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七花の湖 〜ローズマリー・ガーデン〜

     

<オープニング>

●七花の湖
 瑞々しい新緑の煌き梢に湛えた楓やみずならの木立に囲まれたその地にあるのは、水のほとりの小さな街。辺りの風景を優しく潤ませるその水辺は、泉と言うにはかなり大きく、けれど湖と呼ぶにはいささか小さな水のうみ。
 涼やかな水の香を抱いた風がゆうるり流れるその街は、水のほとりを抱く木立にふんわり隠されるようにして、こぢんまりとした家屋敷が建ちならぶ、心地好い穏やかさに満ちた街だった。
 優しく揺れる木漏れ日にとけて流れるこの街の時間は、限りなくゆるやかなもの。
 穏やかな水辺の風と柔らかな光に抱かれ、咲き零れる花を眺めて休日のひとときをすごしたなら、それだけで七日間の休暇をすごした心地になれる街。――そんな逸話から、楓とみずならの木立に抱かれたこの地は『七花の湖』と呼ばれていた。

 秋の一夜を七花の湖のほとりですごしたね。
 海の泡みたいな白の小花咲くローズマリーの垣根に囲まれ、桜色の星みたいな小花が降るように咲くローズマリーのアーチが迎えてくれるオーベルジュ、ローズマリー・アーチ。
 暖かで何処か家庭的な、優しさのしずくを降り積もらせたようなそこですごした一夜は、七花の湖のいわれ通りに、一日で七日分の休暇をすごした心地。幸せで幸せで、どうしようもなく幸せで、満ちた幸せが涙になって溢れてくるくらい幸せな、一夜で七夜だったよね。

 ――ある秋、ローズマリー・アーチでたとえようもなく幸せな一夜をすごした娘がいた。
 愛し愛された恋人と二人ですごした、どうしようもなく幸せな一夜で七夜。
 だが、二人の幸せな時間はこれが最後。一夜で七夜の幸福な休日をすごした恋人達は自分達の街での日常に戻り、そこでアクスヘイム崩壊に見舞われたのだ。
 崩壊の最中に恋人を喪い、独り取り残された娘は悲嘆と絶望の果てにマスカレイドとなり――。
 そうして、どうしようもなく幸せな記憶に満ち溢れた七花の湖のほとり、このローズマリー・アーチで永遠の眠りについた。
 終焉を砕く者達の手によって。
 彼らの祈りと想いを抱いて。
 そしてきっと――たとえようもなく幸福な、七夜の一夜の記憶を抱いて。

●さきぶれ
 七花の湖のほとりに点在するオーベルジュのひとつ、ローズマリー・アーチ。
 オーベルジュとはつまり、簡単に言ってしまえば、お泊りもできる美味しい食事処のこと。
 折に触れて彼の地のことを思い出す。幸せな七花の湖のほとり、幸せなひとときをくれた彼の地のオーベルジュ達、そして、棘に憑かれた桜色の瞳の娘の最期の地となった、ローズマリー・アーチ。
 七花の湖がある一帯は比較的崩壊の被害も小さく、崩壊後しばらくはローズマリー・アーチを含むこの辺りのオーベルジュが大きな被害を受けた地の被災者の受け入れ場所となっていた。
 戦神海峡アクスヘイム全土が苦しかった時だ。
 勿論オーベルジュとしてのローズマリー・アーチは一旦休業、オーナー夫妻は受け入れた被災者達のため心を砕き、彼らの街の復興が始まってからはその手伝いに赴いていたのだが、
「そろそろ営業再開する――って噂を聴いてちょこっと覗きにいったらね、何だか再オープン準備の手が突然足りなくなっちゃったらしくて」
 ――ね、よかったら一緒にお手伝いにいかない?
 旅人の酒場に居合わせた同胞達へ、七花の狩猟者・アンジュ(cn0037)がそう誘う。
 誰かが誰かを幸せにする七花の湖のほとりへ。
 海の泡みたいな白の小花が、桜色の星みたいな小花が、そして、澄み渡る春の湖みたいな空色の小花が、優しい夜明けみたいな薄紫の小花が、緑鮮やかなローズマリーから降るように、滝のように咲き零れる――ローズマリー・アーチへ。

 初夏を迎えた七花の湖のほとりでは、命のきらめきも緑の瑞々しさも日毎鮮やかさを増していく。
 勿論ローズマリー・アーチの象徴であるローズマリーも例外ではなく、花期の長いローズマリーの花の美しさも、鮮やかな緑の絶えない葉の香りも飛びっきり。
 明るいビスケット色した煉瓦造りの館や宿泊客達を泊める部屋などの手入れもすっかり終え、さあ気侭に枝葉を伸ばしたローズマリーを剪定し、その香り鮮やかな葉や若枝でローズマリー・ビネガーやワインを仕込もうか――というところで、従業員が遠方の親戚の慶事に赴いたり風邪をひいてしまったりで手が足りなくなったのだとか。
 再オープン前だから客はいない。
「だからね、オーベルジュのお部屋に泊めてもらえるのね。んでねお手伝いついでに再オープン前のモニターにもなってもらえるとありがたいって話だから、二、三日泊まってもいいよってひと募集中!」

 海の泡みたいな白の小花咲くローズマリーの垣根に囲まれ、桜色の星みたいな小花が降るように咲くローズマリーのアーチが迎えてくれるオーベルジュ、ローズマリー・アーチ。
 明るいビスケット色した煉瓦造りのオーベルジュの館の正面にもローズマリーの花々が咲き溢れる美しい庭が広がっているが、館の裏手にも湖に面した美しいローズマリーの庭が広がっている。
 客室はすべてレイクビュー。
 ローズマリーの花咲き溢れる庭と七花の湖を望める部屋で幸せな目覚めを迎え、ローズマリーの清涼な香りが最も心地好い朝のうちに剪定を終えてしまおうか。
 白の小花咲くローズマリーの垣根や、訪れるひとびとを桜色の小花で迎えるローズマリーのアーチを整え、庭で空色や薄紫の花を咲かせるローズマリーも整えて。ここのローズマリーは七花の湖の水際まで茂っているというから、滝のように花を咲き零れさせ、湖面に浸かってしまっている若枝も切ってしまったほうが良いだろう。
「んでね、剪定はハーブとしてのローズマリーの収穫も兼ねてるのね」
 剪定はローズマリーの形を整えつつ、茂りすぎた枝を伐って風通しを良くする感じで。
 収穫は柔らかな葉先や若芽、若枝を摘む感じで。
 そうして収穫されたローズマリーはオーナー夫妻が料理に使ったり乾燥させたりするのだが、
「アンジュ達にはね、ローズマリービネガーやオイルやワインを仕込むのとね、ローズマリーのリース作りを頼みたいって話なの」
 柔らかなローズマリーの葉先や若芽、若枝を綺麗に洗って水気を拭き取り、硝子瓶に入れて香りや風味を移したいものを注ぐのだ。アップルビネガーやワインビネガー、オリーブオイルや白ワイン。漬け込まれてローズマリーの香りや風味を得たそれらが、オーベルジュを訪れるひとびとを持て成すとっておきのひとつとなる。
 硬い木の枝のようになったローズマリーの枝や、湖面に浸かってしまった枝はリースの芯に使う。
 いくつか束ねてくるりと円環に整えて、リースの土台を作ったなら、瑞々しい葉も咲き零れる花もいっぱいにつけた若枝を絡めるように巻いて綺麗なリースに仕上げるのだ。一緒にリボンを巻いたり小さなベルを飾ったりしてもきっと可愛い。
「ローズマリービネガーやローズマリーオイル、ローズマリーワインはね、オーベルジュの料理とかに使うものだし、ローズマリーのリースは客室に飾るものだけど、もし欲しいものがあれば自分の分も一緒に作っていいよって言ってもらってるの」
 飛びきり心地好い初夏だ。
 館の中でなく、庭にテーブルを出して皆でわいわい作業できたらきっと楽しい。
 オーナー夫妻が振舞ってくれる朝食や昼食も、ローズマリー咲き溢れるその庭で楽しめたなら。

 七花の湖から来る風が澄んだ水の香りを運び、ローズマリーの香りを庭に踊らせる。
 降るように、滝のように花を咲き溢れさせるローズマリーの枝葉は、七花の湖の風に揺れて優しい細波のように唄うだろう。
「あのね、そんなローズマリー・アーチで一緒にすごせたなら、また逢おうね」
 幸せな、幸せな記憶を抱いて、きっと、また。

 七花の湖へさあ行こう。
 一日で七日分、柔らかにゆるやかに流れる時間を楽しみたいひとのための場所。


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参加者
戯咲歌・ハルネス(c02136)
静謐の花筐・サクラ(c06102)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
碧瓏・アクアレーテ(c09597)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
橙黄音色・リチェリー(c10887)
小夜啼嬢・チェルシー(c31137)

NPC:七花の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●ローズマリー・ガーデン
 七花の湖に眩い光の雫が煌き踊り、湖を渡る風さえも光輝くような朝が来た。
 朝露とローズマリーの香り世界に躍らす風を浴びれば、橙黄音色・リチェリー(c10887)は飛びきり優しい水の流れに身を委ねたような心地。
 水の香りと煌きを恋い、優しいローズマリーの緑と色とりどりの小花の滝に彩られた庭を歩めば、いきいきと輝く藍の瞳が金の煌きを見つけた。
「おはようー! すっごく気持ちのいい朝だね!」
「おはよう、ほんととっても気持ちいい朝……って、湖にもっと気持ちよさそうなひとが!」
 明るい芽吹き思わす彼女と肩並べ、陽凰姫・ゼルディア(c07051)が湖に瞳を向ければ、そこには良く識った薄荷緑の彩。
「いいなあフローター、羨ましいや……!」
「おはよう二人ともー! ふふふ、これぞ妖精騎士の特権だもんー!」
 湖の上で涼風と戯れていた勿忘草・ヴリーズィ(c10269)がリチェリーの声に振り返り、手を振って水面でくるりと回ってみせる。足元に跳ねる細波、光の滴。
 湖に咲き零れるローズマリーの花の滝、その彼方に佇む明るいビスケット色の煉瓦の館。それらを七花の湖から望む――飛びきりの、贅沢。
 窓から訪れる七花の湖の光と風が、限りなく優しい目覚めを贈ってくれる。
 このローズマリー・アーチでいとしいひとと一晩すごせば、戯咲歌・ハルネス(c02136)にも『彼女』の抱いた幸せが理解った。優しいしずくが肌から染みいるよう。
 繋いだ手から溶け合う温もり、あどけない七花の狩猟者・アンジュ(cn0037)の寝顔。微かな寝息も胸にいとしく溶け、どうしようもないほど幸せでしあわせで、溢れそうなくらい。
 淡く目蓋を伏せれば浮かぶ、刃の軌跡。棘から解き放たれた娘の瞳。
 桜色の瞳のお嬢さん。
 ――君はほんとうに幸せな七夜の一夜を過ごしたんだね。
 目蓋を開けば、幸せな目覚めを迎えた金の瞳と目が合った。おはようの幸せ重ね、ねだられるまま額を合わせれば、そっと彼の唇を啄ばんだ娘が囁く。
 ――昨日よりも、もっと大好き。
 柔らかに髪を撫でる朝の風、愛しげに頬を撫でる温かな手。
「チェルシー、朝ですよ」
 優しい二律背反・ネルフィリア(c25320)の声音に耳朶も擽られ、小夜啼嬢・チェルシー(c31137)も穏やかな水面へ浮かびあがるような目覚めを迎えた。
 自然に伸ばした手で彼の首を抱き寄せ、おはようと触れる、甘やかな口づけ。
 ――今日も良い一日を、フィリア。

 瑞々しく優しい命の息吹満ちた朝食で心も身体も潤して、碧瓏・アクアレーテ(c09597)は涼やかな湖の風と眩い煌きに瞳を細めた。咲き零れる空色の小花、湖水に浸る花枝を指先で掬い、慈しみをこめて伐れば、清涼なローズマリーの香りがぱっと溢れ、触れていた肌には鮮やかに残る。
「指先から花々の記憶までも感じられそうね」
「ほんと、何だか優しい気持ちになるや」
 オーナー夫妻にも、訪れる客達にも愛しまれてきたのだと肌で理解し、掌から心まで染みるような香りに顔を綻ばせたリチェリーは、湖畔をアクアレーテに任せ、花の滝幾つも零れる庭を見渡した。生命力溢れるローズマリーは思わぬところにも顔を覗かせていそうで、自由農夫の腕が鳴る。
「アンジュ、少しお手本を見せて貰えるかな?」
「はーい! あんまり太い枝を伐ると株にダメージいっちゃうんだって」
 だから風通し良くする時もこのくらい、と実演してみせた娘に礼を述べ、チェルシーも薄紫の小花を咲かせるローズマリーを丁寧に掻き分けた。ほろ苦くも甘く爽やかな香りに包まれれば、知らず頬も緩んで。
 ここを訪れるひとびとの心も癒す手伝いができれば、幸せ。
 楽しげに勤しむ娘達の様子に目元を和ませ、ハルネスも初めて剪定に臨む娘達へとアドバイス。枯れた枝を伐るのが基本、収穫は沢山枝分かれしている方の花枝から切って、
「ね? こんな風に日当たりと風通しを良くしてあげるといいのよ」
「流石ハル美先生……! 私達も頑張りましょうね、サクラさん!」
「――実践、頑張るわ」
 胸が澄み、心が目覚めるような香りにも励まされ、ゼルディアは張り切りつつも優しく若枝の収穫を始めた。頷いた静謐の花筐・サクラ(c06102)も鋏を借りて、ハルネス、もといハル美先生の女子力も見習うべきかしらとひっそり思いつつ、柔らかな緑の枝葉に触れる。
 昨夜枕辺の友にと持ち込んだ本には、『園芸が苦手なひとでも育てられるローズマリー!』なんて謳われていたけれど――。
 友人達にエールを送りつつ、ヴリーズィが丁寧に整えていくのはこのオーベルジュの象徴、桜色の星みたいな小花が降るように咲く、ローズマリー・アーチ。緑に触れるたび桜色の花が揺れるたび、胸にあたたかな光が燈る。
 堅い枝を伐り、これリースに使えるかな、と呟けば、
「いいっすね、俺にもここの枝を下さいよ」
「ヴフマル……!」
 冬の夜、桜色の瞳の娘をともに送った仲間の声。
 空追い・ヴフマル(c00536)の柔い笑みを見つけて、ヴリーズィも笑みを咲かせた。

●ローズマリー・ハピネス
 朝食はたっぷりの朝採り野菜に真白な山羊乳のフレッシュチーズ、そして檸檬マヨネーズで和えたローズマリーオイル漬けのツナやクランベリーソースを添えたローズマリー香る鶏ハムを、皆が好き好きに選んで挟むベーグルサンド。
 それに、ふわりローズマリー浮かべた桜色のビシソワーズだったけれど、
「さて、お昼はどんな料理が出てくるかな」
「もうすっかり腹ぺこ。お肉食べたい、です!」
「あはは、やっぱり肉料理は欲しいところだよね〜!」
 募る期待にハルネスはほくほく顔、ゼルディアが今にも唄いだしそうなお腹を押さえ、リチェリーの笑みが弾けたところで、飛びきり空腹を刺激する料理達が運ばれてきた。
「綺麗だね……!」
「ああほんと、彩りも香りも味わいも華やかだ」
 ぷりぷりの飛魚の身をローズマリーの葉と合わせて叩き、オレンジ色煌く飛子と重ねたタルタルのミルフィーユにチェルシーが感嘆の声をあげ、ハルネスはローズマリーオイルで香ばしく焼きつけた鶏肉をフレッシュな酸味が爽やかなトマトソースで煮込んだカチャトーラに相好を崩す。
「わーんアンジュさんこれほんと美味しいの、味見してみて……!」
「わあいわあいいただきまーす!」
 甘くほろ苦いローズマリーと柑橘の香りは絶妙の好相性、ときめく香りが熱々の肉汁と弾ける様にゼルディアがぷるぷるすれば、チコリの葉に乗せたタルタルを味わっていたサクラも興味を示す。
「それはなに?」
「豚肉とマーマレードのポルケッタ風、だったかしら? この香りがもう、もうね……!」
「ふふ。こっちのラムチョップもすごくいい匂いよ」
 豚肉にローズマリーソルトとマーマレードを塗ってくるり巻き、じっくり焼きあげたそれも勿論だけど、蜂蜜と塩胡椒をすりこみ、摘みたてローズマリーをたっぷり乗せて天火で焼いたアクアレーテ待望の仔羊肉も眩暈がしそうなほど魅惑の香り。
「こんな料理食べてたら普通の生活に戻れなさそうよ」
「わかる! わかりますとも……!」
 蕩けるような笑み交わすアクアレーテとゼルディア。彼女達があまりに幸せそうで、食わず嫌いなサクラも思わず豚や仔羊肉に手が伸びて。
「改めて、ローズマリーってすごい万能な子なんだねー」
「ねー! んでねあのね」
 アンジュも育ててみたい、と片腕にくっついた娘に眦緩め、ハルネスは掌を見せてやる。
 瞬きする間に現れる、ローズマリーの種ひとつかみ。
 瑞々しいレタスを赤や黄のパプリカや紫タマネギで彩り、桜色のローズマリーの花やフリルのように削ったチーズを咲かせたサラダも命の息吹弾けるよう。ローズマリーフォカッチャと一緒にあれもこれも楽しみつつ、熱心に学ぶリチェリーとヴリーズィで料理談議に花が咲く。
「でね、訊いてみたらやっぱりビシソワーズは鶏ハム作った時のスープ使ってたんだって!」
「ああやっぱり! で、あの桜色はビーツだよね!」
 料理上手達はサクラから見れば魔法使い。けれど美味しい料理を作る気持ちを知りたくて、
「いつか料理を教えて、ヴリーズィ」
「勿論だよ!」
 最後に、飛びきり煌くデザートグラスが皆の歓声を呼んだ。
 蜂蜜漬けのピンクグレープフルーツにきらきらとローズマリーワインのクラッシュゼリーが降り、煌く波間には華やかな黄やピンクにふわりひらりと咲いた金魚草の花が名のとおり泳ぐよう。
「食べるのがもったいない……けど美味しい!」
「ふふ、一口一口大切に楽しみたいね」
 満面の笑みで匙を口に運んだリチェリーの口の中で次々幸せが咲き誇り、温かで、けれどすっきり優しく香るローズマリーの紅茶を味わったチェルシーも匙を手に取って。
 美味しい料理と、八重咲きの花のように次々咲いて重なる皆の笑み。
 それらがくれる豊かな充足感にハルネスは笑み深め――さあ、午後からもう一仕事。

●ローズマリー・アーチ
 ほっそりと、それでいてまるみを帯びた優美な硝子瓶にローズマリーを閉じ込めたなら、お月さまの雫を注ぐような心地でアクアレーテは金色のオリーブオイルを満たした。
 綺麗ねと微笑んで、深紅の彩りもひとつ。
「鷹の爪も入れたらピリリとスパイシーよ」
「あ、それ素敵! 大蒜とかも美味しそうね」
「……仕込みも、奥が深いのね」
 瞳を輝かせたゼルディアはワインの仕込み。こちらはシンプルにローズマリーとワインのみが良いみたいで、このオーベルジュでは赤でも白でも特にフルーティーなワインを選んで浸けるよう。
 けれど自分の分なら違うワインでもいいかしら、なんて悩むのもサクラには好ましいひととき。
 一方、ビネガーはシンプルも良いけれど、蜂蜜を足すことで華やぎを増すらしい。
「おうちに帰ったら早速作ってみようね!」
「まんまるボトルに金色ビネガーで作りたいー!」
 硝子瓶に入れたローズマリーとビネガーに蜂蜜をハルネスがくるくる馴染ませて、そこにアンジュが瓶の口までビネガーを足す。
「蜂蜜はいいね、サワードリンクも楽しめそうだ」
「これからの季節に嬉しいよねー!」
 アップルビネガーと蜂蜜にローズマリーが混じった香りは、小花咲き零れる若枝をリースに絡めるチェルシーの胸をも躍らせた。陽射しも風も心地好くなっていくもんね、とリチェリーは手許のリースに風に唄う小さなベルを飾り、ふと顔をあげ――。
「あれ、ヴリーズィちゃんのそれって……」
「そう、銀葉館でもらったミモザをおうちに植えてるの! 自分のリースにはこの枝も使おうかなって」
 土台に潜めるミモザの枝。良かったらリチェリーも使う? と秘密を分かち合うように。
 煌く蝶、ローズマリーの香りと爽やかに溶け合うミント。ヴリーズィがリースを彩っていく向かいで、ヴフマルが七つ枝をひとつの環にし、桜色のリボンとあの夜燈した夢向こうのあかり色の鈴で飾る。
 一つで、七つ分の幸福を。
 お手伝いが済めばリチェリーは、この七花の湖の、銀葉館や苺離宮での幸せも全部こめる気持ちで自分用のリースもひとつ。
「旦那様も歓んでくれるといいなぁ……!」
「勿論、飛びきりの笑顔になるに決まっているよ」
 彼女が午後の陽射しに翳したリースからは、小さなサンキャッチャーがきらきらとシトラスカラーの虹を零すから、チェルシーも思わず笑みを零した。整えた環には青いリボンを巻き涼やかに煌き唄う銀のベルを吊るして。
 ――これは、恋人と時刻む家に飾ろうか。

 夕の刻迫れば、優しい彩のしずくが満ちた。
 甘い微酔を思わす柔らかな薔薇色が世界を染め、紅茶色の湖面に金の煌きが躍る。胸しめつける切なさは思い出すことさえ苦痛なほど幸せな夢にも似て、藍の瞳が揺れた。
「離れてしまっても、愛した想いを永遠にすることは出来ると思う……?」
 深く揺らぐ水底を思わすアクアレーテの瞳、それをまっすぐ見返したアンジュが迷わず紡ぐ。
「『愛した』想いは枯れない花にならなると思う。けど、『愛する』想いなら――」
 大切に育めば幾つも新芽を出して、胸の中で次々途切れず新しい花を咲かせるよ。
 この地の、ローズマリーのように。
 少女のように手を引けば彼が軽く腕を曲げてくれたから、その肘へ淑女のように手を添えた。
 穏やかなネルフィリアの温もりに寄り添いつつ眺めるローズマリーの庭と七花の湖は、蕩けるくらい優しい彩。本当に幸せ、と至福の吐息とともにチェルシーが告げたなら、
「ここでの貴女は本当に幸せそうで、移り変わる嬉色は彩豊かな花々のようでした」
「観ていてくれたんだ……嬉しい」
 ひときわ優しい声音が返り、頬に甘い熱が燈る。
 改めて二人で遊びに来よう。
 あなたと過ごす『一日で七日』は、きっと途方もなく幸せだろうから。
 誰より大好きなひとの腕に背中からすっぽり包まれて、泣きたいほどの幸せが込み上げてくる。
 己の歪みが怖くて、けれど手に入れてしまえば喪うことなんて考えられなくて。――だから。
「一度手にしたら離したくない気持ちは同じさ」
「――大好き」
 奏燿花・ルィン(c01263)の言葉が嬉しくて、ゼルディアは潤む声音に思いの丈を乗せた。仕込みをお手伝いした子達がおもてなししてくれる頃に、また一緒にここで過ごしたい。
 甘くてほろ苦くて瑞々しい、
 この胸から溢れる想いそのものみたいなワインがきっと迎えてくれるから。
 罅だらけの器をも満たす幸せが今にも溢れそう。
 湖面まで咲き溢れる、ローズマリーの花の滝のように。
「いっぱい、幸せ?」
「溢れそうなくらい、幸せだよ」
 眦に触れてそう訊ねるアンジュのほうこそ幸せそうで、ハルネスは尽きぬ幸せの泉へと手を伸ばす心地でその手を取った。愛しさも切なさも幸せも二人でひとつ。
 桜色と薄紫咲くやわらかな花枝を互いの指に巻いたなら、肌にローズマリーの香りが染みるように自然と唇が重なった。『彼女』もいとしいひとと交わしただろう約束を、柔い吐息で交わす。
 一緒にまた、ここにこよう。

 オーベルジュの玄関扉、そこにヴフマルのリースが飾られる。
 桜色の瞳の『彼女』へ、そして、どんな時も幸せをくれる、七花の湖への贈り物。

 ――リヴェラのこと、忘れてないよ。
 桜色の瞳の『彼女』の名を大切に紡ぎ、ヴリーズィは同じ色の花が降るように咲く、ローズマリー・アーチを仰ぎ見た。ぎゅうっと片腕にくっつくアンジュも同じ。
 七花の湖で初めて言葉を交わした日から、ちょうど五年。
 幾日もの幸せを一緒にすごしたね。
 七花の湖の、空白図書館での戦いもローズマリー・アーチでの戦いも、一緒に越えてきたね。
「わたしの作ったリースをもらってくれる?」
「リズちゃんの気持ちごと、宝物にする」
 薄ら金色がかった赤い糸と淡い水色に似た緑色の糸で飾ったローズマリー・リース。親友がそれを大切に抱きしめるから、ヴリーズィの瞳に熱が燈った。
 ――大好きだよ。
 また、一緒に来ようね。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2015/05/16
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