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古へと向かう怨讐

<オープニング>

●古へと向かう怨讐
 かつて、心から愛した彼女は、パートナーでダークエルフだった。
 嗚呼、愛故に犯す禁忌の甘美な事よ――私は、彼女の全てを自分のものにしたかった。
 子供が出来れば、ハーフエルフになる? そんな事……私達の愛を邪魔する輩など、全て排除してしまえば良い。
 そう言い切った時の彼女の顔を、いまだに忘れる事が出来ない。
 私があなたを狂わせてしまったのね――そう言って、酷く酷く悲しげに涙して。
 高い高いツリーハウスの窓から、身を投げた。
 私は、彼女しか要らなかったのに。彼女は、永遠に私の手の届かぬ所へ逝ってしまった……。
 私はハイエルフで、彼女はダークエルフで。
 どうして、戒律という、厳然とした壁を、2人の愛で乗り越えられなかったのか。
 この世にはハイエルフとダークエルフの禁断の恋がそこかしこに芽生え、ハーフエルフが生み出されて続けたというのに。
 戒律を怨み続けたとも。そして、この世を憂い続けた。そうして、私は、数多の禁断の恋路を悲しく見守りながら、寂しく彼女への愛に殉じていく筈だったのに。

「……何故、今更、戒律が無くなる?」
 ジリジリと、少女を薄暗い路地裏へと追い詰めながら、堪え切れず思いが溢れる。
「何故、彼女は死んだというのに、今更、禁断の恋を赦される者が出てくるのだ!」
「そ、そんな事、ミントちゃんに言われたって」
 憤慨した声音が酷く耳障りで、少女を護るように飛びまわる妖精が酷く目障りだった。
「……知っているぞ。戒律などという、下らない決め事で我らを縛ったのは、古の妖精騎士! そして……今更のように戒律をぶち壊したのは、エンドブレイカーとかいう輩だとな!」
 許さない、戒律を作り上げた古の妖精騎士も、今更戒律をなくしたエンドブレイカーも。
「何故、我らだけが、禁断の恋に耐えねばならなかった!」
 私は知っている。伝説の妖精を連れた輩こそ、現代に蘇った古の妖精騎士だと。
「幼い見た目に騙されないぞ、古の妖精騎士。我らを戒律で縛った罪、今ここで贖うがいい!」
「無茶苦茶言わないでよ!」
 ジャキリと金属の音を立てて長い爪を振り上げる。毒液滴る鋭利を、咄嗟に妖精が同化したソードハープが弾くが――その力の差は、歴然としていた。

●つまり逆恨みです
「旧き知り合いとの再会は、本来は好ましき偶然なのですが」
 まるで独り言でも呟くように、銀鍵の妖精騎士・クラビス(cn0176)は静かに口を開く。
「『エンディング』が視えてしまえば、その喜びも半減ですね」
 青年の鉛の双眸が捉えたのは、エルフの少女がマスカレイドに殺される『エンディング』。狙われた少女の名は、ペパーミント・タッセル――数年前の大戦でエンドブレイカーに棘の呪縛より解放され、今を穏やかに暮らす古の妖精騎士。
「クラビスおにーさん、ペパーミントちゃんを知ってたの?」
 聞き覚えのある名に、思わず隣のテーブルから身を乗り出す道化の少女。クラビスはゆるりと首を傾げてみせた。
「そこまで懇意にしていた訳では無いと思います……ただ、見掛けた時に、『懐かしい』と感じましたので」
 古の妖精騎士が『密告者』に『記憶と力』を奪われた事はよく知られている。それでも、何か感じる所があったのは、或いは肩を並べて戦った事があったのやも知れない。いつか、どこかで。
「ペパーミントさんを狙ったマスカレイドは……どうも、古の妖精騎士とエンドブレイカーを非常に怨んでいるようです」
 マスカレイド曰く、戒律を強いた古の妖精騎士の所為で最愛の人は自ら死を選び、今更、エンドブレイカーが戒律を壊した所為で、世の連中は自由恋愛を謳歌している。ぶっちゃけてしまえば、お前らずるいぞ、許せない! というお話らしい。
「逆恨み以外の何物でもありません」
 バッサリと斬り捨てたクラビスの表情は、いつもに増して険しい。確かに、戒律を作らざるを得なかった古のエルフ達の苦悩も、戒律が起こす悲劇の終焉を破壊しようと奔走したエンドブレイカーの尽力も知らず、いい気なものである。
「こんな輩を野放しにしておくのも業腹です。さっさと片を付けるとしましょう」
 マスカレイドの名は、ウェンス・アルバートン。初老のアンティーク商であり、かつてはレジスタンスに資金援助も行っていたという。
「彼が若い頃……まだ戒律があった頃です。パートナーと道ならぬ恋に落ち、ダークエルフだったパートナーは、自ら死を選んだようです」
 その過去に同情の余地はあるかもしれないが、それこそ『今更』逆恨みで自ら棘を求めた辺り、彼自身、何らかの歪みがあったと思われる。
「マスカレイドの狙いは、『古の妖精騎士』や『エンドブレイカー』です。見た目から判り易いので、古の妖精騎士の方が狙われる傾向にありますが、『エルフの妖精騎士』なら、皆が皆、古の騎士と思い込んでいますので、囮がいれば、わざわざペパーミントさんを危険に晒さずに済むでしょう」
 なり手がいなければ私が囮になります、と、ついでのように付け加えるクラビス。
「マスカレイドが出没するのは昼下がりの街中ですが、市場も終わる頃合ですので、路地裏にでも誘い込めば一般人の巻添えも避けられるかと……余り時間は掛けないに越した事はありませんが」
 マスカレイドの異形を露にしたウェンスは、右手が硬質化して鋼のような爪が長く伸びる。
「戦う時も、爪のアビリティを使うのではないでしょうか」
 併せて、戦いとなれば、マスカレイド化した蝋人形が2体、加勢するようだ。
「妙齢のエルフの婦人と、エルフの女の子を象った人形で、それぞれデモニスタと魔曲使いの技を使うようです」
 マスカレイドは配下も含めて、3体と少な目ながら、自ら棘を求めたマスカレイドはけして弱くない。油断は禁物だろう。
 世界の情勢も大きく動いているこの頃ながら、マスカレイドの悪事はけして見過ごせない。
「尤も、『悪人は全てマスカレイドになる』などと思われるようになると、それはそれで問題です。大事にならないよう、穏便迅速な解決が1番ですね」
 それでは宜しくお願いします、と妖精のレディ共々、クラビスは慇懃に会釈した。

「……黄金の果実亭、ですか」
「うん。果物のスイーツが美味しいカフェなのね♪」
 ――依頼の説明が終わった後、道化の少女から旧知の勤め先を聞いた青年は、考え込む風情で瞑目した。


マスター:柊透胡 紹介ページ
 こんにちは、柊透胡です。
 色々と情勢が動いている夏ですが……欲望に忠実なマスカレイドはお構いなしです。

・ウェンス・アルバートン
 元ハイエルフで初老のアンティーク商。パートナーとの悲恋から、レジスタンスに資金援助も行っていたようですが、純粋な善意からではなかった模様。
 戒律を作った古の妖精騎士と戒律を壊したエンドブレイカーを怨み、マスカレイド化。妖精を連れた「エルフの妖精騎士」は誰でも「古の妖精騎士」と思い込んでいます。
 異形化で右手が硬質化しており、鋼の爪が武器。爪のアビリティから3種類使います。

・蝋人形マスカレイド
 ウェンスの配下マスカレイド2体。戦いが始まると現れて加勢します。
 妙齢のエルフの婦人を象った蝋人形(ご丁寧にもダークエルフの刻印付き)はデモニスタ、エルフの女の子の蝋人形(顔立ちは婦人の蝋人形と似通っています)は魔曲使いのアビリティをそれぞれ3種類使います。

 ウェンスは昼下がりの街中に出没します。市場も近い界隈で表通りは人も多いです。事件が大事にならないよう、迅速に解決するに越した事はないでしょう。

・ソードハープの妖精騎士・ペパーミント
 植物と音楽が大好きなエルフの少女。14歳。元妖精騎士伯ウェンディを姉のように敬愛し、妖精は「ホップちゃん」と呼んで可愛がっています。
 明朗快活な性格でエンドブレイカーを尊敬していますが、自身はエンドブレイカーではありません。今は「黄金の果実亭」というカフェで、ウェイトレスをしています。
 彼女(又は黄金の果実亭)に関するプレイングがなければ、リプレイには登場しません。

・サポート
 推奨行動は「一般人の人払い」。手頃な路地裏を見つけるなど、裏方として御協力戴ければ。囮となる場合はクラビスと一緒に行動します。

 という訳で、今回はクラビスが同行致します。『囮』となる心算ですが、PCさんが名乗りを上げた場合は譲ります。
 何かやらせたい事がありましたらプレイングで。なければ、自分が出来る事を頑張ります。参加された皆さんの計画に反する行動はしません。
 ちなみに、戦いの後、黄金の果実亭に行くようですが、PCさんの同行がなければ、その場面はリプレイで描写しません。

 それでは、皆さんの熱いプレイングをお待ちしています。
参加者
青空に響く歌声・カイジュ(c03908)
妖精の吟遊詩人・ミュゼッタ(c20897)
ハッピーリバースデイ・リツキ(c20969)
飜すは・クモン(c21478)
魔法少女・ルア(c28515)
浮雲・ケイジャン(c32783)
日日是好日・マーズ(c34336)

NPC:銀鍵の妖精騎士・クラビス(cn0176)

<リプレイ>

●3年と半年を経て
 永遠の森エルフヘイムは、文字通りにエルフの都市国家だ。
 かつては、『ハイ』やら『ダーク』やら、時に『ハーフ』なる冠が付いていたが、今は皆『エルフ』だ――『戒律』という束縛が消えて、もう3年が経つ。
「……否、まだ3年かも知れんな」
 日日是好日・マーズ(c34336)が仰げば、メイガス越しに見えるのは緑の天蓋。路地裏に降り注ぐ晩夏の木漏れ日に目を細める。
「3年半経って、こじらせるとはのう」
 時間は人の心を癒すと言うが、彼には当て嵌まらなかったのか。
「戒律が起こした悲劇がまだ尾を引いてるなんて、哀しいです」
「戒律、ね……」
 やはり路地裏に潜む青空に響く歌声・カイジュ(c03908)の言葉に、魔法少女・ルア(c28515)の表情は些か複雑か。
(「私はいつ殺されるか判らない日々を過ごしてきたわ……だから、彼の気持ちは判らなくはない」)
 ハーフエルフという生まれは、そのほんの数年前まで正に命懸けであったから。
「だからって、人を殺めるのは良くない事よ」
「ええ。ウェンスさんの悲しみの連鎖を止める事、そして、新しい未来の礎を築く事こそが、私たちエンドブレイカーの使命です」
 大きく頷き返したカイジュは、痛みを堪えるかのようにそっと胸を押える。
「運命を変えましょう」
 今は待つ。仲間がマスカレイドを引き連れ、この路地裏にやって来るのを。

 一陣の風がシトラスの香りを乗せる。雑踏を往くエルフ2人は、片や覆面から覗く眼光も鋭い色黒の少年。もう片方は、羽根付き帽子から波打つ亜麻の髪が美しい少女。青薔薇のコサージュが目を引いた。肩に掛けた楽器ケースの中身は竪琴だろう。
(「正直言って自信はねぇんだがよ……俺もやるときゃやる男だって所を見せておかねぇとな」)
 背負う武器は立派な大剣だが、飜すは・クモン(c21478)の実戦経験は皆無。歴戦を潜り抜けてきた仲間も、自ら棘を求めたマスカレイドも、自分より遥かに強い。来る戦いを思えば、自然と胸の鼓動も速まる。
(「でねぇと俺の活躍どころ、ここしか無ぇしな」)
 だからこそ、囮役を買って出た。確実に、マスカレイドは釣り上げる――意気盛んに拳を握り締めるクモン。隣の妖精の吟遊詩人・ミュゼッタ(c20897)を窺えば、丁度、羽根付き帽子も粋な青年とすれ違う。
 互いに知らん顔だが、彼女の手には1枚の紙片が握られていた。
 雑踏に紛れて、紙片を開けば――上質な紙に地図が認められている。
(「ありがとうございます、フェルネスさん」)
 胸の内で最愛の人に感謝を呟き、クモンに目配せするミュゼッタ。
「いやー、戒律が無くなってホントに良かったぜ! でねぇと、一緒に出歩く機会なんて無かったしよー」
 すかさず、大声が響き渡る。にこやかに頷き、ミュゼッタがクモンに寄り添えば、傍から見れば睦まじいカップルだ。
「こうして堂々と会えますものね……今は本当に幸せです」
「全くエンドブレイカーサマサマだぜ!」
 よくよく聞けば、『戒律』を自ら定めた『古の妖精騎士』の会話にしては不自然か。だが、2人の周囲を妖精が飛び回るのを目にして、オープンテラスのカフェの席を立った初老の男――ウェンス・アルバートンを、彼らは見逃さなかった。
 何食わぬ顔で路地裏に向かう囮を追い掛けるウェンスを、ツリーハウスの屋根から見下ろす浮雲・ケイジャン(c32783)。その手にある地図は、ミュゼッタに渡ったものと同じだ。路地裏へ向かうルートも書き込んであるから、合流し易いだろう。
 もうすぐ囮が着く――鏡の反射で路地裏の方に合図を寄越し、ケイジャンは身軽に屋根を蹴る。
「いやはや、オッサンの気持ちは解らんでも無いが……ちょいとこいつぁやり過ぎだよなぁ?」
「解る、ですか……」
 雑踏に紛れて尾行するハッピーリバースデイ・リツキ(c20969)の呟きに、銀鍵の妖精騎士・クラビス(cn0176)は首を傾げる。
「何で解るかってのは……そいつぁ男の秘密ってコトで?」
 茶化した物言いに深入りは避け、目礼したクラビスは姿を消す。先回りして路地裏の人払いに向かったのだろう。
 肩を竦めたリツキも、ステルスとシノビムーブを駆使した尾行を再開した。

●路地裏の攻防
「ぐ……」
 一溜りもなかった。人目無い路地裏に入った瞬間、異形化したウェンスの爪より迸った虚空の刃は、かわす暇も与えず少年を抉る。血が飛沫き、堪え切れず崩れ落ちた。
 ウェンスの狙いは『古の妖精騎士』。そして、囮の2人とも妖精騎士ならば、より攻撃に耐え易いミュゼッタが妖精を伴うべきだった。妖精騎士と判断する1番判り易い術は、正に『妖精の有無』だったのだから。
「はははっ! 天誅だ、『古の妖精騎士』! 我らを戒律で縛った罪、今ここで贖うがいい!」
「まだ、死んでねぇよ」
 高らかな哄笑に、悔しげに唇を噛むクモン。荒い息を吐きウェンスを睨む少年を庇い、ミュゼッタは極光の氷剣を構える。その氷結の一撃より早く、カオスカデンツァが路地裏に響き渡る!
 未来を目指し今を生き抜く意思が世界を変えていく――。
「この即興曲のように……っ!」
 カイジュの熱き焔の想いが、マーズに力を宿す。同時に、周囲に鍬にも似た魔鍵群を巡らせ、暗色の外套を脱ぎ捨てたメイガスが一気にウェンスへ肉薄する。
「今よ、行って!」
 ルアの援護射撃に呼応してミュゼッタのアイスレイピアが閃き、マスカレイドの手足を凍らせた。
「な……貴様ら、まさか!」
「ドーモ、エンドブレイカーです……なぁんてな?」
 ブン――ッ!
 お気楽を装うリツキの手裏剣を、うねる黒髪が弾く。首尾よくマスカレイドの挟撃は成ったが、ウェンスの背中を護るように現れた人影は2体。
 長い黒髪が不気味に蠢く妙齢の婦人も、婦人によく似た少女も、無表情に路地を塞ぐリツキ達を見据える。
 ――♪
 歌詞も判らぬ凱歌を少女が歌い上げれば、忽ちウェンスの傷が癒えた。
「人形だよな? こいつら」
「ええ」
 ケイジャンの確認に、頷き返すクラビス。情報通り、マスカレイドの配下たる蝋人形達はそれぞれデモニスタと魔曲使いの技を使うようだ。
 ならば、癒し手から倒すのが定石。クラビスの魔鍵が歌う少女人形の影を貫くや、飛び出したケイジャンのナイフが超高速の斬撃を刻んでいく。
 再びカイジュのカオスカデンツァが響き渡れば、乱れ咲く花を巻き上げ、砕けた大地がマスカレイドを諸共に抉る。
 ルアのマジカルマスケットが火を噴き、ウェンスの側面に回り込んだミュゼッタはその氷結の刃を少女人形に振るう。
「エンドブレイカーがぁっ!」
「ほらほら、こっちみんと大切なお人形さんが砕かれるぞ」
 吼えるウェンスに嘯きながら、マーズも蝋人形達を巻き込むべく、バイオレットスモークツリーを次々と株分けした。
 応酬の即興曲が吹雪と風の刃となってエンドブレイカーを穿つも、幾許かの回復も消し飛ばす集中攻撃を被れば、一溜りも無い。
 クラビスの魔鍵に足を縫い止められ、身動きできぬ所をルアの紫煙銃が蝋の体に風穴を開ける。すかさずケイジャンの超高速断に仮面諸共に刻まれ、少女を模る小柄は蝋の残骸と化した。

●忘却を恐れて
「おいおい……こんなモン作って気を紛らす位なのに、嫁さんの後を追う事は出来ないんだなぁ、アンタ」
 手裏剣をもう一方の蝋人形マスカレイドに投げながら、リツキは呆れたように言い放つ。
(「――ま、人の事言えた義理じゃあないんだがね、オレも」)
 本心を隠した揶揄に覿面に反応したウェンスは、リツキへヴォイドスクラッチを叩き付けた。
「うるさい! 貴様ら破壊者に私の気持ちなど判って堪るか!」
「……ああ、わからねぇよ」
 戦いの間に、何とか路地の壁際まで這いずったクモンは、木箱に身を預けて吐き捨てる。
「本当にその女を愛してたと言うならよ、何でその女が命を捨てた時、てめぇの命も終わりにしなかったんだ?」
 ウェンスは元ハイエルフと聞いている。ダークエルフと違い、パートナーが命を落としても、戒律により自らの命も投げ出す必要は無い。
「けどよ……戒律に抗うと言うのなら、何故彼女のいない人生に耐えられる?」
 戒律が無くなって尚、怨みを募らせ自ら棘を求める程に彼女を愛していたと言うのなら――互いに攻撃の手は休めていない。それでも、妙な静けさの中、エンドブレイカー達の視線がウェンスへ集まる。
「ふん……私まで、死んでどうする?」
 異形化したウェンスの右腕の爪に、毒液が滴る。
「私が死んで、誰が我らの悲恋を語るというのだ!」
 憎いエンドブレイカーなら誰でも良いのか、ウェンスは毒爪を相手構わず突き立てんと振り回す。
「私は憂い続けなければならんのだ! 戒律をこの世界を! 数多の禁断の恋路を見守り嘆く事こそ、彼女への愛を貫く唯一の方法だった! それを!」
 古の妖精騎士が戒律で彼女を死に追いやり、エンドブレイカーは今になって戒律を無くした――ウェンスと彼女の禁断の恋路は、禁断であった事すら忘れられていくだろう。
「そんな事、絶対に許さない!」
「逆恨みですね」
 その一言でクラビスは斬り捨てた。妖精を踊らせるその冷ややかな表情からは真意は窺えぬが、怒っているだろう事は知れた。
「正直、わしにはよく判らん」
 メイガスのアームが握る苗を、挿木の要領で次々と突き刺す。マスカレイドを紫煙樹の苗床とするマーズは、鋼の内で溜息を吐いた。
「じゃがな。今を生きる普通の妖精騎士の為にも、お前さんは絶対に止めんとな」
「ああ、基本は『今』が大事だよな。未来なんてどーなるかわかんねーし、過去はもう、どーにもなんねーだろ?」
 極楽トンボの物言いで軽口を叩きながらも、ケイジャンの眼差しは真摯に婦人人形を見る。
(「正直、じーさんとパートナーが相思相愛だったのかさえ疑問だけどな……」)
 ウェンスの歪みを肌で感じるからこそ、彼はそこまで優しく思いやれない。
「……少なくとも、今のじーさん達は倒すべき敵だしな。全力で行かせてもらうわ」
 細かい事を悩むのは性に合わない。思い切ったケイジャンの動きは淀み無く、呪いの眼光を鮮やかな宙返りでかわして飛び掛れば、その細い首を絞め上げ動きを封じる。
「私は、ハーフエルフとして生まれ、ある意味『いなかったもの』として育ってきたわ。外に出られない上にいつ殺されるか知れないあの頃は、『私が私であること』を許して欲しかった……」
 身を翻して蝋人形の髪牙から逃れたルアの端正な横顔に、刹那影が差す。
「忘れられるかもしれない辛さは判るわ……でも、人間の本性はやっぱり善だと、私は今でも信じている。澄みきった良心は、人を強くするのよ」
 身動きできぬ蝋の体を幾つもの紫煙の弾丸が穿つ。音もなく仮面が砕かれれば、残るはウェンス1人。
「おのれ、おのれぇぇっ!」
「アンタみたいな思いをする奴はもう増えなくなるんだ。それで沢山だろうよ?」
 かつての自分も重なって見えた事には目を瞑る。リツキの真意も又、血煙の中――あくまでも飄々とした挙措でナイフを振るえば、激しく血飛沫が上がる。
「……許さない、許さないぞ! 戒律を作り上げた古の妖精騎士も、今更戒律をなくしたエンドブレイカーも!」
 皆、ウェンスの言葉は詭弁と判っている。その上で、思いの丈を一撃と共にぶつけた――喩え、自ら棘を求め、もう戻れぬ所まで堕ちてしまったマスカレイドに届かぬとしても。
「誰しも多かれ少なかれ思った筈です。もっと前に戒律がなくなれば……封じる以外の手段があったなら。漸く長い呪縛から解放されたのに、新たな歪みでまた私達を分けるおつもりですか!」
 ガァァッッ!
 絶叫が迸る。満身創痍、ふらつく足で踏ん張り、ウェンスは爪をガチガチと鳴らした。ぬらりと物騒に輝く鋭利はオーラを噴き上げ、濁った双眸はミュゼッタを捕える。
 ガキィッ!
 襲い掛かる凶刃を――弾いたのは、彼女を護るように描かれた名将の紋章。
「……あ」
 居並ぶ仲間に魔想紋章士はいない。その描き手を瞬時に悟ったミュゼッタは、思わず目尻を潤ませる。
(「また、助けられましたね……」)
 ミュゼッタの親友でありパートナーは、全てが変わったあの日に亡くなった。あの時、何1つできず守れなかった自分が、今は妖精騎士として戦場に立つ。
「だから、せめて、私には得られたこの自由を守る義務があると思うのです!」
 呼び掛けに応え、妖精のヴィレイドが氷剣に同化する。その一撃、円舞を舞うが如く。
「戒律故に成就しなかった愛。想いが断ち切れず、後悔と悔恨が澱のように貯まっていく……人ならば当然と思います」
 尚も爪を引きずるウェンスを見詰めるカイジュの眼差しは、憐憫を湛える。
「そんな当たり前のお気持ちに棘が忍び寄り、悪意で心を染め抜かれてしまった……お可哀想に」
 ――アワレムナァァァッ!
 憎悪の相手に同情されるなど、屈辱以外の何物でも無い。身を絞るような絶叫に、それでも、カイジュの痛ましげな表情は変わらない。構えた棍が唸りを上げて旋回する。
「……今、貴方を開放します」
 花信風が渡る――哀しみの最中を駆け抜けた爽風は、仮面諸共に男の怨讐を散らせた。

●幾星霜も経て
 路地裏に横たわるのは、蝋人形の残骸と初老の骸。
「じーさんのパートナーの墓って何処だ? せめて近くに葬ってやりてーよな」
 ケイジャンの言葉に否やはないが、パートナーについては判然としない。バトルトークで探りを入れていたルアも、知り得たのは棘を招いた強烈な憎悪の情のみ。
 カイジュの提案通り、後は匿名の通報で城塞騎士に任せるしかないだろう。
「悪しき棘さえなければ……いえ、エルフであればこそ、その生を忌んでおられたのでしょうか。大切な人を失った哀しみは、年月を経ても変わらないものですから」
 鎮魂曲が静かに流れる。ルアは「永遠の記憶」と3度唱えて弔意を示した。
「さぁーてと、暗い顔や難しい顔すんのはここまでだ! 近くに美味い甘味処があるんだろ? 紹介宜しく!」
 青息吐息のクモンには、クラビスがハーブで応急処置を施した。気分を変えようとしてか、明るいリツキの声音に頷き、エンドブレイカー達は路地裏を後にする。
「マーズさんもご存知でしたか」
「前はシャルムーンデイ前じゃけえ、もう半年か。元気にしとるかのう」
 雑踏をそぞろ歩けば程なく、黄金の果実亭の看板が見えてきた。
「オススメは夏のフルーツ盛り沢山タルトとゼリーみたいですよ!」
 楽しみですね! と屈託無い笑顔のカイジュ。ミュゼッタも和やかな表情で恋人と中へ入っていく。
 にこかやに迎えたのは、給仕の少女。ふわふわの巻毛は萌黄色、黒目がちの瞳は常盤緑。肌は健康的な褐色で、膝丈のエプロンドレスが愛らしい。
「いらっしゃいま……あー! 堅物眼鏡!」
「……相変わらず、年上への礼儀がなっていませんね」
 何処か気安いそのやり取りに、エンドブレイカー達は思わず笑みを浮かべた。



マスター:柊透胡 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/08/30
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冒険結果:成功!
  • 生死不明:
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