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霧の古城

<オープニング>

●霧の古城
 紫煙が霧のごとく漂う森があった。
 冬の夜は紫煙と森の梢越しのおぼろな月光もことさら冷たく感じられ、足元から這い登る冷気にも似た恐怖がひたひたと寄せてくる。
 訳もなく背筋がぞくりと震える冬の夜、森の奥に佇む古城を訪れたならどんな心地がするだろうか。その古城は石造りの壮麗な、けれど陰鬱な雰囲気を持つ城だった。そこに、血塗れの陰惨な物語が付け加えられる。
 鮮血公――それが物語の主人公の名。
 遠い昔、この城の主であり辺り一帯の領主であった鮮血公は嗜虐的な趣味を持ち、夜ごと同好の士たる貴族達の前でピュアリィの生き血を絞り、葡萄酒代わりにそれを盃に満たしては凄惨な血の饗宴に耽っていたという。
 時には晩餐のテーブルで、時には皆が寛ぐ居間で、時には豪奢な寝室で。
 可憐なピュアリィの乙女達を嬲り、引き裂き、その悲鳴を楽の音のように、その鮮血を美酒のように愛でては酔いしれていた鮮血公は、
「――死してなおピュアリィの乙女の血を求め、今も城を彷徨い続けているのです……」
 乙女が重々しい声音で怪奇物語を語り終えた、その瞬間。
 ――ギィィィ……。
「きゃああぁぁああっ!!」
 突如響いた扉の軋みに、乙女達の絹裂くような悲鳴が上がった。
 だが扉から入ってきたのは鮮血公ではなく、石の回廊を渡る冷たく湿った風。
「なんだ……風だったのね」
「けれど怖いわ怖いわ、次こそ本当に鮮血公が来るのかも……!」
「そんなのいやああぁあっ!!」
 可憐な乙女達は他人事ではない恐怖に華奢な肢体と美しい背の翅を震わせる。
 そう、古びてはいるが格調高い調度に彩られた大きな居間で身を寄せ合う乙女達は、背に虹色の蝶の翅を持つ、ファルファーレと呼ばれるピュアリィ達であった。
 大型の暖炉に火は入っておらず、冷えきった壁にはピュアリィの骸を踏みつけてその首級を掲げる騎士の絵がかかっている。雰囲気は満点だ。
 数日前に見つけた無人のこの城をねぐらと定めた数十のファルファーレ達は、その絵をモチーフに自分達で創りあげた鮮血公の物語に夢中だった。
 彼女達は自分で創った怪奇物語に、本気で、心の底から恐怖している。
 それはもう夜も眠れないほど怖がっているのである。
 だが、魔道書の技を操り書物に親しんでいるファルファーレ達は、物語を、物語のような恋を夢見る乙女達でもあった。その豊かな想像力で夜ごと鮮血公の物語や陰惨な古城の雰囲気に存分に怯えこう続けるのが彼女らの常だ。
「『姉さま』の具合が良くなったらイケメン狩りに行かなくちゃ」
「そうよね、怖い夜に『大丈夫、俺が傍にいる』ってイケメンが抱き締めてくれたら……」
「きゃー! 素敵素敵!!」
 彼女達の群れの長、奇妙な仮面めいた飾りをつけた『姉さま』。
 豪奢な寝室にひとり籠もっている『姉さま』の不調の理由を、ファルファーレ達は知る由もない。
 そして――壁と壁の間に造られた隠し通路から、現在この城の主である貴族の青年が、彼女達の様子を窺っていることも。

●さきがけ
「鮮血公の話には俺も怯える小鳥さんのようにぷるぷるしちまうんだが……」
 何のことはない。
 要は物語好きで想像力と妄想力のたくましいピュアリィが自分達で怖い物語を創り、本気でそれを怖がっているだけのこと。
 紫煙群塔ラッドシティの酒場で軽く身を震わせた砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が語ったところによると、昔、領地を襲った凶暴なピュアリィの群れを騎士団を率いて討伐した当時の城主が件の絵のモデルであるという。鮮血公はファルファーレが勝手に付けた名だ。
 当時の城主の家は絶え、現在は他の貴族が別荘としてその古城を所有しているのだが、
「ピュアリィの群れが居ついたって話を聴いたその貴族が隠し通路を使って様子を見に行ったところ、その群れの長がマスカレイドだったってのが今夜の本題だ」

 創世神の力が都市国家に浸透し、マスカレイドに制約を齎したこと。
 蝶の翅を持つピュアリィ、ファルファーレの群れを束ねる『姉さま』ことマスカレイドの不調の原因はそれに他ならない。誰の目にも明らかとなった仮面を隠せなくなったことはまだしも、悪事を行おうとするたび苦痛に襲われるのは堪ったものではないのだろう。
 だが、魔道書を使うとはいっても然程知能の高くないファルファーレ達がそれを察せるはずもなく、また仮面が見えても彼女らにはマスカレイドという存在も理解できない。
「――で、城の豪華なベッドで休ませたら『姉さま』の具合も良くなるかも、と思ったんだろうな」
 彼女達は『姉さま』の不調が回復次第イケメン狩りに乗り出すつもりらしいが、マスカレイドのその不調が回復することはまずないはずだ。
「つまり、今なら近隣の人々に害が及ばないうちに片がつけられるってわけだ」

 今はまだ、ファルファーレの群れが犯した悪事といえば勝手に古城へ住み着いたくらいのもの。
 それならマスカレイドではない普通のファルファーレ達の命まで取る必要はないだろう。
「けれど真正面から城に乗り込んでったら、『姉さま』を護ろうとしたり好みの男を捕まえようとしたりでヤツらも必死で戦うだろうな。マスカレイド以外はそれほど強くはないと思うが……」
 数十はいるというから、まともに相手するのは相当厄介だ。
 隠し通路でマスカレイドの居場所に直行するという手もあるが、戦いとなれば他のファルファーレが即座に駆けつけるはず。
 そこで、と男は愉しげに口の端を擡げてみせた。
「ファルファーレ達が創った鮮血公の物語を利用して、ヤツらを思いきり怖がらせてやろうぜ」

 古城内を網羅している隠し通路は様々なところに通じている。
 暖炉の中から現れたり部屋の隅の垂れ幕の奥から現れたりできるといった、よくある類のものだ。
 城内の照明は壁掛けのランプなのだが、隠し通路の仕掛けでランプの火にこっそり覆いを掛けて、突然照明を消すこともできるらしい。それだけでも蝶の乙女達はパニックになるだろうが、
 あかりが消えても紫煙の霧越しのぼんやりした月明かりが射しているから、
「そこに突然、鮮血公やその取り巻きの貴族のアンデッドっぽい格好した誰かが現れてみたり、狂王アニールの紋章の哄笑が響いてみたりしたら――」
 滅茶苦茶怖いんじゃね?
 と、悪戯をたくらむ子供のような顔で魔想紋章士たる男が続ける。
 ほぅら、鮮血公の眷族がお前のはらわたを喰らいに行くぞ――何て台詞と共にクリムゾンハウンドなどをけしかけるのも良さそうだ。普通ならアビリティだと気づかれるかもしれないが、鮮血公の話にこじつければファルファーレ達は恐怖でそんな余裕もなくなるはず。
 自分達の想像だった恐怖が現実に現れるのだ。驚かないわけがない。
 巧く脅かして怖がらせれば、彼女達は『姉さま』に気を回す余裕もなく城から逃げ出すだろう。
 恐怖の悲鳴は毎晩のことだから、それでマスカレイドに事態を悟られることもない。
 それに、存分に悲鳴を響かせた後なら、鮮血公で怖がらせることでマスカレイドとの戦闘も有利に運ぶことができるかもしれない。
「さあ御照覧、霧の古城に数多の蝶の乙女達が巣食ってる」
 乙女達には存分に恐怖を味わってもらって、マスカレイドには永遠に眠ってもらいに行こうぜ。
 男はそう続け、話を締めくくった。


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参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
翠狼・ネモ(c01893)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
目映・トゥエトリーナ(c03874)
オーバー・ヒィト(c06785)
アゾートアズール・キウ(c06943)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●浪漫の宴
 霧めいて揺蕩う紫煙がひたひたと追ってくるような森の夜、鬱蒼たる森の奥に佇む古城の一角に濃密な血の匂いが満ちた。湿った冷気が淀む薄暗い隠し通路を豪奢かつ血塗れの衣装纏った面々がそろりと往く様は――。
「出番を控えた怪奇劇役者、のようね?」
 密やかに、けれど抑えきれぬ期待に弾む馥郁・アデュラリア(c35985)の声に微かに頷いて、
「……敢えて訊くが、ナルセイン殿はこうした依頼を択んで仕入れて居る、な?」
「ま、浪漫が俺を呼んでるってとこかな」
 おぬしの話はいつも芝居絡みじゃ、と翠狼・ネモ(c01893)が振り返れば、何処かぎこちない様子で砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が嘯いた。必要な指導は頼む、と乞うネモの声音に一抹の不安を嗅ぎ取ったのは、漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)の胸にいつか己が『無茶振りにも一生懸命対応します、ご主人殿』と口走った夜の走馬灯が駆けたから。
 煌く夜の記憶を振り切るよう真摯な声音で呟いたのは、蝶の乙女には思う存分きゃあきゃあ言って頂かなければな――なんて言葉だったが、
「いざ、夜の古城を恐怖の色に染めるとしようか」
 重々しく続けたリューウェンがたっぷり血を吸った態の儀礼服を翻せば、思わずひっと息を呑んだオーバー・ヒィト(c06785)がぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて悲鳴を押し殺す。
「ナルセインも怖い話に弱いの……?」
「話も怖いが、今夜は何よりこれにびびってる俺です」
 同時によろめいた足音の主を見上げれば、天鵞絨のマントと白銀の鎧に血を浴びた男が超のつく厚底靴を履いた己が足元を見下ろしていた。男も決して背が低いほうではないのだが、
「ま、すぐ慣れるさ。ってかこうやって目線が合うのって新鮮だな」
 何せダブルキャストで鮮血公を演じる奏燿花・ルィン(c01263)が超のつく長身イケメンなのである。鮮血公――のモデルにされた城主の絵画そっくりに装ったルィンが瓜二つの格好の悪友の肩に手を置く様子に、二人揃うと更に迫力ね、と神妙な面持ちで頷いた目映・トゥエトリーナ(c03874)が、ふと通路の先に鋭い眼差しを向けた。
 薄暗い隠し通路に零れてくるのは、食堂のあかりと怪奇物語を紡ぐ乙女の声音。
「目には目を、怪奇物語には怪奇物語を――と行きましょうか」
「ええ。腕によりを掛けた冬の肝試し、思いっきり楽しんでいただきましょ」
 首元からたっぷり血を滴らせ、アゾートアズール・キウ(c06943)が掌の賢者の石と同じ色した瞳を悪戯に煌かせれば――さあ、怪奇浪漫の幕が開く。

●怪奇の宴
 晩餐会さながらの煌々たるあかりに照らされた食堂には乙女達が息を潜める沈黙が満ちていた。時折窓が冷たい風に哭く中、蝶の翅震わす乙女の一人がひっそり紡ぐのは、この晩餐のテーブルで繰り広げられた血の饗宴。夜毎乙女の生き血に酔いしれたという鮮血公は、
「――死してなおピュアリィの乙女の血を求め、今も城を彷徨い続けているのです……」
 乙女が重々しい声音で怪奇物語を語り終えた、その瞬間。
 ぱりぱりがしゃーん!!
「きゃああぁぁああっ!!」
 一気に食堂のあかりが掻き消え、蝶の乙女達の絹裂くような悲鳴が迸った。
 精鋭の域まで磨かれたキウとネモの風の術はどれほど勢いを殺そうとも壁掛けランプなどあっさり粉砕する。突如訪れた闇に鮮烈なリューウェンの稲妻が奔れば御膳立てはもう完璧。
「い、いやああぁあっ!!」
「何なの、何なのよぉっ!!」
 ――ゲキャキャキャッ。
 乙女達の悲鳴が錯綜する中デモンワードを駆使した不気味な笑声を響かせたヒィトが、
「さあ、偉大なる鮮血公様に生き血を捧げよ……」
 仰々しく告げると同時――紫煙の霧越しに薄ら射す月明かりに血塗れの騎士が浮かび上がった。
 鮮血にべっとり濡れた天鵞絨のマントを鮮血公ルィンが翻せば途端に舞い散る幻の薔薇、それは乙女の生き血にも見えたろうか。嗜虐的に笑んだルィンが言葉を発するまでもなく、
「ひ……出、出たあああぁっ!!」
「鮮血公よおおぉっ!!」
 蝶の翅持つピュアリィ、ファルファーレ達は凄まじい恐慌状態に陥った。
 ――さあ、思う様恐怖に踊って頂戴な?
 可憐な乙女が逃げ惑う姿も鮮血公はお好みよ、と戯れ囁きながらアデュラリアは乙女達の背後に冷気振りまく氷の槍を奔らせる。咄嗟にテーブル下へ逃げた乙女達の足を撫でるのは床を這うよう放たれたネモの魔法のロープ、鮮血公の飼い蛇じゃ、なんて低く響かせれば甲高い悲鳴と乙女達が飛び出して、食堂の隅でがたがた震える乙女へは、垂れ幕の陰からひそりと現れたトゥエトリーナが夜そのものとなって手を伸ばす。
 昏い夜の淵へ抱き込み、
「ここにも、鮮血公のお出ましよ……?」
 冷えた声音で囁けば、おぞましい狂王の哄笑の奥から鮮血公ナルセインが姿を現した。
「鮮血公が二人……!?」
「そうよ、彼は己を分かつ禁断の魔術に手を染めたのよおおぉっ!!」
 逞しい妄想力で勝手に設定を追加してくれる乙女達、涙混じりのその叫びが響いた、その刹那。
 ――ゲキャキャキャッ。
 爆ぜる勢いで開いた窓から不気味な声と無数に蠢く闇の腕が押し寄せてきた。
「や……!」
「もうやだああぁっ!!」
 劈くような絶叫あげて乙女達は扉へ殺到するが、その背後から、
「鮮血公が……鮮血公が来るわよぅ……」
 愉しげなキウの囁きと石床にちゃりちゃり冷たい音を踊らす白銀の鎖が追いかけ更に恐怖を煽る。
 窓を開けたリューウェンと魔鍵で暗黒の門を開いたヒィトは蒼褪めた顔で頷き合った。
 良かった。
 ――自分が怖がらせる側で、本当に良かった……!

●惨劇の宴
 冷えきった石の回廊へ飛び出した乙女達を外へ追い立てるのは、隠し通路を活かして神出鬼没を演出する鮮血公ルィンとナルセイン。
「さあ逃げよ、捕えた者からは最後の一滴まで血を搾り尽くしてやろう」
「今宵はお前達の血を存分に呑み比べるとしよう――」
 如何にも愉しげに喉を鳴らすルィン達に蝶の乙女がへたり込んだなら、柱の陰からトゥエトリーナが重たげに血を吸いながらも幾重にも広がるドレスの裾を揺らして現れる。
「鮮血公の飼い犬が喉笛を噛みちぎるわよ……?」
「ひっ! やぁ、やだああっ!!」
 昏い血の滴るドレスの裾から突如クリムゾンハウンドが牙を剥けば、乙女は飛び上がらんばかりの勢いで駆け出した。怖がってくれるのはありがたい。ありがたいのだけど。
「……今の、演技と言うより最早普段通りのわたしよね……」
「でもちょっと楽しくなってきたかも……僕、デモニスタで良かった」
 複雑そうに眉を寄せるデモニスタ娘とはにかむように笑むデモニスタ少年の視線の先、乙女達の蝶の翅の煌きが暗闇に吸い込まれていく。
 仮面のないファルファーレ達は城外へ逃げ出してくれるならそれで良し。
 恐怖で完全に混乱してか階段へ向かった乙女へは、薄闇から突如光の軌跡が襲いかかった。
 首を刈らんばかりの輝きに身をすくませた乙女の前に降り立ったのは、血塗れ貴公子といった姿で寸止め斬鉄蹴を放ったネモ。
 血糊を使っている者もいるが、彼は本物の獣血を満たした杯を右手に掲げ、
「……その血も美酒に変えて見せようか」
 この喉から流れる血はさぞかし甘かろう――と、血に濡れた左の指先で乙女の喉からおとがいへとゆうるり撫で上げる。傲然と口の端を擡げてみせる処まで一切の感情を交えず『仕事』をこなせば、
 ――流石はネモ殿、ナルセイン殿の演技をここまで完璧に我が物とされるとは……!
 ――ほんと、指遣いまでそっくりよ?
 隠し通路で固唾を呑むリューウェンとアデュラリアが見守る中、乙女は泣き叫んで逃げ出した。
 幾重にも反響する悲鳴が遠ざかって消えれば、再び皆で隠し通路に潜んで目指すは二階の居間。
 格調高い調度に彩られた広い居間でもやはり蝶の乙女が凄惨な鮮血公の饗宴を紡いでいて、
「――死してなおピュアリィの乙女の血を求め、今も城を彷徨い続けているのです……」
 秘めやかな声音がそう語り終えた瞬間、再びキウとネモの風が一気に居間のあかりを掻き消した。
「ひゃあっ!?」
「やだ、怖いわ怖いわ……って、何これぇっ!?」
 ――ゲキャキャキャッ。
 突然の闇に怯える乙女達の恐怖を煽るのは、不気味な笑い声とともに転がったおばけカボチャ。怪しいカボチャは大きな暖炉に転がり込んだ途端、目と口をカッと光らせ爆発した。
「きゃああぁあっ!!」
 垂れ幕の陰からアデュラリアが転がしたパンプキンボムにデモンワードを合わせたヒィトが続けて膨大な闇を降り注がせれば、暗黒大瀑布の奥から何者かが悠然たる足取りで歩み出る。
 朧な月明かり。それに照らし出されたのは勿論、
「今宵もまた、その血を我に捧げよ」
 ピュアリィの首を掲げる城主の絵画そのままに、血濡れた首を掲げる鮮血公ルィンの姿。
「ひっ……やっ……やだ……」
「いやああぁあっ! 鮮血公がほんとに出たあっ!!」
 血糊を塗りたくって丸めたシーツと気づく余裕もなく大恐慌に陥るファルファーレ達、数多の悲鳴が錯綜する居間で乙女達は逃げ惑い、優雅なソファや大きなチェストの陰に逃げ込んだ者は、
「ほうら、そんなところにいると、鮮血公の飼い犬に追い詰められるわよ……?」
「この華の様に舞う血が見たいものだ……」
 闇から血を掬いあげるよう手を伸べたトゥエトリーナの許から飛び出した猟犬の群れと、紙一重で狙いを外した剣戟で薔薇を舞わせて冷たく笑ってみせるリューウェンが追い立てる。
「ね、キウ様。あちらなんてどう?」
「素敵! ばっちり熱演してくるわ!」
 愉しげにアデュラリアが瞳を煌かせたならキウは悪戯な少女のごとき笑みの花を咲かせ、彼女の手からころり転がったマジックマッシュが噴き出した煙の中へひっそり身を紛らせた。
「やめて、許して……きゃあああぁぁあっ!!」
「な、何!?」
「どうしたの!?」
 忽然と湧いた霧――に見える煙――の中から響き渡った悲鳴に一斉に振り返ったファルファーレ達が見たものは、ピュアリィの骸が生々しく描かれた絵画の真下、首から溢れ出した鮮血でドレスの胸元から裾まで真っ赤に染めた蝶の翅持つ乙女の姿。
「貴女達は、貴女達はどうか逃げて……」
 笑っちゃダメよキウ! と胸中で己を叱咤しつつ、青き蝶の翅模す天使の翼も血に濡らしたキウが哀切たっぷりな声音と泪を零してみせれば、
「や、いやああぁぁっ! そんなあっ!!」
「ごめんね、ごめんね、助けられなくてごめんなさい……!!」
 自分達の仲間が犠牲になったとすっかり思いこんだ蝶の乙女達は、皆我先に転がり出るようにして逃げ出した。

●鮮血の宴
 ――自分達の想像力が恐怖への追い風だなんて、ちょっと可哀想かしら?
 そう思わないでもないけれど、気合たっぷりの衣装とメイクに渾身の演技がこれ程の成果を生めば三階の主寝室へ続く隠し通路を進むキウの足取りも自然と軽くなる。
「ふふ、帰ったらこの格好、彼に見せてあげよっと♪」
「まあ。新たなキウ様の魅力で彼氏様の胸も高鳴らせてしまいそうね?」
 血濡れた蝶の翅軽やかに揺らす彼女と少女同士の恋語りのように笑み交わせば、アデュラリアの心もひときわ浮き立つよう。まるで廓の姉さまや妹達とはしゃいでいた頃みたい、と瞳を細め、そっと振り返って見つけたいつもより大きなナルセインの姿(※厚底効果)に眦緩め、いなくならないでね、なんて囁けば、ちゃんといるさと言うように髪を掬う男の指。
 最後の仕上げじゃ、と先頭往くネモがひそり紡げば――後続達は無言で頷き返した。
 前触れもなく翔けた風で寝室のあかりが一気に掻き消える。ちゃり、と鳴るキウの白銀の鎖。
「鮮血公が帰ってきたわよぅ……?」
「……? っ、きゃああぁぁあ!!」
 豪奢な寝台に伏せっていた乙女が身を起こせば、その瞳に映ったのはバルコニーへ続く硝子扉が開き、ゆるり流れ込んで来た紫煙の霧と朧な月光の中から現れた鮮血公ルィンの姿。
 乙女の胸に仮面を認めると同時、その血を我らの褥とさせてもらう、と残虐な笑みを作ったルィンが分身めく残像とともに斬りかかる。喉も裂けんばかりの絶叫とともに乙女が身を翻せばそこには全く同じ姿の鮮血公ナルセイン、彼の護衛剣士のごとく馳せたリューウェンの剣閃が奔れば、寝台に押し戻された蝶乙女のマスカレイドの頭上から鋭い光跡描くネモの蹴撃が襲いかかった。
「いや、やめて、殺さないで……!」
 群れの妹達の想像のはずだった鮮血公とその取り巻き。
 突然現実になった恐怖に震える指は魔道書の頁も巧く繰れず、溢れた毒の煙は誰に触れもせず霧散する。
「さあ、『姉さま』。逃れられない、柔らかな夜の眠りをあげる」
「そうね……夜の底で静かに眠るといいわ」
 血の気を失う乙女をアデュラリアの掌から躍ったマジックマッシュの煙が包めば、微かに頷いて淡く瞳を伏せたトゥエトリーナが、真なる夜に融けて仮面の乙女を夜の深みへ落とす。
「君だけは倒さなきゃいけないから……」
 ――ごめんね……!
 胸中で詫びると同時、虚空から降り注ぐヒィトの闇。
「やぁっ……! お願い、見逃して……!!」
 必死の藻掻きで闇から抜けだした乙女はそのままバルコニーに飛び出さんとしたが、
「外にも鮮血公がいるの!?」
 朧な月明かりに大きく揺れた影に立ちすくんだ瞬間、キウの胸から眩い輝きとともに迸った白銀の鎖に捕われた。最早逃げる気力も失った乙女の仮面が罅割れる音が耳へ届けば、
 ――最後に良い夢が見れただろ?
 この時ばかりは優しく囁いたルィンが、咲き誇る薔薇とともに永遠の眠りを贈った。

「おやすみなさい」
 祈りの終わりにトゥエトリーナが小さく落とした声とともに、棘も命も潰えた蝶乙女の骸が真実、夜の世界に融けて消えた。ルィンへと頷けば寝台に撒かれる真っ赤な血糊。逃げた『妹』達が万一戻ってきたとしても、これを見れば、
「本当に鮮血公に連れ去られたように見えるかしら」
「見えるじゃろう、な」
 怖がることすら愉しげだった乙女達の心情は理解できずとも、創世神の力が浸透してもなお棘から逃れられなかった彼女の姿はネモの胸に憐れみを呼んだ。眼裏に僅か残る蝶の翅の煌きに、次は自由に空を舞えるよう願う。
 何処かしんみりした空気を切り替えるよう、そうだ、と笑ったルィンが軽くナルセインの背を叩いた。
「さっきはタイミング良くバルコニーに回ってくれて助かったぜ、悪友」
「バルコニー?」
 だが彼は不思議そうに瞬きし、ほんの僅かに顔を蒼くしたリューウェンが言い添える。
「いや、ナルセイン殿は戦いの間ずっと俺の後ろにいたのだが……」
「え。じゃあ、さっきのは……?」
 一瞬凍ったその場の空気。けれどルィンは今度こそ豪快に磊落にそれを笑い飛ばした。
 勿論、たまたま風に揺れた森の樹の影か何かなのだろうけど。

 ――もしかしたら、あの絵画の城主が手を貸してくれたのかもな。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:7人
作成日:2015/02/28
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