで、癒しで戦線を支えてくれる彼女を聖なる加護で支え返す。
 だが、力満ちるほど時満ちたのは彼ばかりではない。
「あの子の力も――咲くわ」
 舞踏めく剣戟を重ねた桃の乙女に満ちたそれをアデュラリアがそう表せば、痛手を負うヒカタでなく無傷の己へ満ちた力を誘わんと、クローディアが挑むような言の葉と優しい微笑みを閃かす。
「その人だけでいいの? じゃあ今夜のご馳走は私が独り占めね」
 婀娜っぽくしなだれかかられたナルセインは、誰かさんに闇討ちされたら助けてくれよと睡蓮達には聴こえぬ小声で囁き、愉しげな笑みでクローディアを抱き寄せてみせた。
「今夜はあんたにだけ、極上の物語を聴かせてやるさ」
「ずるい……!」
 途端、癇癪玉が弾けるように爆ぜた力が強烈な誘惑の調べとなって押し寄せる。
「クローディア!」
「――平気」
 制約に縛られ広がりきらぬ声、しかし傍らの男なら堪えきれなかったろう歌声の奔流を耐えきって、クローディアは即座にヴリーズィが世界に映してくれた花鳥風月に抱かれ、三日月の弓を撫でた。
 時満ちたのは彼女も同じ。
 弦音にすら瑞々しい命の息吹を満たし、眩い命の力を満たして放たれた矢は幾重にも分かたれ、桃のみならず青の睡蓮の瞳も心も何度も射抜いて乙女達の胸をどうしようもなく震わせる。
 大きく彼女へ傾いた乙女の意識を此方で引き受けんと、今度はカラが物語のさわりを紡いだ。遥か高みを覆うナツメヤシの葉、羽毛ひとひらがそれより大きな巨鳥が、黄金の宮殿へと渡る。
 空を覆う巨大な鳥の話。
 三日月に花嫁を隠した男の話。
 紡ぐ言葉が獣になった娘の話。
「幾夜話しても尽きない物語を知っているよ。聴きたいならおいで、睡蓮のお嬢さん」
「聴かせて……!」
 瞳を輝かせて振り返った桃の乙女を掻き抱き、噛み痕で首飾りを贈るかのように、幾度も虎の牙を柔肌に埋める。仮面も命も散るその瞬間まで、幸せそうな声音で物語をねだっていた乙女。
 ――本当は無欲なんだね、あんた達。
 咽返るような花と血の香の中、牙持つ女は苦笑した。
 幸福の影に澱む苦い現実も、自分勝手な思惑も渇望も、避け得ない喪失の痛みさえも。
 今のあたしは、全部が欲しい。

●花の揺籠
 愛を注いでくれた相手を自分達の手にかけた記憶、精も命も使い潰して吸い尽くした記憶。痛みと苦さを削ぎ落とし、睡蓮の乙女は夜ごと甘く幸せな夢に耽るだけ。
 深く慕ったひとに斬り捨てられた記憶と、その創。
 それだけ忘れ、あのひととの愛しい日々を反芻する生き方を選んでいたなら――きっと、自分も。
「さあ、捕まえてあげて?」
「――はい!」
 柔く響いたアデュラリアの声でクローディアの心は夏の夜の夢から浮上して、幻覚の煙に呑まれた淡青燈す睡蓮を捕獲網で絡めとる。思わず問いが口をついた。
「ね、貴方達は幸せ?」
「しあわ……――」
 幸せ、と言いかけて、青の乙女は再びはらはらと涙を零す。
 どうして朝の光は、あのひとのいない世界を見せつけるの。
「いつかそのひとと道を違えても、愛しいひとがいる幸福を――わたしは絶対に忘れない」
 乙女に語りかけるでなく自身に刻み込むようにそう紡ぎ、ヴリーズィは再び妖精を羽ばたかせた。妖精の粉の煌きも曙光の眩さも透かし、ロータスも声にならぬ想いと氷の翼を最後の睡蓮へ伸ばす。
 想いを手放すくらいなら、痛みと焦燥ごと抱きしめて離さない。
 けれど、想いも忘れたわけじゃないのよ、この子、と淡い笑み蕩かす声音でアデュラリアが囁いた。
 彼をもう知らなくても。
「彼の愛は、終わりまでもうずっと識っているのね」
「何もかも忘れてしまっても、心は覚えているんだろうな」
 捕獲網の中から鋭く繰り出された透きとおる刃。
 淡青透ける硝子めいた睡蓮の刃に背まで貫かれながら、その剣筋を読み急所は外したルィンが、堪える痛手を感じさせぬよう不敵な笑みを覗かせる。
 ――何よりもこの涙が、その証拠だろ?
 蜜の声音で囁き、涙に濡れた乙女の頬を優しく撫でた、その刹那。
「浮気じゃねぇから!」
 視界の片隅で風に舞った金色の彩に必死の声音で主張すれば、膨れあがりかけた剣呑な気配を収めた金髪の美女が凱歌で彼の痛手を癒してくれた。
 一瞬遅ければ恐らく混沌の歌に呑まれていただろうが、それでも良かったんだぜと嘯いてみせる。眼前の乙女に、木陰の誰かに。
「あのな、本当に惚れてたら、どんなことでも許せるのさ。――それが男ってもんだろ?」
 だからきっと、彼も。
 豪快に笑ってルィンもやはり満ちた力を解き放つ。
 幻の薔薇が溢れて踊って狂い咲く。幾重もの斬撃で視界すべてを埋め尽くすほど咲き溢れる幻華のみならず、自信に満ちたその言葉と笑みで睡蓮の乙女の心を棘ごと深く絡めとる。
「あ……」
 幻華に溺れる花乙女。
 千夜に生まれた物語、一夜ごとに咲いた愛。
 夜ごと繰り返しては溢れる想いはまるで枯れないオアシスそのもののよう。想い馳せれば柔らかに湧き溢れる水のような愛しさに、アデュラリアの眦が緩む。
「――大丈夫よ、怖くも、寂しくも、ないから」
「ほんとう……?」
 微笑みで頷き、毬遊びのごとく軽く弾ませるマジックマッシュ。深い水煙めく幻覚の煙が棘も仮面もすべて霧散させたなら、朝霧が薄れるように煙が晴れた砂の花籠に曙光が降り注ぐ。
 幼き日の砂漠の記憶が女の胸裡に燈る。
 隊商の長に連れられ、あの日の夜を越えた、しあわせ色の朝。
 おやすみとはどうしても言えなくて、けれどヒカタは精一杯の言葉を睡蓮の乙女達へと手向けた。
「彼に、よろしくね」

 ――ルセ。
「いつかあなたからも物語を教えて欲しい」
 我儘かな、と砂色のマントに伸ばされたヴリーズィの手が、男の声で止まる。
 あんたが望むのは俺の識ってる物語か、それとも俺自身の物語か。
 ――どちら、なのだろう。
 孔雀石色の水面のほとりに頽れた、淡青燈す睡蓮の乙女の傍らにクローディアが膝をつく。
「何や、クロちゃんもか」
「……うん」
 似通った気持ちでいるらしい森の娘に小さく笑って、ロータスは氷壁に封じた乙女を解き放つ。
 淡青燈す睡蓮の乙女の眦に光った涙。彼女の寂しさに寄り添うようクローディアが口づけて、再び抱きとめた淡紫燈す睡蓮の乙女のこめかみに咲く花に、ロータスが口づけた。
 会いたいか。何にとは言わず語りかける。

 ――俺も、逢いたい。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:7人
作成日:2014/07/28
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