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【草帆光風】風唄う

これまでの話

<オープニング>

●草帆光風
 美しい光景だった。
 茜色に染まる世界には夕陽の光が金色に射し、眼の前には幾つもの風車が点在する田園風景が広がっている。巨大な帆船の甲板にあたるこの地には幾つもの村や街が存在し、巨大な塔のごときマストが三本聳え立っていた。
「中央部……メインマストの麓付近が、この都市国家の中心部、だと思います」
 帆船の船縁にあたるこの辺りは田園風景だが、メインマストに近づくにつれて少しずつ積み上げたかのように街の光景が増え、その街並みもメインマストに近づくほど都会的になり高さを増していく。ここは都市国家の最上層だ。大抵の都市国家では最上層が一等地であるから、メインマストの麓が草帆光風フラセイルで一番の街と考えていいだろう。
 鷹の眼で一望したスプートニク・ニエ(c08103)の瞳にはそれらがより鮮明に映っていた。
 汗ばんだ額を心地好い風が撫でるけれど、幾つも見える風車のうち、動いているものはごく僅か。けれど崩れかけている建物もちらほらあるものの、村も街もまだその景観を保っている。
「なんでかな、少し、涙が出そう……」
「私もなのですよ〜」
 潤みかけた瞳を瞬いた咲きそめ・デジレ(c18812)の傍らで、翡翠四葉・シャルティナ(c05667)がちょっぴり眦を拭った。悲しいわけではない。きっと、夕暮れにはひとの胸に愛しさや切なさや郷愁を呼ぶ力があるのだろう。目的地たる草帆光風フラセイルに入ったことでそれらがより胸に迫るのだ。そんな気がした。
「さて、日が暮れる前に野営する場所を決めなきゃね」
「……皆に問題がなければ、俺、あそこがいいな」
 少女達の肩を軽くぽんぽんと叩いてやって、風を抱く・カラ(c02671)が辺りを見回せば、穏やかな声音で光明の虎・リム(c11279)がそう望む。紅の眼差しの先にはこの近辺の田園風景の中で唯一ゆっくり羽根が風に回っている風車。
 かつてここにあったひとの営みをより感じられるその風車の前は、小さな広場になっていた。
「この辺、麦畑だったみたいね」
「ああ! その小さいの麦なんですか!」
 風車へ向かう道すがら、刺青華・リリ(c11948)が金色がかった草に触れて笑みを零す。小さな穂をつけたその草の丈は、天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)の膝に届くかどうかといった程度。放置された栽培種の麦が永い世代交代を繰り返すうち野生に戻ったか雑草と交雑したのだろう。
 食べられるほどの実はないが、ニエがブイヨンを作るには充分だ。
 麦畑らしき辺りの一角に青々と茂る緑を見つけ、これなら私にもわかります、とシアンは顔を綻ばせた。爽やかに香るミントだ。幾らか香りは淡いが、きっとすっきりしたお茶を淹れられるはず。
 辿りついた風車前の小さな広場の入口には、元あった樹が枯れて倒れ、そこから新たに芽吹いて大樹に育ったと思われるオリーブの樹が、銀木犀に似た小さな花をいっぱいにつけていた。
 風に小さな花が舞う様は、
「まるで、歓迎してくれているようだな」
 夢壌の壁・エルヴィン(c04498)の瞳にも、皆の瞳にもそう映った。

●風眠る
 大きな四枚羽根がゆっくり風に回る風車小屋を覗けば、それが麦の脱穀や製粉に使われたものと一目で判った。けれど、
「――水の音がするね」
 研ぎ澄ませた聴覚でそれを捉えたカラが風車小屋の裏へと回れば、斜面の下に、外の草原と同じ草に囲まれた泉。途端に菫色の友人が恋しくなった。神楽巫女のヒーリングスパが超欲しい。
 脇からぴょこりと顔を出したシャルティナも泉を覗きこむ。
「ドローアクアの泉みたいですけど、もう星霊建築の力は消えてるみたいですよ」
「じゃあ、涸れた泉に雨水が溜まったのかしら。……それにしちゃ、随分綺麗な水よね」
 思案気に眉を寄せたリリが斜面を下り、草を掻き分け泉の水を掬ってそう呟いた。
 旅の始めに雨水を濾過して得た水を思い出せば、ふと閃くものがあった。
 恐らく――草原と同じこの草が、水の汚れを養分として吸収し、水を浄化しているのだ。
 この都市には草花を育む力を持つ星霊がいたのかもと予想していたが、星霊建築の力が都市国家の外まで及んでいたと考えるよりは、フラセイルが繁栄していた頃は、都市から流れ出た廃水が草原の草を豊かにしていたと考える方がしっくりくる。
 たっぷりと水を補給し終える頃には、夜空に銀砂をまいたような星々が瞬いていた。
「夜の見張り順は今までのローテどおりでいいよな。……まあ、危険はない気もするが」
「私もそんな気がしますけど、警戒しておくに越したことはないですよね」
 猪の塩漬け肉とブイヨンのスープに堅パンを崩し入れて煮込んだパンリゾット、そして清々しく香るミントティーの夕餉のさなか、エルヴィンの言葉にシアンが頷けば、温かなミントティーにほっと息をついていたデジレが不思議そうに小首を傾げる。
「大丈夫、なの?」
「多分。もしかしたらアンデッドや侵入者を攻撃するゴーレムとかいたかもしれませんが……」
「そっか。そんなのがいたら、まずフラウリィ達とやりあってるはずだもんな」
 おかわりのミントティーを淹れつつシアンが続ければ、昼間に戦った黄の翼の乙女達を思い出して微かにリムが口元を綻ばせた。本当にいたのかは判らないが、彼女達が危険な存在を倒してくれているのなら、こんなにありがたいことはない。
 けれど勿論、誰も警戒を怠るつもりはなかったから、今夜も四交代で夜番を置く。
 豊かに帆を張り巨大に聳えるマスト。
 夜空を渡る月が、メインマストの天辺近くの物見台にゆっくり重なっていく――そんな光景を思う様堪能できた夜番を仲間と交代し、カラは大きく伸びをした。
 初夏の夜風が奏でるオリーブの葉ずれの音、ゆうるり回る風車の低く豊かな音。
「贅沢な子守唄だよねぇ」
「ああ。……いい音だ」
 同じ夜番を終えたエルヴィンも心からそう言って、風車を仰ぎ見る。
 本当に、よくも残ってくれていたものだ。
 改めてそう思えば、不意に先程登ってきた瓦礫の山を思い起こした。
 往時は帆船を二隻合わせたような姿だったという都市国家の片割れ。
 だが、外敵から攻撃を受けたとしても、都市国家のきっかり半分だけが完膚なきまでに破壊されるというのもおかしな話だ。ならば。
 ――内戦、か。
 都市国家を二分する戦いがあったのだろう。そして、残った此方側も滅びたのだ。
 聳え立つメインマストの物見台、その陰に憩っていた月が旅立ってから暫し。
 オリーブの樹の根元でかさりと音がした。
「……何か、います」
 黎明の眼差しを鋭くしたニエが黄昏纏う弓に手を伸ばす。――が。
「かっ、可愛いのですよ〜!!」
「ウサギ、だよな?」
 ぴょこりと現れた小さなふわふわもふもふにシャルティナがぱあぁっと顔を輝かせ、夜番の交代に起きてきたリムが寝ぼけまなこを擦りつつ呟けば、ニエの緊張も解けて小さく笑みが咲いた。
 焚き火を恐れてかそれ以上は近づいてこなかったので、触れはしなかったけど。
「ふふ、きっと毛を採る種類のウサギだったのね」
 やはり交代に起きてきたリリも頬を緩めずにはいられなかった。
 恐らくもとは家畜だったのだろう。糸を紡ぐのにも風車が使われたのかしら、なんて思えばまた少しこの都市の息吹に触れられた心地。都市国家の定石で考えれば下の階層には広大な農村地域があったろうし、そこでは羊なども飼われていただろうけど、そういった大きな家畜は人の手がなければ数世代も保たないはず。
 環境の変化に柔軟に対応できるのは、こういった小動物達の方なのだ。

●風唄う
 菫色の黎明に弓弦の音が響く。
 草帆光風フラセイルの上空を渡る雁の一羽をニエが狩り、皆の命を更に繋ぐ。
「……どこかに、何か読めるものって残ってないでしょか」
「ですよねー!!」
 朝餉を終える頃にシャルティナがぽつりと呟けば、力いっぱいシアンが同意した。
 気合満点なリード使い達の様子に、ふふ、と微風みたいにデジレが笑みを零したけれど、
「近くの家とか、ちょっと覗いてみたけど……本とかはもう崩れちゃってるみたい、だよ」
 少しばかり残念なおしらせ。建物は長い間星霊建築に護られてきたろうけど、紙などはそうもいかない。つまり、何か文字が記されているものが残っているとしたら――。
「街道の跡で見つけた……里程標、みたいなもの?」
「――碑文とかな。そういったものは、この辺りより街の方にありそうだが……」
 行ってみるか。
 メインマストの方角へ眼差しを向けたエルヴィンの言葉に、異を唱える者はいなかった。
 田園風景を抜け、辛うじて文字が残っている道の標識などを読み取りながら、少しずつ都市国家の中心部に近づいていく。そうして、ついにメインマストの麓、草帆光風フラセイルで一番の街に入った――その時。
 華やかに重なり響きあう音色をカラの聴覚が捉えた。
「音楽……!? 皆、こっちだよ!!」
 古びた石畳の街路を駆けた先にあったのは大きな広場、華やかな音楽はそこに建つ風車塔から聴こえてくる。少しパイプオルガンの音に似てますよね、と呟いたシアンが瞳を瞠った。
「シャルティナさん、あそこに碑文が!」
「行くですよシアンさん!!」
 風車塔の土台に嵌め込まれていた碑文。二人が早速それを解読にかかる様子に眦を緩め、そっと風車塔を覗いてみたデジレが花の笑みを綻ばせる。
「これ……風オルガンって、言うのかな」
 風車が回る力でパイプに空気を送り込んで音を奏でる、と思われる仕組みがそこにあった。
 これも風の恩恵か、と小さく笑んだエルヴィンが風車を見上げれば、聳え立つ巨大なメインマストが自然と瞳に入る。陽光に煌く瑞々しい草緑の帆、そして、草帆光風フラセイルの何よりも高く巨大に聳え立つマスト。ああ、と得心がいった。
「あのメインマストが――この都市国家の象徴なんだな」
「そう言えばシャルティナさんが、『帆も星霊建築』って言ってましたね」
 都市国家の象徴として作られたなら、わざわざ帆まで星霊建築で強化していたのも頷けます――と振り仰いだニエの瞳に、メインマストの天辺近くの物見台が映る。あれにはどうやって登るのだろう。よじ登るにはメインマストは巨大すぎるし、外には梯子や階段などもなさそう、と思いめぐらせれば、
「もしかして、メインマストの中に入れたりしませんかね。ランスブルグの天槍みたいに」
 碑文の解読を終えたらしいシアンが同じようにメインマストを仰いで呟いた。
 内部に階段か何かあって、それで物見台まで登れるようになっている、というのは有り得る話だ。
 それに――。
「都市国家の一番上まで登れるなら、都市国家の一番底へも行けたりしないかな」
「わあ、天辺から底まで行けちゃったらスゴいのですよ〜♪」
 眩しげに細めた瞳でメインマストの天辺から麓まで眺めるリムに倣い、シャルティナも空から街まで瞳でメインマストを辿ってみる。都市の一番底にはやはり、一番古いものがあるのだろうか。
 確かに一番底まで繋がっててもおかしくない立派さよね、と興味深げにメインマストを眺めやって、リリがはたと気付いたように振り返った。
「ね、ところで碑文にはなんて書いてあったの?」
 瞳を交わしたシアンとシャルティナが頷き合う。

 ――我ら、旅の終わりの地に都市国家フラセイルを築く。
 ――再び旅立てる日が来るまで、都市国家フラセイルに、栄えあれ。


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参加者
風を抱く・カラ(c02671)
夢壌の壁・エルヴィン(c04498)
翡翠四葉・シャルティナ(c05667)
スプートニク・ニエ(c08103)
光明の虎・リム(c11279)
刺青華・リリ(c11948)
咲きそめ・デジレ(c18812)
天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)

<リプレイ>

●風望む
 草帆光風フラセイル。
 これほど旅を望む姿の都市でありながら、彼らは何故ここで足を止めたのだろう。
 風待ちの船は何を待っていたのか――焦がれるような、心急くような想いで風を抱く・カラ(c02671)が仰ぎ見る巨大なメインマスト。都市の何より高く聳え立つその偉容は真下から仰げば圧巻で、中へ入れば壮観だった。
「わ、あ……!」
 胸高鳴るままに感嘆の声をあげて、咲きそめ・デジレ(c18812)が辺りを見渡す。
 街の大通りで御影石に刻まれた街路図を光明の虎・リム(c11279)が見出し、天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)と翡翠四葉・シャルティナ(c05667)が解読することで迷わず辿りつけた入口。
 そこから入った途方もなく巨大なマストの内部は何処までも高く、そして足元から下へと何処までも深く吹き抜けていた。空間の中心はマストをそのまま細くしたような柱が貫いていて、周囲の壁に描かれた美しい星霊シルフ達の線画が、まだ微かに力が残るドロースピカの光に煌いている。
 その絵はドローシルフではないようだが、
「これ……壁を彫って、宝石の欠片を埋め込んで、描かれてるんですね」
「やっぱり風を愛したひと達だったんだね」
 指でなぞったスプートニク・ニエ(c08103)が瞳を細め、笑みを零したデジレがふと思いついたようにふわりと唄う。春風めく歌を深く優しく響かせるその空間の壁伝いに、巨大な螺旋階段が遥か上にも遥か下にも続いていた。
 奇妙なのはその螺旋階段沿いにスロープのようなものもあることだが――。
「わかったのです! これ滑り台なのですよ〜!!」
「何処かに一気に下まで抜けれる道とかないですかねえ……って、さくっと解決したっぽいですね!」
「やだ、これで一気に降りられちゃうってこと!?」
 何時だって子供はずばり本質を見抜くもの。思いきり瞳を輝かせたシャルティナの言葉にシアンが大きく瞬きし、刺青華・リリ(c11948)は思わず吹き出した。
「意外にお茶目だったのか、フラセイルの民は」
「いやそこは遊び心があるって言ってやりなよ」
 油断なく辺りに目を配りつつも、まさか中がこうだとはと苦笑する夢壌の壁・エルヴィン(c04498)に笑ってカラは鷹の眼で遥か高い吹き抜けを見上げた。下を見るのが怖いのは秘密。
「よっぽど念入りに星霊建築が施されてたんだろうな」
 見る限り崩れてるところはなさそうだ、と同じく鷹の眼を凝らしたリムが皆に頷けば、それが出立の合図となった。
 最初に目指すのはメインマストの最上部。
 延々と続く螺旋階段を昇るのは体力勝負だったが、所々に設けられた踊り場で休憩を挟むたびに交わす皆との話が楽しくて、上へ向かうほど足取りが軽くなる気さえしてしまう。
 この巨大な帆船がそのまま移動できたとするなら、
「ロックリムラウンダーみたいに移動できる都市国家で、何処までも続く草の海を駆けたのかしら!」
「うーん。風を受けて旅したんなら大空を覆うもの並みの大気を操る力が必要そうだけど……」
 少女のように声を弾ませるリリ、特別な遺失魔術でもあったのかなと想像をめぐらせるリム。けれどシャルティナは小首を傾げて自身の考えを語る。
「私はこの都市じゃなくて、別のお船で旅してきたのかと思ったのですよ〜」
 風車塔で見た碑文の、再び旅立てる日が来るまで――というくだりに、旅する船が壊れてしまったという想いを感じたのだ。
 旅する船が動かなくなったから、ひとたび旅は終わり。
 成程ありうる話だね、と吐息で笑んで立ち上がり、先を見上げたカラの鷹の眼に、この巨大な塔のごときメインマスト内の最上部が映る。
「……風車だ」
 遥か高みから深みまで吹き抜ける空間の中心を貫く柱の天辺が、風車になっていた。
 辿りついてみればそれはかなり大きな風車だった。巨大なメインマスト内部、しかもドローシルフも見当たらない屋内となれば風車が動くはずもなく、その上、永い時の間に積もっただろう大量の埃が塊となって羽根を固めてしまっている。
 螺旋階段と風車の間には大きな吹き抜けの空間。――ならば。
「やるしかないね」
「羽根はダメよ、割れちゃうかもしれないもの」
 愉しげに口角を上げたカラが槍の穂先も上げれば軽くリリが彼女を制した。
 風で動きそうな仕掛けがあれば風のアビリティを使う、それは何人かが考えていたことだが、彼女達ほど鍛錬を積んだ者が使う攻撃アビリティは手加減してもそれなりの威力を持つのだ。
「やるならまず埃、ですよね。けど吹雪だと余計固めちゃいそうですから……お願いします」
「うん。上手くいったら――ニエ、リリ、頼むよ」
 蒼い氷剣を残念そうに撫でたシアンに頷いて、軽くカラが揮った槍の穂先が風鳴りを唄った瞬間、吹き抜けを翔けた風の渦が大きな埃の塊を粉砕した。
 ぐらり、と風車の羽根が揺れる。
 高く掲げたニエの手に癒しを齎す草原の風が集い、風が生まれるよう願って翻したリリに扇に光の花鳥風月が浮かび上がる。
 破壊とは無縁な風が翔けぬければ軽やかに風車の羽根が回り――。
 まるでメインマストそのものが歌うような、深く豊かな音色が吹き抜けに反響した。
 デジレの顔に輝くような歓びが咲く。
「これも、風オルガンなんだね……!」

●風唄う
 四方へ開かれる物見台への扉を開け放てば、永い眠りから解き放たれた風車が草原の空翔ける風にゆうるり回る。恐らく中心の柱を通して何処かのパイプに風が送られるのだろう。
 そしてその音色が巨大な吹き抜けの空間に反響して豊かに膨らんで、蒼穹まで届きそうな優しい音楽を奏でるのだ。
「ね、すごく気持ちいいわね……!」
 堪らず駆けだした物見台は草帆光風フラセイルでもっとも空に近い場所。草原の雄大な天つ風に真っ向から、豊かで優しい音色に足元から抱かれてリリが舞わせた扇から、花々と鳥達が迫るように鮮やかな青空へ舞い上がる。
「綺麗……」
「……すごく、綺麗……」
 他に言葉なんて見つからない。
 きっと互いに同じ心地な気がして、同時に言の葉零したニエとシアンがほんのりはにかみ混じりで微笑みあう。真っ青な空は飛びきり近くて、遥か眼下に望む金緑の草原は大きく豊かに波打って、
「あんなところまで行くんだ……!」
 草の海を輝き渡る波、デジレが瞳で追いかける光の波は草の海を翔け、フラセイルの遥か彼方に蒼く霞んで連なる識らない山脈まで届きそうな勢いだ。自分達が越えてきた山ではなく、この都市の遥か先に見える山脈。眩しい想いで瞳を細めた。
 ――なんて広い、世界。
 幸いなことにマストの巨大さに比例して、この物見台はちょっとした広場ほどの大きさがあった。
 端まで行かなければカラも足が竦む想いをすることなく、空の近さと草原の雄大な天つ風を楽しむ心の余裕を持てそうだ。あの真似は一生無理だけど、と尊敬の眼差しを向ける先で、手すりをサードアームで掴んだデジレが大きく身を乗り出した。
 こうすると、音楽の風に掬いあげられる心地。
「ふふ、ここのひと達って、音楽も愛してたみたいだね」
「ああ。常に鳴らしておくわけにもいかないだろうから、これは祭や式典用だと思うがな」
 幸せそうなデジレの様子にエルヴィンも眦を緩めて笑う。
 遥か高みから見下ろす都市には砦など戦に関わるものはこれといって見当たらなかったが、あの瓦礫の山が何より雄弁に争いの歴史を語る。
「――が、どうも腑に落ちんな。こういう気質の民がああまで激しく争うものか……?」
 風を愛し、音楽を愛し、遊び心を抱き。
 そんなひとびとと、都市の片割れを破壊し尽くすほどの内戦はなかなか結びつかなかったが、
「……憎悪を煽りたてたヤツがいるんじゃないかしら」
「きっと、マスカレイド、ですよね」
 無意識に左肩を抱いたリリが呟けば、瞳を曇らせたニエが頷いた。都市の有力者が棘に憑かれ、都市全土を巻き込む悲劇を生む。――自分達も識らない話ではない。
 多くが狂いゆく中で、フラセイルのひとびとは何を想ったのだろう。
 晴れ渡る青空を仰げばニエの胸が詰まる。言い知れぬ想いがせりあがってきたその時、
「なあ、みんなに相談したいんだけど……」
 旅の記録をつけていたリムが、不意に皆へと問いかけた。
 草帆光風フラセイルについて、どう報告するかだ。
 この場の皆だけの宝物として胸に仕舞うか、多くの人に知ってもらうか。
 思案するような沈黙が落ちる。――けれど。
 遥か眼下の瓦礫の山を見遣ったエルヴィンが、穏やかな、芯の通った声音で沈黙を破った。
「人の命は有限だが、記録によって引き継がれる歴史は時を越える」
 終わったひとびとの歴史を受けとめて、引き継いでいこう。

 四方へ開け放った扉を閉じた、メインマストの天辺からの帰り道。
 それは飛びきり楽しいものになった。
「ひゃああぁぁあ〜!? めっ、眼が回るのですよけれどすっごく楽しいのですよ〜!!」
「ねー! まさかこんなものがあるなんて、思ってもみませんでした……!!」
 星霊達を抱いてシャルティナが飛び乗ったのはもちろん超巨大な螺旋のぐるぐる滑り台。
 階段を降りるより疲労が軽いのは間違いないし、何より時間短縮! と拳を握ったシアンもぐるぐる回って加速していくたびにおなかの中から込み上げる擽ったさや自分が風になっていくような感覚が楽しくて、子供に返った心地で思いきり声をあげて笑った。
 階段で降りれば日が暮れていただろうが、おかげで空が黄金に染まりかける前にはメインマストの麓、つまり最下層ではなく甲板へと御到着。
「思ってるより疲れてるはずだよ。続きは明日にしよう」
「うや……ほんと、です。気づかなかったのですよ〜」
 柔らかな声と眼差しをカラが向ければ、それまで楽しさにはしゃぐあまり疲労を忘れていたらしいシャルティナがその場にへちゃりと座り込む。――が。
「星霊さんチョコ、一個残ってたです……!」
 その拍子に大きな帽子からころんと転がり出てきた薄紙に包まれた星霊バルカンなチョコレートに少女の顔がぱあっと輝けば、皆の笑いが大きく弾けた。
 今宵も暖かな火を囲んで、たくさん話をしよう。
 皆でここまで辿ってきた、楽しい冒険の話を。

●風廻る
 遥か地平の山脈の稜線を眩い朱金の光でなぞり、生まれたばかりの陽が顔を覗かせた。
 野営の始末をして出立した一行が目指すのは、空に昇る朝陽とは逆に都市の最下層。
「都市の象徴とは言え、やはり下層にいくほど星霊建築の劣化が大きいな……」
「灯り……用意してて、よかった、です」
 上層では淡い光を届けてくれていたドロースピカの光も、メインマスト内部をしばらく降りるうちに届かなくなった。空気の澱みにも気をつけた方がいいなとエルヴィンが掲げるのは、裂いた外套と先日拾っておいたオリーブの枝でニエが作った松明だ。ランプもあるが、こちらの方が空気の流れなどは見やすいだろう。
 辿りついたメインマストの底では、壁が崩れ瓦礫となって積み上がっていた。
 だが、松明の炎が僅かに揺らぐ。
 瓦礫の奥に意識を向けたカラが聴覚を研ぎ澄ませば、
「……大きな空洞に隙間風でも吹いてるみたいな音がするね」
「向こうに空間があるのは間違いなさそうですね」
 都市の最下層すべてが瓦礫に埋まっていました――という最悪の事態ではないらしいとシアンがほっと息をつく。比較的大きな瓦礫の間を覗いていたリムが皆を振り返った。
「もしかして、隙間を通っていけるかも。……ちょっと見てくる」
 瓦礫の間に身体を潜り込ませ、そのまま難なく進んでいけるのはマスタームーブならでは。
 程なく抜けだした瓦礫の先には、薄暗い、巨大な空間が広がっていた。
 星霊の光が届かないのに真の暗闇でないのは、空間上部の外壁に入った亀裂から外の陽射しが射しているからだ。ここは地底ではなく、帆船の姿の都市国家の船底にあたる部分なのだろう。
 そこで見たものに、リムは瞬きも呼吸も忘れた。

「――往こう。この先にあるものを、みんなにも見て欲しい」
 戻り来たリムの真摯な眼差しと声音に頷かない者はいなかった。
 瓦礫を除き、時には砕き、そうして踏み出した都市の最下層、薄い帯状の光が射し込める、薄暗く巨大な空間で皆が見たものは、フラセイルの姿そのままの帆船。
 否、かつてこの都市がそうだったろう、二隻合わせた帆船だった。
 だが、より強く皆の心を揺さぶるこの感覚は――。
「これ……ギガンティア!?」
「いや多分違う! だが、かなりそれに近いものだ……!」
 瞳を瞠ったリリの声が上擦る。エルヴィンの声に興奮の色が混じる。
「シャルティナさん、ランプお願いします!」
「はいです! 頑張って解読するですよ〜!」
 石碑を見つけたシアンの許へ星霊バルカンの姿が浮かぶランプを手にしたシャルティナが駆ける。何が書いてあるのでしょうね、と古の文字を辿るシアンの指先が震える。

 ――我らがフラセイル号、ここに眠る。
 ――眠りの涯てに、再び旅立てる日があらんことを願って。

「ああ……!」
「やっぱりきっと、このお船で旅してきたのでしょね」
 張り詰めていた息も想いも溢れだすような声がリリの唇から零れでた。小さな胸に万感迫る想いでシャルティナも、古の不思議な帆船を仰ぎ見る。
 きっとこれが本当の、草の海翔る船。
 悠然と大地を駆けていたこれが何らかの理由で力を失い、それでも何時か再び船が力を取り戻す、或いは自分達の手で甦らせる日を夢見て、ひとびとはこの船を模った都市を築いたのだろう。
 なんて雄大な、心躍る力。
 その力が失われ、甦る希望が限りなく薄いのだとしても。
「そりゃ領有をめぐって争いにもなるか……」
「迂闊に入って弄られちゃ敵わんってマスカレイドも思うよねぇ」
 すべては解けずとも一端は掴めた気がして、エルヴィンとカラが柔く笑み交わす。
 ――どうして人は旅立つのかしらね。
 彼らの旅立ちの理由そのものを知るすべは恐らく喪われているだろう。何処かに航海日誌が保管されていたかもしれないが、日誌は永すぎる時の流れに抗えないだろうし、それまで碑文にされているとも思えない。
 けれどリリは何となくわかった気がして微笑んだ。
 だって、世界の広さを識ったなら。
 だって、こんな船が風に翔るなら、きっと――。

 風に翔る帆船を模す都市の底から甲板に戻れば、鮮やかな陽射しと草の海翔る風に迎えられた。豊かな風に背を押され、自然にカラはそれを口にする。
「さぁ、そろそろ帰ろうか」
 心の泉の底からふうわり浮かんだ面影に瞳を緩めた。――そこへ、帰るよ。
「うん。皆、とっても頼もしかったよ。ありがとうね」
「ありがとう、皆さんのことが……とても、好きです」
 満ちるような笑みでデジレとニエがそう続ければ、皆にも同じ笑みが広がった。
 さあ、この旅の終わりの地へ帰ろう。
 そうして、次の旅を始めるのだ。

 ――これからも、皆に良い風が吹きますように。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2015/06/09
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冒険結果:成功!
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