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暁の獅子

<オープニング>

●暁の獅子
 凍てつく夜の世界の涯てに暁の光が燈る様は、何度見ても魔法のような心地がする。
 砂埃の匂いが絶えない荒野の大気でさえも、しんと澄み渡っていくような静謐な黎明。
 世界を擁く夜闇はやわらかな群青に透きとおり、空の涯てが淡い白光に滲んだかと思えば、焔の揺らめきにも似た朱が棚引き蕩けて、やがて鮮やかな柘榴の彩が世界を染めるのだ。
 砂月楼閣シャルムーン。
 他の都市より温暖なこの地でも、冬の夜明けともなればその冷え込みはかなりのもの。
 氷水の流れに身を浸すのにも似た夜明けの風。厚い革手袋に護られてなお指先に感じる、痺れるような凍気。厚い革底と毛皮の中敷きをも通して足を刺すような大地の冷たさ。そのすべてが老いた躯には堪えるけれど、それでも、暁に感じる魂が冴えゆくような昂揚には抗いがたい。
 断ち割られた岩塊の中から覗いた原石が強い煌きを放つような。
 砕いて削がれた黒曜石のかけらが、研ぎ澄まされた刃の鋭さを得るような。
 魂と共に五感まで冴えゆく心地がする。赤銅色の岩の大地の荒野に満ちる砂埃の匂いはひととき澄み渡り、透きとおってゆく夜気の、ゆるゆると滲んでくる陽の光の匂いさえ感じとれる気がする。
 ――だが、暁の大気で胸を満たした瞬間、老いた冒険商人が嗅ぎとったのは血の匂い。
 胸騒ぎは危険を覚えたゆえか、あるいは訳もなく惹かれたゆえか。
 血の匂いを遡った男は、暁の荒野に目を瞠るほど雄々しい獅子を見た。
 軍馬並みの体躯の野生馬を仕留めた大きな雄獅子が、赤銅色の大地に倒した馬の体躯を逞しい前肢で押さえつけ、暁の空に勝鬨めいた咆哮をあげる。
 並みの獅子より一回りは大きな体躯。
 だが彼は、この荒野から続く岩の山脈に棲む獅子が他より大型の種であることは識っていた。
 大きな体躯にも、厚い胸板にも、揺るがず野生馬を押さえつける前肢の筋肉にも目を奪われたが、強く鮮烈に目を引きつけられたのは、暁の光で金に煌いた豊かなたてがみと、咆哮する口のなかに覗いた焔の輝き。そして――逞しい獅子の胸で哂う、白い仮面だった。

●さきぶれ
 識らないうちに身体の底に溜まっていた澱をすべて浚われたような。
 気づかぬうちに血の流れに蟠っていた澱みをすっかり洗い流されたような。
「――そんな心地がしたの」
 老いた冒険商人の口から語られた獅子のマスカレイドの目撃譚。
 それを聴いた時の心地を、胸裡に清冽な光が射したような顔で扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)は語った。何も要らない。思い悩む必要なんて何処にもない。
 凍てつく夜の涯て、暁の荒野を思うさま駆けて。
 唯、同じ空のもとで生きるには相容れない命を狩りにいく。
 シンプルなその在りようが――なんて心地好いんだろう。

 創世神イヴ・ザ・プリマビスタと此華咲夜若津姫が力を取り戻し、大魔女スリーピング・ビューティが都市国家のマスカレイドを見捨てたことにより、都市国家に残されたマスカレイド達を取り巻く状況は大きく変化した。
 力の弱いマスカレイドは存在し続けることすら叶わずに消滅し、消滅を免れた強力なマスカレイドも仮面の隠匿性を失い、一般人にも容易くその正体を看破される状態にある。ゆえに目撃譚を語った老冒険商人も、その獅子をマスカレイドだと断じたのだ。
 これは、狩らねばならない獲物だ。
 行こう、と暁色の娘が誘う。
 余分なものを削ぎ落とし、魂の一番芯で輝くものを剥きだしにしてくれる暁の荒野の狩りへ。

「その獅子はね、本来、荒野から続く岩の山脈の裾に広がる森林に棲む種の獅子だっていうの」
 恐らく、マスカレイドとなってもその森林が獅子にとって最も棲みやすい地であるのは変わるまい。ならば獅子が何故荒野にいたのかと言うなら、
「推測になるけど、多分森の獲物を狩り尽くしちゃったんだと思う」
 狩猟者としての勘と、殺戮衝動に突き動かされるマスカレイドの性質を識るエンドブレイカーとしての観点から娘はそう語る。同じ種類の獅子を識る老冒険商人によれば、夜に狩りをし、朝になれば森へ戻るのではないかということだ。
「今回はエンディングを視たわけじゃないからね、しっかりした情報がないの。だからね現地で獅子を見つけるところから始めなきゃいけないんだけど……」
 見通しの悪い森での捜索は困難。ゆえに、獅子が荒野に出ている時を狙う。
 無論、夜の捜索も困難であるはずだから、
「アンジュと一緒に行こうよ、暁の荒野へ」

 世界を擁く夜闇がやわらかな群青に透きとおり、空の涯てが淡い白光に滲んだかと思えば、焔の揺らめきにも似た朱が棚引き蕩けて、やがて鮮やかな柘榴の彩に染められる荒野。
 赤銅色の岩の大地で、暁の金に煌くたてがみを持つ巨大な雄獅子を探す。
 大きな岩が点在する荒野だが、森よりは余程相手を見つけやすいはずだ。
「見つけて、狩ろうね。詳しいことはわからないけど、これだけは確か」
 ――強いよ。
 弱いマスカレイドが消滅してしまう現状を思えば、都市国家内で存在し続けていることそのものが強さの証。力の強さ、その存在さのものの強さゆえに、あまり突飛な能力なんかは持っていない気がする、とも暁色の娘は続ける。
「きっと、その姿がすべてを表してる」
 老冒険商人が語った暁の獅子の姿に、恋焦がれるような瞳で娘は語った。

「あのね、暁の荒野で獅子を狩れたなら、また逢おうね」
 ひととおりの話を終えて、暁色の娘は何処か清しい光を湛えた瞳を皆へと向けた。
 涯てを越えた、その先を見る瞳だった。

 世界を蝕まんとする全ての脅威が潰え、世界が永遠の平和を享受するのだとしても、戦うことを、命を狩ることをきっとやめない者達がいる。
 生粋の狩猟者たる暁色の娘もそのひとりだ。
 己が命を繋ぐため、誰かの命を生かすため、同じ世界に生きる命と命として対等にぶつかりあい、必要なだけ命を狩る。あるいは、同じ空のもとで生きるには相容れない命だけを狩る。
 それが彼女の芯で輝く生き様だった。
 今までも、そしてきっと、これからも。


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参加者
わんぱく戦士・コンラッド(c00353)
空追い・ヴフマル(c00536)
夢見る暴力・フィグ(c00731)
命の騎士・ロータス(c01059)
眩暈の尾・ラツ(c01725)
燻る焔・ハルク(c01816)
空ばかり見てる・ルスラン(c35273)

NPC:扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●暁の荒野
 凍てつく夜は魔法のように融け始めた。
 昏い闇が優しい群青に透きとおるにつれて、空追い・ヴフマル(c00536)の心も透明になってゆく。黎明の空に消えゆく星々に代わって光るのは、荒野の大地に燈された彼の足跡。けれど自分達の目に星の連なりとも映るそれとは対照的に、命の騎士・ロータス(c01059)が捜す獅子の足跡は中々見出せない。何せ柔らかな土ではなく、岩の大地だ。
 だが稀に残る痕跡に出逢えば、妖精の手を借りずとも見落とすことはない。
「――此処より先、に向かったんは間違いないやろね」
「ならこのまま追いましょう。風上寄りにね」
 岩盤の隙間に時折覗く僅かな草地が踏みつけられた跡。見紛いようのない大きなそれの往く手を見定めんとする友の視線、そしてヴフマルの記す地図を確かめた眩暈の尾・ラツ(c01725)が笑む。
 彼らの外套や毛皮が暁風に翻るたび、空ばかり見てる・ルスラン(c35273)が絞めたばかりの鶏の血の匂いが荒野に舞う。外衣に生々しい匂いを擦りつけた、追跡しながらの誘引。それが獅子との邂逅を早めることを確信しつつ、ラツは爪で破った皮膚から滲む己が血を一滴混ぜた。
 靭き命に挑む昂揚も、氷の刃のごとく冴ゆる意識も矛盾することなく裡にある。
 生と死の匂いを連れて――さあ往こう。
 空と地の境界が光に白み、天翔ける雲が焔の彩と煤色の影に染まる。
 知らず細めた燻る焔・ハルク(c01816)の瞳に映るのは、赤銅色の大地に長い影を伸ばす岩々と、その先に群れる草食の獣達。鋭い角と優美な四肢に命の撓やかさを見た気がして、微かに笑んだ口許から魔獣の咆哮を荒野に響かせた。
 往け。
 そして――俺達は、此処だ!
「ああ。逃がして、呼ぶのね」
 陽が覗き始めた地平目指して駆けだすアンテロープの群れ。ハルクの咆哮に彼らを遠ざけるのと同時に獅子へ己が存在を知らしめる意志を感じれば夢見る暴力・フィグ(c00731)もにんまり笑んで、血濡れた毛皮を煽る暁風に吼えた。
 猛々しい咆哮と翔ける荒野の風に扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)が心地好さげに瞳を細める様に意外です、とルスランが眦を緩めた。彼女と言えばあのちっちゃくていたいけな鳥が思い浮かぶが、
「ゆずひよこさんとの幸せはね、アンジュにとっても思いがけない特別な贈り物」
 察した娘の笑みに己と近い何かを見て、辺境の大地に育まれた狩猟者同士笑み交わす。
「荒野は、俺も好きです」
 今手にする鶏こそ昨夜バザールで買い求めたものだけれど、大地を駆け己が手で獲物を狩るのが本来のルスランの姿だ。冬の夜明けの息吹そのものの晨風に餌の匂いを孕ませて、荒削りな大地も明け初めの空も見渡す鷹の眼差しで暁に狩るべき獲物を求めた。
 鷹の眼が彼方を見渡す間もヴフマルやラツの瞳が油断なく辺りの岩陰を探り、聳える大岩の頂をロータスの眼差しが警戒し、万一の強襲に備え前衛が後衛を囲む円陣を保ったまま荒野を渡る。
 血の滴る肉を振りかざし、耳を澄ますわんぱく戦士・コンラッド(c00353)に届くのは風の音。
 鮮やかな柘榴に染まりゆく涯てから吹く風を背に受けて、鷹の眼を凝らしたフィグの視界に、眩い金の煌きが揺れる。彼方の岩陰から黄金の鬣輝く見事な雄獅子が姿を現す。
「そら、もうひとつの陽が昇るよ」
 爆ぜる歓喜のまま女が地を蹴った瞬間、翼広げる鳥の如く円陣が解けた。
 暁風追い越す勢いで翔けるほどにヴフマルから何かが削ぎ落されてゆく。並び馳せる暁は星狩る夜にいのちが薄紗を纏っていると気付かせてくれた娘。
 疾るための星の標は今も共にあるから。
「さあ参りましょう。再び剥きだしにするために」
「あなたの、アンジュの、皆の――魂の一番芯で輝くものをね!」
 打てば響くような娘の言葉に笑み返し、ヴフマルは薄手の刃を引き抜いた。
 夜明けの世界に閃く、真新しい鋼の煌き。

●暁の獅子
 ――腹は空いたかい。
「ワタシは寒くて腹ペコだ、喰らわせておくれ!」
 荒野の暁で最初に散ったのは、フィグが喰い破った獅子の血だった。
 熱い血の味が彼女の口腔に満ちると弾丸の如き速さで光が翔けたのはどちらが先か、ヴフマルの輝ける翼が獅子の頬から脇腹を一気に斬り裂けば、巨大なあぎとが開くよりも速くロータスの氷翼が牙を剥き、逞しい前肢が振り上げられる気配を察知するより先に巨大化したハルクの魔獣の腕が、それを握り潰す勢いで掴みかかる。
 だが息もつかせぬ連携攻撃に揺らぎも見せず、獅子が大地を踏みしめれば冷気の麻痺も獣爪の侵食も跳ね飛ばした勢いのまま激しい衝撃波が迸った。けれど、
「初手は譲りますが――」
「ああ、この先は譲るものか!」
 一手を集中に費やした後衛の攻撃もまた矢継ぎ早の勢いで獅子を襲う。暁光より眩く翔けるラツの戦闘光輪が柘榴の暁へ盛大に血を散らした瞬間には、鋭い口調も眼差しもあらわにしたルスランの青き矢が獅子の眼を射抜き、続け様の束ね矢で更なる連携の起点となった。
 獅子の咆哮、猛虎の牙、火竜の息吹。
 獰猛にして強大な獣達の性を一身に宿して戦う雄々しき獅子に、終焉を砕く者達もまた繋いだ心と弛まぬ連携で一つの意志持ついのちの如く攻めかかる中、獅子が初めに仕留めるべき獲物と狙い定めたのは、誰とも心を繋がず連携も意識せず吶喊するコンラッド。
 群れの動きから外れた個体が狙われやすいのは自然の摂理だ。
 轟く咆哮、地に背を叩きつけられる衝撃。
「これも弱肉強食の掟ってことか……けど、オレが力尽きる時は前のめりあるのみ!!」
「その意気だ!」
 己が数倍にも達する巨躯に押さえつけられ内腑ごと腹を引き裂かれつつも、大地と焔の色の獣に進化したコンラッドは剛悍な一撃を獅子の喉元へと喰らわせる。続いて力強く少年を鼓舞したのは、ルスランの激励と草原香る生命の風。翔け抜けた風の更なる高みで身を翻したヴフマルの刃が獣の背に突き立てられた刹那、爆ぜるような羽音と光の嵐と化した妖精達がロータスの意のまま獅子の狙いを散らした。
 氷の翼も妖精の嵐も彼の牙。
 たとえ獅子が力の縛めを払おうとも、幾度だって喰らいつく。
 暴走に昂ぶる獣の猛威が己に向けられてもなおロータスは真っ向から抗う態勢を崩さない。本当に生きるために命と命でぶつかりあうことを識ったから、巨大なあぎとにも牙にも怯まない。
 噛み割られた鎖骨、意識が眩まんばかりの痛み、熱い獣の吐息、脈動のたび溢れる己の血。
 だが肩ごと胸を喰いちぎられるのは許さなかった。死してなお戦い続けた騎士、彼の誇りを、牙の痕を刻まれた喉を己が命すべてで震わせ、
「俺は絶対に……膝をつかない!!」
「――ああ、好い咆哮だ」
「本当に!」
 暁にロータスが吼えた瞬間、命の輝きに呼応するよう赤熱に輝いたハルクの獣腕が巨大な獅子を荒野に叩き伏せた。間髪を容れずラツが撃ち込んだ光の環の輝きも消えぬ間に、命の騎士が氷の翼の牙を剥く。

●暁の滔風
 靭き命と勁き命がせめぎあう。
 先に揮った骨槌の勢い重ねたフィグの牙が巨躯を盛大に喰いちぎれば、滝の如く獣の血を浴びた彼女の横腹を返礼とばかりに大きな獅子のあぎとが喰らう。一瞬交差した瞳の光の鮮烈さ。
 嗚呼、背筋が震えたのは冬の暁の寒さのせいでも夥しい失血のせいでもなく――きっと。
 瞬く間に広がる血溜りの芯たる彼女への追撃を防がんと、ヴフマルが空をロータスが地を翔ける。
 扇の閃きを視界の端で捉えた途端、考えるより先にラツは言の葉を奔らせた。
「存分に生きてください!」
「うん! ラツさんも思いきり欲張りにね!」
 眩い歓喜を声音に燈して翔けたアンジュと入れ替わりに一旦下がった深手のフィグへ、迷わず己を削ってラツは水晶の癒しを燈す。血肉を心身を削りながら牙を剥くのはこの暁に立つ誰もが同じ。
 戦い抗い命を繋ぎ、何処までも貪欲に生きるのだ。己が芯に輝きがある限り。
 扇の追い風得たのはハルク、苛烈な火花が爆ぜるのにも似た命と命のせめぎあいに昂揚するまま風を唸らせ揮った魔獣の腕で、鷲掴んだ巨大な獅子の肩を幾度も握り潰す。
 強敵の骨肉を砕いた手応えも、猛り吼えた獅子の牙が背と腹から己が身の裡で噛みあい貪欲に命を啜り喰らわれる感触すらも、世界に生きる命として試されているかのようで好ましい。
「――好いものだな」
 裂いて裂かれて喰らいあい――証明しよう、自らの生を。
 深手にも強い意志の光潰えぬ彼の眼差しを頼もしく思いつつ、ヴフマルは一声ロータスにかけると同時に己が背に光翼を芽吹かせた。
「一花お願いするっすよ!」
「任せや! 飛びっきりの大輪咲かせたるんよ!」
 流星の如く輝き加速した光の軌跡を辿った妖精と編みあげた騎士の誓いが、鮮麗な桃色の花弁を幾重にも咲かせてハルクを一気に全快させる。
 夜の名残めく凍気も濃密な血の匂いもひとときすべて塗り替える世界樹の花の薫風。
 刹那の春暁に鮮やかな深紅を翻し、大きな斧槍が生む突風の旋舞と共にコンラッドが馳せた。
 斧槍を受けとめた巨大な牙が腕を貫いても、嵐の如き勢いのまま薙ぎ払う。
「肉を斬らせて骨を断つ、ってな!!」
 派手にしぶいた血潮と砕かれた巨大な牙が、暁の空に舞った。
 獣の血も人の血も綯い交ぜに溢れさせたままの獅子のあぎと。喉奥に命の眩さにも似た焔の輝き覗かせた獅子が暁に轟かせた咆哮に、フィグの躯の奥底、魂の芯が紛いようのない歓喜に震えた。
 苛烈にぶつかりあうほど輝くいのち。獅子も己も皆も、すべて。
「つよいものは、生きるものは、うつくしいね」
「確かに、敬意も覚えるな」
 恐らく棘の衝動のまま己が同族をも貪りつくしたのだろう百獣の王。見据える狩猟者の男の胸には憐れみもあったが、靭き命への敬意も相反することなく燈っていた。
 眼差しの鋭さはそのままに、彼が口の端擡げて笑む様は何処か、手応えある獲物を射程に捉えた猫科の肉食獣を思わせる。――それもそのはず。
 ルスラン。彼の名の源は、まさしく獅子。
 弓引く獅子が棘憑きの獅子めがけ撃ち込む幾つもの光の最後に、赤の閃光が迸る。
 鮮烈に暁風を裂く赤き鏑矢の音が獅子の咆哮に劣らぬ歓喜をフィグの芯から膨れ上がらせた。
 荒々しいほど沸き立つ歓喜を力と成し、獣の牙と骨の槌携えた女が巨大な獅子の懐へ舞い戻る。

●暁の大地
 柘榴の暁に金の鬣を翻す獅子には、一貫して逃走の意志は見えなかった。
 激しく眩く激突を繰り返す命と命。巨大なあぎとから迸った焔の奔流に呑まれても、ハルクは尽きぬ命の昂揚のまま焔を遡る。苛烈な業炎に苛まれる肌を赤黒い獣皮に、白橡の髪を黒き鬣へと変え、四角の獣となって四足で駆けた。
 烏滸がましいかも知れんが、と胸中で呟き見舞う原初の一撃。続く言の葉は魂に燈す。
 ――御前の命の灯火を引き継いで生きて行く。
「ええな、その姿も色も!」
「……そう言ってもらえるとは思わなかった」
 姿は兎も角、色を。そう言いたげに彼は瞬いたが、ロータスが口にしたのは心からの言葉。
 特に赤黒い獣皮がいい。色濃く血濡れたこの荒野の大地に似たその色は、血の泥濘を啜ってでも生きて行くというハルクの決意そのもののよう。そう、己の決意とも限りなく近い。
 血の泥濘を啜れど渇きも餓えも増すばかりだろう。
 だがそれでもいい。幼き日にあれほど畏れた衝動が今は震えるほど心地好い。
 歓喜。
 己が命を証すそれと共に揮われたロータスの氷翼が暁を染める柘榴の彩を映す。空と大地めいた友二人に続くべくラツは掌上に光の円刃を喚んだ。見据えるのは彼らの背の先、巨大な獅子。
 ――獅子は傲慢と云いますが、貴方の何が棘と結びついたのでしょうね?
 真っ向から見た瞳に燈るのは、純粋な獣の猛々しさ。
 本能。何処かで彼もその言葉を予測していた。
 この世に生を享けた、その在るがままに生き抜いたのだ。あの獅子は。
 心の泉に滴が落ち、敬意が湧き上がる。けれど同じ空の許で生きるには相容れぬ命を狩る決意は揺るがず、一層澄み渡る。
「狩らねばなるまい、生きねば」
「勿論。歪んだ棘を狩り尽くし、そして俺達はその先へと進む!」
 何処か厳かに響いたラツの言の葉。だが彼の望むまま暁を翔けた輝きは鋭く冴え、獅子の胸元で猛威を揮って前肢の片方を斬り飛ばした。逞しい前肢が地に落ちるより速く、鋭く響いたルスランの声音と弓の弦音。彩の驟雨となって獅子へ襲いかかる束ね矢の輝き、一斉に獅子を穿ち歪んだ棘を霧散させていく幾つもの彩は、彼の胸に燈る幾つもの想いの具現のよう。
 変わらぬ憐れみ、敬意、在るべき姿に戻してやらねばという信念。それらと、もうひとつ。
 狩りそのものに感じる歓びは変わらない。今も、そして、己が己として生きる限り。
 大きく獣の態勢を崩し一気に棘を削った連携攻撃。そのまま途切れぬ攻勢を望むルスランの意を継いだアンジュの旋風が獅子の反撃より先にフィグへと機を繋ぐ。
 肢ひとつ喪ってもなお力強く大地に立ち続けんとする眼前のいのち。
 ワタシは獣足りと、想うのだけど――やっぱりヒトなのでしょう。
 猛り喰らう獣の衝動を秘めながら、ヒトとして線を引く。
 伴侶との絆を指に燈す左手で血道の覇たる骨槌を強く握り、叩きつけるは高速の、凄まじい殴打の連撃。仮面が罅割れる音を聴きながら、次を躱すも護るも許さぬとばかりに巨大な獅子の鼻面を押さえ込み、遊び仲間のような弟分のような運び屋を高らかに呼ぶ。
「――さあ、ここよ!!」
 彼の姿は彼女の頭上。
 鮮やかな柘榴の彩もゆうるりと、けれど確実に冬空の青へと透きとおってゆく。
 刻一刻と彩変える暁の空に身を翻し、限りなく透明になった意識が同じ彩に染まる――この感覚。
 それはやはり、歓喜と呼ぶ以外になかった。
 限りなく透明で眩くて鮮やかな意識の芯でヴフマルは、眼下のいのちの最期の煌きを感じ取る。
 この暁で初めて抜き放った真新しいククリ。その刃に柄に、そして何よりも、この短刀とともに翔け続けていく己が心に刻み付けていく最初のいのちになってほしい。あの、猛き獅子に。
 天地の涯てから射す暁光と同じくまっすぐな心を刃に重ね。
 鮮やかな空から鮮やかな大地へ一気に翔けた。
 金の鬣を貫いた刃が獅子の首に埋まった瞬間、胸の仮面も棘すべても砕け散って霧散する。
「おかえり、猛き地の同胞」
 今はまだまっさらな、石楠花の柄にいつか彫り込む言の葉を獅子へと贈る。
 ――ゆく路の導はいのちの光。

 獅子の骸は荒野の大地に横たえられた。
 棘の頸木から解き放たれた猛々しいその魂は、先達達の許へ悠然と、独りで還るだろうか。
 余韻に佇むラツの胸裡を察したかのように、けれど確たる答えを識るわけでもなく、ハルクが淡く瞳を細めた。
 幾度目かの夜明けがめぐり暁が空を焼く頃には、彼の骨身は土に還り風が弔うことだろう。
 願わくば――暁の荒野往く風と光が、獅子の魂が望む処への導きとなるように。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:7人
作成日:2015/01/24
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