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林檎の夏休みへようこそ!

<オープニング>

●林檎隠れのポムグラニット
 瑞々しい夏の緑と青林檎に彩られた大きな大きな林檎の大樹の森のなかにあるのは、ひっそりと星霊アクアの力が息づく小さな湖。きらきらと眩い煌き踊る湖をとりまく林檎の大樹には、いくつものツリーハウスがつくられている。
 湖を見下ろすよう造られたそれらはこんもり茂る枝々に埋もれるような佇まいだったから、その村は何処か村全体が隠れ家のような雰囲気を持っていた。
 そんな村の雰囲気と、永遠の森エルフヘイムらしい林檎の大樹たちの中にひっそりと隠れるように生えた小振りなザクロの木々から取って、その村は『林檎隠れのポムグラニット』と呼ばれていた。
 美しい村だ。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちた村。
 春には林檎の花、夏にはザクロの花が咲き溢れ、秋には鮮やかに色づいた果実を皆で楽しんで、冬には雪を冠った樹々の中、湖にかかる朝靄が曙光で金色に染まる様に息を呑む。
 美しく移ろいゆく四季に寄り添う村で暮らしているのはもちろんエルフ達。
 彼らのツリーハウスはどれもが趣向を凝らした楽しいものだ。
 湖面近くには船そっくりのツリーハウス。中までちゃんと船室みたいにつくられていて、湖面に張り出した甲板そのもののウッドデッキからはそのまま釣りが楽しめる。
 絵本で見る大きな帆船に使われるような網を登って辿りつくのは、大きな枝にちょこんと乗せられた形のツリーハウス。そこは共同の燻製小屋で、湖で釣れた小さなマスをスモークしたり肉やチーズをスモークしたりでいつも煙を吐いていた。
 小鳥の巣箱みたいにちんまりとしたもの、大樹のてっぺんに風見鶏のように突き出した展望小屋、カントリー調のドールハウスをそのまま大きくしたものから、童話の世界に出てくる魔女のお城っぽいツリーハウスまで多種多様。そのすべてがしっくり森に溶け込んでいる。
 林檎の幹をぐるぐるめぐる螺旋階段、空中を歩くかのような吊り橋、大きな樹の枝が床から天井へ抜けていく居間、滑車とロープとバスケットを使って行き交う燻製や焼き菓子のお裾分け。
 この村で紡がれるそんなささやかな幸せのありがたみを、ここでは誰もがしっかり噛みしめていた。

 何故なら――林檎隠れのポムグラニットは、五年前、盗賊団によって一度滅ぼされた村だからだ。

 けれど、今では惨劇の爪痕はもうほとんど見られない。生まれ育った村を離れ街に働きに出たり、他所に嫁いだりして五年前の惨劇を逃れていた者達が、家族を連れて戻ってきたのだ。
 美しい四季に寄り添う村。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せを紡げる故郷を、朽ちゆくままにしたくはなくて。
 五年前の惨劇でただひとり生き残り、つい先日までは街の親族のもとで暮らしていた少年リムトも、そんな風にして戻ってきた者のひとり。
 故郷を愛するあまり棘に魅入られかけた処をエンドブレイカー達に救われた彼の思いつきを、村の皆も諸手を挙げて歓迎した。

 ――この村に、たびたびエンドブレイカーさん達が遊びに来てくれれば、とても素敵だ。

●林檎の夏休みへようこそ!
 瑞々しい夏の緑に覆われて、森の大地は涼しげな木陰に彩られていた。
 時折輝くのは眩く射し込める木漏れ日の光、きらきら躍る木漏れ日模様を追うように駆ければ薄ら汗ばむけれど、爽やかな森の風が汗ばんだ肌を撫でていくのが喩えようもなく心地好い。
 森と緑といのちの息吹に胸を洗われて、笑って吐いた吐息も森の息吹。
 振り仰げば遥か頭上の樹々の梢に、まだ青い林檎の実が幾つも見え――。
「アンジュも行く! 連れてって……!!」
 永遠の森エルフヘイムの旅人の酒場で砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が語る光景に、暁蝶の狩猟者・アンジュ(cn0037)ががばっと身を起こした。呼吸するたびに胸の奥から瑞々しい緑芽吹くような森の風、時折それがどうしようもなく恋しくなる者がいる。
 暁色の娘もそのひとりだが、そういうヤツ、他にもいるだろ? とナルセインは同胞達を見回した。
「なあ、ツリーハウスで夏休みをすごす気はないか?」

 林檎隠れのポムグラニットと呼ばれる、林檎の大樹の森にあるツリーハウスの村が、今空いているツリーハウスをエンドブレイカー達のリゾートハウスに提供したいと言っているのだという。
 要するに、
『この村に、自分のツリーハウスを持ちませんか?』
 という話だ。
 もちろん今あるツリーハウスを自分好みに作り変えてもいいし、一から新しくツリーハウスをつくってしまってもいい。ツリーハウスづくりに慣れた村のエルフ達に手伝ってもらえば、新しくつくる場合でも一週間ほどで完成するのだとか。
 真新しい木の香りを胸いっぱいに吸い込めるまっさらなものをつくるのも良いし、古い家を解体した古材やアンティークの窓や扉を使って、初めから森にしっくり溶け込めるようなものをつくるのも良い。
 森の木々にひっそり抱かれた樹上の隠れ家、空中に浮かぶ自分だけの城。
「――浪漫だろ?」
 悪戯っぽく笑って、ナルセインは淡い金色の気泡躍る硝子杯を掲げてみせた。
 林檎隠れのポムグラニットで採れた林檎で造った、アップルビネガーの酸味が爽やかなサワーだ。

 子供の秘密基地めいた小さな小屋から、居間と寝室にキッチンとバスルームまで備えた、ちゃんと暮らせるツリーハウスまで多種多様。誰にも知られず読書三昧で休日をすごせる隠れ家にするのも良し、恋人や家族と一緒に静かな休暇をすごす別荘にするも良し、友人達や旅団の仲間と共有するリゾートハウスにするも良し。
 暖かな木の香りに満ちた、ベッドを入れたらそれだけでいっぱいになってしまうような小さな空間に書棚を作りつけ、棚に頭をぶつけそうになりつつ布団に潜って物語を読むのも楽しいし、テラスつきの大きなログハウス風のツリーハウスを建て、樹上からの眺めを満喫しながらテラスで食事をするのもきっと楽しい。
 自分のツリーハウスを持つのは手に余ると言う場合は、宿屋がわりにつくられたゲストハウス用のツリーハウスを借りてちょっと一泊、というも楽しいだろう。
 そうして、自分のツリーハウスで、あるいは借りたツリーハウスですごすこの村でのひとときは――ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちたひとときになるはずだ。

「夏ならではの森と湖の涼しさを一番満喫できるのは、やっぱり昼間だって話だな」
 涼やかな木陰に抱かれたツリーハウスのテラスにハンモックをかけ、流れる森の風に揺られながら読書三昧で過ごす午後。湖に張り出したテラスからのんびり釣り糸を垂れるのも良いし、早朝釣った魚が程好くスモークされた頃にテラスで昼食にするのも良い。
 燻製小屋でスモークしたベーコンやチーズはそのままだって御馳走だし、バゲットに乗せて天火で焼くのもきっと美味しい。自分で燻製するのも良いし、頼めば村のエルフ達が喜んで分けてくれる。
 焼きたてアップルパイに自家製ソーセージ、燻製した魚をほぐして玉葱とチーズもたっぷりと使った熱々グラタン、林檎やザクロのソースで食べる森で狩った鹿肉のグリル。
 滑車とロープでカラカラ引き上げるのは湖に浸した籠、中には冷たい水滴をきらきら滴らせる自家製アップルサイダーや林檎酒がいい具合に冷えていて。
 皆で笑って乾杯し、薄らと汗ばむ肌を森の風に撫でられながら冷たい杯を呷れば――ささやかで、だからこそ愛しい幸せが胸いっぱいに満ちるはず。

「さあ御照覧。大きな大きな林檎の大樹の森で、あんただけの隠れ家があんたを待っている」
 ――あの村で、あんたの城を手に入れてやってくれ。


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参加者
NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●夏あかり
 瑞々しい夏緑の合間を吹きぬける風は胸を緑の匂いでいっぱいにしてくれる森の息吹。楽しげに梢が空へ唄う林檎の大樹の天辺近く、覆う葉と重なる枝々に抱かれて空からも地上からも隠された小さなツリーハウスのテラスに出れば、天窓みたいな葉の間から溢れる夏の陽が歓びをくれる。
 淡い金色のアップルサワーがきらきらテーブルに振りまく煌きもヒカ達のとっておきの宝物。
 眩しいくらいでしょ? と自慢げに振り返り、
「ね、アンジュおねえちゃん。私たちの隠れ家へようこそ!」
「きゃー嬉しい嬉しい、お邪魔しまーす!」
 お客様を迎えれば、飛びっきり! と破顔した姉貴分にぎゅうっと抱きしめられた。
 大樹の幹をくるくる回る螺旋階段を登るヴェルメリーの足取りは空に近づくたび軽くなる。見下ろす景色は夏緑の森の中にひっそり息づく碧い湖と、林檎の緑の合間に鮮やかな宝石を散らしたような柘榴の花。燻香豊かなスモークチーズと甘い蜂蜜の香りに誘われ頭上を振り仰げば、緑に抱かれた隠れ家のテラスにも鮮やかな赤が見えた。
 嬉しさに心も足取りも弾ませ螺旋階段駆け上がり、
「ヒカとアンジュ、ただいま!」
「メリー、おかえりなさい!」
「おかえりヴェルメリーちゃんー!」
 星と陽の瞳の二人に迷わずダイブすれば、二人からもめいっぱいぎゅー返しのおかえりなさい!
 真珠色の風が帰ってきたなら早速朝釣りの魚でパスタも作って、優しい緑に隠れて幸せに舌鼓。
 柘榴が実らす種のように、ここで実る思い出も――きっときらきら、宝石そのもの。
 湖の眩い煌きが梟のプレートに跳ねるレムネスの隠れ家のテラスでは、木漏れ日の煌き踊らせる風にゆうらり揺れるハンモックで星霊達がすやすや夢のなか。
 お昼を食べたら一緒に夏緑の涼風に揺られようか。
 そうして次に何をするか考えて……そのまま夢の波間に漕ぎだしたって、きっと幸せ。
 朝釣ったマスの紙包み焼きを開けば熱々の香りが溢れだし、刻みチャイブ入りバターを乗せればたちまち蕩けた香りがおなかの虫を呼び覚ます。
 お昼寝中の子達を起こしたら、
「さ、冷めないうちに食べようか♪」
 蜂蜜色に煌く黄銅のドアノブを捻り、扉を開けて完成したてのツリーハウスへと入れば、眩い陽光と真新しい木の匂いに出迎えられた。開かれた突き出し窓から見える夏緑の林檎の梢、湖の煌き。
 素朴でささやか、けれど暖かな自分のお城を見回し、少女は胸いっぱいの達成感に瞳を細めた。
「一人でお家を作るのって、想像以上……というかもう異次元の大変さだったのね」
「君の細腕じゃあ些か……と思ったけど、僕が手伝うだけでもまだ異次元だったね」
 淡い気恥ずかしさに銀髪の青年と苦笑しあう。
 お屋敷育ちのコレットと学究に明け暮れていたジルベールの二人だけでは基礎を組むだけで夏が終わってしまったろう。何せどんな家を作るかも考えていなかった。見るに見兼ねた村のエルフ達の助力で完成に漕ぎつけたのだ。
 鮮やかな赤の花咲く柘榴を一枝もらって、窓辺に飾れば夏の輝きそのものが咲いたよう。
「ほら、この方がもっと素敵……ジルもお花が好きなのね」
「花は好きだよ、見ていて和むし種類も多くて興味が尽きない」
 眦が自然と緩めば彼の怜悧な印象も暖かに和らいで、少女も思わず笑みを咲き綻ばせた。
 ――私、お花を愛する人に悪い人はいないと思うわ。
 林檎の大樹が悠然と広げた枝の間にちょこんと座らせたような、小ぢんまりとしたツリーハウスが今回オニクスが譲り受けた林檎の隠れ家。
 窓からすぐ手の届く枝では青い林檎がたっぷり夏陽を浴びていて、この実が色づく秋を思えば心が弾む。林檎の大樹に抱かれたこの隠れ家の姿を思えば、運び屋の彼が橄欖色の瞳を輝かせる様が見えるよう。
 陽の匂いがする埃を払い、壁も床も綺麗に拭いて、
「寝床は……しばらくハンモックでいいや」
 一息つけば湖から籠を引き上げ、製菓市の春林檎をじっくり発酵させたアップルサイダーの味見。
 冷たい煌き呷れば何処か切ない甘酸っぱさが溢れだす。
 隠れ家もサイダーも、彼が帰ってくる頃に完成するのが理想的だ。
 右上がりの文字で綴られた表札は、風変りな扉とともにもうすっかり村の風景に溶け込んでいた。思い出深い扉を叩けば、わ、と顔を輝かせた少年リムトが迎え入れてくれる。
 手土産はリリが自身の隠れ家で作ったアップルサイダーに、林檎の樹皮染めコースターを二枚。
「良かったら今、一緒に飲まない?」
「う、うん。飲むよ」
 悪戯っぽく瞳を煌かせて訊けば、心なしか頬を赤くしたリムトが急いで二つのグラスを持ってきた。煌くサイダーを注いだ杯は勿論コースターで受けて。
「あのね、また遊びに来てもいい?」
「うん、いつでも!」
 他人の厚意への戸惑いも消えた少年の様子に零れる笑み。
 ――ただいま。
 懐かしい故郷のようにそう言いたくなるこの場所で、ゆったり過ぎゆく時間を分かち合えるように。

●もりのかがやき
 夏緑の陰も眩い木漏れ日も鮮やかな林檎の森を、滑車が唄うロープでバスケットが運ばれてくる。籠の中身は焼きたての林檎パンに薫り豊かなスモークチーズ。ツリーハウス作りを手解きしてくれた村人達からの差し入れに、ネモの胸に改めて確信が燈った。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちた村。
 ――確かに、そうじゃな。
 何時かねぐらをと望んでいた永遠の森の片隅。今はまだ都市渡る合間に羽を休める家だけれど、友を招ける程の広さと設えは欲しい。壁を立ち上げ、屋根を張り、出入り可能な天窓も忘れずに。
 微風に揺られる吊り寝台で眺める星夜と暁を思えば、胸奥に更なる光が燈る。
 完成はまだ先でいい。
 時はたっぷりとあるのだから。
 揺れる木漏れ日、湖面の波紋、小さなおうち。
 ――わたしの、たからもの。
 気泡弾けるたびカモミール香る自家製アップルサイダー、胡桃パンに朝採り夏野菜と鴨肉ハムや燻製チーズを挟んだサンドイッチは砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)にも好評で、御機嫌で午後の練習に想い馳せればはたと本題を思い出す。
「あの、ね、今度……劇場で歌うことになったの」
 ルセを招待しても、いいかな。
「誰より大きな花束持って駆けつけるさ」
 恐る恐る訊けば悪戯っぽく返る笑み。批評してほしいと続ければ、銀の双眸がひときわ和らいだ。
 否定的な感想も糧にしてみせろ。
 前の夏にそう言った男が、ヴリーズィの頭にぽんと手を乗せる。
 ――頑張れよ。
 林檎の花咲く春色キルトを掛けたベッドを使う暇もない、日帰りの夏休み。
 けれど全開の窓から見える青林檎のポムグラニットの光景と爽やかに流れこんでくる森の息吹が、愛しい世界からの贈り物を惜しみなくロゼリアに与えてくれる。
 地の底にいるひと、戦で倒れたひと、突如昏睡の淵に落とされたひと。
 彼らと、彼らを案じる恋人を思えば胸塞がれるけど、この森の息吹がきっと皆にも力をくれるはず。
 林檎の花咲くタイルで彩るキッチンでコトコト煮るのは硬めで果汁たっぷりと聴いた青林檎。
 こんがりシブーストが焼きあがったら急いで帰ろう。心を痛めている恋人や、大好きな皆の許へ。
 ――待っていて、頑張れる力を連れて帰るから。
 優美な猫脚の椅子に身を沈め、広げるのは林檎の木の洞から繋がる不思議な林檎の国の物語。
 アップルパイやタルトに刻み林檎たっぷりのパンを摘んで、飛びきり甘酸っぱい香りと気泡弾ける林檎のティーソーダに口をつければ、窓からの風がマルベリーの手から頁を攫う。
「うやぁ……それにしても良ぇ風!」
 夏の緑の匂い、夏の陽をきらきら弾く森の緑。
 窓の外を見遣り、やっぱりうちの巣は森の中やなと再確認。なかなか上出来なパンはナルセインにお裾分けしたろと思えば増えた楽しみに笑みが零れた。
 ただいま、うちのポムグラニット。
 久々に戻ってきたのに、マニートには帰ってきた実感は今ひとつ。
「ヒカタが家に不思議な気配がするって言うのよ。オバケかもしれないからセインさん見に来て」
「……そいつは小鳥さんのように臆病な俺には無理難題だな」
 森で逢った男にそう言ってみたものの、戯言で躱されそこでお別れ。
 けれど躱された本当の理由は違う気がして疑問は増えるばかり。帰ったらおかえりって言ってねと念押ししておいた家へ向かえば突然扉が開き、
「サプライズ!」
「違うわ……やり直しね」
 迎えてくれた弟に言って気がついた。
 そういえばさっきセインさんにも、こんな風に身内に物を言いつけるような言い方をしたのかも。
 肝心なことを言いそびれつつ、もう一度ヒカタが姉を出迎えれば、
「おかえり」
「――……」
 今度は途端にマニートの瞳から涙が零れ落ちた。
 漸く帰って来れた――今は他のことは全て忘れて、堰を切った愛しさ懐かしさに溢れる涙。
 そんな彼女の胸中は知らぬまま慌ててヒカタは指で涙を拭ってやって、家の中へ招き入れた。
 冷製パスタに蒸し野菜、マスのマリネにフライドポテトに、燦然と輝くアップルパイ。外出させた間にささやかな御馳走の準備は万全だ。
 ――お誕生日おめでとう!
 夏の緑陰に遊ぶ風とすれ違いながら、木漏れ日が描く小さな陽だまりを軽やかに辿る。揺蕩う光に爪先触れるたび、夏陽がアデュラリアにいのちを教えてくれるよう。
 帰る家というものはまだよく識らないけれど、昼餉の匂いに滑車が唄う音、森の空中回廊みたいな吊り橋が軋む音すら、ささやかで愛しい幸せを教えてくれる。
「ナルセイン様は――」
 家に憶えがある、と問うはずの声は風に融け、
「あんたは言葉だけじゃなく、言の葉のひそめ方まで嫋やかだな」
 けれど男が吐息でそう笑う。女は鈴より小さな笑みを転がし言を継ぐ。
「……出逢うと思う?」
 この村に息づく自分だけの隠れ家のように、あなただけの愛しい極上に。
 言の葉で問えば、珍しく、彼が何の含みもない笑みを見せた。
 ――あんたには、どう見える?

●星の金貨
 一本の樹に二つの小屋を拵えたツリーハウスでの暮らしは毎日が幼い日の冒険の続きのよう。
 涼風と光舞う湖へ迫り出したハルク自慢のデッキ、そこで釣りを教えて欲しいと妹にねだられれば兄としては満更でもなくて、滑車をリール代わりにした愛用の釣竿を貸してやればモニカは大歓びで釣糸を垂れたけど、
「……つ、釣れない。待ってるなんて性に合わなーい! 網持って飛び込んでもいい!?」
「素潜りがしたいなら他所でやれ、魚が逃げる」
 案の定ハルクが小さなマスを数匹釣る間にギブアップ。
 けれど兄に冷たく一瞥されたモニカが渋々再挑戦し、彼のバケツに増えていく釣果を横目で見つつ湖の風に瞳を細めていると、いきなり竿に手応えがきた。
「ハルク、何か凄い引いてる! 助けてリールの巻き方が分からない!!」
「馬鹿、使い方が解らないなら最初に訊けよ!」
 助けを求めれば兄が自分の竿を放り出して背を支えてくれる。デッキの陰へ逃げ込まんとする敵と二人がかりの激闘の末に釣り上げたのは、
「鮭並みだな、こいつは……!」
「ね、ね、この子湖の主じゃない!?」
 小さなマスばかりのこの湖では珍しい大魚。
 燻製にして皆にお裾分けしようよ! と大はしゃぎの妹をよそに、ハルクは再び竿を手に取った。
「えっ、ハルクまだ釣るの?」
「……まだ釣る気だが、悪いか」
 子供じみた競争心と解ってはいても、ビギナーズラックになど負けてはいられない――!
 林檎の森の何処よりも空に近い場所、大樹の天辺に新たにお目見えしたバルコニー型展望台が、この夏まったく秘密でない農園の秘密基地に増えた遊び場所。
「俺、絶対ここには仕事持ち込まないって決めてたんだけどな……」
「アンジュは絶対こーなると思ってたー!」
「俺も、エアハルト殿は仕事と趣味を兼ねているものとばかり」
 休暇のつもりがばっちり腕を揮ってしまったエアハルトが遠い目をすれば、森を見下ろせる絶景に身を乗り出していたアンジュが声を弾ませて、自分達のツリーハウスの参考にすべく展望台増設の手伝いに来ていたリューウェンも神妙な面持ちで頷いた。
「こういう共同作戦も夏休みの醍醐味だって! よし、引き上げるよー!」
「はいよ、美味しいものぎゅうぎゅうだから気をつけてー!」
 展望台と遥か下の秘密基地でヨゼフとハルネスが手を振り合えば滑車とロープで大きなバスケット一杯の御馳走が空の間近までデリバリー。皆が揃えば湖で冷やした林檎酒で、
 ――展望台の完成を祝して、乾杯!
 地上より色濃く思える青空を透かした冷たい林檎酒を呷れば鮮烈な爽快感が体中を翔けめぐる。夜にはきっと、ひときわ清麗に瞬く星の光ごと呑みほす心地になれるはず。
 夜もここで食べようねと笑ってハルネスが披露するのは暁色がおねだりしたプラティナ・ミステルの山羊チーズの燻製と、
「何これ何これすごいいい香りー!」
「言うと思った。よっくんが釣ったお魚をウイスキー樽のスモークチップで燻製にしてみたんだ」
 空中菜園で採れたバジルのソースを添え更なる逸品のできあがり。
 釣果の功労者ヨゼフが一口齧れば、
「何だか水と空と土の香りがするよ……!」
「巧いこと言うなヨゼフ、何つーか目の覚める旨さ」
「ヨゼフ殿、今度釣りをご一緒させて頂いても良いだろうか?」
「喜んで!」
 たちまち弾ける笑顔と弾む会話が何より食事を美味しくしてくれる。明日は鹿狩りに挑戦しようか、なんて言葉が自然に口をつく森と湖の滋味たっぷりの食事の締めは、勿論。
「リュー君のデザートですよねー!」
「何かヨーグルトの香りがする!」
「そう、林檎のヨーグルトケーキを作ってみた次第だ」
 微笑したリューウェンが切り分ければ、途端に溢れだす甘酸っぱい香り。
「ここで食べるといっそう酸味が心地好いね」
 頬張れば爽やかな風が翔けぬけて、ヨゼフは得も言われぬ心地で相好を崩す。
 甘味に舌鼓を打ちつつ、エアハルトも空と森の風に深呼吸。
「……いいところだな」
「エア君も自分のおうち作っちゃいなよ」
 目元を和ませたハルネスと視線が重なれば、どちらからともなく笑みが零れた。
 ――帰る場所があるって、いいもんだよ。

 林檎の大樹をめぐる階段登れば木板のステップを鍵盤代わりに靴音が唄いだす。
 譲り受けたのはひっそりと蔦に覆われた樹上のツリーハウス。小鳥のさえずりみたいに小さく扉を軋ませれば、セラの瞳に彼女のお城が飛び込んできた。
 今は家具ひとつないがらんとした空間だけれど、壁一面に作りつけられた本棚に知らず頬が緩む。ひとつひとつ楽譜本を増やしていこう。そうして少しずつ貯めたお金で、いつかピアノを買うのだ。
 彼に演奏を披露した時に、驚かせることができるよう。
 窓辺に腰かけ、目蓋を伏せていつか孵る日の夢を見る。射し込む木漏れ日を鍵盤に、指先が空で覚えた懐かしい旋律を辿る。

 ――今日から此処が、私の秘密の音楽室。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:21人
作成日:2014/09/05
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  • ロマンティック1 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
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