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林檎と秋桜と魔女猫のサヴァラン

<オープニング>

●ティルムシュタットの製菓市
 紫煙群塔ラッドシティ都市部の街、ティルムシュタットでは、月に一度特別な市が立つ。
 街道から街中へ入る手前に設けられた大きな広場に立つ市の名は、ティルムシュタットの製菓市。その呼び名のとおり、お菓子作りの材料や製菓の器具を主に扱う市だ。
 甘い香りと華やかな彩りに満ちた製菓市はお菓子作りに興味を持つ者にとってはまるで、とびきり綺麗なものいっぱいの宝石箱やとびきり楽しいものいっぱいの玩具箱をひっくり返したような場所。
 ――けれど知ってる?
 昼の間も楽しい夢の国だけれど、夕陽に照らされる製菓市はもっと暖かな夢に満ちるってこと。

 甘やかに色づき始めた夕陽や愛嬌たっぷりの南瓜ランタンに燈ったあかりに照らされて、夕暮れを迎える製菓市はひときわ豊かで暖かな光と影に彩られる。
 夕陽よりもっと甘い色に熟した柿はひときわ艶めいて、深い柘榴色の赤葡萄や煌く木洩れ日色した白葡萄も高貴な宝石めいた輝きを抱く。眩い黄昏の光を孕んだ風が運んでくる、飛びきり甘酸っぱい林檎の香りや蕩けるように甘い洋梨の香りを胸いっぱいに吸い込んだなら──もうじっとしてなんかいられない!
 ねえ、これで何を作ろうか。
 甘酸っぱい林檎を爽やかなレモン煮にして、ほくほくの栗と合わせたアップルマロンパイに、香りも味わいも甘く蕩ける洋梨をたっぷり風味豊かなアーモンドクリームに重ねた濃厚なタルト。濃厚さを求めるなら南瓜も卵もたっぷり使った南瓜プリンも捨てがたい!
 心も足取りも弾むままに駆けだせば、ひときわ深い琥珀色に透きとおるブランデーや香りも彩りも飛びきり華やかな薔薇のリキュール達が夕陽を透かした光と影を踊らす硝子瓶の森を抜け、大きな噴水の周り一帯を占拠した南瓜迷宮と御対面。
 鮮やかな深緑に明るいパンプキンオレンジに見慣れぬ雪色、玉葱みたいな形から瓢箪そっくりの形までと、色も形も様々な南瓜が大きさもよりどりみどりの南瓜迷宮を成すこの売場は、この時季の製菓市の人気スポット。毎年見ているだけで心躍る場所だけど、今年はここに飛びきり心擽る香りが漂っていた。
 ――花の香りだとわかるのに、微かに感じる、チョコレートの甘さ。
 秘密の宝物を探すような心地で香りを辿れば、暖かな夕陽の輝きのなか、辺りいっぱいに咲き誇るチョコレートコスモスにめぐり逢う。
 影色がかった深緋や濃い赤紫、秋の夜を思わす色合いに咲くそのコスモスは、チョコレートに似た甘く不思議な香りを持った花。エディブルフラワー、つまりは食用花として育てられたこのチョコレートコスモス達も製菓市の売り物だ。
 ねえ、このチョコレートコスモスもお菓子に使おうか。
 秋の夜思わす深い色合いのこの花は、たとえば洋梨のタルトに飾れば素敵なアクセントになるし、柿にシナモンと蜂蜜酒を合わせたコンフィチュールに花びらを散らせば、チョコレートみたいな香りがきっと風味を深めてくれるはず。
 そして、ねえ、この花を飾るなら作ってみたいお菓子があるの。
 ――魔女猫のサヴァラン。
 今回の製菓市でそれこそ秘密の宝物のように語られているその菓子は、暖かな夕陽に照らされ、甘い金色に艶めくブリオッシュ型で焼いたブリオッシュを使ったサヴァランだ。今回の新商品だというそのブリオッシュ型はすべて猫のかたち。ころんとまるっこい可愛らしいにゃんこ型から、すんなりと撓やかなおすまし猫を思わすフォルムの型までよりどりみどり。
 好みの猫型でバターたっぷりのブリオッシュを焼いて、ラム酒やキルシュのようなお酒をたっぷりと利かせたシロップに浸して仕上げたサヴァランに、生クリームやフルーツ、そして小さなチョコレート細工の魔女の帽子を飾る――それが魔女猫のサヴァラン。
 ねえ、その蕩けるように甘く酔わせてくれる魔女猫に、チョコレートコスモスを飾ったら。
 ――とても、とても可愛いと思わない?

●林檎と秋桜と魔女猫のサヴァラン
 眩くも切ない黄昏は、胸に迫るようで、けれど、暖かで柔らかい。
 思わず瞳を細めてしまうほど眩い夕陽は蜂蜜色の光を投げかけ、愛嬌たっぷりの南瓜ランタンから零れる甘く優しいオレンジ色のあかりと相俟って、製菓市を豊かで暖かな夢で満たす。
 秋の恵みをいっぱいの果物、収穫祭の到来を告げる南瓜、甘い金色に艶めくブリオッシュ型。
 そして、夕陽を浴びて咲き誇るチョコレートコスモス達。
 綺麗なお姉様のエンディングでそんな製菓市の光景を視た雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)は、いつもより深く、染み入るように、
「お菓子が作りたいなぁ……って思ったんだよね」
 今は胸でぐるぐる渦巻く気持ちと向き合いたい気分だから、手間のかかるお菓子がいい。
 だから思いきり買い物をしてこよう。
 林檎をじっくり煮詰めるアップルバターのための林檎を、まっさらでつやつやな真新しい琺瑯鍋を。
 魔女猫のサヴァランのための猫型を、眩暈がするほど香り豊かな発酵バターを、魔女猫をたっぷり甘く溺れさせるためのメープルワインを。
「ね、もしも興味が湧いたなら――アンジュと一緒に、ティルムシュタットの製菓市に行こう?」
「こういう市は買い物も面白いが、売り手になるのも面白いぜ?」
 ラッドシティで領主となり、順調に領地を経営している者も多いだろう。
 自領に製菓市向けの品があるなら新たな販路も開拓できるはず。その気があるなら協力するぜと隣のテーブルから砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が口を挟んだ。
 つまり――自分が地位を持つ街や村の品を製菓市で売ってみないか、というわけだ。

 製菓市で扱われているのはお菓子作りの材料や製菓の器具といった品。
 新鮮なミルクや卵に極上のアカシア蜜、粒揃いの朝摘みブルーベリーといった良質の品があるなら間違いなく売れるし、刃物が自慢の街なら菓子をきれいに切れるケーキナイフ、織物が特産の街ならお菓子のラッピングに使うサテンのリボンといった、食材ではないものだって売り物になる。
 この時期なら、秋らしいフルーツやそれらを使った焼き菓子に関連する品などが売れ筋だろうか。
 甘く蕩ける洋梨やふっくら艶々の栗、可愛いクッキーボックスに、タルトを彩るレースペーパー。
 大きな木箱いっぱいの林檎、壺入りの発酵バター、何本もの製菓用ブランデーと重いものを大量に買い込む客も多いが、頼めば品の良い制服に身を包んだ若い運び屋たちが貸し大トカゲ屋まで荷を運んでくれるから、誰もが財布の許す限り心ゆくまで買い物を楽しめる。
「ちなみに俺は今回、チョコレートコスモスに敬意を表して出店なし。客としてのんびり製菓市を見て回るつもりだが、『自分の店の人出が足りない!』って時にゃ声かけてくれ。手伝いなり売り子の手配なりで協力させてもらえりゃ嬉しいね」
 冒険商人を本業とする男の言葉に、やっぱり仕事が楽しいんだと笑って暁色の娘が話を継ぐ。

「お願いすれば果物やお酒の味見はできるみたいなの。んでも味見目当てに行くのは遠慮してね。お菓子作りの材料や製菓用の器具を買ったり眺めたりするのを楽しむ市だもの」
 知り得たエンディングの光景をひとしきり語り、アンジュはそう付け加えた。
 たとえば、作りたいお菓子を作る材料や器具を買い揃えたり、好きなように買い物をしながらどんなお菓子を作ろうか考えてみたり。そうやって過ごすのが一番楽しい場所なのだ。
 新鮮で上質な食材も、職人御用達の高品質な器具も、誰かに菓子を贈るためのラッピング用品も、この製菓市ならよりどりみどり。

「あのね、思いきり楽しい買い物ができたなら、また逢おうね」

 何を買ってどんなお菓子を作ったのか、後で聴かせて欲しいと思うから。


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参加者
NPC:雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●林檎と葡萄とチョコレートコスモス
 篝火色に空を染める夕陽は、甘く熟した果実みたいに蕩けて世界を満たす。
 眩い黄昏のひかりと南瓜ランタンのあかりに照らされて、製菓市に並ぶ宝物達はひときわ柔らかで甘い金の輝きを帯びた。まるで秘密の宝石箱に迷い込んだかのよう。
 艶めく深紅と甘酸っぱい芳香で誘う林檎に、透きとおる金色に煮溶けるというクッキングアップル、華やかな香りと果汁が弾けたと思えばハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)の眼前で、たったいま半割りにされた、果皮だけでなく中の果肉までもが薔薇色に色づく林檎が披露された。
 彼女が待ち焦がれていた林檎の季節。
 丸齧りは帰ってから、と誘惑に耐える娘の様子に空追い・ヴフマル(c00536)は眦緩め、
「エルディ、なんか作りたい菓子あるか?」
「折角なら魔女猫のサヴァラン、作ってみませんか」
 振り返った彼女の問いに、内緒話みたいに囁き返す。
 ――猫型もシロップも帽子の飾りも、全部好みを選んでほしい。
 暖かな光に満ちた宝箱の世界を辿れば甘い金色煌く猫型達。様々な猫達の合間に少し大きめの星霊バルカンっぽい型を見つければ、オニクスの胸中で我が家の二匹が尻尾を揺らした。
「なぁ、魔女猫に林檎添えていい?」
「勿論。猫にまんまる林檎、赤い毛糸玉みたいですね」
 丸っこい林檎がころんと転がる様やそれにじゃれつく星霊猫達の姿、彼女の一言で鮮やかに胸に燈った光景にヴフマルが笑みを零せばオニクスの心もひときわ弾む。
 魔女猫は紅茶風味のシロップに浸して、瞳には蜂蜜か鼈甲飴で金の輝き燈らせて、尻尾は――と考えたところでオニクスはひそりと彼に囁き返す。
 俺の好みだけじゃなく、折角なら一緒に考えたい。
 ――その方が楽しくて、おいしい魔女猫のサヴァランができるから。
 耳も心も柔らかに擽られたよう。敵わないなと己に苦笑して、ヴフマルも思案をめぐらせる。
 尻尾の炎は飾り切りの苺、帽子には甘く香るチョコレートコスモスは如何だろう。
 ――二人で作るその分甘い、とっておきのひとときに。
 戦神海峡の村で教わったコンポート、教え子達が一生懸命作った林檎を使ったシードル。けれど、
「具体的なアピール性が今後の課題ですね……!」
 此度は残念ながら出店許可は下りず、月に駆ける妖精騎士・ジョーガ(c23446)は意気込み新たに製菓市を視察した。菓子作りを好む者が集う市となればコンポートやシードル位なら自分で作りたい客も多く、今回のアピールでは弱かったらしい。
 たとえば、ジョーガのオージウス農業学校で栽培した香草のリキュールを使ったコンポートだとか、研究を重ねた酵母で醸した香り高い林檎酒といった、具体的なアピールなしでは難しそうだ。
 それとも。
 我が校で品種改良した飛びきり甘い大粒の苺、のような――食材そのものの方が良いだろうか?
 蜂蜜色した黄昏の陽射しの中では艶やかな秋の果実も金や銀に煌く菓子型もひときわ綺麗。
 けれどもドラグニカピロー・レクス(c12720)の瞳に映る年上の少女はもっと綺麗で、知らず少年の胸を高鳴らせた。お気に入りの靴や髪飾りでおめかしした燐光・チェリア(c16925)は彼の緊張には気づかぬまま、溌剌と咲かせた笑顔で振り返る。
 料理の腕はまだまだだけど、極上の食材で作ればきっと飛びきり美味しいお菓子ができるはず!
「ねぇ、何買って何作ろっか!?」
「んー、幾つかに絞った方がいいよな。モンブランにスイートポテトなんて良いんじゃね?」
 彼女の首元で煌いた虹色鉱石に思わず細めた瞳を伏せてレクスは思案顔。
「甘さ控えめで。素材の甘みを活かした方が良いじゃん」
「活かすのいいねぇ! よしっがんばる!」
 なんて破顔した彼に満面の笑みを返せば、チェリアの靴音も楽しげに弾んで歌った。
 艶々の暗褐色に熟した栗は毬付きで、さつまいもは加熱するとオレンジがかった金色に甘く蕩ける品種をお買い上げ。ふと視界の隅をよぎった甘い煌き辿ってみれば、夕陽より甘い茜に熟した柿に和三盆を加えたという、上品な東方風味のジャムにめぐり逢う。
 秋の果物のジャムってのもいいよな、ボクはブドウが好き、なんて囁き交わして、眼差しも交わせば互いの瞳には今日一番の楽しげな煌き。
「っしゃ、ブドウジャムも探してみようぜ!」
「えへへー。うんっ! レッツゴー!」
 悪戯盛りの子供みたいに笑い合ったなら、さあ、二人で宝探しの冒険に繰り出そう。
 赤葡萄に洋梨が蕩け、ほんのりとバルサミコの利いた薔薇色ジャムを透かせば、胸焦がす夕陽の輝きも艶めかしい甘さを纏った。馥郁・アデュラリア(c35985)はころり笑みを転がして、更に甘やかな夢紡ぎ。
 玩具みたいなミニカボチャには蜂蜜に溺れてもらって、じっくり焼き上げたパンプキンパイで皮ごと頂きますが楽しそう。きらきら艶めく赤葡萄はチョコレートコスモスの花びら添わせ、一粒一粒贅沢に挟むミルフィーユが良いかしら。
 夏夜に連なる蠱惑に口の端擡げ、菓子と一緒にと砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が蜜色煌くマディラ酒を差し出した。官能的な酒香にひときわ華やぐ女の笑み。
「ね、まだまだ惑わせてくれるかしら?」
 深みに嵌って、逃げられないくらい。
「その深みにはこの酒が溜まってると思うね」
 共に惑って溺れて、深みに辿りつけるか試そうか。愉しげに囁く声に、素敵、と軽やかに笑み返す。
 古の文豪がこの酒を評して曰く。
 ――命と引き換えにしても構わない。

●栗と魔女猫と魚の骨のチョコレート
 暖かな蜂蜜色のひかりと豊かな秋の彩りの海に揺蕩うよう。
 二人寄り添い甘い金色煌く猫の楽園を見つけだしたなら、漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)は早速彼らとじっくり御対面。ころころ仔猫やおすまし猫、ひとつひとつ手に取り真剣に悩める彼の横顔に、眉間の皺も素敵じゃよ、と万華響・ラヴィスローズ(c02647)がくすくす笑みを零す。
「お菓子の国の王子様、此度は一体何をお探しじゃ?」
「勿論とびきりの魔女猫なのだが、ラヴィスローズ殿は如何だろうか?」
 妾はこれが好き、と姫君が撫でたのは丸くなって微睡む猫。
 彼が釘付けになっていた姿をこっそり見つめていたのは秘密だ。
 揃ってお買い上げしたなら彩りの波間に暁色、二人笑いあって手招きをして。
「ブリオッシュをチョコ味で黒く焼くのはアリだろうか?」
 お菓子の国の王子が訊ねれば、断然アリだよ、雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)が破顔した。
 珈琲シロップとか美味しそうと続く言葉に微笑し、黒猫に飾る苺チョコの愛らしさやオレンジチョコの秋らしい彩と、リューウェンは魔女帽子に楽しく頭を悩ませる。
 彼が黒猫サヴァランなら、ラヴィスローズが作るのはお友達の白猫サヴァラン。
 粉砂糖でおめかしさせてお化けランタン風の林檎に飾り、魔法の杖はチョコレートの香り咲く秋桜。
「アンジュ殿の魔女猫さんともお友達になりたい!」
 膨らむ夢に声を弾ませて姫君は、んじゃアンジュの子もおめかしさせて連れてくね、と瞳を煌かせる暁色と内緒話みたいに笑いあう。
 黄昏に見る夢は、金月の栗と銀星アラザン煌く夜、蔓薔薇ケーキスタンドに魔女猫達がつどう夢。
 ――高まれ俺の財布力、今だけでいい、伯爵の位まで……!
 蒼嵐の騎士・セルティア(c01165)は輝ける獅子のオーラを炸裂させる勢いで気合いを漲らせた。
 何しろ眼の前には甘い金色煌く猫の楽園。まぁるいすやすやにゃんこや姿勢を低くして獲物を狙うにゃんこに次々ハートを撃ち抜かれ、撓やかなおすまし猫達の中に小首を傾げるにゃんこを見つけ売り子に訊ねれば、
「贈り物の詰め合わせにレアにゃんこを混ぜられるだとー!?」
 城塞にゃんこ騎士は思いきり膝から崩れ落ちた。
 これはもう――作るしかないじゃないか!
 陥落してしまえばチョコレートの魔女帽子も蜂蜜飴のにゃんこ鈴も迷わずお買い上げ。更には、
「魚の骨チョコもあるだとー!?」
「チョコレート型だけどな。魚の骨から首輪や鈴、蝶ネクタイまで揃い踏みだぜ?」
 黄銅細工のチョコレートモールドきらきら煌かせ、夢売りの街の細工師がにゃんこスキーのハートを鷲掴みにした。
 繊細な猫ひげから可愛い鉤尻尾まで自在に彩れる口金の充実ぶり、抜かりなく添えられた魔女の箒のクッキー型。魔女猫を彩るためのあれこれは、装飾品を得手とする昏錆の・エアハルト(c01911)ならではの品ばかり。
 甘い煌き達が並ぶなか、甘い香りまで漂わせるのはチョコレートコスモスやロリポップを飾るための魔法の壺。壺まで食べられる細工師謹製の飴細工と触れこめば、
「細工師さんの商才にはぷるぷるせざるを得ない」
 何処ぞの冒険商人もお買い上げ。不敵に笑って男を見送り、エアハルトは金色の歌姫を見つけて眼差しを和らげた。
 鳥の型を用意したから見てくといい。
 ――きっと心に、鳩を抱いてる。
 眦緩めた細工師に優しくそう嘯かれ、
「ゼルディアちゃんゼルディアちゃん、影遊びの森の踊り栗見つけたー!」
 駆けて来た暁色に力いっぱい抱きつかれれば、途端に陽凰姫・ゼルディア(c07051)の瞳の奥へと熱が込みあげた。
「買う。買うわ、鳥の型も踊り栗も――めいっぱい!」
 匂いをかいだだけで踊り出したくなる程と謳われる極上の栗。
 あの日の幸せぎゅっと詰め込んだ踊り栗のモンブランにマロンパイ、渋皮煮も頑張ろう。
 鳥の型で木の実たくさんのクッキーを焼いて、スワンのシューも焼いたら心をとりこにしてしまえる飛びきりのマロンクリームを詰め、とっておきのチョコレートコスモスも添えたなら、伝えたい想いごと包むようリボンもかけて、秋の美味しさ蕩ける焼き林檎も忘れずに。
 そうしてきっと、影遊びの森で影を捕まえたみたいに、鳩の国の王子様を捕まえる。
 絶対に絶対に、諦めたりしないんだから――!!

●橙花とロゼワインと蜂蜜マドレーヌ
 甘酸っぱく爽やかに林檎の花薫るシルベナ村の蜂蜜は、昨年の発売から好調続きの人気の品。
 領主たる斧の城塞騎士・フラン(c00997)自ら配る一口サイズの蜂蜜マドレーヌは蜂蜜の味わいの魅力を伝えるのに効果覿面、マドレーヌに使った食材の店を記した製菓市マップまで手渡されれば、誰もが明るい笑みを咲かす。
 客は勿論、他の出店者達にもシルベナ村の評判は上々だ。
「蜂蜜色の瞳のお嬢さん、胸の内の思いと向き合いたいならこんなお菓子はどうだろう」
 繁盛の波間に呼び止めた娘に提案したのは、南瓜ペーストを練り込んだ明るい色のブリオッシュを蜂蜜酒にたっぷり浸すサヴァラン。
 秋の実りに春の香りを添え――どうぞ、光と熱を。
「あのね、ほんとはね」
 向き合うの、少し怖かったの。
 三つ瞬きをしたアンジュが、嬉しい、と笑みを燈した。フランさんの宝物で蜂蜜酒をつくらせてね、と蜂蜜色の瞳の娘が一瓶お買い上げ。
 風薫る季節に採れたフランの黄金を、娘は大切そうに抱きしめた。
 黄昏の波間に暁色を見送って、勿忘草・ヴリーズィ(c10269)はきゅっと拳を握る。
 美味しいお菓子は甘く幸せな気持ちを咲かせる魔法、心痛めてる様子の親友に飛びきりの魔法を贈ってびっくりさせたいから、癪だとか言ってる場合じゃない……!
「ねえルセ、買い出しに付き合ってもらってもいいかな? 最初に試食する権利もついてくるよ!」
「いいね、そういう特別感は大好きだ」
 愉しげに瞳細めたナルセインを引っ張って、極上の宝物を仕入れにいく。
 木漏れ日の宝石めく白葡萄や瑞々しい香りと果汁溢れる洋梨を、芳醇なバターたっぷりの生地と香り高いアーモンドクリームが抱くプチタルト。風味づけのワインのお勧めを訊けば男は、柔らかに煌くロゼを選びとる。
 優しい春薔薇の彩と、ベリー思わす香りをそっと添えてくれる滴にふわり笑み咲かせ、ヴリーズィは暖かな彩のチョコレートコスモスも手に取った。
 ――元気になりますように。
 某デザイナーに相棒の黒にゃんこそっくりなブリオッシュ型を差し出されれば、ティルムシュタットの領主ことトランジットパッセンジャー・ピノ(c19099)は勝ったような負けたような微妙な心地。
 けれど気分が上向くのを感じつつ、誰かの飛びきりの悪戯に返すお菓子に思案めぐらせ歩めば、お知恵を借りられると嬉しいひとり、勿忘草の娘を発見する。が、彼はその隣に狙いを定め、
「あたーっく!!」
「のわっ!?」
 今日も領主タックルでナルセインを捕獲した。
 何せ贈りたい相手は男の子、かつての少年のお知恵もぜひ欲しい。
「ってなわけで! ナルちーなら何が食べたい!?」
「甘い菓子は皆作ってそうだしな、塩気のあるヤツがあってもいいんじゃないか」
 応援してる、と軽く肩に手を置かれ、ピノは滲むように笑って頷いた。
 そう、皆と一緒に――必ず届けなきゃ。
 暖かな秋の彩りの波間で黒地に鮮やかな赤と緑の刺繍を咲かせたスカートの裾をゆるく踊らせて、お嬢さんという意の名を持つ衣装を纏った緋の謳ひ女・エスト(c00886)は冬の彩り探す旅。
「さぁて、リヴァイアサン大祭も遠くないし……と、この都市ではクロノス大祭だったわね」
 お菓子の時計塔が作れるというクッキー型の煌きに瞳を細め、黄昏の風に厚い毛織のストールを抱き寄せ歩めば、心擽る柑橘の香りにめぐり逢った。
 薬師という仕事柄、生薬には事欠かないけれど、菓子の材料となれば質の方向がまた違う。
 良く乾き香り豊かなオレンジの果皮はお茶にしようか。砂糖の煌き纏う純白のオレンジフラワーは雪結晶みたいに素敵。
 手に取れば、雪降る大祭までにあのひとが帰ってくると信じられる気がして、柔い笑みが咲いた。
 ……決めた。
 雪降る大祭には、このオレンジフラワーの雪結晶を練り込んだ飛びきりのケーキを作るわ。
 一度繋いでしまえば、もう手を離せなくなった。
 暖かで、けれども切ない黄昏の、眩い光と色濃い影のあわいにゆうるり揺蕩う想いは、きっと同じ。戯咲歌・ハルネス(c02136)が繋いだ手に、暁色の娘が指を絡め、ずっと、そのまま。
 ――ああ、この気持ちに似たプリンを作ってみようかな。
 蕩けるように甘くて柔らかで、カラメルソースは少し苦いくらいが丁度いい。
「ねぇ、アンジュは何作るか決めた?」
「あの、ね」
 蜂蜜酒のサヴァランに栗のシャルロット、そして――と、幾つも幾つも溢れだした。
 数年前にあの子が踏み入った茨道。それに己が一片も関わりないとは思えなくて。
 最後に零れたそれにハルネスは淡く眉尻を下げ、柔い笑みを燈して娘の瞳を覗く。
 何でも作って。私が責任持って食べきるよ。二人で食べきれないようなら、
「一緒に帰ろう、アンジュ。皆がいる農園に」
「うん。……うん、一緒したい」
 何度も瞬いた娘が頷いて、彼の片腕にぎゅうっとくっついた。
 甘い菓子の幸せたっぷり、黄昏の切なさ包めるほど抱いて、あたたかな家路を、一緒に辿ろう。



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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:16人
作成日:2014/11/06
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