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砂の旅人

<オープニング>

●砂の旅人
 椰子の葉で編まれた揺りかごですやすや眠る赤子へ、そろりそろりと近づくのは砂色の猫一匹。
 仮面持つ尾を揺らし今にも飛びかからんとしたところで、まるで手品か魔法のごとく掻き消えた。
 遠い砂漠の小さなオアシスでのそんな出来事など知る由もなく、壮麗な宮殿めいた屋敷でもっとも贅沢な空間に座した裕福な商人が、恰幅の良すぎる身体と豊かな腹を揺らして上機嫌に笑う。
 右に侍る美女が差し出す葡萄を食めば、左に侍る美女が口の端に零れた果汁を拭ってくれる。
 普段なら彼を挟んで睨みあうはずの彼女らも、今日は彼の他愛ない冗談に一緒になって和やかにさざめき笑う。
 眼の前では温かな湯を満たしたっぷり薔薇水を落とした広間の泉で、彼の可愛い半裸の美女達が実に仲良くきゃあきゃあと戯れあっていた。いつものように喧嘩が始まる気配はまったくない。
 つい昨日までのこのハレムと言えば、美女達が互いへの嫉妬と対抗心で火花を散らし合い、いつ血の雨が降ってもおかしくない剣呑な空気に満ちていたのだが、これは一体どうしたことだ。

 揺りかごに眠る赤子を喰わんとした仮面の猫も、ハレムの奥で女達の対立を煽り殺戮劇を催さんと画策していた仮面の女も、夢まぼろしのごとく消え失せた。誰も知らないところで、他にも幾つも。
 けれど仮面憑きの裡より零れた悪しき棘は風に舞う砂埃よりも容易く都市国家の中に漂いだして、艶めく漆黒の闇に金の星月燈る夜空のもと、月光紡ぎの砂の更紗が波打つような月色砂漠に集い、新たな夢まぼろしを創りだす。
 溜息がでるような美姫だった。
 後宮に数多の華を咲かせて誇る男なら、誰もが一目で欲しがるほどの美姫。
 波打つ漆黒の髪も真珠色の肌も柔い薄衣も煌く装身具も、何もかもが艶めかしく婀娜めく美姫は、月色砂漠をゆるりと渡るラクダの背に揺られ、胸に抱く黄金の三日月にも似た竪琴を奏で始めた。
 紡がれる弦の音も、薔薇色の唇から紡がれる唄も心揺さぶる悲嘆に満ちたもの。
 だが言葉としての意味を成さぬ唄が道ならぬ恋を歌ったものと解るのは、美姫が濡れた薔薇色の瞳で魅せる蠱惑的な眼差しゆえか。
 今はまだ誰もいない砂漠を渡るだけの夢の姫。
 けれどその姿を砂漠の民が目にしたなら、彼らはこの地方で語られる物語を思い起こすだろう。

 太守の寵姫が道ならぬ恋に身を焦がして後宮を出奔し、砂嵐で命を落として魂だけとなってもなお恋人を追い続けているという、月色砂漠の物語。

●さきがけ
「まずは我らが母君と創世神に乾杯――ってところだな」
 砂月楼閣シャルムーンの酒場で愉しげに口の端擡げ、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が無花果の蒸留酒香る銀のゴブレットを掲げてみせた。
 何処か芝居がかった男の挙措はさておき、この事態を歓迎しないという者はいないだろう。

 原初の災害竜『カラミティ』撃破と同時に新たな災害竜発生の目は潰え、魔龍『大空を覆うもの』が撃破されたことでイヴ・ザ・プリマビスタと此華咲夜若津姫が存分に力を揮えるようになった。
 都市国家内に残るマスカレイドには制約が課され、さらに勇者ラズワルドが敗北したことを感知した『大魔女・スリーピングビューティ』が都市国家内のマスカレイドを見捨てたため、各都市国家では力の弱いマスカレイドの消滅や拒絶体マスカレイドとなっていた人々が悪しき棘から解放されるという現象が次々起こっているのだ。
「だがまあ、すべて大いなる存在にお任せってわけにはいかないし、何より座して待つだけってのは性に合わないね。――あんた達もそうだろ? なら、行こうぜ」
 俺達でなけりゃ為せないことがある、と銀の双眸に愉しげな光をよぎらせた男が告げた。

 消滅したマスカレイドたちが内包していた悪しき棘は消滅することなく解き放たれて、都市国家内を漂ううちに惹かれ合うよう集まり、イマージュマスカレイドとして新たな形を得ている。
 けれどそれは、本来なら都市国家内をめぐってひとつひとつ滅ぼして回らねばならなかった悪しき棘がひとつに纏まってくれたということでもある。エンドブレイカーの手でそのイマージュマスカレイドを倒せば、悪しき棘も纏めて消滅させられるのだ。
 行こうぜ、と男は重ねて紡ぐ。
「夜の月色砂漠で、物語の姫君に逢えるぜ」

 悪しき棘が月色砂漠に伝わる物語の寵姫を彷彿とさせる夢まぼろしとなったのは、おそらくただの偶然という名の世界の悪戯。けれど、物語の寵姫と相対する心地を胸に抱くのは誰もの自由だ。
「姫君は砂漠を渡るうちに二体のパピルサグ――サソリのバルバを従者に得た……んだが」
 巧く現在位置が掴めない、と軽くナルセインは眉根を寄せた。
 夜明け頃には砂漠を抜けた先の大きな街で、ひとびとの脅威となる姫君。彼女が夜の月色砂漠を渡る様子は終焉の一端として視えたが、何せ砂の更紗が波打つような光景が広がるだけで、それが砂漠のどこなのか特定できないのだ。
「探して追っかけるのは難しいと思うね。けど、待ち伏せできそうなところならひとつ視えた」
 夜空の月が中天にかかる頃、姫君は月色砂漠のとある遺跡に差し掛かるという。
 時の流れの物差しで言えば、遺跡と言うよりは廃墟だろうか。だが人の営みが絶えた廃墟の街は砂の底に埋もれて見えず、今その場所にあるものと言えば、往時は丘の上にあったと思しき神殿が崩れかけた大きな列柱を幾つか残すだけの――いかにも遺跡と呼ぶに相応しい姿。
 姫君が夜明け頃に辿りつく街で待ち受けるなら人々を避難させる手間がかかるが、誰もいないこの遺跡で待ち伏せるなら、ただ姫君に戦いを挑むだけでいい。
「それに何より、夜の月色砂漠の遺跡で物語の姫君に出逢えるなんて――極上の浪漫だろ?」
 サソリの従者に護られ、ラクダの背で竪琴を奏でる夢の美姫。
 パピルサグはバルバとしては大型種に入る。前に出て姫君を護る彼らは大きな盾ともなるはずだ。だがラクダに騎乗する姫君へは遠距離攻撃の射線は楽々通るだろう。そして無論、竪琴の術と月の魔力を操る姫君から此方への射線も通る。
 ゆえに、街の人々を気に掛けず戦える遺跡での待ち伏せをナルセインは推した。

「さあ御照覧、夜の月色砂漠の遺跡で極上の浪漫が待っている」
 誰もが世界を、そして人生という名の旅路を渡る旅人だ。
 その旅の一頁にこんな浪漫があるのも悪くないだろうさ、と愉しげに笑みを覗かせて、ナルセインは話を締めくくった。


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参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
魔剣・アモン(c02234)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
静謐の花筐・サクラ(c06102)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
豊穣の舞姫・マリーリナ(c20431)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●砂の邂逅
 ――もう、物語の波の底。
 千と一夜の物語を紡ぐ美女の声が耳許でそう囁いた気がして、漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)は微かに口元を綻ばせた。時の流れに埋もれた街の物語を遺す神殿遺跡の陰に潜んで見遣る砂漠は確かに、物語の絵巻を眺めるよう。
 だが勿論、浸るのは物語が結びを迎えた後だ。
 漆黒の夜空を飾る金の月が天頂に輝き、緩やかに乱した褥にも似て波打つ静寂の砂漠そのものも仄かな月色に輝いた。ここも、まほろばね。馥郁・アデュラリア(c35985)の言葉が東方のまほろばに生まれた静謐の花筐・サクラ(c06102)の心にもしっくり馴染む。
 なのに、砂嵐で命を落として魂だけとなってもなお恋人を追い続ける寵姫の物語には添えない。
 恋心は押し留めることなどできず、己でもどうすることもできないと何処かの物語にも記されていたけれど――感情の奔流に揉まれて押し流されて、そんな風に生きられたなら、どんなにか。
 月色の砂混じる夜風に抱かれれば、荒い紗に撫でられた心地。
 金の髪も耳許の煌きも揺らしていった風の奥から聴こえた唄声が、陽凰姫・ゼルディア(c07051)の心を揺らす。その魔力はいまだ届かずとも、幽かな弦の音と唄声が奏でる悲嘆が胸締めつけるよう。
 物語は、時に伝説。
 繭から糸が紡がれるよう、氷から雫が滴るよう、源をもっていることもある。
 月色砂漠を彷徨う姫君の想いが凝って形を成したのかしら……。
 ――なんて想いが胸に萌すのは、きっとあまりに唄が胸に深く沁み入るからだ。
 焦がれて、追って、凝って。それほどの恋なら苦くも甘露ね、とアデュラリアがゼルディアの胸裡を掬って柔く笑む。それならきっと、こうやって自分達が想い馳せるのも夢の寵姫のひとしずく。
 誰も彼もの想いが織り成されて、世界の礎となるのだから。
 ほら、捲り彩る一頁は――姫君とわたくしたちの物語。
 天頂の月のひかりが滴ったかのように、ゼルディアの示す方角から夢まぼろしの寵姫が現れる。
 大きなラクダの背に揺られ、蠍の獣人を従えた夢の姫君が月の光に落ちる遺跡の影に踏み入った瞬間、派手に翻った外套の下から黒漆の銃身が閃いた。
「さあ、浪漫溢れる夜にしようぜ。――姫君のお着きだ!」
「手加減出来ぬゆえ、ご容赦願いたい」
 並外れた長身を誇る奏燿花・ルィン(c01263)と、彼より頭ひとつ以上も大きな蠍の獣人の間で眩く煌いた斬撃と儀式魔法陣が、夢まぼろしの物語に鮮明な幕開けを刻む。幕が上がる傍から舞台を翔ける夜風のごときリューウェンの一閃が蠍の従者達を薙げば、大柄な彼らの背後、ラクダの背で高みに座す姫君が優艶な笑みを見せた。
 ああきっと、馳せ来る誰もが彼女にとっては泡沫人。
 甘やかな睦言を零すよう開かれる薔薇色の唇、竪琴を抱き寄せる腕でしゃらりと鳴る装身具。
「消すには惜しい幻想ですが、せめて瞳に焼きつけるとしましょうか」
「この黒影はどんな光にも抗う。姫君の月光も例外じゃないよ」
 前線に躍り出るべく、寵姫にも劣らぬ麗しき武神と化した豊穣の舞姫・マリーリナ(c20431)が扇で月の弧を描き乱れ咲く花となって蠍の従者を打てば、その背でやはり三日月のごとく撓って襲いきた毒の尾を受けとめた魔剣・アモン(c02234)の闇色の刀身が落とす影が一気に大きくなった。
 黒影剣――その銘はいずれ彼を主役とする英雄譚に刻まれるのだろう。
 巨大化した刀身に惹かれたか、あるいは呼ばれたと感じたか。
 薔薇色の瞳がアモンを捉え、姫の唇と竪琴から紡がれる唄が彼とマリーリナ、そしてリューウェンを波濤のごとく呑み込んだ。悲嘆ゆえに魅惑的な恋の調べが胸を震わせる。
「だがそれも……俺の大切な姫君の竪琴には敵わないかと」
「その調子よ、リューウェン君!」
 思わず零れたらしい己が呟きで微かに顔を赤らめつつも、まるで昂揚を得たかのごとく彼の剣閃は冴え渡る。鼓舞された心地でゼルディアは月砂を蹴り、その細腰を両断しそうな蠍の鋏が迫るよりも先に朔月から満ちる月の斬撃を放った。
 頼もしい仲間達の背に眦緩め、彼らの後衛から寵姫に微笑みかけるのはアデュラリア。
 掌で手毬のごとく弾んだマジックマッシュが月夜に躍れば、溢れる惑わしの煙と柔らかな幻が姫を抱きすくめ、彼女を更なる幻の縛めに誘わんと、マリーリナも同じそれを掌中に抱く。けれど、
「かの者に、幻惑と混乱を……――っ!!」
 寵姫の胸元でマジックマッシュが華やかな幻惑を生んだ次の瞬間、マリーリナの胸元には巨大な蠍の鋏が突き立った。姫君の盾としてすぐ目の前に立ち塞がる、己より大きな蠍の獣人の頭越しに投擲したのだ。当然身の護りは疎かになる。
 途端に後衛からサクラが描きだす花鳥風月の癒しが月夜に満ちたが、三日月めく寵姫の竪琴から溢れた月光までもが降りそそぐ。だが、更なる追撃を狙う蠍の従者の前には、その鋏を幻の薔薇で覆い尽くさんばかりのアモンの斬撃が割り込んだ。
「寵姫の抑えは後ろの仲間に任せて、僕達はパピルサグに集中したほうがいい!」
「同感だぜ。ってな訳でナルセイン、是非とも姫様をハニーな魅力で惹きつけ……すぎねぇように!」
「惹きつけすぎるとかそんな、ルィンの魅力にゃ及ばないさ」
 頭上から振り落とされた鋏を長めの銃身で受けて、頼むぜ悪友、と不敵な笑みでルィンが零せば、後方から砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が愉しげに笑う気配とともに月光が射した。
 極光のごとき月の紗潜れば、風に遊ぶ癖っ毛に夜昊の煌きが揺れる。
 砂漠の浪漫譚にルィンが咲かせるのもまた、幻の薔薇。

●砂の寵姫
 恋の悲嘆、愛の懊悩。
 新たに逢えた泡沫人達がそれらを分かち合えるはずの己が恋人ではないと気づいたかのごとく、寵姫が濡れた睫を震わせる。成程、蠍達が護ろうとする訳だ――物語を紐解く心地でルィンが笑み深めた刹那、姫君の哀切な調べが天へ向いた。
 悲嘆に震えた夜空から滴る、星の涙。
「サクラ!!」
「ご主人――でなく、ナルセイン殿!!」
 燃え盛る隕石群として降りそそいだ星々から後衛陣を護ろうと、咄嗟にルィンとリューウェンが己が身を盾にする。星より眩く煌いた守護魔法陣がルィンへの直撃を防いだが、
「リューウェン!」
「……まだ先日の役どころが抜けていないのかもしれないな」
 即座に描かれた紋章の癒しを受け、過日護衛役を演じた剣士が星に焼き潰された肩を押さえつつ笑み混じりに嘯いてみせた。黒き刃を構え直すよりも速く蠍達が襲いくるが、
「そうはさせない!」
「行かせないわ! サクラさん、姫にギアスをお願い!!」
 間髪いれず砂を蹴ったアモンが鮮烈な輝き纏った刃で蠍の鋏を叩き割り、撓るもう一体の蠍の尾を銀の月描く刃でゼルディアが迎え撃つ。サクラは惜しまず癒しを舞うつもりだったけれど、
「大丈夫、リューウェン様はわたくしに任せて?」
「……わかった」
 制約の術を操ることができるのは、今、彼女ひとりだ。
 星空の煌きすべて凝らせたような光宿す指が踊り、サクラの手から寵姫の魔力を支配するための棘が撃ち出される。きれいね、と笑みを転がしたアデュラリアの手に燈るのは天の月より甘く眩く輝く黄金の林檎。さあ、痛みも甘く蕩かして?
「アデュラリア殿、感謝する。――ルィン殿!」
「おうっ!!」
 瑞々しい果実に足りぬ癒しを補われたリューウェンが夜風となった。
 砂丘波打つ砂の海に凪を描く黒き剣閃、それに道を拓かれたような心地がルィンに昂揚を呼ぶ。
 舞踏よりも軽やかに前線へと舞い戻り、刹那の連撃に幾千の薔薇を咲かせたなら、寵姫の盾たる蠍が一体、幻の薔薇の褥に頽れた。
 月色砂漠に響く、寵姫の唄。
 蠍の従者を失ったからか、それとも戦いの天秤が傾くのを感じたからか、姫君の紡ぐ調べが悲嘆の響きを増す。何故あのひとを追わせてくれないの。言葉を成さぬはずの唄がそう聴こえた気がして、喉が痺れたかのごとく唄を途切れさせた姫が濡れた瞳と豊かな表情だけで哀願している気がして、サクラの胸に何かが萌す。
 ――わたしは、羨ましいの?
 心を言葉にするのは難しくて。
 せめて、『心』のままに笑って怒って、泣くことができたならと思うのに。
 思索を断ちきるよう編んだ棘、その檻に捕われ毒を打ち込まれた蠍が己もまた毒の尾を振り翳す。掠めた腕から広がる毒は朔月の刃が風裂く唄に耳を澄ませて忘れ、ゼルディアは太陽を喰らう刃で孤独な月を満たした。
 寵姫の寂しさに寄り添ったようにも思える蠍の従者。
 残る一体が倒れれば姫君はまたひとりきり。そう思えば、彼女が幻と識りつつ胸が痛むけど。
「大丈夫よ、この先へはいかせないもの」
「ええ、彼女の旅を続けさせる訳にはいきませんから。――雄々しき武神の舞にて、敵を討たん!」
 見た目は優艶ながらもマリーリナの扇舞は飛ぶ鳥を落とす勢いで蠍を打ち据え、その護りを越えて寵姫へも一閃を届かせる。蠍も即座に態勢を整えんとするが、アモンの踏み込みのほうが速い。
「姫君の物語は、ここで終わらせてもらう!」
 黒影剣を芯に燈ったオーラの輝きが巨大な闇色の刀身を透かす様は、さながら黒き焔。
 必殺の構えから放たれた斬撃は月夜に闇夜の軌跡を描いて、構えの名に違うことなく蠍の従者を砂地に沈めた。
 巨大な盾でもあった蠍達が倒れ、夢まぼろしの姫君が月下にあますことなくその姿を晒す。
「――すてき」
 陶然と恋に焦がれる乙女のように蕩けたのはアデュラリアの声音。
 月夜の砂漠で孤独な美姫が薔薇色の瞳から涙を溢し、慟哭の唄声で物語を最高潮へ導いていく。舞わせたマジックマッシュから溢れる幻さえも、物語を彩るひとつ。
 さぁさ、聴かせて、揺さぶって。
 心震わすすべてを憶えて、夢まぼろしを現へ咲かせてあげる。

●砂の旅人
 月色砂漠に月光の紗が翻る様は、夢に夢を重ねていくかのよう。
 物語の頁が繰られるうち寵姫の月光は三度世界を満たし、三度目で姫に護りの紗を纏わせた。
 ――やっぱり砂漠の美姫って惹かれるものなの?
 薄衣を纏っただけの扇情的な姫君の姿態に柔く透ける紗がふわり重なる様はゼルディアの瞳にも艶めかしく、胸騒がせずにはいられない。勿論その紗は男を誘うのでなく、姫君の護りを強めるものだけれど、ゼルディアにも幾度目かの月が満ちていたゆえか、波立つ感情のままに迸ったゆえか、彼女の混沌の唄はたやすく姫の護りを潜りぬけた。
 紅蓮の焔、蒼銀の吹雪。
 相反する輝きが入り乱れて世界を染め変え、月色の砂地は流砂に変じて大きなラクダごと寵姫を呑まんとする。それは鮮やかで豊かで、それでもなお満足しないゼルディアの心そのもののようで、
「だから俺はどうしたって、寵姫の美しさよりも隣で舞う金の歌姫に惹かれるのな」
 眩しげに笑ったルィンが焔に煽られる心と昂揚のまま馳せた。
 焔の昂揚重ね、凝った力をも解き放てば、これにも護りの紗では抗えない。
 咲き誇ったのは幾千幾万、無限とも思える幻の薔薇。
 砂漠を薔薇の花園で覆い尽くさんばかり剣戟が、それまで確かな存在感を持っていた夢の姫君を陽炎のごとく揺らがせた。
 だが護りの紗の力が弱まったわけではない。
 紋章から馳せた黒鉄兵団は翻る紗にいなされ、黒影の斬撃もまた紗に絡め取られる。
「それでも……撃破しないわけにはいきません!」
 けれどマリーリナが宙に躍らせたマジックマッシュが盛大に爆ぜて大きく紗を煽れば、柘榴の瞳をすっと細めたサクラが鋭く縒り上げた棘を迷わず撃ち込んだ。寵姫の鳩尾を貫いた棘が、その躯の芯から花火のごとく咲き誇る。
「……これで、破れた」
「流石だ。さあ、姫君には物語のとおりこの月色砂漠で儚くなって頂こう!」
 護りの紗が霧のごとく晴れゆく様に笑み、一気に距離を詰めたリューウェンの斬撃が十字を刻む。寵姫と一心同体である夢のラクダの脚が砕けて消えた。
 捲る頁はもうきっと残り僅か。
 さぁさ、夢まぼろしが現に還る様を、一緒に見届けて?
 寵姫の月光に包まれたナルセインが緩く瞼を落としかければアデュラリアはころり笑みを転がして、えいとばかりに姫君に投げつけたパンプキンボムを派手に爆裂させた。
「ねえ、妬いてあまく爪立てたいくらいの乙女さはあるのよ」
「嬉しいね、数日疼くくらい抉ってくれりゃもっといい」
 月の眠りの誘惑も吹き飛んだらしい男が、ひっそり爆笑するという小技を披露しながら紋章を描く。
 黒鉄兵団が破城槌を揮えば、吹き飛ばされた寵姫はすぐ奥に佇む神殿の柱に受けとめられた。
 躊躇うことなく距離を殺したのはアモン。一気にオーラを噴きあげた剣を構えれば、天頂の月光を受けて焔のごとく揺らめく影が姫君と神殿の柱に落ちる。
「お別れの場面が来たよ、幻の姫君。――砂塵に還れ!」
 月の砂を揺るがず踏みしめ、全身全霊を乗せた袈裟斬りを贈れば、姫もラクダも仮面も何もかも、夢まぼろしが月夜に溶けたように消え果てた。

 物語を結び終えてみれば、月はまだ天頂を僅かに越えたばかり。
 夢まぼろしの寵姫が現に還ったなら、蠍の獣人――パピルサグ達もまた現に還った。
「……『ひと』は、怖いの。だから、近づいてはだめ」
 帰る場所があるのなら、待つ仲間があるのなら、帰りなさい。
 淡々とサクラが言い諭せば、ルィンが改めて痛めつけるまでもなくパピルサグ達は頷いた。
 魅了も解いてやっていいんじゃないかな、とアモンが言い添えたなら、薔薇の魅了から解放された一体が暫く満足に動けぬだろうもう一体に肩を貸しながら、月色砂漠の奥へと消えていく。
 砂の波間に彼らの影が小さくなっていく様も物語の絵巻のようで、リューウェンは安堵の息をついて微笑した。
「お疲れ様、だな。ところで、そのうちナルセイン殿とは一度ゆっくり呑みたいのだが……」
「いいね、是非とも」
 さっきはありがとさん、と冒険商人が剣士の肩に手を置く様子に眦緩め、ゼルディアは月色砂漠の彼方へと瞳を向ける。想い馳せるのはやはり、月色砂漠の姫君の物語。
 ――姫君の恋人が彼女を連れて一緒に逃げてくれたら良かったのに。
「俺ならどんな壁があっても、愛しい人の手を取って奪うさ」
 見計らったように降るルィンの言葉に鼓動が跳ねた。
 まるで本当に、心を見透かされているかのよう。
 夜の砂漠の冷え込みを抱きつつも何処か柔らかな風が吹き抜ければ、ルィンは瞳を細めてそれを見送った。幻にすぎずとも、姫君がきっと愛しいひとの許へ駆けていくのだと思えたから。

「――……」
 月色の砂浚う風を見送って、サクラは砂漠に立ち尽くした。
 己の心ひとつ解き明かせない。
 この心の揺らぎに恋という名を与えて良いのか判らない。
 あのひとに連れていって欲しかったのか、追いかけていきたいのかすら解らない。
 砂漠の姫君、あなたのほうがきっと、わたしより自由。
 月色の砂漠に埋もれたとしても――己の心に、忠実に生きられたのだから。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2015/01/09
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