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大魔女決戦:天涯

<オープニング>

●大魔女決戦
 ――天涯。
 ある意味ではまさしくそう呼ぶのに相応しい処だった。
 地平まで広がる荒廃した大地に幾つも点在するのは、朽ちた都市国家とそれを覆い尽くす巨大な棘の薔薇。滅びの絶望のみが広がる世界、澱んだ血の色の空に唯ひとつだけ幻想めいた美しさで浮かぶ、大魔女の城。
 滅びの大地の空の城へ皆を導いてくれるのは六人の同胞、鍵の所有者達だ。

 ――ねえ、なんだかすごく不思議な心地がするの。
 伝説の勇者達の時代から永い時を経て、そして大きな大きな世界を旅して、その涯てに辿りついた大魔女の城。深い感慨も暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)の裡にある。

 けれど、その感慨を彩るこの心地は何て呼べばいいのかな。
 空恐ろしいほど美しい城の偉容や、その奥から感じる強大な棘の気配。
 ――それらへの恐怖ではなく。
 伝説の勇者達の意志を継いでようやく迎えた、熾烈を極めるだろう最後の決戦。
 ――それに熱く血が滾る昂ぶりともまた違う。
 譬えて言うなら、遥か地の彼方に蒼く霞む高峰、あるいは、蒼穹を背に神のごとき威容で聳えたつ白銀の未踏峰、登りたいとずっと希っていた、まだ誰ひとり頂に至ったことのない遥かな高峰へ登り、涯てなく思える挑戦の末にようやくその頂が見えて来た――そんな心地。
 ねえ、あの頂を越えればきっと、まだ誰も見たことのない世界が広がってるよ。

 だからね、大勢の仲間達と城内へ突入した途端に響き渡った、大魔女スリーピング・ビューティの哄笑もね、アンジュには艱難辛苦を越えて未踏峰の頂へ至ろうとしている自分達を歓迎してくれる、華やかなファンファーレみたいに聴こえたの。
 不思議だね。びっくりしたけど怖くない。
 哄笑の後に聴こえて来た大魔女の声も豊かに響く唄のよう。
『数万年に渡り準備してきた全てが、私の手から溢れ、露と消え去った』
『五将軍、六勇者、マスカレイド……。どれ一つとっても、世界を手にするに十分な力であったというのに』
 ああ、スリーピング・ビューティにとっても、永い長い道のりだったんだね。
 私達にも長かった。
 その命も心も、魂すらも懸けて勇者達が紡ぎだしてくれた永い猶予を越え、力を磨いて心を鍛えてみんなでここまで軌跡を繋いで来たよ。
『だが、私は諦める事は無い』
『かつて、私は世界の全てを敵として、私一人の力のみで戦いを挑んだのだ』
 ――ああ、そうなんだ。
 自然と笑みが綻んだ。嘲笑でもなんでもなくて、大魔女も『そう』なんだって思っただけ。
 だってアンジュも信じてるもの。ひとりではないけれど、そうやってここまでやって来たもの。
 ――世界は必ず、自分の手で変えられる。

 それならぶつかり合おう。
 望むもののために、私達と大魔女はぶつかり合わねばならない。
 私達が望む世界と、大魔女スリーピング・ビューティの望む世界は相容れない。
 唯、同じ空のもとで生きるには相容れない命を狩りにいく。

『ならば、最後に頼るのは私の力のみ』
『お前たちまとめて、全て私が相手にしてくれよう』
『遺失魔術『ギガンティア』。咲き誇る薔薇の花弁の如く、我が力は幾重にも重なりあう……。そして、全ての敵を葬り去る力を……』

 豊かに響く唄のような大魔女の声はそう告げて消えていった。
 遺失魔術『ギガンティア』。
 その名だけでも途轍もなく強大な魔術だと識れるそれを警戒しないエンドブレイカーなんていない。効果の識れないそれがいつ発動してもすぐさま対応できるよう、誰もが極限まで意識を研ぎ澄ませて進んでいったと思う。
 だからね、大きくて美しくて、けれど大魔女以外誰もいない、何処か寒々しい気がする城の奥へとみんなで向かったその先に『大魔女スリーピング・ビューティ』が姿を現した時も――びっくりしたけど怖くなかった。
 きっと、ここが大魔女の城でなく、荒野だったり草原だったり森林だったり農村だったり街中だったりたとえどんな場所で出逢ったのだとしても、大魔女の姿を何も知らず、あのステンドグラスの姿さえも知らずに出逢ったのだとしても、彼女が『大魔女スリーピング・ビューティ』だと瞬時に解る気がする。
 巨大で強大な存在。まるで塔を見上げている心地。
 美しいと言うひとも醜悪だと言うひともいると思った。上半身は眼の辺りを仮面で隠してもなおその麗容を察せる美女、下半身は彼女が『魔女』たる証に赤く膨らんだ球体で、その中に孕むいくつもの仮面が透けて見えている。そうして、全身に絡む棘の茨と、咲き誇る赤い薔薇。
 みんなはどう感じたんだろう。アンジュはやっぱり何だか不思議な心地がした。
 ――あかりみたいだな、って思ったの。
 魔女が仔を孕む下半身の赤い球体。あれがね、グロテスクな肉の塊でなく、昏い夕暮色のまぁるい硝子のランプみたいに見えたのね。暗い赤硝子めく中に茨も仮面もいくつも透けて見えるけど。
 ね、その芯に柔らかな光が見える気がするんだもの。
 ――けれど当然、そのひかりが私達にとって幸せなものであるはずもない。

「大魔女への一番槍、いただきっ!」
 巨大で強大な、塔のごとき大魔女の偉容に怯むことなく、真っ先に突撃したのは誰だったろう。
 先駆けとなった先頭の数人に続いて、大勢の仲間達みんな一丸になっての雪崩れるような怒涛の攻勢が始まる――と思った瞬間、思わぬところから巨大な影が落ちた。
 大魔女スリーピング・ビューティがもう一人現れたの!? アンジュにはそう見えたの。
「先ほどの大魔女は幻術か? ならば」
 一瞬でそう判断したらしい何人かが間髪いれずに新たな大魔女へ標的を変えたけど、巨大な影は次々増えてあらゆる方向から落ちてくる。塔のごとき大魔女の偉容が幾つも幾つも増えてくる。
 次いで、広大なその空間は焔の万華鏡と化した。
 大魔女が繰りだす凄まじい炎の魔術。鮮烈に燃え盛る流星の大群が降り注ぐ。あらゆる方向から次々増えていく大魔女達があらゆる方向から焔の流星雨を叩きつけ、言葉そのものに凄まじい力を感じる言葉を響かせてくる。多方向からの流星、幾つも幾つも反響するような力ある言葉。
「どれが本物なんだ?」
 誰もが翻弄される中で聴こえた同胞の誰かの声。
 あらゆる方向から襲いかかって来る、数多の大魔女達すべてが声を揃えて答えた。

『私達全員が、大魔女スリーピング・ビューティ本人なのだ』
『これこそ、最大最古の遺失魔術『ギガンティア』なり』

●さきぶれ
 最大最古の遺失魔術『ギガンティア』。
 大魔女がそれを行使した姿でね、あるお祭りで語られてる御話を思いだしたの。

 誰もいない星もいない。
 独り夜空に輝く月は大地に瞳を向けたけど、そこにあったのは深い鉄紺色を湛えた湖に映る己の姿だけ。銀のようにも真珠色のようにも見える水面の月はとても綺麗で優しげだったけど、どんなに優しくたって月の寂しさは埋められない満たされない。

 たとえ自分がもうひとりいたとしたって、それじゃあ決して満たされない。

 ――アンジュは大丈夫。自分ひとりじゃないから満たされてるよ。
 私達には仲間がいるから負けないって思ったわけじゃないの。勇者達も仲間と挑んだんだものね。
 大魔女が可哀想って思ったわけじゃないの。彼女は独りでも満たされてるのかもしれないもの。
 ただね、こう思ったの。
 ――ああやっぱり、アンジュは怖くないなぁ、って。
 楽観視してるのでも、拍子抜けしたわけでもない。寧ろ想像してたよりずっと熾烈な戦いになるって肌がびりびりするくらいに感じてる。けど、怖くないの。それよりずっと強い気持ちがある。
 まだ誰ひとり頂に至ったことのない、遥かな未踏峰。
 あの頂を越えたら、あの涯てを越えたら、悪しき棘から解き放たれた世界が広がってるはず。
「ねえ、まだ誰も見たことのない世界を見に行こうよ」
 誰か一緒に行ってくれるといいな。そう願って周りのみんなに声をかけた。
 まだ誰ひとり頂に至ったことのない、遥かな未踏峰。命がけの挑戦になるなんて当然のこと。
 けれど、一緒に挑もうよ。そうして一緒に涯てを越えていくの。
 だって、本当に手が届かないものなんて、限りなく少ないんだもの。だから、きっと。
「あのね、そうして涯てを越えて、また逢おうね」

 涯てを越えたその先にある――まだ誰も見たことのない世界で。


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参加者
花渫う風・モニカ(c01400)
戯咲歌・ハルネス(c02136)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
静謐の花筐・サクラ(c06102)
緋炎蒼水・ファニファール(c15723)
彩茜樹・ピノ(c19099)
コールドゲヘナ・ミラ(c20746)

NPC:暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●無涯
 虚空が圧倒的な魔力を孕んだ瞬間、灼熱の絶望が押し寄せた。
 滅びの絶望。澱んだ血の色の天空に唯ひとつ幻想めいた美しさで浮かぶ大魔女の城の奥、烈しく燃え盛る流星が焔の洪水を生まんばかりの豪雨となって降り注ぐ。
 だが世界の終焉めく光景、骨肉をも灼け爛れさせる流星雨の底で、戯咲歌・ハルネス(c02136)は暁月夜の瞳を細めて笑みを敷く。大魔女を見上げれば胸に湧くものは初めて踏み出した戦神海峡の外、夏の青空を仰ぎ見た時の想いにも似る。
 ――遥かな、天涯。
「真正面からぶつかって往こう、ただ真っ直ぐに。――とてもらしくていいじゃないか」
「ああ。絶望に抗う皆の、私達の意志が潰えぬ限り、大魔女とて恐るるに足らず!」
 ひとたび戦場に立てばたとえ大魔女の背後を取ろうとも逃れようのない強大な焔の魔術。ひとめでそれを見てとった緋炎蒼水・ファニファール(c15723)が真っ向から床を蹴り馳せた。
 炸裂する焔の輝きも熱風もあの日閃光と轟音の中に黒きメイガスが消えた様を想起させる。だが傍らを涼風が翔けたと思った刹那、ハルネスの氷の戦輪が大魔女へ強烈な凍気を解き放った。
 吹き飛ぶ熱波、志を共にする仲間達の存在に心が奮い立つ。
 掌から零れた命の分まで、皆と精一杯生きていく世界。
 それを大魔女が壊すと言うのなら、
「エンドブレイカー……いや、生きとし生ける者の一人として。そんな終焉、終焉させる!!」
 凛然と言い放つ天誓騎士が大魔女へと突きつけるは天地開闢の聖剣、ディアボロスブレイド。
 決意の刃を向けた瞬間、ファニファールの裡から清冽な輝きにも似た膨大な力が湧き上がった。
「さあ、臆することなく向かって往こうか!」
「ね、不思議と怖くないよね!」
 勇者を越えた証たる聖剣が彼女に大魔女の絶大な力にも容易く屈せぬ闘志を燈すのなら、愛しき絆の証たる漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)の剣は彼に揺るがぬ誓いを燈す。朱の鞘に口づけ抜き放つのは黒き刃、再び虚空に集い来る焔の魔力はそれだけで凄まじい重圧を感じさせるが、怯まぬ笑みで一気に翔けた。
 超加速する暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)の金竜が暁風となるならリューウェンは夜風、夜闇の斬撃が灼きつけた儀式魔法陣の中心めがけ、彩茜樹・ピノ(c19099)が紫の苗木を突き入れる。
「古の勇者達から受けとり繋いで育んできたものを、今見せてあげるよ!」
 世界の絶望を孕む大魔女の胎、それを苗床にたちまち大きく豊かに茂る紫煙の大樹。
 そう、育まれた諦めぬ意志は、今や大魔女をも凌駕せんとしているのだ。
 空間に豊かな影の闇が落ちた次の瞬間には、金の光と眩い蒼穹の青が射した。
「貴女の紅い空はいらないの。青い空を返してもらうよ!」
「そのために――支配、するわ」
 塔の如き大魔女をも凌ぐ紫煙樹、巨大なその影ごと大魔女の影を穿つは花渫う風・モニカ(c01400)が撃ち込んだ黄銅の魔鍵。静謐の花筐・サクラ(c06102)が陽月の虹が指に煌く手を宙に閃かせれば、珍しく気概を露にした柘榴の瞳が見据える大魔女の胸に、その心魂を掌握せんとする刻印が灼きつけられる。
 抗いがたい情動に理性を乱される大魔女を更に襲うのはコールドゲヘナ・ミラ(c20746)の振り翳す氷刃が呼ぶ冬嵐。蒼銀に煌く猛吹雪が大魔女を呑み、右の腕を完全に凍結させた。
 だが――巨大にして嫋やかな腕が翻れば白い肌を覆っていた氷が砕け、情動も霧散する。
 飽和するように虚空を震わせた魔力が爆ぜれば、再び灼熱の絶望が降り注いだ。
 世界の終焉そのものを体現する炎熱の驟雨。
 遺失魔術『メテオスウォーム』の標的は初めから敵すべて、それ以上拡大する必要もない魔術には制約も意味を成さない。けれど、敵が十なら十を潰し、敵が万なら万をも潰すその桁外れの規模ゆえにか――個々への命中精度はいささか甘い。
 絶対の敗北を叩きつけんと降る数多の炎塊を掻い潜り、一人の娘が跳躍した。
「この世界のひかりのために、加勢、するわよ」
 塔の如き大魔女をも越す遥かな高み、蝶の翅めく斧刃の槍を牙と成した銀翅・サリエラ(c18146)が飛龍となって襲いかかる。僅かな力でも構わない、皆で束ねれば眩い輝きとなるのだから。
「小さな力で小さな一歩を、あの涯てを越えてまだ見ぬ未来を目指す為にさね!」
「あたし達は大魔女の玩具じゃないんだからね! いっけええ!!」
 何時でもアンジュを庇える位置から緋の暴君・ユリウス(c00471)が、笑って帰ろうとサクラを支える位置から碧炎灯爲・ヌイ(c25614)が、間髪を容れず轟かせたのはドラゴンキャノン。二方向から噴き上げた火焔が大魔女の眼前で炸裂し、催涙弾を撒き散らして再びその理性を掻き乱す。
「あのね、後でぎゅうってさせてね!」
「ありがとう、ヌイ。とても、助かる」
 窮地には盾となると決意した女のその心にこそ護られながら、暁色の娘が扇の風と飛ぶ。微かな笑みで知己に応えたサクラは魔鍵を掲げたモニカと頷き合い、墨染桜の扇に雅な光を重ね、灼熱の絶望を楽園の光と花鳥風月で塗り替えた。恐らく、ここから先は癒しの術ひとつで足りる局面の方が少ないに違いない。
 だがそれでも、滅びの終焉に抗う者達の攻勢は緩むことなく大魔女へと押し寄せた。
「ファニファール団長! ここで恩に報います!!」
「たとえ一つの道が閉ざされたとしても、別の道を探す。大魔女よ、これが人の強さだ」
 星芒の灯火に導かれて辿り着いた決戦の場を馳せ、放浪者・カノン(c01644)が放つ斬撃が鮮烈な十字を刻んで大魔女の魔力を鈍らせる。羽根つき帽子の下の瞳に青き炎を宿したみにくいアヒルの仔・フェイクスター(c02377)の矢は寸分違わず十字の芯を射抜き、魔術の冴えを更に曇らせた。
「私こそ、この恩は忘れるものか!」
「流石はフェイクスター殿、深い御言葉だ」
 良く識った声に鼓舞される心地でファニファールが聖剣を揮えば強大な竜巻が彼女に力を纏わせ大魔女に絡みついて咲き誇る薔薇を散らしていく。竜巻が消えた瞬間には帽子の狩猟者の言葉に笑みを深めたリューウェンが、嵐の後に射す光にも似た剣閃でまっすぐな軌跡を描く。
 すべての嵐を越えて、さあ往こう。
 薔薇より鮮やかな紅唇が綻んだのは、そのときだった。
『思い出すがいい。死にたくなるほど辛い記憶を』
「――……」
 絶対の支配を疑わぬ傲岸な声音。
 標的を定めぬまま編まれた力ある言葉が、モニカの喉から声にならぬ絶叫を引きずりだした。
 言の葉の力そのものが生爪を剥がすような痛みで全身を襲う。
 痛みが心の層を剥がし、血に塗れた心の底から沈めた記憶を引きずりだした。辛くて怖くて悲しくて独り泣いた夜。そっと寄り添ってくれたひと達を想い浮かべるより凄まじい激痛と噴き出す心の血がモニカの意識を沈める方が速い。
 けれど。
「呑まれちゃダメだモニカ! 君は独りじゃないんだから!!」
「そうだぜ俺の姫さん、皆も俺も――ここにいる!!」
 鼓膜を震わすピノの声、続いて心を震わせた愛しい人の声がモニカを血の水底から引き上げる。
「エアさん……!」
 春花咲くコーラルピンクの唇で昏錆の・エアハルト(c01911)の名を紡いだ瞬間、モニカは心の死を凌駕した。おかえりと目元を和ませたハルネスの林檎が、黄金のそれを優しく照らすサクラの月光が瞬く間に気力を満たしてくれる。
 天涯のその先へ往こうぜと不敵に笑う恋人が解き放つ鋼鉄竜、勝鬨めくその咆哮が力ある言葉で大魔女が取り戻した理性を奪う様に笑み咲かせ、蒼穹の滴を擁く魔鍵で彼女の影を縛る。
 皆で越えて往こう。
 そして、あの遥かな空のもとへ。

●辺涯
 灼熱の絶望、死に繋ぐ力ある言葉。
 それらを操るたび確実ではないが着実に、大魔女は己を煩わす麻痺や暴走を霧散させる。しかし間断なく浴びせられる攻勢はそのたび何よりもほぼ確実に暴走を刻み、被った痛手を拒絶する遺失魔術『イミュニティ』を今のところ完全に封じ込めていた。その代償は絶大なる大魔女の攻撃の手がまったく緩まぬこと。
 戦力と戦況によっては『イミュニティ』を使わせた隙に此方も立て直すといった方策の必要も生じただろうか。
 だがそれも――立て直しを要するほど此方の態勢が崩されていたら、の話だ。
「これで私が止まるとでも思ったか!!」
 灼熱の絶望、凄絶な炎熱の塊に直撃されて脇腹を大きく焼き潰され抉られてもなお、聖剣の威で膨大な闘志を漲らせたファニファールは小揺るぎもせず、幾重にも纏わせた竜巻の力を解き放ったデュエルアタックで塔の如き大魔女をも揺るがせる。
 無論炎の塊に肉を焼かれ骨を砕かれ深手を負った者も少なくないが、
「任せてアンジュ! 一緒に涯てを越えていこうね!!」
「も、やっぱり今日もリズちゃん最高!」
 世界樹へ祈りを重ねた勿忘草・ヴリーズィ(c10269)が春薔薇咲く扇で舞えば、高く澄んだ声で唄う鳥達が一斉に、皆のもとへと花鳥風月の癒しを運ぶ。わたし達を、未来が待ってる。
「ピノ様の林檎は、ここぞという時のとっておきにしてらして?」
「そりゃとっても心強いや、アデュラリア!」
 三対の氷の翼の力すべて注げば、馥郁・アデュラリア(c35985)の黄金の林檎は香気を広げ、炎に苛まれた皆の心身を冷たい果汁と果実で癒す。そうして、瑞々しい幸い芽吹く未来へ繋ぐ。
 世界の終焉に足る灼熱の絶望はなおも降り注ぐが、黒き刃に守護魔法陣宿らせたリューウェンは五割以上の確率で炎熱の塊を撥ね退けていた。
 彼の勇姿に歓声上げて、少女達も怯まず大魔女に挑む。
「だぶるバルカンさんであたっくするですよ!」
「暴走はお任せあれ、なのじゃよ! リュー殿、貴方と皆に――勝利を!!」
 誰もいない世界なんて望みのままになってもつまらない。
 大好きな人におかえりを言ってもらえる幸せを胸に翡翠四葉・シャルティナ(c05667)が、星薔薇が咲き綻ぶ竪琴を胸に万華響・ラヴィスローズ(c02647)が、共に招くは焔の星霊。
「きゃー! 頼もしすぎるんだよシャルティナちゃん!」
「皆と共に必ず帰ろう! ラヴィスローズ殿!!」
 少女達の黒猫が次々撃ち込む火炎弾が理性を取り戻した大魔女に怒りの波動を燈す様に暁色の娘と一緒に破顔して、リューウェンは刃を握る手にいっそう力を込めた。
 見上げるほどに巨大な、肉塊とも夕暮色のあかりとも見える大魔女の胎。そこへ深々と突き入れた刃を一気に横薙ぎすれば、後方から迸った紫の棘矢が水平な裂け目を貫き、サクラが瞳を細めると同時に大魔女をも覆う棘の檻を編み上げ、収縮する。
 胎が、弾けた。
 圧縮に耐えかねて、柘榴の実のように弾けた大魔女の胎。その中身が溢れだして来ないのは幸いだったが――兎も角、それが表していることは。
「あたし達が、確実に大魔女を追い詰めてるってことだよね!」
 春空の瞳を輝かせたモニカの声が響いた瞬間、その言葉を打ち消すかのように激しい灼熱の焔が降り注いだ。煮えたぎる溶岩の如く苛烈に輝く数多の炎塊は大魔女の憤激そのもののよう。
 だが然しものファニファールも危ういと見たハルネスが黄金の林檎に手を伸ばしかけた瞬間、あの朝に風の峡谷を翔けた風を思わす、勁く強靭な命の風が吹き抜ける。
「はるちゃんは狩りを続けて!」
「頼りにさせてもらうよ、クロちゃん!」
 絶対自由・クローディア(c00038)の癒しの風が力強く逆巻き苛烈な熱波を一気に浚い、
「この命ある限り、何があろうと俺は皆を癒し続ける」
「助かった! 皆のことも頼んだぞ、ハーヴェイ!」
 漆黒の魔鍵で抽象迷宮・ハーヴェイ(c16044)が招いた楽園の陽光がファニファールを包み込んで確たる支えとなった。改めてハルネスが氷剣を抜き放てば雪花の刃が翔け抜ける。旋回する氷輪が大魔女の薔薇を幾重にも散らせる様に重ね、サクラが扇の舞で世界に癒しの雅を描きだす。
 水の煌きが躍った。
「モニカさんの支援は僕に任せて!」
「わあ、ありがとうレムネスくん!」
 大梟の樹に住む・レムネス(c00744)が喚ぶ星霊ディオスの聖なる水流がモニカを祝福して大魔女に爆ぜ、涼やかな水の煌きを咲かす。
 皆で幸せを咲かせよう。夏空の王国へ、眩い水の花を咲かせたように。
 水と光の滴纏った魔鍵に幾度も影を穿たれつつ、大魔女は絶対の支配を齎さんと言葉を手繰る。
『何もかも枯れ果てる、絶望と敗北を識るがいい』
「――……!!」
 負けるわけにはいかない、と紡がんとしたハルネスの声が掠れて消えた。
 渇いた喉を裂かれるような痛みが全身を奔る。激しく脈打つ激痛に意識が眩みかけたが、強大な言の葉の魔力も、聖剣を携えるファニファールを除けばこの場で最も強健な彼の力を削り尽くすには及ばない。辛うじて踏みとどまった瞬間、
「大丈夫だよ、アンジュ。思いっきり舞っておいで」
「おねーさま、大好き……!」
 大魔女の言葉の余韻を、紫煙の狩騎士・リース(c02980)の銃声が掻き消した。姉のような彼女の援護射撃を受け、暁色の娘が存分に扇を翻す様に眦が緩む。そう、新たな絶望など識る暇はない。
 大切な人を幸せにしたいし、いつか生まれてくる子供にも――。
「ねえハルネスさん、一緒に掴み取りにいこうよ!」
 貴方とアンジュの子供なら飛びっきりの欲張りに決まってる。
 ――だから。
 彼の世界を花鳥風月で潤した暁色の胸裡を掬って、ハルネスは息つくように笑んだ。
 だから――あなたと涯てを越えて、無限の幸せの可能性に満ちた未来を掴み取りに往く。
 疼きの如く脈打つ痛みはまだ残るけど、
「この痛みも、私が生きてきた軌跡だ」
「いいね、気に入ったよその言葉」
 呟けば、見惚れるような笑みひとつ残した宵柩の狼・アルデュイノ(c04693)が傍らを駆けていった。
 喪失の痛みは今も鮮やかだが、その痛みの軌跡ゆえに愛しい今がある。
 男が腕に顕した魔獣の鎌を一閃するのに続き、ピノは新たな苗木を大魔女へ突き込んだ。瞬く間に大樹が育ち枝を広げる様に瞳を細める。
「ここまで辿りついた軌跡こそがさ、もうアレだよね」
 自分達が奇跡にも等しい輝きを掴み取ってきた、その証。

●天涯
 花が散り、茨が裂かれ、胎が崩れていく。
 けれど塔の如き大魔女はなおも聳え立ち、灼熱の絶望と死に繋ぐ力ある言葉で終焉に抗う者達を圧しにかかった。轟と燃え盛る流星雨に幾人かが力尽きたが、その惜しみない援護に支えられ、主力として戦う者達は今も戦場に立ち続けている。だが、彼らにも消耗が見え始めていた。
 強大な魔力が声に燈る。
 いまだ乱され続ける意識が不意に捉えた存在へ、大魔女は力ある言葉を叩きつけた。
『絶望を思い出すがいい。お前の弱さを曝け出すのだ』
 けれど。
「わたしが弱いことなんて、わたしが一番よく知っている」
 今更そんなことで絶望なんてしない、と毅然と大魔女を見上げたサクラは全身を苛まんとしていた魔力を言の葉ごと撥ねつけた。臆病で寂しがりで、己の終焉を視る力が嫌いで。それでも。
 茜の黄昏に倒れた日から癒しの限界を捨てたように。
 菫の黎明に生まれて初めて声の限りに叫んだように。
 わたしは終焉を視て、砕くこの力で――護るために戦うの。
 己の消耗が嵩んでいることもとうに承知だけど。
「こういうときにこそ、笑ってみせるものでしょう?」
 鮮やかに笑んだ瞬間、虚空から稲妻の如く落ちた棘の槍が檻を成し、大魔女を押し潰した。途端に大魔女の憤激が爆ぜたような凄まじい炎熱が降り注いだが、棘の檻で一矢報いたサクラは満足げに力尽きる。
 星霊と銀弦紡ぐ讃歌で支えてくれていた愛しい姫君が倒れた仲間達の保護へと向かう気配を背に感じ、リューウェンは夜風の刃の柄を強く握り込んだ。皆を護る彼女を、己が護り抜く。
「護ることで、俺はもっと強くなってみせよう」
「うん! 護るものがあるあたし達は、たった独りの想いになんか絶対に負けない!!」
 望みのままの世界に独り立つのは、眠りの中で独り夢を観るのと何が違うのだろう。
 涯てを越え、大切な人と共に夢を語り共に創る世界を掴むために刃を揮う彼も皆も、モニカの鍵が招く楽園の輝きが後押しする。優しく仲間を包む香りも虹の環も次の炎熱が降り注げば消えたけど、襲い来る炎塊をハルネスの氷剣が斬り飛ばせば、反撃の氷輪が炎熱の中を大魔女めがけて翔け昇った。
「不思議とさ、わくわくした気持ちが大きいんだ」
「ああ、よっくんの気持ちもわかる気がするね」
 成長電流を帯びた魔鍵を掲げる靡く千の藁・ヨゼフ(c04167)の声に、ハルネスも柔く笑んだ。
 誰も到達できなかった頂を皆で越えていく。そうして、勇者達から、アウィンから継いだ種を育てて花を咲かせるのだ。子供を作って意志を託し、更なる種を未来に残して。
 愛しいこの世界を護りたい。
 遥か伝説の時代から継いだ想いを、涯てを越えた先の先まで継いでいく。
 友が大きく開け放った門から降りてくる、視界すべて染め変える広大な楽園の光景に、氷の戦輪を解き放つ。大魔女を捉えて爆ぜた強烈な凍気が、ファニファールの聖剣が生み出した竜巻で煌きの渦となる。
 煮え滾る溶岩の如く輝く焔。その塊が雪崩れるように降り注ぐ灼熱の絶望を凌ぎ、ピノが突き立てた幾本目かも解らぬ苗木はひときわ重厚な幹の大樹に育ち、塔の如き大魔女を押し潰さんと大きく傾いだ。
「私の力も持って行って!」
「ありがとうステラ! カノンにハーヴェイも!!」
 聖剣の柄を固く握り込んだファニファールのすぐ傍をタイニーロード・ステラ(c16557)の妖精の嵐が掠め、彼女に力を与えていく。星芒の灯火の導きにつどった仲間の名を呼び、ディアボロスブレイドを手にした天誓騎士は傾いだ大樹を足掛かりに跳躍した。すべての力を解き放って、挑む。
 初めはきっと闇夜に唯ひとつ瞬く星でしかなかった希望。
 けれど此処まで軌跡を繋いだすべてのひとびとの想いを注がれて、希望は今や胸で太陽の如くに輝いている。託された希望もその輝きも、すべて刃に重ね。
「世界の新生の夜明けを!!」
 まだ見ぬ夜明けを、涯てを越えたまだ見ぬ世界を拓くため――天地開闢の聖剣が揮われた。

 断末魔の叫びが迸った、瞬間。
 力尽きた巨大な大魔女の躯が闇の泥濘と化してどろどろと崩れていった。闇の泥と見えたものは影のように床へ染み込んで、不意に何かへ吸い寄せられるかのように勢いよく床を滑りだす。
 後を追えば城の奥へ奥へと向かう影。他からも同様に引き寄せられていく影は別の大魔女のものなのだろう。同胞達と追った先、辿りついたのは城の最奥、大魔女の玉座の間。
 巨大な玉座の前には、遺失魔術『ギガンティア』で分かたれたすべての己を重ね合わせ。
 すべての戦いで負った傷もすべて重ね合わせた大魔女が、ただ独りとなってその骸を晒していた。

 大魔女の死。
 それは当然と言うべきか――城の崩壊の引き金となった。

 巨大で昏くて冷たい夢が醒めていく。城が崩れていく端から幾条もの光が射し込んで来る。倒れた仲間を抱えて地上へ続く光の階段を駆け降りて、振り仰げば美しい夢の城が崩れ去るところ。
 だが、夢はそこで終わりではなかった。
 ぐにゃり。
 水面が揺らぐように、鏡を捻るように、城のあった空間が歪み、そこから現れた赤黒い巨大な腕が空間を切り裂くと、裂け目から巨大なエリクシルが姿を現した。城を凌がんばかりの巨大万能宝石が観る者の脳を灼かんばかりの輝きを放つ。
 鮮烈な光が鎮まれば、エリクシルの前に『大魔女スリーピング・ビューティ』の骸が浮かんでいた。
 万能宝石が大魔女を呑みこめば、硬質なそれがまるで生命を得たかのように脈動を始め、輪郭を融かして波打たせ、次第に大魔女の姿を形作り始める。

 ――天涯。
 頂へはまだ届いていないのか、頂を越えた先に更なる未踏峰が聳えていたのか。
 いずれにせよ留まってはいられない。
 まだ見ぬ世界のその先へ、さあ往こう。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:7人
作成日:2015/03/20
  • 得票数:
  • 笑える78 
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  • 怖すぎ25 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
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