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夏夜の宮殿

   

<オープニング>

●岩窟宮殿
 砂漠の夜空が星という名の銀の砂振りまかれた漆黒のベルベットなら、大地は黄金の更紗波打つ褥といったところか。命あるものには苛烈で過酷なくせして、その鮮烈さで意思あるものを惹きつけてやまないのが砂漠という場所なのだろう。
 過酷な環境ながらも時折ひとの営みが見られるのもなればこそ。
 砂月楼閣シャルムーンの中に広がる金の砂丘連なる砂漠のとある地にも、月や星でもなく燈火の明かりに煌々と照らしだされるひとの営みの証があった。
 それは断崖の岩窟に人の手を加えた岩窟住居。
 天然の岩窟を掘り広げ、窓や階段を彫り込んで、毛織物を中心とした調度で居心地良く調えられたそこは作りこそ簡素であったが、夜にあかりを燈せば白茶けた岩肌が甘やかなオレンジや蜂蜜色に照り映えて、内側から光り輝くように絢爛と夜の砂漠に浮かびあがる。
 夜闇にも皓々と輝く姿の美しさから、その岩窟住居は『岩窟宮殿』と呼ばれていた。

 岩窟宮殿の主はここを夏の拠点とするキャラバンだ。
 今まさに岩窟宮殿に滞在中の彼らは、訪れる商談相手やオアシス代わりに立ち寄る旅人達を酒と美食と楽の音溢れる宴でもてなして、柔らかに夜風が流れる居心地のよい部屋に泊めてくれる。
 砂漠の気候は苛烈にして過酷。
 けれど、砂漠の真昼の灼熱も深夜の冷え込みも、常に柔らかな涼やかさに満ちた岩窟のなかでは無縁なもの。ふわり流れ込む夜風も甘く艶めかしく、飛びきりの心地好さで宮殿をめぐる。
 砂漠に聳える断崖の麓を彩る、砂風に晒され色褪せてもなお鮮やかな毛織の垂れ幕が宮殿の扉。
 扉を潜れば――さあ、岩窟宮殿での夏夜の夢。

 宮殿に足を踏み入れれば眩い蜂蜜色の光に照らされた、岩窟を掘り広げた通路が現れる。
 蛇のようにうねる通路の要所要所には岩壁をくりぬいた灯り置き、蝋燭に火が燈されれば壁のその小さな岩穴は光の珠のごとく輝いて、明るい白茶の岩肌を照らし空間の明るさそのものを増す。
 扉や仕切り代わりに至るところを彩る毛織物は砂塵と歳月で風格を増した美しいものばかり。
 明るい白茶の岩肌を甘く輝かせる光の中、通路の先に現れる垂れ幕を次々潜れば、幾何学模様に花模様、ラクダ連なるキャラバン模様、幾つも織布捲るたびに外からの流れ込んでくる夜風の甘さと心地好さが心を浮き立たせてくれる。
 岩窟の通路の途中に点在するぽっかり丸くくりぬかれたような空間は、垂れ幕で周囲と仕切られて部屋として使われる。伝統の織物や籐の調度に大きな寝台などで居心地よく調えられたそこには、岩壁に直接くりぬかれた窓から優しく頬を撫でてくれる夜風が流れ込む。
 気に入った部屋でゆるり寛ぐのも飛びきり贅沢な夏夜の夢。
 けれど宴の賑やかさを求めるなら、岩窟に彫りこまれた階段を登って昇って最上階へ。
 階上から射す光を恋うよう昇ればそこは岩の大広間。
 天上の岩を掘り精緻な銅細工や色硝子を嵌め込んだシャンデリアに照らされて、煌くような美酒や瑞々しい果物に香辛料のたっぷり効いたエキゾチックな料理の数々が岩窟宮殿を訪れるひとびとへ溢れんばかりに振舞われ、途切れぬ楽の音が琥珀色の蜜のごときなめらかさで賑わいを包み込む。
 夜が更けて終わらぬその饗宴も――岩窟宮殿での夏夜の夢。

●夏夜の宮殿
「――で、俺も彼らから是非仕入れたいものがあってね。近日中に岩窟宮殿に出向く予定なんだが」
 砂月楼閣シャルムーンの旅人の酒場の夜。
 黄銅の柄杓めく小鍋でとろり煮出された珈琲片手に、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が銀の瞳を愉しげに細めてそう語る。
「何それ何それ、何か珍しいもの?」
「現地じゃ有名な代物だが他じゃあんまり聞かないな。――干し無花果の蒸留酒だ」
 冒険商人を本業とする男が秘密の悪戯を明かすような口ぶりで告げれば、
「ほほほ干し無花果の蒸留酒ー!? なんてことなの素敵すぎるアンジュも呑みたい……!!」
 干し無花果は神の味! が口癖な扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)が思いっきり身を乗り出した。
 ちなみに彼女の中では無花果がドライフルーツの神で、デーツが王様、マンゴーが女王様である。というのはさておいて、どうどうと暁色の娘を宥めた冒険商人は、あんたたちも一緒に行かないか、と酒場に居合わせた同朋たちに誘いを向けた。
 砂漠の民は概して客好きでもてなし好き。商売に関係ない、通りすがりの旅人でも彼らは大歓迎。
 居心地よい部屋でゆるり寛がせてもらうのでも、酒と美食と楽の音に満ちた宴を楽しむのでも。
「間違いなく極上の時間になると思うぜ?」

 磨いた水のごとく無色透明に透きとおる干し無花果の蒸留酒は、一見これといった癖も特徴もない唯のフルーツブランデー。けれどふと鼻先を掠めた酒香の奥に、酒を喉に落とした後の余韻に、干し無花果のあのどうしようもなく甘く濃厚な風味を感じられる者には堪らない酒だ。
 ストレートよりも何かで割って呑むのがいい。
「濃いアイスティーで割ると一段と干し無花果の風味が感じられるところなんか俺は面白いと思うね。あっちでなら、蕩けるような桃の果汁や甘酸っぱい柘榴の果汁で割って、砕いた氷をたっぷり入れたゴブレットに注いで振舞ってくれるって話だ」
 涼やかな白銀に煌く錫のゴブレット。
 氷と果汁と蒸留酒で煌くそれは手に取れば肌に飛びきりの冷たさを伝えてくれて、呷れば身体にも心にも甘く冷たい極上の夢を齎してくれる。
 酒に歳が足りなければ、瑞々しい桃や無花果の果実水、熱くて苦くて飛びきり甘いミントティーや、紅茶葉にオレンジフラワーを加えて淹れた夏香るアイスティーなんかが夏夜の夢をくれるはず。
 それらの杯や桃に無花果のシャーベット、ピスタチオのアイスクリームくらいなら気に入りの部屋に持って行けるけど、賑わいや香辛料のたっぷり効いたエキゾチックな料理をたっぷり楽しみたいなら宮殿最上階の宴で心ゆくまで存分に。

 飴色に焼き上げられた皮がぱりっと弾ける炙り鶏、羊肉と野菜と香辛料を小振りな壺に詰めて蒸し焼きにする壺料理。新鮮なうちに届けられた魚介を炭火で焼き上げて、砂漠の岩塩とたっぷり搾ったレモンで仕上げる香ばしいグリルに、円い小麦生地に具を包んで揚げる半月のかたちの包み揚げ。
 包み揚げの中身は茹で卵とマッシュポテトのあえものや、熱々の羊乳チーズや、甘辛い味付けの挽肉など様々で、中にはねっとり甘いデーツのペーストに蜂蜜を混ぜたものなんてものまであるのが宴にひときわ賑わいを添える。
 途切れぬ楽の音は砂漠ならではの楽器が紡ぐもの。
 砂漠の民は壺にラクダの皮を張った伝統的な打楽器に手を躍らせ陽気で不思議な異国のリズムを刻み、葦笛やウードの音色が気まぐれに絡んでは楽しげに踊る。
 決まった奏者はおらず、誰もが楽器を触りたくなれば勝手に混ざり、飽きれば離れてと入れ替わり立ち代わり気ままに即興の音色を奏でていくけれど、それでも不思議と楽の音は途切れずに、しかも何故だか調和した曲のように聴こえるのがまた面白い。
 歌や踊りは歓迎されないが、少しでも楽器の心得があるなら演奏に混じるのは絶対楽しいと思うと続けて、冒険商人は改めて同朋たちを見回した。
「さあ御照覧。砂漠の夜に煌々と輝く岩窟宮殿には夏夜の夢が詰まってる」
 何をどう楽しむかはあんた次第だ、と挑むような笑みを覗かせ、男は話を締めくくった。


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参加者
NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●ブライトゴールド
 銀砂鏤む漆黒の星空は夜の女王が翻した天鵞絨の裾、艶めかしい起伏連ねる黄金の砂漠は柔く乱した更紗の褥、夜風に帆を張る心地で砂海を渡れば、闇に煌々と輝く岩の宮殿が浮かびあがる。
 夜風に垂れ幕の扉躍らせたなら――夏夜の夢のなか。
 熱く蕩ける蝋の匂いに蜂蜜色を燈したあかり、蛇のごとくうねって伸びる岩窟の岩肌は荒削りなくせとろり甘く鍾乳石のように輝いて、ラヴィスローズの鼓動をも甘く躍らせた。織布捲るたび夜風に頬を撫でられ、階段上るたび近くなる魅惑の音色が更に鼓動を逸らせる。
 頂に至れば光と音と香辛料たっぷりの匂いの波が押し寄せた。
 弾ける酒滴に熱い肉汁、砂の民達の絶えぬ笑い声を琥珀の蜜のごとく絡めとっては躍る音色、魂を揺さぶり命を呼び覚ますような律動に呑まれれば、我慢なんてできるはずもない。
「リュー殿、呼ばれている気がするの……!」
「なら、共に紛れ込ませて頂こうか」
 蜜の波めく音色に心弾むのはリューウェンも同じ、宴の喧騒泳いで腰を下ろしたのはラクダの皮を張られた打楽器のもと、大きな卵を半割りにしたようなウード抱えた姫君と音の波に心を浸し、波に鼓動重なれば二人も楽の音の大海へ泳ぎだした。
 薔薇思わす透かし窓を持つラヴィスローズの手許のウードはまさしく音の卵、胸に光の波躍るまま生まれる想いをそのまま弦に踊らせれば隣の打楽器が弾む唄のように鼓動を刻む。
 指先にまで力を込めればひときわ高く深く跳ねる打楽器の音、剣士が弦の音追い駆け追い越して、剣戟躍らすように激しい律動刻めば姫君は瞬きひとつ、律動掬って甘く溶かして、切ない余韻を引く旋律に繋げてみせる。
 追い駆け追い越し、時に波を生み波に押し流される音は陽気で気紛れで愛おしく、時に切なくて。
「まるで……恋のよう、じゃよね」
「――……」
 柔い微笑と吐息に紛れ込ませたリューウェンの囁きは今は大きな音海の波のなか。
 波に落とした言葉はいつか唄に乗せて届けるけれど、今宵はただ視線を重ね音を絡ませ溶かし、夏夜の夢に音楽の晩餐を。
 甘く輝く岩肌、銅細工と色硝子で気まぐれに彩を翻す天蓋のあかり、熱され溢れる炙り肉の匂いにサフラン、シナモン、クミンにコリアンダー。異国の香りも音色もマルベリーの心も火照らせる。
 熱々の鶏肉に齧りつけば飴色の皮がぱりっと弾け、脂に光る指で厚めのナンをちぎれば再び昇る熱い湯気。滴る肉汁掬って頬張って、包み揚げ齧れば塩気と汁気たっぷりチーズが舌を焼くけれど、それすら笑って夏香るアイスティーに手を伸ばし。
 呷れば体の芯を吹きぬける、涼やかなオレンジフラワーの風。
「気分は極楽鳥、ってとこか?」
「うやぁ、思う存分羽ばたいとるんよ〜」
 何処ぞの小鳥さんの思い通りになと笑い、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)と鳴らす杯。
 柔らかに夜風を通す生成の長衣は、広間の天蓋から降る眩い光を受け蜜色の光沢を抱いた。
 砂の国の民を華やがせる衣装は今宵のアカシを光と祝福で包む。掲げられた冒険商人の手と己がそれを軽快に打ち鳴らしたジェンが満足気に瞳を細めれば、生誕の祝いを受けた娘の胸元に咲いた天上の奇跡の花にも優しい光沢が渡った。
 衣装と同じく淡やかな蜜色の輝きで髪を覆う頭布、胸元にあしらわれた夢のように美しい青の花、癒しの奇跡と祝福を願うブルーホピーの刺繍。夏夜の夢には持ち込み難いものを優しく隔ててくれる贈物に眦緩めれば、自然とアカシの唇から、衣装を見立てた贈り主と手配した商人への感謝の言が紡がれた。
 杯を手に取れば、錫杯にも金鎖の飾りにも踊る幸せの彩。
「無花果は花の実だったよな。アカシに、あまねく祝福があるように」
「花の実ゆえ、豊かさの象徴でしたっけ。ふふ、溢れる量の祝福になりそうで」
 豊かなバリトンの言祝ぎに破顔し、杯の音鳴らせば、甘く涼やかに無花果と紅茶が香る。
 勿論まだまだ祝いは尽きないねと愉しげに声音を深めて、杯を干したジェンが抱き寄せるのは飴色艶めくウード、砂の国の風を絡め即興で誕生祝いの音色を奏でれば、アカシの瞳には見事な月毛の馬が砂漠を駆ける様が見えるよう。
 惹かれて彼女も暖かな榛色のウードを抱き、独特の旋律紐解き重ねる、感謝の言代わりの音色。
 響き合う弦の音が楽しげに戯れながら夜風に溶ける。
 炭火で炙られた貝殻をそのまま器に、大ぶりなムール貝の身の下で熱い貝の汁がふつふつ唄う。刻み大蒜とカイエンペッパーで軽く彩れば、無花果と桃の甘さ抱く酒との対比が快い辛さを生んだ。
 涼やかな酒杯を傾けるたびサクラの手で煌く約束の指輪、心に体に仄かに燈る酔い。
 胸で疼いた小さな棘が誰かの面影を呼ぶ。
 約束を残して、約束も残さず旅に出た渡り鳥。
「……行くなと口にするのは、我儘と思った」
「まさか。実力行使で引き留めるくらいで初めて、我儘って言うのさ」
 大切なひとが旅立ちを惜しんでくれる想い、旅立つ者にそれが宝とならぬはずがないと冒険商人は柔い吐息で笑う。そうなのかしらと呟いて、娘は再び杯を傾けた。
 黄金の髪と海の瞳の渡り鳥。
 ――この感情の名を、わたしは知らない。

●エクルベージュ
 夕陽色で織られた砂の風紋、ラクダ連なるキャラバン模様、夜の椰子の泉を照らす月と星。
 まるで旅路そのものみたいな織物の連なり幾つも潜り、ゆったりと心地好さげな長椅子の置かれた部屋に出逢えばフィグの口許にもにんまり笑みの月。あは、と笑って勢いよく椅子に沈めば狼の口と呼ばれる模様の織物が柔らかに迎えてくれた。
 真昼の灼熱は遠のけど、冷たい水滴纏ったゴブレットに触れるだけでも既に馳走、覗けば揺らめく紅茶色に喉が鳴る。
 ――今宵に、宮殿と酒を作ったとしつきに、乾杯!
 呷れば喉に飛び込む冷たさ、じわり燈る酒精の熱。
 華やかに膨らむ紅茶の風味の奥から、切ないくらい濃密な干し無花果の風味が広がって、身体の奥底から湧き立つ歓喜にぞくりと身を震わせる。
 酒精を生む果実が見る夢はきっと、眩い夏陽照るオアシスの木陰を渡る甘い風。
 艶めかしくもさらりと心地好い夜風が肌を撫でればヒカタの眦が緩んで、日頃砂の国を怖がる姉が楽しげにぽふんと寝台に沈む様子に頬が緩んだ。砂漠も夜も怖いのにここは何故かほっとするのと吐息を洩らし、魔法みたいとマニートは笑みを零す。
 あなたと一緒なら――とは口に出さないけれど、そっと褥を撫でれば別の言葉が口をついた。
「こういう所でセインさんと秘密の夜を過ごしたのよね……?」
「違うって! フェルプールと戦った時に僕がちょっとあたふたしたって話で――」
「あたふた? それはダメね、特訓しないと!」
 慌ててヒカタが言い募れば勢いよく身を起こしたマニートが何故だか荷物に入っていたふかもこな猫耳を頭に乗せる。挙句寝台の上で猫のように両手をついて、
「ねえねえ、私と良い事しない?」
「――……!!」
 早く来てセイン! そして弁明して……!!
 色々な意味で窮地に立たされたヒカタは予め呼び出しておいた男に念を送ったが、今まさに部屋を訪れたナルセインは面白がるように笑ってひらりと手を振った。
「邪魔したな」
 後に残ったのは、気まぐれな砂漠の風。
 異国の美味と蜜の波めく音色、楽園の宴の名残残した心と体をするり滑り込んだ部屋で伸ばせば、甘い余韻に笑みが溢れた。蕩ける誘惑の音色、きっとあんな恍惚の味がするとヴリーズィが銀匙で掬えば桃のシャーベットはきらり悪戯に煌いて、そっと含めば瑞々しい甘さと冷たさが流星雨のように煌き染み渡る。
 二口目はナルセインに譲り、甘くて冷たい蒸留酒を喉に落とせば、揺れるのに揺れない熱が燈る。
 心に射す、花籠の曙光。
「ねえ、ルセ。あのね、わたしは」
 ――あなた自身の物語が知りたいよ。
「……あんたの望むものがあるかは判らないぜ?」
 波乱も悲劇もない。ゆえに極上。そう嘯いた男の砂の外套に、娘はそっと手を伸ばす。
 彩踊る波模様に空渡る風、幾つもの織物捲り、最後に潜ったのは幾何学模様が表す龍。口許緩め流れ込む夜風を辿るようゼルアークが振り返れば、目も心も奪わんとする織物達の誘惑から必死に冷えた酒杯と氷菓の硝子皿を護っていたらしい彼の龍が安堵の息をついた。
 黒獅子の髪を柔らかに乱していく夜風、異国の香りにか心地好さにか琥珀の双眸が細められれば己の機嫌も更に上向いて、知らず頬を緩めたリウェスは寝台に腰を下ろした彼の隣に続く。
 杯を覗き込めば、甘酸っぱい柘榴の奥から昇る、陽の匂い滲む不思議な酒香。
 一口含み、氷菓も一匙含んでみれば、しゃらり溶けた途端に酒精と果実の風味が次々踊る。
 ――おいしい。
 隣で幸せそうに零れた吐息の言葉にそうかと笑んで、ゼルアークも蕩ける桃果汁で割った蒸留酒をゆるりと呷る。蕩ける瑞々しさ、不思議な味わいに眦緩むけど、常のごとく酔いには遠い。
 けれど何時しか隣では龍の蒼穹の瞳が熱に蕩けて緩む。
 熱燈る様子のない琥珀に軽く唇尖らせ、
「……あつい?」
「……さぁ、どうだろうな」
 戯れにリウェスが抱きついてきたけれど、戯れな笑み重ねれば彼もとろり笑み崩れた。
 夜風にふうわり攫われていく龍の心。
 意識が蕩けていくのがもったいなくて、けれど、
 ――リウ。
 風に融けた黒獅子の声と撫ぜてくれる手が心地好くて、ゆうるり異国の夢に漕ぎだした。
 漆黒と銀砂の星空を切り取る窓から涼やかな夜風が流れ込む。
 体の芯に残っていた昼間の熱がすうっと攫われていく心地。靴から解放された素足で感じる織物の肌触り、籐の椅子に身を沈め全身から力を抜く心地好さに、ファルスの心がふわり高揚する。
 両手で包み込めば、杯で紅茶色に澄む神様の雫が揺れた。
 生まれて初めての、酒。
 高鳴る鼓動を感じつつ一口含み、瞼を落とせば氷の冷たさの奥に識らない熱。華やかに咲く紅茶の風味ごと喉の奥へ落とせば、眼裏に陽の光を感じた。
 眩い陽を浴びた無花果の、余韻。
 甘い熱が燈りゆるり広がる様に浸れば、やがて蜜色の優しい雨を浴びるような感覚にも包まれる。
 ――もう酔ってしまったのかのう?
 夢に揺蕩う娘に降る雨は、砂漠の宮殿に降る楽の雨。

●アンティークゴールド
 艶めかしいくせにさらりと乾き、涼やかさだけで織った紗のように踊って砂の匂いと吹きぬける。
 抗い難く肌に馴染む砂漠の風、知らず溢れた笑みが絡めば今宵初めて顔を合わせた砂の民ももう風のともがら。十年来の知己のごとく語らい笑って、気ままに奏でる音色を砂漠の慈雨と降らしめる。
 弾けた笑声にナルセインの声が加わわればカラは笑み深め、ウードに踊らせていた鷲羽根の撥を無花果香る酒杯へ持ち変えた。
 砂海の波間に夜ごと浮かびあがる夢、
「今宵の夢は醒めてなお甘いと思うけど――さぁ、どんなもんだろう?」
「甘さに喉が渇いて、繰り返し夢を呷っちまうくらいさ」
 愉しく嘯き嘯かれ、鳴らした酒杯に言葉と縁という名の馳走を味わって、再び愛しげにウードを抱く。
 ――あたし、こういうの大好きだよ。
 熱い肉汁滴る炙り肉も岩塩煌く魚介のグリルもぐぐっと堪え、暁色の娘を誘いたくなるのも堪えて、今宵クローディアが一献傾ける相手はナルセイン。
 涼やかに鳴らした杯を傾ければ、ひんやり華やかな紅茶に舌と喉を冷たく潤され、陽の香と果実の甘さを連れて後から昇る酒精に心と体を熱く蕩かされるけれど、
「――……」
「ほら、乙女に優しい果実水ならこっちだぜ?」
「大丈夫、酔ってません」
 きゅっと瞑った瞼を開き、瑞々しい桃香る杯を示す男に余裕ぶった強がりひとつ。
 体の芯に燈った熱が心の蓋を溶かしかけたけど、暁色の娘の前でなら溢れてしまいそうな胸裡も深い交わりのない彼になら隠しておける。
 心の細波は素知らぬ顔で、今宵は宴の波間に揺れる。
 砂の民達と乾杯すれば弾ける笑みと酒滴にエアハルトの機嫌も上々、羊肉の熱さと強い香辛料に胃の腑が灼けそうな壺料理に舌鼓を打って杯を呷れば、冷たさと甘い余韻に極上の笑みが浮く。
 あんた達なら遊び方知ってるだろ、と披露したのはいつかのバザールで手に入れたゲームボード。
 本当はモザイクランプの台座にするつもりだったけど、
「是非遊びたいっていう奴がいてね。――ほら来いよアンジュ」
「きゃー匠いけめん先生大好きー! 遊ぶ遊ぶ戦う戦うー!!」
「戦うのかよ!」
 思いきり瞳を輝かせてすっ飛んできた暁色の娘に反射的に突っ込んで、その場で割って細工した羊骨のダイスに天運賭けての砂漠のカスバ攻防戦。
 荒削りゆえの偏りも遊戯の一興と嘯き笑って。
 ――さあ御照覧、夏夜の夢を味わおうか。
 楽の音が孕む熱は遊戯の熱狂で膨らみ花開き、戯れ囀る声も甘さを増す。止まり木にどうかしらと隣に手招けば、招かれたナルセインは悠然たる足取りと所作で隣に腰を下ろしたけれど、彼の手で作られた影絵の小鳥がぴょこぴょこ跳ねて、アデュラリアの膝にちょこんと止まった。
 得意の悪戯を自慢するような男の瞳を覗けばころりと笑み、くるり巻かれた葉巻めいた揚げパイで濃厚にシナモン蕩けるライスプティングを一掬い。そっと啄み無花果の果実水で潤せば、これもまた夏夜の蠱惑の罪深さ。
 甘美な恍惚に揺れ、柔布越しに触れる仕草で彼の頬へ罪の残り香落とせば、
「……これもゆめ?」
「ここが涯てなら夢、まだ先があるなら現さ」
 花の唇に添えられた、瑞々しい砂漠の赤葡萄。

 溢れる熱気に異国の料理の匂い、蜜の波めく楽の音、それらをふわり混ぜていく艶めかしい夜風。氷入りの錫杯に蒸留酒と紅茶を注げば甘い煌き溢れ、まるでこの宴そのものを注いだ心地。
「ユエルももう成人かぁ……」
「何その親戚のおじさんみたいな台詞。でもルッツも22歳おめでとう」
 紅茶割り片手にしみじみルッツが感慨に浸れば、軽く笑ったユエルが水晶の蕾を煌かせ、蒸留酒を柘榴で割った薔薇色の杯を掲げてみせる。
 ありがとう、おめでとう。
 互いに祝いと感謝を贈って――乾杯!
 鳴らした音は景気よく、けれどユエルは『俺の酒は3杯まで!』と固い決意顔。
 何やらワケありと察したルッツが、
「聞いてもすぐに忘れるし、忘れたフリも得意だよ」
 なんて片耳寄せたなら、そっと内緒話の手が添えられた。
「実は、酔うと――……」
「……嗚呼、それは」
 秘密を明かせば含み笑いを零され、ちゃんと忘れろよと念押ししつつ、決まり悪さにユエルはぷいとそっぽを向く。それでも感じる、穏やかに寛いだ互いの気配。
 細波寄せ合うような他愛無い会話、沈黙も暖かで心地好く、夏夜の夢と神の滴に淡く酔う。
 ――君と来れて、良かったよ。
 吐息めいて溢れた言葉。
 お酒の席だから今のは忘れてね、と柔く笑むルッツに、忘れる約束はお互い様とユエルも頷いて。
 ――俺もそう思う。

 頷きにひっそりそんな同意を込めたのも、夏夜の夢の内緒の話。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:19人
作成日:2014/08/29
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冒険結果:成功!
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