ステータス画面

宵闇図書館

<オープニング>

●宵闇図書館
 遠く彼方に陽は去って、世界にひたひたと夜が迫りくる。
 宵のうちはまだ仄かな光が残っているけれど、色濃い葉を密に茂らせる樫の木立の小径に入れば樹々の影が宵闇をいっそう濃く深くする。暗い闇色の梢をざわざわ鳴らす風は生暖かいくらいなのに氷で撫でたかのように心をぞくりと震わせて、宵闇の中でひときわ色濃く揺れるいくつもの梢の影はまるで魔物の群れのよう。
 けれど大丈夫、怖くないよ。
 樫の木立の小径の先で、優しい月の輝きに逢えるから。
 淡い金のような銀のような、柔い光沢を抱いた絹のような優しくとろりと光る真珠のような、誰もが思わず笑みを零してしまうほど優しく柔らかな月の光を湛えた小さな塔。
 銀の塔の技師達がその技術の粋を凝らし、光を優しく透かしてふんわり広げる磨り硝子と柔らかに蕩かすように光を拡散させる磨いた鋼でつくりあげた、月光を浴びて裡からその光でほんのり輝く、月光の塔。
 優しい月の輝きを抱くその塔は、月にまつわる物語ばかりを集めた図書館だ。
 ――月光図書館。
 日が暮れた後に空いた時間ができたなら、塔の中を満たす優しい月の光で月の物語を読めるその塔に足を向けるのがこのあたりに住まうひとびとの習慣だ。
 樫の木立の小径を早足で進み、塔の光が辺りを淡く照らしだした処で見つけたのは知り合いの姿。
「おじさま、こんばんは!」
「やあ、こんばんは。昨夜の続きかい? 何処まで進んだ?」
「ええと、十六夜だったかしら。満月の夜にローズマリーについた夜露でつくった月光ドロップを売る魔法の飴屋の話。満月のだけ苦くなるのに一番売れるってのが面白かったわ」
 私が今読んでいるのは、夜の闇を怖がる子供達のために、月の光を纏った女神が毎晩優しい月の物語を語り聴かせる、小話集仕立ての物語。おじさまは確か、月の光で帆を張る帆船が七つの闇の海を渡る物語。私も読んだことがあるけれど、
「おじさまは何処まで? もう海賊は出てきた?」
「ああ、海賊に百年月長石を奪われ、闇の凪に呑まれた船で航海士があの呪文を唱えたとこだよ」
「月光を呼ぶ呪文ね、ええと――」
「「ラブラドラブラド・ラブラドレッセンス!」」
 二人同時に声が重なって、弾けるように笑い合った。
 涯てのない永遠とも思える闇に月光を呼ぶ、物語の世界の素敵な魔法。
 そんな楽しい幾つもの月の物語に思いを馳せつつ塔へ向かおうとした時、黒い人影に気がついた。樹の影になっているのだろうか、闇色のその人影は小さかったから、図書館へ行く子供かと思った。
 けれど、
「ねえ、図書館に行くなら一緒に行かない?」
 声をかけた途端、振り返った人影がニタリと笑う。
 影じゃない。ひとの形をした闇そのもの。耳まで裂けた口の中だけが血のように赤い。
「逃げなさい! レッサーデモンだ!!」
「――……!!」
 おじさまが私を背に庇ってくれたのと同時に、ひとの形をした闇が大きく伸びた。
 夕方の影が長く長く伸びるようにひとの形をした闇は大きく空中へと伸びあがり、遥か頭上から闇の滝を落とすようにしておじさまにのしかかり、自分の暗黒の闇に呑み込んだ。
「おじさま!!」
 悲鳴が迸った。助けを求めて辺りを見回せば、他にも樫の木立の中に倒れている人が何人もいる。皆このレッサーデモンにやられたのだ。考えるまでもない。
「逃げ……なさい。メイガス、騎士団を……呼ぶん、だ」
「わ、わかった……!」
 切れ切れにうめくような声でおじさまに言われ慌てて引き返そうとしたけれど、振り返ればそこにも闇がいた。眼の前で分裂して私を羽交い絞めにする。腹を抉られる。
 そうして――絶望的なまでに巨大な闇が私を呑み込んだ。
 暗い。昏いよ。
 怖い。怖いよ。
 ――たす、けて。

●さきがけ
 世界革命。
 史上初のデモニスタである世界革命家『鉄の首・バルムント』によって引き起こされかけたそれは、世界の終焉のひとつだった。
 遥かな伝説の時代の出来事だ。伝説の時代の世界革命はやはり伝説の時を生きたラズワルドを始めとする七勇者とその仲間の勇者達によって阻止されたというが、今この世界に勇者はいない。
 勇者はいない。
 ――けれど、彼らの尊い決意の涯てに、自分達エントブレイカーが今この世界にいる。
「さあ、俺達も往こうか。世界の終焉を阻止するために」
 三塔戒律マギラントの旅人の酒場で砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が景気づけのように杯を掲げた。恐らくここ三塔戒律が世界で最も混迷を極めている都市だ。世界の各地で跳梁跋扈を始めたデモン人間のみでなく、この地ではマスターデモンの力でより凶悪に作り変えられたレッサーデモンも人々を襲撃している。挙句、黒の塔の領地を総べる塔主ダークアイが行方不明ときた。
「何もかも一挙に解決ってのは無理だろうからな。まずは――俺と銀の塔の領地につきあってくれ」

 銀の塔の領地のとある町はずれに月光図書館と呼ばれる塔がある。
 陽が沈んだ後に樫の木々に囲まれたその塔へ向かったひとびとが、マスターデモンに支配されて凶暴化したレッサーデモンに襲われるとナルセインは語った。
「どれだけ急いでも、俺達が到着できるのは視えた終焉の直後だ。つまり襲撃自体は防げない」
 月光図書館の光に照らされ、樫の木立の中に倒れているひとびとが幾人も見えるだろう。
 だが彼らは殺されてはいない。攻撃で力尽きはしたものの、辛うじて意識もある。
 レッサーデモンの目的はひとびとを殺すことではなく、ひとびとの心を恐怖により『闇に閉ざす』ことであるからだ。
「恐怖で心を闇に閉ざしたなら、そのうちデモンと融合してデモン人間になっちまう場合があるらしい。――無論、見逃すわけにはいかないよな?」
 今にも心を闇に閉ざしてしまいそうなひとびとを救うため、月光図書館を訪れる者を待ち構えているレッサーデモン達を倒しにいこう。
 数は四体、いずれも暗黒の闇を降りそそがせる技と、闇の分身とともに襲いかかる技を使う。
「あんた達と一緒に戦えるなら油断しない限りは勝てると思う。けど、ただヤツらを倒すだけじゃ今にも心を闇に閉ざしてしまいそうなひと達を本当に救うことはできない。必要なのは――」
 闇に射す光だ、と挑むように笑みでナルセインが告げた。
「ランプで照らしゃいいって話じゃないぜ。『自分を襲った闇を光が倒した』ってイメージが大事なんだ。だから――光そのものでも、陽光や月光でも炎の光や雷の光だっていい。使えるヤツはできるだけそれらのアビリティを使って、闇を光が倒す様を見せにいこう」
 冴えた雪色の刃を鞘に納めたまま、ナルセインは己が掌上をぽんとムーンブレイドで打つ。
「さあ御照覧、闇が安息でなく恐怖を連れてやってくる」
 安息はともかく、恐怖には御退場願おうぜ――と、男は話を締めくくった。


マスターからのコメントを見る
参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
遥碧・セレスト(c03512)
退かない媚びない顧みない・エレノア(c04817)
霧氷の蒼剣士・ポウ(c07468)
悪徳の座・テレジア(c08633)
空とビブリア・ルカノス(c26263)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●宵闇図書館
 ――夜は、夢。
 凍えるような恐怖が足元から這い登る、冷たい夜も世界にはあるのだと識っている。
 けれど己が裡に愛しいデモンを抱えた悪徳の座・テレジア(c08633)が肌身に感じる夜は、静かに星々が瞬く星の海、音のない緩やかな波にも似た安寧が心も世界も満たしていくような、いつまでも抱かれていたいと思える愛しき褥。
 だから樫の梢の影が深める宵闇も恐くない。――ほら、闇の先に優しい月光が見えた。
 月光図書館の光に淡く照らされたそこで巨大な闇に呑まれた娘が頽れる。
 暗い。昏いよ。
 怖い。怖いよ。
 ――たす、けて。
 力尽きた娘の唇だけが弱々しくそう動いた次の瞬間、眩い光が闇を灼いた。
「さぁ、始めようぜ!」
「助けに来たよ! 僕等はエンドブレイカーだ!!」
 華やかに翻った肩掛けの羽織の下から現れるは銃身長めの紫煙銃、奏燿花・ルィン(c01263)は今宵それを刃に、高らかな宣言を高速の詠唱と成して、巨大な闇と化していたレッサーデモンに闇を裂く雷鳴の斬撃を叩き込む。
 エンドブレイカー。光そのものとなるだろう言の葉を凛と響かせた遥碧・セレスト(c03512)の手には清冽な光めく白銀を高雅な金が彩るシールドスピア。初手には光の結界を創りだすつもりだったが、今は足を止めねば生みだせぬ光より敵へ肉薄すると同時に放てる光を優先する。
 若き騎士が宵闇に呼び込む暁の輝き。
 清冽な光の一撃がもう一体のレッサーデモンを斬り裂けば、馥郁・アデュラリア(c35985)が娘の、空とビブリア・ルカノス(c26263)が娘の傍で倒れ伏す男性の許へ駆け寄った。
 だが、二人が自力で動けぬ彼らを移動させようとした刹那、黄昏の影のごとく宵空へ伸びあがったレッサーデモン達がルィンとセレストの頭上を越えて、闇の大瀑布となってルカノスとアデュラリアに襲いかかる。
「――!」
 引きつるような音は娘が恐怖に息を呑んだ音。
 だが今のは明らかに、娘や男性でなくルカノスとアデュラリアを狙った攻撃だ。
 レッサーデモンの目的はひとびとを殺すことでなく、ひとびとの心を恐怖により『闇に閉ざす』こと。あと一息で心を闇に閉ざせそうな獲物を連れ去られたくないのだろう。そして。
「助けに来たわたくし達が闇に呑まれる様を間近で見せつけたい――のね? ふふ、いけない子」
「……酒場で話聴いた時から思ってたけど。ほんと、まるでいじめっ子だ」
 闇に怯えて竦む心を更なる恐怖で塗りつぶすための行為。
 魂までも侵しそうな闇の冷たさ堪えてころり転がしたアデュラリアの鈴の笑みと、背筋を昇る真暗な闇への恐怖を苦さで紛らすルカノスの苦笑がそれに抗う。
「大した知能はなさそうなのにな、悪知恵だけは働くってことか。ぶっ飛ばせ、ナルセイン!」
「さあ御照覧、いじめっ子へのお仕置きだ――ってね」
 鋭く奔らせた視線でルィンが捉えたのは木立の陰からルカノスめがけ馳せ来る三体目の敵。
 彼の声に応えた砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の紋章から現れた黒鉄兵団が破城槌で三体目を吹き飛ばせば、その余波に踊るよう宵闇に輝く真白な翼が翻る。
「悪知恵っつーか、マスターデモンにそう仕込まれたってとこじゃない?」
 ――ったく、このクソ忙しい時に余計なことしやがって!!
 胸中で毒づきつつも退かない媚びない顧みない・エレノア(c04817)が宵闇に広げるのは穢れなき天使の翼、柔らかな天蓋のごとく広がった翼から癒しを秘めた光の羽吹雪が娘や男性に降り注ぐ。
 勿論、力尽きてしまった彼らに直接的な回復効果は望めないのはエレノアも承知の上。
 けれど今最も大切なことは、『光が救いに来た』と彼らに強く印象づけることなのだ。
「怖かったよな、本当によく頑張った! さあ、暗闇の時間はおしまいだっ!」
 宵闇に優しい光を燈す羽吹雪の中、倒れたひとびとを励ますよう、レッサーデモンを惹きつけるよう明るい声音を響かせ、霧氷の蒼剣士・ポウ(c07468)が描きだすのは七色に輝く虹の斬撃。闇の敵を薙いだ虹を更に眩く輝かせるように、とろりとテレジアの背に融け込んだ漆黒の翼から鮮烈な光条が幾重にも迸った。
 闇の申し子を貫く光。
 恐怖に呑まれたひとびとにこれを見せねばならない。
 敵の射程外へ避難させるなら木立のかなり奥か図書館の陰。だが、そこからでは光が闇を倒す様がはっきり見えるとは言い難い――分裂した闇の挟撃を盾槍で捌きつつ、セレストはそう判断した。
「幸い、このレッサーデモン達は範囲攻撃を使わないって話だしね。流れ弾の心配もないと思う」
 倒れたひとびとにレッサーデモンがとどめを刺すことはあるまい。
 彼らの目的は人間の心を闇に閉ざすこと。殺せば闇に閉ざすべき心そのものがなくなってしまう。
 皮肉なことに『誰も死なせはしない』という点においては、エンドブレイカー達とレッサーデモン達の意志は一致しているのだ。
 だから何より今護るべきはひとびとの体ではなく、堕ちれば底無しの闇へ真っ逆さまの崖っぷちに追い詰められている――心。
「まあ、それならここはさながら、光を観覧するための特等席ね?」
「そんなところだね。大丈夫、怖い闇は光が倒すから、ここで見てて?」
 護るべきものを即座に見定めた若き天誓騎士が迸らせた光が、闇の敵を灼き皆の心を照らすよう宵闇を翔け抜ける。眩さに瞳を細めたアデュラリアが娘の心を軽くするよう言の葉を紡ぎ、軽やかに放ったマジックマッシュが脱力の煙で光と闇を彩れば、片目を瞑ってみせたルカノスが賢者の石抱く手を閃かし、敵を貫く黄金槍の流星雨を降らしめた。
 さあ、より華やかで鮮やかな光を錬成するための黄金は、この手の中だ。

●常闇図書館
 望まずして戦いに巻き込まれたひとびとへ的確な指示を出せるのは魔法剣士ならではの技。
 だが、力尽きた彼らには指示に従う力さえ残っていないとなれば、鮮烈に輝く光でもって一刻も早く闇の申し子達を討ち果たすのみだ。
 たとえ見知らぬ地へ旅立とうと、世界の涯てに辿りつこうと、何処にだって空があるように。
「闇の淵にも光を届けに来たぜ!」
 昇る高揚、詠唱の力。それらを光の魔力と成して右手に凝らせたなら、ルィンの掌上に現れたのはひときわ強く光輝く戦闘光輪。一気に三分裂した光の環は眩い軌跡を連れて、前方の敵二体と姿を現すと同時に一瞬で距離を詰めてきた四体目の敵を斬り払う。
 彼の脇腹を抉らんとした四体目の一撃を遮ったのは咄嗟に地を蹴ったエレノアの剣。
「もっと余裕があればスパンコール付きの舞台衣装で登場したんだけどね〜」
「いやそんなものなくても、姐さんは存在そのものがきらぎらしく華やかです」
「あらそう? じゃ、このまま思いっきり派手にやらせてもらうわ!」
 嘯く冒険商人に笑み返した瞬間、闇と鍔迫り合いを演じるエレノアの刃が神々しい光の翼となって闇を圧倒した。
 荘厳な光の羽ばたきが彼女とルィンの相対するレッサーデモン二体を薙げば、宵闇に雷光一閃。神速の稲妻と化したルカノスの槍が深手のレッサーデモンを直撃する。
 閃光の余韻とともに霧散する、闇の申し子。
 ――ほら、闇がひとつ消えた。
 見ただろ、と倒れたひとびとに笑ってみせ、七色の輝きを手にしたポウは次なる闇へと加速する。
「まだまだ終わらないぜ! 月虹の光よ、幸運を呼べっ!!」
 煌く彩の軌跡が斬りあげたのは分裂してセレストを羽交い絞めにしていたレッサーデモン、
「僕に断りもなく抱きつかないで欲しいね」
 闇から解放されたセレストが穢れを払うよう右肩の琥珀鳥へと触れ、悠然たる微笑で告げた瞬間、宵闇に描かれた虹とそれに裂かれた敵へ清浄な輝きを帯びた光の剣が降り注いだ。
 頼もしいぜと笑ったルィンも先程の稲妻で消えた己が敵に代わる標的を見定める。
 叶うなら蜜の囁きで惹きつけたいところだが、レッサーデモンってどうやって気を惹けばいいいの。
「えーと、素敵な闇ですね? ……ってマジか」
 試行錯誤のハニーを試みた、その瞬間。
「もう、ルィン君たらレッサーデモンまで誘惑して……!」
「待てこれ浮気じゃねぇから! ――って、某お嬢さんかと思ったらナルセインじゃねぇか!!」
「いや何かこう、代役せねば的な使命感がぷるぷると」
 今回は浮気に敏感な某お嬢さんの姿がなかったため裏声で言ってみたらしい。
 心臓に悪いぜと豪快に笑い飛ばしたルィンが揮う黒漆艶めく銃が眩い火炎も煌く氷雪も閃く稲妻も一気に噴き上げ闇を裂き、彼の後方で雪色の刃が月光の紗幕を宵闇に踊らせる。
「何が代役だよおかしいよ!」
 二人のやりとりに思わず笑み零し、勿忘草の娘が翻す蜜色の扇にも光が宿る。
 扇が描く風と月、梢のざわめきは優しい葉ずれの囁きと変わり、甘やかな月の光が宵闇に満ちる。
「そう――かくもこの世は光に満ちている」
「ええ。空の光はいつも皆を照らしてくれるし、光を受けていっそう輝く花もあるのよ」
 光り輝くエンドブレイカーの命と技、存分にお目にかけよう。
 愉しげに喉を鳴らしてそう紡ぐのは壮年の魔想紋章士。彼の手で魔道書の頁が風に踊れば天頂に輝く太陽の如き光が降りそそぎ、圧倒的な輝きに誘われるよう、刺青の華宿す娘の手で存分に光を満たした大輪の蓮花が咲き誇る。
 世界に溢れだす、瑞々しい夏花の輝き。
 ――ほら、曇りも陰りも常闇も払い尽くして、とびきりの光が咲いて迎えにいくわ。
 裡に残る闇の侵蝕も皆の光が塗り替えてくれるよう。微笑み湛えた唇で紡いだアデュラリアは光の物語を紡ぎ繋げるべく、掲げた杖に夏陽の耀きめく魔力を凝らせる。
 花火より華やかに爆ぜる火炎の散弾、燃え盛る太陽にも似た火球。
 それらに灼かれた闇の申し子は、後方から戦況を見渡すテレジアの視線を捉え、闇色の顔に赤い笑みをニタリと覗かせた。その瞬間、大きく伸びあがった申し子の体そのものが彼女にのしかかる。
「い、や……」
「テレジア! 堪えて!!」
 特別親しい訳でもない彼女の変化の兆しをルカノスが察したのは、錬金術士のインスピレーションゆえか、倒れたひとびとを不安がらせぬよう気を張り続けていたゆえか。
 びくりと身を強張らせたテレジアは何かを堪えるよう目を瞑り、
「……天主、天主……わたし、私は、耐え、忍びます」
 裡なるデモンへ呼びかけた。
 極端なまでに彼女が忌避して恐怖する、他者との接触。もう少しでその恐怖のまま狂暴な衝動に身を任せるところだったが、エンドブレイカーが闇に呑まれて発狂したと見えかねない姿を晒せば、倒れているひとびとは底無しの恐怖に囚われてしまうはず。
 眼の前で新たなデモン人間が誕生する――そんな事態を招くわけにはいかない。
「……天主、天主よ。わたし、もうひとりの私……愛しいわたしの夜」
 愛しきデモンと繋がる恍惚に心を浸し、安寧を取り戻す。
「黒翼拡げ、夜天の輝きで全ての悪徳を灼き祓い、清め給え……!」
 再び赤の瞳を開いた、刹那。
 漆黒の翼から迸った光が闇の申し子を跡形もなく灼き尽くした。

●月光図書館
 涯てなき闇にも光は射し、真の暗闇にも導きの光は燈る。
 だから大丈夫、怖くないよ。ほら、光がひとつひとつ闇を消していく。
「それにね、闇に襲われる前に二人が呪文を唱えたの、識ってるよ。だから必ず――願いは叶う」
 倒れたままの二人に悪戯っぽく微笑んで、ルカノスがその手に掴んだ黄金を媒介に創造するのは華やかに闇を彩りながら光輝く黄金の蝶。
 光の吹雪のごとく翔けた黄金の蝶の群れが闇を取り巻き、宵空へ美しい光の螺旋を描きだす。
 ――綺麗、ね。
 娘の唇が微かにそう動いたのを見ればアデュラリアに光のごとき笑みが咲く。底知れぬ闇夜に光を燈し、撓やかに触れて擁いてくれるような優しい夜を取り戻すため。
 密やかな歓びの歌めく声で呼びかける。――ナルセイン様。
 月と焔の、眩い光を。
「あのね、一緒に重ねてくれるかしら?」
 悪戯気な誘いに便乗する、芝居がかったルカノスの声。
「さあナルセイン! 月光を呼ぶ素敵な呪文、唱えてみせて!」
「リクエストされちまっちゃしょうがないな。あんたも付き合えよ、アデュラリア」
「まあ、素敵ね。とても――とても」
 愉しげに誘い返す男の声、月の物語に繋げる光の物語にアデュラリアの胸が躍る。
 ――ラブラドラブラド・ラブラドレッセンス!
 重なり響き合う呪文の音律。
 宵闇に踊る月光の紗、まるでそこへ打ち上げられた花火のごとき輝きを咲かせる火球。
「本当に物語みたいだな!」
 爆ぜた焔にまた一体闇が灼きつくされれば、眩しげに瞳を細めたポウも楽しげに破顔した。
 さあ、物語はまだ終わらない。
 物語の英雄みたいにはいかなくても、諦めの悪さだけは伝説の勇者並み――いや、勇者譲りだ。
 この地の闇を灼きつくし、そしてまた何処かの理不尽な終焉を打ち砕くために馳せ、駆けて翔けてそうしていつか自分達は、この世界を楽園のごとき幸福で満たすのだから。
「ほら見てごらん、闇の先には楽園があるんだ――!」
 七色の輝きに満ち充ちた魔鍵はそれそのものが光輝くよう。宵空にポウが光を掲げれば、一気に解き放たれた輝きが闇の世界に楽園の門を開く。
 宵闇の木立が光溢れる楽園に塗り替えられた。
 極楽鳥のさえずり、暖かに頬を撫でる陽の光、幾重にも煌く円い虹。
 癒しの効果そのものは届かずとも、倒れたままのひとびとの表情に安らぎが燈る。それを察してか闇色のレッサーデモンが楽園を覆い隠さんとするよう慌てて大きく伸びあがったが、
「往生際が悪いぜ!」
 巨大な闇が迫るより速く火炎の斬撃でルィンが両断、紅蓮の輝きで派手に引きちぎられた最後の闇の申し子へ、一斉に光の集中砲火が浴びせられた。
 伝説の時代、バルムントに無理矢理召喚されたというデモン達。
 その境遇には同情しないこともないけれど、だからといって自分達の世界を明け渡すつもりなんて微塵もないのよ、と射抜くように闇を見据えたエレノアの手で光翼の剣がひときわ輝きを増す。
「大人しく異界に閉じこもっててもらおうか!!」
 鋭くも眩い、鮮烈な光の羽ばたき。
 斬り裂かれた処から零れた闇が霧散し、それと入れ替わるよう光の羽毛が舞い散る中へ、清冽な白銀と高雅な黄金に、闇の淵の底まで射す陽光を携えた若き天誓騎士が底知れぬ常闇の終わりを知らしめる。
 同感だね、と先程のエレノアの言葉に重ね、セレストは愛しき全てを護りぬく意志を笑みで示した。
「生憎、素直に闇に呑まれて世界を渡してやれる程、お人好しでも弱くもない」
 ――これで、仕舞いだ。
 底知れぬ不浄な闇を、何より清冽な陽光が灼きつくす。
 最期の闇のひとかけら。
 それが光に消えたなら、優しい月光図書館の光が宵闇を照らす、穏やかな世界が広がっていた。

 大丈夫、怖くないよ。
 樫の梢の影が宵闇を深め、真の暗闇がやってきても――皆が燈してくれた光が、胸にあるから。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/09/23
  • 得票数:
  • カッコいい7 
  • ハートフル3 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。