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七彩のディベルティメント

     

<オープニング>

●七彩のディベルティメント
 あらゆる娯楽が花咲き妍を競う、山斬烈槍ランスブルグは第二階層・鉄壁街。
 華やぎ溢れるこの街が最も魅惑的になるのはやはり夜だろう。色硝子のランタンが煌々と燈され、夢のような光彩の競演が出迎えてくれる花の通り道を始め、数多の劇場で夜の夢物語が幕を開け、拍手喝采とともに幕を閉じる。
 極上の舞台は閉幕してからも観客を夢心地にしてくれるもの。
 ある壮麗な歌劇場で新作歌劇を堪能したひとびとも例外ではなく、彼らは雲を踏むような足取りで歌劇場に併設されたホールへと吸い込まれていった。ディベルティメント――嬉遊曲と名付けられたこのホールは限られた者しか入ることのできない会員制クラブだが、歌劇の公演があった夜だけは歌劇の半券を持つ紳士淑女すべてに秘密の扉を開く。
 さあ、秘密の扉は開かれた。
 恭しく開かれた扉の奥に広がっていたのは紳士淑女の社交場だ。幾重もの紗を互い違いに飾った天井から下がるシャンデリアに照らされ、歌劇を鑑賞していた時のまま華やかに着飾ったひとびとが煌くグラスを手に談笑し、遊戯に興じ、時には垂れ幕の陰で囁き合う。
 宝石めいたカクテルや琥珀色の蒸留酒を手にした面々が新作歌劇の評価や解釈について議論を交わしていたかと思えば、つい先程までその歌劇の舞台に立っていた役者本人が顔を出して辺りを沸かせ、皆に請われて披露される歌劇の曲に乗せてテーブルにはカードが滑りルーレットには球が踊る。
 遊戯に賭けるのはダルクではなく恋の駆け引き恋の鞘当て。
 美しき令嬢や麗しき貴婦人の取り巻きたちが今宵誰が彼女の手を取るかで大いに盛り上がる様を横目に、黄昏の雲を思わす色合いのカクテルを手にした貴族の青年、セヴェロは憂いに満ちた溜息をついた。
 ――ああ、気晴らしになればと思って出て来たのに。
 新作の歌劇を観たら余計に気が滅入ってしまった。
 強大な魔力と引き換えに、愛しく想ったものを炎に包まずにはおれないという呪いを負った魔王と、魔王討伐の使命を帯びながらも、嘆きゆえに次第に狂気に侵されていく魔王へ徐々に惹かれていく氷の姫騎士との悲恋の物語。
 歌劇そのものは大変素晴らしかったが、恋の悲しい結末は先日恋人への求婚に失敗した彼には辛すぎた。いや、正確には失敗したのではなく、恋人に『求婚できなくなって』しまったのだが、ああ、歌劇みたいに僕と彼女も結ばれないまま終わってしまったらどうしよう。
 そう、すべてはヤツのせいだ。
 昨今この界隈に現れ上流階級のひとびとを悩ませるようになったあの男、様々な変装を駆使した神出鬼没ぶりが特徴の――と、セヴェロが思考をめぐらせた、その時。
「ハーッハッハッハ!」
 先日も聴いたばかりの笑声が彼の耳に届いた。
「煌々しく着飾った金満家に貴族どもよ! 貴様らの金銀宝石はこの義賊カルナバルが頂いた!!」
 続いて響き渡った不敵な宣言にわなわなと拳を震わせたセヴェロのなかで、ぐるぐると蟠っていた何かが堰を切って溢れだす。
「そう! すべては貴様が家宝の指輪を盗んだからだこの盗賊めがああぁぁ!!」

●さきがけ
 煌くシャンデリアの下、縦横無尽に迸って拡散する眩い電流。
「まあぶっちゃけ、義賊なんちゃらがこの電流に撃たれて大変なことになるのはどうでもいいんだが」
 ずばんと言ってのけた砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が案じているのは、怒りを爆発させ見境なくなってしまったセヴェロの攻撃に巻き込まれてしまう罪のない客や給仕係、そして、セヴェロ自身だった。
 セヴェロの家、ベルトーニ家で代々跡取りの妻に受け継がれてきた家宝の指輪。
 それを義賊に盗まれたことがきっかけで棘に憑かれたセヴェロは、この歌劇の夜偶然その義賊に遭遇したことでマスカレイドとなってしまうのだが、
「今なら、完全なマスカレイドになっちまう前にセヴェロを助けることができる」
 救いにいこう。この手に掬えるものがあるのなら。

 彼が棘に憑かれるほど思いつめてしまったのは、もう指輪は戻らないと諦めてしまったためだ。
 件の指輪は小粒ながらも上質のダイヤを幾つもあしらった繊細な作りのもの。それを盗んだ犯人が義賊を名乗るからには、当然指輪の装飾はばらされ、小粒のダイヤは貧しい民たちにばらまかれてしまったのだろうとセヴェロは思っている。
「ところが、この義賊なんちゃらが曲者でな。富豪の屋敷から盗んだ金貨なんかは確かに貧しいひとびとにばらまいてるんだが、装身具の類はちゃっかり自分のものにしてるらしい」
 つまりセヴェロの指輪はいまだ無事。
 義賊が捕まればそのアジトに捜査が入り、指輪に刻まれたベルトーニ家の紋章が確認されれば、指輪は無傷でセヴェロのもとへ戻ってくるはずなのだ。
 だが、ただ説明するだけでは彼に棘を拒絶させるには弱いだろう。それだけでは義賊に遭遇した際の怒りの爆発が『指輪を返せ!』に変わるだけで、やはりセヴェロは義賊を殺して完全なマスカレイドになってしまう。
 それを防ぐには――。
「セヴェロが攻撃する前に、彼の眼の前で義賊なんちゃらを倒しちまう。これが一番だと思うね」
 歌劇の席は予約してきたぜ、とナルセインは悪戯っぽく瞳を煌かせた。

 存分に着飾って歌劇を楽しんで、そのままディベルティメント――嬉遊曲と名付けられたホールへ足を踏み入れるのだ。煌くグラスを手に談笑し、遊戯に興じ、時には垂れ幕の陰で囁き合いながら、義賊の登場を待ち受ける。
 勿論セヴェロの傍についておく者も必要だろう。それとなく目を配るもよし、話しかけてみるもよし。
「問題は、義賊なんちゃらがどんな変装で潜り込んでるかが判らないってところだな」
 視えた終焉は巻き添えになった客のものだったため、そこまでの情報は得られなかったという。
 歌劇について議論している知識人らしき者がそれなのか。
 ルーレットの卓のディーラーがそれなのか。
 はたまた、歌劇で魔王を演じていた俳優として華々しく登場した男がそれなのか。
「判らない――が、皆で予想してみりゃ案外当たるかもしれないぜ?」
 あたりをつけておけば此方も動きやすくなるだろう。
 そうして義賊が終焉の光景どおりに正体を現したなら、セヴェロが攻撃するまえに自分達で倒してしまえばいい。義賊も腕に全く覚えがないわけではないだろうが、経験を積んだエンドブレイカーの敵ではない。
「相手が運良く攻撃を防いじまうって可能性を考えても、三人も攻撃すりゃさくっと倒れるさ」
 標的が一瞬で倒されればセヴェロの怒りも爆発寸前で毒気を抜かれるだろう。
 その隙に彼をホールの裏に連れ出し『ヤツを城塞騎士団に引き渡せば指輪も無事に戻る』と説明すれば、セヴェロに拒絶された棘が拒絶体マスカレイドとして表面化するはずだ。
「一般人には脅威だが、俺達エンドブレイカーならそう時間をかけずに倒せる相手だ」
 誰にも気づかれぬうちに戦いは終わるだろう。
 戦って拒絶体マスカレイドを倒せば、セヴェロを無傷で取り戻すことができる。

「さあ御照覧、楽しい嬉遊曲が惨劇の悲鳴に染められる」
 ひとつ俺達で何とかしてこようぜ、と男は口の端を擡げてみせた。
 無事に救えたならセヴェロを連れてホールに戻り、気の早い祝杯でもあげようか。


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参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
静謐の花筐・サクラ(c06102)
霧氷の蒼剣士・ポウ(c07468)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
トランジットパッセンジャー・ピノ(c19099)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●歌劇のディベルティメント
 幻想的な宵の街から炎に包まれた街への舞台の早変わり、オーケストラピットから溢れだす荘厳な管弦楽、楽曲に乗せそれぞれの感情を歌い上げる魔王と氷の姫騎士の激しくも甘美な二重唱。
 ──ああこの空気久し振り!
 舞台の幕は下りても、大好きな歌劇にたっぷり浸った余韻は勿忘草・ヴリーズィ(c10269)の胸中へ光の波のように繰り返し寄せてくる。感動冷めやらぬ胸に飾るのは今年最後の杏色の秋薔薇、髪や靴は真珠で彩り、シャンデリアの光を受けて楚々と翻したマーメイドドレスの裾は紺碧の海のごとくに煌いて、さながら社交の海へ泳ぎだす人魚姫。
「皆様、今宵は楽しんで頂けて?」
「おお、芸術振興協会長もお越しでしたか!」
「ヴリーズィ様はどう御覧になりました? 私は特に第二幕が素晴らしかったと思うのですが……」
 優雅に膝を沈めて礼をすればたちまち方々から声がかかる。芸術振興協会長として顔を知られる彼女に不埒な振舞いを仕掛ける者はまずいない。
 対して、艶やかな大輪の牡丹咲く黒振袖に金襴の帯と、本格的な霊峰天舞の装いで注目を集める静謐の花筐・サクラ(c06102)には、鉄壁街に慣れぬ新顔と見て下心丸出しで近づく者もいたが、
「素敵なお嬢さん、良ければ一緒に楽しまないか?」
 さらりと彼女の手を取る奏燿花・ルィン(c01263)を見て、これは敵わないとすごすご引き下がる。
「ふふ、素敵なお嬢さん達は大変ね」
「君だってとても素敵さ、アデュラリア」
 物慣れた様子で笑いかけたのは、彼女のエスコートを買って出た霧氷の蒼剣士・ポウ(c07468)。軽く肘を曲げて見せれば黒のタキシードに施されたさり気ない金刺繍が上品に煌く。
 ポウ様もとても素敵、と囁き返して彼の腕に手を委ね、馥郁・アデュラリア(c35985)も南海の夢めく瑠璃と真珠のドレスを揺らして煌きの波へ泳ぎだした。
 義賊退治を担う者同士、できるだけ行動を共にしておくほうが良いだろう。
 第二幕というと、と呟いたサクラは、
「『嗚呼、最早我が身は胸に暖かな想いを抱くことも許されぬのか……!』──の、くだり?」
「そう、その場面です!」
 朗と魔王の台詞を諳んじて場を沸かせた。
 一瞬、『我が身は炎に灼かれ──』という台詞があったような気もしたが、愛しく想ったものを炎に包まずにはおれないという呪いを負う魔王がそれでは、姫騎士との悲恋でなく魔王の自己愛物語になってしまう。
 氷の姫騎士にとってはまさに身を焦がすほどの愛。
「それほどの愛を知ったのは嘆きかしら。わたくしなら、それすら歓びに感じてしまいそう……」
 ほんのり薔薇色差す頬に指を添えたアデュラリアが陶然と紡いでみれば、
「だがやはり物語としては……」
「いやいや、嘆きすらも甘美と表現されているのがこの歌劇で──」
 歌劇を論じていた面々の言葉がますます熱を帯びる。
 軽やかに弾み熱を持っては跳ねて踊る声音の会話、シャンデリアやグラスの煌き以上にそれらが空間を煌かせるよう。その合間を泳ぐそれぞれ装いを凝らした仲間の姿に、似合っておられるな、と漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)は瞳を細めた。
 大切な姫君が煌びやかに装う様を想えば頬が緩みかけたが、役どころを思い出して引き締める。
「流石は鉄壁街、歌劇も格別な壮麗さ。他とは一味も二味も違うな」
「勿論、娯楽も芸術もすべてが別格ですからな」
 紳士淑女達と歓談するルィンは如何にも地方貴族の若様といった風情。
 長身ゆえか見る者が見ればわかる上質な礼装を粋に着崩す姿は実に様になるし、
「ようナルセイン、久しぶり。護衛が変わったんだな」
「また男振りが上がったな、若様。そういや会わせるのは初めてだったか?」
「リューウェンと申します。どうぞお見知りおきを」
 裕福な商家の主といった態の砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)を見つけ、杯を掲げ陽気に声をかける様も堂に入ったもの。
 謹厳実直な護衛として、リューウェンは若様に一礼してみせた。
「さて、僕はまず個人的なお仕事させてもらおうかな」
 ランスブルグの上流階級が集う社交場となれば、トランジットパッセンジャー・ピノ(c19099)としてはお歴々と好を通じておきたいところ。彼の領地があるのはラッドシティ、今宵の縁がすぐ領地の益に繋がることはないだろうが、何かの折に役立つことがあるかもしれない。
 仕立ての良い礼装に身を包み、義賊の気を惹けそうな白金に紅玉煌くカフリンクスやラペルピンで彩りを添える。だが装い以上に大事なのは立ち居振る舞いだ。
 ティルムシュタット領主ピノは悠然とカードの卓につき、次いで卓を訪れた紳士に頬笑みかけた。
「おや、隣り合ったのも何かの縁、一杯奢らせてもらえないかな?」

●遊戯のディベルティメント
 時に眩く時に虹色に煌くシャンデリアの光、ひときわ華やぎを増す楽しげなひとびとのざわめきも、天鵞絨の優雅なドレープが程良く遮る垂れ幕の陰。
「……護衛の方に気づかれてしまうかしら?」
「あんたこそ。ポウ先生が探してるんじゃないのか?」
 密やかに戯れ紡ぐ囁きに男が悪戯に返せば、あちらもお取り込み中なの、とアデュラリアがころり笑みを転がした。ナルセイン様、と伸ばした指先が彼の頬にかかる髪をこめかみへ撫でつける。
「男前よ」
「現に咲く花を贈ってもらえるくらいに?」
 蜜香る笑みも眼差しも絡めたまま、男の指が柔く波打つチュールコサージュの花弁を掬う。
 歌劇の曲は弾けるのかいと訊ねれば、奏者は笑って一節を奏でてくれた。顔ぶれは減っているが、ここにいるのは先程までオーケストラピットにいた面々らしい。
 なら話は早いとポウはひっそり話をつけ、壁の花たる令嬢や貴婦人を見つけては、内緒話めかして囁きかける。
「秘密の催しがあるらしいから、楽しみにしておいで?」
 個人的なお仕事に区切りをつけたピノは煌きの波間を泳ぎ、
「ここらでナルちにも一杯……っと、お邪魔かな?」
 華やかに金髪を結いあげた淑女からグラスを受け取る彼を目にして回れ右。
 けれどあの豪奢な美女、何処かで見たような。
 金髪美女から何やら聴いたらしいナルセインの目配せに頷き、ヴリーズィは憂い顔の青年の傍へ何気なく歩み寄る。切なげな溜息ひとつ、
「舞台の上でも、男女の仲はハッピーエンドがよかったわ」
「ああ、やはりそう思うよね」
 独り言めかして零せば、青年──セヴェロが顔を上げた。
 彼の恋人の名はラヴィニア嬢、彼の家とは格の近い貴族の令嬢だとか。
 遊戯の合間の軽妙洒脱な会話に紛らせ、それとなくルィンは情報収集にも励む。ぱちり柘榴の瞳を瞬いたサクラが後ろから、
「……何故この二枚だけ女王の絵なの?」
「ちょ、サクラ俺の手札ばらしちゃダメー!!」
 なんて口を出してみるのも御愛嬌。
 爆笑するナルセインを護衛兼お目付役のリューウェンが窘めてみれば、
「ご主人殿、あまり羽目を外し過ぎませんよう……」
「堅いこと言うなって。そうだリューウェン、ルーレットの球振ってくれ」
「……はい?」
「見てるだけじゃつまらないだろ? 俺は黒の6に賭けるからちゃんと入れてくれよ?」
 ぽんと放られたルーレットの球。
 ――確かに『無茶振りにも一生懸命対応します、ご主人殿』と言ったのは俺なのだが……!
 前髪を上げて髪を整え、場に合わせ細身のシンプルな型ながら仕立ての良い黒のフロックコートにダークグレーの儀礼服を纏ったリューウェンの姿は、護衛とはいえ紳士淑女に交じってルーレットの卓についても様になってしまう。
「どうやらカードはツイてないらしいしな、俺も混ぜてくれよ。さあ、あんた達も一緒にどうだ?」
 明らかに面白がる風にルィンも乗ってみせ、陽気に声を上げてヴリーズィとセヴェロを誘う。
 皆が思い思いに取るグラス、好きなところへ賭ける声。回転盤すらも楽しげに回り始めたなら勿論狙いをつけられるはずもなく、
 ──ご主人殿、恨みっこなしでお願いする……!
 護衛兼お目付役兼ディーラーが振った小さな球は、
「あ……僕の、赤の21」
 運命の女神が微笑んだのか、セヴェロの賭けたポケットに落ちた。
 彼の顔がいくらか明るくなった気がしてヴリーズィの胸にも光が射す。おめでとうと乾杯した淡金の朝靄めいたカクテルの酔いも気泡も、胸の中でふわふわ踊って跳ねるよう。
「あまりセヴェロ様の傍にばかりいると恋人さんに悪いかしら。──ねえ、踊って頂ける?」
「勿論。断るヤツがいるなら小鳥さんがつつきに行くさ」
 顔馴染みの指揮者にヴリーズィは目配せひとつ、流れだす円舞曲の波間へ眦緩めたナルセインに手を取られて泳ぎだす。
 ──もし貴方に……なんて、どうして言葉に出来ないんだろう。
 満ちる光に弦楽の音色の波、紳士淑女が描く円舞の波紋の奥でひときわ大きな歓声があがる。
「おお、主賓のお越しだ!」
「御来臨を光栄に思いますぞ、魔王よ!」
 歌劇を論ずる人々に嬉々と迎えられたのは、皆で義賊の変装と目星をつけた魔王役の俳優だ。
「いやあ、本当に素晴らしい歌劇だったよ!」
 ひっそりポウやアデュラリアと目配せ交わし、ピノは二人と一緒に嬉しげな顔を作って俳優を囲む輪へ歩み寄る。流石に淀みない相手の会話術。けれど紳士との握手のたびに消えるカフリンクス、淑女の手に口づけるたびに消える指輪。
 気付いた誰かが声をあげる前に、
「ハーッハッハッハ!」
 彼は正体を現した。
「煌々しく着飾った金満家に貴族どもよ! 貴様らの金銀宝石はこの義賊カルナバルが頂いた!!」

●七彩のディベルティメント
 だが周囲が騒然となるより速く、ポウが話をつけた奏者達が歌劇の剣戟の楽曲を奏でだす。
「遅かったな、義賊──いや、魔王の影。戦いはとっくに終わっちまったよ!」
 凛と声を張ったのは騎士然と得物を構えたポウ、さあ行くぞアデュラリア姫、ピノ国王、と高らかに告げ、義賊めがけて眩い雷の槌をぶち込んだ。
 ──え。ちょっと待ってそんなの聞いてな……!
 唐突なポウの台詞に驚いたからではなく、周囲の人々の盾にならんと移動したため出遅れたピノの眼前に踊った人影はアデュラリア、此方も話は聞いてなかったが、
「いけない御方、もう一幕ねだっても宜しくて?」
 優艶な笑みを咲かせ凍てる刃で氷の華も咲かせれば、義賊はあっけなく力尽きた。
 三人も攻撃すれば十分とは、義賊が運良く攻撃を防いでしまう確率を考えてのものだったらしい。
 えーと、と一瞬思案して、
「かくて魔王の影は氷の姫騎士ならぬ氷の姫に倒された! 国王たる僕の出るまでもなかったね!」
 ふ、と余裕の笑みを覗かせたピノが纏めれば、突然の事件もサプライズの余興に早変わり。
 流血沙汰にはなったが精巧な血糊ということで片がついたのも、舞台が跳ねた直後ならではだ。
 後は残る面々がセヴェロをホール裏に連れ出し、あっと言う間に一件落着──のはずだったが。
 予想外の事態が起きた。
「……指輪がないだけ。ただそれだけのこと」
「それだけって、あれはただの指輪じゃないんだ!」
 サクラの言葉がセヴェロを刺激してしまったのだ。
 胸で思うだけなら問題なかったろうが、口に出したのがまずかった。倒された義賊を城塞騎士団に引き渡せば指輪も無事に戻るというのが説得の要なのだから、この言葉は逆効果だ。
 他の仲間がいなければセヴェロに棘を拒絶させることは出来なかったろう。
 手間取ることになったが、彼女がソーンリングを用意していたのが幸いだった。

 煌きの波間に戻ってみれば綺麗に『余興』の跡も消えた空間には、眩い光にグラスの煌き、いまだ終わりを知らぬ華やかなざわめきが満ちていた。

 家宝の指輪がなくても求婚はできるのに、と疑問に感じたのなら、事の前に何故指輪に拘るのかと本人に訊ねることもできたろう。
 呪縛にかかっているのはセヴェロのほう――とサクラには思えたが、ランスブルグでの地位を持つヴリーズィが僅かに眉尻を下げる。
「無理ないよ、貴族社会のひとだもん」
「それに倣えとも馴染めとも言わないし、気に入らないと感じるのも自由だと思うが――自分と異なる価値観を基にした世界があるってことを許容してやるのは難しいか?」
 いつになく真摯にナルセインの声。
 有力貴族や領主の合議制を採る都市国家は複数あるが、その上に『王』という唯一無二の頂点を戴く山斬烈槍ランスブルグでは、身分や階級、それに伴う伝統やしがらみといったものが他都市より重みを持つのだろう。
 家宝の指輪の意味はセヴェロの家と交流のある貴族達も識っているはずだ。
 指輪なしで求婚すれば『廃嫡されたのか』『娘を妾にする気か』と先方の家に誤解を招きかねない。
 盗難に遭ったと明かせば同情と理解は得られるかもしれないが、その汚点は不名誉な烙印として残り続ける。
 そんなものどうでもいい、と言えるのは、今自分が生きる世界を躊躇なく切り捨てられる者だけだ。
「まあ、終わり良ければすべて良しってな」
 ぽむぽむとルィンが優しくサクラの頭を撫でる。
 結果的にセヴェロは無傷で棘から解放されたし、ひっそり義賊の引き渡しを頼んだ際にピノが事の顛末をホールと歌劇場の支配人に説明したところ、後日セヴェロとラヴィニア嬢を貴賓用のボックス席に招待すると粋なはからいを見せてくれたのだ。
「ラヴィニア嬢もこの歌劇に興味津々って話だしな。──な、俺達もボックス席を取ってみないか?」
「どうしてルィン君にはバレちゃうの!?」
 豪奢な金髪美女を捕まえ口説き始めるルィン。普段と全く異なる化粧と衣装でも彼にはお見通し。
「突然でごめん。けど二人なら上手くあわせてくれると思ってさ」
 先程のアドリブを詫びつつポウが杯を掲げれば、ピノとアデュラリアも笑って乾杯した。
「しかし、てっきり『魔王役の俳優が世間を騒がす賊だったんだ!』って気分だったんだけど……」
「ふふ、俳優に『変装』しているのだから、俳優とは別人が化けているってことよね」
 本物の俳優は歌劇場の控室で気絶させられていたとか。
 田舎の小劇場ならまだしも、鉄壁街の歌劇場の主演俳優が賊だったなどという不祥事ともなれば、少なくとも芸術振興協会長たるヴリーズィは皆と祝杯などあげている事態ではなくなったはずだ。
「ヴリーズィ殿のお手を煩わすことにならずに済んで良かった」
「ほんと、一晩二晩の徹夜じゃすまなかったかも」
 護衛役を終えたリューウェンが、もう存分にお酒を頂いていいだろうか、と杯を手にすれば、安堵に笑みを零したヴリーズィも杯に手を伸ばす。何せよめでたいよな、と新しい杯を掲げるポウ。
「ナルセイン、今晩は寝かせないぞ」
「へい先生、合点だ」
 皆で笑い合って、悲劇の終幕に──乾杯!
 魔王と氷の姫騎士の悲恋を物語る歌劇はこの後も繰り返し幕を開けるけれど、その後にはきっと、曇りひとつないセヴェロ達のハッピーエンドが訪れるはずだ。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/12/06
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