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林檎の秋月夜へようこそ!

<オープニング>

●林檎隠れのポムグラニット
 深くて豊かな夜闇のなか、薔薇色や茜に色づいた葉の合間から、月明かりが零れてきた。
 華やかに紅葉した大きな大きな林檎の大樹の森のなかにあるのは、ひっそりと星霊アクアの力が息づく小さな湖。夜色の水面に月が揺れ、家々のあたたかな光を映す湖をとりまく林檎の大樹には、幾つものツリーハウスがつくられている。
 湖を見下ろすよう造られたそれらはこんもり茂る枝々に埋もれるような佇まいだったから、その村は何処か村全体が隠れ家のような雰囲気を持っていた。
 そんな村の雰囲気と、永遠の森エルフヘイムらしい林檎の大樹たちの中にひっそりと隠れるように生えた小振りなザクロの木々から取って、その村は『林檎隠れのポムグラニット』と呼ばれていた。
 美しい村だ。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちた村。
 春には林檎の花、夏にはザクロの花が咲き溢れ、秋には鮮やかに色づいた果実を皆で楽しんで、冬には雪を冠った樹々の中、湖にかかる朝靄が曙光で金色に染まる様に息を呑む。
 美しく移ろいゆく四季に寄り添う村で暮らしているのはもちろんエルフ達。
 彼らのツリーハウスはどれもが趣向を凝らした楽しいものだ。
 湖面近くには船そっくりのツリーハウス。中までちゃんと船室みたいにつくられていて、湖面に張り出した甲板そのもののウッドデッキからはそのまま釣りが楽しめる。
 絵本で見る大きな帆船に使われるような網を登って辿りつくのは、大きな枝にちょこんと乗せられた形のツリーハウス。そこは共同の燻製小屋で、湖で釣れた小さなマスをスモークしたり肉やチーズをスモークしたりで昼間はいつも煙を吐いていた。
 小鳥の巣箱みたいにちんまりとしたもの、大樹のてっぺんに風見鶏のように突き出した展望小屋、カントリー調のドールハウスをそのまま大きくしたものから、童話の世界に出てくる魔女のお城っぽいツリーハウスまで多種多様。そのすべてがしっくり森に溶け込んでいる。
 林檎の幹をぐるぐるめぐる螺旋階段、空中を歩くかのような吊り橋、大きな樹の枝が床から天井へ抜けていく居間、滑車とロープとバスケットを使って行き交う燻製や焼き菓子のお裾分け。
 この村で紡がれるそんなささやかな幸せのありがたみを、ここでは誰もがしっかり噛みしめていた。

 何故なら――林檎隠れのポムグラニットは、六年前、盗賊団によって一度滅ぼされた村だからだ。

 けれど、今では惨劇の爪痕はもうほとんど見られない。生まれ育った村を離れ街に働きに出たり、他所に嫁いだりして六年前の惨劇を逃れていた者達が、家族を連れて戻ってきたのだ。
 美しい四季に寄り添う村。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せを紡げる故郷を、朽ちゆくままにしたくはなくて。
 六年前の惨劇でただひとり生き残り、昨年まで街の親族のもとで暮らしていた少年リムトも、そんな風にして戻ってきた者のひとり。
 故郷を愛するあまり棘に魅入られかけた処をエンドブレイカー達に救われた彼の思いつきを、村の皆も諸手を挙げて歓迎した。

 ――この村に、たびたびエンドブレイカーさん達が遊びに来てくれれば、とても素敵だ。

●林檎の秋月夜へようこそ!
「何これ何これナルセインさんてばワッフル屋さんになっちゃうのー!?」
「ちょっと惜しいな。ワッフルメーカー屋さんだ」
 永遠の森エルフヘイムの酒場前で素っ頓狂な声をあげたのは暁蝶の狩猟者・アンジュ(cn0037)。何しろ酒場の入り口脇に繋がれた大トカゲの背に積まれた木箱を覗いたら、新品の柄つきワッフル型、つまりワッフルメーカーがぎっしり詰め込まれていたのだ。
 酒場に入ってきたアンジュにそう言って、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は林檎の大樹の森にあるツリーハウスの村で、この秋ワッフルが流行っているのだと語る。
 こんがり狐色の格子柄、外はカリッとサクサク、中はふんわりと焼きあがった焼きたてワッフルに、焼き林檎とバニラアイス、あるいは濃厚なマロンシャンテリーと瑞々しいスライス林檎を添え、月夜の窓辺やツリーハウスのテラスであたたかなアップルティーやカフェオレと一緒にのんびり秋の月夜を楽しむのが定番だという話。
 流れる夜風は冷涼だけど、夜の森や大樹に実る林檎の香りを含んだ風はとても優しく豊かだ。
 銀の眼差しを緩め、ナルセインは居合わせた同胞達に笑みを向けた。
「なあ、そんな風にツリーハウスですごす秋の月夜に興味はないか?」

 林檎隠れのポムグラニットと呼ばれる、林檎の大樹の森にあるツリーハウスの村が、今空いているツリーハウスをエンドブレイカー達のリゾートハウスに提供したいと言っているのだという。
 要するに、
『この村に、自分のツリーハウスを持ちませんか?』
 という話だ。
 もちろん今あるツリーハウスを自分好みに作り変えてもいいし、一から新しくツリーハウスをつくってしまってもいい。ツリーハウスづくりに慣れた村のエルフ達に手伝ってもらえば、新しくつくる場合でも一週間ほどで完成するのだとか。
 真新しい木の香りを胸いっぱいに吸い込めるまっさらなものをつくるのも良いし、古い家を解体した古材やアンティークの窓や扉を使って、初めから森にしっくり溶け込めるようなものを作るのも良い。
 森の木々にひっそり抱かれた樹上の隠れ家、空中に浮かぶ自分だけの城。
「――浪漫だろ?」

 子供の秘密基地めいた小さな小屋から、居間と寝室にキッチンとバスルームまで備えた、ちゃんと暮らせるツリーハウスまで多種多様。誰にも知られず読書三昧で休日をすごせる隠れ家にするのも良し、恋人や家族と一緒に静かな休暇をすごす別荘にするも良し、友人達や旅団の仲間と共有するリゾートハウスにするも良し。
 暖かな木の香りに満ちた、ベッドを入れたらそれだけでいっぱいになってしまうような小さな空間に書棚を作りつけ、棚に頭をぶつけそうになりつつ布団に潜って物語を読むのも楽しいし、テラスつきの大きなログハウス風のツリーハウスを建て、樹上からの眺めを満喫しながらテラスで食事するのもきっと楽しい。
 自分のツリーハウスを持つのは手に余ると言う場合は、宿屋がわりにつくられたゲストハウス用のツリーハウスを借りてちょっと一泊、というのも楽しいだろう。

「いつだって食べ物が美味しいところだけどな、やっぱり秋は特別だと思うね」
 硝子杯になみなみと注ぐのは林檎酒の新酒、あるいは搾りたての林檎果汁か林檎の発泡水。
 燻製小屋でスモークしたベーコンやチーズはそのままだって御馳走だし、バゲットに乗せて天火で焼くのもきっと美味しい。自分で燻製するのも良いし、頼めば村のエルフ達が喜んで分けてくれる。
 焼きたてアップルパイに自家製ソーセージ、燻製した魚をほぐして玉葱とチーズもたっぷりと使った熱々グラタン、林檎やザクロのソースで食べる森で狩った鹿肉のグリル。
 甘味なしで焼いたワッフルに、鹿肉の赤ワイン煮とクリームポテトを添えるのもきっと美味だ。
 そうして、自分のツリーハウスで、あるいは借りたツリーハウスですごすこの村でのひとときは――ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちたひとときになるはずだ。

「アンジュも! アンジュも連れてってー!!」
「はいよ。言うと思ったぜ」
 瞳を輝かせた暁色の娘に笑って、男は同胞達を見回した。
「さあ御照覧。大きな大きな林檎の大樹の森で、あんただけの隠れ家があんたを待っている」
 ――あの村で、あんたの城を手に入れてやってくれ。


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参加者
NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●金星
 豊かな晩秋の夜闇に抱かれた林檎の大樹の森に実るのは、紅い林檎と幾つものツリーハウスに燈された暖かな灯り。優しく燈る門灯の許へ帰りつき、ふとモニカが振り仰げば、二つの小屋を抱く樹に大きな三角帽子の実が増えていた。
「お、お兄ちゃん……天才か!!」
 薔薇色に照らされる紅葉の枝上、冴ゆる星月を背にぴんと聳える三角帽子型の吊テントから顔を覗かせ、ハルクは樹下であんぐり口を開ける妹に得意気な笑みひとつ。親指で中を示してみせ、
「入るか?」
「入れて入れてー!」
 大きな三角帽子は彼の手による夜空の鑑賞用ポータレッジ、ランタン燈るそこには分厚い毛皮が敷かれ、美味しい秋を持ちこめばたちまち暖かな憩いも燈った。月あかりをマグに落としたみたいなあったか林檎酒、バターワッフルに乗せた熱々ブリュレと栗と梨のキャラメリゼはモニカの口の中で甘く蕩け、鴨肉を挟んだワッフルをハルクが齧れば、豊かな薫りと肉汁と、秋の滋味ぎゅっと詰まった舞茸とポルチーニのソースが溢れだす。
 林檎酒の湯気にゆうるり溶ける語らいは、近頃の休日の過ごしかた。
「最近は枡木箱を作ったな」
「モニカはねぇ、編物!」
 桝目の木箱に整然と煌く鉱物標本、冬の大祭に温もり燈す編物、紡ぐ日常ひとつひとつが双子の隠れ家の宝物。ハルクの分も編んであげるよ、なんて妹の声についでかよと肩を竦めつつ、豊かな時間を先へと結ぶ。
 ――なら、軽く引掛けられる羽織りでも。
 月夜に開けた窓辺から、籐編みのバスケットが旅に出る。
 軽やかな滑車の唄と小さく手を振るリリに見送られ、往く先は右上がりの名が綴られた表札の家。籠が抱くのは新品のワッフルメーカーで一番に焼いたワッフルに、焼き林檎と蕩かしたマシュマロと、新作の、林檎の木から削りだして磨き上げたティースプーン。
 リムト、なんて言ってくれるかしら。
 月を映した紅茶に角砂糖をひとつ。添えたカードに思いを馳せ、同じ木匙でくるくる月を混ぜれば、ほんわり笑みが零れて温かな湯気に溶けた。
 籠の帰りは次の朝。
 大事に綴られたカードと、小さなアップルポマンダーを抱いて戻ってくることは、まだ秘密。
 秘密の隠れ家に燈した灯りに二人の宝物が煌いた。
 蔓薔薇に薔薇の花冠、ひとつひとつが愛おしい食器を卓に並べればラヴィスローズの胸にも煌き燈るよう。桜から椿まで甘やかな煌き踊る花砂糖コレクションの棚の前、新作の場所も必要だろうかなんてリューウェンが呟けば、絡繰り小鳥の呼鈴が軽やかに唄う。
 二人悪戯に瞳を見交わして、新品のワッフルメーカーを届けに来た冒険商人を捕まえた。
「ツリーハウスにも優しい暖房器具が欲しいのだが……」
「樹に負担をかけない物はあるじゃろか?」
「それを完璧に満たせるのは湯たんぽくらいじゃね?」
 砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は面白がるよう笑い、煉瓦でしっかり炉台と炉壁を作って小さな薪ストーブでも置くかと訊き返す。村のエルフ達なら樹を傷めない煙突の設え方も識るだろう。
 角型に卵型。
 冬に増える宝物選びに心弾ませる二人が、ワッフルの焼きあがりと同時に秘密のお祝いで商人を驚かせるのは、もう少しだけ先のこと。
 御伽噺が夢の波間に踊る。
 運命の剣を携えた勇者が捕われの姫を救い、村娘と心通わせた蛙が真実の愛を得て王子の姿を取り戻す――瞬間、積んだ書物の雪崩に襲われたサクラは天の蒼燈すモザイクランプの枕辺で目を覚ました。
 散らばる古今東西の恋物語。
 幾つ紐解いても恋の何たるかは読み解けなくて、古文書の方がまだ解りやすい、と吐息を零せば、胃の腑が空腹を訴えた。珍しく甘い物を恋しく思いつつ、隠れ家の扉を開く。
「……いい、夜」
 秋の終わりは蔦の簾にも薔薇の彩を齎した。
 深紅に紅葉した簾が夜風に踊ればひときわ豊かな月明かりが射し込める。ふかふかクッションの波間でリャオタンの膝に収まるアッシュの手にはグリューワイン、甘くて熱い酒精が己の裡にも熱を燈したなら、不意打ちの口移しで残り香のお裾分け。
「これくらいじゃ酔わないっしょ?」
「べ、べべ別に俺ぁ酒弱くなんか……ッ! ねえぞ!!」
 悪戯猫に反射的に言い返したけれど、燈る熱は酒香のせいにしなければ収まらない。視界と唇が微熱に融けて、いつもなら呑みこむはずの言葉を溢す。
 おまえって、見ため夜っぽいのに。
「この月実は太陽じゃねーかってくらい明るく視えんの、なんでだろな」
「……てゆかねりっちゃん、なんで遠くに置くのかな」
 絵画でも眺めるように置かれた距離をぎゅうっと詰めて、白猫は寂しがり屋の頬を掌で包む。彼の瞳に映るほど世界も自分も綺麗でないとは識るけれど。
 ずっと、いっしょに。
 ――生きよう、って。

●花祝
 穏やかな夜闇に薔薇色の紅葉豊かに広げた林檎の大樹。その枝の間にちょこんと座らせたような隠れ家は、橄欖色の瞳に茶目っ気を帯びた光を燈らせた。
「いつの間にこんないいとこ見つけてたんすか」
「ちょうどアンタが奈落の底にいた頃だよ。良かった、林檎の季節に間に合って」
 澄んだ夜気を肺に満たせば透きとおるような林檎の香。少年みたいに破顔するヴフマルの様子にオニクスは瞳と声音に喜色を燈し、窓辺のすぐ傍で真紅に色づいた二つの林檎へ手を伸ばす。
 ――いただきます。
 こんがり狐色に焼けたチーズの下でホワイトソースがふつふつ唄うグラタンに、今夜の月みたいな金色に蕩けるチーズを冠ったバゲットに舌鼓を打ったなら、ゆっくり食後のお楽しみ。
 もぎたて林檎をしゃくりと齧り、焼きたてワッフルに豊かな月明かりめいて煌く蜂蜜を垂らせばふと、窓から注がれる月明かりがオニクスの胸に射した。
「なあエルディ、『ヴフマル』ってどんな意味?」
 女神の爪、転じて夜の爪痕めく月の名を持つ娘にそう訊かれるのは初めてではなくて、微かに彼の口の端が上がる。窓辺で唄う葉ずれの音に胸を擽られる心地でヴフマルは身を乗り出した。
「……特別、内緒っすよ?」
 漆黒の髪を掻き上げる彼の指先、耳元で囁かれる美しい響き。その全ての心地好さにオニクスが微笑する。
 この家と月だけが知ってる、内緒の話。
 林檎の蒸留酒薫る紅茶にミルクが波紋を描けば、まあるく優しい彩が燈る。
 焼きたてワッフルには金の三日月めいた林檎のコンポート、ふわり降るヨーグルトクリームの雪が蕩けるキャラメルバターと融け合う前に、ヴリーズィは梨のアイスクリームの小鳥を止まらせた。
「こりゃ食べるのがもったいないね」
「でも食べないと溶けちゃうよ! 遅ればせ誕生日おめでとう、ルセ」
 愉しげに瞳を細めたナルセインを背を押すように席につかせ、季節のめぐりに頬を緩める。それは螺旋のようにめぐりめぐって天を目指すもの。
 ――春になったら、藍色の菫を見におうちに寄ってくれる?
 めぐりの先に結ぶ、春の約束。
「ルルは素敵なレシピを求めて各地を流離う、紳士という名のジェントルマンです」
 優雅にダンディーに挨拶を決めた紳士ルル(8歳)はたちまち村人達の人気をかっさらい、夜には山程の差し入れが届けられた。皆爆笑してたのが不思議だけれど、目の前に美味があるなら紳士は些細なことには拘らない。
 熱々のチーズが燻製された魚の塩気と玉葱の甘味に絡むグラタンなんて、素朴だけど何世代にも渡って伝えられてきたと一口でわかる美味。
 レシピを再現すれば、百年前の人とだって同じ食卓を囲める。
 ――ほんとだね、お母さん。
 樹上の隠れ家にそっと訪れる夜風は冷涼で、けれどだからこそ温かなアップルティーと焼きたてのカリッとしたワッフルが飛びきり美味しい。
 冷たいバニラアイスが雪解けを迎える前に焼き林檎とワッフルの熱さと格闘するのも楽しいもの。甘くて熱くて冷たい幸せにフランが眦緩め、
「フィンはどういう食べ方が好き?」
「そうですね……トッピングは控えめで、ワッフルそのものの味を楽しむのが好きです」
 訊いてみたなら、瑞々しい林檎の果汁にマロンシャンテリーが溶ける様を堪能した少女は、家では生地にチョコレートを混ぜてみたり、とはにかむように微笑んだ。
 甘いワッフルはいつだって女心を擽るもの、けれどハーブやチーズで塩気を利かせるのも美味しい――なんて、尽きない話は秋の夜長にもってこい。
 明日には村のエルフ達におすすめのワッフルを訊きに行こうか。
 其々の家庭のレシピを集め、皆に振舞ってみるのも、きっと楽しい。
 二度目のいとまに借りたのは、栗鼠や小鳥の住処みたいな小さな家。
 けれど世界のかけらを鏤めたようなキルトを敷けば仮のやどりも居心地は極上。まあるい窓辺から豊かな月と暖かな灯りが蕩ける湖を望み、花咲くよう開いたパイの中から鶏肉とマディラ酒の薫りを溢れさせれば、なんて罪な女だ、とナルセインの双眸がひときわ和らいだ。
 ころり笑みを転がし淡く塩気の散るワッフルに天秤揺らせば、男が傾くのは秋薔薇めく彩の甘さ。
 夏夜は止まり木の夢見。それなら、
「現を廻る、今日の秋の夜は?」
「巣籠りの誘惑か、耽溺か――」
 どっちがいい、と笑った男の手から跳ねた影絵の小鳥が、アデュラリアの肩にとまる。

●星の金貨
 秋月夜の月光浴は、昼の間めいっぱい森を駆けた身体に澄んだ世界の息吹を染み渡らせるよう。流れる夜風は冷涼で、けれど星空に手が届きそうな展望台でのひとときは格別なもの。
「はいクロちゃん、今日は自棄食いしてもいいからね」
「うん、食べる。いっぱい食べる」
 まぁるい木の器にハルネスがよそってくれた鹿肉のシチューの温もりを感じただけでクローディアの視界は潤みそう。匙で含めば昼に仕留めた森の恵みが赤ワインの豊かな風味と一緒に溶けていく。
 彼が空中菜園で育てたミニトマトとバジルは味も香りも鮮やかで、暁色が宝物を見つけたみたいに瞳を輝かせたミステル産チーズも重ねて乗せたピザワッフルは、深い滋味が愛しさ懐かしさのように後を引いた。バニラ香るワッフルには熱い林檎のキャラメリゼ、蕩けるさつまいものアイスと合わせて頬張れば、心の鍵も緩むよう。
 掌が覚えている、祈りのひかり。
 望みは全部叶ったはずなのに、子供みたいに駄々をこねたくなってしまう。
 唇を引き結ぶクローディアに、いいんだよと柔くハルネスが微笑した。この日もらったもの全てが、苦しさを越える力に、悲しみに流す涙に、歓びに咲かせる笑顔になるから。
「はるちゃんとアンジュさんがいいなら、今夜は傍に居て欲しい」
「言われなくても離れないもんー!」
 漸く心を溢した森の娘にぎゅうっと暁色が抱きつく様に、菜園の主が目元を和ませる。
 ――それじゃあ、今夜は三人一緒に眠ろっか?
 朝に目覚めればきっと、もっと美味しくなったシチューが迎えてくれる。
「大人の秘密基地最高だね……!」
 時計なんか放りだし、のんびり釣り糸を垂れたり黒にゃんこやゆずひよことだらだらお昼寝したりで過ごした休暇ですっかりピノは心も身体もリフレッシュ。
 艶やかな赤林檎に涼やかな青林檎、色合い変えてくるくる並べて焼いて、パイに咲かせた林檎の薔薇で籠いっぱいの花束を作ったならナルセインに誕生のお祝いを。
 男に花束贈る時がくるなんて、これだから人生はわからない。
「でも愛情込めたよ!」
「溢れるピーさんの愛に小鳥さんはぷるぷるせざるを得ないね」
 思いきり破顔した友は小鳥っぽくなかったが、とても嬉しげだったからそれでいい。
 静かな月夜を楽しもう――確かそんな話だったのに。
「さあ、できあがりだ、召し上がれ」
「食卓が、静かじゃない……!」
 ヴァルイドゥヴァが腕を揮った食卓の賑やかさにキンバリーは驚愕した。
 熱い肉汁じゅうじゅう唄う鹿肉のグリル、蕩けたチーズがふつふつと音を立てるグラタンに、気泡が弾ける林檎の発泡酒。おまけに彼女の猫アネモネが、薔薇色の鴨ローストを狙ってる。
「まあ楽しけりゃいいじゃないか。小鳥さんもお近づきに一杯どう?」
「嬉しいね、じゃあ俺からはお近づきの印にこれを」
 片手に猫を抱きあげ、片手に酒杯を掲げたヌイが招けば、林檎酒を届けに来たナルセインからは濃厚な山葡萄ジュースの差し入れ一瓶。
「小鳥さん小鳥さん、それ鹿肉にも合うかな?」
「ばっちり。小鳥さんのお墨付きだ」
 わあ、と顔を輝かせたトウとヴァルイドゥヴァの杯には夜色の、ヌイがキンバリーに手渡した杯には月色の雫が注がれて、
「あたしたちの出会いに、乾杯!」
「「乾杯ー!」」
 月夜の雫が弾ければ、皆の笑みも弾けて跳ねた。
 昼間ヌイが獲った数羽の鴨は鹿肉やチーズに次々替わり、お陰で食卓はよりどりみどり。
「待って、僕今どう食べるか悩んでるところだから! お肉もいいけど甘いものも……」
「両手に花どころか花束状態なのに、なんで一番乙女っぽいのよキンバリー!」
「なんだ、鶏肉載せワッフルもあるんだ。悩むことはないさ」
「きんばり凄い真剣! トウもそれ食べたいなぁ♪」
 悩める乙女、もとい青年キンバリーに上機嫌で酒杯を重ねたヌイが笑って突っ込めば、彼の視線を辿ったヴァルイドゥヴァが悪戯に笑ってワッフルに鴨ローストを乗せてやる。柘榴のソースで彩られたそれはトウにも飛びきりの美味しさをくれた。
 けれど少女の一番のお目当ては、焼きたてワッフルにバニラアイス蕩ける無敵の甘味。
「幸せのお味……!」
 秋月夜の幸せたっぷり満喫したなら、眠くなるまで幸せな子守唄を唄おうか。

 優しく豊かな夜風に乗って、楽しげな声が囁きのように柔らかに届く。
 二人の時間を邪魔することのない、けれど暖かな幸せを分けてくれるようなそれに、
「――ね?」
「ほんと、暖かいね」
 傍らで愛しい温もりを分けてくれるロゼリアが悪戯めかした笑みを重ねたから、ガルデニアも自然と柔らかな笑みを綻ばせた。昼間彼女が案内してくれたとおりに、愛と幸せに包まれた村。
 穏やかな雰囲気を肌で感じながら、誰より愛しい恋人と二人、好きな林檎の新酒とお菓子を並べて乾杯するこの夜がどうしようもなく幸せで、いっそこのまま明けなきゃいいのに――なんて思うけど。
「ねえクレル、明日の朝は……早く起きた方が起こしに行くことにしない?」
 ああ、いつだって彼女は予想を越える幸せをくれる。
「それなら頑張って早起きしてみようかな。俺の寝姿は見られたんだから、ロゼリアのも、見たい」
 ――抱っこしてそのまま二度寝しちゃう気もするけど。
 なんて囁かれれば、夜明けを纏う女はその擽ったさと暖かな幸せにくすくすと笑みを零す。
 ふわふわ感じる酔い心地、それをくれるのがお酒だけではない、愛しい幸せ。この地に廻る四季を愛しみたくて得た別荘も、彼が一緒に居てくれるなら別荘ではなく林檎の家になる。
 彼の許が、彼女にとっての帰る場所。
 林檎の秋月夜の幸せ抱いて重ねて眠りについて、さあ、更なる幸せ咲く明日の朝を迎えにいこう。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:24人
作成日:2014/12/19
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  • ロマンティック2 
冒険結果:成功!
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