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黒きエンドブレイカー:軌跡

<オープニング>

●黒きエンドブレイカー
 絶望を体現したかのような大地だった。
 地平まで広がる荒れ果てた大地に幾つも点在するのは、朽ちた都市国家とそれを覆い尽くす巨大な棘の薔薇。滅びの絶望のみが広がる荒廃した世界に唯ひとつ、大魔女の城だけが幻想のごとき美しさで存在する滅びの大地。
 この絶望の光景をエンドブレイカー達が初めて目にしてから、二年近くが経とうとしていた。

「――ね、ここまで長かったのかな、短かったのかな」
 直接目の当たりにした者は無論、報告書に目を通しただけの者でも一瞬絶句せざるを得なかっただろう絶望的な光景。大魔女を倒すことはおろか、城へ辿りつく手段を想像することさえできなかったあの時から二年近く経った今、エンドブレイカー達は大魔女へも手が届くという確かな手応えとともに再びあの大地へ向かおうとしていた。
 上陸地点へ到達した勇士号の酒場で、他の情報屋達と同様、暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)が大魔女の城方面への偵察の結果を語る。――城の周囲は、不気味な森で覆われていたという。
 以前はなかったはずの森は恐らく、大魔女がエリクシルに願って生み出したもの。
 巨大なイマージュと思しきその森が、大魔女の城へと向かうエンドブレイカーたちを阻む壁になる。森そのものには特に戦闘能力などはないようだが、
「この森に入ると、自分と全く同じ能力を持つ敵が現れて襲いかかってくる――っていうの」
 森には『侵入した敵と同じ姿と能力を持つ戦士を作り出す』という能力があるらしい。

 大規模な戦力を以って攻め込んでも、完全に同等の戦力で迎撃されれば局所的な勝利はあっても森の制圧は叶うまい。改めて攻め込んだとしてもその都度同等の戦力の敵が現れて、五分の戦いを繰り返すだけ。
「んじゃね、全部が『局所的に勝利』すればいいんじゃない? って話」

●さきぶれ
 大規模な戦力で攻め込めば大戦力と大戦力の正面衝突になるだけだ。
 だが、此方が少数チームに分かれて攻略するならば、話は変わる。
 一万が向かえば一万の敵が現れる森は、八人ずつ別々に入るなら、それぞれに八人ずつの敵が現れる。自分達と全く同じ能力を持つ敵、つまり手の内が読める敵が八人。
「一万とかならともかく、これならかなり具体的な作戦や戦術を練って臨めると思うんだよ」
 自分達と同じ外見、同じ装備、同じ能力を持って現れる敵。純粋な戦力のみを見れば全くの互角。
 だが、この『作り出される』敵には絶対に持ち得ないものがある。
 数多の戦いを、幾多の激戦を、戦いぬいてきた経験だ。

 ねえ、心をひとつにした仲間達と、痛快なくらい気持ちのいい連携攻撃を決めたことがある?
 繋がる心のまま途切れず加速して、駆け抜けるように迸る連携攻撃に高揚したことはある?
 戦いの最中に力尽きて倒れたことはある? 仲間が倒れる姿を見たことはある?
 戦い続ける仲間を見守ることしかできないもどかしさ、仲間を支えきれなかった己の力不足を嘆き悔やみ唇を噛み、もう二度と同じ轍を踏むものかと歯を食いしばって誓ったことはある?
 ――絶対の敗北が待つのみと識りながら、それでも退かなかったことがある?
 仲間と知恵を絞った作戦が完璧に決まっての勝利、劣勢を覆しての起死回生の勝利、作戦の甘さゆえの敗北、粘りに粘った上での紙一重の敗北。満身創痍で倒れかけてなお戦場に踏みとどまった時の気迫、仲間が凌駕した姿に鼓舞され高まる皆の士気。
 ねえ、そんな戦いを幾つも越えて、心に体に魂に刻んで、みんなでここまでやってきたよね。

「そうやってみんなが戦ってきた軌跡がね、彼らにはない、みんなだけの力になるよ」
 きっとすべてが順風満帆とはいかなかったろう戦いの軌跡。
 そこで得た経験が、それを次へ繋げて活かす意志がこの森で対峙する敵との勝敗を分けるはず。
 同じ外見、同じ装備、同じ能力を持つ、己を写しとった敵。
 だが――たとえ同じ記憶をも持つのだとしても、その心や体や魂には何も刻まれていやしない。

 単純にぶつかりあうだけなら完全に互角の敵だ。けれど。
 策を、戦術を、機略を。
 幾多の戦いを己自身で戦いぬいて得たものすべてを、仲間と手を携え心を携えすべて武器にして戦えるなら、相手はもう互角ではない。
「みんなの軌跡すべてを武器に――勝ってきて」
 だってみんな、それだけの軌跡を持って今、ここに立ってるものね、と暁色の娘が笑みを燈す。

 大魔女の城を覆う不気味な森の内部は迷路のようになっている。
 何やら魔法的な力が働いているのか、別々に森へ入った者同士が遭遇することはないという。
 森そのものがイマージュの一種と思われるが、森自体に戦闘能力はなく、内部に毒のある沼地を幾つも抱えているが、迷路めいた構造も毒の沼地も、戦闘前に僅かでも侵入者を消耗させられれば御の字といった程度のものだろう。
 それらの奥へ進めば必ず『自分達と同じ外見、同じ装備、同じ能力を持つ敵』が現れる。
 逆に言うなら、それ以外の敵は存在しない。
「重ねてになるけど、装備とかアビリティとかその威力とかね、戦闘能力は全部自分達と同じものって考えて。外見もそっくりだけど――色だけは違うの。全体的に黒っぽいんだって」
 乱戦となっても敵味方の判別がつかなくなることはない。
 己が軌跡すべてを武器に黒き鏡像のごとき敵を撃破し、別働で森へ入った同胞達も同じように敵を撃破していったなら、森の制圧も叶うはずだ。
 そうしてこの森を突破したなら――大魔女の城へと手が届く。
 大魔女スリーピング・ビューティへも、きっと。

 軌跡をもって軌跡を繋げていくだろう同胞達を見遣り、暁色の娘は何処か眩しげに瞳を細めた。
「あのね、また逢おうね」
 いつかきっと、この日を含めたあなたの軌跡を見せて欲しいと思うから。


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参加者
絶対自由・クローディア(c00038)
命の騎士・ロータス(c01059)
ラピュセル・アルトリア(c02393)
万華響・ラヴィスローズ(c02647)
風を抱く・カラ(c02671)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
スプートニク・ニエ(c08103)
浮葉・ファルス(c09817)

<リプレイ>

●軌跡の廻
 樹々の迷宮、毒の沼地。だがそれらは揺るがぬ意志と油断なき警戒を備えた一行には何の痛痒も齎せず、彼らの軌跡のささやかな彩りのひとつとなっただけ。
「――ゼルさん、来る!」
「ええ! みんな、隊列を戦闘陣形へ!!」
 森を翔ける狩人たる絶対自由・クローディア(c00038)と梢のざわめきに耳を澄ましつつ馳せていた陽凰姫・ゼルディア(c07051)が察したのは敵の気配でなく、もうすぐ開けた場所に出るという予兆。
 けれど、森の奥へ進み、存分に戦える開けた空間に入ること――それこそが敵出現の条件だ。
「最強の相手には最強の相手と同じ力の持ち主をぶつければいい、ですか」
 前中後衛の陣を整えて抜けた樹々の先、同時に現れた自分達の黒き鏡像のごとき敵を瞳に映したラピュセル・アルトリア(c02393)は言い知れぬ高揚を胸に馳せた。
 だってそれは大魔女が、
「私達が彼女のどんな手下より強いと認めたってことですから!」
 勝利宣言めいたそれが戦いの開幕、攻防一体の彼女の斬撃から風を抱く・カラ(c02671)の巨大な魔獣の鎌へゼルディアの朔月の刃へと一気に繋がった連携攻撃の狙いは、最優先の撃破目標たる黒き妖精騎士。
 それは今でなくかつての己を思わせた。
 ――ああこんなにも、輝きにほど遠い生き物やったんか。
 自嘲は一瞬、命の騎士・ロータス(c01059)は妖精の輝き連れて己が鏡像へと翔ける。
「お前は俺によう似とるよ。けど、お前にニンフェアが使えるか!?」
「使えんと思うか? 俺はお前そのものなんよ、ラッドシティの妖精騎士!」
 その一言で鏡像が此方の記憶をも写しているのだと識れた。
 靴と翼へ其々の相棒を宿して激突する妖精騎士、そこへ文字通り横槍を入れたのは影色の、だが聴き慣れた風鳴り唄う鏡写しのカラの槍。
「ただの影でもその槍を持たれるのは業腹だな」
「じゃ、奪い取ってみるかい?」
「いや。今はまず、あんたを押し留めるとするよ」
 槍地獄越しの鏡像の挑発受け流し、剣呑に笑んだカラが己が影を抑えにかかる。そう――かつて茜の記憶を抱いて、堰となることを決めた。
「姿も力も記憶も写したからって、お前が俺そのものであってたまるか!」
 黒き鏡像は生まれ落ちたその瞬間から妖精騎士、けれど真のロータスは。
 空翔る力と引き換えに、古の、花環の妖精騎士から誓いを継いだ。
「俺に初めて心を鷲掴みされる想いをさせてくれた――あの親指姫からな!!」
「サンベリーナですね、ロータスさん!」
 己が鏡像の斬撃を止めたアルトリアの声が響く。ああ、あの日共に散華を見た仲間がここにいる。あの時喉を斬り捌かれてなお立ち上がった彼女の手には、今もあの『希望』の刃がある。
 希望のさきがけたる娘を起点に廻って届く連携の機、それを掴んでロータスは吼えた。
 震わす喉には喰い破られた痕。死してなお壮絶な矜持を彼に刻んだ、獣の騎士の軌跡。
「お前は勝てない。俺が、命の騎士である限り!!」
 生命の歓喜のごとく爆ぜ、輝ける妖精の嵐が黒き妖精騎士を呑みこんだ。
 嵐が去れば戦場に立つのは八対七。しかし即座に戦況が傾くわけでもない。
「成程、倒れて消えた味方を回復する必要はないからのう」
「その分あっちの妾達は攻撃に手を回せるわけじゃよね……序盤からふんばりどころ、じゃね!」
 神音の歌を、星霊ディオスを操る黒き鏡像の攻撃が向かうは己が影と斬り結ぶゼルディア、後衛で回復の要を担う浮葉・ファルス(c09817)と万華響・ラヴィスローズ(c02647)が癒しに回る内、影色の二人が術力を増す。
 個々の純粋な戦力は同じ。味方が頼もしくある程に、敵もまた侮れない。

●軌跡の輝
 遠く遠く、彼方まで届くよう願って唄う葬送歌。
 鏡像の術力をその歌で打ち消したゼルディアの喉を捕えて絞めあげたのは、影のクローディアが繰る罠の糸。視界が明滅するほどの威力は流石、だが陽の唄姫は気丈に笑んだ。
「いらっしゃい、クローディアさんの偽物さん」
「歓迎するから、とんぼ返りはよしとくれよ!」
 何せ今最も攻撃優先順位が高い相手が前に出てきてくれたのだ。カラの魔獣の鎌が自身の鏡像諸共に掻っ捌いた細身の彼女を、朔月の刃で歓待する。
 敵陣の黒き狩猟者から癒しの風が翔けたが、スプートニク・ニエ(c08103)の放った幾多の彩矢が彼女自身の鏡像が癒した分を一気に削った。そして、
「クローディアさん!」
「大丈夫です。纏めて――噛み砕いてやる」
 赤き鏑矢に共鳴するのは月の弦音、三日月の弓から迸ったクローディアの命の輝きが牙となって己が影と黒きゼルディアの瞳と胸に喰らいつく。堪らず影のクローディアは胸元から抜き出した光の矢を己が腹に突き刺した。
 だが、覚醒の嚆矢は――己が影を消耗させるための、クローディアの罠。
「……貴女の創は、痛くないのね」
 ひそりと笑った。記憶を写しても、何も知らない。
 痛みを涙を愛を。孤独な月を。絶対の、自由を。
 知ってるくせに、識らないのね。だからうかうかと自分に嚆矢を使うのだ。
 ――たとえ自分がもうひとりいたとしたって、それじゃあ決して満たされない。

 きっとそんな情などありはしないだろうけど。
 黒きゼルディアが唄う葬送歌はまるで、霧散した影のクローディアを悼むためのもののよう。
「でもね。私のほうが皆を好きよ」
 眼前の己が鏡像に笑んでみせつつ、ゼルディアは彼女でなく敵後衛を死へ導く歌を唇に乗せる。
 彼が空駆けだった頃そのままに戦場を翔けめぐるロータスの妖精達が鏡像達の癒しを奪ったが、同時に狙いを乱し集中攻撃を防ぐことでファルスとラヴィスローズに余裕を生んだ。
 ――仲良しさんと同じ顔の相手を倒すのはワシも良い気分ではないのじゃが……。
 魔曲の幻獣に影のクローディアを喰らわせたファルスの胸に淀む僅かな惑い。だが皆を支えるべく幾度も唄いあげた戦歌にも劣らぬ熱が先程の魔曲に燈っていたのも否定できない。
 沸き立つ熱。
 手抜きなどしようものなら、喰われるのはこちらのほうだ。
「存分に唄わせてもらうのじゃよ」
 藍滲む扇の陰でふわり笑んで狙うは敵の癒し手達。己が写し身も黒きラヴィスローズも黒きニエも自浄の技を備えている。先に倒しておくに越したことはない。
 唄声に乱舞する幻獣、翅音の嵐を成す妖精達が続け様に黒き彼女らを襲うが、
「むむ……黒い妾がこんなに侮れないなんて!」
「その気持ち、わかります」
 彼女達の自浄の技は術力を高める技でもある。
 聖流を纏い、星で照らし、そうして影のラヴィスローズやニエが繰りだしてくる術の威力は本物達を時に上回る。破邪の使い手がゼルディアひとりきりなのが地味に痛い。
「けど妾、頑張るのじゃよ!」
「その通りです! 写し身の私達がどんなに強くても、私達は諦めません!!」
 呼応したのはこちらもやはり双方護りを固めた己と影で鍔迫り合うアルトリア、彼女が解き放つ蒼き獅子の威風にも鼓舞される心地でラヴィスローズが解き放つのは星霊クロノス、懐中時計の輝きで広がる時空の歪みが影のラヴィスローズとファルスを呑めば、
「狩るよ。敵だもの、全力で」
 狩人の瞳で見据えたクローディアの矢が、獲物達の瞳を貫き倒した。――が、
『けど妾、頑張るのじゃよ!』
 霧散した黒きファルスの隣で、黒きラヴィスローズが凌駕する。
 同じ姿、同じ力、同じ言葉。
 けれど、決してあれは自分じゃない。
「だって、どうして頑張れるのじゃ?」
 ラヴィスローズが頑張れるのは胸に抱くものがあるから。
 眩い希望、暖かな絆、愛しさにも尊敬にも似た信頼を抱く仲間と越えてきた、道程の尊さ。
 きっと影はそれらを持っていない。そして、
「ねえ、妾にあって貴女にない、一番大切なものが解る? それはね」
 想うだけで笑みが咲き綻んだ。
 ――帰る場所、なのじゃよ。
 花砂糖飾る二人の隠れ家。あの家そのものみたいにラヴィスローズをあったかく包んでくれる彼女だけの黒竜、お菓子の国の王子様。

●軌跡の環
 輝く霊獣の高らかな声がまるで祝福のよう。
 凌駕した黒き少女を麒麟の蹄が霧散させれば、こちらの背を押す戦場の追い風はもうとまらない。
「こりゃ確り皆で凱旋して、リューに美味しいお菓子作ってもらわなきゃね!」
「ええなそれ! 御馳走してもらう時は俺も混ぜてな!」
「素敵じゃね。ワシもまた彼のスフレを頂きたいのじゃよ」
 愛称でカラに呼ばれ、この場にいる仲間の多くも良く識るラヴィスローズの『帰る場所』。すぐピンと来なかったニエとアルトリアにとっても、ちゃんと名を聴けばそれは知っているひとだった。
 かつてカリヨンの丘で、夏空の街で、世界の瞳で、桃色ペリカンを追って、ともに戦ったひと。
「……不思議、です。こんな風に繋がっているんですね」
「ええ。私達の仲間は、ここにいるひと達だけではありません!」
 遠慮がちに零れたニエの言葉をアルトリアがまっすぐ強く優しく掬う。
 黒きゼルディアの葬送歌に護りを解かれても迷わず再び護りを固めて揮うアルトリアの『希望』が、ここでもまた連携のさきがけとなった。
「終らせ……ましょう」
 少し怖くて、何処か懐かしい己の写し身を、夜明けの瞳で見据える。
 全て失くしても、なんて思ったけど、ニエは失くしていなかった。
 だって今もこの手にはカリヨンの丘の風がある。何を失くしても、歩いてきた軌跡は無くならない。
 蜂蜜色の弓弦を引き、夏草揺らす風を生み、放った束ね矢で、己が写し身と決別した。
 影のニエが倒れて消えた次の瞬間、黒い自分がニエに瞳を向けたのをゼルディアは見逃さない。
「誰ひとり渡さないんだからっ!」
 誓いのごとき想いを声にする。まだ付き合いは浅いけどニエも大切な仲間。それに、
 ――ニエさんに怪我させたらきっと、金平糖のお姫様に怒られちゃう。
 誰もが大切な仲間で。
 誰もが誰かの大好きなひと。ここまで軌跡を繋いできたなら、きっと。
 視界も射線を遮らんばかりの勢いで揮う朔月の刃、銀月の斬撃。爆ぜるような金属音は敵の刃と噛み合った音。黒い自分。まるで己の執着心と独占欲の塊を見せつけてくるような、相手。
 けれどもう――そんな自分も怖くない。

 遠く、遠く。
 今はもう彼方のような気のする道程を、昏い夜をも越えてきたの。

 写した記憶なんて薄っぺらな本をざっと眺めたようなもの。
 識らないでしょう? 私が蝕を招く刃に込めた想いの嵐の激しさを。
 識らないでしょう? 手を伸ばして、掬って、好きと伝え合える幸せを識った私の、歓喜の眩さを。
「ふぁいとじゃよ、ゼルディア殿!!」
 ――頑張ったのじゃよね?
 まるでこの一瞬を狙い澄ましたかのごときファルスの唄が力を貸してくれる。唄にそうっと挟まれた言葉に瞳の奥へ熱が込み上げた。頑張ったの。
「うん。すごく、すごく頑張ったよ」
 永遠の夜には夢幻だったけれど、あのひとに手を伸ばせたよ。
 今この瞬間もきっと、同じ森の何処かで戦っている、優しい夜みたいなひと。
「だから必ず皆で、みんなでこの森を抜けるんだから!!」
 我儘を押し通すよう押し返す相手の刃。振りぬけば確かな斬撃の手応え。なのに黒い自分が笑う。凌駕する。
 けれどその瞬間、ゼルディアのすぐ傍を月森の風が翔けた。
「私の陽のお姫様は、光の色をしているの。貴女はちっとも眩しくないわ」
 罠糸で黒いゼルディアの首をあっさり狩って霧散させ、クローディアが振り返った。
 今にも泣き出しそうな顔で笑う。
「ゼルさん、大好き」
「私も大好きよ、クローディアさん」
 どちらからも涙が溢れた。このうえなく幸せな笑みが咲いた。

●軌跡の矛
 ――どうして妾まで泣いているんじゃろう?
 けれど胸で言葉を形作った途端、ラヴィスローズの心の泉に答が滴り落ちてきた。どうしようもなく優しく広がる、想いの波紋。
 妾だって、みんなが大好きじゃもの。
「だから何処までも妾は頑張るもの。勝って、輝く軌跡を繋いで、森をぬけて」
 そうして、大魔女にも勝って――帰るのじゃよ。
 力強くも優しいラヴィスローズの誓約を抱いて、星霊オラトリオの祈りがアルトリアを包み込む。
 そうやな、大魔女なもんな。焦がれるような、渇望するような、けれど獰猛な光がロータスの双眸に宿る。仇討ちなんて言わないけれど、彼にとってはこの世でもっとも憎い仇敵だ。
 心を鷲掴みにして揺さぶって、彼の人生を変えた騎士。
 その騎士の誓いを、誇りを、踏みにじって穢した棘の――根源。
 退けるか。
 ここで得る勝利は終わりでなく通過点。軌跡を繋いで、そうして大魔女へ己の命の牙で喰らいつく。
「まずはにせもんに見せつけたれ、アルトリア!」
 あの、散華で。
 騎士の誓いを踏みにじった棘の齎す終焉に抗った、あんたの、本物の『希望』を。
「はい!!」
 爆ぜるようなロータスの声そのままに迸った妖精達の嵐がアルトリアにも活力を与えていく。
 影色のアルトリアが大剣を構える。でも大丈夫。ロータスの力を重ねて貫ける。だから、まっすぐ。
「私達は負けません! 貴方達にも、大魔女にも!!」
 強くて眩くてまっすぐ鮮やかに輝くアルトリアの言葉。いつだって。
 ――ああ、よう似とるな。
 瞳を細めたロータスの視界で、影のアルトリアが『希望』の刃に胸を貫かれて消える。
 良く似てる。夏空の街の、夏陽の輝きに。

 絆を持たない。愛しいひとを、そのひと達との日常を持たない。帰る場所を持たない。
 大魔女への絶対的忠誠を植えつけられているというから、自分は戦いの駒でいいと言うのだろう。命など惜しいとも思ったこともないのだろう。
「……なんだ」
 全部じゃないが結局昔のあたしに似てるわけだ、この影は。
 たったひとりになっても変わらず牙剥くように笑い、影のカラは魔獣の鎌を揮う。獰猛で凶暴な力を帯びて生成される巨大鎌。やけっぱちなのか強がりなのか。
 けれど、どっちもあたしは卒業したよ。多分。
 戦場だけでなく日常でも繋がる縁、ゆえに温かな情通う、仲間への信頼感。
 茜の夕暮に胸を灼いた悔しさ、菫の黎明に胸に射したひかり。
 そして地の底へ至る道で尽き果て、くずおれる瞬間に視界の端を掠めた、手首の呉藍。
 情に迷う弱ささえ手に入れて、強くなったのか否か本当はよくわからない。
「もうひとつ手に入れたものがあるんじゃないかしら。カラさんも」
 影の巨大鎌を破砕する唄を紡いでゼルディアが迷わず笑う。
 前に進む、力。
 なるほどねと不敵にカラも笑んだ。ならばますますもって、この森を抜けねば。
 何も問題ない。己が影など、砂の花籠の底でとうに蹴破ってきた。
「こんな風にね!」
 技こそ違えど、槍は同じ。
 風鳴り唄わせ白銀の穂先で己が写し身の足元の影を穿てば、大地から咲く無数の槍が影のカラをずたずたに破って、この世界から掻き消した。
 踏み越えたそれも含めて何もかも、全ての軌跡を抱いてあんたを超えて行くよ。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2015/03/03
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