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草帆光風

これまでの話

<オープニング>

●草帆光風
 涯てなき蒼穹は限りない青に透きとおり、吹き渡る風は清しく世界を翔ける。
 澱んだ血の色に染まっていた空は澄みきった青の色を取り戻し、昏い絶望を孕んでいた風は眩い希望を抱いて翔けていく。何処までも、何処までも。
 滅びの大地と呼ばれていた北の大陸も、そのすべてが歪んだ棘から解き放たれた。
 今ならあの青空を翔ける真白な雲を追いかけて、この大陸を何処までだって往けるはず。
 遥か古の時代には幾つもの都市国家が栄えていただろう大地。
 今は遺跡となっているだろう滅びた都市国家に、現在の全貌を識る者は誰もいない未知の大陸に夢と浪漫を掻き立てられる者達に朗報が齎された。
「――ね、滅びた都市国家を探しに行きたいってひと、いる?」
 間違いなくいるはず、と輝く金の瞳は確信済み。
 未知への好奇心に弾む声音で暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)は、大魔女の城から発掘された情報や勇者ラズワルドが持つ古い情報などから、滅びの大地に残されている都市国家の断片的な情報とその場所を幾つか割り出すことができたと語る。
 勿論確実な情報とは言いがたく、その場所に本当に都市国家があるかは分からないし、現在その内部がどうなっているかに至っては情報は皆無だ。
 ゆえに大規模な探索隊を出すわけにもいかないのだが、
「少数精鋭で探索にいってくれるひとがいたらありがたいなぁ、って話になってるの」
 未知なる大地を旅し、目指す場所に都市国家があるかを確かめ、都市国家を発見できたならその現状を識るべく探索を。差し迫った必要性がある事柄でもなく、危険な探索にもなるだろうけど、この冒険はきっと、全世界の地図を作りたいというひと達の一助にもなるはずだから。
 是非とも探索の旅に出たい――って意欲溢れるひとを募集中、と娘は告げる。
 探索目標は勇者ラズワルドの記憶にあった都市国家のひとつ。
「アンジュがラズワルドさんから聴いたのはね、草帆光風フラセイルって都市国家」

●さきぶれ
 草帆光風フラセイル。
 勇者ラズワルドによればその都市国家は翔ける風に瑞々しく輝き波打つ草原に創られた都市で、まるで草の海に巨大な帆船が二隻浮かぶような外観をしていたという。
 巨大な帆船めいた形の都市二つ合わさったような景観の都市国家。帆船の甲板には幾つもの村や街があり、その村や街では数多の風車が風に回っていた――という話だが、
「この都市国家、ラズワルドさんも話に聴いただけで、実際に行ったことはないんだって」
 けれど勇者自身は草帆光風フラセイルで生まれ育ったという人物からこの話を聴いたというから、夢物語でもあるまい。背を押されれば高揚を覚えずにはいられないという、風の恩恵を享けた都市国家。
 心躍る風、翔けるその風に瑞々しく輝き波打つ草原が永い時を経た今もそのままであるか判らず、そこに都市国家があったとしても、その都市国家が遠い昔に滅んでいることだけは間違いない。
 ――それでも。
「できればアンジュも見に行きたいー!」
 情報屋という身の上ゆえに彼女自身にそれは叶わないけれど、件の都市国家を見てみたいという彼女と同じ気持ちを抱いたひとがいるのなら。
「どうかあなたの瞳で、草帆光風フラセイルを見てきて」

 滅びの大地の中心が、ちょうど大魔女の城のあった場所だという。
 ゆえに其処を拠点として探索していくことになる。草帆光風フラセイルは都市そのものの情報こそ大雑把なものでしかないが、幸い位置に関しての情報はもう少し確かなものらしい。
 とは言っても、
「この荒野を何日か進んだら山地に行きあたるのね。山間を抜けたら川があるからその川を渡って、対岸の山を越えれば恐らく草帆光風フラセイルが見えるはず……ってラズワルドさん言ってた!」
 この程度。
 拠点となる地からその山地は見えるだろうから方角は問題ない。もしかすると古の時代の街道か、その痕跡が残っているかもしれないから、それを見つけられればより確実だ。
 街道を辿ることができれば川に橋が架けられた処に出るかもしれないが、橋があったとしてもとうに使えない状態である可能性が高い。寧ろ橋はあてにならないという前提で考えるべきだろう。
 勇者の話によれば結構大きな川だという。
 泳いで渡るか、もし橋の残骸があるならそれで何とかしてみるか、あるいは使えそうな木を探して筏でも作るか。
「どんな方法で渡るにせよ、バルバとかピュアリィとかの襲撃には気をつけてね。川だけじゃなくて、荒野でも山でも、何処ででも」
 滅びの大地において最大の脅威であったマスカレイドは全滅しているが、バルバやピュアリィに、攻撃的な動植物といった危険はこの地に今も存在している。
 決して油断はできない危険な探索になるだろう。
 だが万全の準備を、探索の工夫を備え、全力で挑めば――その手に冒険の成功を掴めるはず。
「んでもね、この冒険は世界の命運を賭けたものじゃないことも、忘れないで」
 命懸けで為さねばならぬ冒険ではない。
 都市国家を発見できなかったり、療養を必要とするような命に関わる深手を負った仲間が出る等、危険な状況に陥ったなら無理せず帰還すべきだ。
 いざという時に必要なのは、進み続ける無謀ではなく引き返す勇気。
「あのね、また逢おうね」
 冒険が成功してもしなくても、みんなで揃ってきっとまた。
 そしてもし、無事に草帆光風フラセイルを見つけられたなら――。
「きっときっとアンジュにも、その話を聴かせてね」
 翔ける風に瑞々しく輝き波打つ草原に創られたという、今は滅びた都市国家の話を。


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参加者
風を抱く・カラ(c02671)
夢壌の壁・エルヴィン(c04498)
翡翠四葉・シャルティナ(c05667)
スプートニク・ニエ(c08103)
光明の虎・リム(c11279)
刺青華・リリ(c11948)
咲きそめ・デジレ(c18812)
天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)

<リプレイ>

●女神の帯
 誰にも捕われず、何にも遮られぬ風が荒野を翔ける。
 旅立ちから三度目の日没。残照で赤銅色に煌く髪を踊らす風に瞳を細め、風を抱く・カラ(c02671)は歓喜を歌いあげるよう魔獣の咆哮を響かせる。此方の様子を窺っていた狼の群れが去りゆく様を見送れば、深い群青に染まる東の空に残照が映す美しい薔薇色の帯が棚引いていた。
 あれを女神の帯と言ったのは誰だったろう。
「ああ、やっぱり夜明け前に一雨来そうだねぇ」
「わ、タープ張っといてよかったのです!」
 遠い雲、流れ来る風の匂い。辺境の旅路を故郷とする女が肌に馴染む感覚に眦緩めれば、翡翠四葉・シャルティナ(c05667)が顔を輝かせた。支柱を立て防水布を張るタープは雨除けのみならず、受けた雨水を効率良く集める役も担う。星霊建築ドローアクアで湧く水と異なり、星霊アクアが攻撃で放つ水を溜めて使うことはできないから、水場に出逢えるとは限らぬ荒野での雨はまさしく甘露。
「お疲れ様、今日も助かったぜ」
「ああ、本当にありがたい」
 光明の虎・リム(c11279)が頭を撫でれば荒野で彼に手懐けられた大トカゲが喉を鳴らす。嬉しげな様子に瞳を和らげ、夢壌の壁・エルヴィン(c04498)も労わるようにぽんと鱗の首を叩いた。荷は皆が自力で運べる程度に抑えてきたが、嵩張るものを大トカゲが運んでくれればその分疲労も浅い。
 携行食で夕餉を済ませる頃には、満天の星の空。
「こんな風にするの、子供の頃以来だわ」
 干し林檎や香草入りクッキーでおなかを満たした刺青華・リリ(c11948)はころりと大地に寝転んで、降るような星に笑って心も満たす。雨雲の気配はまだ遠い。
 星廻る空の許での四交代の夜番も、三日目となれば随分慣れた。
 暖かに燃える火の傍に腰を下ろし、天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)は周囲だけでなく空へも注意を払う。夜行性にして飛行性の敵もいるだろう。幸い、今近づいてくるのは雨雲の気配だけだ。
「滅んでしまった都市国家……一体、どんな場所だったんでしょうね」
「草が靡いて、光が跳ねて、本当に、水面を走る船みたい、だったろうね」
 蜂蜜飴を差し出しながら、咲きそめ・デジレ(c18812)は春花色の瞳を緩めてふわりと笑んだ。焔がシアンの髪を煌かせる様がとても優しい。彼の地の草原が光風に煌く様も、こんな風だろうか。
 草の海に帆船が浮かぶようだったという都市国家。
 今もその姿だろうか。物語にある幽霊船のようになっているだろうか。それとも――。
 夜明け前、気侭な馬が奔り抜けるような駛雨が降った。
 雨上がりに迎えたのは世界が生まれ変わったみたいに瑞々しい、飛びきりの朝。
「綺麗、です」
 澄み渡る空も潤う風も清しく心地好く、黎明色したスプートニク・ニエ(c08103)の瞳に歓びが燈る。
 昨夜まで渇ききっていた大地に早速芽吹く眩い緑。雨露煌くそれを、ニエは敬意を込めた指先でそっと摘み取った。草木に縁遠い荒野で出逢えた緑の息吹は、皆の命を繋ぐブイヨンになる。
 雨水は簡単に濾過され煮沸され、皆の水袋をたっぷり満たす。
 野営の跡はシャルティナのドローブラウニーを活かして消し、野生を取り戻した大トカゲは逃げ出す前にリムが再び手懐ける。近くに別の大トカゲがいるとも限らないからこれが最も効率的だ。
「ね、風よりも早く駆けだしていきたい気分ね!」
「心ばかりは止められないからね」
 干花咲く天翼を煽る朝風に弾むリリの声、喜色を帯びたカラの声。勿論今日も警戒を怠らぬ旅路になるけれど、心翔けずにいられないのはきっと誰もが同じ。
 遥か彼方に霞む山々、その先にあるかもしれぬ草原の都市へニエの心も翔けた。
 ――逢いに、ゆこう。

●街道の標
 大地を駆ける怪鳥ランドバードの群れをハウリングで退け、妖艶な紫の花を咲かせるアルラウネの群生地を迂回する。
 前衛を担える者達が後衛陣を前後に挟み、可能な限り戦闘を避けつつの旅路を更に一日。
 鷹の眼差しで荒野を見霽かすカラを念のためボディガードで護りつつ、エルヴィンは記した地図に視線を落とす。
「なかなか見つからんな、街道」
「少なくとも此処まで見落としはしてない――と思うんですよね」
「じゃあ、もう少し平地や見晴らしの良い地形を進んでみるか」
 同じく自作の地図を確認したシアンが続け、二人の地図を覗き込んだリムが提案すれば、そうだなとエルヴィンも同意した。皆にも異論はない。
 街道を通しやすそうな地形にあたりをつけて進むことしばし。
 枯茶色の荒野の彼方で灰銀に煌くものをカラの瞳が捉えた。
「右手に何かあるね。石柱、かな?」
「もしかして……街道、見つかったです!?」
 彼女の足元を気遣っていたシャルティナの声が歓びに跳ねる。果たして、向かった場所で見つけたそれは――男性陣より頭ひとつ高い、大きな石柱だった。
 頂は崩れ風化も進んでいるが、それでも綺麗な円柱型の、間違いなく人の手によるものだ。
 彫り込まれた紋様もほぼ判別できなくなっていたが、
「シアンさん、ここ読めるかもです! えと、草帆、光、風……」
「草帆光風フラセイル! これって……!!」
 古の文字らしきものを見つけた星霊術士シャルティナと魔想紋章士シアンがそこに探し求める都市国家の名を読み解けば、皆から歓声が上がった。
「これ、里程標……だったのかな」
「だと思う。――ほら」
 柔らかに石柱に触れ、何処か眩しげにそれを見上げたデジレに、リムが先を示す。
 目を凝らせば荒野にぽつり、ぽつりと敷石と思しきものが見えた。殆どは風化したり砂塵に埋もれ失われているだろうが、進むべき方角は判っている。辿るのはそう難しくないはずだ。
 未開の地に惹かれたこともあったけれど、今は先人の遺したものを辿ることに胸が躍る。
 街道の痕跡を辿ること数日。
 少しずつ増えていく草木の緑に心和ませ、けれど警戒は怠らず、荒野から山間へと入った。
 街道跡から続くそこは山の一部を拓いた切通し。均された路は相当な風化が進んだ今でもかなり歩きやすく、脇に入ればすぐ岩の間から湧く冷たい清水が見つけられた。
「見て! こんなに瑞々しいクレソンと野苺があったのよ!」
「こっちには飛びきり良い香りのタイムがありましたよー!」
「可愛い……!」
 輝く笑みを咲かせたリリと明るい声も足取りも軽やかなシアンが収穫を手に野営地へ戻ってくる。真っ赤でつやつやの小さな果実、緑の香草がつける可憐な小花にデジレが瞳を輝かせ、続けて持ち込まれたものにカラが殊のほか嬉しげに破顔した。
「こりゃ今夜は御馳走だ」
「付け合わせも風味付けも、充実、ですね」
 罠に追い込み仕留めた小型の猪を下処理して運んできたニエも、リリとシアンの収穫を見て笑みを零す。普段なら遠くに埋めてくる内臓も臭みなく美味なブイヨンにしておいた。
 この先何があるか分からぬ旅だから――頂いた命の最後のひとしずくまで、大切に。
 星空の許、豪勢な晩餐に皆で舌鼓を打った翌日。
 早朝に出立した一行は山間を抜け、豊かな水流れる大きな川に出た。
「ここまで来たか……!」
 比較的冷静だったエルヴィンの声音も明らかな歓喜の響きを帯びる。
 一気に開けた視界、紺碧と翠に溶けあい、白銀に煌く飛沫や気泡を抱く雄大な水の流れ。うっすら汗ばむ肌に飛びきり心地好い涼風に誘われ見遣れば、遥か対岸に連なり聳える山々。
 戦うためでない真の意味での冒険に、喩えようもなく沸きたつ探求者の心。

●渡河の筏
 遥か古に架けられていた橋は既に崩落してしまったらしく、紺碧と翠の水面を覗けば沈んだ瓦礫が見えた。見渡す水面には橋脚だったと思しき石組みがところどころ顔を覗かせている。
 それらと、恐らく元々の地形の恩恵もあるのだろう、他より此処は幾分流れが緩そうだ。
 渡河地点を定めた一同の行動は速かった。
「斧を持ってきて正解だったな……!」
「うん、そっちのが便利そうだ」
 少し上流側に広がる森で伐り出すのは筏を組むための木。斧を打ち込むエルヴィンに笑ってカラは蟷螂の鎌を揮う。鍛錬を積んだエンドブレイカーには木を伐るのも難しくないが、やはり適した得物があれば作業は更に捗るもの。
 見張りと作業を皆で分担し手早く必要な木を揃え、途中で襲いかかってきた歩行樹もばっさり倒し、持参した工具類も駆使して旅立つ前に確認してきた手順通りに組みあげる。
 だが流石に、皆と一緒に大トカゲも乗せられるほどの筏は作るのも操るのも難しく思えた。
 分散しての渡河も敵襲を思えば危険だし、この川の大きさでは自力の渡河も厳しいだろう。
「此処まで本当にありがとうな」
「帰りにまた逢えたら嬉しいのですよ〜!」
 鱗の鼻面を撫で、大トカゲを放してやったリムが軽い身ごなしで筏に飛び乗って、その隣で大きくシャルティナが手を振ったなら、いよいよ筏は紺碧と翠の流れに漕ぎだしてゆく。
 波立つ水面、弾けて煌く水飛沫。
 天頂を越えて傾く初夏の陽射しが水面も水飛沫もいっそう眩く煌かせる様も、水の上を翔けて遊ぶ風や跳ねる水飛沫を浴びる爽快感もたまらなく皆の胸を躍らせる。けれどやっぱり、このまま楽しい筏遊びとはいかぬ模様。
 前方上流の不自然な泡立ちにカラが瞳を眇めた。流れの深みにまでは鷹の眼も届かなかったか。
「タダじゃ渡らせてもらえないみたいだね」
「冗談! カエルに払う渡し賃なんかないんだから!」
 大きく波立った水面にリリが叫んだのと同時、恐竜めく姿の巨大ガエル――ダイノフロッグ三体が此方へ向かってきた。
「ごめんね、あなた達のごはんになるわけには……いかないの!」
「ええ、丸呑みとかごめんですからね!」
 避けられぬ戦いの哀しさに瞳を曇らせ、けれど魔鍵を掲げたデジレが開く紅蓮の門からは迷わぬ焔の奔流が迸って巨大蛙を直撃する。爆ぜる水飛沫を更なる赤に染めるはシアンが描いた創世の紋章、赤き霧が巨大蛙二体を包み、大空を覆う力、そして絶大なる創世の輝きで呑めば、デジレの焔にも焼かれていた一体がたまらず逃げ出した。
 次の瞬間、波も風も裂いて撃ちだされた巨大蛙二体の長い舌が筏の上を襲ったが、
「持ってかせるか!」
「渡し賃にゃボりすぎだよ!」
 小柄なシアンとシャルティナを狙ったと思しきそれらを月をも射抜かんばかりのリムの連続突きが迎え撃ち、風に翠の軌跡を描くカラの魔獣の鎌が斬り払う。その拍子に大きく筏が傾ぎ波を被ったが、櫂を操るエルヴィンがすぐさま筏の安定を取り戻した。
「今の揺れ位なら俺が何とかする! が、奴らの体当たりでも喰らったら流石に敵わん、任せるぞ!」
「はいです! 頑張るですよ!!」
 筏が転覆しても命の危機というほどではないが、荷を失う危機だ。
 握る杖にぐぐっと気合を込めたシャルティナの傍らに顕現するのは星霊アクア、激しい水流に撃ち抜かれた一体が逃げ去ったが、もう一体は構わず筏へ向かってくる。
「皆も荷も護りきるわよ! 折角昨日のニエの猪肉の残り、塩漬けにして持ってきたんだから!」
「また、皆で美味しく頂きましょう、ね」
 勇ましいリリの言葉に微かに頬を緩め、けれどニエの放ったトラバサミは鋭く巨大蛙に喰らいつく。波間で体勢を崩した巨大蛙が風に打たれて宙に浮いた。リリの背で大きく羽ばたく翼から生まれた力強い烈風が、緑の巨躯を遠く彼方まで吹き飛ばす。
 辺りにはもう危険な気配はなく、後は対岸へと渡るだけ。

●草帆の風
 渡りきってみれば古に橋が架けられていた場所より大分下流に流されていたが、黄昏頃には橋の遺構が残る辺りへ戻ることができた。今宵の野営地は此処になる。
「即席でこれなら上出来ですよね」
「ええ、新鮮な魚も久しぶり!」
 筏作りついでに作った釣竿と釣針、そしてデジレが裁縫道具から分けてくれた糸で魚釣りに挑んだシアンの釣果は、皆の主菜にはとても足りないが乾燥穀物をブイヨンで煮込むスープの具としてなら充分なもの。瞳を細めるリリの収穫は甘く香るカモミールの花だ。
 焚き火で香ばしく炙られる今宵の主菜は、ニエが弓で仕留めた山鳥の肉に塩胡椒などの調味料と昨日のタイムをすり込んだ逸品。
 食後に摘みたてカモミールのお茶とカラお手製のフィグログが供されれば、温かなお茶の香と干し無花果の甘さに今日の疲れがじんわり溶けていく心地になれた。干し無花果を練り、ナッツと一緒に小さな丸太状に固めたフィグログ、その味に頬を緩めつつ、シャルティナは背負い鞄を整理する。
 用意した笛を皆に配り、
「星霊さん型のチョコ、濡れてなくてよかったです……!」
「可愛い……。食べるのが勿体無いくらい、ですね」
 安堵の息をつけば、取っておきの非常食だというそれを見せてもらったニエも思わず笑んだ。
 そして今夜も、降るような星空がやってくる。
 夜番が回ってくるまでのひと眠り。ふわり閉じた目蓋の裏に花遊ぶ庭、愛しいひとの面影燈せば、デジレの唇が微かに、けれど限りなく優しく咲き綻ぶ。
 ――今日も、良い日だった? おやすみ。
 枕元に小さな光の星霊バルカンが浮かびあがるあかりを燈したシャルティナがぽつり紡ぐ言葉は、
「ちゃんと帰るですよ」
 帰ることができる場所。
 おかえりと迎えてもらえる大切な場所があるから――何処にだって、きっと往ける。
 眠りの波間にゆうるり揺蕩いだす彼女達を穏やかに見守った眼差しを、カラはそのまま遥か頭上、星空へと向けた。今にも滴り落ちてきそうな数多の煌き。その星並びを辿りながら、想いはまだ見ぬ都市へ馳せる。草の海に帆船が浮かぶようだったという都市国家。
 どうしても往きたいという衝動に駆られたのは、きっとその姿を今の己に重ねたから。
「まるで風待ちの船みたいだ――そう思ったんだよね」
「成程、わからんでもないな」
 同じ夜番を担うエルヴィンも柔い吐息で笑んだ。
 そう、この旅が終わりではない。この冒険を越えて、己も彼女も皆も、またそれぞれ旅立つのだ。
 使命の鎖から解き放たれて、自由に、思うがままに。
 夜空を星が廻り、世界が瑞々しい朝を迎える。
 小鳥が囀り、梢から冷たい朝露降る早朝。濾過して煮沸した川の水を水袋にたっぷり満たし、皆は山越え目指して出立した。近くに大トカゲはいないらしく、その分荷は増えたが、リムも皆も不思議と足取りは軽い。
 一歩ごとに期待は膨らみ、高揚が足を軽くする。
 街道の痕跡も山頂へ続いている模様。
「もっと楽な道もありそうなもんだけど……」
「昔は幾つか街道もあったのかもしれんな」
 苦ではない様子のリムの呟きに僅か瞳を細め、エルヴィンは往く手を仰ぎ見た。少しずつ近づく、初夏の青空。
 然したる難事にも遭わず、あるいは退けて、やがて山頂へ至る。
 この旅路で最も青空へ近づいた其処で、天翔ける風に誘われるよう世界を見渡せば。
 光る風と草の海。
 遥か眼下、山裾から広がる草原に――巨大な帆船のごとき姿をした都市国家があった。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2015/05/08
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冒険結果:成功!
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