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鳥籠の離宮

<オープニング>

●鳥籠の離宮
 そこは愛しき楽園か、あるいは麗しき牢獄か――。
 美しい青空に緑の羽根のような葉を広げるのはナツメヤシの樹々、巨鳥の羽根を思わす瑞々しい緑の合間からは眩い陽射しが降り、砂の地に大きな羽根の葉影を踊らせる。
 金砂の砂漠の灼熱からも、金砂の砂漠で最も大きなカフェスの街の喧騒からも緑成すナツメヤシに護られた、街郊外の小さなそのオアシスに、美しい離宮があった。
 鳥籠の離宮。
 小さくも美しい離宮の、それが呼び名。
 その昔、時の太守――この辺りでは領主がそう呼ばれることがある――が妹姫の為に建てたこの離宮は、透きとおるような肌を持つ病がちな妹姫に静かな暮らしを与えるためのものとも、透きとおるような声で唄う妹姫を誰の目からも隠すためのものとも言われている。
 太守の後宮の美女達の誰よりも深く細やかな愛情を注がれながら、二十歳を幾つも越えることなく彼岸へ旅立った妹姫。
 彼女に注がれていた愛情が兄としてのそれだったのか、あるいは禁忌のそれだったのか。
 離宮が外の風にも当てられぬ繊細な小鳥を護るための鳥籠だったのか、あるいは美しい声で唄う小鳥を誰にも奪われぬようにするための鳥籠だったのか。
 今となっては、誰も知らない。
 
 妹姫が彼岸へ旅立ってからこの離宮は主を持たず、けれど兄たる太守とその子孫によってまるで秘密の宝箱のように大切に護られてきた。
 太守の地位が他へ移っても、カフェスの街の名家として離宮を護り続けて来た一族の最後の一人が死出の旅路に出るにあたり、離宮が街へと寄贈されたことにより――鳥籠の扉は初めて秘密から解き放たれることとなる。
 小さくも美しい離宮は、まさに宝箱だった。
 扉を潜れば吹き抜けのエントランスホール。明るい光に満たされた空間には今も艶やかなままの白大理石の噴水が涼やかに水を噴き上げ、壁や床に幾何学模様の花を描きだすモザイクタイルや流麗な彫刻を持つ柱に煌きを添える。
 柱の彫刻を辿るように見上げれば、高いドーム型の天井から下がるのは精緻な黄銅細工の透かし彫りを施した砂の国らしいシャンデリア。だがそれにあかりを燈すまでもなく、離宮の中心に造られた中庭――パティオから明るい陽射しを燦々と射し込める。
 離宮の中を四角く切り取ったような広々としたパティオは透きとおるアクアマリンめいた彩を湛えた泉とオレンジの木々に彩られ、仰ぐ空の青さとパティオを囲む回廊の柱やアーチの漆喰彫刻、そして二階部分の回廊に設えられた柵の美麗なアイアンワークの妙技に息を呑む。
 明るいパティオの陽射しと漆喰彫刻やアイアンワークの柔らかな影に彩られた離宮のなか、ひとつひとつの部屋を覗いていけば、其々がこれまた宝箱のよう。
 部屋にある品々は、金銀宝石や美しいエマーユで飾られた装身具や短剣などは無論、さり気なく窓辺に置かれた螺鈿細工のウードや、卓子代わりに使う黄銅のソフラ、吊り下げ型のモザイクランプやモザイクのテーブルランプ、果ては図書室に収められた華やかな装丁と頁毎の精緻な飾り枠で彩られた書物達に、その書物を広げて乗せるための、ラフレと呼ばれる折り畳みできる書見台までもが骨董的価値を持つ逸品だった。
 離宮そのものの美しさ、時の太守が妹姫のために揃えた品々の美しさ。
 それらはカフェスの街でも半ば伝説のように語られていたが、
「ほっほっほ。こりゃあまた骨が折れそうじゃのう……。はて、どうするかの」
 実際にそれらを目にした街の老学者は細い目を更に細め、豊かな白髭に手を遣りつつ思案した。

●さきがけ
 街に寄贈された鳥籠の離宮は、富裕層向けの優雅な保養宿になるのだという。
「――で、改修だのなんだのと手を入れる前に目録を作るって話になったわけだ」
 銀の瞳に愉しげな光を湛え、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)は砂月楼閣シャルムーンの酒場で顔を合わせた同胞達にそう語る。
 骨董的な価値を持つ品々も、建物や部屋を彩るモザイクタイルや漆喰彫刻にアイアンワークなども鳥籠の離宮の『財産』だ。目録に纏めた上で何をどう活かすか検討しようというのだろう。
 目録作りを任されたのはカフェスの街の老学者。
 だが、いざ離宮に足を踏み入れてみれば、そこは予想以上の宝箱。
 自分ひとりでは骨が折れる、だが人を雇おうにも、離宮の品をちょろまかしたりしないと絶対確実に信頼できる人材を吟味する時間的余裕もない――と思案した時に、ふと老学者は閃いた。
 エンドブレイカーの皆さんなら、身元調査などするまでもなくばっちり信頼できるに違いない。
「ま、そんなわけなんで、あんた達の手が空いてるなら一緒に手伝ってもらえりゃ嬉しいね」

 離宮の目録作りといっても、自分達が手伝う作業は然して難しいものでもない。
 鳥籠の離宮を回り、建物や部屋を彩る装飾や、骨董的な価値を持つ品々について記録していけばそれでいい。記録を纏めて目録に仕上げるのは老学者の仕事だ。
「こういうのが好きだって向きには堪らない目の保養になるだろうさ」
 鳥籠に住む者がいなくなっても、大切に手入れされてきた離宮は往時の美しさのまま。
 老学者はこちらを信頼してくれているから、離宮内は好きなように見て回ることができる。
 観るだけでも胸は躍るだろう。手に取ればもっと心が浮き立つだろう。
 螺鈿細工のウードを手に取り奏で、美しい書物を広げ、妹姫が辿っただろう物語を辿って、彼女が覗いただろう鏡を覗き、恐らくは兄太守のものだったろう短剣を鞘から抜き。
 美麗なアイアンワークの柵の手すりに手を置いて、恐らくは妹姫もそうしたように、二階の回廊からパティオを見降ろし、あるいはパティオから周りの回廊や空を仰ぎ。
 観たもの、触れたものを記録に綴りながら、鳥籠に想いを馳せるのもきっと愉しい。

 離宮が外の風にも当てられぬ繊細な小鳥を護るための鳥籠だったのか、あるいは美しい声で唄う小鳥を誰にも奪われぬようにするための鳥籠だったのか。
 今となっては、誰も知らない。

「昼から始めて、夕方になる前には大体終わるだろうってことで、そのくらいになったら皆で集まってお茶にしようって話だ」
 二階建ての離宮には屋上にパティオより幾分小振りなテラスが造られており、そこは花咲き溢れる空中庭園になっているのだとか。
 柔らかなクッションがたっぷり置かれたあずまやもあるという。そこで濃厚なチャイや粉から煮出す珈琲を楽しみ、東方の求肥にも似た柔らかな食感の薔薇のロクムでも摘まみながら、皆で語らうのも趣深いひとときになるだろう。
 ここは愛しき楽園か、あるいは麗しき牢獄か――。
「さあ御照覧。秘密の宝箱、鳥籠の離宮の扉が開く」
 手伝いついでにたっぷり浪漫に浸ってこようぜ、と男は瞳を細めて話を締めくくった。


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参加者
花渫う風・モニカ(c01400)
昏錆の・エアハルト(c01911)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
静謐の花筐・サクラ(c06102)
十七夜・ナヤセルディ(c25935)
プレニルニオの雫・ジェルゾミーナ(c34864)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●鳥籠の離宮
 美しい青空に緑の羽根のような葉を広げるのはカフェスの街郊外のオアシスに茂るナツメヤシの樹々、巨鳥の羽根めく瑞々しい葉は青空に緑の羽根を描き、砂地に影の羽根を描きだしていた。
 空に地にゆったり揺れる羽根の合間を歩むごとに、プレニルニオの雫・ジェルゾミーナ(c34864)の胸は高鳴るばかり。溢れる異国情緒でもうすっかり物語の世界に入り込んだ心地。
「ほんと、お手伝いという名のご褒美ね」
「まさにそうよね。さあ、秘密の宝箱を開けに往きましょう?」
 少女めいた好奇心に煌く瞳で馥郁・アデュラリア(c35985)が先へ誘えば、鮮やかな陽射しと羽根の葉陰、その奥に見えてきたのは砂月楼閣では馴染みの優美な半球状の青い丸屋根。
 それこそ物語のなかから抜け出してきたかのような鳥籠の離宮が、訪れた者達を迎え入れた。
「なんて綺麗なの……!」
 足を踏み入れればそこはもう秘密の楽園。若葉の瞳を輝かせた十七夜・ナヤセルディ(c25935)の歓喜の声が響き広がるエントランスホールは、空間そのものが芸術品のようだった。
 壁も床も色鮮やかなモザイクタイルが咲かせる幾何学模様の花に満たされ、数多の色彩咲く床に純白の八芒星を描く白大理石の噴水が噴き上げる水飛沫が、奥の窓から射し込む陽光に眩く煌く。
 姫君はここで兄太守を出迎えたのかしら。
 ――どんな風に? どんな気持ちで?
 光散らす飛沫に瞳を細め、妹姫の心を追うよう流麗な彫刻の柱を辿って天井を仰ぎ見れば、高い天井から下がるエキゾチックな黄銅細工のシャンデリア。
 鷹の眼で見てとった精緻な透かし彫りの様子を早速ナヤセルディが記録し始めれば、
「こういう時はつくづくホークアイが羨ましいって思うんだよな」
「エアさんってば、もうすっかりお仕事モードだね!」
 細工師の貌した昏錆の・エアハルト(c01911)が羨望を紡ぎ、花渫う風・モニカ(c01400)が楽しげに笑みを零す。
 さあ、浪漫に溺れに往こう。
 其々が心のままに向かう秘密の宝箱。すれ違いざまに砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の手を絡めとり、柔らかな陰からふわりパティオへと踏み出せば、燦々と降る陽射しがアデュラリアの胸奥へも眩く射し込めた。
「攫ってほしそうに見えたから、なんて」
「そりゃきっとお互い様さ」
 鮮やかな緑を茂らすオレンジの樹々に明るい水色煌く泉、渇いた砂漠の真ん中で胸に満たす緑と水の香に心も潤され、木陰で唇を落とされた白い指先にひときわ甘い熱が募る。
 目も覚めるような白と青のモザイクに縁取られたアクアマリンめく水面を覗いたなら、映り込む柱の回廊の二階にジェルゾミーナの姿。
「後でお話聴かせて頂戴ね」
「ええ、また後で」
 声を掛けられ二階の回廊からパティオを見下ろせば、ジェルゾミーナも少し妹姫の気持ちを識れた心地。アデュラリアと手を振りあい、雪翳・ギル(c22498)とともに心惹かれる扉を探す。
 軽く会釈して象嵌細工の美しい扉の奥へ滑り込む静謐の花筐・サクラ(c06102)の足取りも何処か浮き立つようで、皆楽しんでいるのね、と月雫の娘の足取りもひときわ軽やかに。
 微かな、けれど楽しげな足音の唄が耳に届けば漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)は淡く微笑して、パティオの眩い陽光が等間隔の柱の影を描く一階の回廊で頭上を仰ぎ見た。柱と柱の流麗な漆喰彫刻を繋ぐ美しいアーチ、そこをも彩るモザイクの花。
「鳥籠の謎は解けそう?」
「まだまだこれから、だろうか」
 丁寧に記した記録にふわり落ちた影、秘密めかして訊ねるアデュラリアに笑み返す。
 鳥籠は小鳥を護り閉じ込める、双方の意味を持つものと思えるのだが――そう思いめぐらせつつ辿りついた居間も光と影に彩られていた。光射す窓は優美な蔓花模様絡めたアイアンワークの飾り格子。窓際に添う、床を一段高くしただけのような低いソファや、緻密な幾何学の花咲く絨毯に模様描く光踊る居間を見渡し、リューウェンはソファの隅に竪琴を見出した。
 小振りのリュラー。明るく艶めくシダーウッドの響板には真珠貝の螺鈿で薔薇が咲く。
 愛しい面影が胸に燈ればともに浮かびあがるのは独占欲、兄太守の気持ちも解らなくもないがと微かに苦笑し、大切に竪琴を抱いて窓辺へ腰を下ろした。これを奏でる腕前はないけれど。
 妹姫はどんな想いでこの調べに唄を重ねたろうか――と馳せる想いを、淡く口遊む唄に乗せる。

●鳥籠の迷宮
 落ち着いた木象嵌と繊細な金彩が優雅な扉を開けば、ジェルゾミーナの瞳に飛び込んできたのは夢のように優しい煌きに満ちた空間だった。
 仰ぎ見る天井には黄銅細工の環から七つのモザイクランプを吊り下げた可愛らしいシャンデリア、夜にはまさに夢幻の光の甘雨を零すだろうそれに陶然と感嘆の息をつき、金の曲線が流れるような枠に縁取られた姿見に微笑んで、次いで視線を移したのはやはり金の装飾が美しい天蓋から紗が下りる、
「――寝台、と」
 天蓋は高く、けれど寝台そのものの高さは夜色パンプスを履いたジェルゾミーナの足首程度。
 異国情緒薫るその様を書き留め、寝台奥の壁を大きな鍵穴型にくりぬいた棚を覗けば、
「……! 可愛いっ!!」
 黄銅に薔薇色スピネルと雫型の真珠で花を咲かせた宝石箱に瑠璃花の瞳が輝いた。
 背後でくつりと零れた笑みに振り返れば、金の鞘にエマーユの睡蓮が咲く短剣を眺めていたらしいギルと瞳が合い、はにかみながら笑み返して。
「ジェルが妹姫だったら、どう過ごす?」
 彼の問いに、緩く小首を傾げて想いを馳せる。
「わたしが、ここに住むなら?」
 光溢れるパティオで花を育て、木陰で本を読み――けれどきっと、ずっと鳥籠の中でじっとしてなどいられない。
 甘いコントラスト織り成す光と影の合間を泳ぎ、扉を開けばかつて薫かれていただろう香がふわり幻となって溢れくる心地。蔓花透かす銀細工に覆われた、火鉢も兼ねる大きな香炉を撫で、
「ね、ナルセイン様。天蓋の紗は柔らかい?」
「試してみるといいさ」
 悪戯に男が翻した紗に包まれ、アデュラリアは溺れるように沈んだ褥で緩やかに深呼吸。
 なみなみと注がれた浪漫が溢れだすような感覚にころり笑みを転がして、枕辺の壁にくりぬかれた鍵穴型の棚へ指を滑らせる。
 華やかな金にダイヤモンドの水飛沫が弾ける手鏡に、春霞にけぶる緑のような色合いの翡翠から削り出された杯。傾ければ妹姫を潤しただろう、心地好く冷えた清水か瑞々しい果実水が滴り落ちて来そうで、二人ささめきあうよう笑み交わした。
 干からびさせる渇きはすべて呑んでしまうから――ずっと、傍にいて。
 流麗な金糸を透かし織り、エメラルドの星を鏤めたような書物。
 ひとたび頁を繰れば広がる彩鮮やかな世界、流れるよう綴られた物語を華やかな飾り枠が縁取る様は、縁取るというより美しい花模様の絨毯に物語を綴った紙を重ねたよう。
「……いけない、仕事中なのに」
 普段は永遠の森の古き名家の館で司書を務めるサクラだ。図書室の目録作りなど慣れた物だが、己が親しむ歴史書や古文書とはまったく異なる書物にはつい瞳も心も魅入られてしまう。
 彩色は今なお鮮やかで、飾り枠や挿絵に使われた金箔も輝いているが、華美というよりも柔らかな美しさと感じるのは、流れるような文字の優美さと、それで綴られた幻想物語ゆえか。
 砂漠を渡る巨鳥の背に乗り、空を目指して雲の上の宮殿に至る。
 読み手の心も風に乗せるような物語に柘榴の瞳を細め、窓越しに遠い青空を見遣った。
 わたしの旅鳥は、今はどこの空の下かしら。
 ――あなたの旅によい風が吹くことを祈ってる。
 乙女の頬と謳われる極上の羊皮紙が使われた聖典は頁毎に丁寧に磨かれ柔らかな光沢を帯び、深く艶めく黒檀を象牙や真珠貝の象嵌で彩ったラフレ――書見台は、折り畳まれたそれを広げれば優雅で大きな蝶のよう。ひとつひとつを記録しつつナヤセルディは、柔らかなクッションに腰を下ろし鮮やかな彩色溢れる物語の頁を繰った。
 浪漫と優しさに満ちた物語。
 と思いきや、意外に皮肉の利いたものも多く、けれどいずれも心躍らせる。
「国が違えば随分と違うのね……」
 時に瞳を瞠り時に胸を高鳴らせ、かつて妹姫も辿ったろう物語へナヤセルディも耽溺していく。
 砂の峡谷の奥、薔薇咲くオアシスでエメラルドの秘宝を護る姫君が盗賊と出逢い、そして――。
 滑らかな仔牛皮の犢皮紙と硝子ペンを手に覗いた扉の中の光景に息を呑む。
「わ、あ……! エアさん見て見て!!」
「ああ、いい時間に来れたみたいだな」
 広々とした居間の奥で輝くのは、飾り格子の窓の外の眩い陽射し。飾り格子を透かして射し込める昼下がりの陽射しが描く光の模様は壁の鮮麗なモザイクや漆喰彫刻へと柔らかに揺らめくようで、ひょこりと覗いたモニカと彼女の手を取り中へ足を踏み入れたエアハルトを光と影の波間へ誘う。
 この奥行きある陰影と光と影のコントラストが美しいよな、と眩しげに瞳を巡らす細工師に頷いて、乙女心に導かれるままにモニカが見回すのは、幾何学模様鏤めた美しい絨毯に、その上にころんとまぁるい花を咲かせるようなカラフルなプフ達に、壁を鍵穴型にくりぬいた棚で幾つも煌き咲かせる薔薇色や水色硝子の香水壜。
「ね、これって太守様から妹姫への贈物かな」
「じゃねぇか? これもひとつひとつがそうなんだろうな」
 瞳を輝かせる恋人に笑って再びエアハルトが仰ぎ見るのはモザイクランプのシャンデリア。
 黄銅細工の環に下がる七つのランプは何れも優しい薔薇色硝子と金の細工、けれど其々僅かに意匠が異なり、美しい螺旋を描くよう高さを変えて吊り下がる。
 彼自身もモザイクは手掛けるが、歴史を重ねた鮮やかな彩に抱くのは確かな敬意だ。
 浮き模様が美しい、ひと抱えはありそうな大きな銀盆。それを小さな衝立のような台に乗せた物がテーブルのように使われていたのだろう。涼やかな白銀の錫皿に瑞々しいフルーツをいっぱいにして並べ、それらを摘みつつ尽きぬ話の花を咲かせる兄妹の姿が見えた気がして、モニカの頬が緩む。
 最初に離宮の話を聞いた時には牢獄と思えたけれど。
「……この部屋を見るに少し違うのかも」
 ふと瞳を留めたのはそれ自身宝箱みたいに象嵌された脇机。その上に置かれた煌きに手を伸ばせば、モニカの手で花と空の雫めく薔薇輝石とターコイズを金鎖で繋いだ首飾りがしゃらりと唄う。
「見りゃわかるさ。ただの居間ってより、飛び切りの客人を持て成すべく拵えたサロンだもんな」
 元より更に居心地良く調えて、訪れるひとを歓喜とともに迎えるような。
 優美な色遣いのキリムが張られたカウチソファに腰掛けたエアハルトが、その腕の中に彼だけの姫君を招く。その手に煌きを見つけて口の端擡げ、
「ほら、つけてやるから貸してみろよ」
「と、特に買取る心算はないんだけど! ……凄く目を惹いたから」
 見透かされたことにむくれる彼女の手から首飾りを掬い、華奢な首にしゃらりと沿う金鎖と一緒に、指先で悪戯に首筋を辿る。ぴくりと感じた腕の中の反応に笑み深め、より深く抱き込んで。
 聴こえるのは遠い噴水の音と、加速した彼女の鼓動。
 ――ただ、それだけ。

●鳥籠の夕宮
 陽射しが金の彩を帯び始める頃には、お手伝いという名のご褒美も一段落。そうなれば、
 ――皆で集まってお茶にしようって話だ。
 思い返せば、酒場でそう語ったナルセインの口振りは伝聞のそれだった。つまり。
「ほっほっほ。皆さんをお茶にお誘いしたのはこの年寄りでしてな」
「まあ」
 笑うたびふさふさの髭が揺れる老学者の言葉に、チャイと珈琲を乗せた銀盆を運ぶアデュラリアが瞳を瞬かせた。リューウェンも念のために訊いてみる。
「実は自作の菓子を持参したのだが……加えさせて頂いても良いだろうか?」
「勿論勿論、お茶菓子が豪勢になるのは嬉しいことじゃて」
 柔和な笑みに息をつき、青い丸屋根の合間に造られた屋上テラスの空中庭園に出てみれば、
「綺麗……! 絶対何処かにあると思ったんだよね!」
 空を背に色とりどりに咲き誇る鬱金香――チューリップにモニカが歓声をあげた。可憐な一重咲きに華やかなユリ咲きに、愛らしいフリンジ咲きのチューリップ達の間を通って、咲き初める薄桃色の薔薇に囲まれたあずまやに皆で腰を落ち着ける。
「おつかれさま! ……あの、食べて、も?」
「是非召し上がって頂ければ」
 馥郁と香りを溢れさせる熱いチャイに珈琲、粉砂糖の雪に薔薇の彩と香りを秘めたロクム、そしてリューウェン手作りの甘さ控えめなビスケットとビターチョコレートのブラウニーが揃えば、そわそわと窺っていたジェルゾミーナが顔を輝かせた。
 温かな杯を片手に菓子を摘み、膝に離宮の記録を広げれば、皆から次々溢れる浪漫の泉。
 可愛らしいモザイクランプのシャンデリア、優美な家具調度、壁の鍵穴型の棚に収められた宝物の数々に、美麗な書物に綴られた数多の物語――。
 皆の言葉ひとひらひとひらも煌くよう。これもご褒美よね、と幸せ綻ぶ吐息でアデュラリアが笑む。
 けれど溢れる浪漫のひとしずくを持ち帰る者はいないよう。
「栞があれば、と思ったのだけど……」
「そう、なかったのよね」
 この辺りには、或いは妹姫の時代には栞を使う習慣がなかったのか、それとも妹姫が栞を必要とはしなかったのか。図書室に籠もったサクラとナヤセルディが溜息を洩らし、俺は目移りしてしまってひとつに絞れなかった次第だ、とリューウェンが苦笑する。
 ランプや置き物で惹かれるものがあれば、と漠然と思っていたが――ひとつひとつと確り向き合う心積もりでいれば、これぞという出逢いもあったろうか。
「ま、浪漫はモノだけじゃない――だろ? 俺達の見た居間は空間そのものが格別だったぜ」
「そう! 悔しいことに太守様は乙女のツボを心得すぎでした……!」
 珈琲を手に嘯くエアハルトに、モニカが林檎香るエルマチャイを手に拗ねた口振りで言い添える。
 ――愛しい腕の中に囚われることが幸福で、妹姫は自ら翼を畳んでいたのかもしれない。
 そう、思えるほどに。
 小さく笑み咲かせ、私も似たことを思ったの、と秘密を明かすようにナヤセルディが紡ぐ。
 もしも姫君が外の世界を望んでいたなら、閉じ込められたって心が飛んでいくのは止められない。けれど姫君が離宮の世界をこそ望んでいたなら、
「たとえ籠の入り口を開け放しにされたって、飛び立つなんて出来やしない――って」
 微かな頷きでサクラが同意した。愛してくれるひとを独りになんて、きっと、出来ないから。
 ここは楽園か、牢獄か。
「どちらであっても、姫君が生涯愛されたのは本当と思うの」
 きっと、しあわせだった。

 茶会が終わる頃には陽射しがオレンジの彩に染まり始めていた。
 暖かな彩が照らすのは、楽園かも牢獄かもしれない――けれどきっと間違いなく、幸せの鳥籠。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:7人
作成日:2015/04/30
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