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外世界の戦い:水の邂逅

<オープニング>

●水と大気の星の滅び
 世界は美しい水と大気に満たされていた。
 外側からこの世界を見たならば、涯てなき闇と星々の煌き広がる空間に浮かぶ青き宝玉、或いは澄んだ煌き湛えた水の珠に見えるだろうか。
 何処までも澄みきった大気に煌く飛沫をあげる波や、波間から柔らかに射し込む光が揺らめき踊る水中世界に遊び、泳いで、笑いさざめきあって暮らすのは、脚の代わりに優美な流線型の下半身とひらり波に揺れる尾びれを持つひとびとだ。
 眩く透きとおる波飛沫、青く澄み渡る水中世界に揺れる光の紗、それらを透かして仰ぎ見る遥かな空はその日も限りない青に澄み渡り――何の前触れもなく、割れた。
 誰もが呼吸を忘れたその次の瞬間には、抗いようのない滅びが訪れる。
 涯てなき闇と星々の狭間を翔ける、想像を絶するほどに巨大な、巨大な槍。
 途方もなく巨大なその槍が齎した滅びは、硝子細工を砕くかのようにあっけなく、美しい水と大気に満ちたその星をも破壊した。割れる水の世界、逆巻く波。荒れ狂う波の渦に引き裂かれた恋人達が必死に手を伸ばし、喉も裂けんばかりに呼び合うが、声にならない――否、音にならない。
 滅びは世界の音すら呑みこんで、星もそこに生きる命も破壊し尽くさんとした。
 けれど、音なき水飛沫をあげ、数多の水滴を振りまきながら、滅びゆく水の世界から割れた空へと幾つかの舟が飛び立ってゆく。
 それは水の箱舟。
 水と大気の世界から飛び立ち、星々の狭間を翔けることも叶う、美しい水で造られた不思議なその箱舟には、突然の滅びをからくも生き残り、理不尽にして圧倒的なそれにも心折れなかったひとびとが乗り込んでいた。
 箱舟の周囲に悠然と翻る巨大な影は、舟に寄り添うように空を泳ぐ巨大な鯨やイルカ達のもの。
 空気の層を纏って星々の狭間をも泳ぐこと叶う彼らに護られて、水の箱舟に乗り込んだひとびとは滅びゆく水と大気の星から脱出した――かに思えたが、奇妙な光が降り注いだ次の瞬間、水の箱舟を護る鯨やイルカに異変が生じた。
 数隻の箱舟、それぞれに寄り添う鯨やイルカ達に何かが襲いかかっている。
 今にも星々の狭間に飛び出さんとした一隻にも奇妙な光の脅威が降りかかった。
 真っ先に狙われたのはその水の箱舟の右側に寄り添っていた巨大なシャチ、黒々と艶めくその背に光とともに降り注いだのは、罅入り硝子のようにきらきら煌くクラゲのごとき生命体だった。
 硝子色のクラゲ達は次々巨大なシャチの背に触手を突き立て、激しい苦痛を齎す毒を注ぎこむ。
 堪らずシャチは身を捩った。
 苦痛にのたうつシャチの尾びれが宙を叩いて、胸びれが水の箱舟を掠めて揺らがせる。シャチは必死で背のクラゲ達を振り落とさんとするが、深く触手を突き立てたクラゲは離れない。水の箱舟の左に寄り添っていた二頭のイルカがシャチを救わんと舟の右側に回ろうとした――刹那。
 先程よりも強烈な光とともに、今度は箱舟の左側に見上げるほど巨大なクラゲが現れた。
 恐ろしく巨大なそのクラゲは、無数の闇色の触手で、或いはひときわ長い虹色の触手で、イルカ達と水の箱舟へ襲いかかった。

●さきぶれ
 胸しめつけるように悲痛なシャチの鳴き声が聴こえた気がして、暁花の狩猟者・アンジュ(cn0037)は唇を引き結んだ。
 無論これは彼女が視たエンディングではなくて、幾多のエンドブレイカー達が視た情報のかけらを結集し、確たるエンディング情報へと昇華した旅団長達から齎された――外世界の光景だ。
 世界を喰らう存在、ギルタブリルはエンドブレイカー達に討ち果たされた。
 けれど、ギルタブリルと同様に数多の世界を滅ぼす存在と思われる『巨大な槍』が幾つもの世界を滅ぼしていく様が確認されたと、情報を纏めた羊皮紙を手にアンジュは語る。
 それは貪欲、或いは執拗で、滅びた世界から逃げ出した僅かなひとびとも見逃さない。
 だが、今なら彼らを救うことができる。
 どうかお願い、みんなの力を貸して、と暁色の娘が願う。
「硝子色のクラゲ達と巨大なその親玉を倒して――シャチ達を、水の箱舟に乗ってるひと達を助けてあげて欲しいの」

 美しい水と大気に満ちた星から飛び立った、幾つかの水の箱舟。
 そのすべてが何らかの襲撃を受けているが、
「他の水の箱舟を助けに向かってくれるひと達はね、他の情報屋さん達が募ってくれてるの。だからみんなは、この巨大シャチと巨大イルカ達が護ってる箱舟を助けることだけ考えてくれれば大丈夫」
 確かな眼差しで頷いた娘が話を続ける。
 外世界の、しかも今にも星々の狭間に飛び出さんとしている水の箱舟。それを如何にして救うのかと言えば――。
「あのねびっくり! 世界の瞳から巨大シャチの背中に転移できちゃうみたいなんだよ!」
 空を、星々の狭間をも泳ぐシャチは島のように大きく、黒々と艶めくその背中はこれから向かう皆で戦うのに十分なほどの広さがあるという。巨大シャチは厚い空気の層を纏っているから、その背中にいれば星々の狭間でも問題なく呼吸できるだろう。
 背中に触手を突き立てているクラゲの毒でシャチが身を捩るから、足元には注意が必要だろうか。
「んでもね、出来れば速攻でシャチの背中のクラゲ達を倒してあげて!」
 黒々としたシャチの背に触手を突き立てているのは、罅入りの硝子のように煌く、人間とほぼ同じ大きさのクラゲ五体。毒の触手攻撃はなかなか強力だが、
「こっちのクラゲ達はかなり打たれ弱いみたいなの。みんなの戦力と作戦次第じゃ、三十秒もかからないくらいで殲滅できると思うんだよ」
 背中のクラゲ達が一掃されれば、巨大シャチもエンドブレイカーを味方だと認識するだろう。そして苦しみながらもシャチは水の箱舟の状況を認識しているから、箱舟の向こう側――箱舟の左側から舟やそれを護るイルカ達を攻撃している巨大なクラゲの親玉をすぐさま攻撃に向かうはずだ。
 水の箱舟の右側にシャチがいる間は、箱舟が射線を遮るためエンドブレイカー達もクラゲの親玉に攻撃することは叶わない。背中のクラゲを一掃されたシャチが左側に向かって初めてエンドブレイカー達もクラゲの親玉へ攻撃することが叶うのだが、
「あのねどれだけ速くクラゲの親玉を叩きに行けるかが勝負なの!」
 拳を握ったアンジュがそう力説した。

 巨大なクラゲの親玉は無数の闇色の触手で多数を狙える攻撃と、体内から爆ぜるように硝子の棘を放って状態異常も払う攻撃、そして、ひときわ長い虹色の触手の攻撃を織り混ぜているが、虹色の触手の攻撃は限界を超える力を溜めるものなのだという。
 左側では二頭のイルカが必死に箱舟を護っているが、クラゲの親玉が爆発的な力を解き放てば、イルカ達は危うく、場合によっては箱舟にも大きな被害が及ぶだろう。
 だが、巨大シャチなら、或いは精鋭エンドブレイカーなら爆発的なそれにも耐えうる可能性がある。
「それかね、虹色の触手を使わせないよう仕向けて力を溜められないうちに倒すかだよね」
 巨大シャチの攻撃は噛みつきだ。クラゲの親玉にも容赦なく喰らいつき、そのまま噛み砕こうとするから、シャチの背中にいるエンドブレイカー達もクラゲの親玉に近接攻撃を仕掛けることが叶う。
 二頭のイルカ達は箱舟を護るのに専念するだろうし、そもそもイルカ達とシャチだけでは勝てない相手だと暁色の娘は告げた。
 このままではシャチにもイルカにも、水の箱舟に乗ったひとびとにも、滅びが待つだけ。
「けれど、みんなが向かってくれれば、きっとこの終焉を打ち砕ける」
 自分達の住む世界の外側の、見知らぬ世界の見知らぬひとびと。
 それでも、そこに訪れる理不尽な終焉を識ったなら――悲劇の終焉を打ち砕くエンドブレイカーの魂は世界を越えて馳せずにはいられない。
「――だよね?」
 疑うことなく笑みを燈して、娘は改めて同胞達を見回した。
 襲いきたクラゲ達とその親玉を倒せば、シャチが水の箱舟に接舷することでその箱舟に乗っているひとびとと話をすることもできるだろう。彼らの今後の目標や、今後の対応の指針になる情報などを聞ければ良いかもしれない。
「んでね、その水の箱舟が安全なところまで行ったら、みんなは世界の瞳で戻ってきて」
 敵に勝利すること叶わずに撤退する場合も――世界の瞳で戻ることになる。
 けれど出来るなら、彼らの危機を救って。
「あのね、また逢おうね」
 見知らぬ世界のひとびととの邂逅を、幸せな話として聴かせて欲しいと思うから。


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参加者
玲瓏の月・エルス(c00100)
眩暈の尾・ラツ(c01725)
白薔薇詩篇・ノシュアト(c02822)
黒鳳・ヴァレリー(c04916)
赤蝕・ルーク(c10363)
皎漣・コヒーレント(c12616)
天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)
誓剣の乙女・リスティーナ(c34850)

<リプレイ>

●星海
 世界の瞳の扉を潜った瞬間、深海の底へ降り立った心地がした。
 けれどそこは永遠に続くかのような闇に数多の星が煌く星々の狭間。不意に足元が大きく揺らいだかと思えば視界の端で巨大なシャチの尾が激しく宙を叩く。星の海に躍る水飛沫はシャチの胸びれが水の箱舟を掠めたがゆえに生じたもの。――そう、彼らは、滅びた水の星から飛び立った箱舟に寄り添う、巨大なシャチの背に降り立ったのだ。
「さて、始めようか」
 だが一瞬でそれを見てとった皎漣・コヒーレント(c12616)がそう紡ぐ瞬間にも攻撃に入れたのは、初手から近接攻撃で臨む黒鳳・ヴァレリー(c04916)と誓剣の乙女・リスティーナ(c34850)のみ。
「彼らが守るべきもんらと何処までもいけるよう、クラゲ退治といこか!」
「ええ、世界は違えど守り抜くことに変わりはありません!」
 黒々と聳える背びれの脇を駆け抜け狙うは、緩やかな弧を描く巨大シャチの背に触手を突き立てる硝子めいた彩のクラゲ達、黒と朱の残像と共に繰り出されるヴァレリーの騎士槍と鮮烈な火柱を噴き上げるリスティーナの誓いの大剣が彼らの戦端を開く。
 水の箱舟を挟んだ反対側に強烈な光が降り、途轍もなく巨大なクラゲが出現したのがほぼ同時。
 たとえ足場が揺るぎなくとも、新たな戦場に足を踏み入れて陣を整える以上、初手を遠距離攻撃と定めた者達は即座に攻勢へ移ることは叶わない。しかし布陣を敷きつつ赤蝕・ルーク(c10363)が、
「俺達は味方です。すぐにクラゲ達を排除しますね」
「そう、もう少しの辛抱よ」
 優しい声音でシャチへ語りかけ、白薔薇詩篇・ノシュアト(c02822)が柔らかにその背を撫で、
 ――出来るだけ早く片付けるから、暫く耐えてください……!
 共に闘おうと願いを込めてシャチを撫でた玲瓏の月・エルス(c00100)が触れた掌から直接意思を伝えれば、こちらの想いが通じたのか、シャチの大きなのたうちが苦痛を堪えるような小さな震えに変わったのが幸いか。
「さぁ、ノシュアトちゃん達も公演開始よ♪」
「ええ! シャチさん、暫し背中をお借りしますね!」
「困っている人が居るなら見過ごせない。それがエンドブレイカーですもの、ね!」
 術力を編み上げたノシュアトが神音を繋いで紡ぐ新しき歌が響き渡り、眩暈の尾・ラツ(c01725)が刃を閃かすと同時に巨大なシャチの背を奔った影の腕が傷ついたクラゲ二体を引き裂けば、一体が硝子細工のごとく砕け散った。消えゆくそのかけらを強く煌かせ、天空に紡ぐ詩・シアン(c28363)の輝ける紋章から大空と大地の根源たる力が溢れだす。
「――まさしく一刻、いや一秒を争う状況だね」
「けれどこいつらもあのでっかいのも、必ず撃破してやるね!」
 水の箱舟が虹の輝き孕んでオパールのように煌いた。
 その意味を察しながらもコヒーレントの左の指先は乱れることなく紋章を描き、麗しき名女優の歌声に合わせるよう乱舞したエルスの霊魔剣が眼前の敵を蹂躙、一体を霧散させれば、あえかな硝子の霧ごと吹き飛ばす勢いで迸ったルークの翼の風が更なる敵へと襲いかかる。
 だが既に反撃へ転じていたクラゲ達の攻撃は初手で斬り込んだヴァレリーとリスティーナに集中、先に負っていた傷に重ね、深々と突き込まれた触手から強烈な毒を注がれれば気丈な少女騎士の視界も激しい苦痛に明滅したが、
「ノシュアトさん、お願いします!」
「任せて! ルークちゃんのおかげでばっちり快調よん♪」
 赤き烈風の名残たる追い風に乗せられた白薔薇の戦歌が華やぐ響きで乙女を鼓舞した。
 活力を取り戻したリスティーナの斬り上げと同時に燃え上がる眩い焔、劣らず輝く儀式魔法陣ごと叩き込まれたラツの斬撃に続き、爆ぜる勢いでクラゲ達を穿ったヴァレリーの騎士槍が一体を粉砕、残る二体の片割れを白花咲くシアンの鞭が捕えれば――殲滅まで後わずかだ。
 毒クラゲ達の殲滅に要した時間は四十秒弱。
 転移後即時の全員一斉攻撃が叶っていれば、そして、初手で自己強化を狙った者が高火力攻撃を優先していれば、精鋭揃いのこの面々ならその半分ほどの時間での殲滅も叶ったろうか。
 たかが数十秒、されどその数十秒が明暗を分けるのも戦の常。
 ラツは胸を灼く焦燥を顔には出さず、親玉クラゲを倒しに行こうとエルスがシャチへ伝えるのに合わせて快活な笑みに言の葉を乗せた。
「大丈夫、必ず我々が君と仲間達に路を通す。一緒に――行こう!」

●波濤
 蒼海の水面へ跳躍するかのごとく、巨大なシャチが星々の狭間へ跳んだ。
 雄大な帆のように聳える背びれに掴まりつつ見下ろす光景に、ルークの背筋を言い知れぬ想いが翔け昇る。水の箱舟の下方に見えるのは彼らが飛び立った世界だろう。砕かれた水の珠の星、漆黒の闇の中、まだ残る大気層が深い青に輝いて――。だが、想い馳せたのも瞬きより短い刹那だけのこと。
「――かなり力が溜まってます! 皆さん、気をつけて!!」
 箱舟を襲う、恐ろしいほどの巨躯を誇るクラゲ。
 親玉クラゲとでも呼ぶべきそれが箱舟を庇うイルカ達を掴んでいた触手は闇の色、しかし虹色の触手へ既に強い光が凝っている様を認めた瞬間、ルークは鋭く声を張った。
 即座に彼が咲かせた世界樹の花に癒されながら、箱舟を跳び越えた大きなシャチがより強大なクラゲへと喰らいつく。軟らかにうねる虹が宙に翻る。
「衝撃くるね! 備えて!!」
「こら大した威力やな……けど、このデカブツも硝子みたいに砕いたるわ!!」
 咄嗟に体勢を低くしたエルスの声に続いたのはシャチの喉元から胸びれを激しく打つ虹色の触手。小山のごときシャチを大きく揺るがし痺れを与えたこの一手が七色に輝く力を重ねなかったのは全く以て僥倖だった。だがその僥倖を確かな機とし、鮫の牙めくエルスの邪剣が、一気にシャチの額まで馳せたヴァレリーの虎牙が、硝子めいて煌く巨躯を喰い破って刻印をも刻み込む。
「まずは何処まで力の蓄積を引きのばせるかが勝負、かな」
 銀灰の双眸で巨大クラゲを見上げたコヒーレントが展開したのは奇術師の紋章、星々の狭間へ羽ばたく鳩の群れの奥から撃ち込まれた鮮やかな色彩の杖、それが注いだ激しい猛毒が浄化の力を持つ硝子の棘を誘った。
 ――まるで、透明な光の花火みたい。
 浄化されるたび波濤のごとく状態異常攻撃が襲いかかり、罅入り硝子を思わす巨体からは硝子の棘が爆ぜては降り注ぐ。その煌きに抗うよう噴き上げた焔の斬撃で制約を刻みつつ、リスティーナが金の眉を寄せた。
「シャチへの攻撃、多くないですか?」
「多いですね! やっぱり身体が大きいからでしょうか!」
 星の海を渡る黒き友、その脳天へ降らんとした硝子の雨を自身が盾となって防いだラツが螺鈿の輝き帯びた刃で眼前の敵を薙ぐ。
「分かりました、ここは一旦暴走狙いでいきますね!」
「了解、シャチさんにだけ負担をかけるわけにはいかないね!」
 蝶の翅思わす煌きが儀式魔法陣となって明滅した瞬間、可憐な白花咲くシアンの鞭が苛烈に宙を裂き、月光めく髪の先まで真なる夜に融けたエルスがクラゲの巨躯を呑んだ――が、巨大クラゲの傘の下、喉元にも思える触手の根元をその意識ごと捕えたのはシアンの鞭。
 見上げれば聳えたつ硝子の巨大樹を振り仰ぐ心地、だがシアンはその威容にも怯まずその細腕で繰る鞭で巨体を星の海へ振り回し、思うさま締め付けて敵の狙いを乱す。
「圧巻だよね、あの光景」
「ええ、とても素敵!」
 夜に融けたエルスが齎した逢魔ヶ時、そこに燈った光は瞳を細めたコヒーレントが描く癒しの紋章、溢れる治癒の力がラツとシャチを一気に包めば、白薔薇咲き誇る竪琴に指先踊らせたノシュアトの奏でる旋律が華やかな光を連れて硝子色の巨躯へ襲いかかった。
 誰もが全力で七色の力の蓄積を引きのばす。
 けれど彼らがこの巨大な敵と相対した時には既に七割近く蓄積されていた力は、やがて揮われた虹色の触手の一撃で満ちた。僥倖は続かない。
「これは……!」
「次で来ます! フィリー!!」
 しかし終焉を繋ぐ者達は己が力で希望を繋ぐ。虹の斬撃の標的となったラツは守護魔法陣で直撃を防ぎ、敵の裡で万華鏡のごとく揺らめき輝きを増す力を見定めたルークが妖精を呼ぶ。
 そして――。

●破裂
 理不尽な暴力に潰えて良い命など、ひとつとしてあってたまるか。
 かつて家族を喪った男は歯を食いしばり、正義ではなく、己が眼前で、己が手から零れる悲劇など二度と見るものかという己が望みのために全身全霊を懸けた。
 瞳から脳まで射抜くような鮮烈な輝きとともに解き放たれた硝子の棘が、後ろの仲間にも箱舟にも通すかと身体を張ったヴァレリーへ凄まじい豪雨となって降り注ぐ。
 だが彼は、全身が砕け散っても不思議ではないほどの雨を受けてなお吼えた。
「砕け散るんは――おまえのほうや!!」
 我欲のままに猛る原初の獣となって敵へ喰らいつく男が辛うじて意識を繋ぎとめられたのは、力の解放に備えてルークと妖精が咲かせた世界樹の花が彼に残っていた傷を全快させ、そして、直前に描かれたコヒーレントの紋章から飛び出した玩具の手が敵の動きを鈍らせたがゆえだ。
 間髪を容れず星の海へ響き渡るノシュアトの凱歌、そして薫風舞わせ再び咲き誇る世界樹の花が即座にヴァレリーを癒す様に微笑し、コヒーレントは敵へ向けて紋章を展開する。
「次の力は、溜めさせないよ」
 穏やかに紡いだ瞬間、溢れんばかりの希望のように羽ばたく、純白の鳩の群れ。
 爆ぜる硝子の棘、星の海にうねる闇色の触手、どちらもが侮れぬ威を備えていたが、七色の力の爆発さえなければ耐えて押し切れるはず。その認識は高揚が伝播するように皆へ広がった。
 ――きっと、もう少し。
 だから一緒に、頑張りましょうね。
「ここからはギアスなしでいいですよね!」
「ええ! 虹色でなく闇色の触手を誘えるかもしれませんから!!」
 見上げるほど巨大な敵へ果敢に喰らいついたシャチを優しく撫で、そのまま腕も白と濡羽色の衣装もふわり舞わせたシアンの指先が勇騎士の紋章を描きだす。放たれた輝ける斬撃に絆を繋がれて、薙ぎ払うよう襲い来た闇色の触手をかち上げたリスティーナが誓いの大剣で弾き飛ばせば――その勢いで根元からちぎれた触手数本が霧散し、巨大な硝子のドームにも似たクラゲの傘が裂けた。
 続く攻防で揮われたのも、大きな闇のうねり。
「そろそろクライマックスと行きましょうか!」
「勿論よ♪ この歌声と音色で悲しい終焉をかき消してあげる!」
 触手に絡みつかれた痺れも笑い飛ばさんばかりに明るいラツの声音と、彼が召喚した彩鮮やかな星々が硝子ドームのごとき敵へ降り注ぐ光景に大輪の笑み咲かせ、ノシュアトが紡ぎあげた旋律がひときわ鮮麗な輝きとなって敵の巨躯を駆け巡る。
 ――数多の世界を滅ぼしているという、巨大な槍の形をした次元移動存在。
 何のために滅びを齎すのか、たとえ理由があるのだとしても理解はできないだろう。束の間伏せた目蓋を開き、ルークは眼前の敵を毅然と見据えた。
「侵略者は星の海に消えてもらいましょう」
「消え失せるといいね。そんなに滅びが好きなら、お前らにも滅びを与えてやろう」
 力強く羽ばたいたルークの天翼から迸った烈風が裂けた巨大な傘を引きちぎり、すかさずエルスが解き放った霊魔剣がその芯を思うさま蹂躙したなら、硝子の彩湛えた巨躯のすべてが弾け散った。
 硝子の細雪が、星の海に消えてゆく。

●邂逅
 ――なんて、不思議。
 巨大な胸びれでシャチが水面に触れる接舷。この水の箱舟に乗っているのはどんなひと達だろうと胸を高鳴らせたシアンの瞳の先、幾つも重なる感謝の声と共に現れたのは、終焉の光景で語られた人魚めいた姿ではなく――ひとの脚を持つ人々だった。
「本当に、ありがとうございます。皆様がいらっしゃらなければ……我々も故郷と運命を共にするしかなかったでしょう」
 深い感謝を受け取って名乗り合う。
 水の星マリンフィアの民、セルキーという種族の彼らは、水中では尾びれのある姿、尾びれが乾く場所では脚のある姿になるのだとか。
 それも不思議だが、終焉を聴いた時からシアンが不思議に思っていたのは、箱舟がまるで滅びを予期して用意されていたように感じられたことだった。
「お尋ねしますね。この滅びは、予想されていたものだったのでしょうか?」
「予想というより、遥か昔から伝承されていたものだったのです。世界を砕く強大な力――『それ』が滅びを齎す日が来たなら、水の箱舟で『希望の星』を目指せ、と」
「希望の星……」
 その響きを繰り返したリスティーナが事の経緯を問うが、セルキー達も『ある日突然伝承の滅びが訪れた』としか言いようがないらしい。エリクシルのように破壊者を呼ぶ何かがあったのではとも懸念したが、そもそも大魔女が明かさなければ自分達もエリクシルとギルタブリルの関係を識らないままだったかもしれないのだ。
 訊いてもそれらしき答えはなかったが、彼らが存在自体に気づかなかったという可能性もある。
 確かめるすべはなさそうだった。
「お役に立てる情報がない上、御礼に差し上げるものさえないのが心苦しいのですが……」
「そんなの気にしなくていいね! シャチさんやあなた達を護れたことが、私達は嬉しいんです」
 申し訳なさげな彼らに慌ててエルスは首を振り、心から微笑んでみせた。
 これからの旅にはどんな些細なものも貴重だろう。それをもらうわけにはいかない。
 母親らしき女性に抱かれた幼子の好奇心いっぱいの瞳に気づき、ヴァレリーが笑いかけてやればきゃーと笑い返した子供が手を伸ばす。シャチの胸びれを渡ってきた母親の腕の中から伸ばされた手をそっと握れば、満面の笑み。
「礼なんて、皆の無事と――この笑顔で充分やんな」
「ええ、同感です。そうだ、あなたにこれを。そして……皆さんの、希望になるように」
 自然と己の笑みも綻ぶのを感じつつ、ルークが小さな手に青の水晶飾りを握らせたなら、飛びきり嬉しげな歓声あげた子供の手の中で、ひときわ鮮やかに青が煌いた。
 きっと彼らの、故郷の青。
 皆の間に柔らかな波紋のごとく広がっていく、この気持ちを何と呼べばいいのだろう。
 暖かで切なくて、けれど優しく、それでいて泣きたくなるような。
 言葉にならない皆のその想い全てを、ノシュアトが澄んだ竪琴の音色とその調べに重ねた歌声で織り上げていく。応えるようにシャチやイルカ達も唄い出し――彼らと、水の箱舟が再び星の海へと旅立っていく。追手のような危険は見当たらない。
「君達の旅は始まり、我々も道半ばだ」
 多くを喪い、けれどエンドブレイカー達に繋がれた希望を確かに受け取ったセルキー達にそう笑んで、ラツは帰還の前に言の葉をこう継いだ。
 今日があったなら、諦めない限り明日はある。
 だから。

 ――いつか、明日の先で再会しましょう。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2015/06/22
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