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永遠の夜 〜夢見雪の戯れ〜

<オープニング>

●永遠の夜
 燦々と照る陽よりも皓々と輝く月を愛し、鮮やかな蒼穹の青よりも艶やかな夜空の漆黒に焦がれる男がいた。――ダニエル・エインズレイ。ウイスキー醸造業で財を成した彼は水神祭都アクエリオの各地に幾つもの館を構え、其々に趣の異なる庭園を造ることにその財を注ぎ込んだ。
 幻想的な庭園灯に彩られたダニエル・エインズレイの庭園は、その全てが夜を愛でるためのもの。
 艶めく夜闇を照らすことより夜闇の美しさを際立たせることを主としたあかりに導かれ、夢幻の如き夜の庭園に迷い込んだなら、醒めない夢の中、明けない夜の世界に迷い込んだ心地になるという。
 ゆえに、ダニエル・エインズレイの庭園を訪れた者は彼をこう呼んだ。
 ――永遠の夜の護り人、と。

 冬夜を愛でる庭園、『エインズレイの淡雪の夢』が解放されるのは、冬夜の闇と大気が冴ゆるように澄み渡り、なおかつ雪のない夜だけのこと。
 この庭園は本物の雪ではなく、花の雪が降る庭園なのだ。
 艶やかな黒玻璃めいた冴ゆる夜闇に燈されるのは、雪色の磨り硝子を透かし、雪あかりを思わす幻想的なひかりを溢れさせる庭園灯。夢幻を誘うあかりに浮かび上がるのは、細い枝葉を幾重にも茂らせた花木達だ。
 淡雪エリカと呼ばれるその花木は本来鉢植えに出来る大きさだが、この庭園では見上げるほどに大きく育てられ、冬にも緑を湛えた細い枝葉いっぱいに甘やかな桃色の小花を咲かせている。
 愛らしいベルにも似た、小さな小さな花が幾重もの細い枝葉に咲き溢れる様は、まるで桃色の雪がふんわり降り積もったかのよう。
 冬の夜、幻想的な雪色のあかりに浮かび上がる花の雪の光景が何処までも続く様は――。

「綺麗だな」
 甘やかな桃色の花の雪に彩られた庭園で男が呟けば、
「ほんと……とってもロマンティックにゃぁん」
 頬を上気させた美女が彼の右肩に猫耳のある頭をもたせてきた。
「胸が蕩けそうにゃあん。ああ、でも御主人様とふたりっきりならもっと素敵なのにゃ……」
 もう一人いた。
 二人目の美女が男の左腕に豊満な肢体をすり寄せれば、その腰で猫尻尾が揺れる。
 たちまち男を挟んで美女二人の睨み合いになった。
「にゃあん! ずるいにゃ、御主人様は私だけのものにゃ!」
「私だけの御主人様にゃあん!!」
 毛を逆立て、今にも取っ組み合いを始めそうな猫のピュアリィ・フェルプールたちの姿も、たっぷりと余裕に満ちた今の彼には可愛いもの。男は鷹揚に笑って宥めてやる。
「はっはっは。こらこら喧嘩するな、どっちも平等に可愛がってやるぞ?」
 賢者の石煌く右手で一人の肩を抱き寄せ、左手でもう一人の腰を抱き寄せる。
 男は今、人生で初めての幸せを噛みしめていた。
 初めて出来た恋人、だと思っていた小悪魔的美女に『あんたは金ヅルだったのよ』と言い放たれ、彼女の本命のイケメンには『てめぇみたいな男に本気で惚れる女がいるわけねぇだろ』と嘲笑われ、自ら棘を受け入れたあの日は不幸のどん底にいたけれど。
 二人を殺し、配下としたフェルプール達に『俺にベタ惚れしてメロメロになれ』と命じて、ようやく彼は幸せを得たのだ。熱烈に彼を慕い、決して彼を裏切ることのない美女たちを抱いて、ロマンティックな庭園で夜のデート。
 ――ああ、マスカレイドになって、本当に良かった……!
 けれど、まやかしの幸福はすぐに打ち砕かれた。
 夜風が桃色の花をふわりと舞いあげれば、その先に美男美女の姿が見えたのだ。
 凛と澄み渡る夜闇に花の雪舞う幻想的な光景で、仲睦まじく寄り添い、愛おしげに言葉を交わし、頬に口づけを贈り合う美男美女の姿は、まるで『幸せな恋人達』という題の絵画を見ているかのよう。
 男は無言で地面にフラスコを叩きつけた。
 暴食の使徒が幸せな恋人達を呑みこんだ。

●さきがけ
「大星霊と、水神と呼ばれ、諸君らのおかげで完全復活を遂げても――私も万能ではないのだよ」
 琥珀色揺れるグラスの氷を鳴らし、水神アクエリオ様がアンニュイにそう呟いた。
 ちなみにグラスの中身はバーボンではなく、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が差し入れたオルトクラートという銘のウイスキーだ。
「如何に私でも……モテなさのあまりマスカレイドと化して、配下にしたピュアリィ達に『俺に惚れろ』と命じてようやく幸せを掴んだ気になる男の気持ちなど、想像もつかないね」
 モテる男の余裕だった。
「幸せな恋人達に悲劇は似合わない。件の庭園は貸切にするようはからっておいたから――」
 よろしくお願いするよ。
 今日も飛びきり魅惑的なウインクを残し、アクエリオ様はふわふわと酒場を後にした。

「――と言うわけで、アクエリオ様によろしくお願いされちゃあ張りきらざるを得ないよな」
 相変わらず罪なウインクだ、ときゅんときたらしい胸を押さえつつ、ナルセインが話を継いだ。
 貸切と知っても構わずマスカレイドは庭園に入ってくるだろう。
 だが『エインズレイの淡雪の夢』はかなり大きな庭園である上に、柵などもないため、何処からでも入ることができるのだという。彼らが庭園を訪れる時間も大雑把にしかわかっていないから――。
「探し回るよりも誘き出すのが確実じゃないかな、とアクエリオ様は仰ってたな」
 それも、出来るなら甘やかな桃色の雪を降り積もらせたような淡雪エリカの戦いで傷つけずにすむ開けた場所がいい。花の雪の光景が何処までも続く庭園だが、その中央に小さな湖があるという。湖のほとりで戦うなら、花木を傷つけることはないだろう。
 問題はいかにしてマスカレイドを誘き出すかだが、
「アクエリオ様いわく、『マスカレイドに自分の幸福がまやかしであることを思い知らせてあげたまえ』だとさ。――流石、容赦ないよな」

 つまりこうだ!
 甘やかな桃色の雪を降り積もらせたような花咲き溢れる淡雪エリカに囲まれた夜の湖のほとりを、彼のコンプレックスを逆撫でするロマンティック空間にしてしまえばいいのだ!
 闇色の水面に淡雪エリカの花々が映る湖に浮かべたゴンドラでいちゃつくもよし。
 湖畔で花雪を咲き誇らせる淡雪エリカの木陰で睦言めいた囁きを交わすもよし。
 手を繋いで頬笑み合い、花雪舞う夜の湖畔をゆうるり散策してみるもよし。
 心から愛し合う恋人同士を装うのもよし、恋愛相手には不自由しないといった様子で、一夜限りの戯れを演じてみるのもよし。
 男女二人の組み合わせではなくとも、男性一人が複数の女性を侍らせているのでも、女性一人が複数の男性を侍らせているのでも、存分にマスカレイドの嫉妬を煽ることができるだろう。
 あるいは、女性同士で内緒話めかして恋人の惚気話に花を咲かせるもよし、男性なら夜の湖畔に佇み、憂いを帯びたイケメンっぷりを見せつけるのでも良いかもしれない。
 同性の恋人同士であっても、それがらぶらぶのいちゃいちゃであれば、マスカレイドは己の幸福がまやかしであることを思い知るだろう。

「ポイントは、庭園の何処かにいるだろう敵に『何かあっちの方で甘い雰囲気になってる気がする!』って気づかせるところだからな。どうせなら皆で湖のほとりをロマンティック空間にしてやろうぜ」
 そうして、ロマンティック空間の雰囲気に引き寄せられてきたマスカレイドが怒りや嫉妬にかられて攻撃してきたところを皆で返り討ちにしてやればいい。
「さあ御照覧、花の雪に彩られた夜にまやかしの幸福に酔う男がやってくる」
 ある意味気の毒だが、容赦はなしだぜ――とナルセインは話を締めくくった。


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参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
水奏戯曲・アクアレーテ(c09597)
浮葉・ファルス(c09817)
世界樹に踊る妖精・シル(c25139)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●永遠の夜
 深々と冴ゆる夜闇は触れれば指先が凍りつく黒玻璃のよう。
 雪色の磨り硝子を透かしたひかりが足元に揺蕩う様は幻想の雪が降り積もる様にも似て、夢幻の雪あかりは凍れる闇の夜に、甘やかな桃色の雪を冠ったように小花を咲き溢れさせる淡雪エリカが何処までも続く光景を浮かびあがらせる。
 凍れる夜風に桃色の花雪が舞えば、幻の夢に溺れていく心地。
 ――いつかはわたしも、溺れるような愛を夢見たい……。
 藍の瞳を緩ませ、水奏戯曲・アクアレーテ(c09597)は花雪の夢に抱かれた湖のほとりを見遣った。
 花雪の世界を映しだす闇の水鏡、永遠の静謐を湛えるような湖面をさざめかせる風が渡るたび、鏡のほとりでは馥郁・アデュラリア(c35985)が少女めいた無邪気な笑みを咲かせている。
 永遠の夜の護り人に愛しまれた花雪の夢に声音を蕩かせ、
「短かな冬夜だから、もっと傍にと慕情ふくらむのかしら」
「心が求めるんだと思うね。永遠の底なしの淵へ、共に溺れられる相手を」
 柔く波打つ藍の髪に舞い降りた花雪を掬う男の指先の、ことさら緩やかな感触に、恋に惑う少女のあどけなさを覗かす瞳を瞬かせた。互いに紡ぐ戯れ、ひそり偲ばせる戯れ以外のかけら。
 躊躇い滲ませ伸ばした指先で花雪より淡く砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の頬に触れ、けれど柳腰を抱き寄せんとした手には衣越しの儚い温もりだけ残し、するり気まぐれに身を翻し。
 大切にしたいの、と言の葉でなく吐息に薫らせば、彼の双眸が甘く和らいだ。
「参ったね。あんたはとても……」
 ――俺の欲を煽るのが、巧い。
 熱が息づくような囁きをアデュラリアの耳許に燈し、男はその余韻も消えぬ間に、
「ほら、あんたもこっちに来いよ、アクアレーテ」
「……もう!」
 悪戯な眼差し残して金の髪の乙女へ手を伸べる。
 彼に拗ねて見せながらも、いらっしゃいなと招いてくれるようなアデュラリアの笑み、そしてまっすぐ向けられたナルセインの手に輝くような笑み咲かせ、アクアレーテは花雪の夜に淡金の髪を躍らせ二人の許へふわりと飛び込んだ。
「こんなことってあるかしら……夢を見ているようよ」
「あんたが望むなら、永遠に醒めない夢にもなるさ」
 幸せ燈すよう頬を薔薇色に上気させ、彼の手を取れば離れまいとする子供のような純真さで腕をも取って、甘く擽るような眼差しと囁きが注がれれば、夢に淡く酔う吐息を零す。
 恋って幸せなことなのね、と夢見心地の笑み深め、陶然と潤む瞳と歌うような声音で紡ぐのは、
「世界の果てまでだって、愛しているわ」
 夜の何処かでまやかしの幸福に溺れるマスカレイドを釣りだすための餌。
 甘やかな花雪の簾の向こうに湖を望む木陰で、ほう、と柔い吐息が洩れた。
 いつもは眠たげに見える紫の瞳も今宵は伏せられた雪白の睫に甘くけぶるよう。めいっぱいお話聴かせて、と青い瞳をきらきら輝かせるエルフの少女にねだられて、浮葉・ファルス(c09817)は、
「――二人の秘密じゃよ」
 と、柔らかな天鵞絨に包まれた宝石を見せるように恋を語る。
 小さな、けれど限りなく優しい気遣いに溢れたひと。
 できるだけファルスに視線を合わせようと、いつも少しだけかがんでくれるというその男性の面影が世界樹に踊る妖精・シル(c25139)の胸裡で蒼穹の髪の青年に重なった。小柄なファルスにとってのその幸せは、もっと小柄なシルの胸にも優しく響くもの。
 触れる前に一瞬ためらう癖に垣間見える、大きな掌が乱暴に感じられないか――なんて心配するそのひとの心を聴いたなら、シルの声も小さく弾む。
「……思いきり触れてくれていいのにねっ」
「シル殿のお相手も、そのような方なのかのう」
「んーとね、基本クールな人なんだけど、たまーにお茶目でね、このギャップがたまらないの〜♪」
 訊かれれば途端に満開の笑みが咲く。クールでお茶目で、だからこそ決める時には決めてくれる彼がくれたとっておきの幸せを、シルもまたひっそりとファルスに明かす。
「でね、この間……一緒にいよってプロポーズされたの」
 この命尽きる時まで、貴女と共に。――結婚しよう。
 大きな戦いのさなか、痛い程張りつめる緊張の中で不意に齎された彼の言葉を胸に燈した瞬間、あの日の眩いくらいの歓びと己で口にする気恥ずかしさが甘い熱になり、一気にシルの胸の芯から溢れだした。
 尖り耳まで薔薇色に染める少女にファルスもほんのり頬を上気させ、おめでとう、と祝福を贈る。
 まるで、花雪の木陰に春が訪れたよう。
 乙女達のささめきめいた、まろい波紋を生みながら、夜の湖をゴンドラが渡る。
 来たる戦いに備えて湖畔からはあまり外れずに、そして、だからこそ闇の水鏡に華やかに映り込む花雪を掻き分けて、宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)の舟は夢の波間に浮かぶ。
 危険に晒してしまうことを詫びながら、けれど愛しい娘と花雪の夢に溺れる誘惑には抗えず。
「寒いかい?」
「あなたとなら……平気」
 朔月の夜よりも深い漆黒の外套に閉じ込めるよう、夜想の花弓・フェルスフィア(c04711)を背から抱きしめれば、甘い身じろぎとともに彼女の鼓動の高鳴りまで伝わる心地。
 頬を寄せ合えば、拙くもいつもより素直に紡がれる可愛らしい言葉。そのひとつひとつが愛しくて、男はその囁きごと独占するよう、花の唇を己のそれで柔らかに塞いだ。
 ――俺は、フェルの温もりが感じられて嬉しいよ。
 甘やかな花雪にひときわ甘い蜜と浪漫をかけて、さあ、すべては水神様の仰せのままに。
 流れる風に舞う花と歩みだすのは揺らぐ心にぴんと使命を張った綱渡り、甘いチェック柄を覗かせ柔く翻った陽凰姫・ゼルディア(c07051)のカフェラテ風の外套に奏燿花・ルィン(c01263)は眦緩め、釦を掛け違えるのにも似た誤解をかんらかんらと笑って解きほぐす。
 ――縺れた糸がほぐれたなら、全力でもいいよな?
「ゼルディア、一緒に歩かねぇか?」
 差し出された彼の手を迷いなく取り、ふと見上げれば、深い夜の瞳に魅入られるような甘い怖れが乙女の背を翔け昇る。けれどこれは蜜の魔力のせいよと己に言い聞かせ、
「喜んで。けど……こちらの方が暖かいわよ?」
 軽やかにルィンの腕へ己のそれを絡めてゼルディアは、悪戯な笑みを咲かせてみせた。
 凛と凍える夜風に舞いあげられて降る花雪は、掌に受けとめればひやり冷たいのに融けはせず、やむことなく舞っては降り積もる。決して融けない雪景色は、まさしく醒めない夢。
 二人この夢に閉じ込められてしまったなら、互いを独り占めしても――それは、不可抗力だ。
 寄り添い合って夢の雪景色を歩めば、寒さのなかに互いの温もりがひときわ甘い。なあ、と微かに零れたルィンの声が白く霞んだから、ゼルディアは冷えきった彼の頬を両掌で包み込んだ。
 唄と舞で誰をも分け隔てなく魅了する娘の瞳に、今は唯ルィンだけが映る。
「そうっと腕の中に閉じ込めたら、唄ってくれるか?」
「夜色の貴方の瞳を傍で魅せてくれるなら、唄を贈ってあげてもいいわ」
 鮮やかに笑み返してみせたけど、胸の奥底から湧きあがる何かをゼルディアは必死で抑え込む。お願い、貴方の全てを私のものにしたいだなんて思わせないで。
 旅団の皆の灯火たる貴方が好きなのに、灯りを独り占めしたくなってしまう。
 ――なんて、言葉には出来やしないのに。
「……灯りは独り占めされたらもっと輝くとは思わないか?」
 ああ、どうしてわたしの胸の裡を掬って笑ってくれるの。
 もしも今、彼の胸を借りられたら――と彼女の心が融けかけた、瞬間。
 暴食の使徒クラビウスが二人に襲いかかってきた。

●夢見雪の戯れ
 甘やかな夢の紗を斬り裂くようにして、皆を呼ぶ合図の笛が響き渡る。
 途端に突っ込んで来たのは笛の意味を考える余裕もないくらい色々刺激されてしまったらしい男と彼が侍らすフェルプール達。行け、と猫娘達に命じた仮面憑きの錬金術士が思いきり吠えた。
「おまえら美男美女だからって見せつけやがって! 何だその甘くて切なげな雰囲気は! 何だその二人して長い脚は!! 畜生ふざけんな、殺してやるー!!」
「よう、やっとお越しか……って、脚もかよ!!」
 思った以上に不憫な男だぜ、なんて思いつつ錬金術士に追尾の印を放つルィンめがけ、
「命令にゃあん!」
「御主人様のために死んでもらうにゃ!」
 渦巻く風とともに猫娘達が襲いかからんとしたが、それを消し飛ばす勢いの扇の風でゼルディアが彼を庇うように迎え撃つ。
「彼を傷つけないで!」
「いや、傷つく分だけ俺も一緒に傷つきたいんだぜ!」
「まだ見せつける気かー!」
 不憫な男の哀しい戦いが幕を開けた。
 接岸と同時にゴンドラから飛び降りて駆けつけたアルデュイノが見たものは、存分に敵を煽りまくる仲間の姿。最初に襲われたのが精鋭クラスの実力を持つこの二人だったのが幸いだった。
「どうやら、余裕のようだね」
「ああバッチリだぜ、さあ今だゼルディア!」
「ええルィン君、一緒なら何処までも行くわ!」
 鮮烈な緑の軌跡を描くアルデュイノの魔獣の鎌、それが猫達を斬り裂くと同時に地を蹴った二人が不憫な敵の退路を断つべく回り込む。なお、らぶらぶっぷりを見せつけるのも逃走を阻む策である。
「御主人様!」
 派手に響いた銃声。即座に猫娘が主の盾にならんとするが、輝ける妖精の翅で翔けてきた少女が飛び込む方が速い。白銀の一閃で斬り込んだシルが、
「おっと行かせないよ! というか、ほんとに御主人様のこと好きなの?」
「そ、そりゃ私だって、そっちの背の高いイケメンさんやダンディなおじさまの方がいいにゃ」
「けど逆らえないのにゃあん!」
「はっはっは、カラダは正直だな!」
 素朴な疑問を零せば、猫娘達が悶えるような声をあげ、錬金術士が胸を張る。が。
「身体と言うか、身体の中の棘――つまり本当に命令に反応しているだけのようだよ、不憫氏」
「不憫氏って俺のことか! 畜生、過酷な現実をつきつけやがって……!!」
 戦う内に感じた事実を告げるアルデュイノの言葉が冷徹な真実味とともに不憫な心に沁み渡った。バトルトーク……恐ろしい子!!
 煽られまくった男は逃走を思い立つ間もなく包囲されて最早涙目、哀れと言うかやはり不憫じゃと心底思いつつ、ファルスはこの上ない慈愛の微笑みで囁きの魔力を紡いだ。
「強要でなく、共有し育むのが愛だと思うのじゃよ」
「そう、育めたならとても素敵ね。けれど夢でも愛に酔えたなら僥倖よ?」
 子供の我儘を優しく窘めるように不憫な男へ笑むけれど、アデュラリアの剣閃は冱てる魔力で猫の命を凍らせ、少しずつ男の夢の目覚めを招いていく。水の旋律唄うアクアレーテの竪琴が華やかな音色を重ねれば狂乱の輝きが猫娘達を呑みこんで、
「愛は尊い輝きだもの、ね?」
「うん! というわけで、愛と幸せの炎をお裾分けってね♪」
 翼戴くシルの杖で蕾が開花すると同時、冬の夜に眩く燃え盛る焔が盛大に爆裂した。
「お、俺の猫ちゃん達が……!」
 次々仮面を砕かれたフェルプール達が倒れていく様に男が悲痛な叫びを上げる。だがそれ以上に乙女達の反応が不憫な男の心を追い詰めた。
「配下にした猫さんしかお相手いないなんて……おじさん、寂しかったんだね」
 ほろりと憐れみの涙を零さんばかりのシルの眼差し!
「相手を支配する強欲……なんて見苦しいの」
 もう見ていられない、といった風情でそっと伏せられるゼルディアの瞳!
 だからわたしが恋をするのは歌舞にだけ――と金の唄姫が秘めた苦悩には気づかずに、不憫な錬金術士は彼女めがけて渾身の力を込めた暴食の使徒を解き放つ。
 が、神速でゼルディアに喰らいつかんとしたクラビウスの動きを完全に予測しきった男がいた。
 花雪の夜に鮮やかに翻った羽織の下から覗いた長い銃身で暴食の使徒を叩き落とし、彼女を背に庇ったルィンが不敵に笑う。
「ゼルディアを喰おうだなんて――俺が赦すはず、ねぇだろ?」
「畜生! おまえ自分が絵になるの解ってやってるんだろこの長身イケメンがー!!」
 続けて零距離の銃撃を浴びせられつつ、不憫な男は全身全霊でルィンに吠えた。が。
「そのとおりだよ! ルセのバカバカバカー!!」
「俺かよ!!」
 突如ご指名されたナルセインが叫んだ瞬間、天からドゴォンと巨大な世界樹の魂が叩き込まれた。不憫な錬金術士に。
「ってかねルセは自分のカッコよさを自認して、それを使うことに慣れすぎてるんだよ!」
「カッコいいとかそんな。俺はただのか弱い小鳥さんです」
「言うと思ったんだよバカー!!」
 一応戦いの支援に来たらしいむくれ顔フルスロットルな娘と小鳥さんのやりとりに、ころりと笑みを転がしたのはアデュラリア。
「ふふ、仕様がなくて愛くるしい方達」
 ――纏めた!
 ――今さらっと纏めたのじゃよ!!
 大人の女の余裕に思わず目と目で通じ合ってしまったシルとファルスに微笑みひとつ、錬金術士の懐へ軽やかに飛び込んだアデュラリアは、不憫で可愛らしい貴方、と唇を綻ばせ、
「棘が融けるまで、朧な恋をあげるわ」
「え!」
 間近で咲いた笑みに不憫な男が顔を赤らめた刹那、凛冽な斬撃で賢者の石ごと腕を氷結させた。
 ああ、偽りの愛で満足しようとすることの方が苦しくなるに違いないのに。
「どうしても解らぬようじゃのう……」
「何がだ! って、ギャー!?」
 どこまでも不憫じゃと小さな溜息落として、即座にファルスが歌いあげたのは幻獣魔曲。恐ろしげな幻獣の声と突撃に竦みあがりつつも、男は賢者の石の輝きで麻痺も制約も振り払う。
 けれど大地から突きあげた巨大な拳が消えた瞬間、藍の瞳に青き炎を宿したアクアレーテの矢が男の脚を射抜いて再びその動きを鈍らせた。
 そう、不憫な男の夢はここで醒め、彼は現に引き戻されるしかないのだ。
 それは男にとってはきっと煮え湯に放り込まれる心地。けれど花雪の庭に彼が持ち込んだ不粋を思えば、当然の報いかしら、とアデュラリアは優艶な笑み燈し、
「貴方のまやかしが、ほら、解ける」
 甘やかな囀りとともに斬り払った刃で男の仮面に亀裂を奔らせる。
 恋の機会は一度ではないだろうに、と囁くように告げたのはアルデュイノ。
 ――騙されそこで学んで、また別の女性との出会いを求めても良かっただろう?
「俺も勿論、痛い目など沢山見てきたとも」
 語るのは己が今まで歩んできた道。
 だがそれを何でもないことのようにからり笑って、不惑を越えた男はその腕に魔獣の鎌を生んだ。
 揮う一閃は鋭く、それでいて彼が重ねてきた幾多の経験を乗せたかのごとく重厚な威力を抱いて、不憫な錬金術士のまやかしの幸福と仮面を完膚なきまでに打ち砕く。
 夢から醒めて迎える、現と終焉。
 だからなのか、砕け散った仮面のかけらが凛と澄みきった夜風に舞う花雪の中に消える様は――明け方に儚く瞬いて消える、星のように綺麗だった。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2014/12/22
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