ステータス画面

新緑のカーテンコール

<オープニング>

●終幕、そして
 ──世界が大きく息を衝いた。
 大魔女スリーピング・ビューティ。そして、万能宝石エリクシル。それらの鼓動が、この世界に響くことはもうない。ギルタブリルなる異形の脅威に怯えることさえも。
 胸が塞がるような喪失も、救い得た命への共歓も、棘に纏わるすべてを抱えてエンドブレイカーたちは挑み、そして──勝った。
 世界の終焉という最悪のシナリオを、彼らは見事、完膚なきまでに打ち砕いたのだ。

●光風、果てに笑う
「……本当に、終わったんですね」
 戦いの日々が長すぎたのだろうか。いつか辿り着けると信じていた『今』に立っているのに、叶ってみればそんな言葉が零れ落ちる。
「少し風通しが良くなった気がするわ」
 吹く風に心地良さそうに目を細め、並び立った女が天を仰ぐ。焼け野の匂いも血の色もそこにはなく、どこまでも透き通る青がひたすらに広がっている。
 よし、と頷いて、吹花の狩猟者・ジスン(cn0046)は晴れやかな顔を同志たちへ向けた。
「皆、エルフヘイムまで付き合って。祝勝会をするわ。アデレイドも、ほら」
「えっ。今からですか」
「料理やお酒の手配はもう済んでる。ラッドシティのハンクス長老が、快くお財布を持ってくれてね」
「……いつの間に」
 瑞花章の魔法剣士・アデレイド(cn0181)の呆れた視線に、それはそうと当然のようにジスンは笑う。
「信じていたもの。私達は必ず勝てる筈だって」
 世界は思う通りには転がらない。けれど、やり直しなどしなくても、無かったことにしてしまわなくても、乗り越えて見る明日はいつか輝くものだ。
 それを知る人に、越えてきた人達に、最後に膝を折る結末は似合わないから。
「……そうですね」
 微笑んで、アデレイドは頼もしい先達らへと向き直った。
「沢山話をしましょう。これから俺達が何をするのか、俺達に何ができるのか」
「道を遮るものはもうないもの。どう生きるか、何をしたいか──貴方たちが拓くこれからを聞かせてくれない?」
 棘から解放された世界に必要なものや、エンドブレイカーとしてこれから為すべきこと、叶えたいこと。或いはもっと個人的な、自分と誰かの、或いは親しい仲間たちとのこれからだって構わない。
 ところは、世界樹に見守られし永遠の森。春を知り一斉に芽吹いた若葉が、遠く高く、光の梯子を明るく透かして囁く地。
 ふと腰を上げて森の端に立てば、木々の向こうに輝く草原が望めるところ。雪解けの、小川ともいえないかそけき流れを目覚ましに、小さな花々が芽吹く場所。
 ──護り抜いた美しい世界の、そこは小さなひと欠片だ。
 切り株を椅子に倒木を卓に、沢山の美味しい匂いや喉を潤す甘露を持ち込んで、祝い、笑い、食べて飲んで、語り明かそう。
「その前に、運び込むのを手伝ってね」
「え?」
「お酒と料理。森の中だからちょっと大変かもしれないけれど」
 ──麦酒の樽を幾つ、葡萄酒の木箱が何個と指折る様を見る限り多分、『ちょっと』では済まない。
 脱力しつつも、集う仲間たちの裡からふわり──こみ上げる交歓の気配が淡い光になって浮かび上がるような気がして、アデレイドは思わず目を細めた。

 迎う春の風を光が染める。
 最後の壁を突き抜けた眩い風たちの往く先を、共に祝い、共に笑おう。


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参加者
NPC:吹花の狩猟者・ジスン(cn0046)

<リプレイ>

●のぞみ
「それじゃ皆、お疲れ様──乾杯!」
『かんぱーい!!』
 緑風が掬うアサノアの声に、極上のベリーの色を湛えた仲間達の杯が一斉に鳴り渡る。
 土と風の香りが近い。荷運びの疲れを爽やかに拭い去る甘露はナナセが持ち込んだもの。自領ミルリーヴで穫れた果物を肴に、アサノアは木漏れ陽に目を細める。
「景気よくやろうぜ、へへ!」
「相変わらずライは女子力高いわぁ」
 まさに大盤振る舞いのライソウルのマカロンの山は、娘達も顔負けのクオリティ。水色麗しいアイスティーで酔ったかのマルベリーの朗らかさに、二杯めの葡萄ジュースを注ぐダスティンの眸も綻ぶ。
「さあどうぞ、遠慮なく」
 物腰に反してぐいと注がれれば、断れぬ柔さも長所たる泣き上戸の青年は、気づけば既に涙模様。
「ほらみろ泣けてきちまッただろ……! んもゥ既婚者まで増えてよォ!」
 宥め笑うアサノアの眼差しがふと、この先の展望を漂い始める。
「そうだね……シュカが居て、皆が居る此処が俺の居場所。他に往く所など無いけれど」
 寄り添う妻の控えめな笑みが、その先へ背を押した。
「ミルリーヴを起点に、世界の瞳に映らぬ世界とも交易で繋がっていけたらと思う」
 自由も繋がりも大切にしてきた彼と、共に歩む事を選んだ。頷くパンペリシュカに迷いはない。
「わたしは、皆さんと出逢えて、世界が広がりまし、た。だから、これからも──」
 大切な場所は大切な侭に、出逢いも世界も求めたい。春色の微笑みで見合う二人に、ソージュも頷く。
「若いっていいねェ。で、ガキは?」
「……!?」
 咽せるアサノアをよそに、二人の子なら可愛かろう、いやナナセの子もきっと、オレももう一人位──等々外野は愉しげだ。まぁ欲しいけどと呟く青年に、ダスティンが静かに微笑む。
「お子さん達の未来の為にも頑張りますよ。私は何れ、郷里のランスブルグの為に働こうと思います」
 皆が安らげる、この場所のような国にと語れば、
「自分も神社でゆっくりしようかな。得た物も失った物も褪せないように語り継いで、……やっぱり此処みたいな皆の笑顔で溢れる場所を作りたい」
 殴る巫女は卒業と笑うナナセに、マルベリーも目を輝かせる。
「うちは世界を見て回るつもり。季節毎には面白い話とお土産携えてミルリーヴに帰る予定やよ」
「俺は……星霊達と色んなモンを見て、戻って、その繰り返しだろうさ」
 未知の文献に触れ、ゆくゆくは研究者にと語るライソウルの『ふらふら』は案外先を見据えていて、
「オレはラッドシティで家族とのんびり老後を過ごすかな」
 仲間の広げた世界を聞く日を望む、ソージュの眸は眩げだ。
 続いていく世界。希望溢れる明日。
「ねえ、もう一度乾杯しよう! 其々の未来に──」
 ナナセの声に喜び集う杯が仲間の顔を映す。その像に、望む未来はもう叶え始められているとアサノアは知った。
「この先も皆とこうして、笑って居られますように。──乾杯!」
 笑い声に押し上げられた音色が、彼方へと昇っていく。

●つなぐ
 震えながら歩み来た道が、こんな暖かな春陽の下へ辿り着くとは思えなかったいつかの自分。
 教えてあげたいと微笑む懐かしいエミリアの髪がひかりに染まれば、リラは柔く目を細める。お料理の腕もほら、と差し出されたシチューの出来映えに思わず微笑んで。
 今や一人前のクチュリエールへと成長を遂げたリラを、眩く見つめる眼差しはエミリアも同じ。
「もう少ししたらお店を開こうと思ってるの。叶った暁には、海街の敏腕さんに布地の仕入れをお願いしたい所存、なんて」
「ふふ、私がリラのファン第一号だもの。世界中だって探してみせるわ!」
 柔らかな春を世界が告げる。揺るぎない友情、廻る季節、棘なき世界も──紡ぐこれからの日々も、全てが暖かくて。
 乾杯交わす杯の音は、空へ放つ祝砲だ。
『貴女と逢えてよかった』
 重ねる響きと掌でもまだ足りない、暖かな絆を祝う音が控えめに響く。その傍ら、
「秘蔵の古酒だ、早いもん勝ちで回してくれ!」
 人生短い、勝った用意はしておくものだ。キリンドの気前良い振る舞い酒は、騒がしい宴の中に見る間に消えていく。
 愉快げに見送り杯を干したエルフは、目を輝かせてクラシックに向き直る。
「これから他所の都市にも売りに行ってみてぇんだけどさ」
 行商、と溜息のように呟き、娘はそっと胸を押さえた。
「すごかねキリィ、そんなこと考えとっと……」
 作るのが楽しい、それだけで良かった日々は今は彼方。森の外を知る楽しさも作品を知って貰う幸せも知った今では、この先に開かれた可能性が嬉しくて仕方ない。ましてやそれが彼と一緒なら。
「面白そうち思うなあ。小さいのから始めてさ」
 それなら合作のランプから始めよう、交易路に馬車が通えば机も箪笥も携えて──弾む声に高揚が滲めば、わしわしと相棒の頭を撫でてキリンドは宣言する。
「お前が目ぇ回すくらい広い世界を見せてやる!」
 ──誓いは永遠の樹々が聞き留めた。

「ぷはー! うめぇ!」
 勝利を祝した一杯は格別だ。易々と乾すヒュリスの前で、キャロルは控えめな一口に満面の笑みを浮かべている。
「これ美味しいわ!」
「どれどれ……お、確かに美味いな」
 心も腹も満ち足りる一時、互いの食べた物をなぞり合う二人は終始笑顔だ。
「とりあえず、先にキャロルの親御さんに会いに行くか」
「本当!? うちの両親もきっと喜んでくれるわ!」
 素直に喜ぶ様につられ綻びつつも、彼女の両親に真剣に今後を語る日を思えば、自然と気は引き締まる。けれど、
(「早く結婚して立派なお嫁さんになりたいな〜なんて」)
 幸せそうなキャロルをよそに思い沈むのは、今はよそうと思う。パートナーとの未来を望む事が叶う、幸せな祝宴の日なのだから。
 久し振りの再会に満更でもない風のロザリンドへジゼルから手渡されたのは、杯を満たす葡萄ジュースとローストチキンサンド。
 水の街の、太陽と花を擁する市場。あの時の味と同じではないが、分け合った顔も重なれば味わいも不思議と記憶をなぞる。四年ぶりの友の笑みにジゼルは目を細めた。
 各地で戦い各地を旅し、それでも変わらぬものを大事にしてきたからだと思う。伸び悩んだ背も変わらないと茶化すロザリンドに、貴女は千年は鯖を読めそうとジゼルも笑う。──時を経ても変わらぬ今に辿り着けた。
「皆と離れてあちこち巡っておったが、平和になったのなら、これからはその版図を広げて見るのもいいかもしれぬのう」
「わたしは……そうね、世界の果てまで、空の下を旅して」
 叶ったならきっと、未知の空の下をも望む。その果てはどんな色をしているのだろう。

●かたち
 荷運びの苦労は麦酒の苦みすら甘露に変える。奢りなら尚の事と揃った口に、誰かからの悪影響を案じるアレシュ。
 じとり半眼のギャレットから一緒に揶揄おう、もとい飲もうと誘われたなら、笑うジスンに否はなかった。
 凪いだ風に映える緑。節目の春を寿ぐ夕陽の眼差しは、少し先の見通しを語る。戦神海峡に総菜屋を構えると聞けば、ジスンは目を輝かせた。
「良い報せね、友達が作ってくれたご飯は特に美味しいもの」
「こいつの飯はうまいぜ。てか住むとこなしなら店舗もすぐ……」
「お前んとこには居座るが」
 馴染みの遣り取りが嬉しい女が黙った隙に、春風がアレシュの声を掬った。
「……あの家が、あの街がつまりは、俺の故郷になったんだな」
 聞き留めたギャレットの横顔にくすり微笑み、ジスンは約束する。頼れるお医者様も美味しい総菜屋さんも、変わらず訪ねていくからと。
 結婚式の思い出は、平和になった今だからこそエリーゼには鮮やかだ。
 巨獣の荒野の調査に赴き、海賊に捕らわれ──参列すらあわやという状態から傷だらけの姿で駆けつけてくれたフリオ。こみ上げる熱に押されて零れた声が、それからの二人の形を作った。
「お父さんって呼んでくれたよな。嬉しかったぜ、ありがとな」
「私こそ、あの時一緒に歩いてくれてありがと」
 赤い絨毯を歩む隣に、血縁に拠らずとも親と呼べる人の存在がどんなに嬉しかったことだろう。胸に抱く小さな命を見つめる目は、今も優しい。
「これからはこの子を最優先に」
「平和な世界で、元気に育っていってくれると良いよな」
 見守られる稚い眸が答えのように笑う微笑ましい情景を目の端に、テッラは切り株に腰を下ろした。
「こういう宴は良いですね。本当に憂いの一つもなく、は……初めてですし」
 目醒める前からの永き戦いが終わり、救えなかった仲間の事とも漸く向き合えそうだ。今を見据え、この都市の未来を思いたい──そうだ、エルフの魔女だという世界樹とも語り合えないだろうか。
 前向く心に希望は溢れる。心躍る侭の振る舞いを咎める妖精にぶつかられ、転がる視界、見上げる空には眩い緑。
 もう誰も止められない。世界のこれからは、集う皆の掌の中だ。
 柔い陽光が注ぐ一角に、幼馴染みのエルフたちも心安く縁を寄せている。和らぐニケの眼差しと吐息に、切り株の片隅に根付いた花に目を細めたイヴェットがお互い爺臭くなったと笑う。
 美味そうな酒、合わせて選んだ肉巻きを一口。こんな日にはとことん羽目を外すが良い。唇は自然と緩み、これからを語り始める。
「森の外に出て、此処が一番良いと実感したからな」
 故郷の森で余生を送るとニケが告げれば、問う眼にイヴェットも頷く。
「なら良い。面倒見る相手は、近くに居てくれた方が良いからな」
「『面倒見られる』の間違いな」
 言い返して自身の肩先に留まる妖精を擽る。細かな羽戦きが燐光を散らし、翔る風が散らした光を追って空を見上げれば、
「……生きてみる事にするかね」
 呟きを森が包み抱く。胸に宿るすべてを抱えて歩く明日は、確かなものだ。
 賑やかな一角を背にしたティイの膝を枕に、ヴァレイシュはとろりと眠りの淵を漂っている。
「あーあ、早くお前と一緒に酒が飲みてえなあ」
「すぐだもん、その日が来たら夜通し飲もうぜ?」
 他愛ない会話に笑う声が、あまりに自然に和らいだ侭、なあと呼びかける。
「ティイ、一緒に、俺の生まれたところ行こうぜ?」
「──え」
 心の傷から血の涙を流す姿を、見たくないから言わなかった。けれどそれを、男は当たり前の様に乗り越えられると笑ってみせる。
「なあ、ティイ?」
 触れられた頬をふいと逸らしたのは、目頭に灯る熱を悟られたくなかったから。なぞる指先は分かっていたかもしれないけれど。
「アンタが行きたいっていうならついてってやってもいーよ」
 態と見せた棘も、返る笑顔も今の二人の形。その先を知る前にもう少しだけ、この侭でゆっくりと。

●かなた
「凄い量の樽と木箱だったな……」
 ぴよっと頭上から返る同意の声。仲間の数だけ見定めた切り株に掛けたナハトが風の匂いを思い切り吸い込めば、仲間の為に選り抜いた酒と肴を並べてルィンが笑う。
「空の下で酒を飲めるった、えらい贅沢だな」
 その贅にさらに加える一音は恋人の弦。勝利の宴に相応しく心を解かせゆくゼルディアの奏でに唄に、アエラも自然に声を乗せた。
「皆はこの後、どうするんだ?」
 村を広げる知識を得る旅に出たいとひとたび口にすれば、ナハトの目が輝きを生む。光を継いで微笑むアエラは、左耳に煌めくものにそっと触れた。
「私もまた旅に出ようと思う」
 人々に触れ音楽に触れれば、それを旋律と歌声に紡ぎ出すのが夢だから。柔らかな笑みに、私も未知の歌や音楽に触れたいとゼルディアが杯を揺らす。その途上に探したいもの、辿り着きたい場所──大切なあの子に逢いたいと、真摯な眼差しが語る。
「わたしは星霊建築学の教師を続けながら、まだ見ぬ美しい景色を求めて旅をするでしょう」
 走らせる筆先を止めないセルジュは、今この光景さえも画帳に留め置く。語るものを持つ仲間の眩しさに、杯から唇を離したサクラは瞬いた。
 考えもしなかった未来を描く事が必要なら、自分には何ができるだろう。
「わたしは、スフィクス領に行く。……いえ、帰るのかしら」
 山積みの仕事に待ち人に、時が足りないのならやがて時の玉座に座るだろう。囁く様に昏いものはなく、その先の微かな光を確かに見ているようだった。
「俺は好きな事をしながら、ゼルディアと一緒にいるさ」
 晴々と笑うルィンの傍らで、指名された娘は淡く綻んだ。一緒ならきっと何でも叶えられる。
 旅団は変わらず残しておくと団長は告げる。始まりの四人、集い来て十三人。誰も欠けずに在る今は何より祝杯に相応しい。
 また皆で話をしようとナハトが笑えば、皆が大好きと躊躇いなく声にして、アエラは一人ひとりを大切に腕に抱いた。
 離れても、この絆はどこまでも繋がっているだろう。温かな場所は此処に、気持ちならそれぞれの胸に灯り続ける。
「ありがとう、大好きよ──」
 またきっと会えると確かめるように、ゼルディアは強く抱き返す。ふと息を解き、セルジュは微笑んだ。
「どんな美しい景色より、此処に集う皆さんの笑顔の方が大好きです」
 どんな色でも描けない。筆を止めた青年に後で見せてくれと片目を瞑り、ルィンは笛を取り出した。
 音色とふたつの眼差しに請われ、ジスンが並べた笛の音も、重ね織る竪琴の歌も、決して消えぬ記憶になるのだろう。セルジュの胸に、皆の胸に、褪せぬ彩りを灼きつけて。

 その子を探す友の声が、宴の賑わいの中から零れ届いたからという訳でもない。草原の海の彼方に遙か異界を望む目は、柔くも摯実な色を含んでいた。
「先ずはあの子にゲンコツ落としてやらないとね」
 望みを捨てていないのは自分だけではないとハルネスの言葉に知って、エアハルトとピノの声も俄かに力を帯びる。
「だな。異界の果てに居るあいつの首根っこ捕まえて一発殴る──その位許されんじゃねぇ?」
「逢えないままでなんてイヤなんだ。最初の道が閉じられたなら、新しい道を探す」
 ギルタブリルの残骸と天地開闢の聖剣、越え来た先に得たのは可能性と未来。掴めるかもしれない手を伸ばすことを躊躇いはしない。
「私もまた会いたいわ。あの時と同じに美味しい筈なのに、誰かの笑顔の分だけ物足りない気がするなんて──」
 勧められた弁当のご相伴に与ったジスンも勿体ないと語気を強める。拳骨がまた増えそうな気配に、一口唐揚げを摘まんだピノは笑って飴役を買って出た。
 重ねた願いを果たした先に、見渡す未来はあまりに広い。澄み渡る空気に洗われ、架かる光の梯子は緑を透かす。謹製の硝子徳利も美酒を満たして煌めいて──溢れる望みに、エアハルトの頬にはいっそ笑みが浮かんだ。
「ハルネス、もう一杯行こうぜ」
「勿論。昼間から飲み放題とは、エンドブレイカー冥利に尽きるなぁ」
「今日ばかりはダメ大人結構、最高のご褒美で休日だよ」
 望みの行方は未だ未知数。それでも尊い希望を重ね、彼らは美しい世界に笑う。

●これから
 腰痛を飽く迄否む言い訳の数々を労ってねと流し、美酒を満たした杯を差し出せば文句も止まる。誘われる侭アンブローズの隣に掛け、ジスンは木陰の内から眩い世界を並び見た。
「想いの重さに縛られず、生きていけそうかい」
 女は唇を緩めた。思えば最初は、誰に親しまなくても笑える様に生きていた。手を心を寄せてくれる人達なくば、自覚なくその侭だったのかもしれないと。
「変われたのはアンズのお陰でもあるわ、きっと」
 有難うと笑う柔さに口の端を上げ、男は杯を掲げた。決意も希望も重荷にせず、風孕む帆のようであれ──願いと風を絡めた甘露は、熱を残して二人の喉を流れ落ちていく。
 アルカナの労いを有難く受け取って、アデレイドは囁く乾杯に檸檬の香る硝子杯を合わせた。
 迷子のように心細げな言葉に見開いた目は、僅か思案した答えを紡いだ。いずれは父の営む喫茶店を継ぎたいと。
「アルカナも暫く迷ってみませんか。決めるのは今じゃなくていい筈だ。悩んで寄り道する時間を、皆の力で作ったんですから」
 その祝いもしましょうかと杯を掲げれば、娘も微か、綻んだ唇で真似る。
「あなたの道往きが幸福であるように」
「貴女も、楽しい迷い道ができるように」
 ──そして先が拓けた今、迷う者は少なくはないのかもしれなかった。
「終わった、でしょ」
「……うん、そう」
 微か朱に染まるロビンの笑みが、ユズリの言葉に心細く揺れる。
 失くす事怖さに唯一は作らず、求めて貰えるから仮面を壊した。そんな二人が迎えた終焉の終焉は、慶びと同時に不安も運んでくる。
 ──これから何をして生きるのか。仮面なき世界が、必要としてくれるのか。
 不安に襲われる時、空の色に見たロビンの眸。それが唯一の信の形とは今は口に出せずも、安らぐ心はその肩に意識を預ける。
「不安ならここから、もう一度始めよう」
 名を呼んで、眠る彼女に贈るのは硝子細工が煌めく白い靴。心細い道も、信頼一つ携えこの侭、二人で往こう──互いを特別と呼べる日が来るまで。

 彼方で重なる響きは、果実のジュースをふた色重ねた硝子の杯。
 脅威が消えて嬉しいと感じる心は確かで、それでも、だからこそ、槍を握っていたケイの手は行き先に迷うかのようだ。案じるフィルの掌がそっと頬を包めば、その熱が男を引き戻す。
 やり切れていない事も数あるけれど、
「酒場での長居は減る、から……一緒の時間が増える、ぜ」
 口にした途端、それは紛れもない今を自覚させた。
 嬉しいと笑み綻んだ娘が、抱き締めていいかの問いに一瞬で林檎色に染まる。恥ずかしげに周囲を窺う眼差しが小さく頷いたと見れば、小さな肩をそっと引き寄せてみる。
 ──この手で守ったものはきっと、幾つものこんな幸せだ。
 良い事ばかりではない、出来ない事も多い。それでもこの先を彼女と共に望みたい。
「一人じゃ出来なくても、一緒にすれば百人力じゃない?」
 腕の中で囁く声が、また一つ胸の裡に幸福を印す。
 青く澄む風に目を細め、終わりを惜しむのは少し分かるとカラは言った。
 心許ない程の自由に考えずに来た望みを描くのは楽しみだと笑み含む友に、やるべき事、在るべき自分に追われる様で少し心配だった、と正直に告げる。
 掻く頬を微かに染めたカラの、
「向き不向きは変わらない気もするけど、旅をしながら少しだけ休憩して道を探すのもいいかなと思ってる」
 アレと一緒にと付け足された言葉にそうと頷いて──それではどうにも足りず、女は友を抱き締めた。
「別にこれまでと変わらないんだけどね」
「それでも乾杯が要る」
 微かな発露を互いに恥じつつ、交わす笑みは常を取り戻す。乾杯の音頭に代えて、これからもよろしくと頭を垂れた。
 変わりなく続く筈のいつも通りに、ルスランは給仕に勤しんでいる。差し出された量に目を剥いて、こんなにはと制したフォルの指先に青い風がとまった。
 生まれたての若葉の香が迎えた春を歌う。永遠の森の新たな一面は、手を引かれ見てきたもの達と変わらず美しい。けれど当の引いた手は、自分は傍に在りたかっただけと言う。そこにある喜びは貴女自身の感じる力あってだと、穏やかに。自分の御陰と自負して良いのに、それをしない。
「……私はお前に甘えてばかりだが、独り立ちはするまい」
 自分だけの騎士として夫として、これからも甘え、甘やかそう。金色の髪を撫でるフォルの指先が、言葉だけでは足りぬ甘さを語り継ぐ。
 ルスランは成される侭に瞼を伏せた。互いを互いの片足として生きる事、番う日々を語る妻の声は、梳く指先と同じく快い。
「これからも貴女の盾であり剣として、お傍に。手入れはお任せしますね」
「……偶には私の手入れもするといい」
 喉から零れた笑みを、青く澄んだ風が空へ連れていく。

 祝宴の日は、深緑の中に安らぎながら過ぎていく。
 カーテンコールが終われば、新しい幕が上がる。
 その向こうにどんな幸福を演じるか――未だ少し、物語は続いてゆく。



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いまいち
参加者:43人
作成日:2015/04/13
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