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桜とマシュマロとショコラティアラ

<オープニング>

●ティルムシュタットの製菓市
 紫煙群塔ラッドシティの街、ティルムシュタットでは、月に一度特別な市が立つ。
 街道から街中へ入る手前に設けられた大きな広場に立つ市の名は、ティルムシュタットの製菓市。その呼び名のとおり、お菓子作りの材料や製菓の器具を主に扱う市だ。
 甘い香りと華やかな彩りに満ちた製菓市は、お菓子作りに興味を持つ者にとってはまるで、とびきり綺麗なものいっぱいの宝石箱やとびきり楽しいものいっぱいの玩具箱をひっくり返したような場所。
 ――けれど知ってる?
 昼の間も楽しい夢の国だけれど、夜を迎えた製菓市は煌びやかな魔法の世界へ変わるってこと。

 深く透きとおる冬の夜闇が訪れたなら、濃藍の闇に抱かれた製菓市はキャンドルの焔で彩られる。暖かな蜜色に輝く焔を燈すのは美しい木々や鳥のかたちに彫られた蜜蝋キャンドルに、砂糖細工や可愛い苺タルトそっくりな菓子キャンドルたち。ふんわり金の環を描く焔に照らされ、製菓市に溢れる数多の品々は秘密の宝物めいた煌きを纏う。
 さあ、とびきりの宝物をあつめにいこう。
 蕩けるようにきらめく宝石たちは、朝摘み苺や鮮やかな真紅に熟した林檎。眩いおひさまみたいな柚子にナイフを入れたなら、キャンドルの熱でひときわ甘酸っぱく香りたつ金の雫が弾けて躍る。
 ねえ、これで何を作ろうか。
 瑞々しいミルクの香り溢れるホワイトチョコレートに特濃クリームと柚子果汁をたっぷり加えた柚子風味の生チョコレート、甘酸っぱい苺やオレンジをとろとろカスタードに沈めて天火で焼いたフルーツグラタンも捨てがたいし、摘みたての苺や林檎をチョコレートフォンデュで楽しむのにも心が躍る。
 勿論、チョコレートフォンデュをするならクッキーやマシュマロも自分で作りたいところ。
 そうなればまだまだ宝探しは終わらない。
 眩暈がしそうな位魅力的に香る発酵バターは外せないし、香ばしいローストアーモンドはそのままアマンドショコラを作るのでも砕いてクッキーに混ぜるのでもきっと幸せ。とびきり新鮮な卵の卵白は雪のように真っ白にふんわり泡立って、マシュマロに優しく蕩ける口融けを与えてくれるはず。
 桜や薔薇の形をした小さなキャンドルや、それらを燈してチョコレートを溶かせる、可愛い二人用のフォンデュ鍋も買い揃えたなら、さあ、主役のチョコレートを探しにいこう。

 甘やか煌き達の中で何より目を惹くのは、職人達が粋を凝らした極上の製菓用チョコレート。
 丁寧な深煎りでカカオの香りと苦味を鮮やかに際立たせた大人のビターは蒸留酒を使ったお菓子向きで、苦味と酸味のバランスが調ったカカオにシュガービートで甘味をつけたものはオランジェットなんかのコーティング向き。濃厚なカカオにゆっくり煮詰めたミルクを加えたものは豊かなキャラメル風味をほんのり含み、ガナッシュや生チョコに使えば蕩けるような笑顔を生んでくれるはず。
 極上のチョコレートを買ったなら、極上のリキュールも忘れずに。
 洗練された大人のビターに樅の木のリキュールを落とした、深い夜色のチョコレートフォンデュ、
 柔らかにバニラ香るホワイトに桜のリキュールを落とした、甘い春色のチョコレートフォンデュ。
 ねえ、どちらが食べたい? どちらでも大丈夫。
 片方のチョコレートは、ほら、あそこに飾られているような――ショコラティアラにしてしまうから。

●桜とマシュマロとショコラティアラ
 美しいキャンドルの焔に照らされ、天鵞絨のクッションの上で煌く、チョコレート細工のティアラ。
 雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)が視た製菓市のエンディングで一番印象的なのがそれだった。
 金や銀色にきらめくチョコレート型に極上のクーベルチュールチョコレートを流して固めた、精緻な細工のパーツを組み合わせ、金粉入りのフロストシュガーや銀色真珠みたいなアラザンで彩られたチョコレート細工のティアラは、
「んもう、すんごい可愛かったんだよどうしよう……!!」
 全く別のチョコレート型を買いに行くつもりだったらしいアンジュが悩める乙女心を炸裂させた。
 ショコラティアラの型そのものも繊細な金細工や銀細工のようで素敵だし、チョコレートのティアラを宝石めいたドライフルーツや砂糖漬けの菫やプリムラの花で飾って――なんて考えるだけでも胸が弾んでしょうがない。
 それでなくてもシャルムーンデイを控えたこの時期は、お菓子作りのための買い物もとびきり楽しい時期だ。
「ね、もしも興味が湧いたなら――アンジュと一緒に、ティルムシュタットの製菓市に行こう?」
「こういう市は買い物も面白いが、売り手になるのも面白いぜ?」
 ラッドシティで領主となり、そろそろ領地も落ち着いてきたという者も多いだろう。
 自領に製菓市向けの品があるなら新たな販路も開拓できるはず。その気があるなら協力するぜと隣のテーブルから砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が口を挟んだ。
 つまり――自分が地位を持つ街や村の品を製菓市で売ってみないか、というわけだ。

 製菓市で扱われているのはお菓子作りの材料や製菓の器具といった品。
 新鮮なミルクや卵に極上のアカシア蜜、粒揃いの朝摘みブルーベリーといった良質の品があるなら間違いなく売れるし、刃物が自慢の街なら菓子を綺麗に切れるケーキナイフ、織物が特産の街ならお菓子のラッピングに使うサテンのリボンといった、食材ではないものだって売り物になる。
 この時期なら、やはりチョコレートに関わるものが売れ筋だろうか。
 極上のクーベルチュールチョコレートで包めば飛びきり味わい引き立つドライフルーツも人気だし、深く濃厚な色合いのチョコレート菓子をさらに美しく見せる雪結晶のレースペーパーや、綺麗な金の仕切り入りのトリュフボックスなども飛ぶように売れるはず。
 ショコラティアラを始めとする精緻なチョコレート型などもこの時期の人気商品だ。
 大きな木箱いっぱいの林檎、壺入りの発酵バター、何本もの製菓用ブランデーと重いものを大量に買い込む客も多いが、頼めば品の良い制服に身を包んだ若い運び屋たちが貸し大トカゲ屋まで荷を運んでくれるから、誰もが財布の許す限り心ゆくまで買い物を楽しめる。
「俺は桜砂糖を売る予定。ショコラティアラに使えばきっと映えるだろうしな」
 水晶の粉のようにきらきらと煌く砂糖に細かく刻んだ桜の花をたっぷり混ぜたフレーバーシュガー、それが桜砂糖だ。ショコラティアラの彩りに振りかけるのも綺麗だし、熱い紅茶に溶かせば、細かな桜の花弁が浮かびあがってくる様が美しい。

「製菓市に飾られてるショコラティアラはあくまで見本でね、売り物は型の方だからね。お菓子作りの材料や製菓用の器具を買ったり眺めたりするのを楽しむ市だもの」
 製菓市についてひとしきり語り、アンジュはそう付け加えた。
 たとえば、作りたいお菓子を作る材料や器具を買い揃えたり、好きなように買い物をしながらどんなお菓子を作ろうか考えてみたり。そうやって過ごすのが一番楽しい場所なのだ。
 新鮮で上質な食材も、職人御用達の高品質な器具も、誰かに菓子を贈るためのラッピング用品も、この製菓市ならよりどりみどり。

「あのね、思いきり楽しい買い物ができたなら、また逢おうね」

 何を買ってどんなお菓子を作ったのか、後で聴かせて欲しいと思うから。


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参加者
NPC:雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●煉瓦とマシュマロとクーベルチュール
 凍てつく冬の夜闇に吐息は真白に染まるけれど、地上に星空を創りだす数多のキャンドルが甘い宝石達を照らし出す光景を瞳にすれば、乙女達の頬はたちまち薔薇色に染まる。
 ふんわり金の環を描くキャンドルの焔が照らす製菓市はまるで煌びやかな魔法の宝石箱。極上の糖蜜をかけたように艶めく苺や林檎はとびきり甘酸っぱく香り、薔薇や菫のリキュール瓶並ぶ硝子の森は神秘的な煌きで乙女達を誘う。菓子作りが得意というわけでもないのに、
 ――どうしてこんなにときめくの……!
 金色煌く円い缶の蓋を開ければ夜より深く艶めくクーベルチュールチョコレート、撓やかな包装紙は淡い光沢に精緻な花模様を咲かせ、真珠めいて煌くサテンリボン達はシャルロッテが手に取るたび美しい彩の流れを生む。
 南国の果実めいたエキゾチックな香りのエクストラダーク、濃厚なカカオに甘いキャラメルを思わす香りがひっそり蕩けるミルク、ファルスも目移りせずにいられないチョコレート達に、キャンドルの焔にきらきら煌き踊らすドライフルーツ達。
 柔らかなアプリコット、紅玉を鏤めたみたいなラズベリー、甘いブランデーには何を合わせようかと想い馳せるたび、胸だけでなく足取りまでも弾みそう。改めてきゅっと握ればしっかり握り返してくれる親友の手、魅惑的な宝石の海に呑まれぬよう悪戯に瞳を見交わし、
「シャルはどんな果物が好きかのう?」
「そうねぇ……桃や苺が好きかしら。ファルスちゃんは何がお好き?」
 内緒話めかして囁き合えば、恋を語り合うかのように心も浮き立った。
 迷った挙句、選べぬのじゃ、と呟く親友も可愛くて、シャルロッテは微風めいた笑みを零すけど、
「ここでのお買い物は、さながら甘やかな国へ飛びたつ翅を手に入れるみたいね」
「飛びたつ翅を手に入れたら、お菓子作りも一緒に如何かのう?」
 翅の旅路への誘いにびくぅと強張る細い肩。
 足を引っ張らないよう頑張りマス……と続いた自信なさげな声にふわり頬緩め、ファルスは彼女の指先を掬いあげるように包みこむ。
 ――大丈夫じゃよ、一緒なら。
 二人で訪れる製菓市も二人で迎えるシャルムーンデイも、気づけば自然に互いに馴染んでいた。一人で回る製菓市も悪くないけど、二人でなら菓子の魔法がいっそう膨らむのが楽しいところ。
 柑橘や菫めいて華やかにカカオが香るスイート、瑞々しいミルクとバニラの香りが芳醇なホワイト、極上の風味は勿論、扱いやすさも売りにしたクーベルチュールのタブレットに惹かれつつオニクスは繊細な金や銀の煌きにふと足を止めた。
 覗いてみるのは精緻な細工がこまやかに煌くティアラ型。
「なぁエルディ、アンタならどんな風に飾る?」
「そうですねぇ……」
 彼女が顔をあげれば艶やかに流れた漆黒の髪、口許綻ばせたヴフマルが真っ先に思い浮かべたのは、黒髪に映えるホワイトチョコレートのショコラティアラ。
 桜や薔薇のリキュールで淡く色づけるのも素敵だし、橄欖石みたいなドライキウイやシトリン思わすアップルキューブ、甘酸っぱい宝石達を鏤め、砂糖漬けの菫や朝露めいたアラザンで弦を彩る様を思えば心が躍る。
 仕上げに桜砂糖を降らせれば、きっと一足早い春の魔法が咲く。
「そのまま人の頭の上に乗せる気?」
「あれ、御嫌ですか?」
 楽しげに語る彼の目線に気づいた娘が冗談めかして笑えば、悪戯っぽく返る笑み。
 台座っぽい菓子でも用意しようかな、と口にしてみればオニクスの胸へと浮かんだのは、幾つかの暖かな色合いに仕上げた一口サイズのスポンジケーキを積んだ、煉瓦の壁のお菓子のお城。
 甘酸っぱいクランベリーソースと蕩けるチョコレートソースで彩って――と更に魔法が膨らめば、
「よし、他のも色々買いに行こうぜ」
「たっぷり買って帰りましょうか」
 冬夜に楽しげに弾んだ白い息、当たり前みたいに伸ばされた彼女の手。
 ヴフマルも白い吐息で笑ってあたたかな幸せと手を繋ぐ。
 相手を花のように綻ばせる春告げの魔法の言葉は、その日までにきっと考えておくから。
 凍えるような夜に次々と咲く暖かな賑わいに皆の笑顔。
 知己の頑張りが豊かに実る様は自分のことでもないのに何処か誇らしくて、彼は良い領主様だね、飛びっきりだよね、と語らえば、皆と同じ暖かな笑みが互いにも燈る。
「――ねぇ、今年も期待してていいかな?」
「も、溶けちゃうくらい熱く期待してて!」
 繋いだ手を柔く引き寄せひっそりハルネスが囁けば、雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)がぎゅっと片腕にくっつきひときわ嬉しげに笑みを咲かせた。一緒に作ろうねと約束したのは型抜きで咲かせる春花のマシュマロ、けれど何やら色々買い込む彼女が作るのがそれだけではないように、彼も別の魔法を仕込み済み。
「今年は私もアンジュにお菓子を作るからね?」
「きゃー食べたい食べたい食べさせてー!」
 夢売りの匠の店で娘が衝動買いしている隙に買い求めた桜砂糖もチョコレート型も、今頃運び屋の子と製菓市の空を翔けている。――私のお姫様に作るティアラは、特別な日までのささやかな秘密。
 最初の一口は、君に食べて欲しい。

●柚子と柊とオランジェット
「ティルムシュタットの領主様ではありませんか! 今宵もお目にかかれて恐悦至極ですよ!」
「お忍びだから! 忍んでるんだよ忍んでるんだからね!!」
 甘く煌くショコラティアラの傍らで某デザイナーのいけずは今宵も絶好調。
 微行と知ってて大仰に出迎える彼には口止めの果実を押しつけて、この街のお忍び領主ことピノは硝子の林檎に輝く真紅のリキッドキャンドルや裡から暖かな夕陽色に輝く蜜蝋キャンドルのあかりの海をゆるりと泳ぐ。
 光の波間で、ピノ君発見! と輝く笑顔のゼルディアに捕獲されたなら、
「ね、お嫁さんみたいな柚子探すって言ってたわよね。一緒に買って分けっこしない?」
「喜んで! ゼルディアの柑橘情報も是非分けっこして欲しいところ!」
 続いて柑橘姫と柑橘の国の旅。
 爽やかな幸せを胸いっぱいにくれる檸檬、眩い彩と香りの甘酸っぱさに思わず顔が綻ぶ柚子に、二人で惚れ込んだ夕陽の雫みたいな果汁を滴らせるマーコットを袋いっぱい買い込んで、
「ナルちー、お裾分け!」
「お願いナルセイン君、今日ないのは知ってるけど、オルトクラートのお取り寄せしたいの……!」
「思いっきり楽しんでるなあんた達!」
 揃って突撃すればその賑やかさに冒険商人が破顔した。
 水神祭都の樹氷の森で孤高の眠りをすごす蒸留酒、チョコレートとの相性は折り紙つきだから、と拝まんばかりのゼルディアの願いを男が叶えぬはずもなく、すぐ届けに行くさと請け合って貰えれば礼を述べた乙女は今宵の旅の最終段階へ。
 時を重ねて丸く優しくなっていく柊の葉。
 飛びきりのミルフィーユのレシピと覚えた素敵な逸話を聴いて欲しいのに、棘のない柊の葉の型は流石の製菓市でも見つけられないと思うから、伝手も縁もコネもフル活用した乙女が向かうところは夢売りの匠の店。
「ほらゼルディア、オーダーされた柊の葉の型、出来てるぜ」
「きゃー! 流石はシュクル・レーヴの細工師さんっ! ありがとう……!!」
 棘の取れた優しいかたちは幸せな希望も表すよう。陽光めいて煌く柊の型に彼女が満面の笑みを咲かせるから、満足気に笑んだエアハルトは己の密やかな願いごと包んで手渡してやる。
 ――彼女に、幸あれ。
 葉も咲かせれば花も咲かせるのが夢売りの街の細工師、春先の陽光そのまま咲かせたみたいな福寿草の飴細工の煌きにひとびとが引き寄せられてきたなら、流し込むだけで甘くて美しい花が咲くチョコレートモールドや、暁色も『ロリポップゆずひよこさん作るー!』と衝動買いしていった瑞々しい萌黄色や甘いショコラブラウンのロリポップスティックが飛ぶように売れていく。
 そして今年のとっておきはチョコレートと飴細工を組み合わせる椿の型。
 ほんのり桃色に染まるホワイトチョコレートの花に金色煌く飴の花芯を覗かす椿で、細工師は光と皆の笑顔を咲かす。
 夏の黄昏より鮮やかに煌くオレンジピールに薫り高くキレが良い苦みと酸味のビターチョコレート、選り抜きの品々にエレノアも笑みと頷きひとつ。何せ感謝の気持ちを配るべき相手が多すぎるのだ、これなら甘味が苦手な男性でも大丈夫。のはず。
 最後に手に取るのは甘酸っぱいチェリーをコアントローに漬け込んだリキュール。これをほんのりと香らせて、美味しく綺麗で食べやすい、スティック型のオランジェットを量産予定だ。すべては浮世の義理というか義理チョコだけど、日頃の感謝を形にするのは世界に幸せを創ること。
「で、姐さんの本命は?」
 なんて誰かに訊かれたら、フッと笑って肩にかかった髪を鮮やかに払い。
「あたしはこの世界と結婚したの」
 ――って言うとカッコいいって、歴史書か何かで見た何処ぞの女王様が言ってた気がする。
 恋の媚薬めくチョコレートが妍を競う冬夜は、製菓市そのものへの恋心も初々しく染め変える。
 葉桜の意匠なめらかに艶めく小さな琺瑯のフォンデュ鍋、繊細に咲くレースペーパー思わす鍋敷。夜色チョコレートを明けの彩の焔で融かすキャンドルは、花冷えの夜も暖めてくれそうな桜に小鳥、蕾が実る木々。惑う愉しさも選びきれない悩ましさも乙女の特権とばかりに享受して、
「ああ、全部あなたとゆっくり過ごしたい一頁、って気付いたらね」
 ――逢いたくてたまらなくなったの。
 迷わず辿りついた桜の煌きの許で笑みを咲き綻ばせたなら、
「参ったね。あんたが言うと極上の殺し文句だ」
 ――俺も逢いたかった。
 冷たい夜気に馴染んだアデュラリアの耳許に柔い熱が落ちた。声音の擽ったさに笑みを転がして、作る菓子を語るばかりの夢から現へ咲かせる花をもうひとつ。
「一緒に食べたくて、食べてほしいわ、ナルセイン様」
「……あんたやっぱり、とんでもなく罪な女だな」
 極上の褒め言葉を笑みに乗せた男が、愉しみにしてる、と女の髪をひとすじ掬う。

●桜とクッキーとショコラティアラ
 天地の星空の間を翔ける運び屋の少年達によれば、ショコラティアラをデザインしたのは予想通り某いけ……めんデザイナーらしい。
 複雑な心地になりつつも甘く煌くティアラやその型を間近に見れば、とっても綺麗じゃのうと素直に感嘆を口にするのがラヴィスローズの美点だ。その様子に眦緩めたリューウェンを見上げて少女は、彼の作品がおすすめなのじゃよ、とほんのり悔しげに推薦した。
 だって彼の作品は一流だけど、いけずも一流。
 いざ出陣、と拳を握った姫君は、
「エッカルト殿、たのもー!」
「ほう。何やら勇ましいですね、受けて立ちましょうか」
「やっぱり駆け引き……!?」
 今日もいけずじゃ!! と心で叫んだ。
 銀の鳥籠に針金の毬を閉じ込めたような芸術性と機能性を併せ持つダブルアクションホイッパー、春を先取りする桃花や桜花の抜き型もまさしく銀の花で、創り手の自信を表すかのように価格も少々可愛くない。だが新しい庵にはぜひ良質な製菓用具を揃えたくて、
「一式買い揃えるので、少し値引いて貰えないだろうか?」
 駆け引きに向かない自覚のあるリューウェンは直球で挑んだ。
 値引く気はありません、と、にべもなく言いきられたけれど、
「ですが、一式お買い上げくださるお得意様になら――」
 此方を、と差し出される銀の煌き。
 それは彼が先程から、傍らの姫君にお似合いのティアラが作れそうだと気になっていたティアラ型。
「使用した感想や改良すべき点を聴かせて頂けるなら、その謝礼に差し上げますよ」
「……感謝する、エッカルト殿!」
「わ、素敵なのじゃ……!」
 お菓子の国の王子様が顔を輝かせる様が嬉しくて、ラヴィスローズにも満面の笑みが咲く。色々と買い揃えた彼が運び屋の少年に荷を預けている間にこっそり姫君もティアラ型をお買い上げ。
 これに一工夫して、王子様にクラウンを作れたら――とても素敵。
 大切なひとに贈るショコラティアラを秘めるのはブランデー薫るケーキの宝箱。ラッピングには地図模様のワックスペーパー、宝の地図めく風合いのそれに包んだ菓子が、宝物になりますように。
「ねえルセ、だからショコラティアラに飾る桜砂糖のとっておきを頂戴?」
「あんたも識っての通り、俺の仕入れる花砂糖は全部極上だぜ? ま、あんたになら――」
 おまけくらいは付けるさ。
 手作りマーマレードが隠し味なチョコレートケーキ、袖の下の約束に笑った男がヴリーズィの掌へと乗せてくれたのは、ころんと可愛い銀色ボトル。
 美しい粉砂糖の雪を降らせるためのシュガーボトルが、きっと桜砂糖にも魔法をくれる。
 暫く留守にするらしい菫の瞳のあのひとが帰ってきた時に、お帰りとお疲れ様とありがとうと、
 ――言えずにいた想いの形を、大事に包んで届けるために。

 大人の秘密を抱く木苺やミント、桜のリキュールが幻想的に煌く硝子の森を潜る少女達の視線は二年前よりちょっぴり高く、くすくす笑み交わす声も少しだけ大人びた気分。
「前よりちょっと大人になれたかな?」
「ええきっと。わたしも、シャルもね?」
 お年玉の残りを握りしめるシャルティナの前に次々現れる煌きは、優しい銀に煌く星霊クッキー型、淡いピンクゴールドに煌く星霊のケーキ型。悩める友を微笑ましく見ていたミュゼットも、甘い煌きに誘われ足を止めた。
 天鵞絨のクッションで煌くショコラティアラ。
 蕩けるように艶めくホワイトチョコレート細工のティアラは金色の粉雪めいたフロストシュガーや銀色真珠みたいなアラザンに彩られ、童話のお姫様が冠るティアラさながらに煌いていて。
 綺麗ね、と溜息零せば、ミュゼットの隣で溜息がもうひとつ。
「シャルも、ティアラが気になるの?」
 そうっと覗きめば、シャルティナの頬がぱっと薔薇色に染まった。
「この間ね、アンジュさんとお話をしたトコだったの」
 ――大切な誰かに、いつか出逢えるかなって。
 こんなティアラを誰かに作ったり、誰かに作ってもらえたり。そんな相手に出逢えたら、きっときっと、とっても幸せ。
 頬染めてまだ見ぬ恋を紡ぐ友は愛らしく、いつか誰かが彼女を攫っていくのかしら、なんて思えば心騒ぐけど――友がより幸せ輝く笑顔を咲かせるなら、それはきっと素晴らしいことだから。
「ねえ、シャル。ティアラの型、買って帰りましょうか」
 繋いでいた手をきゅっと握れば、不安げに瞬く翡翠の瞳。
「ミュゼちゃんと一緒に練習したら……作れるようになるかな?」
「頑張って練習すれば、きっと大丈夫」
 けれど紅玉の瞳を柔らかに笑ませて頷いて見せれば、光の花みたいな笑みが咲いた。
「うん、買って帰る!」
 一緒に夢を紡ぎつつ、甘い魔法の腕を磨いていこう。
 ――いつかきっと出逢う、世界でいちばん大好きと言い合える誰かのために。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:15人
作成日:2015/02/14
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  • ハートフル3 
  • ロマンティック2 
冒険結果:成功!
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