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外世界の戦い:ヤドリギと弔いの民

<オープニング>

●ヤドリギ
 さて。
 生は必ずその予兆をもって現れるが、死は必ずしもそうとは限らない。
 矮小なる個は勿論のこと。
 一族の終わりも、種族の終焉も。――そして、この世界すらも、また。

 最初に、空が『割れた』。
 次いで、見上げる彼らの視界を、何か長大なものが――余りに巨大なそれを、彼らの殆どは『槍』であると認識できなかった――埋め尽くす。
 最後に、『それ』から分かたれた微小なもの、それでも彼らの感覚からすればおよそ世界の全てに等しい巨大なるものが降り注いだ。

 分かたれたものども、即ち鋼の船は勢いのままに大地に突き刺さる。
 ただそれだけで、大地は揺れ、森は灼かれ、海は荒れ狂い、そして川は沸いた。
 多くの森が、集落が、人々が、一瞬の内に呑み込まれ、果てた。
 だが、あるいはそれですら幸せな結末だったのかもしれない。
 地理的に直接の破壊を免れた村の住人、或いは洞穴に潜っており難を逃れた者達は、鋼の船から何かが這い出してくるのを見た。
 長い手を伸ばし、船体に絡み付いていく、それは。
 蔦。
 船に絡みついた無数の蔦が、ずるり、ずるりと這い出して、焼け残った周囲の木々に取り付き――瞬く間に枯らしていく。
 やがて、周囲の全てを『喰らった』それは。
 遠巻きに警戒する生き残りの民へと、粘液質の液体――胞子を拭きつけた。
 魂を喰らうもの。
 まるでそうであるかのように、周囲に散らばった粘液はむくむくと膨れ、人の形を成していく。
 はじめは人形じみて。それから、彼らにも『人』と違いが判らぬほど精密に――。

 それが、彼ら有角の民の最期の日に起こった全てであった。

●弔いの民
 死は神聖なものだ、と長老は言った。
 だからこそ、神がいよいよ我らに滅びを齎すのならば、それを座して受け入れねばならぬ、と。
 事実、彼らにとって死は尊いものであり、予兆と共に、或いは突然に訪れるそれは、悲しみを生むと同時に新たなる旅立ちへの祝福でもあった。
 また、遥か始祖に至るまでその名を辿ることが出来るほどに、死者は尊ばれてきた。新たなる地平へと、残された者よりも先に旅立った者であるが故に。
 だが。
 だからと言って、全ての者が淡々と死を受け入れることが出来ようか。

 彼にとって、この祭壇へと向かったのはほとんど破れかぶれの結果である。
 蔦と、胞子。太い幹から何本も枝分かれした立派な角を持つ彼らを、それらはまるで猟犬を使った狩りのように追い立てる。
 剣で。槍で。斧で。弓で。
 次々と吐き出される胞子、彼ら一族と同じ姿をした者どもは、次々と彼らを仕留めていったのだ。
 死にたくない。
 此処で終わりたくない。
 確証があったわけではない。むしろ、混乱の極みに置かれた結果、かつて祖父から聞いた伝承に縋るようにして辿りついたに過ぎない。
 曰く、山の上の祭壇は星々を渡る宙の船であると。
 だから、本当にそうだ、と知った時の彼の驚きは生半可なものではなかった。祭壇に手を突き、助けてくれと一心に祈る。
 それだけで。
 ただそれだけで、祭壇は――宙の船は彼の哀願に応えてみせた。
 苔むした遺跡がそのまま地面ごと浮かび上がり、宙を行く島となる。
 それを意のままに動かせると知った彼は、命からがら逃げ出した者、つまり積極的にせよ、感傷に押し流されたにせよ、滅びを受け入れることを良しとしない者達を収容し、星の世界へと落ち延びようとしていた。

 だが。
 彼が安寧を得ることは、とうとう適わない。
 最期の瞬間、彼がその目に焼き付けたのは、刃を振りかざし迫る同族の姿だったのだ――。

●エンドブレイカー達
「旅団長の皆さんが見たエンディングは、滅びを迎えたいくつもの世界から齎された情報が混在しているようでした」
 彩紡ぎの狩猟者・リディア(cn0039)は、しかしいくつかのビジョンには共通点がある、と言う。すなわち、外世界の文明が巨大なる槍に蹂躙され、根絶やしにされて消えていく、という一点が。
「知的生命体を喰らい尽くすという本能だけで動いていたギルタブリルのように、その『槍』もまた、世界を滅ぼす存在のようなんです」
 ギルタブリルの残骸により、遥か遠く、エンドブレイカー達の世界まで届いた救援の報。普段ならどうしようもないが、今は違う。『世界の瞳』から残骸へ、そして世界の外へと向かうことが出来る彼らなら、或いは――。

「今回、皆さんに向かっていただきたいのも、そんな世界の一つです。殆どの方々は、『槍』によって存在すら消し去られました。けれど、僅かな人々が古代遺跡の力を借りて、脱出に成功していたんです」
 遺跡と周囲の大地とが浮かぶ島になり、脱出する為の手段となるのだ、という。もっとも、それにより救われたのは本当に僅か、数十人に過ぎない。
「けれど、擬態の能力を持つ『胞子』がひそかに潜入していたようで……皆さんには、それを助けてきて欲しいんです」
 放っておけば、船内は凄惨な殺し合いの場に変わるだろう。正常な判断力を失っている人々は、擬態した偽者を炙り出すことも出来ず、同士討ちの恐怖に苛まれることになる。
「皆さんには、星の世界を行くこの古代遺跡へと向かっていただきます。おそらく、遺跡の中心部、脱出してきた人たちが集まる祭壇から少し離れた場所になるでしょう」
 船内にいるのは、鹿の角を額から生やした人間の一族が数十人である。未だ騒動は起こっていないが、これからの不安で既に緊張は極限状態だ。加えて、食料にも乏しい。
「まずは、脱出した人達に落ち着いてもらわなければなりません。その上で、人死にを抑え、擬態した偽者を炙り出す――ということになるでしょう」
 胞子によって生まれた偽者自体は然程強くはないが、問題は、何人が入れ替わられているか判らない、という点にある。もっとも、容姿や言葉、常識的な振る舞いはともかく、深い記憶まで写し取れるという事はないだろうが。

「私達は、世界を救うことができました。けれど、この世界の人々は、まさに今、滅びようとしています」
 それが外宇宙であっても、悲しい終焉を打ち砕かずには居られない、それがエンドブレイカーの性である。
「偽者を退治したら、助けた人々から詳しい情報を聞いてきて欲しいんです。今後どうしたいのか、或いは何が必要なのか」
 もしも、偽者を退治し蔦から逃れるか、或いは救出に失敗してしまったら、『世界の瞳』によって戻ってくることが出来る。向こうの世界から帰れない、という事はおそらく無いだろう。
「とんでもない依頼ですけれど、どうか、よろしくお願いします。」
 そう、リディアは一礼をする。どうか、数多の滅びのエンディングが、全て打ち砕かれるように、との願いを籠めて――。


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参加者
荒野の山羊使い・セヴェルス(c00064)
ペティアガラ・ヨハネス(c00139)
黒騎士・メリーヌ(c00153)
魔剣・アモン(c02234)
星輝穿雲・ディーア(c02611)
眠りの・イリック(c03275)
月影に舞う銀狼・ゲオルグ(c15479)
花守鴉・ステファノ(c23888)

<リプレイ>


 俺達は遺跡の番人だ、と。
 ともすれば無骨さを印象付ける真顔を最大限の好意に寄せた花守鴉・ステファノ(c23888)の名乗りは、しかし、無条件の好意によって迎えられた訳ではなかった。
「……信じられるかよ」
 睨みつける様に、けれど力なく見上げる比較的若い青年。座り込んだ彼の衣服は、泥に塗れていた。
(「これは……、ひとつ頑張るとしようか」)
 見上げる瞳に怯えの色を見止め、ステファノは得心する。僅かの間に、謎の襲撃者によって彼らの日常は瓦解してしまったのだから。
「まあ、そんなに身構えないでよ」
 小さく笑んでみせた眠りの・イリック(c03275)が取り出したのは、瑞々しい林檎。毒など入っていないよとばかりに一口齧ってみせ、これでも食べてさ、と押し付ける。
 途端、ぐう、とお腹が鳴る音。発したのは押し付けられた青年ではなく、その隣でぐったりとしていたまだ幼い少年だ。
「さ、食べてごらん」
「こんなの見た事ないけど、おいしそうだよ、お兄ちゃん」
 イリックから奪う様に果実を手にして、少年は勢い良くかぶりつく。しゃく、と涼やかな音、次いで彼の弾んだ声が響いた。
「君達は〜、パンは食べるのかな〜。それにお茶も淹れないとね〜」
 そんなやり取りを他所にお湯を沸かしていたペティアガラ・ヨハネス(c00139)が、わざわざ持ち込んだティーセットのカップにハーブティーを注いでいく。
 気分を落ち着ける効果があるという自家製のお茶と、馴染みやすい仕草。疲れきった彼らの凝り固まった心を解きほぐすには、これ以上はない贅沢だろう。
 と、その時。
「この遺跡は我々が乗っ取ったでぶべっ」
「美味しいお茶で〜、みんなの心を鷲掴みさ〜」
 場を和ませるべく悪ふざけに舵を切った星輝穿雲・ディーア(c02611)がぶっ飛んだ宣言をしようとして、荒野の山羊使い・セヴェルス(c00064)に取り押さえられる。柔らかな口調を崩さないヨハネスが、すかさずフォローを入れる。
「あいたた……女の子にも容赦が無いですねぇ。でもまぁ、お腹を一杯にすれば、少しは落ち着くですぅ」
 黙っていれば可憐なディーアがぼやきながらも配るのは、月影に舞う銀狼・ゲオルグ(c15479)と共に持ち込んだパンの類。ステファノが薬草から作り出したスープの香りが更に食欲を誘い、鹿角の人々は貪る様にそれらへ手を伸ばした。
(「死にたい、という訳ではないのだろうね」)
 此処に至るまでの脱出行は、きっと辛く長い道のりだったのだろう。薄汚れ疲れ果てた彼らを見て、魔剣・アモン(c02234)はその意を強くする。腰に下げた重み、黒き鞘の存在感。今はまだ、それを振るうべき相手は見えていないけれど。
「……外の世界だろうと、僕達はエンドブレイカーだ」
 聞こえない様に、そう呟いた。

「さっきも言ったけど、ボク達はこの遺跡の番人代理として召喚された存在だよ」
 内面はまた別としても、商人らしくセヴェルスの人当たりは柔らかい。食が進み気分も落ち着いたタイミング。信じたかどうか、聞く体勢にはなったのを見て取って、アモンもまた口を開く。
「この宙船に乗る資格があるのは、キミ達弔いの民だけなんだ。他の存在を乗せる訳にはいかない。だから、その確認をさせて欲しい」
 だが、他の存在、と意識して言ってみせた彼は、返ってくる反応に面食らう。震え、縮こまり、歯噛みして、けれど嘆く声はない。
 それは、恐れと畏れ。
 彼ら弔いの民にとって、死は尊く神聖なもの。けれど、こんな終わり方があってなるものか。
「……それでも、あんたらを信じろってのは無理だろうさ」
 応えた鹿角の青年の声に力はない。彼とて、『仲間』が自分達に牙を剥く光景を目の当たりにしてきたのだ。猜疑とまでは言わない。けれど、氏族の教えと故郷の滅亡の狭間で、彼らは混乱せざるを得ず。
「死を受け入れるのと、理不尽を受け入れるのは別だろう」
 セヴェルスの声に、押し黙るばかりだったのだ。

(「……おや」)
 その違和感に最初に気づいたのは、ゲオルグだった。
 蹲る弔いの民、その一人の手がどす黒く汚れている。手傷や返り血、あるいは傷ついた仲間に肩を貸して、血に汚れた者は少なくない。だが――。
「どうして、お前の手はそんなに血に汚れているんだ」
 偽物を炙り出すべく目を凝らしていたからこそ気づいた違和感。家族を介抱したんだ、との返答に、服はちっとも汚れていないのに? と彼は重ねた。
 そして。
「うぁあぁぁぁぁぁっ!」
 弔いの民、その姿をした者が、突如として手を鋭く尖らせたかと思うと、ゲオルグに向けて飛び掛った。槍の穂先とが着流しを貫き、着流しが赤く染めていく。
「逃げれだけでも災難だというのに、偽物に殺されるなどと……!」
 自分の痛みには頓着せず、ただ命を奪われた人々の無念を思い猛るゲオルグ。握る扇を一振りすれば、幻の薔薇が舞い散って偽者の生気を奪う。
「皆さん、下がってください!」
 驚愕する人々に呼びかけながら、黒騎士・メリーヌ(c00153)は刀を抜く。愛刀と共に故郷を出た彼女も、まさか外世界へ来る事になろうとは想像していなかったが。
「我が太刀悟道よ、貴方と共にまた『道』を切り拓きましょう」
 そう囁いて、躊躇いなく彼女は斬り込んだ。月の円弧を描く刀身が、しかし満月を描く事なく放たれる。
 余りにも見事なる一閃がざくり、と敵の胴を斬り捨てる。その身体は、急速に形を崩していき、胞子の塊へと朽ちる様に分解されていった。
「それこそが、私が歩むべき『道』になるのでしょうから」
 刀を下ろしたメリーヌはふ、と力を抜く。後何人の敵が潜んでいるかは判らないが、この異世界で民を助ける事は、きっと自身の在り方へと繋がっていくのだろう。


 幾分か協力的になった弔いの民だが、別室への呼び出しには怯える者が多かった。故に、偽者を確かめる為の質問は、皆が集まる広間の端で、一人ずつ小声で行われた。
 だが、アモンとセヴェルスの主導で行われた質問は、今のところ捗々しい成果を上げてはいない。
「始祖の伝承は全員一致したよ。冥府の神に角を授けられた十二人が最初らしいね。でも……」
 アモンが問うたのは、弔いの民自体に関する事柄である。しかし、氏族の言い伝えを答えられない者は居なかった。逆に、もう一つの問い――死と滅びの思想については、まともに答えられた者が居なかったのだ。
「弔いの民には弔いの民の考え方がある、という事なのかな」
 皆に共通するのは、生き延びる事への罪悪感。それが、彼らの口を重くさせるのだ。
「理不尽だ、とは思うんだけどねぇ」
 セヴェルスもまた、困った様に首を振る。彼が受け持ったのは、個人の記憶に関する部分である。近しい人の名前、知人であれば出会った切欠――しかし、その相手がこの船に乗り込んでいなければ、その真偽の判別は難しい。
「巧みだよ、あれは」
 流石に擬態に特化した存在。彼の目でも、誰が嘘をついているのか、偽者が残っているのか否かすら判断出来なかったのだ。裏の取引に長けた彼をも欺く役者ぶり、というところか。
「あとは賭けてみるしかないか……勘が鈍ってない事を願うよ」
 質問に立ち会ったイリックの言葉に頷く二人。その念頭には、先ほどディーアが齎した一つの報告があった。

「ご清聴、ありがとうございますぅ」
 小さな熊のぬいぐるみと共に一礼するディーア。竪琴を伴奏に口ずさんだ故郷の歌は、不安に駆られる人々の耳にも優しく響いたらしい。彼らの表情には、硬いながらも安らぎが見て取れた。
 歌声を気に入った少年が、親戚の男へと興奮気味に語りかけている。
「叔父さん、綺麗な歌だったね。ハザカのお祭の歌とどっちが上手いかなぁ」
「あ、ああ。やっぱりハザカの方が上手いよ。あの歌は、祭に来た皆が聞き惚れていたじゃないか」
 だが、男を挟んで反対側に座っていた少女――ハザカと呼ばれていた少女は、眉を顰めてこう言ったのだ。
「お父さん、あれはイムの村のマシトよ。私は予選に漏れちゃったじゃない」
「そ、そうだったか? すまんすまん」
 それは、他愛のない親族の会話。だが、ディーアはその中に、ある疑念を抱いていた。
(「もしかして――」)

「もう気が済んだだろう。放っておいてくれよ」
「ごもっとも……でも僕達も命令でね。確実に証明できるまでは、此処から去る事も叶わないのさ」
 未だ警戒を隠さない青年をいなし、イリックは曖昧に笑った。そこに、ヨハネスが相変わらずのペースで村人を誘導し始める。
「それじゃ〜、数人ずつ集まって〜。突然だけど〜、皆には去年のお祭りの内容を〜、教えて欲しいんだ〜」
 不審げな視線を投げながらも集まる一同。とは言え一旦話し始めれば、思い出話にも花が咲く。
(「残酷な事を〜、お願いしているけどね〜」)
 今は失われた故郷の、もう二度と行われない祭。だが、それ以上に、この後起こるであろう悲劇を、ヨハネスは知っているから。
 やがて。
「ん、違うだろう? あの時奉納試合をしたのは、ケイリとセトじゃないか」
「それに、長老は風邪を引いていたから、審判はタスの村長が代わったよねー」
 いくつかのグループで声が上がる。少人数故に沈黙は許されず、思い出話が弾めば矛盾も出てくる。
「ああ、それじゃあ、そこの皆に質問があるんだ」
 手帳を開けるイリック。そこに書かれた該当者の話の内容を問えば、周囲からはそんなはずがない、と返ってくる。それは、紛れもない偽者の証。
(「常識は奪えても、記憶は奪えない、という事ですか」)
 一歩間違えば魔女狩りに陥る危険もあった。だがメリーヌの胸を何より締め付けるのは、引き出された先ほどの父親を見つめる娘の姿に気づいたからだ。だから、彼女は心中で決意を繰り返す。
(「滅び行く世界から、新しい世界へと生命の息吹を繋ぐ為に」)
 そう、これから少女は、父親を失う。


 エンドブレイカーと弔いの民との視線を浴びて、偽者と目された三人がその姿を異形へと変えていく。
「――さぁ、参ろうか」
 待ち侘びた、という風情。ステファノの口上を切欠にして、彼らは得物を構え、偽者と対峙する。先の戦いから、恐れるべき相手ではないと判ってはいたが――周囲の弔いの民を巻き込む訳には行かない。
「行くぞ!」
 ならば、先手を取って押し込むまで。気合一声、軍神の名を戴く螺旋の槍を構えたステファノが、一足飛びに偽者の懐へと飛び込み、目も眩む様な突きの連打を見舞う。
「巻き添えにならない様、離れてくれ!」
 ゲオルグの低い声が、武器を手に取りかけた人々を押し留める。安心させる様に大きく頷いて、彼は着流しの右袖を片肌脱ぎにする。大きく走った三本の傷が露になった。
「理不尽な終焉を見過ごす訳にはいかん。必ず打ち砕く」
 筋骨隆々なる彼の膂力をもってすれば、華奢な扇すら鉄扇に等しい。黒く塗られたそれが振るわれると同時に三日月が宙に光線を引き、幻華を伴って敵を打ち据える。
「頑張って!」
 背後に庇われた少年が、応援の声を上げる。ああ、逃れ続けてきた彼に、その大きな背はどれ程頼もしく見えただろうか。
「うん、任せて。全力で叩き潰すよ」
 凛として応え、アモンが頭上を黒剣で薙いだ。円弧の軌跡は輝ける光輪となり、勢いのままに主の敵へとその牙を立てて胞子の塊に戻す。
「――死と滅びが、悲劇のエンディングとして瞳に映る限り!」
「かくして紡がれし糸を、僕達余所者が断ち切る手助けをする、か」
 悲劇の終焉とは何か。荘厳なる魔曲を響かせつつ、イリックは難儀なる思索に足を踏み入れる。弔いの民の死生観は美しい――そう素直に言い切れなくなった自分に、面映くも感じながら。
「人質を取るなんて、小者じみた真似はしないでほしいねぇ」
「まったくだね。往生際が悪い」
 真紅のスーツに黒のコート。弔いの民へと尖った腕を向けた三人目の背後に忍び寄ったセヴェルスが、奇妙な音叉の如き刃を突き入れる。
「……他所の世界だというのに理不尽な終焉だよ」

「赤流の脈々と継ぐ命の定めは、猛る猟犬の咆哮の如く!」
 手の甲に走らせた傷。白い肌を伝うディーアの血滴を媒介に、何匹もの紅き猟犬が姿を成し牙を剥く。
「逃しませんよぉ! クリムゾンハウンド!」
 殺到する猟犬達。彼女の血を大いに啜ったそれらが、鹿角を装った二人へと躍りかかるのだ。
「弔いの民が『道』を悟らん事を――!」
 いつか彼らが安住の地に辿り着く様に。黒騎士の名の下に願いを籠め、メリーヌが喚んだ車輪が、集中砲火を受ける二人目を轢き潰す。
「追悼の歌は任せるよ、死への誘いの歌は僕が歌う」
 柔らかな夕日の色を思わせたヨハネスの瞳は、今や血の色を湛えた冷たい光を放っている。変幻するトッカータはどこか異郷の調べを乗せて、疾き風を、熱き焔を巻き起こすのだ。
「紛い物は刈り取ってみせる。少しでも多くの人が生き残る為に」
 破壊を齎す事を今の彼は躊躇わない。けれど、それはただ破壊する為ではなく、未来を掴み取る為の非情だと仲間達は知っていた。
 そして。
「お前達が生き延びれば、また悲劇を生んでしまうかもしれない」
 強い意志を声と視線とに籠めて、ステファノは槍を突きつける。螺旋を描くその穂先が、岩をも砕くかの様に回転を始めた。
「ならば、みすみす逃がす事はできないな」
 強く床を蹴った。迎え撃たんとする偽者は、だがその速度に及ばない。終焉を終焉させる者、その矜持を籠めて突き入れた穂先が、迎撃をかわし敵の胴を貫いて。「――終わりだ」
 最後の偽者を、胞子の塊へと還した。


「怪我人は居なかったみたいだね」
 弔いの民に被害はないと聞き、アモンがほっとした表情を見せる。船内では、衝撃からようやく醒めた人々が、エンドブレイカーと交流を始めていた。
「はい、いろいろな角を授かった氏族が居ました。助かったのかは判りませんが……」
 魔女の様な存在はいない、と聞いて頷くセヴェルス。
 精一杯足掻いてこそ死が尊いんだ、と説く彼に、生を寿がず死と滅びを神聖とする時代は終わりでしょう、とメリーヌが続ける。
 それが全面的な共感を得る事は無かった。だが、弔いの民の若者には種を残せたのかもしれない。
「私達の歌を、もっと歌うとしよう。お前達の歌も、教えて欲しい」
 歌い出すゲオルグは決して上手くはなかったが、どこか温かみがあった。ディーアが伴奏し、ステファノとヨハネスが加わってメロディは作られていく。
 そして、弔いの民もまた、思い思いに声を重ねて。
「いびつな合唱かもしれないけれど〜、これは生きる為の歌だよ〜」
 ヨハネスが心地よさそうにそう告げれば、ディーアも声を弾ませるのだ。
「同じ歌を歌っていれば、きっとまた会えますよぉ!」

 やがて。
 宙の船の窓の向こうに見える、輝ける青い星。
「伝承の星だ! 本当にあったんだ!」
 鹿角の青年が叫ぶと共に、彼らの歓声がホールを満たした。



マスター:弓月可染 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2015/06/22
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