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≪花竜庵≫林檎のお菓子の国へようこそ!

<オープニング>

●林檎隠れのポムグラニット
 瑞々しい初夏の緑に彩られた大きな大きな林檎の大樹の森の中にあるのは、星霊アクアの力がひっそり息づく小さな湖。きらきら眩い煌き踊る湖をとりまく林檎の大樹には、幾つものツリーハウスがつくられている。
 湖を見下ろすよう造られたそれらはこんもり茂る枝々に埋もれるような佇まいだったから、その村は何処か村全体が隠れ家のような雰囲気を持っていた。
 そんな村の雰囲気と、永遠の森エルフヘイムらしい林檎の大樹たちの中にひっそりと隠れるように生えた小振りなザクロの木々から取って、その村は『林檎隠れのポムグラニット』と呼ばれていた。
 美しい村だ。
 ささやかで、だからこそ愛しい幸せに満ちた村。
 春には林檎の花、夏にはザクロの花が咲き溢れ、秋には鮮やかに色づいた果実を皆で楽しんで、冬には雪を冠った樹々の中、湖にかかる朝靄が曙光で金色に染まる様に息を呑む。
 美しく移ろいゆく四季に寄り添う村で暮らしているのはもちろんエルフ達。
 彼らのツリーハウスはどれもが趣向を凝らした楽しいものだ。
 湖面近くには船そっくりのツリーハウス。中までちゃんと船室みたいにつくられていて、湖面に張り出した甲板そのもののウッドデッキからはそのまま釣りが楽しめる。
 絵本で見る大きな帆船に使われるような網を登って辿りつくのは、大きな枝にちょこんと乗せられた形のツリーハウス。そこは共同の燻製小屋で、湖で釣れた小さなマスをスモークしたり肉やチーズをスモークしたりでいつも煙を吐いていた。
 小鳥の巣箱みたいにちんまりとしたもの、大樹のてっぺんに風見鶏のように突き出した展望小屋、カントリー調のドールハウスをそのまま大きくしたものから、童話の世界に出てくる魔女のお城っぽいツリーハウスまで多種多様。そのすべてがしっくり森に溶け込んでいる。
 林檎の幹をぐるぐるめぐる螺旋階段、空中を歩くかのような吊り橋、大きな樹の枝が床から天井へ抜けていく居間、滑車とロープとバスケットを使って行き交う燻製や焼き菓子のお裾分け。
 この村で紡がれるそんなささやかな幸せのありがたみを、ここでは誰もがしっかり噛みしめていた。

 さて、この林檎の大樹の森には早生から晩生まで様々な種類の林檎の樹がある。
 実が生る時期に差があるということは花が咲く時期にも差があるということ。そしてもうじき――この林檎隠れのポムグラニットでもっとも遅くに咲く種類の林檎の花が満開を迎えるのだ。
 新緑の葉に混じって咲き誇るのは桜によく似た純白と淡桃の花。
 木漏れ日揺らす風に花が舞えばそれはまるで時ならぬ初夏の桜吹雪、おまけに甘酸っぱい林檎の香りまで含んだ花吹雪となれば心躍らずにはいられない。
 ――さあ、ロープを引いて!
 滑車とロープでカラカラ引き上げるのは湖に浸した籠、中には冷たい水滴をきらきら滴らせる自家製アップルサイダーや林檎発泡酒がとってもいい具合に冷えてお待ちかね。
 中でも林檎発泡酒は、村のとあるエルフがたっぷり仕込んだら飛びきりスーパードライで飛びきり美味な極上の辛口シードルに仕上がった――という幸せのお裾分け。そして美味しい料理やつまみはいつだってこの村に溢れてる。
 燻製小屋でスモークしたベーコンやチーズはそのままだって御馳走だし、バゲットに乗せて天火で焼くのもきっと美味しい。自分で燻製するのも良いし、頼めば村のエルフ達が喜んで分けてくれる。
 焼きたてアップルパイに自家製ソーセージ、燻製した魚をほぐして玉葱とチーズもたっぷりと使った熱々グラタン、林檎やザクロのソースで食べる森で狩った鹿肉のグリル。
 素朴だけれど森の恵みいっぱいの美味を囲んで――さあ、乾杯!

●林檎のお菓子の国へようこそ!
「――という、とても幸せなエンディングを視たのだ、が……」
「うわーん幸せな話なのになんでそんなにどんよりしてるのリューウェンさんー!!」
 林檎の花咲き溢れる幸せな光景を語る漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)は、テーブルに両手をついて終始うなだれたまま、時折哀しみを堪えきれぬ風情で肩を震わせていた。
 まるで親しい誰かの訃報を語っているかのようである。
 ――否、『かのよう』でなく、本当にお亡くなりになったのだ。
「実は、かねてから準備していた菓子店を、その花が満開になる日に合わせてオープンするつもりだったのだが……準備に勤しむ間に棚が壊れ、薔薇砂糖の瓶が落ちて割れてしまったのだ……」
 彼が開くお菓子屋さんは、林檎隠れのポムグラニットという林檎の大樹の森のツリーハウスの村に作られたツリーハウスのお菓子屋さん。村がこの春最後の林檎の花に包まれる日にオープンできるならとても素敵だと思ったのだが――。
 硝子瓶が割れ、砂糖結晶を纏った薔薇が砕ける光景は、思い出すたび彼の心を抉る。
 開店を控えた新米店主はナイーブなのである。というか、普段は気にしないひとでもやはりこんな晴れの日ともなれば縁起が気になるのも当然至極。
 これは何か不吉な予兆では、と彼は沈痛な面持ちになったが、
「あのねきっとね、オープンにはまっさら新品の薔薇砂糖が相応しいって天の啓示だよ!」
「……そうだろうか?」
「そうだよ!!」
 暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)が言いきった。
 季節はもう初夏。
 今ならこの季節に咲いた薔薇で作られたばかりの飛びきり香りのよい薔薇砂糖が手に入るはず。
 香りのよい花をたっぷり使ったフレーバーシュガー・花砂糖を扱う花砂糖屋の薔薇砂糖は、色も香りも鮮やかな薔薇の花びらにきらきら輝く砂糖結晶を纏わせたものだから、この時期には作りたてのものが店に並ぶのだ。
「成程……言われてみればそんな気もしてきたな」
「だよね! それに折角だもの、開店の前祝いにスーパードライなシードルに薔薇砂糖浮かべて皆で乾杯とかできたらきっとしあわせ!」
 真新しい薔薇砂糖を使った菓子はきっとオープン記念の商品に相応しいはず。
 それに、皆に開店準備の手伝いをお願いしていたところだ。
 店の飾りつけや菓子作りだけではなく、壊れた棚を直すのを手伝ってもらったり、テーブルセットの搬入を手伝ってもらったりといった力仕事をお願いすることになるかもしれないから、開店の準備が終われば皆で林檎の花見の宴でものんびり楽しみたいところ。オープンの前夜なら満開近い林檎の花が観られるはずだ。
 そうして、林檎の花咲き溢れる中でなら――。
 大切な姫君への二度目のプロポーズも叶うだろうか。
 一度目のそれはいまいち彼女に通じていなかったようだから、今度はこっそり準備もして、もう少しはっきりと告げて――。
「あのねあのね、アンジュは『もう少しはっきり』より『ずばり直球』がおすすめ!」
 どきーん!!
 突如耳に入った言葉に新米店主の口から心臓が飛びだしかけた。
「な、何故それを御存知なのだアンジュ殿……!?」
「いけめんコーギーな乙女のカンだよ! カンだよ!!」
 謎の能力を発揮したアンジュだが、もちろん彼女のおすすめが上手くいく保証もない。
「これは……悩みどころだな」
 悩めるリューウェン。
 だけど彼の苦悩をよそに、小さなお菓子屋さん『花竜庵』の開店日は刻一刻と迫ってくる。
 ――さあ、開店準備を始めようか。


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参加者
泥濘の輪郭・アンブローズ(c00259)
綾し妖かし・イツカ(c00567)
宵菫・ラカ(c01106)
昏錆の・エアハルト(c01911)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
万華響・ラヴィスローズ(c02647)
風を抱く・カラ(c02671)
白詰の庭・プティパ(c13983)

<リプレイ>

●もりのかがやき
 瑞々しい夏色を映し始めた新緑の中に咲き誇るのは桜によく似た純白と淡桃の花、大きな大きな林檎の大樹の森で最も遅咲きの林檎の花が満開を迎えるその日、この林檎の森に抱かれたツリーハウスの村に小さなお菓子屋さんがオープンする。
 ――ああ、いつだって始まりには心が躍る。
 明るい未来の眩しさに瞳を細め、鯛わた塩辛でコーギー娘(の持つぷろぽーず情報)を釣り上げた泥濘の輪郭・アンブローズ(c00259)は滑車とロープを使ってテーブルセット(4〜5人用×1+2人用×3)の吊り上げ搬入にも挑む。何せお菓子屋さんもツリーハウスだ。
 ――アンブローズ殿、どうか御無事で……!
 どうりゃあ!! と外から聴こえた腰の限界に挑む声に祈るような想いを向け、厨房で菓子作りに勤しんでいた漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)が店へ顔を出してみれば。
 なんということでしょう――壊れた吊り棚は昏錆の・エアハルト(c01911)によって華麗な花の透かし彫りを施され、風を抱く・カラ(c02671)の手で明るい光射し込む窓の斜向かいへ吊るされたことで、花模様を透かす影が壁にくっきりと映える、素敵なインテリアに!
「お、ちょっと見てけよリュー。ラッドシティの細工師たる俺の最新作だぜ?」
「ここに吊るすのが一番綺麗だと思うんだよね。ラヴィも同意見だったけど、どうだろ?」
「これは――棚の透かし彫りも配置も、とても素晴らしいな」
 お任せしてよかったと顔を綻ばせれば、それまでいけめんコーギー系狩猟者・アンジュ(cn0037)と織り機の話で盛り上がっていた万華響・ラヴィスローズ(c02647)に、
「リュー殿みてみて、花と竜の刺繍頑張ったの……!」
「飾る生花はラカと俺でばっちり選んできたよ、ほら!」
 彼女手織りの生地を優しい色糸が彩るカフェカーテンを披露されて、綾し妖かし・イツカ(c00567)がまるで手品のように薔薇の花々を取り出してみせてくれるものだから、リューウェンの頬はいっそう緩むばかり。
「お手伝いだけでなく、贈り物まで頂いている心地だ」
「他ならぬリューのためだしね! それに素敵な予感のお店に彩り添えられるのって楽しくて!」
「ねー! 新規オープンなんて一度きりの晴れの日を共に過ごせるなんて、こっちこそありがと!」
 溌剌と咲いた宵菫・ラカ(c01106)の笑み、喜色満面の白詰の庭・プティパ(c13983)の笑み、そして二人も皆も心から張り切ってくれている様に破顔して、
「改めて、よろしくお願いする」
 感謝を込めて新米店主が頭を下げれば、任せて! 任せろ!と店内からも店外からも届く声。
 しかし、
「息あがってるよアンズ」
「そ、そんなこたぁねぇ……!」
 棚の設置を終えたカラと協力してテーブルセット搬入を終える頃にはもうアンブローズの身体が色々悲鳴を上げていた。けれどそれらを運び入れた店の雰囲気には心が和む。
 林檎の森のツリーハウスのお菓子屋さん。
 童話みたいだなと店内を眺め、男は疲れ目をこすった。
「……? 童話みたいな店じゃモップも魔法で動くのか?」
「誰がモップよっ!!」
 硝子のショーケースからテーブルや床へ忙しなく動き回っていた白いふわふわ、プティパがくわっと牙を剥く。が、
「あ! リュー殿にテーブルクロスを見せるのを忘れ――」
「っと、ラヴィスローズちゃんこっち拭き終えたからクロス飾ってみて!」
「わあ、テーブルぴかぴか……!」
「ショーケースも窓も床だってぴかぴかだよ、流石はプティパ」
 厨房へ向かおうとするラヴィスローズを見ればすぐさま呼びとめ、愛を乞う騎士よろしく膝をついて労いの白薔薇一輪をプティパへ差し出すイツカが少女の視線も釘付けに。
「ほら、これ置いてみたいからクロス敷いてくれよ、ラヴィ」
「花も飾るね。見てこれ、お店にもラヴィスローズにも似合いそうだなって」
 更には流れるようにエアハルト謹製の花瓶が少女の視界に煌き、淡い桃色に色づくティーローズをふうわり揺らすラカへと繋がる淀みないコンビネーション。
 実は現在厨房では、リューウェンが商品の菓子だけでなくラヴィスローズへプロポーズするための秘密兵器も作成中。まだ姫君に見られるわけにはいかないのだ!
 けれどそこへ『どなたかお手伝い頂けないだろうか』と厨房からの声。
 妾が、と姫君が振り返った――瞬間。
「ぐぁっ!? こ、腰が……!!」
 腰を押さえたアンブローズが派手に頽れた。
「アンブローズ殿、大丈夫!?」
 慌てて駆け寄った少女が『元気になぁれ』と彼の腰をとんとんすれば、
「いっぱい頑張ったんだね、お髭。でも腰も労わってあげてね☆」
「ほげぇっ!?」
「そんな! イツカ殿のまっさーじも効かないなんて……!!」
 心配顔したイツカが腰チョップ、ラヴィスローズの意識をがっつり腰へ引きつけて、『今のうち!』と眼で訴えるラカへ頷き厨房のヘルプに入る。
 今のはマッサージじゃねええぇぇぇ!!!!
 と叫びたいのを必死で堪える腰痛患者(一応仮病)に、エアハルトは心からのエールを贈った。
 ――頑張れ、超がんばれアンブローズ……!!

●ローズハスク
 快いオーブンの熱に焼きたてバター菓子の香りに満ちた厨房。足を踏み入れただけで胸いっぱい幸せをもらえた気がして、イツカは感慨に浸りつつ両腕を広げた。
「リュー、何すればいい? 君のためなら何だって出来るよ……!」
 大いなる愛を語る彼に、つまりイツカ殿は器用なのだなと穢れなき笑みで応えたリューウェンは、
「では、マドレーヌ生地に加える檸檬の皮をすりおろして頂けるだろうか?」
「檸檬マドレーヌ? これからの季節にぴったりだね! ところでこっちのは?」
「そちらは――」
 檸檬の山の隣に視線を移して眦を緩めた。
 薔薇のシロップでほんのり色づくローズチョコレート、それで作る菓子は、すべてこの手で。
 彼らが次々と菓子を焼き上げていく間、店の表では――。
「どーだラヴィ、とっておきの自信作だ」
「綺麗……流石は巨匠エア殿のとっておきじゃね!」
 ばっちりラヴィスローズ足止め作戦続行中。
 撓やかな樹木や枝葉を意匠したカトラリーとスタンド、切り株モチーフのころんと可愛い伝票入れ、何れも自信作だが、中でもエアハルトのとっておきは金色や銀色の蓋にそれぞれの花模様咲かせた花砂糖用の硝子瓶だ。
 桜やラベンダー、色々な花の香と煌きに心浮き立たせつつ、ラカは少女が花砂糖を移し終えるのを見計らってさらりと己に気を惹きつける。
「ね、こっちのテーブルはどの色の花にしちゃおっか」
「えと、薄いクリーム色とかどうかのう」
「いいね! 優しい感じ!」
 繊細なラヴィスローズのレースドイリーに流麗な雫型のエアハルトの花瓶を置けばドレスさながら。おめかしお嬢さんに髪飾りを選んで添える心地でラカは、彩りも香りも淡く柔らかな薔薇を飾った。
 きっとそうっと優しく、お菓子や花砂糖を引き立ててくれる。
 ふふ、と笑みを零して飾り付けを終える頃、
「味見をお願いできるだろうか」
「君のために腕によりをかけて焼いたよ!」
 厨房の幸せな香りが店へと溢れだした。
「……イツカじゃなくてリューが作ったのどれだ」
「やだえっちゃん、つんでれ? 心配しなくても今持ってきたのは全部リューと俺の合作だよ!」
 瞳を逸らすエアハルトにも笑顔を振りまき、イツカは味見用のお菓子を手渡していく。
 宝石めいたドライフルーツ煌くパウンドケーキを味わったカラは頷きひとつ、
「うん。リューの菓子はどれも好きだけど、干果や果物を使ったのは特に好きだな」
「リューウェンさんのならアンジュは特に苺系のお菓子が好きー!」
「苺は正義よね! あ、こっちのクッキーにドライ苺入ってるみたい」
「甘酸っぱいのが素敵なアクセントじゃよね、焼きたて熱々も幸せ!」
 待ってましたとばかりに味見に励むプティパに続いて、ラヴィスローズもクッキーを思う存分さくさくもぐもぐし――こてん、と首を傾げた。
「そう言えば妾も何か焼くはずだったような……あ! 宴会用の鴨のロースト!!」
「鴨ー!? わあいわあい楽しみ楽しみー!!」
 途端にアンジュが瞳を輝かせ、お菓子屋さんのオーブンにお肉の匂いつくとアレだよねそうだ二人の隠れ家の方で焼くのどうかしら薪ストーブも見せて見せてー! と王子と姫君のもうひとつのツリーハウスへ姫君を誘導していく。彼女と悪戯な笑み交わし、
「さあプティパ、湖行こう!」
「はーい! 味見分しっかり働いてきます! もぐもぐ」
 釣り竿を借りてきたラカは最後のパウンドケーキを頬張るプティパの手を引いて、大樹の幹めぐる螺旋階段を鼻歌混じりで降りて森の底の湖へ。お土産待っててねー! と手を振ってくれた彼女達を羨ましげに見送り、紅茶の杯に口をつけて――乾した時にはもうカラの顔は最前線へ向かう戦士のそれに変わっていた。
「さて、テラスだ……」
 行く先は村のエルフ達がこの数日で土台を組んでくれた、大樹の枝の間、つまり空中へと張りだす形のテラス。後は仕上げだけのそこへ足を踏み出せば、
「そうだカラ、ついでに高所が平気になる訓練しとくか?」
「……アリガトウ、アンズ」
 にやりと笑んだアンブローズが親切にも背中を押す素振りを見せてくれたので、右手に金槌を握るカラはサードアームにも金槌を握る。御礼に彼の憂いを粉砕しよう。腰ごと。
 森の光がきらきら踊る湖面が揺れた。
「ねぇプティパ、今何か砕ける音しなかった?」
「ん〜、気のせいじゃないかしら……あっ! ラカちゃん引いてる引いてる!」
 乙女達の意識は森に響いた粉砕音と謎の絶叫よりも釣り糸を垂れた水面に集中、威勢よく飛沫を跳ねあげ抗うそれを釣り上げれば、冷たい水滴と綺麗なニジマスが宙に躍った。

●花祝
 黄昏の陽射しが森を輝きに染める頃には、初夏の風が心地好いテラス席を備えたお菓子屋さんの開店準備も万端完了。たっぷり釣れたニジマスも燻製完了、時間をかけないお手軽燻製だけれど、燻香豊かでしっとりジューシィな仕上がりは、
「中々いい感じだよね!」
「きっと皆大喜びよ! って、わぁ、素敵……!」
 ご機嫌で戻ってきたラカとプティパが見上げれば、店の扉の上には幾つも咲き溢れる花が竜を描く意匠の看板。
「いい匂いだな、けどこれも中々だろ?」
「ええ、とっても!」
 花竜庵――と店名の入ったその許に、作者たるエアハルトが木彫りの黒兎と白兎を寄り添わせる様に気づけば、花と竜の華やかさに息を呑んでいたプティパも破顔した。
 夜を迎える頃には宴の準備も万端整って、満開直前の林檎の花々が咲き溢れる許で。
 ――乾杯!!
「始まる前からこんなに楽しい店なんだ、成功間違いなしだな!」
「大成功よね! いけめん師匠もそう思うでしょ?」
「思う思うよ思いますともー!」
 弾けるシードルやアップルサイダーの気泡に皆の笑顔、そして数多並んだ美味にアンブローズは上機嫌で呵々大笑、満面に笑み咲かせたプティパもアンジュと互いに、ニジマスの燻製と薔薇色の鴨ローストをはい、あーん。
「ほんと、今日の酒は殊更に格別だねぇ」
「同感! この楽しい楽しい宴がいつまでも続くような、そんなお店になるね、きっと」
 友の門出に共にそれを祝う友人達とすごす時間、それが酒も料理も更に美味しくしてくれるから、心のままに笑ってカラとイツカは空にした杯を満たしてはそれを鳴らす。
 燻製も鴨も鯛わたの塩辛を乗せたチーズも、カラが差し入れた枇杷たっぷりの花竜庵特製タルトも皆に存分に舌鼓を打たせてくれたけど、デザートの仕上げにリューウェンが運んできた菓子にラカは飛びきりの歓声をあげた。
 甘く香る薔薇色のそれは――ショコラティアラ。
 精緻な型で作られたチョコレート細工のティアラには真珠色のアラザンが鏤められ、ミニ薔薇の花をそのまま砂糖漬けにした薔薇砂糖がきらきらと煌いている。
「季節毎の花砂糖を飾ったこのショコラティアラを店の看板商品にしようと思うのだが……」
「ぜひぜひ! 寧ろお願いしたいくらいだよ!」
「うん、季節の花が変わるたびに欲しいってひとがきっといるよ。わたしみたいに!」
 どうだろうかと訊けば、身を乗り出さんばかりのイツカとラカの弾む声。そしてカラとアンジュが賛成と声を揃える様に安堵の息をつき、リューウェンは大賛成と無邪気に笑う姫君の前にもうひとつのティアラを差し出した。
 意匠はショコラティアラと同じ、だけれども。
「リュー殿、これ……本、物?」
 大きく瞬きしたラヴィスローズの眼の前にあるのは、本物のピンクゴールドに小粒の真珠を鏤め、苺水晶の薔薇が煌く――菓子ではない、ほんとうのティアラ。
 貴女が、大人になる日が来たなら。
「どうか、俺と結婚して貰えないだろうか?」
 真摯に、まっすぐリューウェンが伝えれば、薔薇色の瞳が揺れる。
「……妾のこと、お嫁さんにしてくださるの?」
「なってくださるだろうか?」
 微笑した彼が頷き、そっと髪にティアラを乗せてくれたから、ラヴィスローズは涙が溢れる前に彼の胸の中へ飛び込んだ。
「――はい……!」
 お菓子の国の王子様の腕の中で姫君が頷けば、固唾を呑んで見守っていた皆から歓びいっぱいの歓声が沸いた。天蓋に咲き溢れる林檎の花々が賑わいに揺れ、おめでとうと皆から祝福の声の雨が次から次へ降りしきる。
「リュー、そのティアラ『春告鳥』に頼んだだろ? 結婚指輪のご用命はぜひ俺に……なんてな」
 一目で宝飾店を当てたエアハルトが愉しげに嘯いて、可愛い妹分の髪を撫で、その伴侶となる友と握手を交わせば、もう一度皆で――乾杯!! けれど勿論祝福は終わらない。
「さて驚け御二人さん、俺達皆から開店と婚約祝いのプレゼントだ! おめでとさん!!」
「さあ、開けてみて!」
 今宵一番豪快に笑ってアンブローズが王子と姫君へ手渡した包み。殊のほか嬉しげなラカの声に促されて開けたその中身は、皆が持ち寄ったチャームを下げたウィンドベルだ。
 幸いの花咲くように願ったカラの咲き初めの花、プティパからの雫のかたちの石は廻る季節の色を優しく映し、イツカの寄り添う薔薇輝石は二人の瞳を思わせ、看板と揃いのエアハルトの竜は煌きの幸福を撒き、アンジュの小さなペンギンの雛がくるんとまわって。
 そして――ラカからの貝細工の林檎の花が、林檎の森の風に飛びきり楽しげに唄う。
 ここは幸せなお店になるよ。
「女の勘なんかじゃないわ。いっとう素敵なお昼寝場所がわかる、猫の勘よ」
 肩でみゃあと鳴く星霊猫とおんなじ笑みでラカが請け合えば、リューウェンとラヴィスローズはそっと手を取り合い、この上ない至福の笑みを交わした。
 此処にいてくれる皆に、関わってくれた全てのひとびとに、心からの感謝を。

 林檎の花咲き溢れる日にオープンするお菓子屋さん、花竜庵。
 それはきっと、訪れる皆が幸せを味わえる、花と笑顔の絶えない店になる。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2015/06/24
  • 得票数:
  • 笑える68 
  • 泣ける21 
  • 怖すぎ35 
  • ハートフル9 
冒険結果:成功!
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