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雪芙蓉

<オープニング>

●雪芙蓉
 夏に美しい大輪の花を咲かせる芙蓉。
 神社の境内や石灯籠並ぶ街の大路から、雑多な町家がひしめき合う下町にまで艶やかな芙蓉が咲き溢れるその街は――芙蓉の街ハナマツリと呼ばれていた。
 高雅な白芙蓉に華麗な紅芙蓉、何処か妖艶な酔芙蓉。
 だが夏には大輪の美花を咲かせる芙蓉の樹々も、ようやく早春の息吹が漂い始めたばかりのこの時期には、葉を落とした枝々に綿の実のように割れた果実の残りと、小さな冬芽を宿すのみ。
 けれど、芙蓉の街ハナマツリには冬にも枯れることなく、長く寒い冬の夜にもあでやかに咲き誇る花々があった。
 芙蓉の姫と呼ばれる、花街の芸妓や舞妓達である。
 華やかな芸舞妓達はこの芙蓉の街のみならず、近隣の村娘や町娘達の憧れの的。そんな芸妓や舞妓達がたまの休みに訪れる店――と、この冬、町娘達の間でひそかに囁かれ始めた店がある。

 雪花庵。
 街の大路から小路をひとつ入ったところにあるその店は、芙蓉の花を意匠した小物を扱う店だ。
 落ち着いた風合いの格子戸を潜れば薫かれた白檀がはんなり香り、柔らかに咲きあふれる数多の芙蓉の花が出迎えてくれる。勿論それらは生花ではなく、とりどりに美しい細工物の芙蓉の花。
 ひときわ目を惹くのは雪のように白い絹織のちりめん生地で咲かせた芙蓉花の簪。
 格子窓から射し込む光を受け、しぼと呼ばれる独特の風合いが飛びきり優しい彩を綾なすちりめん生地は本物の芙蓉の花弁の優しさにも良く似て、新雪のごとく清らな白芙蓉に桃花のごとく華やかな紅芙蓉、ほんのり色づき始めた艶冶な酔芙蓉を、簪に、花かごに、匂い袋にと咲き誇らせている。
 結い髪にあでやかな芙蓉を咲かせてくれる花簪に次いで娘達の目を惹くのは、お稽古へと向かう芸妓や舞妓達が持つような花かごだろうか。
 それは底部分がかごになっている美しい巾着袋で、舞扇も収められる少し大きめで細長いそれを両手で抱えれば、憧れの芸妓や舞妓に少し近づけた気分――と、ほんのり頬を紅潮させた娘達が囁き交わすのもこの店ではよく見られる光景だ。
 雅な白檀や甘い桂皮が優しく香る匂い袋も、手紙に香りを添える文香もちりめん細工の芙蓉の花。
 芙蓉の花咲くちりめん友禅を張った手鏡に半月櫛、真珠めいた光沢の七宝細工で芙蓉を咲かせた簪に帯留め、芸妓や舞妓御用達の紅を塗り込めた貝にもやはりあでやかな芙蓉花が描かれ、更に店の奥へ足を踏み入れれば、琥珀色に煌く鼈甲に芙蓉花の透かし彫りを施した簪や典雅な蒔絵の芙蓉花咲く簪などもお目見えするが――やはり売れすじは、雪のように白い絹織のちりめん生地で咲かせた芙蓉花の簪だ。

 舞妓達も休みの日にはこれを挿す、なんて触れ込みと目の覚めるような雪白の美しさに惹かれて雪のように白い芙蓉花の簪を買い求めた娘達は早速それを髪に挿し、芙蓉の街を後にした。
 彼女らの住む隣町でも芙蓉の街の芸妓や舞妓に憧れる者は多い。
 早く皆に見せなくちゃ、と足取り軽く帰途についた娘達が街はずれへと差し掛かった時――大きな羽音とともにそれは舞い降りた。
「おや珍しい、この季節に芙蓉の花じゃ」
「欲しい、欲しゅうてならぬ」
 芙蓉花の簪と同じく雪のように白い衣を纏う女達。だが欲に爛々と瞳を輝かせる女達は嫋やかな腕ではなく撓やかな鶴の翼を持ち、そこに禍々しい仮面をも持ち合わせていた。

●さきがけ
 腕の代わりに鶴の翼を持つピュアリィ、鶴女。
 鶴女のマスカレイドに襲われた娘達が助かったのは、
「芙蓉の街ハナマツリの護り手として組織された、御庭番衆の面々が駆けつけたからだって話だ」
 霊峰天舞アマツカグラの酒場でそう語る砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の瞳に、何処か愉しげな光が宿る。
 芙蓉の街の御庭番衆。それは、かつて領主不在となった芙蓉の街において、花街に居座り無体を働いていたならず者達だ。エンドブレイカーに懲らしめられ、義を説かれ改心した彼らは、今ではこの街の自警団のような存在となっている。付近を警邏していた者達が運良く間に合ったのだ。
 だが、御庭番衆が鶴女のマスカレイド達を撃退したと言うよりは、
「娘さん達を庇って戦ううちに芙蓉の簪が落っこちて土まみれになり、鶴女達が『汚れた花なんぞもう要らぬわ』って逃げ去ったってことらしい」
 御庭番衆にもそれなりに腕の立つ者がいるが、相手がマスカレイドとなれば自分達は深追いしない方が良いだろうと判断したというわけだ。
「――で、俺達の出番だ。この花好きで欲しがりな鶴女達を討伐してこようぜ」

 逃げ去った鶴女達の棲み処は識れないが、簪が落ちて汚れてしまうまでの芙蓉花への執着ぶりは相当なものであったというから、
「よっぽど芙蓉が好きなんだろうな。この季節よそで芙蓉が咲くわけでもなし、ヤツらがまた芙蓉の花めあてに街はずれに現れる可能性はかなり高いと思うね」
 襲われた娘達と同じように、件の街はずれで芙蓉の花の簪を挿すなり芙蓉の花を意匠した小物を目立つように持つなりすれば、鶴女達を誘き寄せることが叶うだろう。
 勿論、何処でも簡単に手に入るというものでもないから、
「折角だ。現場に向かう前に、俺達も例の店――雪花庵で買い物していかないか?」
 冒険商人を本業とする男が、銀の双眸を殊更愉しげに細めて笑う。
 花簪に花かご、匂い袋に文香、手鏡に櫛――と女性が好む品が多いが、贈り物を探しに来る男性客も珍しくはなく、興味さえあれば誰もがはばかりなく買い物を楽しめる店だ。
 相手は欲の張ったピュアリィ、餌となる芙蓉もそれを持つ者も多ければ多いほど良いだろう。
 先日の一件も、鶴女達は自分達が負けたとは思ってはいまい。芙蓉花を見れば警戒することなく奪いに来るはずだ。
「その街はずれは葉の落ちた芙蓉の樹々があるだけの場所で、戦うには十分な広さがある処だ。人払いは御庭番衆が引き受けてくれるって言うから、俺達はただ存分に戦って鶴女達を倒しゃいい」
 彼女達が使う技は、冷たい羽吹雪と、翼を爪のように刺して爆ぜる凍気を注ぎ込むもの。
「ヤツらは自分の力に自信を持ってるが、いざ戦ってみて不利だと感じたら逃げるかもしれん」
 ――が、戦況が不利になっても恐らく芙蓉への執着は褪せはすまい。
 改めて芙蓉を見せびらかすなり、隠しておいた別の芙蓉を見せるなりすれば、ヤツらも逃げるのを忘れちまうだろうさ、と男は口の端を擡げてみせた。
「さあ御照覧、芙蓉の街のはずれに花好きで欲深なピュアリィ達がやってくる」
 都市国家内に残るマスカレイドももう僅かのはず。
 彼女らを綺麗に退治すればきっと、芙蓉の街は棘に無縁な春を迎えることができるだろう。


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参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
水天武侠・ソーヤ(c03098)
灰白小鳩・ロシェ(c06958)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
春の詩篇・マリア(c12111)
花守蜜蜂・スズ(c24300)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●雪芙蓉
 積もるは恋の淡雪や、寄せるは恋の雪解けや。
 紅にしようか、白にしようか。咲くは芙蓉花、夢の花――。

 麗らかな春陽と華やかな賑わいに彩られた芙蓉の街。
 街の大路から小唄の聴こえる小路へ入れば、唄を口遊んでいたらしい町娘達が頬を染め、きゃーと恥ずかしげに春の詩篇・マリア(c12111)の傍をすり抜けていった。彼女達の髪を飾るのはもちろん真新しい雪芙蓉の簪だ。
 芙蓉の街ハナマツリの花街に咲く芙蓉の姫達が町娘達の憧れの的であるのは、彼女達が苦界で春をひさぐ遊女ではなく、磨き抜かれた伎芸で皆を魅了する芸妓や舞妓であり続けられるから。
「街の皆も幸せそう……これもソーヤとスミカと、御庭番衆の皆のおかげね」
「スミカさんが確り手綱を握ってくれてるのもあって、皆びっくりするくらい良くやってくれてますよ」
 紅茶色の瞳を眩しげに細めるマリアの言葉に、芙蓉の街の領主たる水天武侠・ソーヤ(c03098)の眦も緩む。鶴女マスカレイドの討伐に出向いてくれる皆を持て成さんと小物売りに扮しようとしていた戦忍衆・スミカ(c32751)もあっさり『あ、御庭番衆の頭目だー!』と子供達に囲まれる人気ぶりだ。
 花街を救った彼らの活躍譚も広く伝わっているのだろう。
「僕もその時に居たかったなぁ。本当、素敵です」
「スズ達も張り切って頑張らなきゃ、ですよね!」
 芙蓉花咲く頃に咲いた歌舞と剣戟の物語。それを紡いだソーヤやマリアから直に聴く当時の話に灰白小鳩・ロシェ(c06958)は胸を躍らせて、花守蜜蜂・スズ(c24300)は弾むような足取りで小路の先へと向かう。忍犬の小豆が転がるように後に続く様が愛らしい。
 雪花庵。
 噂の店先、黒漆塗りの格子戸を潜れば途端に、はんなり薫る白檀香と数多咲きあふれる芙蓉花に出迎えられた。
「どうしよう……誘惑たくさんで困る!!」
「本当、乙女の勝負どころよね」
 冴えるような雪色の白芙蓉が優しく咲き零れる花簪、華やかな桃花色の紅芙蓉が爛漫と咲き誇る花かごや、友禅に彩られた手鏡に半月櫛。陽凰姫・ゼルディア(c07051)がたちまち心奪われる様に馥郁・アデュラリア(c35985)もころりと笑みを転がした。花に迷う乙女の指先もきっと蝶のよう。
 黒漆の棚を飾るよう広げられた友禅の反物に艶冶な酔芙蓉を見れば、奏燿花・ルィン(c01263)の頬も自然と緩む。
「この酔芙蓉で一着もいいし……こりゃまた悩むなぁ」
「今すぐ仕立てるのは無理だろうが、頼んでいくのはいいんじゃないか?」
 あんたはこういうの好きだろ、と砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)にぽんと背を叩かれればお見通しかとかんらかんらと笑って店主に声をかけた。雪花庵の店主は生粋の商売人らしく職人に接するのとは勝手が違ったが、異国の装束に華やかな着物を羽織るルィンのような粋な客を店主が歓待しないはずもない。
「どれもこれも魅力的すぎて絞れない……!」
 籐編みの籠に友禅を合わせた花かごや、愛らしい舞妓の足音が聴こえて来そうな芙蓉咲く鼻緒のこっぽりに見入るマリアに、同志への贈り物に雪芙蓉の簪を、己には銀細工の芙蓉を要にあしらった白檀の扇を手にしたソーヤが何かを思い出したように破顔する。
「そうそう、コスズさんやミスズさんにもそろそろ襟替えの話が出てるらしいですよ」
「まあ、もうそんなになるの?」
「おめでたい話を聴くと何だか嬉しくなっちゃいますね!」
 いつか端唄を教えてくれた舞妓達の祝い事にマリアが笑みを咲かせれば、花街育ちのスズも声を弾ませた。名が似てるのもきっと何かの縁。花街の姫達のごとく咲き誇る大輪の花簪に惹かれては髪に当て、鏡と睨めっこしてみるけれど、『姉』達同様いずれ劣らぬ美花となれば決めきれない。
「あの、良かったら何方かスズに合いそうなの一緒に見てもらえませんか?」
「はいよ。俺ならこいつをお勧めしたいね」
「ふふ、可愛らしいわ。やっぱり雪芙蓉がお好み?」
 雪色咲き誇る芙蓉にふっくら桃色の蕾を添えた簪をナルセインが髪に当ててやり、アデュラリアが鏡を見せれば、普段は赤が多いので、偶にはとスズがはにかむような笑みを覗かせた。国は違えど互いに花の廓に育ったという二人のやりとりは、
「何だかまるで、姉妹みたいですね」
 笑み交わす彼女達の様子に微笑んで、ロシェも花簪に手を伸ばす。
 紅にしようか、白にしようか――。
 聞き覚えたばかりの小唄を微かに口遊み、触れるはほんのり色づき始めた酔芙蓉。淡く優しく光を透かすちりめんの花弁が柔く波打つ様はスイートピーにも似て、彼だけのあかがねの姫の銀の髪を飾る様を想えば愛しさにおのずと笑みが深まった。
 ――芙蓉の姫は皆の花なのだろうけど、彼女は僕だけの花で在りますように。
「まさしく、紅にしようか、白にしようか……ってところよね」
「今も昔も、皆が悩むのは同じなのだろうな」
 真珠色の髪と薔薇色の瞳持つ姫君への贈り物に悩める漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)の相談に乗りつつ小物を見て回れば、ゼルディアの心もひときわ弾む。彼の姫君には花簪も似合うはずだし二人で揃いの小物を持つのもきっと幸せ。
「御二人でおそろいなら……ほら、色づき始めの酔芙蓉もすてきよ?」
「飾りが揃いの帯留めと羽織紐なんて粋だと思うね」
 指腹でなぞる雪芙蓉の花弁の柔さに眦緩めていたアデュラリアもリューウェンに意見を乞われれば真珠色に淡い薔薇色差す七宝細工に瞳を移し、緩く編みこまれた彼女の髪に八重咲きの雪芙蓉を挿し、何事かを囁いていた冒険商人も笑って言い添えた。
 漆黒の剣士が真摯に聴き入る様に笑み零し、今度はゼルディアが己の財布と乙女の勝負。
 紅芙蓉の半月櫛の誘惑振り切って、髪に飾るは雪芙蓉。店主に断りを入れ自前の黒檀の舞扇を収めた花かごを抱いてみれば、艶冶に色づく酔芙蓉が腕にも胸にもしっくり馴染むよう。
 後は文香も――と手を伸ばせば、横合いからふわり薫る白檀香。
「ルィン君も素敵な出逢い、果たせた?」
「おう、これからの季節に良さそうだろ?」
 柔い薫風ひとつ生んだのは、ルィンが広げた白檀扇。藍染めの麻に染め抜かれた白芙蓉が眩くも涼やかで麗しい。もう一本、と瞳をめぐらせれば粋な色艶の渋扇が目に留まる。
 扇骨は落ち着いた煤竹、地紙に柿渋を塗り重ねた深い紅鳶色の扇面には銀彩の芙蓉一輪。
 ――ああ、きっとあの御仁には良く似合う。
「サクラもいいもの見つけたかい?」
「……だめ、目が回りそう」
 微笑して振り返れば、花簪を選びかねているらしい静謐の花筐・サクラ(c06102)が『助けて』と瞳で訴えていた。
 一緒に選んでと前もって言ってくれていれば此方の心構えも違ったのだけど、ルィンとゼルディアは仕方ないかと笑み交わして彼女の傍へと歩み寄る。大切なひとのために着飾りたいと彼女が二人に語る様にマリアも小さく笑めば、視界の隅で何かが煌いた。
 瞳と指先が誘われたのは、薄紅色が匂やかに息づく桃色翡翠の酔芙蓉。
 ほんのり光を透かす花弁に抱かれた小さな水晶が朝露めいて煌くそれは帯飾り、合わせてみれば淡い春の曙光めく白地の着物に桜咲くマリアの装いと可憐に溶け合い良く映えた。
 さあ、妍を競う芙蓉花で鶴を誘いに出向こうか。

●羽芙蓉
 街から花街へ渡る美しい丹塗りの太鼓橋がある。
 芙蓉の夏を迎える前に一度塗り直しをした方が良いのでは――というのが街外れに向かいがてら街の衆からソーヤが聴いた『困り事』。治安も上々、他に然したる事件もなしとなれば、
『御領主様直々に魔物討伐へお出ましだ! 危ないから終わるまで街外れに出るんじゃないぞ!』
 と大々的に触れ回ってくれた御庭番衆に全力で応えたいところ。
 ――もう、テンガイったら!
 元はならず者達の頭目だった男に『こいつが俺を倒した嬢ちゃんだ』と皆に紹介されて、『この娘が元おかしらを倒した剛の者……!』と尊敬の眼差しを向けられたのにはマリアも赤面したが、彼らが存外職務を楽しんでいるらしい様子は素直に嬉しかった。
 彼らが確り人払いしてくれた街外れには冬芽が綻びかけた芙蓉の樹々が立ち並ぶのみ。
 天を見渡せば澄んだ空に容易く見出せた白装束と鶴の翼、当然あちらからもこの場に咲く数多の芙蓉が鮮やかに瞳に映るはず、と踏んだなら。
「空舞うお姉様、常花の芙蓉……欲しくなあい?」
「無論じゃ!」
「さあ寄こせ、早う寄こせ!」
 金の髪に映える雪芙蓉を見せびらかすよう小首を傾げ、蜜の甘さで鶴女達を誘ったゼルディアが急降下してきた一羽めがけて一気に翔けた。
「私達は彼女を! ルィン君、チェイスお願い!」
「ええ、了解! 今よルィン!」
「おう! ナイスたぜゼルディア、マリア!!」
 花かごからぱちりと開くは黒檀の舞扇、金の颶風となった娘の軌跡へ展開されたマリアの紋章から純白の鳩の群れとともに飛び出した玩具の手が鶴の翼を掴んだ瞬間、ルィンが透明な印を刻む。
「な……!?」
 欲に目が眩んだ鶴女達が事態を把握するより先に、もう一羽の周りで眩い神火が燃え上がった。
「流石はスミカさん!」
「まあ、なんて頼もしいこと」
 気配を隠し潜んでいた芙蓉の樹の陰から瞬時に鶴女を包囲したのは忍びの神火、分霊の斬撃に重ね迷わず敵の懐へ飛び込んだソーヤが女の黒帯の上から爆ぜる勢いの気を叩き込めば、真白な鶴の胸に打ち込まれたアデュラリアのチェイストマトが派手に弾けた。
「な、何じゃこの赤茄子は!?」
「あなたを逃がさない、その証です」
 戸惑い混じる叫びと同時にソーヤめがけて迸ったのは雪の輝き持つ冷たい羽吹雪。彼にとっては深手にならぬと鶴女の背を取る位置から見定めて、柔らかな声音で告げたロシェは七色の弦に指を踊らせ豊かな深みを湛えて澄む歌声で世界を満たす。
「花街の華の護衛がスズの本職ですからね! この街も護らせてもらいますよっ!」
『ワン!』
 芙蓉の街の小唄を即興で織り交ぜたロシェの歌が花と風となって鶴女達へ押し寄せる様にスズが明るい笑みを咲かせれば、地を蹴った忍犬の小豆が鶴女の足に喰らいついた。その耳元には主のそれより二回り小さな雪芙蓉。
 至近から銃撃を叩き込むルィンと風の飛翔で迫るゼルディア、春躑躅咲く魔鍵で描く紋章で二人を援護するマリアの三人が一羽を抑え、残る一羽へ集中攻撃というのが皆の策だ。雪芙蓉へ触れんとした翼を払いのけた勢いのまま鶴女の肩に突き立て制約で侵食していくアデュラリアの紫煙樹、その木陰から膨れあがった月光が鶴女を呑んだが、光の裡で凍気を帯びた翼が閃いた。
 だが、ナルセインを貫かんとした翼を黒き刃が受けとめる。
 今回も護衛させて頂く、と微笑したリューウェンが夜の嵐にも似た斬撃の乱舞で鶴の翼を押し返す様に、思ったより早く片がつきそうだと笑み返せば、流石に不利を悟った鶴女が天へ還らんとした。
 けれど、
「あれ? 花を諦めていっちゃうんですか?」
「ほら、ここにも飛びきりの芙蓉が咲くわ?」
「……!」
 黒髪からすらりと抜いた雪芙蓉の簪をスズがひらりと揺らし、懐に潜めた品をアデュラリアがひそり覗かせれば、雪のように真白な貝に鮮やかな紅芙蓉が咲く。再び鶴女の瞳へと燈った爛々たる欲の輝き、それは決して嫌いではないけれど。
 貝に塗り込められた不思議な玉虫色の輝きは、濡れた指で触れれば艶やかな紅と咲く。
 ――紅筆はいらないだろ?
 店で囁かれた言葉に唇綻ばせ、だからこその極上の花をひけらかす。
「――欲しい?」
「あげませんけどねっ!!」
 己の敗色も忘れ飛びかかってきた鶴女を紫の苗木と刀を咥えた忍犬が迎え撃つ。たちまち豊かに茂る大樹、木陰に散る白と黒の鶴の羽根。舞い散るそれ越しに、ソーヤの掌で竜気が光を放った。
「芙蓉の美しさに惹かれるのはわかるけれど――」
 困ったお客様には御遠慮願うよ、と彼が笑むと同時に迸った気咬弾が仮面と命ひとつを喰い破る。
 次の瞬間にはもう一羽が凄まじい翼の凍気を爆裂させたが、
「美しいですね、ナルセイン」
「命が咲き競えば、春を待たずとも世界は花園になるのさ」
 灰の瞳細めたロシェが唄うよう紡げば、重ねた意を汲んでか男が吐息で笑う。
 先の忍犬の遠吠えの響きに繋げてロシェが歌い上げるは皆の心を震わせ鼓舞する戦歌、勇ましきその旋律でたったいま大打撃を喰らわせたばかりの金髪の娘の翠眸に確固たる闘志が燈る様子に鶴女が顔色を変えた。
「これしきじゃまだまだ芙蓉はあげられないわよ、お姉様?」
「む……口惜しいが、命あっての物種じゃ!!」
 神風と飛び込んできたゼルディアの旋風に煽られるまま鶴の翼が天に舞わんとするが、
「この雪芙蓉、絹の様に艶やかなあなたの射干玉の髪にさぞ映えるのでしょうね」
「僕の芙蓉も如何でしょう?」
 白と桜の懐からふわり咲き溢れさせた雪芙蓉の簪をマリアが春躑躅の髪に飾ってみせ、雅やかな白檀の香りも届くようとロシェが白芙蓉咲く匂い袋を高々と掲げてみせれば、後ろ髪引かれたように鶴女の動きが止まる。
 優美な翼と姿を持つ女妖を芙蓉の花で誘って惹きつけて。
 仮面持つ存在を逃がすわけにはいかないから、
 ――余所見しないでなんて、彼女達に蜜の囁きを聴かせないでなんて、言えない……!
 胸に渦巻く想いが零れぬようゼルディアは唇を引き結ぶ。けれど思わずその結びが解けた。
「……? ルィン君、ハニーは?」
「大丈夫、使わねぇさ!」
 不安に揺らぐ心を掬うように笑うルィンは此度は端から蜜の術は持たず、藍に白芙蓉咲く扇で鶴の視線を奪う。奪った瞬間に見舞うは勿論、歪んだ棘を狩り尽くすためのみに放つ薔薇の剣戟。
 少しだけ、妹か娘をお嫁さんに往かせるような心地。ころりそう笑みを転がし翔けたアデュラリアの氷の刃が雪華を咲かせれば、まあ、と瞳を瞠って笑んだマリアが咲かせた紋章がカラフルなステッキの魔力と純白の鳩の群れを解き放つ。
 純白の鳩の群れに呑まれた中から突き込まれた鶴の翼。
 それを予測していたように黒漆艶めく銃身でルィンが翼の一撃を払いのけたなら、溢れそうな心のままに翔けたゼルディアの風が芙蓉の街に平穏な春を呼ぶための最後の一打となった。

 澄み渡る空の青と、枯れ木めく芙蓉の枝の朽葉色に、微かに綻ぶ冬芽から覗く春の萌黄色。
 世界の彩を瞳に映したロシェの鎮魂歌が響く中、鶴女達の埋葬を終えたルィンが柔らかな盛り土に軽くぽんと手を置いた。
「次の世では花の傍で過ごせるといいな」
「ええ。けれど、次の世まで待たなくても……きっと」
 何処か名残雪にも似た真白な鶴の羽根を二枚、芙蓉の根元にそっと置いたマリアが優しい春の彩覗かす芙蓉の枝を見た瞳に淡い笑みを燈す。春の先に、瑞々しい光降る夏が訪れれば――きっと彼女達の心だけでも、ここで満開に咲き誇る芙蓉の花を仰ぎ観ることが叶うはず。
 それくらいは、芙蓉を愛するこの街のひとびとも許してくれると思うから。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:7人
作成日:2015/03/28
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