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大魔女決戦:君はバラバラ其は異形の薔薇

<オープニング>

●開門
 扉が開いた。
 それは外部からの侵入を防ぐのではなく、内部の「もの」が溢れ出るのを防ぐためのものではなかったか?
 一瞬そんな考えがよぎったほどに、城内から溢れ出た哄笑はどこまでも響き渡り、突入を図るエンドブレイカーらの耳を聾さんばかりだった。
 と、気が済んだとばかりに哄笑が止む。
 シザリオンは頬をつねりたい気分だった。
 その声の主こそ大魔女のはずだった。仇敵であり、マスカレイドが引き起こしたすべての悲劇の源泉だ。
 その声が、ごく自然に、歌うようにエンドブレイカー達に語りかけてくる。
「数万年に渡り準備してきた全てが、私の手から溢れ、露と消え去った。
 五将軍、六勇者、マスカレイド……。どれ一つとっても、世界を手にするに十分な力であったというのに」
 まるで自分が苦労して築いてきたものを、エンドブレイカーらが無情にも打ち壊したかのように言う。その口調はしかしあくまで歌のように軽やかだ。
「だが、私は諦める事は無い。
 かつて、私は世界の全てを敵として、私一人の力のみで戦いを挑んだのだ。
 ならば、最後に頼るのは私の力のみ」
 エンドブレイカーらは身構えた。
 力。
 声は高らかに宣言する。
「お前たちまとめて、全て私が相手にしてくれよう。
 遺失魔術『ギガンティア』。咲き誇る薔薇の花弁の如く、我が力は幾重にも重なりあう……。
 そして、全ての敵を葬り去る力を……」
 力、とは。
 
●『ギガンティア』
 大魔女の遺失魔術『ギガンティア』。
 耳慣れた言葉が、別の意味を以て立ちはだかってくる。
 エンドブレイカー達は、警戒しつつ城の奥に進む。
(「初めて行ったギガンティアって確かあそこやったっけ」)
 アクスヘイムだ。単身で、初めてギガンティアに挑み、ボロボロになって帰ってきたときのことをシザリオンは思い出す。そしてすぐに顔をしかめた。
(「あ、これアカンやつや」)
 今ここで過去のことを思い出してどうする。走馬灯など縁起でもないし、シャレにならなかった。
 
 ――嫌な予感は当たるもので。
 シザリオンの視線の先に、鮮血を散らしたような真紅が広がる。それを纏うのは異様に膨らんだ下半身を持つ女性――『大魔女スリーピング・ビューティ』、そのひとだ。
 直後、誰かの雄叫びが上がった。
「大魔女への一番槍、いただきっ!」
 先頭のエンドブレイカー数名が吶喊する。
 衝撃が走り、他のエンドブレイカーもそれに続こうとする――が。
「なん……やと」
 目を疑うとはこのことだ。別の方向から、同じ姿かたちの怪異な肉塊が……『大魔女スリーピング・ビューティ』が姿を現す。
 警戒していた誰かが即応する。
「先ほどの大魔女は幻術か? ならば」
 そう言って、相手に隙を与えず攻撃をしかける。だが、大魔女は廊下の奥、曲り角の先、扉の影から、次々と出現し襲い掛かってくる……!
「どれが本物なんだ?」
 どの大魔女の攻撃も本物だった。多重攻撃を受け、前線に乱れの見えたエンドブレイカー達に、大魔女『達』は声を揃えて答えた。
「私達全員が、大魔女スリーピング・ビューティ本人なのだ」
「これこそ、最大最古の遺失魔術『ギガンティア』なり」
 
「っ……!」
 シザリオンは攻撃を食らいそうなところを、背後から引き寄せられ、なんとか難を逃れることが出来た。振り向けば、そこに見慣れたエルフの少女……ウェンディがいて、爛々と燃える瞳を無数の大魔女たちに向けていた。
「悪い、助かった!」
「! 来ます!」
 足元を舐めるように這う炎を2人はなんとか躱す。
「最後で敵が増殖するとか、往生際悪ー!」
「きっと、最後だから、なのでしょう」
 そう返されて、「最終決戦」という言葉が脳裏をよぎり、また始まりそうになる回想をシザリオンは無理やり打ち消した。
「やな。これで最後。エンドブレイカーが倒すからにはもうやり直しはさせん」
 繰り返す、やり直すことが可能な世界。
 2人同時に顔から表情が消える。
 かつて大魔女の能力を知った際に頭の中を占めた、短いが深刻な懊悩が甦ったのだ。
 もし自分が世界をやり直せるとして。
 例えば――シザリオンは、天災で喪った両親と生まれたばかりの妹を生き返らせるか?
 例えば――ウェンディは、散って行った夥しい数のエルフの妖精騎士たちを甦らせ、エルフヘイムを救い、自らの失った記憶と力を取り戻すか?
 命と引き換えにしてでも叶えたい願望。胸かきむしるほどの切望。
 取り戻せるのなら。
 それは仮定の話。もしもの話。だけど……。
「……それは冒涜だ。つまりやったらアカンやつ。何故って俺は一人で生きてきてエンドブレイカーになってんから」
「私は、今のままが全てです。かつて誓いを果たせず、救われ、過去を失った歪な存在。それがウェンディ・ラスフィールです!」
 人類の母は己が身を抉り、エルフの母は世界樹へと己が身を変じた。そうすることで、我が子らを手放した。子らは支え手を背に、自分の足で歩いてきた。
 魂をかけて。存在をかけて。
 エンドブレイカーらは、眼前の敵に挑む。


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参加者
白衣の書生・クラウス(c03723)
常夜の歌姫・ヤト(c04397)
優しく奏でるは妖精組曲の音色・エリーゼ(c06134)
光明の虎・リム(c11279)
サブローザ・デライラ(c11511)
八重桜・シュトレン(c21485)
修道女エリザヴェータ・ルア(c28515)

NPC:花の妖精騎士・ウェンディ(cn0100)

<リプレイ>

 いくつの戦いを経たのだろう。
 いくつの涙を見たのだろう?
 ――きっとすべて、ここに収斂していく。

●大魔女『スリーピング・ビューティ』
 それは醜悪さと美しさの極致。
 懐胎した肉の薔薇。
 仮面の女。
 波打つ髪の間から、その眼差しを捉えようとし――それを目にした途端、修道女エリザヴェータ・ルア(c28515)は炎に包まれていた。
「――っ!」
 人の子ども程の大きさの火球が一帯に降り注ぐ。
 咄嗟に避けえたのはサブローザ・デライラ(c11511)と、あえて真正面で接敵した光明の虎・リム(c11279)のみ。
 傷を負った、痛みもある、だけどまだ、大丈夫。
 ルアの脳裏に『これまでの自分』の姿がよぎる。不吉な走馬燈ではない。あえて甦らせた、ここに至るまでの自らの軌跡だ。
「確かに、生きるのは不器用だったし、元ハーフエルフという理不尽な運命に苦しめられたこともあったわ」
 火球の熱を、こちらの目を眩ます光を避けるようにルアは回り込む。
「何度も、絆を壊してしまったこともある。……ほんと、バカ。でも、それに絶望していない」
 炎と過去と、両方の残滓を払うように、ルアは手にした紫煙銃――マジカルマスケットで狙いを定める。
「うぬぼれに気付けたこと、悔い改めることができたことに感謝するわ」
 引き金を引く。
「そうすることで、人生をより良くしていけるのだから!」
 連弾のヘッドショット。それが反攻の号砲となった。
 走りこんで一気に間合いを詰めたリムは、眼前の敵の下腹部……肉の膜越しに、うっすらと透けて見える仮面を見据えた。
(「これが『大魔女』」)
 見上げれば肉と薔薇の塔のよう。奇怪な敵にも数多く相対してきたが、これこそが悪夢の源、敵の首魁、伝説の……。
(「生きているうちに、本物と対峙することができるなんてな」)
 感慨も一瞬。ナイトランス『氷獣の角』を体に引き寄せるように構え、切っ先を震わせる。武器そのものが幾重にも見えるほどの迅速で苛烈な突きだ。手慣れた技、確かな手ごたえも感じる中で、しかしリムには微かな違和感があった。
(「……?」)
 それは意識の表に出るにはまだ、本当に微かで……。
 唯一の前衛に続くべく、優しく奏でるは妖精組曲の音色・エリーゼ(c06134)は妖精たちを喚ぶ。その姿を見、今あえて感謝の思いを言葉にした。
「ファーレン、みんな、今までつらい時も一緒にいてくれてありがとう」
 エリーゼが強くなれたのも、妖精たちとの絆があればこそ。
 ものものしく武装し、鋭い針を掲げた頼もしい彼らに宣言する。
「今日で戦いを終わりにして、生きて帰ろう!」
 妖精の群れの大方は大魔女にまとわりつき、肉の其処彼処を梁で苛む。残る群れの内のいくつかは、後衛の中央に立つ白衣の書生・クラウス(c03723)の力となった。
 クラウスの周囲に濃い影がたゆたう。出所は開いた魔道書。
(「さて、これが効くかどうか」)
 まずは相手の能力を推し量る。しかし先ほどのリムの初撃の様子を見るに、悪い方の予測が比重を増していた。
 エリーゼの妖精の支援も受け、より数と嵩を増した蛇影が大魔女の下腹部に絡み付く。石化の呪いをかける……。
「……?」
 手応えはある。が。相手の歯牙にもかけぬ様子、この奇妙な感覚は何だろう?
 そして、八重桜・シュトレン(c21485)は。
 ……シュトレンは敵に対し『憂い』が先に来る性質だ。しかし今この時、感情は整理され、確かな闘志をもって戦場に立っている。
 だからリムやクラウスの違和感を察しつつ、一瞬で判断し、行動した。
 即ち、猛攻。
 掻き鳴らされた音は視覚野を灼く光となって大魔女を襲い、肉の薔薇は嫌がるように身をよじる。――そして心を虚ろにする旋律には、あまり動じた様子がない。
 それは予想されたことだったので、シュトレンも動じることはなかった。
 続けざまに、花の妖精騎士・ウェンディ(cn0100)が妖精たちを喚ぶ。さきほどのエリーゼの攻撃に倣ったように、分かれた一方は大魔女に、そしてもう一方は常夜の歌姫・ヤト(c04397)に向かう。
 ヤトは妖精たちに笑顔を向け、頷いた。
「どれだけ厳しい戦いでも、皆で力を合わせれば必ず勝てるわ!」
 カオスカデンツァ。
 歌声は物理的な力となって大魔女の足元を襲う。まるで根を削り取られた薔薇のよう。しかしその薔薇の、なんと邪悪で醜悪なことか!
 後衛からその姿を眺め、デライラはからかうように言う。
「中途半端ね、おばさん」
 デライラの周囲に優しい光の紗幕が降りてくる。月の光。それがデライラを護る盾となる。
「『スリーピング・ビューティ』って、本名? すごく二つ名っぽいけど、もしかして名前も代償にしちゃった?」
 無邪気な挑発、小悪魔的な煽動を耳にしたわけではないだろうが。
 突然その『声』が響いたのは、デライラの耳元だった。

●力あることば
「お前はここで終わる」
 まるで世界から他の音が消えたようだった。
 たとえ全員が同じ言葉を聞いたとしても、焦点を当てられた唯一人が受け取るものとはまるで違っていたに違いない。
 体は宙に投げ出されたように頼りない。静寂の中で、その優しい声だけがデライラに語りかけている……。
「子供のまま。大人になれず、何事も成し得ず、途中で終わる。私と違って。やり直すことも出来ずに」
 聴覚だけが支配するような世界で――。
 微かに、きらきらと輝くものが「目に入った」。デライラを留めたのは、その視覚からの刺激……月の光だったろう。
「……私はやり直したいと思うほど、半端な生き方してないもーん」
 視覚に続き、触覚が戻る。足はきちんと床を捉えている。
「いつ死んでもいいように全力で生きてる。どこでやり直したって同じ答えが出るだけ」
 わざとらしさの中に、真実を潜ませて。デライラは言い切った。
「私はエンドブレイカーじゃなくても同じ人生歩んでいたわよ」
 永劫に匹敵する一瞬。
 次に一番早く動いたのはリムだった。
(「呪いの類は効かない?」)
 先ほどこちら側が用いた技の影響を微塵もうかがわせない。常に完全体。それが大魔女ということなのだろうか。
(「それでも、鉄砲玉にしかなれない」)
 リムはナイトランスを回転させ、螺旋の力を乗せて相手に叩き込む!
 えぐれて飛んだ肉片が赤く床を染める。力は拮抗し、どちらも足場は動かない。
「こういう戦い、俺は好きだぜ」
 彼を援護すべく、ウェンディは再度妖精を召喚する。二つに分かれた妖精たちの一方は、今度はクラウスに向かった。援護を受け、クラウスの周囲に展開する力が二重にも三重にもなるのがわかる。気を逸らせるという目的も含め、クラウスは大魔女に呼びかけた。
「魔女よ。すべて理想ですべてを知り、すべて支配下の世界。それがお前の望みか?」
 クラウスの書の項がぴたりと静止し、力は解放される。
「箱庭の世界など意味がない。世界は未知であり、自らの手を離れている故にこと面白い」
 不可視の衝撃が奔り、大魔女の無数の薔薇の花弁を赤く散らす。
 衝撃の余波、援護の力はエリーゼを取り巻いた。
 皆の傷の具合を推し量ろうと、エリーゼがぐるり周囲を見渡そうとしたとき。
 後衛のシュトレンの、動きが完全に止まっているのが見えた。声が聞こえる。大魔女の声が、力ある言葉がシュトレンに耳元でこだましていた。
「あたたかい絆も、人の命も。絶えてしまえば冷たく横たわり、塵となって消えていく」
 否定しようとする
「塵の山のその上に、さらに積み重なる塵の一粒。――それが、お前だ」
 声しか聞こえない。何も見えない、感じない。
 ……シュトレンの命はそのとき、一度、暗闇に滑り落ちたのかもしれない。
 だが、彼女の魂を、冷たい暗闇からすくいあげる何かがあった。か細い糸のような何か。それが瀕死を超えたダメージを負った彼女を未だこの場に留めていた。
 仲間の危地にエリーゼが即応する。奏でるのは、戦いとはまるで無縁のような優しい曲だ。
(「エンドブレイカーの強さは力じゃない、心の強さこそ真の強さ……」)
 クラウスの助力も得て作り出す世界樹の花の幻。千年に一度という祝福が、積み重なるようにシュトレンに降り、体の奥底から命の熱を汲み上げる。
 安堵の息をつき、エリーゼはきつい眼差しを大魔女に向けた。
「思い通りにいかないと世界を壊して、自分に都合のよい世界を作る。そんなの子どものわがまま」
 ひとりの娘の母親として、エリーゼの言葉はまるで諭すようだ。
「わがままをきいて思い通りにさせていったら、欲が大きくなるだけで何も成長しない。思い通りにならないからこそ人は経験を積んで、成長していける!」
(「そうだ、子供なんだ」)
 リムは納得がいった。
「力は強大だけど。わがままが何でもかなうことを覚えてしまった子供と変わらないじゃないか」
 哀れむような気持ちも無いではなかった。その思いはしかし、ナイトランスの切っ先をぶれさせることはない。
 武器の回転数を上げ、リムは飛び込む。薔薇も、肉も、仮面も砕かんばかりの乱れ突き。
 ルアが続く。狙いは先ほどと同じく頭部。
「もう、世界を呪わなくていいのだから。恨むのも、これで終わりにしてあげる」
 仮面をねらい、ひたすら撃ち続ける。
 畳み掛けつつ、皆うっすらと察し始めていた。
 クラウスが念を押すように皆に注意を促す。
「気をつけろ! 呪いも麻痺も効きにくい!」
 かかったと思っても、大魔女が次に動くときには解けている。となれば。
「限界まで……いえ、限界を超えて歌い続けるわ。決戦に出し惜しみはなしよね」
 ヤトが声を震わせる。短期決戦に持ち込むつもりだった。
 癒しの力でほぼ回復したシュトレンは、再び攻撃しようとし――再び、あの声を聞くことになった。
「お前の夫も冷たい塵となる。故郷も滅び、その上に私の城が建つだろう」
 五感を奪われそうになりながら、シュトレンは叫んでいた。
「貴方のせいで、沢山の人が不幸になりました」
 手指は、確かに竪琴の感触を伝えてくれている。愛しい人の暖かさも、そこにいるかのように思い出せる。
「仲間も配下も切り捨てて、わがままばかり、やりたい放題。貴方は人との繋がりすら信じられない可哀そうな人。そんな貴方に、私たちは倒せません……!!」
 言葉の呪縛を振り払い、シュトレンは魔曲を奏でる。五光が狂乱し、大魔女の神経を物理的に痛めつけた。

●炎と、助けと
 ――決して、油断していたわけではない。
 それでも、次の瞬間に生まれた火球の数と勢いに、一同は息を飲んだ。
 初撃のあの程度なら、と思っていた、その予想をはるかに超えた火勢。今度は避けえた者もおらず、皆体勢を崩し、膝をつく。
 唯一の前衛のリムも倒れ、敵を真正面から見上げることになった。
 敵の大きさが、今になって圧倒的に迫ってくる……。
 と。
 怒号が響いた。その声には、皆を鼓舞し、激励する力が宿っていた。
「手伝いだ!」
 騎士の理想を体現するがごとく。ウインザーが、リムの代わりに前線を維持すべく走り込んできていた。大魔女を見上げ、一言の下に切り捨てる。
「夢見ていたものの言葉に実感などない! まさに戯言だ!」
 鈴の音が響く。後方で、ミソハが清らかに舞っていた。
「助太刀いたします、回復はお任せを!」
 2人に続いて、セルティアもオーラの城壁を作り出し、リムの護りを固めていく。
「仲間と一緒なら怖くない!」
 その言葉に頷き、ベルワルドは宣言する。
「旅団『星例工房』の者は皆、リムさんを応援しています」
 ……リムの唇が、知らず笑みを形作る。
 最終決戦でこれだけの戦いが出来るのだ。上等ではないか!
 助けの手はさらに増える。
 舞いながら、怒りと悲しみさえ込めて、アサキは叫んでいた。
「未来は、可能性に満ちているから掛け替えのないものなんです……やり直すのとは違うんです!」
 ウェンディの傷はみるみるうちに癒されていく。
 援護にまわったのはフートとイーツァだ。
 護りぬく意思を込め、フートが告げる。
「つらいことなら沢山あった。だからこそ人は苦しみを分かち合えるって知ったんだ!」
 棍を構え、イーツァは言う。大魔女相手の最終決戦でも、誓う言葉は同じ。
「絶対に帰るんだ、みんな一緒にね!」
「……はい!」
 立ち上がった無傷のウェンディの姿を、エリーゼは眩しく見た。
 歪な存在、と彼女は自らを表現する。
(「でも、その喪った経験があったから、ウェンディさんは更に心を強くもてた」)
 今、ここに在るウェンディは、かつての彼女とはまるで違って……それでいて、とても強い。
 ヤトはそんなウェンディを見て、言わずにはおれなかった……敵に。大魔女に。
 打算も裏心もない、真からの問いがヤトの口から漏れた。
「スリーピング・ビューティ、貴方には護りたいものがあるの?」
 言葉は途中で歌になった。
「笑顔も、涙も、すべてを糧に得た想いが歌となって世界を紡ぐ
 喜劇だけでも、悲劇だけでもない、人生ってそういうものでしょう……」
 柔和な面差しに今は鋭いものを湛え、ヤトの歌は誓いの言葉を乗せた。
「すべての想いを歌に宿して、私は歌うわ! 世界に届けと! 何よりも護りたいものが、私にはあるわ!」
 それはなんと優しく、強い戦歌だったことだろう。仲間の意志を導くような、勝利の凱歌だった。
 傷ついた仲間は力を得て再び立ちあがる。
 今、最も手傷を負った状態なのは大魔女だった。
 それでも「この程度ならまだ」と、今度は大魔女が思ったのだろう。
 自らの傷を癒すことなく、再び火球を降らせたことから、クラウスはそう判断した。
 それこそが敵の失策。こちらの好機だった。
 ――クラウスは書を開く。力を開放し、大魔女の腹に開いた傷口をこじ開け、余勢をエリーゼの援護に回す。
 ――エリーゼは召喚する。妖精の群れは敵の腹に開いた傷口を上へと広げ、さらにウェンディに力を渡していく。
 ――ウェンディの妖精は、一瞬前と同じ光景を再現し、力をヤトへと引き継いで。
 ――ヤトの大地の歌は大魔女の足元を完全に吹き飛ばし、焔の歌はリムの心に熱を届けた。
 どの一撃もこれまでになく重い。
(「……ああ。こういう戦い、本当に好きだぜ」)
 リムは回復は捨て、身を顧みずに戦った。ヤケを起こした訳ではなく、仲間を信じていたから。
 今度こそ、心底から哀れを感じた。この頼もしさを、無上の信頼を、大魔女は知ることなく死んでいく。それを確信したからこそ哀れんだ。 
「あなたは誰も信じず、支配してきた。あなたの言葉は、信じるに値しない」
 誰の心も動かすことは出来ない!
 仲間たちの心を背負って、リムは突進した。
 足元から胸元まで裂けた大魔女の傷は、皆で繋いだもの。これまで皆が戦ってきたことの証。
 大魔女にとって、傷はすぐ『なかった』ことに出来るもの、だから慢心した。回復を後回しにした。彼女には、彼女を癒し、かばう仲間はいないというのに。
 リムが回転させるナイトランスは楔だ。繋いだ傷に、最後の一筆を加えて完成させる。
 切っ先が胸元から顔を穿つ。張り付いた仮面がもろともに砕け散る。
 大魔女の断末魔の叫びが、尾を引くように響いていった。

●崩壊
「………」
 誰も決定的なことは言わなかった。
 まだ誰も、信じられなかったのだ。
「私たちの勝ち、かしら?」
 おそるおそる切り出したヤトの言葉はしかし、返答を得ることはなかった。
 大魔女の死体、頽れた肉と花弁の山が、突如形を失い、黒く黒く変色していく。まるで質量のある闇のように、ずぶずぶと崩れ、溶けていく……!
「あっ……!」
 溶けた死体……質量ある闇……『影』?……は、地面に染み込んでいく。そして何かに引っ張られるように、急速に移動していく!
「! 追うんだ!」
 クラウスの言葉に打たれたように、一斉に皆走り出していた。

 遺失魔術『ギガンティア』。
 その魔法効果の全容は窺い知れない。分割し同時に存在したものの一部が滅びたとき、一体どうなるのか?
 追いかける途中、他のエンドブレイカーたちと次々合流することになった。皆状況は同じ。同一にして個別の『影』を追い、白の奥へ奥へと進みゆく。
 そしてたどり着く。影の終着点は大魔女の城の最奥――大魔女の玉座だった。
 わらわらと到着したエンドブレイカーたちが取り巻く中、『影』は、ここで形を取り戻したようだった。致命傷を負った大魔女、その数は50体以上。それらすべてが玉座の前で、地面に倒れ伏している。
 すべて実体で、すべて傷が残っていた。
 誰からともなく、吐息が漏れる。
 ……一体でも勝利していれば、息があったのだろう。しかしすべての『本体』が倒されたならば、それ以上生き残る術など無い。そういうことなのだとクラウスは思った。
「……未知の物質たるエリクシルには興味があったから、そこは正体を言い残しておいてほしかったがね」
 少し残念そうな感想が漏れた。
 デライラの感想といえば。
「何度もやり直せるなんて考えしてるから、やり方甘くなって余計に状況悪くなるのよ」
 感傷を蹴り飛ばすように、デライラは軽い調子で言ってのけた。
「初めは一人だった、って言ってたけど。違うでしょ。最初から今までずっと1人なの。そんなこともわからないから」
 ――こうなる。
 大魔女の骸たちに対する同情の色はない。
 ルアはそっと前に進み出た。
「私は、あなたを赦すわ。あなたを、永遠に記憶するわ」
 目を閉じ、何度も祈った。罪人が赦されるようにと。
 世界を呪うこと自体が、とてもつらいことなのだとルアは知っていた。
(「だから私は、誰も呪わなくともよい、誰も恨まなくともよい世の中のために……」)
 誓いを新たに、ルアは目を開く。
 大魔女の死。
 動かしがたい事実を再確認したそのとき。
 微かな、しかし重い音が足元から伝わってきた。
 音は衝撃と同一。
 シュトレンは小さく叫ぶ。
「城が、崩れる……!?」
「走れ!」
 リムを先頭に、城の出口へと向かう。

●終わりと始まり
 おとぎ話のような城は、崩れる時もまたおとぎ話のように、夢の中のように現実味がない。
 安全圏に脱したエンドブレイカーらは、思い思いに城の最期を見守った。
「これで終わり、なのでしょうか……?」
 ウェンディの小さく呟く声は、風に掻き消されそうだ。
 それに幾人かが答えようとした、そのとき。

 空が歪んだ。

「え?」
 誰かの言葉は、驚きよりも呆けたような成分が多かった。
 またしても、現実味のない光景だったからだ。
 もともと大魔女の城があった場所の空間が歪んでいる。歪む、としか形容しようがなかった。その歪みから何かが姿を現していた。
 あえて言えば、それは赤黒い巨大な腕だ。しかし、単なる自然現象なのかもしれないし、何らかのエネルギーの塊が光を反射していただけかもしれない。
 とにかくその『腕』は、歪みをより大きく切り裂いていた。
 裂け目から現れたものを目にして、ようやくクラウスは世界が現実味を取り戻したように感じられた。
「エリクシル……!!」
 巨大な、視界に入りきらないほど巨大な、だけど見間違えようもない。それはエリクシル!
 一瞬でその正体を察し、しかしクラウスも含め、エンドブレイカーは誰もそれを見続けることは出来なかった。
 圧倒的な光が眼球を灼き、眩ませたのだ。
「……っ」
 再び目を開いた時には。
 巨大なエリクシルの前に『大魔女スリーピング・ビーティ』の死体があった。崩壊した城から召喚されたものだったろうか?
 そしてその死体は、するするとエリクシルへと飲み込まれていく。
 一拍。
 生き物のような動きで、エリクシルが脈動する。
 さらに一拍。脈動は止まることなく……そして巨大なエリクシルは、ゆっくりと結晶からその形を変え……先ほどまで皆が見上げ、見下ろしていたはずの大魔女へと、姿かたちを変貌させ始めたのだった。



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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2015/03/20
  • 得票数:
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冒険結果:成功!
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