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花蝕

<オープニング>

●花蝕
 太陽の花のもとで、彼女の妹は殺された。
 眩い夏の陽を恋うるよう背丈を伸ばし、眩い夏の陽を追いかけて大輪の花を咲かせるひまわり。
 天頂を越えた陽が傾きだして、より鮮やかで眩い黄味を帯び始めた頃合に、背の高い太陽の花が見渡す限りに咲き誇るひまわりの花園へ引きずり込まれ、男達に凌辱されて心を殺された。
 輝くように明るい、それこそ大輪のひまわりのようだった妹の笑顔も殺された。
 保護された時にはもう顔にも瞳にも感情はなく、ただ虚ろな眼差しを世界に向けるだけ。
 けれどオリンピアが声をかけた時にだけ、仲の良い愛しい姉の声に反応してか、冬の朝の光よりも淡く儚い笑みを浮かべるのが痛々しかった。
 まるで、書物で見た日蝕のよう。
 輝く陽は大きな影に覆われて、何より眩かったその輝きの名残のような、残滓のような、あえかな光を弱々しく覗かせるだけ。オリンピアの妹を覆った影はあまりにも色濃くて、オリンピアが胸の中に大切に抱いていたかつての妹の大輪の花の笑顔も覆い隠してしまった。
 輝くように明るい、それこそ大輪のひまわりのようだった妹の笑顔。
 妹がそんな風に笑う娘だったことは覚えているのに、心を殺された彼女自身の痛々しい笑みに塗り替えられて、たった三日でもうオリンピアはかつての妹の笑顔を思い出せなくなってしまった。
 淡く儚く三日を耐えて、妹は自ら命を絶ってしまったから、もう永遠にあの笑顔は見られない。
 いつだってオリンピアの胸に輝く光をくれた、愛おしい笑顔は二度と戻らない。
 せめて胸の中に大切に抱いていた笑顔の面影だけでも取り戻したくて、オリンピアはすがるような想いでひまわりの花園へ赴いて――そこで棘という名の天啓を得た。
 天頂を越えた陽が傾きだして、より鮮やかで眩い黄味を帯び始めた頃合。
 黄昏が迫る頃合ゆえか殆どひとけのないひまわりの花園で、見知らぬ男達に声をかけられたのだ。
「おやぁ? また来ちゃったの?」
「癖になっちゃったんじゃねぇの? 俺達のことが忘れられないの――ってか?」
 顔つきも体つきも瓜二つの姉妹だった妹とオリンピア。
 探し求めていた愛しいものを見つけたかのように、オリンピアは笑みを咲かせた。
「あなた達が、私の太陽の花に覆いかぶさった影なのね」
 自分よりも、彼らよりも背の高いひまわりの花園の中へと引きずり込まれて、その中でオリンピアは太陽の光と炎熱で男達を灼きつくし、蝕の刃でとどめを刺した。
 影を消した。
 そう思ったのに――胸の中に輝く妹の笑顔は戻らない。
 思い出せるのは大きく色濃い影に覆われたままの、痛々しくて弱々しいあの笑みだけ。
 力なくその場にへたり込んで慟哭した。頭上のひまわりの花を仰ぎ見てまた泣いた。
 様々な品種のひまわりが咲き誇る花園の中で、よりによってその花が数多咲き誇る一角だった。
 大輪の花の色は深い緋や赤い葡萄酒色。放射状に咲く花弁の先端のみが淡いレモン色に透け、深い緋の円い影の周りを儚い陽光が縁取るようだと言われる花。
 紅玉のエクリプス。
 蝕の名を持つひまわり。 

 私の花の蝕は、いつ終わるの。

●さきがけ
「華やかで見応えのある、綺麗な花なんだがな……」
 三塔戒律マギラント、緑の塔の領地。
 そこで起きる事件と、生命と自然の研究に長けたその地で品種改良されたひまわりをそう語って、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は、沈痛な面持ちで言葉を途切れさせた。
 黄昏色の酒を一杯干すだけの沈黙を挟み、彼は再び話に戻る。
 既にオリンピアは完全なマスカレイド。もう元には戻れない。
 放っておけば見境なく人々を殺しにかかるはず。オリンピアにはもう、誰もかもが彼女の太陽の花を覆い隠した影に見えるのだ。
「――終わらせて、やってくれ」

 向かうべき処は黄昏迫るひまわりの花園。
「彼女を花園に引きずり込んだ男達が殺されるのには間に合わない」
 幸か不幸か、と唄うように皮肉な言葉を挟み、だがそれ以上の凶行は止められる、と彼は続けた。
「オリンピアの武器はナイフ。だが、それで揮われる力は、扇の太陽の炎熱に天誓騎士の太陽の光、そしてムーンブレイドの蝕の刃に酷似した力だ」
 また、複数相手の戦闘となれば、猫ほどの大きさになった蜜蜂を四匹呼びだしてくるだろう。
 元は蜜蜂だが、マスカレイドと化した蜂は虎のごとき噛みつき攻撃を行い、癒しの風を招く。
「他には誰もいない処だからな、オリンピアがひまわりの花園から出てきた処で戦いに持ち込むのが定石かと思うが、花園の中で戦うのもありかもしれん。いくつもの背の高いひまわりに遠距離攻撃の射線が塞がれちまうこともあるだろうが、その代わり蜜蜂達の癒しもオリンピアに届きにくくなる」
 どちらで仕掛けるかは任せるな、とナルセインは信の籠もった眼差しを同胞達へ向けた。
「さあ御照覧、太陽の花は終わりの見えない蝕に呑まれたままだ」
 終わりの見えない蝕に終焉を。
 たとえそれが、オリンピアの望んだ蝕の終わりではないのだとしても。


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参加者
眩暈の尾・ラツ(c01725)
水戯・アド(c01837)
黒鳳・ヴァレリー(c04916)
夕映えの揺籃唄・リーレ(c06410)
冰霄・セラ(c07574)
皎漣・コヒーレント(c12616)
アンバートラウム・マニート(c13989)
鉄花脣・ライフェン(c28409)

<リプレイ>

●花蝕
 眩い夏陽を恋うるよう、追いかけるよう咲き誇る大輪のひまわり達に応えてか、傾き始めた太陽はその輝きに彼の花のごとき鮮やかな黄味を含ませていく。己の背丈を越えて咲く花々とその間から幾つもの矢のように降る光条の奥から聴こえていた慟哭も、一旦は途切れたそれがか細い泣き声に変わる様も、黒鳳・ヴァレリー(c04916)の胸を憤ろしいほどの無念と焦燥で焼け爛れさせた。
 熱く爛れる疼きに蘇るのは亡き妻子の面影。オリンピアの妹の終焉を砕けなかったことが悔しくて情けなくて堪らない。
 守ってやれんで、すまん。
 ひとりで泣かせてもうて、すまんかった……!
 咽返るほどの陽と土と緑と花の匂い。駆けるその先に何かを焼き焦がした臭いが混じり始めれば、それが意味するものを察して冰霄・セラ(c07574)は霄の双眸を僅かに伏せた。
 ――ひときわ眩い輝きであったからこそ、目蓋の裏に焦げついてしまった影が際立つのね。
 地に吸い込まれるよう消える泣き声、地に膝をついていた誰かが立ち上がる音。真鍮の呼子鳥で報せるまでもなく、眩暈の尾・ラツ(c01725)は皆と共に蝕の花の只中へと飛び込んだ。
 大輪の花の色は深い緋や赤い葡萄酒色。放射状に咲く花弁の先端のみが淡いレモン色に透け、深い緋の円い影の周りを儚い陽光が縁取るようだと言われる花。
「終わらせましょう、オリンピアさん。――貴女の、蝕を」
 無数の蝕の花に見下ろされるその場所で、彼女は一条の光を掴んだかのごとく笑んだ。
「あなた達を消せば、私の花の蝕は終わるのね」
 棘に歪められたオリンピアの心。だが幸せの在り処を見つけたと言わんばかりのその笑みは眩い陽の花にも似る。
 そう、彼女と妹が瓜二つだというのなら。
「……やはり、貴女の笑顔も大輪の花なのですね」
 寂寥とも憧憬ともつかぬ感情淡く滲ませ、鉄花脣・ライフェン(c28409)が呟いた――瞬間。
 仮面を得た娘が同じ仮面持つ蜜蜂達を召喚した。
 叶うなら彼女の妹の悲劇こそ砕きたかった。最早届かぬ願いが胸を灼くけれど、それならせめて。
「お相手するわ。オリンピアを光の許へ送るために」
 まずは、と棘の牙を剥く蜜蜂を見据えた水戯・アド(c01837)の手に夏宵の蝶が舞う。戦いの開幕を告げる颶風招くは宵藍の扇、続く追い風に身を任せたライフェンが金の双眸鋭く細めればその刹那、花々の合間から降る光に残像映し、幾重にも繰り出された騎士槍が蜜蜂三匹を捉えて次々穿つ。
 仲間の頼もしさに夕色の瞳緩めれば、黄昏へ向かう眩い陽射しが視界で滲んで融けた。
 力の限り、どれだけ手を伸ばしても太陽に届かぬように。救いたいと血を吐く想いで願っても、零れ落ちるものがあるように。閉じた目蓋の裏に滲む光のごとく胸にじんわり滲むこの気持ちを。
 やるせなさ。
 そう、呼ぶのかしら。
 切なさもやりきれなさも胸に満たし、一気にオリンピアへ迫るは夕映えの揺籃唄・リーレ(c06410)、光の水面に揺蕩う白鱗思わす小さな刃で紅の斬撃刻めば、血に濡れた指でそっと刃をなぞる。
「あなたの花の蝕を、終わらせましょう。――太陽が隠れてしまう、その前に」
「俺が相手するよ、最後の時まで」
 閃く漆黒の五本爪、それは彼女に影の象徴とも見えたろうか。
 だが皎漣・コヒーレント(c12616)が揮う爪は闇を裂き、夜明けよりも鮮烈な輝きを娘に注ぎ込む。
 爆ぜる力と光。
 眩い恍惚に呑まれるように、オリンピアの唇から陶然たる声音が零れた。
「そう、そうよ。こんな風に影を消して、蝕を終わらせるの……!」
 彼女が手にする刃に凝ったのも光。迸った陽光の輝きはコヒーレントとリーレだけではなく、二人を援護すべくそのすぐ後ろに位置取ったアンバートラウム・マニート(c13989)にも襲いかかった。
 曙光に染まる視界の片隅に焼き焦がされた骸が映る。
 ――彼女を花園に引きずり込んだ男達が殺されるのには間に合わない。
 酒場でそう聴いた時に零れた己の吐息には僅かな安堵が滲んでいたろうか。
 だって、彼らを救って彼女の命を奪うだなんて――きっと、私にはできなかったから。
「うん、終わらせるね……!」
 それが彼女の望む終わりとは限らずとも、せめてと祈るような心地で揮う槍が風の渦を生む。
 翔けた風が縛めとなってオリンピアの護りを封じた隙を逃さずに、コヒーレントの左の指先が彼女の至近で精緻な紋章を綴る。華やかに顕現する奇術は鏡に玩具の手。
 彼女が手にかけたのは、女性の心を殺す蛮行に興じた男達。
 棘に呑まれる気持ちは痛いほど解るからこそ、彼女がそれ以上に手を染める前に。
 ――俺は、貴女を止める。
 棘の衝動を押しとどめるよう娘を掴んだ奇術の手が、その攻め手を鈍らせた。
 蜜蜂達がこぞって癒しの風を送れば消えるはずの麻痺。けれど、
「セラさん左前方! お願いします!」
「お任せを」
 蝕の花園に蝶の翅めく煌き踊らせて、ラツの刃が生みだした鋼鉄竜の咆哮が蜜蜂達を狂わせる。背の高い花の茎葉に咆哮を遮られた蜂に狙い定め、頭上に咲く花より高く跳躍したセラが天翔ける龍のごとく急襲、蜂の狙いを乱す砂塵を巻き起こす。
 蜂達が次々癒しを忘れていく様に煽られてか、娘が熱い輝きを放った。
 太陽の炎熱に灼かれつつ、その紅蓮の輝きより柔らかな夕映えの彩纏う女はオリンピアの眼前で畏怖を呼ぶ魔曲を歌い上げる。創造された幻獣はリーレの代わりに哭くかのような声をあげ、群れ成して仮面の娘と蜜蜂へと馳せた。
 ――せめて今、アタシ達にできることは。
 幻獣が娘の力を狭めて棘を喰らい、蜜蜂の仮面ひとつを喰い破った。

●日蝕
 紅玉の華やかさと陽の輝きを併せ持つ大輪の花。
 名こそ蝕を冠すれど、幸福な日々にあればこの花も美しく輝ける太陽の姿のひとつとも見えたろう。けれど幸福な日々は唐突に断ち切られ、眩い夏陽咲き誇る花園は業火燃え盛る地獄に変わる。
 輝く陽の笑顔が消え、その面影すら哀しみと絶望に黒く蝕まれていったなら。
「灼きつくしたくなるのも、解る」
 胸裡に燻る何かを小さく笑い、ラツは腕に喰らいついた蜂を触れぬ斬撃で振り落としつつ、自身に刻まれた制約を己が血の脈動ごと絞りだした。
 でしょう? と娘も笑む。
「灼きつくさなきゃ終わらないの。だってこんなにも昏いのよ……!」
 刹那、オリンピアの刃に凝ったのは蝕の力。
 揮われた斬撃は陽射し映す奇術の鏡を断ち割り、大きな影に呑み込むように深々とコヒーレントを斬り裂いた。嗚呼確かに、傷から昏い影が、深すぎる哀しみが沁み入るよう。けれど、不意に優しい森の色が胸に射す。
 そうだ。愛しいひとがいる者なら、誰でも、きっと――。
 綴られた紋章から再び鏡が現れ、昏い影を塗り替えんとばかりに純白の鳩の群れが溢れだした。
 鳩の主へ春の花贈らんと宵の扇が舞いかけたが、
「だめ、私からじゃ届かない……!」
「大丈夫、こっちで何とかするわ!」
 夏の花の茎葉が春花の路を遮る先でマニートの癒しの苺がコヒーレントとリーレに力を与える様を見れば、すかさずアドは蜜蜂めがけて神風と舞う。連なる旋風で蜜蜂を舞い上げれば、猛禽の急襲思わす勢いで黒き騎士槍が襲いかかった。
 黒き鷹の銘抱くヴァレリーの騎士槍は仮面ごと蜂を貫き砕いて、仮面ひとつでは足りぬとばかりに傍の蜂へもその爪をかける。亀裂を奔らせたその仮面は砕けるには至らなかったが、
「頼むでライフェン!」
「仕留めます!」
 流れるように機を掴んだライフェンが放った苛烈な突きが瞬く間にそれを粉砕した。
 癒しを忘れ狙いも定められぬ蜜蜂は最早脅威ではなく、ただ煩わしいだけのもの。
「――邪魔よ、花を愛でるにはお前達の羽音は喧しすぎる」
 唸りにも似た羽音に冷えた声音で呟くセラが、脚の宵色撫でればその手に宿るは時雨の刃。光の驟雨のごとく放たれた刃が最後の蜂を屠るまでに、然程時間はかからなかった。
 蝕の花達に囲まれ見下ろされ、妹の笑顔の面影を取り戻せずにいるオリンピア。
 けれどライフェンはこの花にこそ、誰より愛しく想ったひとの笑顔を胸に呼び覚まされる。
 赤葡萄酒思わす深緋は赤紫の髪と瞳を、花の縁の儚い光めくレモン色には今にも泣き出しそうに淡く綻んで、そのまま露と消えた笑顔を。
 生涯忘れ得ぬ面影を胸に、彼は蝕に苛まれる娘に終わりを贈るべく馳せた。
 蜜蜂を殲滅した面々が一気にオリンピアを包囲する。
「そうやってまた蝕の影で覆うのね……!」
「いえ、影を抑え込んで潰すつもりですよ。完膚無きまでにね」
 棘に歪められた心のままに叫ぶ彼女へラツはまっすぐ笑み返し、刃の一閃と同時に光で紡がれた儀式魔法陣を灼きつけた。優しい光のごとく降り注ぐのは甘やかにリーレが紡ぐ誘惑の調べ。
 聞き惚れずにはおれらぬその歌声にオリンピアの闘志が薄れた瞬間、どんなに僅かな逃走の芽も摘みとるべくセラが宙に舞う。蝕の花を越え陽光を掴むよう右手に輝く竜を凝らせて、影破る勢いで砂塵の竜巻を呼び起こす。
「いや……!」
 砂の紗に巻かれた娘がそれを裂くよう遮二無二打ち下ろした渾身の斬撃は、狙い定まらぬままにヴァレリーを斬り裂いた。
 肩から胸へかけての裂傷。そこから烈しい陽光が背を突き抜ける。脳の芯まで眩まされそうな光の強さに彼女の嘆きと焦がれる想いの強さそのものを識る。苛烈すぎる光がアドの舞い上げた癒しの桜吹雪で和らげば、彼はその春花の中へ、強く、けれど壊れ物にするよう優しく娘を抱き寄せた。
 男が女より強い力を持っとるんは傷つけ捻じ伏せるためやない。
 それを証したくて、彼女の血肉でなく棘のみを喰らう心地で牙を立てる。
「守ってやれんで……すまん」
 ――妹さんも、あんたの心も。
「――……」
 囁けば、微かに開いたオリンピアの唇が声なく震え、両の目から熱い涙が溢れだした。

●日輪
 熱と想いの泉のように、彼女の涙は最早とめどなく溢れて滴っていく。
 呼び水に誘われるようマニートの視界も熱く滲んで融けだした。けれど滂沱の涙を流しても眼前の彼女はもう己の棘を洗い流せない。完全にオリンピアの魂を絡めとってしまった棘はもうその命ごと断ち切ることしかできないから。
 助けることができなくて。
「ごめんね……!」
 彼女が倒れたら言うつもりだった言葉。けれど。
 ヴァレリーがそうしたように、ちゃんとオリンピアに届く間に伝えなければと思ったから、マニートは風の刃とともに涙に潤んだ声を迸らせた。
 乱舞する数多の風刃に呑まれながら、頑是ない子供のようにかぶりを振った娘が刃を揮う。
「終わらない、まだ終わらないの……!」
「大丈夫。おやすみの時間はもうすぐだよ、オリンピア」
 闇雲に振り下ろされた陽光の刃を漆黒の爪で受けとめたのはコヒーレント。間近で娘を映した銀灰の瞳が不意に和らいだ瞬間、彼の傍らの鏡がオリンピアの陽光を反射した。眩い反撃の光に彼女が呑み込まれる様にアドの胸が詰まる。確実に薄れていく棘の気配。それが完全に消えた時に、彼女が光の許へ往けるよう。
「あなたの棘を私たちにすべて預けて。痛みも悲しみも全てぶつけて!」
 そして、あなたの光を思い出して――!
「どうして、どうしてまだ終わらないの……!」
 宵の扇が招いた風の直撃と同時に爆ぜた叫びに胸焦がされながら、ラツが諭すよう語りかける。
「何故終わらないのか、解っているでしょう?」
「解らない解らないわ! いえ解ってる、そうよあなた達がいるから――!!」
 恐らくそれは棘の衝動と失われた自制ゆえの言葉。
 ほんまはもう解っとるはずやというヴァレリーの言葉に頷いて、淡く目蓋を伏せた次の瞬間、ラツは棘を封じて滅するための刃を一閃させた。
 棘を手にして影を消して、そして己が育んだ棘に覆い尽くされ光を遮られてしまったオリンピア。
 彼女の側から蝕が破れぬのなら、外から破るまで。
「オリンピア、あなたの――花の蝕を終わらせてあげる」
 胸の芯から髪のひとすじ、指の先にまでやるせなさを満たして、リーレが淡く笑んだ。
 その唇から紡がれる甘露の雨にも似た歌声に共鳴するように震え、娘の仮面が細かく罅割れ塵となって消えていく。最後のひとかけらが消えるその直前に地を蹴ったのは、ほとんど同じことを考えていたセラとマニート。
 戦いの閉幕。
 けれど二人の娘達は重い暗幕を開くように、数多生い茂る蝕の花々を左右に開いた。
「あ……」
 眩い光が射す。
 蝕の花園に光が満ちる。
 涙に濡れたオリンピアの瞳に、何者にも遮られずに輝く眩い太陽が映る。
「貴女が愛した光の、ほんのひとかけらだけでも……」
 その面影を、取り戻せましたか?
 訊ねるはずだった言葉は光になってセラの裡に還った。
 永遠の眠りを迎えたオリンピアの表情を見れば、訊かずとも答えは明らかだった。
「……貴女が、羨ましい」
 心からの羨望と共に、ライフェンは蝕の終わりを迎えた娘へ言葉を手向けた。
 己が識る愛しいひとの笑顔は、最期の時に初めて向けられた、あの儚い笑顔のみだったから。

 ――おやすみ、オリンピア。

 柔らかな声音で娘に別れを告げ、コヒーレントは大きな荷と共に花園を離れた。街道からも外れた荒れ野にラツの用意したスコップで穴を掘る。深い、深い穴になればいい。
 花弁ひとひらすらも、花が見えぬほどに。
 墓標はいらない。悼む者なき死が最も不幸だと思うから。
「それが、非道な彼らに似合いの末路でしょう」
 淡々と告げたセラの言葉に首肯し、ヴァレリーも吐き捨てた。
「こないな屑どもの尊厳なんざ、知らんわ」
 蝕の源となった男達は骸を詰めた袋ごと、誰にも知られぬ地に葬られた。
 残った面々は出来る限りオリンピアの遺体を清めて整えて、花園に最も近い村へとあたりをつけ、花園に女性が倒れていると報せる。
「詳しい事はわからないけど……」
「間に合わず、申し訳ありません」
 悲鳴が聞こえて、駆けつけた時にはもう――と続くはずだったマニートの言葉はラツが遮った。
 黄昏迫る件の花園での女性の悲鳴。それはどうしたって、オリンピアと彼女の妹を識る者達によりむごい連想をさせてしまうに違いない。
 詳しい事はわからない。それ以上は重ねないほうが良いだろう。
 嘘は脆いものだ。冬の終わりのこの都市で、真実の刃を見たように。

 花園の傍を通る街道で合流した頃には、黄昏の残照も宵空の彼方へ消えかけていた。
 この手でオリンピアへと与えた終わりが迫る夜のように心へ闇の影を落としたけれど、この夜にも必ず朝が来るように、枯れ木に瑞々しい新芽が萌えるように、やがて晴れる日が来るのだとリーレは己が肌身で識っている。
 蝕の終わりを迎えた彼女の幸福そうな微笑みが、夜に射す暁光になるだろう。
 それでも胸に迫るやるせなさに零す涙が、枯れ木に注がれる水になるだろう。

 だから、ねぇ、今だけは。
 ――浴びた熱にひりつくように痛むこの心に、素直でいさせて。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2014/09/21
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