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林檎の冬籠りへようこそ!

<オープニング>

●林檎隠れのポムグラニット
 凍えるような、けれど優しく柔らかな白のなか、息づくように世界が目を覚ます。
 雪を冠った大きな大きな林檎の大樹の森のなかにあるのは、星霊アクアの力がひそやかに息づく小さな湖。冬の朝にふわり揺蕩う朝靄は、まるで朝の目覚めを迎えた湖の吐息のよう。湖をとりまく林檎の大樹には、幾つものツリーハウスがつくられている。
 湖を見下ろすよう造られたそれらはこんもり茂る枝々に埋もれるような佇まいだったから、その村は何処か村全体が隠れ家のような雰囲気を持っていた。
 そんな村の雰囲気と、永遠の森エルフヘイムらしい林檎の大樹たちの中にひっそりと隠れるように生えた小振りなザクロの木々から取って、その村は『林檎隠れのポムグラニット』と呼ばれていた。
 美しい村だ。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちた村。
 春には林檎の花、夏にはザクロの花が咲き溢れ、秋には鮮やかに色づいた果実を皆で楽しんで、冬には雪を冠った樹々の中、湖にかかる朝靄が曙光で金色に染まる様に息を呑む。
 美しく移ろいゆく四季に寄り添う村で暮らしているのはもちろんエルフ達。
 彼らのツリーハウスはどれもが趣向を凝らした楽しいものだ。
 湖面近くには船そっくりのツリーハウス。中までちゃんと船室みたいにつくられていて、湖面に張り出した甲板そのもののウッドデッキからはそのまま釣りが楽しめる。
 絵本で見る大きな帆船に使われるような網を登って辿りつくのは、大きな枝にちょこんと乗せられた形のツリーハウス。そこは共同の燻製小屋で、湖で釣れた小さなマスをスモークしたり肉やチーズをスモークしたりで昼間はいつも煙を吐いていた。
 小鳥の巣箱みたいにちんまりとしたもの、大樹のてっぺんに風見鶏のように突き出した展望小屋、カントリー調のドールハウスをそのまま大きくしたものから、童話の世界に出てくる魔女のお城っぽいツリーハウスまで多種多様。そのすべてがしっくり森に溶け込んでいる。
 林檎の幹をぐるぐるめぐる螺旋階段、空中を歩くかのような吊り橋、大きな樹の枝が床から天井へ抜けていく居間、滑車とロープとバスケットを使って行き交う燻製や焼き菓子のお裾分け。
 この村で紡がれるそんなささやかな幸せのありがたみを、ここでは誰もがしっかり噛みしめていた。

 何故なら――林檎隠れのポムグラニットは、六年前、盗賊団によって一度滅ぼされた村だからだ。

 けれど、今では惨劇の爪痕はもうほとんど見られない。生まれ育った村を離れ街に働きに出たり、他所に嫁いだりして六年前の惨劇を逃れていた者達が、家族を連れて戻ってきたのだ。
 美しい四季に寄り添う村。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せを紡げる故郷を、朽ちゆくままにしたくはなくて。
 六年前の惨劇でただひとり生き残り、昨年まで街の親族のもとで暮らしていた少年リムトも、そんな風にして戻ってきた者のひとり。
 故郷を愛するあまり棘に魅入られかけた処をエンドブレイカー達に救われた彼の思いつきを、村の皆も諸手を挙げて歓迎した。

 ――この村に、たびたびエンドブレイカーさん達が遊びに来てくれれば、とても素敵だ。

●林檎の冬籠りへようこそ!
 凛と冷え込む冬の朝。
 大きな大きな林檎の大樹の森はふうわり優しい白に満たされる。それはまるで森の中にひっそりと息づく湖が朝の目覚めを迎えて零した吐息のような、冷たくも柔らかな朝靄だ。
 雪を冠った樹々の中、湖にかかる朝靄が曙光で金色に染まる様に息を呑む。
「そんな朝に興味はないか?」
「あるよありますありますともー! アンジュ前からずっとそれ見てみたかったのー!!」
 永遠の森エルフヘイムの酒場で砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が語る冬の朝の光景に、暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)が真っ先に食いついた。
 だがまだ寒さ厳しい折だ。寒い森を延々歩いて湖の朝靄を見に行くよりは、
「その湖をぐるっと囲んでる村に泊まって、朝を迎えるってのをおすすめしたいね」
 遠からず迎える大きな戦いを思えば長逗留は難しいだろう。けれど、
 極上の居心地を保証するぜ――と、男が悪戯っぽく瞳を煌かせた。

 林檎隠れのポムグラニットと呼ばれる、林檎の大樹の森にあるツリーハウスの村が、今空いているツリーハウスをエンドブレイカー達のリゾートハウスに提供したいと言っているのだという。
 要するに、
『この村に、自分のツリーハウスを持ちませんか?』
 という話だ。
 もちろん今あるツリーハウスを自分好みに作り変えてもいいし、一から新しくツリーハウスをつくってしまってもいい。ツリーハウスづくりに慣れた村のエルフ達に手伝ってもらえば、新しくつくる場合でも一週間ほどで完成するのだとか。
 真新しい木の香りを胸いっぱいに吸い込めるまっさらなものをつくるのも良いし、古い家を解体した古材やアンティークの窓や扉を使って、初めから森にしっくり溶け込めるようなものを作るのも良い。
 森の木々にひっそり抱かれた樹上の隠れ家、空中に浮かぶ自分だけの城。
「――浪漫だろ?」

 子供の秘密基地めいた小さな小屋から、居間と寝室にキッチンとバスルームまで備えた、ちゃんと暮らせるツリーハウスまで多種多様。誰にも知られず読書三昧で休日をすごせる隠れ家にするのも良し、恋人や家族と一緒に静かな休暇をすごす別荘にするも良し、友人達や旅団の仲間と共有するリゾートハウスにするも良し。
 暖かな木の香りに満ちた、ベッドを入れたらそれだけでいっぱいになってしまうような小さな空間に書棚を作りつけ、棚に頭をぶつけそうになりつつ布団に潜って物語を読むのも楽しいし、テラスつきの大きなログハウス風のツリーハウスを建て、樹上からの眺めを満喫しながらテラスで食事するのもきっと楽しい。
 自分のツリーハウスを持つのは手に余ると言う場合は、宿屋がわりにつくられたゲストハウス用のツリーハウスを借りてちょっと一泊、というのも楽しいだろう。
 燻製小屋でスモークしたベーコンやチーズはそのままだって御馳走だし、バゲットに乗せて天火で焼くのもきっと美味しい。自分で燻製するのも良いし、頼めば村のエルフ達が喜んで分けてくれる。
 焼きたてアップルパイに自家製ソーセージ、燻製した魚をほぐして玉葱とチーズもたっぷりと使った熱々グラタン、林檎やザクロのソースで食べる森で狩った鹿肉のグリル。
 熱々で食べる林檎のクレームブリュレや、林檎のスコーン。クロテッドクリームよりも発酵バターが良く合うスコーンは、この村のとっておきの朝の幸せのひとつだ。
 そうして、自分のツリーハウスで、あるいは借りたツリーハウスですごすこの村でのひとときは――ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちたひとときになるはずだ。

「アンジュも! アンジュも連れてってー!!」
「はいよ。言うと思ったぜ」
 瞳を輝かせた暁色の娘に笑って、男は同胞達を見回した。
「さあ御照覧。大きな大きな林檎の大樹の森で、あんただけの隠れ家があんたを待っている」
 ――あの村で、あんたの城を手に入れてやってくれ。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せは、来たる戦いの日にもきっと心を支える力になってくれるから。


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参加者
NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●新世界
 夜の獣の声が森の奥に消える。
 ぱちり、と目蓋を開けた瞬間に意識が冴え渡る覚醒を迎えたのは、世界の音すべてが涯に消えた様な一瞬の狭間。
 深と冷えた雪森の香染む薄闇に森の双眸はすぐ慣れた。ツリーハウスの床を貫き壁を抜けていく林檎の大樹の枝に渡した板がネモの食卓、いずれ調理場も設えようかと思案するその手許からは、昨夜燻製小屋で燻した鱈子の薫りが広がった。
 蒸かして潰す馬鈴薯に混ぜてもパスタに絡めても美味なそれを、オリーブ練り込んだパンに塗って朝食に。差し入れの礼に届けたら礼の礼にと貰ったレンズ豆とベーコンの煮込みも添えて。
 ――今頃、村の皆も口にして居るじゃろうか。
 待ち望んだ朝は、そうして口許を綻ばせている間にやってきた。
 雪垂りに誘われ開いた窓の外。
 森の底で湖が零した吐息、ひたひたと寄せる朝靄に霞む世界を見霽かせば、柔い白を金に染める曙光が瞳を透かしネモの魂へと射した。寒さも息さえも忘れる、光。
 何度でも。
 この光の許に帰って来よう。
 深々と静かで、それでいて豊かな大樹の森の夜がくれるものは、暖かなベッドの中で思う様読書に没頭できるひとときだ。物語の世界たっぷり旅して夜更かししても、曙光射す窓からきらきら雪の煌き零れれば、一気に幸せな目覚めがレムネスを満たす。
 そうだ、外で眺めよう。
 思い立てば胸も足取りも弾むよう、着替える間も惜しくて寝間着の上に外套着込み、扉を開けば。
 世界が目覚める、林檎の大樹の森の朝。
 厳寒の故郷でなら胸が凍る。
 けれど開けた扉の先、林檎隠れを優しい白から金へ染めゆく湖の朝靄と森の曙光を思いきり胸に満たせば、凛冽な瑞々しさがフランを飛びきり清しく濯いでいった。
 林檎の森の空中回廊たる吊り橋も朝靄に見え隠れする幻めいて、一足ごとの柔い揺らぎが雲渡る心地をくれる。森の底の湖で誰かが釣り糸を垂れる気配、何処かで窓の開く音おはようと交わす声、曙光に融ける、朝の静寂。この時間が好き。
 朝靄に朝餉の匂いが滲めば頬も緩む。
 焼きたての林檎のブリュレ、蕩けるチーズ、香ばしく炙られた鹿肉の――。
 決めた、と吊り橋越えれば、彼方のテラスに見覚えある姿。
 おはようと手を振り合う――ささやかで、なんて幸せな朝。
 林檎隠れはすっかり馴染みの地、けれどゲストハウスで迎える朝は新鮮で、リムトと昨夜遅くまで話が弾んでしまったピノも心地好く目が覚めた。
 小さなテラスから望む、林檎隠れの冬の朝。
 湖の吐息めく柔らかな朝靄が、曙光で優しい金の光の靄へ生まれ変わってゆく。
 朝靄越しに手を振り合ったのは己と同じ、紫煙群塔に領地を持つひと。
 棘の発芽招かんばかりにリムトがこの地を愛するように、自分も甘い幸せの宝石箱みたいなあの街を愛して、愛される地にしたい。
 いや棘には渡さないけど、と笑って、
「さ、絶景も見られたことだし……折角だから二度寝しよう!」
 製菓市の街の領主は再び暖かな褥に潜りこんだ。
 放浪癖が芽を覗かせたらここへ来よう。心の故郷は、ここにもあるから。
 自分だけの秘密基地――それはやはり最高の浪漫だ。
 ここからの眺めも最高、と得意気にアゼスがネニュファールを招いたのは自慢のツリーハウスでもとっておきの浪漫たる高見台。昇って見霽かす大樹の森の彼方から射す曙光が、森の底の湖からふうわり揺蕩う朝靄を金に染める。
 足元から光の靄に包まれてゆくような感覚は、ひときわ空に近いここならでは。
「素敵ですね……!」
「だよな!」
 秘密基地にも朝の光景にも嬉しげに弾む彼女の声にアゼスもますます上機嫌。楽しさに笑む頬を撫でる凛と冷えた風もネニュファールには心地好く、いつまでもここで朝を見ていたい気もしたけれど――胸に大事に抱えたものの出番は高見台でなくテーブルの上。
「先日のお礼に……林檎のパンケーキを焼いてきたんです」
 朝食にしませんか、とバスケットを開けて見せたなら、覗いたこんがり狐色と溢れた香りに。
 きゅるるるる〜。
「……急に腹が減ってきた」
 彼の腹の虫が正直に鳴いた。
 甘くないからスモークチーズやベーコンにも合うと思うのです、なんて言われたら、アゼスも食卓で待ったままではいられない。暖かな室内の簡易キッチンで手早くベーコンエッグを焼き、ぽんっと皿に移してスモークチーズや瑞々しいクレソンも添えれば、軽く温めた林檎パンケーキとネニュファールの淹れたお茶の香りが優しく鼻先を擽った。
 飛びきり幸せな朝食パーティーの準備が調ったなら。
 ――頂きます!

●雪の下
 秋月から僅か広い、雪冠る大樹のゲストハウスで冬籠り。
 柔らかなキルトの誘惑に堕ちた男と揺蕩う暖かな眠りの海、窓辺の紗と朝靄を融け合わせるような金のひかりに浮かびあがれば、いまだ閉じられた彼の目蓋に口づけた。
 甘やかなその感触で開かれた砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の銀の双眸に映る、蕾が蕩けるように咲いたアデュラリアの笑み。
「おはよう、ナルセイン様。……ね、夏の遑に話したことを覚えてる?」
「諳んじられるくらいに」
 喉からおとがいへ、耳許の髪へと愛しげに辿る男の指に、またひとひら開く花弁。
 帰りたいばしょを見つけたわと囁き望む蜜の淵。ささやかで愛しい幸せをあなたに全部あげたくて、大好きなあなたのもとに帰りたい。――そうして、もうひとひらが綻ぶより先に。
 男は柔紙で蜜を吸うように、彼だけの極上の花に唇を重ねて言の葉を掬った。
「帰る前に、まず往こうぜ」
 次に出るキャラバンの旅。一緒に来ないかと愉しげに、挑むように男が誘う。
 大樹の枝にゆったり座るツリーハウスは、隠れ家というより自宅のようになってくれるだろうか。
 窓に向かうキッチンで頑張るエミリーの様子も初々しい新妻思わせ、料理している後姿って色々とイイよな、なんて言いつつ待てばアーネストの胸は期待に膨らむばかり。
「どうぞ、召し上がれ」
「すげえな……頂きます!」
 彼女の奮闘の成果は、たっぷりのメープルシロップに彩られたパンケーキに、熱々のソーセージ、摘みたてベビーリーフのサラダ。優しく香るカモミールティーも添えられればアーネストは歓声あげてナイフとフォークを手に取った。
 けれどエミリーにはここからが本番。ソーセージも自分で燻製した全て手作りの朝食だけど、
「……味はどうでしょう?」
「お世辞抜きで美味しいよ。どこに出しても恥ずかしくない奥様になれるぜ」
 おずおずと訊けば、屈託ない笑顔と返った彼の素直な賛辞。
「はい、アーネストさんの、ですね」
 ほっと安堵の息をつけば自然と零れた言葉。窓辺からすうっと流れてきた雪森の朝の空気が肌を撫でたから、まだ少し寒いですね、とエミリーは彼に寄り添った。けれどアーネストが彼女の髪をひと撫ですればふわり春の香りが零れた気がしたから。
 もうすぐきっと、春がやってくる。
 雪冠る林檎の大樹の森の朝、ゲストハウスのキッチンでシャルティナは新たな大人の階段に挑む。
 初めての朝ごはん作りは茹で卵から。半熟も固ゆでも素敵だけれと、朝焼けのおひさまみたいに綺麗なオレンジがかる、黄身がほわっと固まったくらいのが一番好き。
 美味しくできる時間を調べるですよ、と砂時計をいっぱい並べ卵に印をつけて、いざ、と挑めば。
「はぅっ! 砂時計ひっくり返すの忘れてたです!!」
「あぁっ何か卵に罅が!」
「こっちの卵は印が消えちゃったです!?」
 気づけば籠いっぱいの茹で卵。
 失敗作ではないけれど、
「……う、うにゃ……ひとりじゃ食べきれないです」
 お裾分け持って行っても迷惑にならないでしょか? と思い浮かべたのは暁色。
 彼女は勿論、飛びきりの笑顔でシャルティナを大歓迎するに決まってる。
 雪冠る樹々で囀る小鳥達の声で目覚めれば、二人の隠れ家はもう幸せな暖かさに満ちていた。
 この冬迎えた薪ストーブは大活躍。火の傍に早起き王子様を見つければ姫君は迷わずその腕に飛び込んで、
「おはようリュー殿!」
「おはよう、ラヴィスローズ殿」
 彼がふんわりパンケーキに生クリームと薔薇ジャムを添え、彼女が新鮮レタスと生ハムのサラダを林檎酢のドレッシングで彩る頃には薪ストーブ上の茸スープもいい感じ。食後のカスタードプリンが蒸しあがる頃には招いた冒険商人が絡繰り小鳥の呼鈴を鳴らす。
 すぐ傍の新しい庵に家具を置きたいのだが、と早速リューウェンは相談を持ちかけた。
 何しろ製菓市で奮闘した懐がまだ寒い。
「しかし妥協はしたくないので……何か良い案はないだろうか?」
「リューウェンも随分と欲張りになったな!」
 爆笑したナルセインが、いいことだ、と彼の背をぽんと叩く様に、妾もご相談があるのと期待に瞳を輝かせた姫君も身を乗り出した。
「機織り機は手に入るじゃろうか? 小鳥さん、お願い!」
「はいよ、二人に小鳥さんから極上の提案だ。――この村に家具職人がいるぜ?」
 拒絶体となったこの村の少年を救う際に知り合った村人のひとりだという。
 この森の樹で家具を作って貰うのだ。彼なら加工が難しいが豊かな風合いが美しい、木材としての林檎の扱いにも熟達している。村の幸せ分かち合う相手なら懐にも優しくしてくれるだろう。織り機は専門外かもしれないが構造が解ればきっと大丈夫。
 織り機については詳しい娘がいる。ラヴィスローズの願いなら――暁色が飛んでくるはずだ。
「で、引き出しとかに使う黄銅細工の把手なんかは」
 俺がリューウェン好みのアンティークを仕入れる。
 ――ってのはどうだ? と愉しげに訊かれ、お菓子の国の王子と姫君は顔を見合わせ破顔した。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せ。

●旭
 早起きした方が得るのは、まだ寝てる方の部屋のベッドへと潜りこめる特権。なーんて決めたなら、ちょっぴりズルをしてでも。
 ――愛しい彼女の寝顔を見に行きたくならない?
 一日早起きした、つまり昨夜から夜更かししたままガルデニアは、特権を行使すべく扉を開けた。
 やわらかな、ひかり。
 大きな窓のカーテンは全開で、まだ淡い明けの光が部屋を満たす。柔らかな光の繭に包まれ眠る彼女の寝顔に瞳を細めれば、繭からふわり暖かな風が生まれた。
「――クレル」
 林檎の樹々は雪色、揺蕩う朝靄は吐息色。
 窓の外と同じ色纏う恋人を瞳に映して、目覚めたロゼリアが愛しいひとのほんとうの名前を呼ぶ。開かれる毛布、伸べられる腕に招かれるまま、彼は幸せの繭に潜りこんだ。
 限りなく優しい繭から眺める朝靄に、曙光の金が融けてゆく。
「綺麗……」
 愛しさ溢すよう感嘆したガルデニアの瞳に映るのは、柔らかな光の朝と、ふうわり揺蕩う光の紗に輪郭が蕩けそうに眩い、恋人の姿。
 この金色、クレルの瞳みたい。
 蕩ける笑み咲かせ、恋人の頬に触れたロゼリアの左手に彼のそれが重ねられる。絡められる指で煌き交わす永遠のかたち。自然と求め合った唇は、離れれば同じ音を愛しく交わした。
『おはよう』
 昨晩のチョコフォンデュの残り香がするなんて囁く彼女に、甘かったのはそれだけ? と囁き返し、確かめてみて、と彼は再びのキスをねだる。確かめてもきっと、何度も、何度も。
 世界の彩すべて、君を引き立て、君が引き立ててくれる。
 ――だから俺は、君の居る世界が、愛しい。
 瑞々しい新緑と爛漫に咲き誇る純白と淡桃の林檎の花々、甘酸っぱく香る花吹雪が視界すべてを染める春を翔けたのは、林檎隠れと同じ森の、けれどこの湖からは離れた処。
「な、手、繋がねぇか?」
 凛と冷え込む冬の朝、森の底の湖が溢した柔らかな朝靄の世界でルィンがふわり暖かに誘えば、勿論、とひとひらの躊躇いもなく預けられる唄姫の手。
「今日は迷子にしないでね?」
「大丈夫。迷子になっても、ちゃんと見つけるけどな」
 優しい彼の言の葉も、信じてる、と柔く弾んだゼルディアの声の音も、吐息と一緒に真白に凝って、そして優しい金に染まって咲いた。
「――見て」
 冷えきっていた互いの手が触れ合うところから愛しい温もりに染まったよう、柔らかに凍てるような朝靄が曙光を染ませ、とめどなく優しい金の靄へと融ける。
 林檎の花吹雪を翔けた記憶も一緒だけれど。
 ――今ここに二人でいられることが、とても嬉しい。
 二人でならもう少し朝靄の中へ迷い込んでみたい気もするけれど、
 それじゃ朝食がブランチになっちゃうかしら、と軽やかにゼルディアが笑んだ。
 朝食は林檎のスコーンにヨーグルト、燻製小屋のベーコンに合うパンケーキも焼こうかなと続ける彼女にルィンも磊落に笑う。燻製チーズとパンの組み合わせなんて絶品に違いない。
「アップルパイはどうする? 持って帰るか?」
「ううん。焼きたてを味見して?」
 後でのんびり焼いて、皆に差し入れにいこう。
 二人だけの幸せは、この先もずっと続いていくから。
 暁の光が朝靄に溶けたなら、世界は光の花霞。
 春花めくコートごと背から暁色を抱きしめ軽く肩口に顎を乗せれば、大好き、とぴとりくっついてきた頬から冬の朝の冷たさも融けてゆく。同じ景色を同じ高さで、誰よりも近くで。
 ――あなたと同じ視線で見る世界は、一層いとおしく映る。
 あの朝に『君』が『あなた』になったわけもいつか聴かせてね、と幸せ燈した彼女の囁きと、暖かに笑み返したハルネスの吐息がひとつに融けてふうわり暁の金を抱いた。
 空中菜園で採れたバジルを練り込んで作ったソーセージ。あれが食べ頃だよ、と囁けばアンジュのおなかがきゅうとお返事。
「ねぇ、今日の朝ごはんは何にしよう?」
「あのねあのね、パンケーキ焼きたい!」
 添えるのは勿論熱々の肉汁弾けるバジルソーセージに、熱く蕩けたチーズとエストラゴンを乗せたお裾分けの茹で卵、空中菜園でルッコラもたっぷり摘んで。囁き交わす幸せ、ゆずりんごもあるよと頬を擽る唇の甘さにひときわ緩む瞳の先、世界がそうっと目を覚ます。
 またひとつ重ねる暁の記憶で同じ幸せ蓄えて。
 次の涯ても、越えていこう。

 ――湖にかかる朝靄が曙光で金色に染まる様に息を呑む。
 それはどんな心地だろうって、ずっと思ってた。
 焼きたての林檎のスコーンとこっくり濃いミルクティーで芯からぽかぽかだから、雪冠る林檎の森の朝を歩むヴリーズィの頬は、冷たい朝風にも緩むばかり。
 辿りつくのは村のエルフおすすめの絶景スポット。よいしょと登って自分の足で立って見渡せば。
 光の羽根の海があった。
 湖から息づく柔らかな朝靄が曙光の金に染まり、ゆうるり昇って融けて零れて、また光に染まってふうわり落ちる。羽毛のようにやわらかに、たおやかに。
 旅を続けて幾つもの朝を見つけて、朝をもっと好きになったけど、一番変わったことは。
 ――ああ。
 明くる日を怖がらなくなったことだ。

 大丈夫。満ちたりた心地でここにある。
 ここからまた踏み出してゆく――わたしだけの未来。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:19人
作成日:2015/03/02
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冒険結果:成功!
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