ステータス画面

瀧音の勾玉

<オープニング>

●瀧音の勾玉
 樹皮が苔生す齢数百年の大木も珍しくない、美しい照葉樹林に覆われた山がある。
 緑深い原生林の合間に降り込める眩い陽射しが鮮やかな光と影を描きだす山中の街道を歩けば、薄ら額が汗ばむ頃に麗しき白神の姿が見えてくる。
 真っ青な空に映える鮮やかな緑の山、その高く切り立つ断崖から一気に落ちる滝がそれだ。
 大きな落差を一気に落ちる瀑布は白銀の龍の姿にも似て、清々しく澄みきった山々の大気をさらに清冽に洗う水煙が立ち込める様は、なるほど畏敬の念を抱かずにはいられない。
 轟々と落ちる絶えなき滝音へと近づいていけば、滝の麓に見えてくるのは穏やかに苔生した姿が山の景観に美しく溶け込む石造りの鳥居と、その奥の滝の麓、朝靄を思わす水煙立ち込める滝壺の傍に佇む流造の神社の拝殿。
 瀧音神社。
 その名で呼ばれるこの神社は、荘厳な滝そのものを御神体として祀っていた。
 御神体は滝そのもの、参拝客も滝そのものに詣でるとなれば、滝壺の傍の拝殿は一体何のためのものかというと――その拝殿に祀られた『瀧音の勾玉』と呼ばれる神宝と、拝殿の奥に広がる神域の山、それを更に奥へ登ったところにある、もうひとつの滝を拝むためのもの。
 実は神社の傍の滝は『弐の滝』と呼ばれるもので、その上流にあたる神域の奥にはほぼ同じ姿の『壱の滝』と呼ばれるやはり荘厳な滝があり、本来の御神体はそちらなのだとか。
 そして、壱の滝の滝壺にはもうひとつの『瀧音の勾玉』が眠っている。
 瀧音の勾玉は、人々の病のような邪気を浄化してくれると言い伝えられている神宝だ。
 深山の泉を思わす翠がかった彩に透きとおる水晶の珠を繋げた首飾りに同じ水晶の勾玉を下げたもので、こちらも御神体の滝同様、二組が存在する。
 ひとつは弐の滝の傍の拝殿に祀られて、詣でる人々のために邪気を浄化し、もうひとつは拝殿で長く務めを果たした後に首飾りの糸を切ることで役目を『解かれ』て、ひとつひとつばらばらの水晶の珠と勾玉となって壱の滝の滝壺の底で休息の眠りについているのだという。
 眠りから覚める日には深い滝壺の底からひとつひとつ拾いあつめられ、再び首飾りとなって拝殿の片割れと役目を交代する。

 轟々と絶え間なく落ちる荘厳な滝の姿は古来より変わらず。
 それでいて、祀られている神宝は瑞々しく甦る。
 不変と再生。瀧音神社には、対極に位置するそれらが相反することなく存在するのだ。

●さきがけ
 瀧音の勾玉の交代。
 久しく行われていなかったというそれが行われることとなり、瀧音神社に奉職している神職の中で唯一泳げる者が壱の滝の滝壺に潜って瀧音の勾玉を拾い集める運びとなった。
 が、その神職がぎっくり腰に見舞われた。
 それだけなら近くの村の衆の手を借りれば済むのだが、
「祟りじゃ……!!」
 近くの村のおばばがそんなことを言いだしたので事態がおかしくなったという。

「その辺りの村々には田畑の収穫の一部を神社に奉納するって習慣があるんだが、暫くの間悪代官――多分こいつがマスカレイドだったんだろうが――の無茶な年貢の取り立てのせいで、神社に奉納する分の余裕がなかったんだと」
 霊峰天舞アマツカグラの酒場、冷たい黒豆茶を片手に砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が同胞達にそう語る。
 その悪代官も消え、今では余裕もできているのだが、神職のぎっくり腰は過去に奉納を怠った分をまだ怒っている神様の祟りだという噂が広まって、神職の代わりに壱の滝の滝壺に潜ってくれる者がいなくなってしまったのだとか。
 勿論、神職がぎっくり腰になったのは祟りなどではなくただの偶然だろうから、誰かが滝壺に潜って無事に勾玉を回収してくれば、おかしな噂も消えるだろう。
「ってなわけで、手が空いてるなら滝潜りに付き合ってくれりゃ嬉しいね」
 瀧音神社の神域の奥にある壱の滝。
 その滝壺に潜り、『瀧音の勾玉』をひとつ残らず拾いあつめるのだ。
「水底に眠る宝を目覚めさせにいく……ってのも、なかなかの浪漫だと思わないか?」
 愉しげに笑って、男は黒豆茶で軽く喉を潤した。

 瀧音神社の拝殿の奥に広がる神域。
 そこもやはり美しい照葉樹の原生林に覆われた山だが、樹皮が苔生す齢数百年の大木達の合間には簡単な山道が作られており、また、山と言っても傾斜はかなり緩めであるというから、壱の滝へ向かうのに苦労することはないという。
「聴いた話の感じじゃ、綺麗な森の山を散策する気分でのんびり歩いても、大体二時間くらいで壱の滝に着けそうだと思ったね」
 折角の霊峰天舞だ。
 竹の水筒に水出し煎茶でもいれて、それを飲みながら往くのも楽しそうだと男が笑う。
 辿り着くそこにあるのもやはり、真っ青な空に映える鮮やかな緑の山、その高く切り立つ断崖から一気に落ちる荘厳な滝。轟々と絶え間なく落ちる瀑布と朝靄のように立ち込める水煙、その懐には美しい翠と白銀に煌く飛沫に彩られた滝壺がある。
 深さも結構あるらしいが、普通に泳げる者なら水底まで潜って水晶の珠や勾玉を拾うのも難しくはない程度だとか。
 拝殿に祀られているほうの瀧音の勾玉は後日改めて滝壺に運ばれるというから、自分達は滝壺に眠っているほうの瀧音の勾玉を拾いあつめるだけでいい。

「朝に出発すりゃ昼より前に壱の滝に着けるし、皆で手分けすれば全部を拾い終わる頃にはちょうど昼飯時になってると思うから、滝を眺めつつ皆でのんびり昼飯を食えれば嬉しいね」
 出発の際に神社で何やら持たせてくれるという。その辺りの郷土料理だというが、
「めはりずし――って、食ったことあるか?」
 銀の双眸にひときわ愉しげな光を煌かせ、男はそのまま言を継ぐ。
 めはりずし。
 名前は寿司だが、実際のところはおにぎりだ。
 高菜の漬物で麦飯や白飯のおにぎりを包み込むそれは、実に素朴ながらも実に美味。
「めはりずしって名前の由来も、目を張るように口を開けて食べるくらい大きいからだって話と、目を見張るほど美味しいからだって話があるって言うぜ」
 神社で用意してくれるめはりずしはちょうどナルセインの握り拳くらいの大きさで、刻んだ高菜漬けとおかかを混ぜた白飯のおにぎりを高菜漬けの葉で包みこんだものだという。
 豪華な弁当もいいけれど、折角の山と森と滝なのだ。たまには清々しい大気ごと素朴なおにぎりを頬張って、胸も心も洗われる心地を楽しむのも良いだろう。
 それに、素朴とはいえ『目を見張るほど美味しい』とも言われるめはりずしだ。
 名前の由来を自分の感覚で確かめてみるというのも、また一興。
「さあ御照覧、荘厳な滝の懐に水晶の勾玉か眠ってる」
 水底に眠る宝を目覚めさせる浪漫、そして、目を見張るほどの美味。
 どっちも存分に味わってこようぜ――と笑って、男は話を締めくくった。


マスターからのコメントを見る
参加者
大梟の樹に住む・レムネス(c00744)
奏燿花・ルィン(c01263)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
碧瓏・アクアレーテ(c09597)
彩茜樹・ピノ(c19099)
花守蜜蜂・スズ(c24300)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●瀧音の神域
 初夏を迎えた深山の朝の大気、そして涼やかな朝靄が濃密に湧きたつかのような弐の滝の水煙を胸いっぱい吸い込んで、花守蜜蜂・スズ(c24300)は身体の芯が目覚めるような感覚に破顔した。
「着替えよし、お茶よし! さあ、大事なお勤め頑張りましょうねっ!」
「うん、一丁頑張りますかー!」
 神職のぎっくり腰の快癒を願って心で合掌し、彩茜樹・ピノ(c19099)も濃い緑の薫りに浮き立つ心そのままの足取りで皆と瀧音神社を出立した。拝殿の奥から広がる神域へと足を踏み入れたなら、濃密ながらも清々しい緑と樹の薫りに胸濯がれる心地。
 ――葉が照り輝くから、照葉樹。
「ほんとうね……」
「これが霊峰天舞の初夏の彩、ね」
 深く生い茂る原生の照葉樹林の緑。仰ぎ見れば濃い緑もその合間に煌く陽光もひときわ眩く、覗く空も飛びきり青い。緑と樹と水薫る風に碧瓏・アクアレーテ(c09597)が幸せな心地で深呼吸すれば、馥郁・アデュラリア(c35985)も瞳を細めて倣う。
 空高く響く鳥の声。
 顕世から常世へと渡る心地で、薫る浪漫に浸る。
 緑陰は深く、降りこめる陽射しは眩く、樹々の合間を循環していく風も上の壱の滝から来ると思しき渓流の水音も好ましくて、ふうわり泳ぐ心地で辺りを見回したアクアレーテは薄紫の小花咲き溢れる花房をいっぱいつけた樹に笑みを零した。
「藤の花――じゃ、ないのよね?」
「ちょっと似てますよね、あれ、桐の花なんです!」
「桐の花、直に見るのは初めてだろうか……。他の都市国家にはなかなかない花だな」
「綺麗だよねー……って、わぁ! 偉大なる先達が……!!」
 霊峰天舞生まれのスズの言葉に、漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)も桐の花を見上げて瞳を細め、雅な香りまで漂ってきそうだ、という彼に頷きつつ先へ進んだピノは、更に胸躍らせる出逢いに瞳を輝かせた。
 苔生す大木達のなかでもひときわ大きく聳え立つ、楠の巨木。
「流石は自然にも神を見出して八百万を謳う霊峰天舞の樹……!」
 幹を抱きしめるのにピノ四人でも足りなさそうな楠の佇まいは威厳すらも感じさせ、彼が嬉々として樹に触れる様に大梟の樹に住む・レムネス(c00744)も何処か嬉しげに笑う。
「祟りなんて言うと困った話だけど、でもそれだけここのひとが信心深いってことだよね」
「だよなぁ、この道見るだけでもそれが解るぜ。この信仰が途絶えないように頑張ろうな」
「全面的に賛成。気配りさんで目配りさんなルィンが今日も超イケメンだと思ったね」
 緩やかな山道に時折現れる急な勾配には、半割りの丸太が埋められ階段状に整えられている。
 手入れされ、まるで傷んだ様子もない丸太の段を奏燿花・ルィン(c01263)は口許を綻ばせて登り、砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)の言葉に破顔してかんらかんらと空へ抜けるような笑声を響かせた。
 彼と一張りずつ持った簡易テントを背負い直した拍子に額の汗が滴り落ちたが、だからこそ新たにルィンの肺を満たす山の空気がたまらなく美味い。滝の音が近づいてくれば、空気も一段と快い水の気配を含む。
「もう少しだろうか。もしお疲れなら荷物をお持ちするが……」
「おぉリューウェンお兄さん紳士ですねー! スズも負けませんよっ。御姉様方、お手をどーぞ!」
「まあ、なんて素敵」
「ありがとう、二人とも」
 昨今すっかり王子と呼ばれることが増えたリューウェンが女性陣を気遣えば、奮起したスズも溌剌と笑みを咲かせてアデュラリアとアクアレーテに手を差し伸べる。二人の心遣いに瞳を合わせたなら女同士自然と零れる笑み。
 心遣いをありがたく受け取って、丸太の段で登りやすく整えられた急勾配を登ればひときわ近づく滝の音。年経りた大木達の葉ずれの唄ももう一踏ん張りと背を押してくれるようで、アデュラリアは擽ったい心地で笑み深め、竹筒から茎茶をひとくち。
「ふふ。ほんのり甘くて、しあわせ」
「スズは一等お気に入りの新茶を入れてきたんですよ!」
「俺は焙じ茶を持参した次第だ」
「わたしは、黒豆茶にルイボスをブレンドしてみたの」
 思い思いに喉を潤す仲間達の竹筒から風に広がる香りはどれも快く、
「なんだ、皆随分バリエーション豊かだな」
「ほんと、どれも美味しそうだね♪」
 爽快な気分でルィンとレムネスも己が竹筒を呷って、竹の香り含んだ冷たい煎茶が爽やかな風や清流のように身体に染み渡っていく感覚に弾けるように笑う。
 空へ枝葉を広げるケヤキの大木を見上げるように道を登れば、麗しき白神が姿を現した。

●瀧音の勾玉
 さながら、天から落ちる白銀の龍。
 深山に高々と切り立つ断崖から一気に落ちる壱の滝の瀑布は白銀に輝きながら、深く澄んだ翠を湛えた滝壺を激しく打つ。威勢良く気泡が湧きたつ辺りが翡翠色に濁る様も美しく、絶えず溢れ来る水煙に包まれれば清涼な高揚がアクアレーテの背筋を翔け昇った。
 ――荘厳な自然との語らいにひととき浸りたくなるのは、きっと歌い手の性。
 冷たい水飛沫と風を全身で感じればピノの心もすっきり澄み渡る。
「勾玉を神様に預けて清めてもらう……そんな風に思えるくらい厳かなトコだね」
「成程なぁ。神の懐で気持ちのいい水に抱かれてればそりゃいい休息になるよな」
「テント設営するんだよね、手伝うよルィンさん」
「おう、助かるぜ」
 頬を叩く水飛沫の心地好さに瞳を細めていたルィンがレムネスに声をかけられ身を翻し、こんもりと茂るケヤキの木陰にテントが張られれば、その傍らでリューウェンが格子柄の布を地面に広げた。
 三十の桝目に水晶の珠を置いていけば回収の進捗も一目瞭然。重しにと持ちこんだ長文鎮を隅に乗せつつそっとアデュラリアが几帳面な縫い目をなぞり、
「……縫われた方の気質が表れてるのかしら?」
「実は、その、最近裁縫にも挑戦中で……」
 悪戯な瞳で覗けば、頬を赤らめた王子は自分で刺繍したのだと明かす。けれど山道登りで熱を持った身体にも朱の差した頬にも、きっと滝の水は飛びきり心地好いはずだ。
「そんじゃ、誰が最初に水晶と出逢えるか張り切っていってみよー!」
「血が騒ぐんだよな、こーゆーの」
「競争なら負けないよ♪」
「ふふん♪ スズだって負けませんからね」
「誰が一番になるか、楽しみだな」
 滝壺の縁で手を振るピノに仲間が応じる様を見ればもちろんリューウェンも勇んで参戦。せーので一斉に岩場を蹴ったなら、次の瞬間には魂の芯まで一気に透きとおらせてくれそうな冷たく清冽な水の世界にいた。
 深い輝きのエメラルドの中へ飛び込めば、こんな光景が見られるだろうか。
 翠と光と影と気泡入り乱れる世界は相棒ペンギン達と翔けた水の夏空よりずっと冷たく、荘厳だ。見惚れたのは一瞬、けれど眼を凝らしたリューウェンの視界で、ルィンが更なる深みへと潜る。
 爽涼な水流と気泡が肌を撫でる感触に頬を緩め、射しこめる光の帯を己が遮らぬよう気をつけて、水底に視線を巡らせれば、ルィンの眼差しの先で水晶の珠がきらりと光った。
 ――十分に休めたかい?
 目元を和ませて語りかけ、優しく掌に包んで水面へ浮かび上がれば、楽しげに笑ったナルセインに迎えられる。
「よう、流石だな悪友。あんたが一番乗りだ」
「泳ぐ前には準備運動と身体に水かけ……ってな。やっぱ基本やっとくって大事だぜ」
 その心がけゆえ誰より伸びやかに泳いだ男が、再び空へ抜けるような笑声を響かせた。
「あ、負けちゃった! けどこの珠、滝の勢いで洗われてるからかな、苔とかついてないね」
「ほんと、綺麗ですねー!」
 水底で煌きに出逢ったレムネスやスズ達も次々水晶の珠を手にあがってくる。滝壺のそれに似た翠色がかった水晶は、ずっと水中にあったというのに不思議と水垢ひとつついていない。
「いいですか? ころっと落ちないように見張るんですよ?」
『わうっ!』
 格子布に珠を置いたスズが言い聞かせれば、忍犬の小豆はおめめキラキラ元気なお返事。
 けれど小豆のぱたぱた尻尾とぱぁっと笑ったような顔にアデュラリアはころり笑みを転がして、
「ふふ。とても遊びたそうなお顔よ? ――ね、花守の貴女、ご一緒に潜らない?」
「スズで良ければぜひ! 人魚姫様のお伴させてくださいな!」
 繊手を差し伸べ忍犬の主を誘う。
 アリアお姉さんとなら珠の方から寄ってきてくれそうです! と声を弾ませるスズとアデュラリア達が手を繋いで滝壺へ潜る様に、仲良しさんね、と微笑んで、アクアレーテも爪先からするりと美しい翠の淵へとほとんど波紋も生まずに滑りこんだ。
 きっと水辺の女性は、誰も彼もが人魚姫。
「こんな厳かなトコだと、水と戯れる女性陣が眼福デスネなんて煩悩も消えちゃうね!」
「ピーさん言及してる時点で消えてない消えてない」
「いや僕も神様に清めてもらったんだってばー!!」
 爽やか笑顔になったところを突っ込まれたピノも、ほら行こうぜとナルセインに促され、再び麗しき白神の懐へ。白銀煌く気泡の流れを生みつつ潜った水の中、大いなる瀑布の落水の勢いに身体を転がされるようにして見上げれば、透明な翠に揺れる水面の彼方に輝き融ける、初夏の太陽。
 不変と再生。
 無限と夢幻。
 眩い光に昏い影、そして深く透きとおる翠と気泡に濁る翡翠が混在する水中に四肢を委ねるたび、悠然たるめぐりへと目覚めるような心地がアデュラリアに柔く陶然たる笑みを燈す。珠を拾ったらしいナルセインと入れ違い様に眼差し交わし、手を握るスズと微笑み交わして目指す水の底。
 昏い影色の岩陰にきらりと強い煌きを見つければ、満面に笑みを咲かせたスズはアデュラリアの手を引いて、二人一緒に水晶の珠へと手を伸ばした。
 天に昇る風情で水面へ浮かび上がっていくアクアレーテと入れ替わるよう、リューウェンも滝壺の深みを目指す。水底に煌く水晶に触れるたび、ひとつひとつを目覚めさせていくようで何処か敬虔な気持ちになった。胸躍るような、けれど心凪ぐような、不思議に澄み渡った心地で見渡せば、今までとは違う煌きが瞳に映る。思わず綻んだ口許から気泡が昇る。
 勾玉だ。
 ――おめでとう♪
 たったひとつのそれを見つけた彼と水中でハイタッチを交わして、レムネスも活きのいい魚になった心地で翠の水底へと辿りつく。翡翠色に濁る気泡を潜れば再び深く透きとおる水の底。ひときわ深いそこで見つけた煌きはひときわ神秘的で、そうっと手に取り微笑みかけた。
 ――そろそろ起きる時間だよ。
 透きとおる翠と眩い飛沫の煌き。それらを閉じ込めた幾つ目かの水晶の珠を掌に包み、水面から顔を出したルィンが声をあげる。
「あと何個だ?」
「それで最後よ! ルィン君、お疲れ様……!」
 瞳に映ったのはふんわりタオルを広げて出迎える陽凰姫・ゼルディア(c07051)の笑顔。皆も既に水からあがっている様を確認して滝壺の縁にあがれば、髪や肌から水が滴る感触が心地好い。
 けれど――彼女がタオルでふかっと抱きしめてくれるのはもっと極上の心地好さ。
 ありがとうな、と吐息で笑んだルィンは、
「特等席だな」
「ええ、ばっちりよね」
「全然隠れてねぇぜ、小鳥さん!」
 アデュラリアのタオルに包まれた中からぷるぷる此方を見ている悪友に声を上げて笑った。
 もう、と剥れつつ新しいタオルで抱きしめてくれるゼルディアに、アデュラリアが柔い囁きを落とす。
 ――着替えた後で、わたくしからもぎゅっとさせてね。

●瀧音の飛沫
 空へ手を広げるかのようにこんもり茂るケヤキの大木の枝まで登って腰かけたなら、眼前の壱の滝は勿論、少し視線を巡らせるだけで下の弐の滝や瀧音神社までもが一望できた。
「動いた後の飯ってのはやっぱ飛びきりの御馳走だよなぁ」
「この景色と空気に囲まれてってのが、ほんと贅沢な時間だよね♪」
 自然への敬意も忘れることなく皆をこの絶景ポイントに誘ったルィンが破顔すれば、レムネスも心から笑って、涼やかな滝の飛沫を含む空気ごとめはりずしにかぶりつく。
 溢れる高菜漬けの香り、ぷつりと葉が弾ける感触、広がる米の旨味。
 噛むほどに高菜漬けと白米の旨味が混じり合い、働いた身体に染み渡っていくよう。
 それは素朴だけれど――。
「とても美味しいな……!」
 大きな緑のまんまるとたっぷり見つめ合ったリューウェンは、潔くがぶりとかぶりついたその美味にばっちり眼を瞠る。竹の皮に包まれためはりずしは良く見れば色の違うものがあり、
「作り方が違うのだろうか……?」
「高菜の塩漬けそのまんまで包むのと、一旦高菜漬けを醤油に浸して包むのがあるんだと」
 首を傾げればナルセインからかかる声。成程、とレシピの一端を心に刻み、リューウェンは竹を切り湯呑みのようにした杯に竹筒から焙じ茶を注いだ。めはりずしとの相性は勿論ばっちりだ。
「ナルセイン殿も如何だろうか?」
「こりゃ杯も御馳走だね。歓んでいただきます」
 名前は可愛いのにどーんと豪快なめはりずし。
 そのギャップにくすくす笑って、アデュラリアも大きく口を開けていただきます。
 素朴だけれど飛びきりの幸せ満喫しながら食べ進めれば、辿りつくのはひときわ幸せを増す美味。噛みしめれば刻み高菜とおかかから、濃厚な味わいがじんわり溢れだす。
「ふふ、この高菜とおかかの食感が好き」
「チーズおかかを入れても、きっと素敵よね」
 高菜の風味も米の優しい甘味も高菜とおかかの濃厚な味わいも幸せで、オリジナルめはりずしへ思いを馳せつつおなかが満ちていけば自然とアクアレーテの笑みも綻んでいく。
 もし誰かがお茶を欲しがれば、と思いつつ仲間を見回したけど、皆それぞれ用意があるようだから心配する必要もなく、香ばしく清涼なお茶で存分に喉と心を潤した。
 待つのでなく、声をかければ違っていたかもしれないけれど。
 素朴にして極上の美味をたっぷり味わって、竹香る冷たい煎茶を呷れば堪らない爽快感。
「あー! 今日も頑張った、ご飯が美味いっ!!」
「珠集め、頑張ったかいがありましたっ! 神社の神様からご褒美をもらってる気分です!」
 海苔や野沢菜、紫蘇で包んでも間違いなく美味しいのに、高菜のこの美味しさって一体何、と笑うピノに頷いて、清しい新茶で喉を潤したスズは大きくはむっともう一口齧り、途端に染み渡る幸せにへにゃっと笑み崩れた。
 恐るべしアマツグルメ……!!
 霊峰天舞の代理者たるスズをも唸らせる美味を頬張って、ゼルディアも眼を瞠る。
「ホント美味しい……一緒だからもっと美味しいのかな」
「おう、勿論そうに決まってるんだぜ」
 隣の彼女に笑み返し、ルィンもまたひとつめはりずしを頬張った。
 張り切って滝潜りに勤しんだ身体には気だるくも快い疲労がじんわり滲んで、緑と水薫る山の風に吹かれればそれがたとえようもなく心地好い。
 真っ青な空をゆく鳥が高く鳴いた。
 不意に胸の奥へ実感が染み渡る。

 ――戦いと焦燥に追われる日々は、終わったんだな。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2015/05/28
  • 得票数:
  • ハートフル4 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。