<リプレイ>
●遺跡を征く
幾重もの歯車が軋んだ音を立てて動き続ける。
この音が規則的である理由は、全てが遺跡内で巧く噛み合っているからこそ。どれかがひとつでも欠けてしまえば、たちまち歪んだものになってしまう。
かの少女、革命聖女ゼファーのように――。
「棘によって狂ってしまった理想。それを現実になんてさせないんですから……!」
天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)は燻ぶる思いを確固たる言葉に変え、遺跡内を急ぐ。
先ず、優先されるのはハンクス長老の無事だ。
ゼファーに狙われている彼を追うため、考え付いたのは『遺跡内移動装置』を用いること。長老の場所を想像し、其処に転送して欲しいとシアン達は願う。しかし、現在のハンクスの正確な位置は誰も把握できていない。
だが、すかさず斧の城塞騎士・フラン(c00997)が地図を取り出し、手早く広げる。
「心配はない。こちらにはゼファーの地図がある」
「ゼファー姉ちゃん……じゃない、ゼファーはハンクス長老の元に向かっているんだから、地図が示す現在位置に移動すれば近いはずだね」
銀目の踊り子・タージェ(c19470)も自分の地図を確認し、ここだよ、と指をさす。
疾風槍ゼファーの現在地は中枢に近いとある一角だった。もし、ゼファーがハンクスに追い付いていればその命が今にも奪われそうだということだ。
しかし、姫将軍・ベンテン(c01195)はふと気付く。
「まだ移動しているみたいだよ。追い付いてたらこんなに動いてはいないよね」
地図が示すゼファーの位置は移動を続けているようだ。ベンテンの読み通り、彼女はハンクスを探して回っている最中に違いない。
行こう、とタージェが告げ、フランはしかと頷く。
ゼファーと戦い、目論見を終わらせるために。エンドブレイカー達の願いに答えるように遺跡内移動装置が起動した。
一瞬の浮遊感の後、一行は目を開ける。目の前には先程と違う景色が広がっており、そして――わずかに驚いた様子の疾風槍ゼファーが身構えている姿が見えた。
「……エンドブレイカー。どうして、ここに?」
噛み締めるようにこちらを呼んだゼファー。その瞳はこちらを真っ直ぐに見つめている。
社会の理不尽と闘う男・ジョセフ(c11046)は周囲を注意深く見回し、この付近にハンクス長老が居ないことを悟る。おそらくはゼファーの元に最短で転移した結果、ハンクスが見つけられる前に敵と遭遇出来たのだろう。
「好都合ですね。これで私もこの戦いに全てを賭せます」
小さく呟いたジョセフは武器を手にし、ハンクス長老の無事を願う。今はただ、後から駆け付けてくれる仲間達が保護してくれると信じるのみ。
灼撃の・リョウ(c11025)はゼファーの視線を真正面から受け、騎士然と告げた。
「疾風槍ゼファー。これ以上、革命聖女の名前は辱めさせない」
棍を構えたリョウに対し、ゼファーは槍を構え返す。
「邪魔はさせない。私は『平等』を手に入れるために、進まなければいけないから」
棘に侵された再現体だというのに、彼女は理想の革命を掲げた言葉を紡いだ。言葉だけを聞くならばその理想は頷けるものだったかもしれない。
しかし、雪下山水・ソフィア(c02845)は彼女の抱く思いはかつての思いと同じではなく、歪曲してしまったものだと理解している。
「ランス同士、お突き合い頂きましょう! ゼファーさん!」
ソフィアが白百合の騎士槍を掲げ、相手も棘の巻き付いた槍の切先を向けた。
「わかった。あなた達を倒して、進む事にしよう。先の希望を手に入れる為に――」
彼女が語るは希望。騙られたのは絶望。
花添えのフォヴ・テオドール(c30059)は殺気を受け止め、思う。似て非なる彼女に語る言葉も、その言葉に耳を傾けるつもりもない。
「終わらせようか」
ただただ終止符を打つしかない。テオドールはナイフを握り、独り言ちた。
吹き抜ける戦いの風はどちらの追い風となるのか。歯車がひしめく遺跡で巡り合ったふたつの思いは衝突し、重なり――最後の革命が始まりを告げた。
●意志
周囲に自分達とゼファー以外の気配はなく、仲間達は敵を取り囲む布陣を形成する。
前へと駆けたフラン、その兜の下の瞳に映るのは哀れな西風の娘。
「誰も信じず、頼らず。本当は分かっているから一人で来たんだろう」
蝶の紋様が刻まれた斧を振るい、フランはゼファーに語りかけた。だが、刃は突き放たれた槍によって弾かれ、威力を失ってしまう。
しかしながら、単騎でも作戦を実行すると決めたゼファーの強さは予想済み。すぐにシアンがフランの後に続き、透き通るように蒼い刃を振りかざした。
「吹き荒れろ、冬の嵐!!」
穹風の花から放たれた吹雪は敵を捉え、動きを封じる。
攻撃はそれだけに留まらず、シアンに合わせて動いたリョウが棍に太陽の光を内包した。光輝く一閃は間髪入れずにゼファーの身を穿ち、衝撃を与えてゆく。
「喋る武器は黙ったままのようですね。余計なことを語られても厄介ですが」
疾風槍に注意を払い、リョウは敵を見据えた。
掛けられる言葉には直接答えず、ゼファーは反撃として槍を振るい返す。その際に槍が何かを喋ろうとしたようだが、ゼファーは「黙れ」と言葉を封じさせた。
それが実に彼女らしいのが悔しい。しかし、槍の狙いが自分に定められたのだと気付いたベンテンは身構え、襲い来る槍の影を視線で捉えた。
だが、とてもではないが避けられるものではない。
気を付けてください、とジョセフが呼び掛けるのも虚しく、ベンテンとソフィア、テオドールの三人を貫いた影は鋭い痛みをもたらし、体力を削った。
「強い……けど、全力を尽くすよ。だれにもあなたの魂を穢させたりしない!」
流れ出た血を拭う暇すら惜しみ、ベンテンは己の思いと共に破壊の力を帯びた剣を振り下ろす。斬り放たれた衝撃はゼファーの身を掠めた。素早い動きで身を翻したゼファーはソフィア達を見遣り、小さく口を開く。
「たとえこの身が穢れたとしても、私は為すべきことを為すだけ」
それだけを切り取れば殊勝な言葉だが、ソフィアにはどうしてもそうは聞こえなかった。
「独善の革命など、単なる我が侭に過ぎません!」
大きく踏み込んだソフィアの放つドリルインパクトが、ゼファーの槍と衝突する。一瞬の鋭い音の後、金属同士が鍔迫り合う軋みが辺りに響いた。
仲間の気迫とゼファーの力がぶつかりあう様を見つめ、タージェはナイフを掲げる。
「ここで止めてみせるよッ!」
組み重ねられた刃が一瞬にして竜の形を取り、敵へと向かった。
かつてのゼファーの望みはきっと、誰でも思うような願いだったはず。それなのに、死んだ後も棘に利用されるなんて。ラッドシティの戦いを経験したタージェは、目の前に居る疾風槍ゼファーを見過ごせなかった。
タージェの刃竜が血を散らす中、テオドールは地面を蹴りあげる。
相手に反応する暇すら与えず、瞬時に背後を取ったテオドールは死角から刃を振り下ろした。この一撃で大きな傷を与えられる――と、思ったそのとき。
「この程度で止められると思ったなら、甘いよ」
「その態勢から弾き返すとは、な」
槍の柄を器用に用いたゼファーは静かな言葉を返す。驚きと称賛が交じった声を上げたテオドールは咄嗟に後ろに飛び退き、距離を取った。
その強さはジュウゾウの武器によるものか。それとも、ゼファーの持つ意志の力故か。
続けてゼファーによる螺旋槍が繰り出され、手痛い衝撃がリョウを襲う。それと同時に反撃の構えを取った敵の様子に気付き、フランは感嘆を零した。
そして、フランは呼び掛ける。
「現状はハンクスを殺せば解決する問題か? 情勢が混乱すれば治安が悪化して犠牲になるのは弱い立場の者からだ。彼らの夢はどうすればいい」
オーラの城壁を伴ったフランの言葉に、ゼファーは答えなかった。
痛みに耐えるリョウを案じたソフィアが更に前に踏み込み、シアンが癒しの紋章を描く。
「私が引き付けます。回復をお願いします」
「はい、任せてください。全てを癒す、慈愛の紋!」
紋章が光を放つ中、騎士槍が再び振るわれた。ベンテンも連携を意識して攻撃を続け、ゼファーとの戦いは巡り続ける。一見は一進一退の戦いが繰り広げられていたが、ジョセフは自分達が徐々に押されていることを察した。
未だ増援が訪れる気配がないのは、的確な移動法を用いた故に早く到着しすぎたからだ。その分だけ自分達と増援の到着のタイムラグを起こしているのだろう。しかし、守るべきハンクスとゼファーが鉢合わせしなかったのは素晴らしいことだ。
「分は良くありませんね。しかし、この戦いだけは負けられません」
ジョセフが抱くのは大義のための礎になること。たとえ孤独になっても、この戦いを諦めないと決意して戦場に訪れたのだ。
ゼファーの力は強く、この仲間だけでは勝ち目がない。
だが、間もなくすれば仲間が駆け付けてくるはずだ。今はそう信じ、全力を籠めるしかなかった。
●長老と猫
その頃、ハンクス長老は遺跡の中枢付近を必死で逃げていた。
世界の瞳に選ばれた代理者とはいえ、ハンクス自身はただの老人。走り続けることは老体には厳しいらしく、既に息は荒い。
「はぁ、はぁ……さすがに堪えますな。ライムちゃんもそろそろ疲れ……むむっ!?」
猫のライムちゃんに話しかけようとしたとき、ハンクスは周囲に何者かの気配を感じた。
もし、それが自分を殺そうとするゼファーだったなら――。最悪の想像を巡らせる老人だったが、その表情は一瞬で喜色へと変わった。
「おお、エンドブレイカー様!」
「ハンクス長老!」
「みんな、ハンクスさんを見つけたよ!」
世界の瞳の転移を利用して駆け付けたシャティニュエールとシーダが手を振り、長老を呼ぶ。その後ろにはロイやマーズ、タケマルをはじめとしたハンクスの護衛に訪れた者がいた。
「長老、こちらへ」
スノゥに手招かれ、ハンクスはエンドブレイカー達の元へと駆け寄る。
どうやら彼もライムちゃんもすっかり疲弊しているらしい。それに気付いたユンはライムちゃんを抱き、猫と同じ名を持つライムも頭を撫でて労ってやった。
その間にルスランが周囲を警戒し、他の皆も近くに敵がいないことを確認する。
「ゼファーには追い付かれてなかったのか?」
「みたいだな。ハンクス長老もなかなかやるみたいじゃないか」
シャオリィが問うと、フリオは安堵交じりの笑みを長老へと向けた。マクシームに背を擦られて息を整えたハンクスは「何とか逃げ果せましたぞ!」と答える。しかし、慌てて首を振った彼はエンドブレイカー達を促した。
「はっ! しかし、儂のことはもう構わずとも良いのですじゃ。皆様は早く敵の所へ!」
焦る長老を落ち付かせ、カナトは問題はないと語る。
「いや、心配には及びません」
「きっと今頃は本隊の人達がゼファーの相手をしているわ」
アリカも頷き、自分達はハンクスの護衛の為だけに集まったのだと告げた。そうして、アトロポスも柔らかい笑みを向ける。
「世界の瞳は貴方にお任せして来ましたもの。その御身も、我々にとって必要なんですのよ」
「ハンクス殿はここでお守りするであります!」
「そ、今護らなくていつ護るの。ねェ?」
続けてキヨカズが頼もしい言葉を向け、ユリウスも当たり前だというようににまっと笑う。
ひとまず、この場での守護態勢は整っている。ナージャが安心しきったライムちゃんの背を撫でる中、ハンクス長老は温かい言葉に打ち震えていた。
「おじーちゃんも俺らにとって大事な人なんだから「自分の身は」とか言っちゃダメだぜ?」
「過ぎたる献身は美徳ではありませんよ」
クラウスが軽く老人の肩を叩き、アルトゥールもほんの少し笑いを堪えて告げる。
「お、おお……なんというお優しさですじゃ。エンドブレイカー様、儂は、儂は――!!」
涙まで流しそうな勢いの老人に、ルシアは目を細めた。
「あなたは己の全てを使命に捧げる誇り高い人です。僕はそんな人がまぁ、嫌いじゃありません」
「いちいち大袈裟だよ。それにしても……」
ネマも苦笑いを浮かべた後、顔を上げる。彼と同じくして周囲を気にしはじめたニンフもハンクスが逃げて来た方向を見遣った。
耳を澄ませれば、微かにではあるが戦闘音が聞こえる。
そのことに逸早く気付いていたセルティアとウインザーは小さな頷きを交わし、エレノア達と本隊の増援に回ることを決めていた。
戦場に向かった彼等に続き、ソルシエルとルセラも仲間を誘った。
「そうね、私達も加勢に向かうわ」
「長老のことは頼んだ。これだけ数が居れば万一の時も防げるだろう」
リラとジョルディ達は長老を託す言葉を残し、戦闘へと向かってゆく。他にもアナムを筆頭にした多くの仲間が増援へ向かい、その背を見送ったエルナンドは反対方向へ急ぐ。
「私は世界の瞳の中枢を守ることに重点を置こう」
「ないとは思うけど、念には念を入れたいからね」
ライヤーもラッドシティの根幹となる部分が心配だと判断し、カーリグとグィーの二人も世界の瞳そのものを守るため、其々の思う場所へと赴いた。
向かう場所は違っても思いはひとつ。意思を束ねることこそが、何よりも強い力になる。
●劣勢
戦いは激しく巡り、状況はエンドブレイカー達の劣勢。
フラン達も元より応援ありきの作戦を組んでいたわけではないが、このまま戦い続けるには明らかに分が悪過ぎる。それでも、仲間達は戦い続けた。
「君は姿形はゼファー姉ちゃんだけど、全く違うね」
タージェは敵を見据え、神楽舞で支援に回っている。シアン達も必死に回復の手を伸ばしているが、一撃ずつの重さに癒しが追い付いていなかった。
しかし、フランは両刃斧を振るい続け、狙われているのも覚悟で立ち回った。
「その狂風は城壁で阻んでやろう」
オーラを纏ったフラン。だが、反撃の機を手に入れたゼファーが攻撃をいなし、槍を振るう。
「人をいたぶるのは趣味じゃない。……退いてもらうよ」
そして、静かな呟きと共に生み出された影はフランを貫き――戦う力を奪い取った。
仲間が倒れた。そのことに唇を噛み締めたベンテンは地面を蹴り、自らの心と体を研ぎ澄ます。しかし、彼女とて劣勢は理解している。
「倒れないためには堪えることも必要だけど、もうこれじゃあ……」
癒しに回ることで攻撃が出来ず、回復量以上の攻撃が此方を削っていた。
ジョセフも絶対典範を具現化してゼファーの力を奪うことに注力していたが、与えた麻痺も制約も相手が用いた螺旋突きによってかき消されてしまっている。
既に皆が満身創痍。だが、左手の薬指に光る指輪に勇気付けられたベンテンは気力を振り絞った。徐々に防戦一方になり、ゼファーの猛攻が仲間の力を削る。
荒い息を吐きながら敵を見つめ、ソフィアはぐっと騎士槍の柄を握り締めた。
「皆の希望に飲まれ、棘の絶望に塗れ、革命の中翻弄され続けた貴女。ああ、なんて……」
対するゼファーは淡々とソフィアに狙いを定めた。
最早、自分もあと一撃でも受ければ倒れ伏してしまう。ソフィアがそう覚悟したとき、
「ソフィア!」
その名を呼んだリョウがソフィアを庇うように布陣する。
それに気付いたゼファーは目を逸らし、標的をリョウへと変えた。彼とて限界に近いのだが、愛しい人を守ることに迷いも逡巡もない。そうして、再び繰り出された槍影は広範囲に影響を齎した。
「くぅ……っ! 疾風槍ゼファー、そこまでして何を求めているの……?」
「すまない、後は……頼んだ」
ベンテンとリョウが槍の影に貫かれ、再び立ちあがることも出来ぬまま力尽きる。
ソフィアが「リョウ!」と名前を呼び返すが、抱き起こすことすら許されない状況だ。三人が倒れ、残っている者達も立っているのがやっとなほど。使える癒しの手も一度だけとなったが、シアンはまだ希望を失っていなかった。
「絶対に、守り抜いてみせます……!」
この場に居る仲間を、ハンクス長老を、そしてこの都市のすべてを。
シアンの渾身の思いが籠められた紋章は大きな癒しとなって淡い光を広げた。身体が軽くなるのを感じ、シアンに礼を告げたテオドールはナイフを振るい、敵の動きを少しでも止める為に駆けた。
「流石はエンドブレイカー……!」
毒を受けても尚、止まることを知らぬゼファーの槍。彼女の姿を見据えたテオドールは奥歯を噛み締め、悔しさを押し込めた。
「命を大事にって心算だったが、こんなのは――」
最早、自分達は倒れるまで足掻き続けるしかないのか。
戦線は崩され、ジョセフはかつてない危機を感じていた。ここで自分達が全員倒れれば、ハンクス長老が手に掛けられ、世界の瞳が壊される可能性が高い。
そして、ゼファーが再び振るった一閃はジョセフを貫いた。
「ぐっ……ここまでですか。しかし、まだ……」
血を吐き、彼は崩れ落ちる。そんなとき、次の世代に道をつくる事を大いなる使命とするジョセフは、倒れる間際に希望を見た。それは――。
「そこまでや、疾風槍ゼファー! 聖女だったあの娘をこんな形で弄ばせんし!」
真っ直ぐにゼファーへと言い放ったのは、今しがた戦場に辿り着いたミユキ。そして、その後方には此方を目指して駆けてくる増援のエンドブレイカー、スーリス達の姿があった。
「……! 増援?」
ゼファーは一歩後退し、警戒と共に自身を癒す。
その間に増援の第一陣にあたる数名が布陣を終えた。
「待たせたな、テオドール」
「レンツ! お前……遅いよ」
傍らに立ったロレンツォの名を呼び、テオドールは片目を眇める。遅いとは言いながらも、最高のタイミングで訪れた親友に心強さを感じた彼はゆっくりと息を吸った。
駆け付けた中に見知ったラーレの姿がある事に気付き、ソフィアは微かな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。これで、まだ戦えます……!」
「ソフィア様。ここからは私達が支えますわ、存分にどうぞ!」
ラーレに続いて駆け付けたジェイナスは倒れた仲間に気付き、即座に介抱に移る。
「フラン、やられたのか! 応急手当は任せろ」
「皆、もう少しふんばるのだ」
ジョセフの傍に付いたログレスも励ましの言葉をかけ、崩れた前線を補った。
「お願いします。少し苦しいですが、私達はまだ頑張れますから」
シアンは疲弊で震える体を自分で押さえ、ゼファーに視線を向けた。相手は槍を構え直し、シアンを見据え返す。
「数が増えても、倒すだけ。この世界を変える為に」
螺旋を描く槍が増援の者を貫き、猛威を振るった。
「不平等に泣く世界を変えてやると約束した。だけど泣く事すら奪われた世界はおかしいだろ」
ルイはゼファーに言い返し、攻撃を受け止めてゆく。
自分達を庇ってくれている増援に感謝の意を抱いたまま、テオドールはナイフを強く握った。
「覚悟を抱いてるのはお前だけじゃないぜ、ゼファー」
死なない程度に安心して無茶をして来い。
傍らの親友から受けた言葉を胸に、テオドールは更なる覚悟を胸に宿す。戦況は未だ劣勢。だが、この先で戦局を覆す機があることを信じて疑わなかった。
●兆し
「……まだ、革命の火は消えていない」
ゼファーはありのままの言葉を紡ぎ、増援ごとエンドブレイカーを薙ぎ倒す勢いで向かって来る。
模倣体とはいえ、元となった革命聖女のリビドーが相当なものだったのかもしれない。戦局を見守ることしか出来ぬジョセフとリョウは戦いから離れているからこそ、そう感じた。
セヴェルスは革命という言葉を聞き、敢えて問い掛ける。
「革命は何の為にある? 今はキミが革命を起こさねばならないと願うほど酷い状況か?」
「一人で全てを救う革命なんて、できるはずがないよ!」
チサカも思いの丈を述べ、答えを求める。
「人の意志を捻じ曲げて、その想いを踏み躙る……これだから棘は嫌いだ」
クロシェットも嘆き、新たに駆け付けたエクレールと共にすぐさま攻撃に移る。同様にジョーガは傷付いたタージェ達を癒す花の力を解放し、アイネアスも援護を担った。ゼロはゼファーの気迫を肌で感じ取り、一閃を放ち返してゆく。
「優しい西風が荒れているのなら、それを止めるのは白虎である俺様の役目だ」
彼らに続き、ソウスケやワレモコウがゼファーを包囲した。敵もかなりの強さを秘めているが、次々と到着する彼等の存在が頼もしい。
しかし、タージェはハンクス長老のことが気に掛かっていた。
まだ自分達では長老の無事を確認できておらず、嫌な予感が巡っている。だが、その心配も次に駆け付けて来たルファ達が解消した。
「長老は無事に保護しているわ。ここからの援護は任せて」
「皆はゼファーを……!」
ルファの癒しの風、メリザンドが放つ裁きの車輪が戦場を駆ける。
ゼファーが放った広範囲の槍撃がエンドブレイカー達を貫き、何人かを地面に伏せさせたが、ハンクスの元から馳せた者達が戦場に加わってゆく。
「真の平等は私が、この手で掴み取る」
深く息を吐き、言い切ったゼファーにアサノアは言い返す。
「命を奪う革命など莫迦げてる。命以上に尊いものなど無いんだ、ゼファー」
パンペリシュカが頷き、フェイランは鼓舞の音色を仲間へと向けた。コーデリアをはじめとして、ナナセとクリスティーヌは傷付いた者達の補助に回り、スフィーリアとダスティンが長閑の仲間を庇う形で布陣していく。
「ラッドシティの行く末も大切だけど……それと同じくらい仲間も大切です」
かつては仲間がいたゼファーは、今は独りきり。
きっと、それが相手の敗因になると示したアカツキは十花亭の者達に呼び掛ける。
「無理はしないで。でも、全力でだよ」
その言葉を受けたルーファスは死力を尽くすと決め、ラウンドも自分の生まれ育った都市国家を変えようとした人――ゼファーを見つめた。
悲しい革命を、ここで終わりにするため。シャリオは駆け、仲間と共にゼファーに向かう。
見事な連携に続き、ディーンとソルティーク、シオンの三人が敵の背後に回った。
「やれやれ、一人だけで先走っても世の中何も変わりゃしないってのに困った革命小娘だ」
「ああ、独り善がりの革命じゃ誰一人幸せになれない」
「それに、ハンクス長老は私の上司でしてね。貴女の凶刃にかける訳にはいかないのですよ」
更にマークスが剣を振るい、彼らの後に続いたエシラも白銀の鎖を解き放つ。
「私もあの爺ちゃん好きでねェッ!」
独善的とはいえ、ハンクス長老は好かれていた。
あの人のように歳を取りたいと願うカードをはじめとして、キサラやライズ、モカもハンクス長老を絶対に守るという意思で集い、戦っている。
その勢いにゼファーが押され、僅かに体勢が揺らいだ。しかし、彼女は疲弊している様を決して見せようとはしなかった。ヨゼフは戦いがまだ続くことを感じ取り、棍を握る。コトも果敢に戦いながら、ゼファーへと呼び掛けていった。
「ゼファー様の革命はそのような寂しいものではなかったはずです」
「…………」
疾風槍の少女は何も答えぬまま、ただ向かって来るエンドブレイカーを薙ぎ倒していく。
ハイドは拳を握り締め、思いを告げる。
「死にも平等などないんだよ、ゼファー」
いつ死ぬか、その死を悲しむ人の数も平等には出来ない。だが、生きる意思と権利は平等にある。
棘の所為でそんなことも忘れてしまったのか。
「ゼファーを解放しろ、棘!!」
「革命はもう終わった! その姿で! その声でッ!! 謳うんじゃあないッッッ!!!」
悲しみを抱くエキューも、ミラーネも、無駄だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
革命はもういらない。キリナが呼び掛け、ジニーも本当の革命を志していた頃のゼファーを思い返し、今の彼女を否定する。
都市を、人々を護る為に。牙を剥くことを躊躇わない。
ガーランドはそれが己の護り人として誇りと責務だと律し、聖女の残滓に銃を向けた。
戦いは激しく、増援が数人ずつ戦場に辿り着いている現状、ゼファーは新手が来るたびにこちらを悉く薙ぎ倒す勢いで迫ってくる。
アルヴァスは激戦を覚悟し、共にゼファーの動きを少しでも止める事に注力していた。
「全力を尽くしましょう」
マリーリナが呼び掛ければ、クラリッサとジェノスが連続で一閃を叩き込む。エリーシャはハンクスが居る方向に背を向け、グレイも壁役に徹することを決めた。
マロンとアカツキの二人も機を合わせて魔力を紡ぎ、ゼファーの体力を着実に削っていく。しかし、敵はその度に武器を構え直し、自らの傷を塞いだ。
されど、シアンは理解していた。無尽蔵にも思えるその力も、いつか限界が訪れる事を。
「過去の英雄の紛い物……あなたも強いけど、本当の彼女は、もっともっと」
真の強さを持っていたはず、とシアンは首を振る。
戦いはまだ暫く続くだろう。それでも、貫こうと決めた思いは強いままだった。
●決着
戦いが激しいということは、それだけ気配も目立つということ。
物音を聞きつけて到着したリチの他、新たな増援は着実にゼファーの周囲を取り囲んでいった。
「ここで負けるわけにはいかない」
「世界の瞳もハンクス長老も皆も、絶対守る!」
激化する戦いの最中、ジークが身構え、シルグも思いを言葉へと変えた。敵の一撃は弱った仲間を一瞬で内倒すほどに尖ってきている。
「流石はゼファー。強いな……だが、やるしかない!」
意を決したエドガーは一気に踏み込む。だが、ゼファーの反撃が彼の急所を打ち貫いた。それに反応したのはカペラだ。
「よくも! 許さないっ! 私が、撃ち抜いてやるうっ!!」
下がれ、と声を振り絞るエドガーの忠告も耳に入らず、カペラは矢を放つ。だが、渾身の力を込めたはず矢は弾かれ、カペラは息を飲んだ。すぐにアヤカをはじめとした機動武闘團の仲間が倒れた者を庇い、ユル達の一団も布陣を整えた。
イーサが影を放ち、アッシュが背後に回る。その隙を突いたケーナが突撃し、続いたヒカタとベティカが連続攻撃を打ち込んだ。マニートはライフベリーで仲間を癒し、マシェリとヒィト、オニクスが援護と更なる癒しを放つ。
「私は、こんなところで挫けたりなんて……しない」
ゼファーが苦しげな声をあげる様を複雑な心境で見つめ、アデルバートはその前に立ち塞がる。キールは敵の姿を瞳に映し、短く息を吐いた。
「あれが、革命を目指したものの成れの果てですか。見るに耐えませんね」
歪んだ夢はかつての彼女自身の為にも認めない。
カラは思いを胸に秘めて踏み出し、ルヴィアもその風を止める為に力を揮った。
傲慢かもしれないが、ゼファーを助けたかった。けれど、助けられなかった。その悲劇を絶対に忘れないと決め、アリシアも戦場に立っている。
「俺は、悲劇が起きない世界を目指す! もういいんだ、ゼファー!」
少年の斧が振り下ろされる中、ナタリーは敵の妨害を試みた。そこからヨベルが、レノールが、そしてアヴィエラとロイがゼファーへと一気に斬り込む。
会いに行くという約束を果たすことなく、かつての革命聖女は逝った。
己の誓いの刃で不幸な終焉に終焉を齎すべく、人々を想い、自らを殺してまで戦ったゼファーの為にも。ファニファールは強い思いを抱いて戦う。
ミァンとグローが槍での攻撃を打ち放ち、続いたライアが敵に呼び掛けた。
「人殺しから生まれる平和なんて、私達はいりませんよ!」
「私達がここで、全力で止めてやろう」
エリザーベトも同意を示し、ナールディアも力を振り絞る。
徐々に数名ずつ増援が集う形とはいえ、これだけの人数を相手取るゼファーは本当の意味での決死の覚悟を持っているのだろう。カタリーナは、彼女が単身で乗り込んだことが他の者を巻き込みたくない優しさの欠片だと信じたかった。
ヘミソフィアとレイア、リディオンが攻撃を受けた仲間を支え、ルミティアはゼファーの善戦振りに目を見張る。だが――。
「幾ら生前を模して口を開こうが、その戦果を上げようが……貴女はどこまで行っても模造品」
「そういうこと。お前は元の彼女ではないよ」
クロフもはっきりと言い放ち、クロウリーはふと浮かんだ思いを胸に沈める。
彼女は恵みを齎す風が変じた暴風。なれば、我等はさしずめ吹く風から民を守る強固な壁。流石のゼファーも疲弊が隠しきれず、戦局は一変していた。
「負けて無様に散りなさい」
ジィリオは静かな怒りを秘め、妖精と共に容赦のない一撃を見舞う。
ウォリアの放った赤黒色の禍々しき焔纏う刃が風を止めんと迫り、サレリアの魔鍵がゼファーの影を縫い止めた。シルが放った世界樹の弾丸は槍を貫き、その切先を僅かに砕く。
あの日、届かなかった手は届かないまま。けれど、まだ手を伸ばすことはできる。
そのとき、戦いの終わりが見えた。
倒れ伏していたベンテンは顔を上げ、よろめいたゼファーの力が衰えているのだと確信した。シアンは既に限界を迎えており、テオドールも仲間の肩を借りなければ立っていられないほどだ。
最初から立ち続け、辛うじて動けるのはソフィアとタージェだけ。
それを察したアンゼリカは閃煌の剣を振るい、仲間に渾身の思いを叫ぶ。
「行けタージェ! 終わらせろーっ!」
その声に応えるようにタージェが立ち上がり、ソフィアもリョウの分まで戦うために槍を掲げた。対するゼファーは槍を構え、掠れきった声を振り絞った。
「終わらない……終わらせたりなんて、しない」
真正面から絡み合う眼差し。駆ける二人が狙うのはただひとつ、疾風槍ゼファーの最期。
「どうか今度こそ。安らかな眠りを……!」
「……既に革命の旗は降りました。貴女もお帰りなさいな、安息の隠り世に」
二人の放った刃と槍の一閃は、的確にゼファーと疾風槍の其々を貫き、そして――。
一瞬の静けさの後、戦いは決する。
●西風の往く先
弓折れ、矢尽きる。
崩れ落ちたゼファーの様を表すならば、その言葉が相応しかっただろう。倒れた彼女の姿を瞳に焼き付けるように、セルヴェイルはゆっくりと瞳を閉じた。
ゼファーの意識は未だ残っていた。
しかし、誰もそれ以上の攻撃を加えようとはしない。何故なら、槍は既に砕けており、間もなく彼女自身が朽ち果てる事を誰もが分かっているからだ。
「私は、まだ……やらなきゃいけないこと、が――」
棘を抱いたゼファーの行く先には、絶望の風しか吹かない。
これでいいのだと己を律し、ガルデニアは少女の最期を見据える。結局、革命を望んだ聖女の心は変えられることはなかった。皮肉だな、と落としたカンロもまた、静かに目を伏せる。
ナガミは因縁のゼファーの瞳を覗き込み、其処に少しでも何かが残っているかを確かめる。
だが、もはや――。
佇むラッシュが感じたのは憐憫。同様にランディも首を振り、希望を抱いていたはずの少女の最期を知る。理想は与えられるものではなく、皆で作るもの。叶えられたはずの理想を思い、ルークは悲しげに眼を細めた。
助けられなかったという後悔は、ずっとこの胸に残るのだろうか。
シドが言い表せぬ感情を持て余す中、マウザーは己の中に確固たる思いを抱いていた。
「貴女の屍も踏み越えてより良い世界の為に先に進みます」
それが革命を、他の祈りを断ち切った自分の天命。ユリアスも歪んだ風を纏うだけの少女を止めたことこそが正解だと信じ、思いを噛み締める。
そのとき、ゼファーが弱々しく身体を動かし、腕を虚空に向かって伸ばした。その瞳は何も映さず、目の端からは一筋の涙が零れ落ちている。
「叶えられなかった……。私の、私達の、革命を……」
紡ぎ出された声は悲痛で切実なものだった。
棘を宿す存在だというのに、ゼファーの中には何故だか本当の思いが残っているように思えて仕方ない。あれだけの人数をたった一人で相手取り、善戦したのは裡に秘められた思いがあったからこそなのかもしれない。
ロシェは複雑な気持ちを抑え、思いを口にする。
「あなたと、皆と、僕に必要なのは……『平等』じゃない。風の様に、しなやかな『自由』だ」
だから、もう自由になって良い。
ゼファーが伸ばした腕は力を失い、地面に堕ちる。その様子を見守るハルは、最後の最期にゼファーの中に優しい西風の欠片が戻ったのだと感じた。
それはただの想像に過ぎないが、彼女が優しい侭で在れるようにとただ願う。
「ゼファー……君の想いを知り、継いだ皆がいるよ」
大丈夫、叶えるから。
だからもう――おやすみ。
ルッツが安寧を祈り、ヴァルイドゥヴァもゼファーの傍に立つ。
「私たちは終焉を終わらせるものだけど、貴方の抱いた始まりの想いも背負っていくわ」
隣に立つクラースも確りと頷き、ヴァルイドゥヴァと思いを同じくした。
やがて、ゼファーの身体を構成する棘が散りはじめる。
戦いの終わりを察して駆け付けた仲間達から、ハンクス長老とライムちゃんが傷ひとつないことを聞いた一行は本当の意味での安堵を抱く。
倒れたテオドール達も介抱され、意識を取り戻すまでに回復していた。
ベンテンはこのゼファーにも僅かな心が残されていたのだと信じ、最期の言葉を思い返す。戦うことでその夢の片鱗を直に感じたのだから、尊い想いは尊重したかった。
「キミの夢、ちゃんと受け継ぐよ」
「せめてこれくらいはさせてくれ」
骸に己のリボンを手向けたベンテンに続き、フランが瞳を見開いたままだった少女の瞼を閉じさせる。そして、フランは自分が所有する地図からゼファーの位置情報が消えていくことに気付いた。
「本当に終わったんだね」
「今度は、誰にも邪魔されずに眠ってください。さようなら、ゼファー」
タージェが感慨深く呟いた言葉に頷き、シアンはそっと冥福を祈る。リョウもソフィアに支えられ、すべてを守りきった事を実感する。
ハンクス老と世界の瞳、ひいては世界の人々の営みとゼファーの想い。そして、愛しい人。
今はただ、大切な人や仲間と共に在れることを嬉しく思った。
世界を、未来を思い続け、疾風の如く駆けた少女を思ったジョセフは、自分達はどのような礎になれるだろうかと考えた。テオドールも遺跡の歯車を見上げ、組み合う形を胸に刻む。
時の歯車は止まることなく、様々な未来を創ってゆく。
より良い未来に続く道を築いていくことこそが、革命聖女の意思を抱くことなのだろう。
不幸な風は凪ぎ、絶望は潰えた。
強く優しい少女が紡いできた想いも、軌跡も、きっと新たな希望へと変えて征ける。
――ゼファー。
その名が抱く意味は今、真の意味で『希望の風』となった。
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参加者:8人
作成日:2014/09/09
- 得票数:
- カッコいい9
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冒険結果:成功!
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