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片翼の王国

<オープニング>

●片翼の王国
 茜色に燃え立つ夕暮れの空を、眩い金色の光冠と薄墨色の影を帯びた羊雲の群れが翔けていく。
 天翔ける黄金羊の群れは圧巻だったが、その夕暮れのもとに広がるのはあれほどの羊の群れを養える草原ではなく、赤茶けた岩の大地に荒削りな奇岩と棘だらけの灌木が点在するだけの荒野。
 羊を満たせる豊かな草はない。
 だが――粗食に耐える山羊ならば、棘だらけの灌木をも食んで命を繋いでいける。
 増やした山羊達を放牧するための新たな地を探して、初老の男はこの地に辿りついた。
 紫煙もほとんど届かぬ辺境近いこの辺りではよくわからないが、この数年で随分山羊皮の細工や山羊乳のチーズの需要が大きくなったことから察するに、街のひとびとの暮らし向きはかなり豊かになってきたらしい。
 辺境近い村に暮らす彼らにとっても、ダルクに余裕ができるのはありがたいことだった。
 隙間風の入る古い家屋の修繕ができる。
 冬の風邪をこじらせた幼子を、薬を買えぬがゆえに喪う者達も減る。
 生活すべての糧となってくれる山羊達は、新たに見出したこの放牧地を気に入ってくれただろうか――微かな笑みとともに男は、見上げる程に巨大な、片翼を思わす形の奇岩の陰で身を起こした。ちょっとした昼寝のつもりが随分深く寝入ってしまったらしい。
 陽が落ちるまでには山羊達を集めて村に戻らねばならない。
 山羊を呼び集めるべく岩陰から身を出せば、
「……!!」
 赤茶けた岩の大地を赤黒い血に染めて、広大な荒野に散っていた山羊達がすべて死んでいた。
 異様な光景に絶句する初老の男の遥か頭上から、若い声が降る。
「やあ。この山羊達を連れて来た奴は何処にいるかと思ってたんだけど……そこだったんだね」
 振り仰げば巨大な片翼の奇岩の上に人影があった。
 逆光でその容貌は見て取れない――と思った刹那、人影の背に大きな翼が生えた。
 片方だけの、翼。
 槍を閃かせたその人影が夕暮れの空へ飛龍のごとく跳んだ。
 それが、初老の男の見た最期の光景となった。

「この辺りは僕の、ラプターの王国だからね。何人たりとも侵すことは許さないよ」
 片翼の人影は初老の男の頭蓋を貫いた槍の穂先から血を振り払い、最早聴かせる相手もいない言葉を呟いて、頬に浴びた血を手の甲で拭う。
 少年期を抜けたばかりと思しき、野性味を帯びた青年だった。
 エンドブレイカーだっけ、と聞きかじった言葉を転がし、随分余計なことをしてくれる、と眉を顰める。
 紫煙群塔ラッドシティ。革命という動乱を経ても然して豊かにならなかったこの都市は、そのままで良かったのだ。貧富の差は固定されたまま、身分も富も持たぬ者はその日の口を賄うのが精一杯、こんな辺境近い荒野など見向きをする余裕もない――そんな日々で良かったのだ。
 それなら、僕はこの王国を護り続けていけたのに。
 けれど、エンドブレイカーが齎した大きな変革が徐々に彼の王国を侵食し始めた。
 他都市への交易が大きく開かれ経済は活気づき、各地の治安も政情も安定し、更なる発展を見せ始めたという。だからこそ、この辺境近い荒野までひとの手が伸びてきた。
 彼が生きるためのテリトリー、彼だけの王国に。
 僅かな草の穂を食んで、酸味ばかりの灌木の実や苦味ばかりの灌木の根を齧り、野生の鳥獣の血肉を喰らって――そうしてずっと、何者にも頼らず何者の支配も許さず生きてきた。
 そのための王国を侵されるのは、彼にとっては血脈を断たれるのとも同じ。
「だから殺すよ、何度でもね。……まぁ、当分肉に困らないのはありがたいけど」
 巨大な片翼の奇岩と灌木が点在する荒野。
 夕陽と赤黒い血に染められた大地に散らばる山羊達の死骸に瞳を細め、彼が腕を差し伸べれば――その腕とすぐ傍の灌木に、山羊達の血肉にまみれた二羽の大鷲が舞い降りた。
 やはり片翼だけの大鷲達だけが、彼の王国の民だった。

●さきぶれ
「――呼ばれてる気がするの」
 何にとは語らず、雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)に酒場に居合わせた同胞達を見回した。
 荒削りな岩の荒野で余分なものを削ぎ落とし、魂の一番芯で輝くものを剥きだしにして生きるような彼の在り方は、辺境育ちのこの娘の心を惹きつけ強い共感をも呼ぶ。
 彼が生きるためのテリトリー、彼だけの王国。
 けれど、彼が生みだす悲劇と、その身に得た仮面を視てしまったなら。
「彼は生きるために、私達は棘を狩り悲劇を砕く衝動のために――ぶつからなきゃならない」

 片翼のラプター。
 彼の王国たる巨大な奇岩と灌木が点在する荒野には、先程語られた終焉の前日に辿りつける。
「夕暮れ時が一番彼に遭遇しやすいみたいだから、その時間に」
 王国への侵入者に気づけば彼のほうから姿を現すだろう。
 幾つもの巨岩に灌木、身を隠す場所に事欠かない彼の王国では、此方から彼を探すのは難しい。
 彼は殺戮によって侵入者を排除することを強く望み、エンドブレイカーへの怨恨を抱いている。故に侵入者がエンドブレイカーであると識れば、己が不利になっても戦いを放棄することはあるまい。

「んでもね、ああいう生き方をしてきた彼はかなり身体能力が高くて、巨大な奇岩を足がかりに大きく跳躍したり、岩の上から急降下するような攻撃や、岩陰や灌木の陰に素早く姿をくらまして死角から罠糸で襲いかかったり――って感じの、戦場を大きく使う戦いをするのね」
 敏捷、俊敏。
 そういった言葉が相応しい敵だ。
 大鷲達は片翼で生みだす追い風や癒しで主を援護して、やはり素早い動きで繰り出す翼で此方を斬り裂きにかかるだろう。
「戦場は移動していくだろうし、奇岩や灌木で遠距離攻撃の射線が遮られることも多いと思うのね。絶えず駆けたり岩を跳んだりする戦いになるだろうから――できれば近接攻撃が得意なひとに手を貸してもらえれば嬉しいの」
 飛龍のごとき跳躍攻撃を得意とする相手だ。包囲して動きを封じるといったことはまず不可能。
 だから存分に、片翼の奇岩と灌木の荒野を存分に駆けられる戦いを。

 片翼のラプター。
 彼が生きるためのテリトリー、彼だけの王国を護るために棘を手にした青年。
 完全なマスカレイドとなった彼を止めるということは、その命を奪うということ。
「彼は生きるために、私達は棘を狩り悲劇を砕く衝動のために――ぶつからなきゃならない」
 先の言葉を繰り返し、暁色の娘は改めて同胞達を見回した。
 さあ、往こう。
 そう告げて、僅かに瞳を緩める。
「あのね、無事に終えられたなら、また逢おうね」

 あなた達もきっと、呼ばれたのだと思うから。


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参加者
斧の城塞騎士・フラン(c00997)
水鏡の虹・ロータス(c01059)
昏錆の・エアハルト(c01911)
風を抱く・カラ(c02671)
語リ部・ジャバウォック(c10014)
ハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)
暴野兎・ラパン(c16507)

NPC:雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●片翼の王国
 ――途轍もない解放感に、魂が震えた。
 瓦礫の屑が泥の如く澱む都市の底から抜け出して、鮮烈な風翔けめぐる世界へ飛び出した心地。
 茜空翔ける黄金と薄墨の羊雲、その彼方で血濡れて輝くような夕陽が、赤茶けた岩の大地が続く荒野を泣きたくなるほど眩い光と色濃い影で満たす。
 片翼めいた巨大な奇岩達の合間を渡る風が哭く、枯色の棘だらけの灌木が渇いた音でさざめく。生への渇望と涯てなき自由を水鏡の虹・ロータス(c01059)は全身全霊で享けとめた。
 焦がれた全てがあるこの王国へ――さあ、終焉を告げようか。
 オーサマ良い土地持ってるゥ! なんて愉快にケラケラ笑って、夕暮れの光と影に彩られた荒野を見回していた語リ部・ジャバウォック(c10014)は、不意に聴こえた大きな羽音の主を大いなる好奇と歓喜とともに振り仰ぐ。
「さァさァ、孤高の王様! エンドブレイカーの御出ましだよゥ!」
「お前の縄張りを護りに来い、ラプター! エンドブレイカーが国盗りに来たぞ!!」
 大地に落ちる巨岩の影の中、腰の角灯を煌々と輝かせた斧の城塞騎士・フラン(c00997)が不敵に声高に呼ばえば歪な巨岩の頂で、
「勿論。僕の王国を侵す者に容赦はしないよ」
 ――それがエンドブレイカーだと言うなら、なおのこと。
 若き片翼の王が鋼の切っ先を獰猛に煌かせた。
 鮮烈な逆光の中に翼影が舞った瞬間、飛龍の一撃が雷の如くフランを直撃。だが凄まじい勢いで己の胸から腰後方まで突き抜けた王の槍を掴み、鮮血を吐いた女も笑みで牙を剥いた。
 獅子の咆哮が荒野に轟けば、考えるより速く昏錆の・エアハルト(c01911)の足が地を蹴りつける。
 輝ける獅子に引き裂かれつつ後方に跳んだ青年へ一気に肉薄し、
「よう王様、王国を壊しに来たぜ」
 飢えた猛禽の如くぎらつく瞳を捉え、傲然と言い放つと同時に己自身が荒れ狂う風巻と化した。
 蹴打の風巻と片翼の羽ばたきが縺れあい激しい旋風となって岩肌を翔けあがれば入れ違うように吹き降ろす風の気配、王を援護せんと滑空してきた鷲の鋭い一声に、風を抱く・カラ(c02671)は肌を歓喜で粟立たせた。
 砂塵混じりの風、耳を劈く猛禽の声。
「さぁおいでよ、奪い合おうか!」
 それらに己が芯を剥きだしにされる心地で笑って、棘だらけの灌木を踏みつけて跳ぶ。
 鋼と化した鷲の翼がエアハルトを裂くよりも速く、女の肌を突き破って生えた巨大な鎌が鷲を薙いだ途端、間髪いれず吹きあげてきた風に煽られたカラの髪の上に色濃い影が落ちた。扇の風で鷲へと迫る雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)、その風を追い風に得て奇岩の頂よりも遥か高みへ跳躍した暴野兎・ラパン(c16507)。
「君達の王と愉しく遊ぶんだ、邪魔するなんて野暮ってもんだよ!」
 茜空に白き髪を兎耳の如く躍らせ、暴れ兎たる男は斧槍の穂先を飛龍の爪へと変えた。
 空中から一気に大地へ叩きつけられた鷲、ラパンの斧槍で背を貫かれた猛禽は翻した片翼で彼の右脛へ斬りつけたが、跳ね回る兎を止めるには足らぬ。血飛沫散らして跳び退った男の背をめがけ激しい烈風が叩き込まれれば、金の眼差し鋭くめぐらせたハルピュイアの隻腕・オニクス(c11582)がその源たるもう一羽の鷲へ襲いかかった。
 彼女をも打ち据えんとする烈風を生んだ大翼も片翼、二羽で比翼かと思えば胸に羨望が萌すが、
「――悪ぃな」
 灌木をとまり木にした鷲へ烈風突き抜け女豹さながらに躍りかかる。だが喰らいつくのは牙でなく夕暮れに夜空広げる漆黒の隻翼、羽の籠手に閃く爪が鷲の片翼に制約の毒を注ぎ込んだ。
 派手に舞った両者の羽毛が黄昏の風に散らされていく。
 視界の端に流れたその光景に構わずひたすら王を追うエアハルトの眼前、槍から放たれた霊光の鷲が啼いた。
「僕の王国を壊してどうするのさ、お偉いエンドブレイカー様が貧しい民に分配してやるってわけ?」
「生憎だな、俺は高尚な理由なんざ持ち合わせてねぇよ」
 今はただ、駆けて狩りたい気分なだけ。
 肩を抉られても溢れた血潮の脈動が翔ける心を駆り立てるのみ、速度増す蹴撃の連打に煽られ、片翼の王が奇岩の頂から墜ちる。
 ――と見せかけ、灌木を蹴りつけ反転する彼のしたたかさにロータスも笑んだ。
 生を譲らぬため貪欲になればなるほど輝く命。
 それはきっと、彼も己も同じ。
 鋭い風切り音と滑空してきた鷲を真っ向から蹴り上げれば、狙い乱された鳥は乱気流に呑まれたかの如くあらぬ方向へと流れた。その流れの一切を見逃さず、
「行くで! 西なんよ!」
「はァい、軌道修正しちゃうよォ!」
 声を張った瞬間、乱れた鋼の翼の標的となったジャバウォックが体躯を捻って己から猛禽へ吶喊。突き上げた雄牛の角で夕陽めがけて吹き飛ばし、移動する王の戦場を追いかける。
 彼が吹き飛ばした鷲を受けとめるよう、獣の皮翻した女がにんまり笑んで蟷螂の鎌を振り抜いた。
 奪って、踏みにじって、掲げて。
 ――いのちをもって殺し合うキミらが、とてもいとしい。

●片翼の孤高
 荒野の大地に、灌木の樹冠に、聳えたつ奇岩の壁面に、あらゆる処に記されたエアハルトの光る足跡がめまぐるしく変転し続ける戦場の軌跡を示す。激しく入り乱れたそれの跡を追うのは難しくも思えたが、ともに駆けるフランに貼られたチェイスが、たとえ巨岩に隔てられようとも仲間に自分達の位置を教えるはず。
 そして無論、己が王国を縦横無尽に駆けるラプターに逃走の意志がないのも誰もが承知だ。
「糸だ! エアハルト!」
「ああ、見えてる!!」
 岩壁を蹴り急激な方向転換をした王の手で逆光に紛れて罠糸が光る。
 風裂くフランの声に笑みを閃かせ、咄嗟に翳した刃で首への直撃を凌いだ彼は、そのままナイフを縛る罠糸を断つ勢いで奇岩を蹴った。鮮烈に爆ぜるサマーソルト。背から地に叩きつけられた王は瞬時に跳ね起き岩陰めがけて跳んだが、光と影の境で待ち受けていた境界の護り人の罠糸がその片翼を捕えて締めつける。
 己が生きるために。誰かを生かすために。
「どちらが正しいなんて話じゃない。野生の掟通りぶつかり合う。それだけだ」
「そうともさ!」
 護り人の言葉に心から笑んで、フランが獅子の牙を王へと剥いた。
 一人でも多く冬を越せる子が増えるなら、私はお前のすべてを頂くよ。
「これは――私の欲だ!!」
 風鳴りに乗って届いた声がカラの貌にも笑みを生む。心が沸きたつよう。
 ――嗚呼、誰も彼もが欲張りだ。
 義も理も何もなく、ただ剥きだしの己が本性のままに風を裂く肉を抉る血を撒き散らす。鷲の反撃で己の血潮がしぶいてさえも魂が歓喜する。一合ごとに鮮明さを増す、したたかな命。
 彼女の身の丈超える巨大な翠の鎌が鷲達を捉えて二羽の腹を割れば、灌木を足がかりに迷わず跳躍したオニクスがより深手の鷲を急襲した。命と仮面ごと引き裂かれた片翼が夕暮れに墜ちる。
 隻翼のハルピュイアから零れた黒き羽が、無言の弔い。
 撒かれる血で彩深める荒野、血の臭いを浚って翔け去る風、鮮烈な風を飛び越す勢いで跳躍した暴れ兎が飛龍の力を得る。交錯する斧槍と鷲の鋼翼、刃と化した翼がラパンの胸元を斬り刻むが、
「兎を狩れると思ったかい? ――けれど残念、最近の兎は狂暴なんだ」
 一瞬たりとも足を止めず岩を跳ねた兎は狂える魔獣の血を覚醒させた。
 獣の高揚は黄昏時の影が滲むように広がる伝染する感染する。
「……たまんないね!!」
「ほんとにね、歓喜で吼えたいくらいだ」
「あっはははは! だよねェ、楽しいねェ!!」
 獰猛に瞳を煌かせたカラが凶暴さ増した虎牙で鷲の首を喰い破る。必死に逃れた鳥が身を翻した先には鮮血吹くその首で更に苛烈に愉しげに乱舞するジャバウォックの魔獣の爪。
 二つ目の仮面が砕け散ったなら、カラは血濡れた笑みで高らかに吼えた。
「往くよアンジュ、王の首を奪りにね!!」
「んじゃ、王様に敬意を表して派手に一発!!」
 惚れそうですおねーさま、と暁色の娘が笑むと同時、夕暮れの荒野にドラゴンが顕現する。
 大気の波濤めいて奇岩の合間を翔けくるその息吹を察してエアハルトが口の端を擡げた。
「来たぜ!」
「だな、こっちからも行くか!!」
 初めて目にするスピリットに王が一瞬気を取られた隙をつき、フランは自分達からも王を仲間達の方へ追い込むよう蒼き獅子を解き放つ。轟く咆哮、腹の底から湧きあがる熱と愉悦。輝く戦神の鎧を纏ってなお剥きだしになっていくかのような、己の芯。
 さあ、鷲と獣で縄張りを争おう。
「ひゃははは! ムホンじゃー!!」
 夕暮れに消えゆくドラゴンを突き抜けた瞬間、ジャバウォックは劇的な進化を遂げた。眩い光も昏い影も破壊も再生もすべてその手の中、己がすべてを原初の獣に変え、片翼の王へ襲いかかる。
「――!!」
「びっくりした? 改めて初めまして、全力で……狩らせてもらうよ!!」
 地を馳せ空を泳いで易々とラプターを捕えたジャバウォックに続き、ラパンも飛龍の力を爆発させ強大な力を漲らせた原初の獣へと変わる。瞳を射る鮮烈な夕陽の輝きを全身で受けとめて、極大の撃となって落ちた。
 荒野を揺るがすそれに骨を内腑を潰され口から鮮血を爆ぜさせて、けれどなおも片翼の王は地を蹴って跳躍する。命も王国も譲る気配は微塵もなく、彼の裡に凝った飛龍の力も解き放たれる。
 茜空で限界を超え膨れあがった殺意を誰より速くロータスが察したのは――ああ、あの日彼女が撒いた散華の紅と、この茜空の色がひどく似ていたからだ。
 サンベリーナ。
 可憐にして苛烈な古の妖精騎士。ロータスの胸に花環を遺した、おやゆびひめ。
 先程爆発的な攻撃を披露したもののその実この場で最も経験が浅いラパンを咄嗟に庇い、遥かな高みを仰ぐ。永遠の森では彼自身があの高みに飛翔した。彼女が見上げたのは死の到来。けれど。
「来い!」
 俺は――死なない。
 鋭くも凄絶な、貫くというよりも巨大な飛龍で押し潰すかの如き、絶大な殺意の到来。
 荒野が、王国が震撼した。ロータスの骨も肉も内腑も潰して貫いた槍が勢いあまって大地を砕いて血の池を作った。
 けれど、それでも。
 生きている。俺は生きている!!
 背筋を翔け昇った奔流の如き歓喜。
「俺が引き受けんぜロータス、――往け!!」
 力強いオニクスの声音は絶対なる癒しの宣言、彼女にすべてを委ね、ロータスは己が血と砂塵の泥濘を蹴った。王を追い大地を駆けて跳ぶ。空翔る力と引き換えに花環の騎士から誓いを継いだ。誓いを抱いて、故郷たるこの都市へ還った。
「王よ! お前が生きるために狩るなら俺は生きるために護る! 俺はラッドシティの妖精騎士!!」
 泥に咲く花の名前の、命の騎士。

●片翼の墜落
 奇岩を駆け上がった蓮花の騎士の背で、歪な翼が透きとおる氷に変じた。
 夕暮れの光を透かしたそれが眩い虹を荒野に降らしめる。
 虹を受けて彼への癒しを舞うオニクスが世界に広げた漆黒の隻翼に星めく七色の煌きが跳ねる。まさしく神がかりの舞を体現する隻翼の先、軽やかに揺れて微かな雨音をさざめかせる小さな籐のたまごの気配にほんの僅か瞳を細め、オニクスは茜空を振り仰いだ。
 全快はならずとも一撃見舞うには十分すぎる力を与えられた騎士の氷翼が、王の片翼を刺し貫く。迸る勢いで注ぎ込まれた冷気が王の片翼を一気に霜で白濁させた。
「……っ!」
 翼の凍結ゆえでなく、痛手と衝撃ゆえに片翼の王が墜落する。
 だがその姿はオニクスに、対の翼たる存在を喪い飛べなくなったと嘆いた過去の己を想起させた。
 けれど彼女の半身には温もりが燈る。比翼なれば飛べるかと、ともに歩んでくれる人が今はいる。
「――アンタの片翼、その半分はいねぇのか?」
「そんなの、いたことないさ!」
「だよねェ、孤高の王様! さァさ殺し合おう、ドコマデモ翔んでっておくれねェ!!」
 何者にも頼らず何者の支配も許さず生きてきた、満身創痍でそう吐き捨てた王が槍で大地を穿って跳躍する。己が脚で大地を蹴り跳んだジャバウォックの右手が聳える奇岩の突起を掴み左手の棍で思いきり奇岩を突いたなら、彼もまた茜空に舞った。
 世界全てが舞台ならば、唄い踊る戯曲は死に往くその瞬間まで途切れずに。
「伊達に兎の名前は冠してないよ。君が翔ぶなら僕は跳ぶ!」
 片翼の王を追うラパンもまた大地を灌木を奇岩を跳ねて宙に身を躍らせて、飛龍の高みへと至る。一瞬たりとも止まらない止まれない。
 脚を止めれば心臓が止まる、生きるために腕を、武器を振るう。
 狂暴な魔獣の力を露にしたジャバウォックの右手と、峻烈な飛龍の爪と化したラパンの斧槍で引き裂かれ貫き抉られたラプター、なれどやはり飛龍の槍でジャバウォックの腹を喰い破った片翼の王は猛然と墜ちて魔獣の男を大地で串刺しにする。
 ――瞬間、フランの裡から眩い輝きとなって膨れ上あがった獅子が王に喰らいついた。
 ああ、魔獣戦士ならぬ己の芯にも獣の性と本能が息づいている。
 きっとこれが、私の本性。
 獲物を大地へ抑えつけ、蒼き百獣の王が勝ち鬨を思わす咆哮を轟かせた。
 だが片翼の王は咆哮で痺れる身にも構わず獅子を跳ねのけて、渾身の槍撃で地を穿ちまたもや茜空へと舞い上がる。駆けられぬ獣、飛べない鳥に等しく訪れる野生の掟を彼も本能で識っている。だからこそエアハルトも迷わず追う。
 生きるか死ぬか。
 曖昧な境界線など、ない。
 奇岩を蹴りつける跳躍、渦巻く風に己が身を乗せて高みに追いすがり、竜巻成す回転蹴りでもって片翼の王に届かせる叩き落とす。
「さあ睨め憎め! お前とお前の王国を破滅させる奴の面を呪いながら墜ちて往け!!」
 傲然と笑んだままラプターへ叩きつけた言葉。けれど。
「エアハルトさんが自分を責める必要なんてない!!」
 暁色の娘が迷わずそう叫んだ。彼の貌が痛みを堪えるよう歪む。自嘲の笑み。
 ああそうだよ。心に白い鳩を抱いたままだろうに、昏くて昏くて昏すぎる夜色の鴉になってしまったあいつに手が届かなかった。そのことを。
 他でもない、俺自身が――。
 なんて愛おしいんだろう。柔く眦を歪めてカラも笑んだ。
 駆けて出逢って縁を結んでぶつかりあって、風のように走馬灯のように過ぎ行く命たち。
 胸の片隅で暖かく溢れる泉。優しいひかりとぬくもりの水面が広がるけれど、その下から柔い膜を突き破るようにして野蛮で苛烈な獣の性が顕れる。
 思い知る。
 剥きだしの命に焦がれ生を渇望し、カラは本能のままに獲物を蹂躙した。
「あんたのすべてを奪って、あんたの王国を滅ぼすよ」
「させるか!!」
 足掻く。抗う。そう、それがいい。
 灌木を蹴りつけ跳ばんとした片翼の王を猛獣の跳躍で捕えて、大地に引きずり倒して虎王の牙で命と仮面を喰い破る。
 血濡れて輝くような夕陽が照らす荒野で、互いに赦せぬ命がぶつかりあい、片方がそれを失った。
 それが、片翼の王国の終焉だった。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:7人
作成日:2014/11/09
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